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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-35 肉体強化

 生まれてからほとんど会った事の無い母親の手で氷の牢獄から解放されたと聞かされたシアラは肌を白く染めた。元から、雪のように白い肌が、いまでは紙のように血の気の失せた彼女をリザが細い肩に手を乗せて気遣う。


 沈痛な空気にオルタナは今更のように、


「全ては可能性の話だ。今のところ言える事なんて、お前さんを氷から出した一行の中に、結界をこじ開けられる六将軍と同格の存在が紛れていたという事ぐらいだ」


 と、付け足したが、場の空気はどうにもならない。だが気丈に振る舞おうと、シアラが口を開いた。


「……冷静に考えてみれば、そうよね」


「シアラ?」


「島に張ってあった結界を、ゲオルギウスが破ったからてっきり消えたのかと思っていたわ。でも、本当に消えていたら、もっと早くに誰かが上陸して、ワタシを見つけていたはず。それだけじゃないわ。ゲオルギウスの仕掛けた氷の牢獄を破るなんて事、その辺の商人に出来っこないわ」


 悔しそうに彼女は自分を責めた。


「どうして気が付かなかったのよ! いくら目が覚めて朦朧としていたからって、その後に考える時間は幾らでもあったでしょ。本当に、もう! ……自分が不甲斐ないわ」


 俯くシアラは、泣きはしないが、それでもショックは大きいのか顔を上げようとはしなかった。そこでレイが代わりにオルタナに話かけた。


「オルタナさん。貴方が交換条件として出したのは、島への入島許可なのは分かりましたが、そちらが差し出すのは一体どんな魔法なんですか」


「お、おう。……俺がお前の指輪に込める魔法は肉体強化系だ」


 肉体強化と返すと、オルタナは自信を持って頷いた。彼はコートの袖口を捲り、自分の体に刻まれた新式魔法の術式を露わにした。まるで刺青のように腕を覆うそれは、自分が刻んだものだと言う。


「俺の専門分野は肉体強化だって言ったが……この中で肉体強化に関して知識があるのは誰だ?」


 レイはシアラの方を伺うが、彼女は項垂れたまま反応を示さない。代わりにリザが名乗り挙げた。


「肉体強化の魔法は、文字通り術者の肉体を強化する魔法だったかと。ですが、魔法の系統としては……傍流の傍流とも聞いています」


「傍流って……使っている人が少ないのか。そういえば、不人気だっても言ってたな」


「そういうことになるわ、主様」


 レイの問いかけに、シアラが答えた。彼女は自分を気遣うリザにありがとうと礼を言うと、ぐっと背筋を伸ばし、パーティーにおける魔法使いとしての役割を果たそうとする。


 本調子ではないのだろうが、誰も大丈夫かとは尋ねない。それがシアラへの、仲間への礼儀だ。


「普通、魔法ってのは外向きの物なの」


「外。……つまり、外部に向けて発動するって意味かい」


「ええ。ワタシの《バレット》もレティの《回復ヒール》も、それにリザの《形状変化シャープエッジ》もね。新式、旧式問わずに、魔法は自分の中に宿る精神力を魔法と言う形で外に放出するの」


 魔法とは世界の理を乱す現象である。水の無い場所で水を操り、火の無い場所で火を操り、雷の無い場所で雷を操る。


 自分うちから世界そとに向けて働きかけて発動する。


 ところが唯一、その法則から外れている魔法がある。


 それこそが肉体強化魔法。


「肉体強化の魔法はどれも術者が術者自身を強化する魔法なのよ。他者を強くするんじゃなく、自己で完結する魔法。それだけに、魔法使いの中では異端とされて、禁術にしろと騒ぐ人もいたわ」


「それに関しては今も変わらないぞ。下手に同業者の前で使えば、邪法だ、外法だと騒ぎやがる」


 オルタナは不満そうに背もたれに寄りかかる。自分の得意分野だけに、それが認められていないという事が気に入らないのだろう。


「シアラはその辺りどう思っているの」


「前はどうとも思ってないけど、今日から嫌いになる事にしたわ」


 きっぱりと。清々しいほどの笑みをオルタナに向けた。帽子の鍔を降ろしてバツの悪そうにするオルタナに、彼女は冗談よと告げた。


「本音としては特に何とも。……というよりも、魔法使いとしてはあんな燃費の悪い魔法、よく廃れないわねって思うわ」


「燃費の悪い魔法ってどういう事だよ」


「肉体強化の魔法があまり研究されず、見向きもされない最大の理由は、消費する精神力の割に効果が少ないし効果の持続時間が短い事があげられるのよ。詳しくは専門家の意見を聞きましょう」


 俺の出番か、と顔を上げたオルタナが先程の魔法を例に説明を始めた。


「俺が使った《脚力強化レッグバースト》は両足を数秒間だけ増強するって魔法だ。重要なのは、この増強される割合は各魔法によって固定されている点だ」


 自分の鍛え上げた脚を叩きながらオルタナは説明を続けた。


 肉体強化の魔法は全て、強化する割合が魔法によって固定されている。低級の《脚力強化レッグバースト》なら五割増しの上昇で、これが片足だけの《右脚力強化ライトレッグバースト》なら効果時間は同じで八割増しだと。


 つまり肉体強化の魔法は効果範囲が一点に集中すれば強化の割合が上昇し、範囲を広げる事に強化の割合が低下していく反比例になっている。


 効果時間の方は、初級なら瞬間。低級なら数秒。中級で十秒ぐらい。上級でも二十秒から三十秒程度しかない。超級でやっと一分を越すようになる。


「なんですか、それ。燃費が悪いにも程があるじゃないですか。超級でも一分間しか強化できないなんて。それに強化が割合固定って……あれ? 自分にしか発動できないんですよね」


「気が付いた、主様。まさにそこなのよ、肉体強化魔法が研究されない理由は。……後方から砲撃する魔法使いの貧弱な能力値パラメータを強化しても意味がないし、接近戦をする魔法剣士にしても瞬間や数秒程度の強化は正直使いどころに困る上に習得できる魔法の数を圧迫する。かといって超級魔法を刻み込んでも精神力を一気に持ってかれて、他の魔法や戦技を発動できなくなる」


 新式魔法は主に冒険者が好んで使う。戦闘時における詠唱の短縮化が彼らの生存率を上げ、強力な武器となったからだ。


 そうなれば当然、研究されやすい魔法は、需要が多い魔法となる。肉体強化は自分にしか効果が発動できない点と、その効果の持続時間の短さから冒険者から敬遠されてしまったのだ。


「そんな魔法を主様に勧めるなんて、もしかして詐欺師なの、貴方は」


「とんでもない。これでも真面目に勧めてんだぞ、俺は」


 オルタナは肩を竦めると、レイの手も後にある指輪を指した。


「その指輪の欠点は、発動した魔法の狙いが付けられない点だろ。だが、肉体強化の魔法なら狙いを付ける必要が無い」


 室内に、誰かの驚いた声が響いた。シアラは悔しそうにそれは盲点だったと呟いた。


「指輪に籠められ魔力が回復するかどうかはさておき、肉体強化の超級魔法なら戦士の二人の助けになると思うぞ。そして、俺なら誰も研究していない肉体強化の超級魔法を刻むことが可能だ。自分で言うのもなんだが、エルドラド中でも俺ぐらいだろうな」


 どうして、シアラの過去をほじくるような話し方をしておきながら余裕ぶった態度を取れていたのか、ここに来て繋がった。魔法の研究が活発なアクアウルプスにおいてもマイナーな肉体強化を自分なら扱えるからこその自信だ。


 シアラの方を向くと、おそらくそうだろうと返した。何より、彼女は悔しそうにレイに囁いた。


「肉体強化の魔法なら、主様の能力値パラメータの減少も一時的とはいえ、防げるわ」


 同じ事をレイも考えていた。《トライ&エラー》の代償ともいえる能力値パラメータの減少は自分にとって死活問題。肉体強化の魔法で、それがいくらか補強されるのだ。


 レイにしてみれば、ある種の天啓とも言えた。正直、オルタナに頭を下げて指輪に魔法を刻んでほしいぐらいだ。


 だけど。


 その代価はシアラの手に委ねられているのだ。レイはじっと、シアラの方を見つめた。すると、彼女は分かっていると言わんばかりに頷いた。


「主様の求める通りに。ワタシの事なら気にしないでよ」


 決定を自分に委ねたて彼女は静かに居住まいを正す。その信頼が肩に重くのしかかった。レイは一度咳払いをすると、オルタナに尋ねた。


「貴方が先に出した交換条件。シアラの居た島に入島する許可を貰いたいと言っていましたが、具体的にはどうするんですか。僕らは明日にもここを出立します」


「時間を取らせる気はない。ただ一言。入島を許可すると言ってくれれば、それで十分だ」


 魔法の仕組みは分からないが、シアラの方を伺うと彼女は肯定するように頷いた。確認を終えるとレイは次の質問に移る。


「その要求以外の要求はありませんか。現金ではありませんが、いくばくかの資産を持っています」


 ジェロニモはレイの言う資産がテオドールに売りつけた魔人種の血だと気が付いた。事実、幾らか目減りはしたが、それでもそれなりの金額が残っている。しかし、オルタナは首を横に振った。


「でしたら、最後の質問です。……どうして貴方は不戦の島に行きたいのですか。すでに住人は死に、唯一の生き残りのシアラがここに居る無人島。何の用があってそこに行きたいのかを教えてください」


 すると、オルタナの瞳に苛立ちに近い感情が宿ったのをレイは見逃さなかった。硬質な声で彼は言う。


「……説明する必要はあるか」


「あります。……正直、僕はアンタが善人かどうか分からない。もし、その島に行くことで悪事を働くつもりなら、止める義務があると思う」


 敬語を捨て、剣呑な視線をぶつけるレイに、オルタナは愉快そうに唇を吊り上げた。二人がにらみ合いながら時が流れる。


 先に視線を切ったのはオルタナだった。


「……息子を助けるためだ」


「息子? 息子って、アンタ、子供がいるのか」


「オイコラ。いちゃ、悪いのか」


 凄むオルタナを前にして一同は、この荒くれ者のような男に子供と言う単語が結びつかず混乱してしまう。


 全員から懐疑的な目を向けられたオルタナはロングコートのポケットから小さな卵型のロケットを取り出した。中を開けると、子供の絵が描かれている。おそらく、オルタナの子供の肖像画なのだろう。利発そうな少年が父親と並んで描かれていた。


「ちと訳ありでな。コイツを助けるのに、俺は不戦の島に行かねえといけねえ。だけど、何度挑戦しても結界は破れなかった。だから、頼む。俺に入島の許可をくれ」


 頭を下げたオルタナにレティとエトネが縋るような視線をレイに向けた。無垢な視線を前にして、レイに断わるという選択肢は消えた。子供を盾に使うなんて卑怯だと思いつつも、口を開いた。


「分かりました。頭を上げてください」


 レイの言葉にオルタナは顔を輝かせて顔を上げる。そこにすかさず、レイは指を二本立てた。


「条件があります。指輪に込めて貰う魔法は二つです」


「二つ? 別に構わねえが、一体それは」


 不思議がるオルタナにレイは魔法を刻めるか尋ねる。オルタナはそれぐらい簡単だと告げた。レイはレティに紫色の指輪を出すように頼み、机の上に置いた。そして、赤色の指輪を隣に並べた。


「それでは赤色に肉体強化を。紫には今言った魔法を刻んでほしいです」


「そいつは構わねえが、紫の方は本当に初級でいいのか。この魔法なら一応上級まで刻むことはできるし、何よりこの街なら同系統の超級を刻む奴もいるはずだぞ」


「いえ。これに関しては初級の方が、都合いいので」


 レイの言葉に首を傾げつつも、オルタナは承諾した。リザ達は事前にこの話を知っていた事で何の反応も示さなかった。理解できないのはダリーシャスとジェロニモぐらいだ。


 まず、紫色の指輪に魔法を刻むことになった。オルタナの腕前を確かめるのが目的だ。


 オルタナは服に巻きつけているベルトから金属製の棒を取り出した。それに精神力を纏わせると、先端が赤く熱を持つ。


 驚くレイにオルタナは解説を挟んだ。


「コイツは式棒。魔法式を人体や基盤に焼き付けるための道具だ。それをこうやって使うのさ」


 紫の指輪に式が刻まれていく。掘られた文字は魔法言語ヒエログリフで構成されているため、レイには分からないがシアラが監視のためにと傍で見張っている。ミスを許さないと言わんばかりに圧を掛けていた。


 しかしオルタナはどこ吹く風、あっという間に作業を終らせた。


「まずは一丁上がりだ。使ってみるか?」


「流石に室内じゃ使えませんよ。どうかな、シアラ。これは正しく完成されている?」


 レイが確認をとると、シアラは不承不承と言った具合に頷いた。どうやら間違っていないようだ。続けて、赤色の指輪にオルタナは取りかかろうとする。


「それで? こっちにはどんな肉体強化の超級魔法を刻めばいんだ」


「えっと。……全身強化の超級魔法ってありますか」


「あるぞ。《全体強化オールバースト》っていうのがあってな。一分間だけ全部の能力値パラメータを四割上昇する優れものだ。もっとも、指輪に込められている魔力は一回ですっからかんだろうがな。使い切ればただの指輪に成り果てるかもしれないが、それでもいいのか」


 ちらりと、全員の方を伺うとリザ達は頷いた。彼女たちもレイの能力値パラメータの減少に歯止めがかかると気づいていただけに何も言わない。


「それでお願いします」


「了解。ちと、集中させてもらうぞ」


 言うなりオルタナは黙々と、丹念に式を刻む。初級魔法とは情報量が違うのか、複雑な式は指輪を一周してもなお書き足らないのか二周目と入る。結局三周目まで使い、式は完成した。


「自信作だ。これで頼まれた物は完成だな」


 レイはシアラに指輪を、渡し出来を確認する。彼女の悔しそうな表情を見る限りけちのつけようもない、完璧な品の様だ。


「さあ、約束は果たした。よろしく頼むぜ、お姫様」


「その呼び方は止めて。……跪きなさい」


 椅子に座って作業をしていたオルタナは不思議そうに首をひねる。


「アンタは単に許可を出せば入れるって言ってたけど、ワタシが知っている許可の出し方は違うのよ。手順があるから従いなさい」


「そうなのか。……まあ、それなら従おう」


 島の住人の言葉だけにオルタナは何の疑い持たずに椅子から立ち上がると、彼女の前で跪いた。


 ―――その瞬間。レイ達は見た。シアラの横顔が邪悪に染まったのを。


「顔を上げて目をつぶるのよ」


「うん? こうか」


 先程までのひねくれた態度が嘘のようにオルタナはシアラの言葉に従う。目をつぶり、顔を上げた。シアラは穏やかな声で―――しかし邪悪な笑みを湛えたまま言う。


「ワタシが許可を告げたら、顔を触るから。それで儀式は完了するわ。それまでは目を開けちゃだめよ」


「了解した。早く済ませてくれ」


 急がせないで、と言うシアラはどういう訳か半身になって、右拳を高々と振りかぶる。跪いて、顔を上げる青年とそれに向けて拳を振りかざす少女の姿がそこにはあった。


 止めに入ろうとするジェロニモをシアラは無言の威圧で押さえつけた。


「……オルタナ。汝に我等が島への上陸を許可しましょう。願うならば、争いを持ち込まぬように」


 そして、言葉が終わると同時に彼女は拳を振り下ろした。腰、肩、腕と連動する一撃は成人男性の頬を深々と突き刺す。


「ぐぉおお!!」


 悲鳴と共にオルタナは床に叩きつけられた。その威力の凄まじさにリザは、


「腰の入った善き拳です。お見事」


 と、褒めるほどだ。シアラは慣れない事をしたのか殴った拳を反対の手で摩っている。


「いったーい! 何コイツ。顔も筋肉で出来てるってぐらい固いわよ! レティ、回復お願い」


「はいはい。ちょっと待っててね」


 やる気のないレティの《回復ヒール》が発動する中、レイは確かめないといけない事があった。


「あのさ、シアラ。……儀式の最後に顔を触るってのは、ホントなのかい?」


「ううん。こいつの言う通り、許可を出せばそれで終わりよ。あー、スッキリした!」


 シアラは言葉通り、本当に胸の内がすっきりしたかのように清々しい笑みを浮かべていた。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は十九日月曜日頃を予定しております。

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