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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-39 惨劇の幕開け

 青い月が海面を照らす中、一隻の船がアクアウルプスを丸く囲う防波堤の内側に居た。陸地に接岸することなく、距離を保って帆を畳み、波に揺られていた。


 その船は一言で言えば、過剰だ。


 乗っている人間の品性を疑いたくなるような真っ赤な塗装に、きらびやかな装飾が施された衝角。そして何より、その巨大さは普通の軍船よりもはるかに大きい。何もかもが基準を大きく逸脱して規格外だ。


 この豪華客船の所有者はジョゼフィーヌ・ヴィーランド。ウージアの女帝と呼ばれている女の持ち物である。


 当然のように、彼女の姿は船の甲板にあった。黒のドレスを身に纏い、運び出された革張りの椅子に腰かけ、傍のテーブルに置かれたワインを楽しんでいた。


 薄い、光沢のあるドレスが月と星の輝きを受けて煌めていた。ジョゼフィーヌは赤ワインを夜空に差し出すように掲げ、青い月をワイン越しに眺めた。


「良い月。今夜の月は毒々しいまでの輝きを放っているとは思わないかしら?」


「私には分かりかねますが、貴方様がそうおっしゃられるのでしたら、そうなのでしょう」


 女帝の影のように付き従う従者が答えると、ジョゼフィーヌは頬を膨らませた。


「アナタのそういう模範的な回答はきらーい」


 子供のように駄々をこねる女帝を従者は愛おしそうに見つめる。稚児のような振る舞いをしたかと思えば、次の瞬間には妖艶な色香を振りまく、相反する二つの属性を同居させる魔性の女に、魂から魅了されていた。


 夜の海、落ちてきそうな星空の下、打ちつける波の音が響く世界。まるで世界に二人だけのようになったこの状況に従者は心を震わせていた。


 ―――ただし、潮風に乗って来る、阿鼻叫喚の叫びだけは彼女にとっていらない調べだった。


「……我が主。質問をしてもよろしいでしょうか」


「構わないわ。許す」


 有り難き幸せと頭を伏せた従者はそのまま、


「都の方から聞こえてくるこの声は何なのでしょうか。あそこでいま、何が起きているのでしょうか」


 質問が予想通りだったのか、ジョゼフィーヌは朱に染まった唇を歪め、微笑むだけだ。ただ、その態度だけで大よその検討がついた。


「アクアウルプスに赴いた用件はやはりこれでしたか」


 女帝の船がアクアウルプスの領海に入ったのは今から四時間ほど前だ。船を港に着けようと指示した従者を遮って、ジョゼフィーヌは沖合で停泊するように命令した。その命令を不思議に思う者はいても、異を唱える者はいない。


 それから数時間が経ち、ちょうど時計が真夜中を告げた瞬間。街の方から鐘の音が響き渡ったのだ。それを待っていたかのように、ジョゼフィーヌは甲板に椅子とテーブル、そしてワインを持ってこさせ、こうして夜風に当たりながら対岸の惨劇に耳を澄ませていた。その姿に、この悲鳴がどうして起きているのか首を傾げる様子はない。


 つまり、ジョゼフィーヌはこの状況を事前に知っていて、それを見に来るためにわざわざここまでやって来た事になるのだ。


(この方の秘密主義は変わらない。出会った頃のままですね)


 内心で、それは仕方ないと思う。ジョゼフィーヌは秘密と策謀を愛する女性だ。彼女は常に、何かしらの謀を同時に進行させ、世界の何処かで悲劇を起こしている。仮に、陸地で起きているであろう惨劇をジョゼフィーヌが原因だったとしても、何ら不思議では無かった。


 自分はシュウ王国先王の妃と言う、身分の鎖に縛られておきながら、帝国とシュウ王国のみならず、五大陸全てに目と耳を配置し、ガシャクラのような手を各地に送り込んでいる。


 栗色の髪の下には、自分なんかが想像もつかない知が詰まっているのだと従者は考えていた。


(そういえば、ガシャクラ。奴らをここまで連れて来て、どうなさるおつもりなのだろうか)


 拝跪した姿勢のまま顔を伏せていた従者は甲板の下の、更に下の下に押し込められているガシャクラ達の事を思い出した。


 オウリョウにて、女帝の名を使い義手を調達していたガシャクラ達がどういう訳だかトトスに居て、何かしらの作戦行動を行おうとしていたのが二日ほど前。


 同時に、ジョゼフィーヌの様子がおかしかったのもその時だった。


 ジョゼフィーヌは喜怒哀楽が激しく表に出る人だと従者は思っていた。どんな些末な事にでも、何かしらの感情を発露していた。


 そんな主が、仕えてから一度もした事のない表情を、感情をしていたのだ。


 それは―――無。


 魂が抜け落ちたかのように、そこには何の感情もなかった。喜びも怒りも悲しみも楽しみも無い、人形のような表情を浮かべていた。


 その時は気が付かなかったが、あれは驚いていたのではないかと後から従者は推測していた。


 全てを見通し、全てを知り、全てを達観したかのように受け止め、それ故に享楽に耽る女帝が生涯で初めて見せた、本気の予想外に出くわした。そんな印象を従者は持っていた。


 ジョゼフィーヌをそこまで驚かせた存在、それは《ミクリヤ》のリーダー、レイだと言う事は、ガシャクラの報告に耳を傾けていた様子から気が付いた。


 同時に、その名前を以前にも耳にしていた。曰く、『小さな英雄』、『赤龍落し』に最近では『迷宮殺し』という大層な呼ばれ方をしている、売り出し中の冒険者だ。女帝の情報網を管理する役目を持つ従者には、エルドラドで起きている大小さまざまな情報が舞い込んでくる。それはギルドが秘匿しているような情報でも伝わってくるのだ。


 あの六将軍第二席ゲオルギウスと戦い生き延びたというだけでも大したものだと、当時は感心していた。六将軍達が活躍した世代よりも下の世代である従者でも、彼らの怪物ぶりは知っていた。いや、同族だからこそ理解できていた。


 だが、それだけのはずだ。


 ジョゼフィーヌがあれ程強い関心を見せるような存在ではないはずだ。


 沸々と湧いてくる胸の内の炎は彼女の妬心を火種にしていた。それが自らの裡を焼き尽くし、外へと放たれようとするのは時間の問題と言えた。


 すると、そんな従者を知ってか知らずか、ジョゼフィーヌは呟いた。


「あの子たちもこの都に居るのかしら。《ミクリヤ》のレイ。それに、お父様ご執心のエリザベートにレティシア。そして、カタリナの娘シアラ。ふふ、もし居るなら、是非お話ししたいわ」


 甘い響きを含んだ言葉に、従者は思わず顔を上げ、絶句した。


 ジョゼフィーヌの横顔はまるで、恋する乙女のような艶やかさに彩られていたのだ。






「一体全体、何なんだこれは!?」


 男の怒りまじりの声が狭い通りに響き渡る。しかし、その声も四方八方から聞こえてくる、悲鳴と獣じみた唸り声に掻き消されてしまう。すると、男と背中合わせに立つ男が声だけを後ろに向けて、


「若頭! お早く、隠れ家にお逃げを!」


「ならん! 貴様らを置いて逃げるわけにはいかない」


 男の格好は、この港で働く下男と同じ、着古した衣服だ。同様に、若い男の周りで武器を振るう男たちも、その辺を歩いていそうな普段着の格好をしていた。おかしいのは武器ぐらいだろう。十数人の集団は全員が剣なり弓なりを手にして、襲い掛かる者達を薙ぎ払っていた。


 彼らの正体はレイの言葉を借りれば、デゼルト国の刺客と呼ばれている者達だ。


 より正確に言えば、ヌギドの一族と呼ばれる、デゼルト国における古くから存在する暗殺者一家だ。彼らのポリシーは、街の日常生活の一部となり、無辜の民を装いつつ、暗殺の刃を忍ばせる事だ。


 それゆえ、人ごみや衆人環視の状況下でも、暗殺を人知れずに行える一族として裏の世界では有名で長い歴史を持つ。その腕前を見込まれて、ダリーシャスの叔父に雇われた。


 だが、今回の依頼に置いて彼らは自らの得意分野を封じられていた。理由は二つ。一つは、シアトラ村での敗北だ。レイ達は知らなかったが、あの村に滞在中、レイ達を守る凄腕の剣士ロテュスが居た。その者のせいで、彼らは仲間の多くを行動不能に追いやられてしまったのだ。本来なら、村人の振りをして、レイ達に近づいてダリーシャスを事故死に見せかけて殺すつもりだったのだ。例え、村が迷宮絡みで賑わっていなかったとしても、村人の中に溶け込む自信はあった。


 そして二つ目が、暗殺をしたという事実がばれない方法で成し遂げてでほしいという、依頼人の要望だ。あからさまに、ダリーシャス単独を狙って暗殺したのではなく、集団で死傷者が出て、その中にダリーシャスが含まれているという形がベストだと言われたのだ。


 シアトラ村に居る間なら、依頼人の要望を引き受けた上で、自分たちの得意分野である日常生活の隙を突いた暗殺は可能だった。しかし、村の近くに潜伏していた剣士によってそれは阻まれ、時間だけが過ぎてしまった。そのため、彼らは自らの得意分野を捨てて、大掛かりな舞台装置に頼る事になった。それがトトスの港での火船を使った暗殺だ。


 それすらも、失敗に終わった。いや、失敗に終わったというよりも、行われる前に潰されてしまったのだ。


 そこで今度は寝静まった夜を見計らい、襲撃を仕掛ける事にした。作戦の第一段階は放火だ。レイ達が宿泊している宿屋の隣に火を放つ。


 これなら、隣の建物の失火に巻き込まれた哀れな旅人として処理できる。念には念を入れて、その宿屋全体に睡眠を促す香を忍ばせ、逃げられなくするつもりでもいた。


 ジェロニモ・フェスティオは暗殺者を警戒して、複数の宿屋を用意して、めくらましをしていたが、彼らの方が一枚上手だった。さらに言えば、この火事は彼らをおびき出す作戦なのだ。本命の作戦が他にも幾つも用意されていた。彼らは今夜、全てに蹴りをつけるつもりでいた。


 だけど、彼らの行く手は三度阻まれる。


 突如鳴り響いた鐘の音。通りを闇に紛れるように移動していた彼らは、獣のような動きをする人間たちに囲まれてしまう。


 子供も大人も、男も女も関係ない。血走った目に、牙のような歯を剥きだしに唸る彼らを前にして、仲間が数人、文字通り牙にやられた。そのうちの一人は起き上がり、彼らの列に加わり、こちらに向かって襲い掛かって来る。数では刺客と獣のような人間たちでは、刺客の方に分があるというのに、押されていたのは刺客の方だ。


 円陣を組んで戦う男たちを指揮するのは三十代前半の男だ。剣を振りかざし、襲い来る子供を両断した。まるで水の入った紙袋を割く様な軽い感触が手に残る。殺しの一族で生まれてきて、子供を殺した経験は幾らかあるが、それでも慣れたとは言えない。


 しかし、この時の彼は全く違う事を考えていた。


(どうせ、殺しても死なないんだろ!?)


 若頭の予想通り、両断され腸を撒き散らした少年は数秒の後、何事も無かったように起き上がる。二つに裂けた体は元から一つだったようにつなぎ目すらなく繋がり、はみ出ていた腸は蒸発して消えた。剣に付着していた血も同様に蒸発する。


「暗殺者の相手が、殺しても死なない不死者とは、どんな皮肉だ!」






 若頭が己の状況に皮肉を吐き捨てた頃。彼らが戦闘している通りからほど近い宿屋の屋上にレイの姿はあった。傍にはリザとシアラの姿もある。


 三人は三人とも顔を青ざめ、街の至る所から聞こえてくる悲鳴と唸り声に立ち尽くしていた。


 悲鳴と怒号と唸り声は発生源が分からないほど、あちらこちらから響き渡る。ステレオのように聞こえてくる街が上げている断末魔はレイの体を縛りつける。


「……レティ達だけじゃ、……この宿屋だけじゃないのかよ。この異常事態は」


 絞り出すようにレイが言うと、シアラは正気を取り戻したかのように動き出した。屋上の縁から身を乗り出し、目を皿のようにして下の通りを見た。


 そして、ある角を指差してレイを呼んだ。


「見て、主様。あそこ!」


 レイとリザがシアラと同じように身を乗り出すと、そこには一人の冒険者らしき男が走っていた。何かに追われているように、必死の形相だ。


 そのナニカは直ぐに分かった。等間隔に置かれた街灯に照らされ、闇から姿を見せたのは幼い子供だ。獣のように四肢を使って走る子供はエトネと同い年のように見えた。


 子供の脚力とは思えない程速く、息を切らしている冒険者に追いつこうとしていた。逃げられないと悟った冒険者は、なんと驚くべき行動に出た。


 足を止め、背負っていた斧を子供に向けて振り下ろしたのだ。


「止めろ! 相手は子供だぞ!」


 屋上からのレイの言葉は、斧を止める力は無かった。斧は鋭く振られ、子供の肩を割いた。血が噴き出し、子供の腕が道を転がる。


「なんて、惨い事を!」「ああ、そんな。信じられない」


 リザとシアラが怒り、泣きだしそうに顔を歪めた。同じ光景を見てレイも二人と同じ気持ちだ。ところがだ。その感傷を吹き飛ばすような光景が眼下に広がっていた。


 子供の切り落とされた腕が蒸発して消えたのだ。その上、血を噴き出した肩口にはいつの間にか腕が生えて、冒険者の斧を掴んでいた。遠目でも、肩口に斧の傷跡は無く、綺麗な肌をしていた。まるで、生まれたての赤ん坊のような柔らかそうな肌だ。


「ひぃ、や、止めろ。こっちに来るんじゃねえええええ!」


 冒険者の絶叫虚しく、子供は冒険者の肩に噛みついた。時間にして一秒も無いだろう。用を済ませたと言わんばかりに冒険者から離れると、子供は闇へと消えていく。そして、悲鳴を上げて天を仰いでいた冒険者もまた、唸り声を上げると、闇へと消えていった。


 レイ達は自分たちが見た光景を信じられないと言わんばかりに後ずさった。


「……今のは、何なんだ。切られた腕が……生えたのか」


「どうやら……そのようです。その上、切り落とされた方は、血も含めて跡形もなく消えてしまいました」


「何なのよそれ! こんなの聞いた事ないわよ!」


 頭を抱えるリザとシアラだが、レイだけは違う反応をしていた。


 噛みつくことで仲間を増やそうとする行為。子供とは思えない腕力に脚力。肉体を大きく欠損しても瞬時に再生する再生力。思考能力が著しく欠如し、動物のように本能で動く状態。


 漫画やゲームなので見たことのある設定によく似ていた。


「まるで、吸血鬼やゾンビになったみたいじゃないか。くそっ。異世界だからって、そんなのもあり得るのかよ!」


 自分の無知に憤りを感じて、屋上に拳を叩きつけるレイ。ふと、視線を感じて顔を上げると、リザとシアラが揃って不思議そうな顔をしていた。


「どうかしたの?」


「ねえ、主様。そのキュウケツキとか、ゾンビって何よ」


「もしかして、この状況について何かご存じなのですか!」


 レイの手に縋りつくリザを前に、レイは逆に問いかけた。


「ちょっと待って! 二人は……いや、エルドラドに吸血鬼とかゾンビに関する伝承や知識は無いのか?」


「だから、そのキュウケツキとかゾンビが何を指しているのかが分からないのよ」


 僅かに苛立ちを滲ませるシアラにレイは自分の記憶を引っ張り出した。


「そこからかよ。大雑把に話すとな、吸血鬼ってのは血を吸う鬼、いわば怪物だ。生まれた時から吸血鬼の場合もあれば、普通の人間が血を吸われたり、逆に吸血鬼の血を飲んだりして吸血鬼になるんだ。夜にしか生きられない代わりに、強靭な能力、技能スキルみたいなのを手に入れるんだ。蝙蝠に変身したり、とんでもない馬鹿力を持ったり、体を切断されても瞬時に再生するようになる」


 二人の深刻な表情を前にして、レイは早口で言葉を続けた。


「ゾンビは吸血鬼ほど腕力が強化されたり、とんでもない再生能力を持つ訳じゃないけど、噛むだけで仲間を増やしていく存在だ。吸血鬼と違い、人格や知性みたいなのが消えて、動物みたいにただの反射で人を襲い……その人間の肉を食べたりするようになる」


「……主様の世界って、とんでもない存在が住んでいるのね。エルドラドといい勝負じゃない」


 どこか信じがたいと言わんばかりの態度を取るシアラに同意するリザ。レイは慌てて、


「いや誤解しないで。いま言ったのは全部、フィクション。つまり物語の中の存在だ。本当に居る訳じゃないんだ」


「ああ、そう言う事なのね。……その吸血鬼とかゾンビは、元は人間……なのよね」


 シアラの確認にレイは頷いた。


「だったら、戻し方はないの。物語の中の設定でも良いから、教えてちょうだい。参考にしたいわ」


 その言葉にレイは顔を歪ませ、言葉に詰まった。


「……大抵の物語だと……人間に戻れなかったりして、死んで終わるんだ」


「そんな! それじゃ、レティもエトネも、それにダリーシャス様もそうなってしまうのですか!?」


 リザがレイの肩を強く掴む。晴れた青空を思わせる瞳は絶望に染まり、レイは直視を躊躇った。


 その態度が答えでもあった。絶望から力が抜けて崩れ落ちたリザは嗚咽を上げ、シアラはそんなリザを後ろから抱き締めた。レイは現実を直視できず、固く目を閉じた。


 ―――そして、気が付いた。


 視界を閉じる事で開く、古ぼけた本。レイや仲間達のステータスを表示する本に付せんが貼られていることを。


 レイはすぐさまそのページを開く。そこは《仲間パーティー》の欄だ。


 異常は直ぐに分かった。開いたページにレティとエトネの名前が赤くなっており、見慣れない項目がポップしていた。そこには『魂の変質』と書かれていた。レイはそこに意識を集中すると、ページが切り替わり新しい説明が追加されていた。


『この状態異常は通常の方法では治療できない。発病者には《不壊ふえ》と《復元》の受動的パッシブ技能スキルを一時的に付与される。変質が完了した場合、元の人格、記憶は消去され、別の存在へ肉体ごと変質する』


 そして、その最後の一文には見慣れない表示がされているのだ。


『魂の変質完了まで、23:38』


 そう表示されていた数字が、次の瞬間には37と減った。これはカウントダウンだと、レイは推理した。残り二十三時間と三十七分以内に魂の変質が完了するのだと。


 ―――まだ、完了していないのだ。


 レイは何度も文面を追う。特に初めに書かれた一文。通常の方法では治療できないという一節に光を見出した。


(魂の変質とやらがまだ終わってなくて、通常の方法ではって書いてあるなら、通常以外の方法なら治せるって事なんじゃないか!?)


 確証はない。しかし、挑戦する価値はある。


「リザ、シアラ。諦めるのはまだ早いぞ!!」


 レイは瞼を開け、悲しみに暮れる二人に発見したことと、思いついたことを説明する。


「……主様のステータス画面の情報が正しければ、あと二十三時間半。つまり次の真夜中を過ぎたら、あの子ら、ううん。この状態異常を受けた人全員が人じゃなくなるのね。それを防ぐには、真夜中までに治療の手段を見つけないといけない」


「ああ、そうだ。だから、こんな所で諦めるな。まだ時間はあるんだ。この騒動の原因を調べて、元に戻す方法を見つけるんだ」


「騒動の原因と言われても。一体、どうしてこのような事が起きてしまったのかすら、分かっていないんですよ。この広大な都市、全域で起きている異常事態の中で探索なんて。砂漠に落ちた針を探すようなものです」


 悔しそうなリザの言葉に、シアラがちょっと待ってと言う。


「可能性だけど、一つあるわ。ワタシたちのなかでこの状態異常を最初に発症させたのは、レティとエトネの二人よ。もしこれが子供、つまり一定の年齢以下を対象に発生するようなものじゃなくて、この六人の内、あの二人だけがした行動に原因があるとしたなら、発症の原因に心当たりがあるわ」


「ああ、そうだ。僕も原因はあれだと思う」


「あ、あれとは一体何なんですか!?」


 切羽詰まった表情で問い質すリザに、レイとシアラは揃って答えた。


「「アウローラサーカスの飴だ」」


読んで下さって、ありがとうございます。

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