2-1 誰も知らない戦い
第二章の始まりです。
東方大陸。
それは大陸に名前が無かった昔、気球と呼ばれるものを発明した男が空から大地を見下ろし、地図を作ろうとした。彼は流石に広大な世界を一人で作り上げるのは不可能と思い、自分の弟子を世界中に向かわせて地図を作らせようとした。その際に彼は最初に気球を飛ばした場所を世界の中心を決め、そこにあった大陸を中央大陸。そして東西南北の方角にあった大陸に仮の名前をつけた。
中央大陸の東にあるから東方大陸と。
いつしかその男の残した地図が世界中に伝わると男のつけた名前がいつしか定着し、そこに住む人々は何の違和感も抱かずに自分たちの住む大陸を東方大陸の何々国と呼ぶようになった。
そんな東方大陸は南北に細長く伸び、中央で縦に大陸を二つに分割するような山脈を有する。
冬になれば白き雪化粧を纏う美しい光景が広がり、人々の目に感動を与えるこの山脈は、いつもは良質な鉱石が取れる鉱山として鉱夫たちが鋭く光るつるはしを手に額に汗をかきながら振るう場所でもある。
当然、人が通うようになればそこに集落ができ、他方から鉱石を買いに商人が訪れる。齎された富は男たちの家族を潤わせ、人は満たされると更なる欲が出る。しだいに鉱山の規模を拡大していく。人手が足りなくなると、他所からの移住者を受け入れ集落は村へと発展する。これを幾度も繰り返して出来たのがシュウ王国の首都、アマツマラだ。
東方大陸にはそのような経緯で生まれた街がバルボア山脈に沿って幾つもある。中央大陸ほど草原や森が広範囲に存在しない大陸では酪農や農業よりも鉱業が発達したのは無理も無かった。
しかし、そんな東方大陸でも人が寄り付かない場所がある。
バルボア山脈の南の端。天に向かい常に黒ずんだ煙を吐き出す火山がそこにある。大地は草も生えず、むき出しの岩肌が人を寄せ付けない。さらにはモンスターが堂々と集落を作りコミュニティを築く無法地帯と化していた。
それには理由がある。黒々とした煙を吐き出すメスケネト火山の地下には大規模な迷宮が広がる。
過去にギルドが調査したレポートには上層部19階層、中層部25階層、下層部22階層、深層部13階層と全部で79階層と広大かつ世界でも少ない深層部が発見された迷宮として知られている。
だが、レポートには危険度は限りなく低いとも書かれている。
理由は迷宮の外にあった。
メスケネト火山の火口には大食いの怪物が住み着いている。
メスケネト火山の火口。
噴火など起こらずに久しくなった火口は冷えたマグマが固まり、仮初の大地を作る。しかし、その表面より下はいまだにマグマが渦巻いているのか思い出したように表面が割れ、亀裂から黒いガスが空へと昇る。
足を踏み入れた時点で燃えるような熱がすり鉢状の大地に溜まり、メスケネト火山が未だに生きていることを証明している。当然、生き物などが此処で暮らしていける訳が無い。
しかし、大食いの怪物は地獄のような暑さの中でまどろんでいる。
翼を畳み、前足を枕のようにして腹這いに眠る。時折、大木を思わせる尾が寝返りを打つ様に振り回され、すそ野にて生活を営むモンスターたちの所まで響かせる。
赤き鱗を纏う龍が気持ちよさそうに眠りについていた。人を丸呑みできる口からイビキ代わりに炎が吐き出され、固まったマグマの表面を撫でる。
この赤龍こそがメスケネト火山付近一体の主であり、地下に広がる迷宮の危険度を下げる原因だった。
というのも赤龍は人や動物やモンスターなどを食べずに生活ができる『古代種』と呼ばれる古くからの種族である。彼らは精霊と同じく、魔力を生きる糧として取り込む。赤龍にとっての食事はメスケネト火山の地下に広がる迷宮の魔力だった。
年に一度、火口から龍がその咢を広げ息を吸うだけで迷宮だけでなく、大地に溜まる魔力をも根こそぎ吸い取る。そして赤龍は次の年まで眠りにつく。結果、このあたりの大地は死んだように草木の生えない荒野と化していった。
迷宮は魔力を吸い取られれば、強いモンスターを生み出すことはできない。当然数もそれほど多く作れず、むしろ地上をうろついているモンスターたちの方がよっぽど多い上に強い有様。そんな迷宮に潜りたがる冒険者は居らず、このあたりのモンスターは討伐されずに穏やかに暮らしていた。そのため、ギルドはここを危険ではないが、理由も無く立ち入りを勧めないとした看板を立てて、管理を放棄している。
その元凶はこの日も変わらずに眠りについていた。赤龍が起きたのがちょうど一年前。そろそろ眠りから目覚める時期だった。
侵入者がメスケネト火山の火口に降り立ったのは。
全身を黒づくめの甲冑に身を包み自分の背丈よりも長い杖を手にした侵入者は文字通り火口へ翼も無く飛んで侵入した。顔を覆う兜をしている為、男か女かも不明なその者は地獄のような暑さに怯むことなく、冷えたマグマの大地に降り立った。
「んー? ここが噂のメスケネト火山の火口ですか。思ったよりも涼しいですね」
フルフェイスの兜からくぐもった、暢気そうな声が響く。
侵入者は手にした奇妙な杖で肩を叩く。その杖はあからさまに不気味だった。まるで人の手を切り取り、握り拳を作らせ固め、それを幾つも積み重ねたような独特のデザインを有する。上へ上へと延びていき、先端ではこれまた人の手のような五本の爪が開き、中央に光を放たない黒い宝石を抱いている。
その杖がマグマの地面へと向けられた。
「《火よ、起これ》」
たった一小節の短い詠唱が空気へと溶けていく。しかし、その詠唱が引き起こした結果は釣り合いが取れない。
瞬く間に火口に轟音と震動が広がると、マグマの地面に細かい亀裂が走り、それらが繋がっていく。あっという間に火口は湧き出たマグマの海へと飲み込まれていく。
当然、眠りについた赤龍や、地に足を着けていた侵入者もマグマの海へと浸かる事になる。しかし彼らは悠然と構えているだけだった。
足元を人が触れたら灰も残らないようなマグマが飲み込んでも、動揺すら浮かべなかった。
だが、侵入者が再び杖を振りかざそうとして、ようやく赤龍が動いた。
瞼を開き、縦長の瞳で侵入者を睨む。
「……このような場所で小さき者よ、何をしておる」
口から零れたのは炎のブレスでは無く、流暢なエルドラド共通言語だ。まるで隠棲する賢者を思わせる深く落ち着いた声が火口に響く。
侵入者は振りかざした杖を下ろすと、恭しく礼をした。
「偉大なる『古代種』の赤龍よ。眠りを妨げ申し訳ありません」
頭を下げながら侵入者は口上を続ける。
「私は陛下の使いとして御身の前に現れました」
「余計な口上は要らん。用を申せ」
龍はうるさそうに侵入者の言葉を遮ると鼻を鳴らす。マグマは飛び散り、侵入者に生暖かい風を浴びせる。
侵入者は顔を上げると龍に対して口を開く。
「では、単刀直入に……赤龍よ! 我らと共に、人を滅ぼそう!」
「断る」
一刀両断だった。
腕を広げて向かい入れるかのように宣言した侵入者はがくりと腕を下ろした。
「下らぬ話だ。……用がそれだけなら帰れ。我は眠りにつこう」
龍はゆっくりとまぶたを下ろし始める。しかし、侵入者が許さなかった。
杖を高く掲げた。黒の宝石が怪しい輝きを放つ。
「《氷よ、起これ》」
またしても短すぎる詠唱と、起こった結果に釣り合いが取れない。
瞬く間にマグマは氷、赤龍も全身を冷たい氷に包まれ、氷像のように姿を変える。
「ふふふ。これは調教のしがいがありますね」
氷漬けの炎の龍を前に侵入者はくぐもった笑みを浮かべる。その時、ぴしりと言う音と共に、赤龍の全身を覆っていた氷が砕け散った。
「……我は警告したぞ」
「だからと言って簡単に帰る事もできないのが私のような中間管理職の悲しい所なんですよ。13神の、いや、世界を構築するシステムの中間に位置するあなたと同じようにね」
おどける様に言う侵入者に赤き龍は怒りを露わにする。
「貴様! 神を愚弄する気か!!」
瞼は上がり、全身から怒気が零れる。瞬く間に氷の世界へと姿を変えた火口は、再びマグマの世界へと溶けだした。
縦に長い瞳孔が怒りに震え侵入者を睨みつける。開け放たれた口からブレスが吐き出される。
マグマをも蒸発させるブレスは侵入者を容赦なく飲み込む。
にやりと、不敬な侵入者に罰を与えた赤龍は笑った。だが、一瞬でその笑みは消える。
ブレスが通り過ぎた後、そこには全く変わらない姿で侵入者は立っていた。黒光りする重厚な鎧は熱に暖められ白い煙を上げているだけだ。
ここに来て赤龍は臨戦態勢を取る。目の前の侵入者を強敵だと悟った。
マグマの海に四つん這いになっていたのを後ろ脚だけで立つ。翼を広げて、威嚇するように吠えた。
「グオオオオオオ!!」
すり鉢状の火口に雄叫びが響く。すそ野に暮らすモンスターたちは先程からの振動に加え、この雄叫びを聞き、不安そうに火山を見つめる。
だが侵入者は動じる事も無く、杖を振り上げた。
「《氷柱よ、起これ》」
短い詠唱と共に炎の龍の頭上に巨大な氷柱が形を成す。その氷柱は空中から滑るように龍の頭を狙う。
しかし、龍は巨大な腕で落ちてきた氷柱を掴むと侵入者へと投げ返した。
「おっと、危ないですね」
涼しげにマグマの海から飛び出しながら氷柱を躱す。さらに侵入者は翼も無く空を飛びまわり始める。
「虫のように飛び回るだけか」
あざ笑う様に赤龍が言う。
「……これでも貴方にあまり傷をつけない様に気を使ってるんですけどね」
侵入者は琴線に触れたのかピタリと空中で動きを止めると杖を振り上げた。
「《鎖よ、起これ》」
詠唱が空気に溶けるように消えると、代わりに赤き龍を縛るのにふさわしい巨大な鎖が何本も空中から降り注ぎ、意志を持ったように絡みつく。
「貴様……これは魔法では無いな!」
「ええ、技能ですよ」
目の前で起きている現象から事実に気づいた赤き龍は自分に絡みつく鎖を剥ぎ取り、噛み千切ろうとする。だが鎖は壊されるたびに新しい鎖が空間から吐き出される。
徐々にだが赤龍は動きを封じられていく。
すると、観念した様に龍は動きを止めた。いや、観念したわけでは無い。全身に力をため込んでいるのだ。察知した侵入者は杖を掲げた。
「いけない! 《鎖よ、起これ》!」
「遅いわ!」
赤龍の行動を止めるべく、新しき鎖を呼ぼうとしたが、龍の全身から巻き起こった炎が全ての鎖を溶かしていく。
まるで炎そのものへと姿を変えた龍は翼をはためかすと、空を飛ぶ。体から火の粉が飛び散りマグマの海へと落ちていく。
空中に漂う、侵入者へと爪を振りかざした。
「《盾よ、起これ》!」
侵入者の詠唱により、光り輝く小さな六角形の盾が現れる。それは薄く、一枚だけでは簡単に破られそうに頼りない盾だった。
そう、一枚だけなら。
炎とかした龍の爪は大量に出現し、厚みを増した六角形の盾の軍団に阻まれる。
一枚を突破しても、それは表面の一部分にすぎない。
盾を破壊するたびに爪は勢いを失っていく。しかし、侵入者にとって予想外な事に爪は、盾の軍団を突破したのだ。
「―――なに!?」
「我を舐めるな!!」
驚きながら退こうと身を捩る侵入者。龍はその侵入者を切り裂かんと、懸命に爪を振るった。
手ごたえを龍は感じた。爪の先に何かを砕く音がした。
振るわれた爪をかろうじて避けた侵入者は、それでも一撃を喰らって空中に浮かぶ。龍の頭上で、侵入者の兜が砕けた。
爪によって砕けた兜は重力に従い下へと落ちていき、マグマの海へと沈んでいった。
火口に侵入者のとても長い黒髪が露わとなる。まるで夜の闇を固めた様に黒い。
龍の瞳孔が、侵入者の金の瞳を捉えていた。見るものをゾッとさせる笑みを浮かべた魔人は口を開いた。
「遊びは終わりにしましょう、赤龍。……ここからは調教の時間ですよ」
刹那、赤龍は自分の意識が遠のいていくのを最後に、記憶が途切れた。
その日、異変を繰り返したメスケネト火山の火口から主であった赤き龍の姿は消えた。しかし、その事を知る者は誰もいなかった。
読んで下さって、ありがとうございます。
第二章も基本、平日の間は毎日投稿します。




