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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-12 オウリョウ散策Ⅳ

「ふわぁぁぁ」


 箱馬車の規則正しいリズムに揺られていると眠気がこみあげてしまい、レイは思わず欠伸をしてしまう。口を手で押さえたが、周りにはバレバレだった。


「ご主人様。昨晩は遅くまで起きていたのですか?」


「ん。ああ、まあね」


「それはいけません。確かに考える時間も必要ですが、夜はしっかりと寝て、体と頭を休ませるべきです。不規則な眠りが冒険者の癖になっているとはいえ、そこはちゃんとしないといけません」


「あはは。……面目ありません」


 少し怒りぎみに説教をするリザにレイは鷹揚と返した。箱馬車には二人の他にレティ、シアラ、エトネの三人が乗車しており、彼女たちは窓から覗く街の景色を楽しんでいた。この場にダリーシャスは居ない。彼はまたしてもスヴェンの補佐をするという目的で、ある意味この街で一番安全な場所に隔離されている。またしても姿を見せた筋肉を誇示する男たちに無理やり馬車に詰められた姿はどこか出荷される牛を想起させた。


 レイが眠りについたのは薄らと明るみ始めた頃だった。《グレートディバイド》やデゼルト国の刺客について考え込むあまり眠るのが遅くなったわけではない。


 説教を続けるリザから視線を離すと、腰に差してあるコウエンを伺った。


 ようやく喋りかけるようになったコウエンが何気なく放った一言は爆弾級の威力を有していた。意味を理解するのに少なくない時間をレイは必要とした。


「ま……魔王の血を……吸収した、だと」


 衝撃的な内容をオウム返しすると、コウエンが肯定を示す。


『うむ。あの者との戦闘を思い出すと良い。其方が放った最後の斬撃は、奴の皮膚を浅くとも裂いた。結果として、刃の先端に奴の血が付着してな。ほれ、其方の従者。混じり物の魔人種の娘が血を魔短刀ダガーに捧げておるだろう。あれと同じで刃に付着した血を妾が吸収したのだ』


 ごくごく自然に、それこそ単純な理を解くかのようにコウエンは言うが、内容はとんでもなかった。魔人種の血には力があると言われている。事実、その血を金属などに混ぜて武器として生成すると、その武器は独自の魔力を有した魔道具へとなる。


 そのため、人魔戦役の頃、魔人種の流した血は回収され、多くの魔道具生成に使われたそうだ。特に人気があったのは魔人種を超えた魔人、六将軍たちの血だ。


 龍刀コウエンにも六将軍第二席ゲオルギウスの血が含まれている。


 魔人の血と赤龍の体から生み出されたこの日本刀は、鉄すらも溶かす炎を平気で出せてしまう、大量破壊兵器と言えた。


 そのコウエンが更に上位の魔人、『魔王』フィーニスの血を吸収したと言ったのだ。驚かない方が無理といえた。


『僅か数滴とはいえ、そこはやはり『七帝』。ツマミどころか、それこそ主菜と言っても良いぐらい濃厚な魔力を宿した血じゃ。正直に申せば、この身に取り込むのに時間が掛かってな。やっと飲み干せた所だ』


「待て待て待て! 頭が混乱しそうだ。……えっと、今のお前はゲオルギウスとフィーニスの両方の血が混じっている……という事で良いのか」


『そうなるな。もっとも、妾の本体は赤龍の骨。魔人の血は添え物に過ぎないぞ』


 どうやらフィーニスの血を取り込んだからと言って、コウエン自体におかしな変質は起きていないようだ。その事に安心していると、再びコウエンが語る。


『『魔王』の血を取り込んだことで、より強靭となったこの身。未熟な其方が万全に扱える時が来るのか、楽しみに待たせてもらうぞ』


 一方的に言うと、コウエンは話は終いと言わんばかりに沈黙を貫いた。レイは思わず頭を抱えてしまった。コウエンのパワーアップ化は正直に言えば遠慮したい事態だ。


 コウエンの放つ炎は《ミクリヤ》全体で見ても最強の威力をほこり、まさに切札といえる。かつて見た、赤龍のブレスを浴びた死体は何もかもチリ一つ残らず、運が良くても人の形を保っていなかった。そんな業火を受け継いだコウエンは『七帝』にすら届き得る、現状唯一の手段。


 その代償はレイの両足に刻まれている。薬液を塗るのを怠れば、燻っている熱が一気に火へと燃えるであろう火傷はレイがコウエンの主として認められていない証拠だ。


 魔道具を完全に支配下に置ければ、それらが出す炎や雷を浴びた所で主はダメージを受けない。それどころか、燃やしたい物だけを選択して延焼を防ぐこともできる。リザと敵が剣を合している所に、敵だけを燃やすといったことが出来るのだ。


 《オルゴウス》の副官はいつかコウエンが認める主となれ、とレイに言っていた。


(これでまた、認められる日が遠ざかったな)


 コウエンを意のままに操ると言う未来図を、レイは一欠けらも想像できないまま、ベッドに身を投げ出した。考えなければならないことの多さに頭だけが熱を持ったように熱くなり、レイの瞼が落ちたのはそれからしばらくしてからだった。自分が成長しているという実感も無いまま、厄介な事だけが両肩に圧し掛かっていた。


「そういえば、ご主人さま。馬車に酔わなくなったね」


 急にレティが声を掛けたのでレイとリザは揃って彼女の方を見た。


「言われてみると確かに。初めてお会いしたころは大分酔っていらっしゃいましたが……最近はそうではありませんね」


 リザとレティに指摘されてレイもここ最近の事を思い出して気づく。エルドラドに来て当初は、馬車の断続的な振動や、移動ばかりの旅に体が付いて行けずに寝込むほどではないが調子を崩していた。それが、今では馬を操るようになっていた。


(これは、成長していると捉えていいのだろうか?)


 余りにも小さな成長に首を傾げていると馬車が止まる。どうやら目的地に着いた様だ。


 御者が扉を開けると、外の音が中に飛び込んできた。金属同士がぶつかりあい、何かが爆発し、人の怒鳴り声が響き合う。まるで鍛冶王の工房のような喧噪が耳を突く。


 箱馬車を降りると、別の箱馬車に乗っていたカザネが手で前方を指す。


「こちらが魔法工学研究機関。通称魔工研です」


 馬車が止まったのは研究所を一望できる少し高い場所だった。見下ろすと不思議な建造物が立ち並んでいた。材質は鉄なのか、明るい日差しを反射しポツポツと窓が嵌っている。垂直に伸びた壁が四辺を塞ぎ、上から蓋をした、まるで長方形のような建物が四つ、カタカナのロを書くように並んでいる。中央の開いたスペースは中庭だろうか。


(あの建物って、まるで工場じゃないか)


 中世ヨーロッパ風の建物ばかりを見て来たレイにしてみると、現代日本でも通じそうなデザインに口を開けてしまう。


「珍しい建築様式でしょう。あの建物は、かつて魔法工学を一代で完了させた『科学者』ノーザンの研究所兼開発工房を真似ています。『招かれた者』であった彼が元居た世界の建築様式に近いそうですよ」


 坂を降りて行く間にカンネがする説明に納得が出来た。同時にこれまで抱いている疑惑が更に確信に近づいていく。ノーザンの元いた世界は御厨玲が居た時代と近いという疑惑だ。


 同時に納得できない事もある。


 呼び出された十三人の『招かれた者』の内、レイを含めた現代日本人と思わる人間が三人。そして、別の国ではあるが近い時代が一人。計四人が似たような世界からエルドラドにやってきていることになる。


(単なる偶然か、あるいは何かしらの思惑があるのか。……ああ、でも僕の場合、クロノスの所為だから、十二人中の三人か。……やっぱり多いような気がするな)


 答えの出ない疑問に考え込んでいるうちに、魔工研の敷地入口に着いていた。


「よく来たね。いらっしゃい」


 工人や物資が出入りする入り口に居たのは指輪の鑑定をしてくれたタオ老子だった。今日は研究所の人間としてなのか、白衣を羽織っている。


「本日は見学の許可を頂き、誠にありがとうございます」


「無駄な挨拶は要らんよ。さ、こっちに来なさい」


 せっかちな性格なのか、タオ老子は挨拶もそこそこにレイ達をロの字型の建物のうちの一つへと誘導していた。


「見学できるのは申し訳ないが、こちらの棟だけにしてくれ。他の棟だと部外者には見せられない機密を扱っているんでな」


 そう言いながら入った建物の中は仕切りの壁が無い吹き抜けの構造となっていた。広い空間を割く様に梁と柱が伸び、似たような作業机がいくつも並べられ何かしらの道具を使い作業している人たちで溢れかえっていた。


「この棟では魔法工学の道具の試験を担当している。街を照らす街灯や、寒い時期に部屋を暖める暖房器具に逆に今の時期人気の冷房器具など様々な道具の再現と実験を繰り返している」


 タオの言葉通り、作業机の上では扇風機らしきものに魔石を押し込み、羽の出す風力を測定していたり、別の作業机ではコンロらしき物のつまみを回して火が高く吹き上げた。顔を近づけていた作業員の前髪に火が付き、シアラが慌てて水魔法を放った。


「補佐官殿の話だと、お前さんは義手に興味があるのじゃろう。ちょうどいま、戦闘用の義手の装着実験をしておる。付いてこい」


 真横で起きた消火活動に顔色一つ変えず、タオ老子は建物の一角へとレイを誘導した。机で作業していた人たちが手を止めてタオに挨拶をする。


「邪魔するよ。朝方話した見学者たちだ。悪いけど、アンタらの作業を覗かせてもらうよ」


「構いませんとも。どうぞ、どうぞ」


 この場で一番年嵩の作業員がレイ達を誘導する。机には緻密に書きこまれた義手の図面が置かれ、その上に歯車やピストン、鉄線などが散らばっている。その中でレイの目を引いたのは図面から抜け出しかのように置かれている鋼鉄製の義手だ。細かい調整をしていたのか、人の皮膚を剥いだかのようにカバーが外され、中身の構造がむき出しとなっている。


 当たり前の話だが、中身に人間らしい筋肉や血、骨や神経は存在しておらず、歯車とピストンとそれ以外にも細かいパーツが詰まっていた。


「これから装着し、正常に動作するかどうかを試すのですが……どうです。一度持って見ますか」


 どうやら、レイが興味深そうに眺めているのに気が付いた作業員が声を掛けて来た。


「いいんですか」


「落とさないでくれれば構いませんよ」


 言葉に甘えてレイは義手を両手で持ち上げた。


 ずっしりとした鋼鉄製の手は人の肉とは違った重量を持つ。果たしてこの無機物にあれ程滑らかな動きが出来るのかとレイは疑問を抱いた。


 義手に興味があるのはレイだけでは無かった。戦士としてリザが、ヒーラーとしてレティが、そして怖いもの知らずのエトネがそれぞれ義手を持ち感想を述べた。ただ一人、シアラだけは義手に触れようともしない。こっそりと話しかけると、


「だって、気味が悪いじゃない。あんな鉄の塊が人の意思を受けて動くなんて」


 と、彼女は呟いていた。


 一通り順番が回り、義手は元あった場所に戻ると、作業机に新しい来訪者がやって来る。年齢は三十を超えている無精髭を伸ばした冒険者風の男性はじろりとレイ達を見た。


 その男にはもう一つ、特徴があった。左の前腕部が途中までしかなく、布で覆われていた。隻腕の冒険者こそこの義手の装着者のようだ。


「ではこれより新型魔法工学義手の装着試験を行います。被験者カンパネル。席に着いてください」


 カンパネルと呼ばれた男は用意された椅子に座り、右腕よりも短い左腕に巻いた布を解く。すると、現れたのは無くなった腕の先端だけでは無かった。街角で見かけた義手の装着者と同じ腕輪らしきものが先端に付属していた。


「腕の先端に付いているのが義手と生身の腕を繋ぐ、接続部だ。あそこに義手を接続するのさ」


 試験に没頭する作業員の代わりにタオが解説を挟む。確かにタオの言う通り、むき出しの義手が接続部分に取り付けられていく。


「回路起動、安定状態。……基盤の始動を確認。接続良好。感覚器官同期を確認。全て良好です」


「良し。カンパネルさん。何か違和感や齟齬。痛みなどを感じますか。特に生身の部分に余計な負荷が掛かっているような部分はありますか」


 カンパネルは自分の残った腕を触り、問題が無い事を伝えると、作業員たちは次の手順に移る。


「接続試験は問題なし。次は動作確認。カンパネルさん。まずは手を開いてください」


 ごくり、と誰かの喉が鳴る。この試験において一番の山場は恐らくここなのだろう。作業員も見学者のレイ達も固唾を飲んで見守っていた。カンパネルは不安を瞳に宿しながら、鉄製の腕を見つめ―――ゆっくりと指を動かした。


 最初はぎこちなく。まるで赤ん坊のように柔らかく。次第に何かを掴み取るかのように何度も繰り返される。


「おお、おおお。動く、動くぞ!」


 カンパネルが涙を浮かべながら義手を見つめていた。作業員たちが胸をなで下ろしたのは一瞬だった。動作中に中身が問題なく作動しているかの確認として取り外されたカバーの中身をチェックしていた。


 動作試験は単に指を開くだけではなく、指を順番に折ったり、あるいは指定された指だけを伸ばしたりする複雑な動きに移っていくが義手は満足な結果を叩きだす。まさに装着している男の意思を具現化していた。


 レイはその滑らかな動きに改めて衝撃を受けていた。彼は別段、義肢の専門家ではないが、それでもここまで滑らかにかつ複雑な動きを可能とする義手の存在は聞いたことが無かった。


(なんていう技術なんだ。『科学者』が居た世界では、こんな義手が普通に存在しているのか。だとしたら、僕と似たような世界の出身かと思っていたけど、科学技術は向うの方が上だ)


 ふと、隣が静かなのに気が付き、リザ達の様子を伺うと、彼女たちも不思議そうに動く義手を見つめていた。その横顔から、義手の技術自体がエルドラド中に広まっていないと分かった。


「他所の街で、このような高性能な義手を着けている人たちを見たことは無いのですが、この技術はオウリョウだけのものですか?」


「そうじゃのう。この研究所にあの義手の原型となるものが持ち込まれたのが二年ほど前。それから研究を進めて最近になって実用化の目途が立つようになった。ある程度名の知れた冒険者や貴族、あるいは王族の要望などから優先的に売ってはいるが、まだ他所では出回っておらんじゃろうな」


 タオ老子は散らばっている部品を脇に退けて設計図をレイの前に広げた。重要な設計図のはずなのに惜しむことなく見せるのは、見た所で理解できないと踏んでいるのだろう。悔しいが事実だ。


「ワシらは王の命を受けて『科学者』の作りし魔法工学の産物を研究しておる。文献やら、言い伝えを追ううちに過去に使われた戦闘用義肢の存在は知っていた。それには変形機能やら、光の魔法を雨のように浴びせる機能が付いておったそうじゃが、残念なことにわし等にそれを再現する力はない。発掘された生活用義手を元にして、どうにか戦闘に耐えうる義手を作るので精一杯じゃ」


 悔しそうに言うタオ老子。彼女は自分たちの研究が『科学者』の後追いでしかないと言う。


 魔法工学を一代で完了させてしまった男は、自分の研究に関する資料などを誰にも公開しなかったという。残されたのは完成された結果のみで、今の時代を生きる者達はその完成品を分解して自分たちなりに必要と思える部分だけを残したのを再現するしかない。だけど、それは劣化品でしかないと彼女は自嘲した。


(うーん。だとしたら、『科学者』の人となりを知れそうな情報はここに無いかもしれないな)


『招かれた者』の一人に纏わる情報が手に入らないと分かったレイが残念がると、エトネがレイの裾を引っ張り見上げていた。視線を合わせた少年に向けてただ一言、


だよ」


 と、短く呟いた。


 それは、有事の際に決めた取り決めの一つ。


 意味は尾行者の存在。


 レイの中で思考が戦闘へと切り替わった。


読んでくださって、ありがとうございます。

レイ達の行き先の名称を間違えておりました。正しくは、『トトスの港町』です。

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