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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第2章 祭りへの旅路
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2-3 新たなる力

 走行中の馬車の後方。足元の地面は高速で通り過ぎていく。落ちれば只では済まないと理性が訴えるが躊躇せずに身を投げた。せめて頭だけは守りながら落ちた。


 体が一度高く跳ね、一回転、二回転してから止まった。上がった能力値パラメーターの恩恵だろう。想していたほどの痛みは来ない。もっとも着ていたコートはすり切れ、ボロのような有様。腰につけたポーチから緑色の液体がしたたり落ちる。またしても砕けたようだ。幸いと言うべきか、有り金を入れた鞄は馬車に残してきたから中に入れておいた魔人の血が詰まったビンの事をいまは気にしなくてもいい。


 起き上がりながら馬車を一瞬見た。街道を少し外れて走っていく馬車は止まる事は無いようだ。幌の切れ間からファルナの怒り狂った形相がちらりと見えたのは気のせいと言う事にしたい。


 僕は思考から馬車の事を削ぎ起こし、屍で築かれた丘へと走る。腰に提げたバスタードソードを引き抜く。今までの両手の持ち方から、片手で持ってみる。元々、アニメやゲームのキャラクターの見様見真似の素人剣法。型のような物を持っていた訳ではないので持ち方を変えるのに抵抗は無い。


 なだらかな斜面を駆け上がる。目指すは丘の頂上。モンスターの壁の向こうに見えた金色の元へと急ぐ。


 すると、壁のようにひしめき合う醜悪なオークが僕の方へと振り向いた。


 身長が僕よりも大きい豚面のオークは、その面に相応しい緑色の肉体を有している。興味深い事に動物の毛皮をなめした様な衣服を身に纏い、手には木を削ったような大きな棍棒を握りしめている。その見た目からは想像もできないが道具を使う知性があるようだ。そういえば迷宮で遭遇した弓を扱うモンスターの事を思い出した。案外、モンスターはモンスターで色々と考えているのかもしれない


 オークで築いた壁から離れて、僕と向かい合うのは三体。その内の一体が吠えた。


「ブホッ! ブホオオオ!」


「何って言ってるか分かんないよ!」


 威嚇のつもりだろうか。右手に握りしめた棍棒を空に高く持ち上げる。同じように残りの二体も棍棒を持ち上げ動こうとすらしない。

 まるで、僕に対して興味が無いように思えた。だけど、僕にはそんなの関係なかった。タイミングを見計らい、踏み切る足に力を込めて前へ跳躍した。


「ブホホ!?」


 地面を大きく蹴ってオークの懐へと飛び込んだ。反応しきれなかったのか、無様に上げたままの棍棒は振り下ろしてこない。


 僕は右手を振るい、オークの太い左足を付け根から切断した。皮を裂き、肉を裂き、骨を裂き、赤い血を流して左足が体から切り離れる。当然、片足で立つことを強いられるオークは、しかし、自分の体を支えるどころか咄嗟に右腕を振り下ろす事しか頭に無かった。

 自分の間合いに踏み込んだ敵を倒す為に、バランスの悪くなった体で振った。僕を砕こうとして風を切りながら振り下ろされた棍棒は狙いを外す。オークは失った左足の方へとバランスを崩した。つられるように棍棒の軌道も左へと流れた。


「ブ、ブホホホ!」


 地面に倒れこむとようやく痛点から刺激が脳に届いたのだろう。左足を無くしたオークが悲鳴を上げた。だけど、僕はそれに構っている暇は無い。すぐさま倒れたオークの喉元に剣を捻じ込んだ。

 足を斬った時と違う手ごたえが剣を通して感じた。体でも特に柔らかい部位である喉。オークの固い筋肉も薄く、ほとんど抵抗も無く刃を受け入れると、オークは悲鳴を上げずに絶命した。


 僕は剣を引き抜くと、死体となったオークの右手を斬り飛ばす。まだ心臓は動いているのだろう。切り落とした傷口から血が噴き出る。地面に落ちた右手首が付いた棍棒を空いた左手で掴む。

 右手にバスタードソード、左手に棍棒の変速二刀流の完成だ。


 視線を、こちらを見ている二体のオークの内、左側の一体へと向けた。理由は特にない。しいていえば、右の奴より近かったからだ。


 仲間を殺されて殺意を瞳に込めたオークが僕に吶喊する。迎え撃つ様に左手に力を込める。ミシリと棍棒が悲鳴を上げた。


 血走った眼で突っ込んでくるオークは勢いをそのままに右腕の棍棒を振り上げて、叩きつけるように振り下ろす。僕もオークに合わせる形で左手の棍棒を振り上げた。


 同じ材質の棍棒が衝突した。となれば決着をつけるのは互いのSTRの数値だ。


 勝敗の天秤は僕に傾いた。オークの棍棒は弾かれたように空へと戻り、僕は振り上げた棍棒に引きずられるように空中へと体が引っ張られた。そのまま、棍棒をオークの頭を目がけて振り下ろした。


 頭蓋を砕く音が響き、棍棒が頭を通り越して胴体にまで食い込んで、耐えきれなくなって砕けた。僕は木片とかした棍棒の残骸から手を放すと、たった今絶命したオークの手から零れ落ちた棍棒を両手で握る。代わりにバスタードソードが地面へと突き刺さる。


「いっけえええ!!」


 地面に落ちる寸前の棍棒を掴むと、ハンマー投げの選手のようにその場で一回転する。崩れ落ちたオークの首なし死体が弾き飛ばされたが関係ない。もう一度勢いをつけるために回転する。狙いは動かずにいたオークだ。棍棒を手放す前に見た奴の顔には恐れが浮かんで硬直している。良い的だ。

 投擲された棍棒は砲弾のようにオークの胴に突き刺さると、止まらずにオークを砲弾とかしてオークの壁をなぎ倒していく。


 くらり、と一瞬目が回り、乗り物酔いの感覚が蘇ってくる。胃の中から酸っぱい物がせり上がりそうになるのを堪えた。地面に突き刺さった、バスタードソードを引き抜くと、ひしめき合っていた壁の崩れた部分へと走った。


 既に、オークの群れの大半は僕の存在に気が付いたようだ。先程までの奴とは一段増した殺気が群れの中から感じた。


 でも。


(それが足を止める理由にはならない!!)


 僕の存在に気づいたとはいえ、オークの群れは混乱に陥る。こちらを迎撃するかどうかで迷っているように見えた。


 迷宮で学んだことの一つを思い出す。

 複数の敵と戦うときは全部を相手にするべきでは無い。可及的速やかにボスを倒して群れを混乱させるか、手下を一撃で倒して相手を怯ませるかのどちらかが有効だった。

 突然の敵襲で混乱しているときこそ、絶好のチャンス。足を止めずに僕は群れのボスらしき奴を目で探した。


(―――アイツだな)


 程なくボスは見つかった。


 大きさは他のオークよりも頭一つ抜き出て、その頭には鉄で出来た動物の角の装飾を拵えた兜を被る。これまた周りより太い棍棒を両手に握りしめ、こちらに歯をむき出しにして怒りを露わにしていた。突撃しようとする僕を迎え撃つつもりだ。手下をやられた恨みを晴らすためか、手下の前で背中を見せるのをよしとしなかったのか分からないが、どうやら一対一を希望している。他のオークに下がる様に支持をしている。僕にとっては好都合だ。


 なぎ倒されたオークたちを足場にして、群れの隙間を走る。ボスの両腕の筋肉が盛り上がり、唸りを上げて、振るわれた。


 触れれば紙のように吹き飛ばされそうになる棍棒が迫りくる中、僕の受動的パッシブ技能スキル勝手・・に発動する。

 唸りを上げて振るわれた棍棒を視界に捉えた瞬間、急に速度が落ちた。まるで動画のコマ送りの映像のように棍棒が徐々に動いていく。僕はその棍棒を紙一重で避ける。


 一瞬の出来事だった。僕の鼻先をかすめた棍棒を、僕の視界は確かに捉えていた。

 これが僕の新しく手にいれた技能スキル

 名を《生死ノ境》Ⅰと言う。発動条件は僕を即死に追い込む攻撃を放たれた時に自動で発動する。一回の戦闘中に一度だけ、その攻撃がスローモーションに見える。


 この技能(スキル)を入手したのが何時なのかは不明だが、持っていることを知ったのはオイジンとの稽古の時だ。つまり、あの寡黙な彼は寸止めの稽古中に僕を殺しかけたことになる。その事に気づいた時は流石に苦笑いを浮かべるしかなかった。


 一撃を躱したが、これで安心はできない。相手にとってはただの一撃にすぎない。向うはもう一本棍棒を持っているのだ。叩きつけるように振るわれる棍棒を横に跳躍して躱す。これでボスは両方の棍棒を地面に下ろしたことになる。


 チャンスだと思った。


 僕はまず、ボスの足を斬って機動力を削ろうとして、途端に全身に嫌な予感を感じた。

 咄嗟に、オークの顔を見た。汚らしい豚面がにやりと笑っていた。既に重心は前へと傾いていた。ここから後ろや横に飛ぶことはできない。


(だったら、逃げ道は―――)


 考えるよりも早く行動した。重心をさらに前と傾ける。大地が起き上がったように見え、地面に倒れこんだ。同時に僕の頭上を薙ぎ払う様に棍棒の回転切りが通過した。頭の後ろを凄まじい風圧が通り過ぎ、近くにいたオークどもが風圧で吹き飛ばされたようだ。


 すぐさま、僕は起き上がる為に、左拳で大地を掴む。力を込めて前へと飛んだ。


 四足歩行の動物の動きのように腕一本で水平に飛ぶ。左肩が外れそうなほど痛い。無茶な行動のツケが体に余計な負荷として現れる。


 しかし、効果はあった。オークの股座をすべり込む様に突破した僕は悠々と奴の背後に回れた。すぐさま立ち上がると、無防備な背中を横一文字に切る。


「ブブボボボ!」


「だから豚の言葉は理解できないんだよ。悪いな」


 背中から噴き出した出血を浴びながら、今度は剣を水平に構える。狙うは体の中心。そこにあるはずの物を狙って剣を突き刺した。


 ガキン、と宝石を砕いたような手ごたえを感じた。断末魔も無くボスの体が前へと崩れ落ちた。自然と死体に刺さった剣を掴んでいたため、体が持ち上がり、ボスの背中に立ってしまう。

 どうやらちゃんと魔石を砕けたようだ。足元で息をしていない死体から剣を引き抜いた。証拠のように剣先に魔石の欠片が付着している。


 ボスの上から周りを見回すと、成程、やはり迷宮での経験は正しかったようだ。

 最初は何が起きたか理解できていないようだったオークの群れは状況が理解できたのか、半分以上が我先にと逃げ出していく。


 しかし、まだ周囲には十体近いオークが取り囲みつつあった。彼らの表情は怒りと、笑みの入り混じった奇妙な表情だ。おそらく、ここに居る奴らはボスの敵討ちと、次のボスの座へのアピールを兼ねて僕を討ち取ろうと残っているのだろう。そして、厄介な事に、その完成しつつある包囲網の向こうで倒れた馬車の陰からオークやハーピーと戦う音が聞こえてくる。


「ここで時間をくう暇は無いのに……」


 焦りが全身を支配する。あの夜、月下の元で踊るように戦った彼女・・の事だ。おそらくはまだ大丈夫だろう。しかし、そう頭で考えつつも心は焦りを募らせる。

 かといって無理やり包囲を突破すれば、後ろから追撃される恐れがある。包囲網が完成しつつある中、僕は動けずにいた。


 その時だった。


「《両の手に宿るは焔の翼》!」


 後方から聞き覚えのある声がした。振り返れば、双剣に焔の翼を宿らせたファルナが瞬く間に二体のオークを両断した。翼は斬り終わった直後に火の粉となって草原に散った。


「ファルナ! 何しに来たんだよ!?」


「―――それはこっちのセリフだ!! この大バカ野郎!!」


 驚く僕を上回る声量が響く。彼女は双剣をしまうと躊躇いすら見せずに包囲網の中へと飛び込み、僕の腹へ右拳を叩き込んだ。これで二度目だ。


「ごっほっ」


 僕は体がくの字になり、膝をついてしまう。予想すらしていなかった行動にオークも驚いていた。遠巻きに様子を伺っている。


「アンタさあ、マジで何考えてんの!? 頭の中は空っぽなの!? どうしてアタシの時や六将軍だの今回だの簡単に死地へと飛び込んでいくかな!?」


「ちょ……たんま……いま……戦闘中……首が……」


「はぁ!? 何言ってんのか全っ然分かんないんですけど!!」


 ファルナは相当お怒りの様子だ。彼女は僕のコートの襟を両手で握りしめると、首を絞める勢いで持ち上げる。必然的に顔が近くなる。黙っていれば綺麗と言える顔に、青筋が立ち、アイスブルーの瞳は怒りの炎を宿していた。


 当然、周りのオークに対して無防備な背中を晒すことになる。

 我に返ったオークたちが包囲網の穴を塞ごうと動き出す。しかし、ぐるり、と勢いをつけてファルナの首が回る。


「アンタらは後!! 動くな!!」


「ブヒィ!?」


 オークは理解したわけでは無いはずだ。だけど、現実に動きを止めた。おそらくファルナの気迫に圧されたのだ。たしかに今の彼女は怖すぎる。


「アンタも黙ってないで答えなさい!! どうして自分を大切にしないのさ! そんなアンタがいつかどうなっちゃうのか心配だよ」


 徐々にトークダウンしていくファルナの言葉は、僕の耳に届かなくなっていく。というか、意識が遠のいていく。


(―――やばい。《トライ&エラー》が発動してしまう)


 僕は必死の思いで襟を掴む彼女の震えている手を必死に叩く。ようやくファルナも自分が何をしているのか気づいたらしく慌てて手を放した。


「ゲホッゲホッ……息が出来なかった。死ぬかと思ったよ!」


「ふん。自業自得さ。こっちの方が驚いて心臓が止まるかと思ったよ」


 そっぽを向きつつ、周りに警戒の視線を向けるファルナと背中合わせに立つ。オークも金縛りから溶けた様に動きを再開した。


「で? 何で降りたのさ」


 肩越しに視線を向けられる。僕は横転した馬車の向こうを指した。


「馬車の向こうで戦っている人が多分だけど僕の命の恩人なんだ。ネーデの街にたどり着く前にモンスターに襲われた時助けてくれた人だと思う」


 言うと、ファルナも視線を馬車の方へと飛ばした。


「―――なら、仕方ないか。助けるよ」


 あっさりと、彼女は言った。途端に背中に感じていた怒気や殺気が霧散していく。どうやら本当に仕方ないと納得している様だ。


「……でも、もしかすると僕の見間違いかもしれないし」


「かもしれないけど。もし、アンタの命の恩人なら、助けないと絶対後悔するよ。それにアンタの命の恩人なら、アタシの命の恩人でもあるだろ」


 ファルナは肩越しに僕に言うと、ウィンクを飛ばした。不覚にも見惚れてしまう。


「―――ありがとう、ファルナ」


 危険を冒してまで助けに来てくれた彼女に万感の思いを込めて礼を言う。


「気にすんなよ。……オークの数はこっちが七体。向うは不明か。ここはアタシに任せてアンタは向うに行きな」


「一人で何をする気なの?」


 僕が肩越しに彼女は見ると、ファルナは自分の肩に刻まれたコードを指さした。それで彼女が何をするのか分かった。


「突破口は開いてやるよ。アンタは、真っ直ぐ行きな!」


「分かった。無事でいてくれよ、ファルナ!」


 僕らはくるりと背中合わせのまま位置を入れ替えた。ファルナは片手を馬車の方向を塞ぐオークへと向けた。


「《超短文ショートカット初級ビギナー炎ノ蛇ファイヤースネーク》!」


 彼女の新式魔法の詠唱に合わせて炎の大蛇がオークを飲み込んだ。


「ブボボッボボ!」


 火だるまとなったオークの悲鳴が上がる。かぶせる様にファルナが叫んだ。


「今だ! 行っちまえ!!」


「了解!」


 僕は足元に落ちている、オークのボスの棍棒を拾い上げると、火だるまになりつつも道を塞ぐようにするオークを薙ぎ払う。


「邪魔だ!」


 これで道が開けた。


 一直線に横転した馬車へと向かい、一気に駆け上がると、馬車を踏み台に高く跳躍した。

 制空権を握るハーピーたちの群れへと迫る。双眼鏡では豆粒のようにしか見えなかったが、こうして近くに見ると、鳥の形をしたモンスターだとわかる。

 全体的に茶色の胴体に濃い目の青い羽根。鋭い足の爪が太陽の光に当てられ輝いている。そんな空の安全圏にいたハーピーの一匹に僕は剣を振るう。


「ギュィイイ!!」


 軽い手応えから外したかと思ったが、予想に反して胴を斬られただけでハーピーは地上へと落下していく。そういえば鳥は空を飛べるように胴体がスカスカだと聞いたことがある。同じように地上へと落下しながらそんな事を思い浮かべていた。


 くるりと空中で回り、両足で着地をした。足が痺れたけど、気にしている余裕は無い。空には同胞を殺され怒り狂うハーピーに、大地に降って来た乱入者に警戒するオーク。


 そして。


「貴方は……」


 呆然と僕を見つめる、傷だらけの妹を守る金髪の剣士が背中に居る。


「今度は僕が助ける番だ」


 小さく宣言する。


 さあ、命を助けられた借りをいま返そう。


読んで下さって、ありがとうございます。

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