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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-28 トトスの港町Ⅴ

 トトスの港町には二つの街道が伸びていた。一つは東北東に位置するオウリョウに向かう街道。もう一つは海岸線に沿って伸びる北の街道だ。二つの街道の間は山あり谷ありの険しい環境。馬だけならまだしも、馬車を連れて超えるのは難しい。


 そのこともあってか、ガシャクラは北からレイ達が来ることは無いと考えていた。事実、オウリョウを出発したレイ達はそのまま最短距離を進み、トトスへと向かったという報告を受けていた。


 北の街道に置いた見張りは、不測の事態に備えての保険のようなもの。そのためか、屋根の上に潜んでいた見張りは気が緩んでいた。双眼鏡を片手に相方に愚痴を垂れ流していた。


「頭領の心配性には困ったもんだぞ。こっち側で何かが起きるなんて事、起きるはずがないだろうに。お前もそう思わないか」


「思う思わないの前に、愚痴が多いぞ。これも役目だ、しっかりやれ」


「へいへい。お前さんは堅物だね」


 相方のつれない返事に肩を竦めた男は、手にした双眼鏡をのぞき込む。北の海岸線に沿って伸びる街道は先程見た時と同じ旅人が行き交う平和な光景―――では無かった。


 いつの間にかシュウ王国の国旗と騎士団旗を掲げた重装騎兵の集団が街道を封鎖するかのように隊列を組んでいた。少なくとも五十近くは居るように見えた。


「……何だあれは」


 見張り役の男はつい数分前まで影も形も無かった一団に度肝を抜かれた。


 呆然と呟くと、相方が不審に思い自分の双眼鏡で北を見た。彼にも同じ光景が見えたのだろう。掠れた声で、


「あ……あれはスヴェンの配下だ。護衛の騎士団がなぜそこに居るのだ!」


 その場に、答えを持つ者はいなかった。代わりに、双眼鏡の中の騎士達に動きがあった。彼らは一糸乱れぬ動きで街道を突き進む。地響きを高らかに鳴らして、トトスの港町に入ろうとしていた。


「おいおい。どういう事だよ。こっちには来ないんじゃないのか!?」


「そんな事はどうでもいい! とにかく、目標の馬車が居るかどうかを探せ」


 激しく言い争う二人は、増水した川のように流れてくる騎士達の中からレイの姿を探そうとする。彼らにもレイ達一行の見た目や人種、特徴などは伝わっている。特に重要なのは、ニチョウが馬車を引いている点だ。幌の中が伺えなくても、ニチョウさえいれば、それはレイの馬車と言う事になる。


 必死に二人が馬車かニチョウを探している中、遂に騎士達は街の入り口までたどり着く。まさにその時だった。彼らが黄色の体毛に紺が入り混じるニチョウを見つけたのは。


 引いている幌馬車の中までは見えないが、御者台には栗色の髪をした少女と、ハーフエルフの少女が座っていた。


「間違いない。目標の馬車がこの騎士達の中に居る」


「分かった。俺が各員に連絡を送る」


 双眼鏡を落とすと代わりに、男は懐から鏡の破片を取り出した。元は一枚の鏡だったこの魔道具は、同じ鏡の欠片同士なら文字のやり取りを可能とする。ガシャクラ達の緊急連絡用の手段だ。


 インクを取り出す暇も惜しいのか、男は指の腹を噛み千切ると、血文字で鏡にこの状況を伝える。すると、足元を通り過ぎた騎士達を追い駆けていた相方が叫んだ。


「おい、変だぞ!」


「この期に及んでまだあるのかよ! 今度は何だ!?」


「アイツら、用意された軍船とは別の船の前で止まってやがる。……桟橋の一番右端の船に乗り込もうとしている。軍船は囮だ! それも伝えろ!」


 相方の叫びに押されるように、男は自分の血を鏡に押し付ける。乱れたエルドラド共通文字は男の焦りを表していた。


 その文字は鏡の欠片に吸い込まれると、各地に散った同胞たちに伝わる。その中にはガシャクラの姿もあった。


 彼は《大地ノ海》を使うフジワラと共にスヴェンと親交のあるガイウス船長麾下の軍船パトリオタの船艇に潜んでいた。バラストと呼ばれる重しの石が積まれている空間に誰にも気づかれずに潜りこみ、作戦の最終段階ではそこから上に通過して、レイを背後から奇襲。彼の持つ死に繋がる一撃を避ける能力スキルを誘発させたうえで、殺そうとするつもりだった。


 ところが予想外の展開に直面した。


 薄闇の中でも男たちの目は鏡に映った文字を捉えていた。ガシャクラは奥歯を強く噛みしめて、割れてしまう。


「小僧め。どうやって山越えをしたかは知らんが、小細工を使いおって」


「如何致しましょうか。このままでは」


 フジワラの言葉にガシャクラは冷静さを取り戻す。もっとも表面上ではあるが。


「分かっておる。逃げられてしまうのだろう。……流石に海に行かれてはこちらも手出しは難しい。……しかし、乱戦となれば」


 ガシャクラは一つの決断を迫られていた。レイ達を逃がすのか、あるいは乱戦を覚悟するのか。


 復讐に駆られているとはいえ、ガシャクラにも戦力差は理解できていた。いや、むしろ彼我の戦力差を理解しているからこそ、このような外道の作戦を実行したのだ。


 所詮は暗殺者。日の元で真っ当な戦いをしてきた騎士に正面から挑んでも敵う道理はない。距離を取って、人質を使い、策を弄してようやく互角だ。


 そのために少ない戦力を分散させるという悪手を使いながらも、相手の戦力を低下させる作戦を練った。


 しかし、一番右端の桟橋は無警戒だった。いまから弓兵を移動させても、高所を押さえられるかどうか不明だ。


 撤退の二文字が脳裏をよぎる。それも正しい判断だと老人の理性は諭すように言う。


 だが。


 無くした右腕と、潰れた左目。そして死んだ同胞たちが許さなかった。


 ガシャクラは鏡に同じように血文字を綴った。己の意思を込めるように。


『全員、右端の桟橋付近に集合。乱戦になっても小僧の首を獲るべし』


 港町の各所に散ったガシャクラの手の者が一斉に動き出した。






「騎士様。こんな船に一体何の用なんですか」


 海に面した桟橋の、一番右端。日当たりは悪く、どこか陰鬱な空気が流れる場所だ。と言うのも、この桟橋の近くには荒くれ者などが根城にしている倉庫や建物、たまり場があり、一種の貧民窟となっていた。そんな場所に煌びやかな鎧や手入れされた馬に乗った騎士達が集まり、何かを警戒するように陣を敷く。応対する船員はどこか浮かない顔をするのも無理はない。


 その威光と威圧に気勢を削がれたのか、興味本位で集まろうとする者達は居なかった。


 桟橋に停泊している船は軍船よりも一回り小さく、帆の色は黒だった。急に取り囲むように隊列を組む騎士達に驚いたのか、甲板からじっと見下ろしている。どの船員も着古した衣服に身を包んでいる。


 その状況下でレティとエトネは素早くキュイから馬車を切り離し、馬車のサイズを変えた。小さくなった馬車をポケットに入れると、様子を伺うように騎士達の中に混じる。


「我らは第二王子スヴェンの配下なり。これより、其方らの船の臨検を執り行う事となった」


 護衛の副隊長が堂々と言うと、応対していた男が引き攣った顔を浮かべた。


「ど、どういう事でしょうか。私達は真っ当な商いを行う商人でして」


「いやな。最近、復興の為にと特別な入国許可証を発行しているのだが、それを悪用して御禁制の品や、闇ギルド経由で奴隷を買い付ける者が居るとの情報提供があったのだ。それで抜き打ちの臨検をする事になった。船の責任者と話がしたい。呼んできてくれないか」


 ちらりと甲板の方を見上げた副隊長に、応対した男が慌てて、


「私が責任者です!」


 と、叫んだ。しかし、男の身なりはお世辞にも整っている訳でも威厳がある訳でもない。寄れたシャツにほつれたズボン。よく言えばありきたりな、悪く言えばごく平凡な船員の姿だ。ちょっと特殊なのは腰に提げている剣が商人にしては物騒な輝きを放っていることぐらいだ。


「君が? ……まあ、いい。なら、この船の登録証と所属している商会のプレート。及び荷の目録を頂きたい。それらを確認したら、直ぐに内部の立ち入りをさせてもらう。悪いが、全てが済むまで船員の下船は許されない」


「……突然言われても困りますな。本当に王子の許可を頂いているのですか」


「ふむ。君はスヴェン王子のご判断を疑うと言うのか」


「いえいえ! とんでもありません。ですが、こちらとしても商品の機密性保持もありまして、あまり外部の方に中を見せる訳には」


「それは重々承知している。臨検した結果は違法でない限り、口外しないと王子の名において誓う」


「それに武骨な騎士様たちが臨検なさると、品が壊されてしまうやもしれません。なにせ超高級品を扱う故、手荒な扱いをされると困ります」


「臨検中に起きた損害は全て騎士団が受け持つ。商品の売買相手にもこちらの方から保証や謝罪をするつもりだ。さあ、書類一式をこちらに渡してくれないか」


「ですから急に言われましても」


 のらりくらりと言う船員はどこか焦りを滲ませていた。一方で副隊長の方はどっしりと構えたまま、まるで船員の慌てふためく姿を楽しんでいるかのように口を開いていた。


 すると、目をつぶって感覚を澄ませていたエトネがレティの袖を引っ張った。彼女は短く、


「おきゃくさんがきた」


 と、だけ言う。それで全ての準備が整った。


 役者は揃い、舞台の幕が上がる。


 レティはそっと近くに居た騎士の手を引いた。見下ろした騎士の一人に合図を送ると、それが伝言のように前へ前へと伝わる。最後に届いたのは副隊長の耳元だった。


「後ろから合図が。どうやら時間の様です」


 耳打ちした部下に頷くと、副隊長は桟橋を塞ごうとする船員に一歩近づいた。


「申し訳ないがこれも職務。此方には王子の命がある。ただいまより、強制的に臨検を実行する。まずは中を検めさせてもらうぞ」


 副隊長は強引に船員を突き飛ばし、船への道を作る。後ろへと押された船員はすぐさま表情を切り替えた。脂汗を滲ませ、胡麻をするような卑屈な態度は消え、冷徹な刺客(・・)の顔となる。


 腰に吊るした剣を抜き放ち―――それよりも早く振られた剣に体が両断された。


「盗んだ服なのか知らんが、寸法が合っていないぞ。それに……血腥いんだよ、貴様」


 桟橋から海へと落ちた死体を一瞥すると、彼を追い越すように騎士達が武器を抜き放ち、歩み板を蹴とばして甲板に上っていく。甲板に出ていた船員の振りをした刺客が一斉に応戦を始めるとあっという間に乱戦が始まった。


「船の中に入れ! 船室に火薬か、それに準ずる爆発物があるはずだ。十分注意して探索しろ!」


 副隊長の言葉に、数人の騎士達が船の内部へと潜っていき、数分後に大音声が返ってきた。


「油の樽を発見しました。それと……この船の乗員と思しき者達の死体も!」


 一瞬、副隊長は固く目を瞑ると、一気に剣を振り下ろした。


「この船の敵戦力を全て打ち倒せ。此方を攻撃する者は全て敵である!」


 檄に騎士達が呼応した。






「これは一体……どういう事なんだ」


 ガシャクラ達が右端の桟橋に着いた時には、すでに乱戦が始まっていた。二十人程の船員を騎士達が取り囲み、剣をぶつかり合わせていた。奇妙なのは、その船員たちだ。曲がりなりにも、第二王子の近衛騎士団と単なる商船の船員が打ち合えるのはあり得ない事だ。


 つまり、この船員たちは船員では無いと言う事だ。


(儂ら以外の隠密がこの街に入り込んでいたという事か。しかし、これは好都合だ)


 人ごみの中から様子を伺っていたガシャクラはニヤリと唇を歪めた。自分たちが正面切った戦闘に巻き込まれるのは御免だが、状況がすでに乱れているのなら、それを利用すればいい。


(我らは漁夫の利を狙えばいい。レイだけを殺せば、後の事はどことも知れない、あ奴らに押し付けて離脱すればいいのだ。運はやはり我等に味方しておるぞ)


 そう考えて、乱戦の中からレイを狙えと鏡に記そうとしたガシャクラだが、先に浮かんだ文字に目を剥いた。


『この場に目標の姿無し』


 驚くガシャクラはすぐさま人ごみの中を抜け出して、路地に入るなりに壁を蹴り上げて近くの建物の屋上へと昇った。付近には高所から戦場を見下ろしていた部下がいた。


「頭領! これを!」


 説明を要求するガシャクラを先んじて部下は双眼鏡を差し出した。ガシャクラはそれを受け取ると、乱戦の舞台を上から眺める。船の上には騎士と船員の振りをした隠密が争っていた。数は騎士の方が多い。数で負け、技量でも負けている隠密が押されている。騎士達は余裕の表れか、隊を二分させ残った騎士達で桟橋を塞ぐように隊列を組む。敵が逃げ出さないように出口を塞いでいるのだ。


 ―――そのどこにもレイの姿はないのだ。


 馬車もニチョウの姿も無い。


「馬鹿な。何処にいると言うのだ。探せ、探せ」


 自分が何か重要な間違いを犯したかのように焦るガシャクラは、出鱈目に双眼鏡を動かして行くうちに、黄色の残像を見つけた。慌てて視線を過った影に合わせると、そこにニチョウが居た。レティとエトネの二人を乗せたニチョウは、何故か桟橋の先へと走っていき、跳んだのだ。


 羽があるとはいえ、ニチョウは飛ぶことはできない。哀れな鳥は海に落下すると誰もが思った。


 しかし、現実は違う。


 ガシャクラの双眼鏡はニチョウが落下せず、空中のナニカを蹴り上げて跳んだところを映す。それも一度や二度では無い。何度も繰り返し、何かを蹴り飛ばしては海を渡っていく。


 海の反射に紛れて、ニチョウの足元が発光するのが見えた。あれは魔法の輝きだ。魔法で足場を作って海を渡っているのだとガシャクラは気が付いた。


 海を飛ぶように跳ぶニチョウは流石に疲れが見えたのか、跳ぶ距離を短くしていく。あわや、力尽きて海に飛び込む―――その寸前。


 ニチョウは白波を掻き分けて進む軍船へ引き寄せられていた。


 その船の名はパトリオタ。


 甲板には見覚えのある黒髪の少年が立っていた。顔の輪郭はぼやけているが、ガシャクラにはそれが誰なのか直ぐに分かった。


「おのれ、おのれ、おのれぇぇぇ! なぜ、そこに居るのだ、小僧ぅううううう!!」


 ガシャクラの絶叫がトトスの港町に響き渡った。


読んで下さって、ありがとうございます。

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