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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-33 オードヴァーンとプラティス

 並べられた様々な料理が腹に収まる頃になって、ようやく話に一区切り付いた。聞き役に回っていたジョロニモは目まぐるしく表情を変えており、どこか疲れたような様子だ。


「……なんと申しますか。スタンピードに巻き込まれた事である程度場慣れしたと自負していた自分が恥ずかしくなってきます。随分と無茶苦茶な旅をしてきたようですね。王子、それにレイさん」


 ジェロニモの労わるような視線にレイは頭を下げてしまう。それに反して、何故かダリーシャスは胸を張って、炭酸水を口に含んだ。すると、ジェロニモが席を立ち、《ミクリヤ》の面々に向けて、


「《ミクリヤ》の皆さま。数々の艱難辛苦を乗り越えて、よくぞこの地まで王子をお連れくださいました。デゼルト国の民として、王族に仕えし一族を代表して厚く御礼申し上げます」


 片手で拳を包み込み、頭を下げた。デゼルト式の感謝の作法にレイは首を振った。


「頭を上げてください。ここまで来れたのは、偶々です。運が良かっただけです。それにガシャクラに関しては僕の因縁ですし、なによりナリンザさんが僕を庇って……それが無ければ魔王との戦いは生きては帰れませんでした」


「ナリンザ・ナキ。何度かお会いしたこともあります。彼女の在り様は一言で言えば、全身全霊を持って主に仕える事。自らの魂すらダリーシャス王子に捧げていた女傑。それだけにあの方が王子以外の者を守る為に命を捨てるとは。……何か思う所があったのでしょうか」


 信じられないと言わんばかりに首を振ったジェロニモは席に座り直した。


 室内に重苦しい空気が立ち込める中、机の上には空いた皿が置かれており、食事が一通り終わっていることを証明した。普通なら空いた皿は直ぐに下げられるのだが、店員の人払いをしているために残されていた。


 場の空気に耐えられないシアラが話題を振る。


「そういえば、先程知りましたが、ジェロニモ様。ジェロニモ様の一族の方がダリーシャス王子の母君と言う事は、貴方と王子の間柄は」


「ええ。王子とは従兄の間柄になります。私の母の妹が王子の母君となります」


「父上が王位を継げば、俺の名はダリーシャス・オードヴァーンからダリーシャス・フェスティオになるぞ」


 二人並ぶと、確かにどことなく顔立ちや雰囲気に似通った部分がある。すると、ダリーシャスがジェロニモの肩を掴んで自慢げに、


「このジェロニモはフェスティオ家における次期旗頭。商会でもその有能さを買われて、若旦那として大陸を渡り歩いている有望株だ」


 自分の事のように語るダリーシャスにジェロニモは恐縮ですと返した。


「でも、フェスティオ商会って食料品や香辛料の卸業者じゃなかったんですか。それなのに、他国で飲食店も経営なさっているんですか」


「それで間違っていませんよ、レイさん。本業はおっしゃる通り卸業ですが、この店は商会で取り扱っている商品を料理として提供しているのです。こうしてお客様の前に料理を提供し、商品に対する反応を見て、どの商品が受け入れやすいのか、あるいは受け入れにくいかを品定めしています。いわば世の中の需要を確かめるための店です」


 料理の味は如何でしたかと尋ねられると、レティとエトネが揃って、


「美味しかったです!」「ごちそうさまです!」


 と、空の皿を見せた。ジェロニモは満足そうに頷いてくれた。


「……ところでジェロニモ。本国の方には戻っているのか」


 炭酸水を飲み干したダリーシャスが鋭く切り込むと、場の空気が固くなる。踏み込んだ王族の闇に関する話だけにレイ達は席を立とうかとする。しかしダリーシャスが止めに入った。


「其方らもここに残れ。構わんな、ジェロニモ」


「王子のご随意に。……本国には十日ほど前まで居りましたゆえ、最近の内情には詳しいと存じます」


「では聞こう。……祖父の……王の病状はどのようなのだ。お倒れになったと聞いてから三月以上は経つ。……すでに死んでいるという事はあるのか」


 元々、デゼルト国内に降って湧いた王位継承問題。その発端は現在の王、ダリーシャスの祖父であるカリバン・デゼルト国王が倒れたことに端を発している。デゼルト国の統治機構は王と、十四氏族の代表によって運営されているという。


 王が病状の身となり、国家の運営が出来なくなったと判断されて神前投票が開かれることになり、他国に居たダリーシャスは刺客を掻い潜りながら帰国する羽目になったのだ。


 いわば全ての原因ともいえる男なのだが、それでもダリーシャスにしてみれば血の繋がった祖父。容体は気に掛かって当然だ。


「国王陛下の詳しい状態は不明ですが、父の話では御存命なのは確かかと」


 室内にホッとした空気が流れる。しかしダリーシャスは気を緩めることなく、続けて質問をする。


「では公の場に出られない理由は何か。病床から出られないのか、あるいは父や叔父上が軟禁しているのか。そのどちらだ」


 ダリーシャスは自分が口にした内容に自信があるのか、いささかも動じない。レイもまた、事前にその可能性を聞かされていた為、顔を強張らせるにとどまった。


 ジェロニモは躊躇いつつも、己の推測を口にした。


「……後者かと」


 と返した。ダリーシャスは一度、現実を認めたくないように目を固く瞑ると、覚悟を持って開いた。


「やはりそうか。父上か、あるいは叔父上か。もっともどちらにしても、陛下を玉座から降ろす気でいると言う訳か」


「少なくとも、得られた情報や現状の流れなどを見るとその可能性が高いでしょう」


「目的はやっぱり神前投票を実行させるためですか?」


 レイが尋ねるとジェロニモはその通りだと頷いた。


 ダリーシャスのこれまでの話を統合すると、神前投票は自分の勢力を広げ相手の勢力を削る事でしか勝利できない。そこには正義や正当性なんて綺麗ごとは無く、ただひたすらに醜悪なまでの欲望のみ。自分の勢力を広げるために賄賂を渡し、脅迫をして、さらには暗殺までしようとする。それが王の復権によって神前投票が無くなれば、身の破滅すらある。


 これはいわばギャンブルなのだ。自分と自分の一族とそれを支える幾つかの一族。その全ての命と金と未来をベッドして行うギャンブル。


 負けは死に。


 勝てば王に。


 でも、ギャンブル自体がお流れになれば、しっぺ返しが待っている。神前投票に勝ちたいがあまりに外道な行いをした者ほど、周りの反感は買いやすくなる。味方の人心が離れるかもしれない。資金も費やしていれば弱体化にもつながる。最悪、命も狙われることになる。


 何故なら、デゼルト国の王家に置いて一番力があるのは、王とその王を支える一族なのだ。王が復権すれば旧態依然とした力関係に逆戻りだ。


 つまり、神前投票を何が何でも行いたい勢力が王の復帰を邪魔し、軟禁しているわけだ。


「この場合考えられるのは、神前投票で優勢の者ほど陛下を軟禁したいはずだという事だ。折角勝ちの目が拾えるのだ。手放す阿呆はいるまい」


 ダリーシャスは一拍開けると、重苦しい覚悟を滲ませるように、冷たく告げた。


「どちらの方が優位に立っているのだ。父か、叔父上か」


 ある意味、ダリーシャスの運命を決める問いかけだった。自分の票を投じた者が負ければ、そのまま死ぬことが決まる神前投票。父親に付くと決めているダリーシャスにとって、どちらが優勢なのかはそのまま死に近づくことだ。


 一同の視線を一身に浴びたジェロニモは静かに答えた。


「殿下の父上。ファラハ・オードヴァーン様の優勢です」


 その答えに、今度はダリーシャスすらもほっとしたように肩から力を抜いた。しかし、それも一瞬。すぐに王族としての顔を作ると、


「その辺り詳しく教えてくれ。ナリンザの提案で俺は本国と初期の段階から連絡を取っていない。今の王族達がどのように分かれているのかすら、知らんのだ」


「畏まりました。では、この果実を使って説明を」


 ジェロニモはデザートにと出されたサクランボを幾つか掴むと、皿の上に並べた。その数は合計で二十一ある。


「これを王族の、投票権を持つ男子としましょう」


 そして、そのうちの二つをもぎ取ると、それぞれ別の皿に乗せた。


「こちらを王子の父上、ファラハ・オードヴァーン様とします。そしてこちらを叔父上のワフシャ・プラティスとします。まず、叔父上側につかれたのは全部で七人」


 ジェロニモはサクランボを縁が黒い皿へと並べる。そして次に縁が黄色の皿へとサクランボを並べた。


「王子の父上の方は王子を含めました九人が票を投じるかと」


「過半数まであと二票なのね。だとしたら、王子の父上の方が優勢ね」


「かはんすう?」


 不思議そうに首を傾げるエトネに、シアラが過半数の説明をした。今回の場合、立候補しているのは二名で、合計の票数が二十一。つまり、十一票獲得すれば勝利なのだ。


 つまり、残りの五票の内、二票を手にする必要がある。


「この残った方たちは、いわゆる浮動票。どちらに肩入れするのが得なのか見定めようとしている方たちです」


 仮に、これら全てがワフシャ・プラティスへと流れれば勝利は奪われてしまう。


 神前投票において勝負を分けるのはこの五つの浮動票だ。ダリーシャスがサクランボの乗った皿を指で弾く。乾いた音が室内に響き渡った。


「それで、こやつらは全て国内に居るのか。俺以外に国外に居る奴は居ないのか」


 幾つか掟がある神前投票において、投票権を持つ王族が首都に居ればすぐに投票を始めるという決まりがある。裏を返せば、王族が一人でも国外に居るならば投票は行えず、見方を変えれば国外に居る王族が全員死ねば票が失われると同時にすぐさま投票が行えるわけだ。


 この掟によってダリーシャスの立場は危うくなっている。


 その質問に対してジェロニモが告げた内容はダリーシャスを驚かせた。


「それなのですが、王子の兄上が二週間程前に国を出発なされてました」


「あ、兄上が? この時期に? 一体どこに向かったのだ」


「帝国です。使節団を率いて、帝国との交易問題を解決するべく自ら出向かれました。それ以外の十九名は全て国内に居ります」


 縁が黄色の皿から二つのサクランボが外へと放り出された。一つはダリーシャス。そしてもう一つがダリーシャスの兄だ。この二人が死んだ場合、ファラハとワフシャの票数は互角となる。


「兄上が不在と言う事は、あの刺客を放ったのはやはり叔父上なのか」


 デゼルト国からの刺客を差し向けた黒幕には三つの可能性があった。ダリーシャスの叔父に父に、そして兄弟だ。叔父としては自分の政敵の票を削る為に。父親にしてみれば今すぐにでも投票を行うために。そして兄弟なら未来の敵を今のうちに排除するために。


 三者三様にダリーシャスを殺したい理由がある。


 だが、ダリーシャスの兄が国外に居るとなると話が少し変わる。ダリーシャスが死んだところで投票が直ぐに行われることは無い。つまり、父親による子殺しの可能性は大きく減った。


 そして、兄の可能性も同様に低くなった。国外にいながら、自分の暗殺の為に味方を派遣するような危ない橋を渡るとはダリーシャスには思えなかった。


 三人の候補の内、二人が薄くなったことで叔父が黒幕の可能性が濃厚となった。


「それで、王子。この街にいつまで滞在することになるのでしょうか」


「明日には発つ事になっている。それで物は相談なのだが」


 ダリーシャスは船から降りて自分たちで宿を取る事になったと説明した。するとジェロニモが自分の胸を叩く。


「それならばご安心を。私が信頼できる宿を用意しましょう」


「それは助かる。頼むぞ」「お願いします、ジェロニモさん」


 レイとダリーシャスが礼をいうと、ジェロニモは何かあった時用に軍船が停泊している桟橋近くの宿に連絡を取るよう店員に指示を出してくれた。


 これで宿の確保が出来た。あとはそれまでどうやって時間を潰すかだ。


「どうする、レイ。折角このアクアウルプスに着いたのだ。指輪の件を済ませるなら、付き合うぞ」


 ダリーシャスが提案すると、ジェロニモが指輪とは何ですか、と尋ねて来た。レイはエトネが嵌めている指輪を例にして説明する。魔力を宿した指輪型の基盤を手に入れた。使い道としては指輪に魔法式を刻んで魔法を発動する道具にしたいのだが、この街で信頼のおける魔法使いを探す当てがない事まで語る。


「でしたら、一人心当たりがすぐ傍に居ます。……居ますのですが、果たして紹介するべきかどうか悩む所ですが」


「随分と勿体付けたな。一体どのような御仁なのだ?」


 口籠るジェロニモの姿に逆に興味を持った(ダリーシャス?)が話を急かすように尋ねた。口を重たくしたジェロニモは難しい顔を浮かべながら語る。


「そのものは、このアクアウルプスに置いて魔法言語ヒエログリフの研究者として高名な男なのですが、同時に偏屈でも知られています。私自身、名は知っていましたが面識はありませんでした。ところが数日前にアクアウルプスに到着するなり、私に面会を申し入れてきました。それも、店の者に聞くとその前から、私に会いたいと来訪していたようでした。気味が悪く思い、適当にあしらっていたのですが、とうとう根負けしてしまい、つい先程まで会って話をしておりました」


「魔術師と商会。普通に考えれば、研究資金の無心だろうが、その様子だと違うようだな」


 ダリーシャスの推測に頷くとジェロニモはレイと―――そしてシアラを見てから口を開いた。


「かの者の名はオルタナ。彼は……《ミクリヤ》所属のレイさんとそのに会いたいとの申し出を私にしてきたのです」



読んで下さって、ありがとうございます。

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