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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-11 ミクリヤレポートⅡ

 リザ達との話し合いは平行線のまま、交わることなく、少女らは自室へ戻った。


 レイは《グレートディバイド》を使う時は使うと決め、リザ達は絶対に使わせないという覚悟だけを言葉にした。


 その後も互いに自分の覚悟を譲るつもりは無く、何より根本的な部分の話は一つも進展しなかった。


 それは代償の回復だ。


 レイの減った能力値パラメータと、認識の喪失。その両方を取り戻す術はないかと言い出したのはシアラだった。


特殊ユニーク技能スキルが代償を求めた例は聞いたことないわ。そもそも、それほど特殊ユニーク技能スキルの報告例が多くないのもあるけど、それでも技能スキルが代償を求めるなんてありえない。……だけど、それが『招かれた者』特有の現象なら、話は別かもしれない」


 同じように特殊ユニーク技能スキルを持つシアラは自身の知識と経験から可能性を口にする。


「ワタシの祖父、『魔王』フィーニスを含めた『招かれた者』が持つ特殊ユニーク技能スキルが代償を必要としていたなら、彼らはその代償を緩和したり、あるいは取り戻す術を探そうとしたはずよ」


 シアラの推測は十分にあり得る可能性だ。レイを除く他の『招かれた者』は世界救済を託された救世主候補とはいえ、いや、むしろ救世主候補だからこそ特殊ユニーク技能スキルを使うのに躊躇わなかっただろう。


 何かを差し出し、驚異的な力を振るう。だけど、それにも終わりがある。無尽蔵に力は使えない。代償にも終わりが来たはずだ。レイの場合なら能力値パラメータが全て1となり、縁を結んだものが全て認識できなくなった瞬間、《グレートディバイド》は使えなくなるかもしれない。


 技能スキルの使用不可にレイは心当たりがあった。


 自殺だ。


 《トライ&エラー》は自殺を許さない。過去の事例で自殺をした場合、死に戻りは起きるものの、しばらくの間技能スキルには使用不可と表示がされた。おそらく、この時に死ねば普通に死ぬのだろう。試したことは無いが、ある種の確信を抱いていた。


能力スキルが使えなくなる。もしくは使えなくなる前に、代償の回復を研究していた人が居てもおかしくはないな」


「そう言う事よ。そして、その手の研究や手がかりが集まる場所と言えば、エルドラドの叡智が集まる都、学術都市において他には無いわ」


 結局の所、旅の目的地は変わらない。デゼルト国の首都までダリーシャスを送り届け、その足で中央大陸に渡りエトネを故郷に連れ帰り、そして学術都市に向かう。


 スタンピード前に立てた計画とは随分と寄り道をすることになったが、それでもゴールは変わらなかった。


 リザ達が居なくなった室内でレイは一人、椅子に座り机に向かっていた。


 長い時間同じ姿勢をとっていたのに気が付くと、一度背を伸ばした。固まった体が音を鳴らす。ふと、視界が隣室の方向の壁に向いた。白髪の老人が威厳たっぷりに背筋を伸ばしている人物画が飾られた壁の向こうにダリーシャスの部屋はある。


 最初、ダリーシャスと別室になると聞いた時、レイは難色を示した。


 ここが第二王子スヴェンの屋敷で、別室とは言え壁を挟んだ隣室を与えられるとはいえ、ダリーシャスの傍を離れるのは危険じゃないかと考えたのだ。そんなレイの不安を吹き飛ばすように、館の主であるスヴェンが館の守りは万全だと太鼓判を押した。


「この屋敷は門以外の場所から入ろうとすればすぐに探知される。それを掻い潜っても、第二第三の罠が待ち構えおり、備えは万全だ。この屋敷に居る限り、コイツの身は安全だ」


 食事の席で胸を張って自慢の安全装置を語ると、ダリーシャスもスヴェンの意見に同意した。いくらデゼルト国の刺客といえど、シュウ王国の王子の屋敷に忍び込むような真似はしない、と。侵入がばれた瞬間、両国の間に亀裂が生じる。それだけで、神前投票に不利となってしまう。


「流石に、父上も叔父上も、そして他の奴らも馬鹿ではあるまい。この屋敷に、いやスヴェン王子の元に身を寄せている限りは安全だろう」


 二人の意見にレイは一応の納得を示した。それに、護衛の山場は最初からオウリョウでは無く、その次に辿りつくトトスの港町の方だ。


 シュウ王国から海を挟んだデゼルト国に上陸するには海路を使うしかない。自分が刺客なら、シュウ王国に居るとしか分からないダリーシャスを張るのに、港町を必ず使う。確実に、トトスの港町で敵は手ぐすねを引いて待っているはずだ。


 そんな状況下で軍船を借りられたのは僥倖だ。


 これで民間の船に乗って、一般人を巻き込むリスクを排除できた。あとは刺客がどちらの手段をとって来るのか、それが問題でレイの頭を悩ましていた。


 暗殺か、あるいは誘拐か。


 ダリーシャスの状況を例えるなら、いつ崩れるか分からない橋の上にいるようなものだ。ダリーシャスの持つ一票をどうしても欲しいのか、それともいっその事殺す事で票を減らそうとするのか。デゼルト国側の情報が皆無に近い状況で、どの勢力が暗殺を望むのか、どの勢力が誘拐を望むのか全くの不明だ。


 それでも光明はある。レイの持つ死に戻りの力だ。極端な話、刺客に襲われた際に一度死に、戻った時には刺客の情報を持ち帰っているのだ。誘拐なのか、暗殺なのか、それがどのタイミングで、どれだけの規模で起きるのか。それらを知った上で相手を待ち構える事も出来るし、何なら先手を打つこともできる。


 それでもレイには考慮しなければならない可能性がある。


 《トライ&エラー》における弱点ともいう死に方。


(やっぱり、毒殺で来られたらほとんどお手上げだな)


 視線を机の上に置いた羊皮紙の束に戻し、開いている隙間に毒と書き、それを縁で囲う。


 レイは燭台の明かりの下、手帳に考えられる限りの暗殺手段を書きだし、その対策を練っていた。ページには他にもレイの頭で思いついた刺客の取りそうな手段が記されている。


 例えば、近距離。自分自身を犠牲にする特攻や、人海戦術による物量戦。あるいは、インビジブルストーカーのように姿を消したり、誰かに変装して近づく。


 例えば、遠距離。超長距離からの魔法による狙撃。あるいは、民間人も巻き込んだ範囲魔法。


 例えば、搦め手。事前に通り道に仕掛けた魔法陣による遠隔軌道による攻撃。あるいは、乗る予定の軍船に爆発物を仕込む。


 考えればきりが無いが、考えないでその事態に直面すれば後手に回ってしまう。事前にあり得る可能性を想定しておくだけでも心構えが違う。その時が来ても、動揺を少なくして対処できるかもしれない。


 もっとも、此処に書いてある程度の方法なら、《トライ&エラー》でやり直すことで対処できる。


 相手にしてみたら悪夢だ。じゃんけんで自分が何を出すのか先に知られているような物だ。練りに練った作戦を全て明らかにされた上で、対処されてしまう。だけど《トライ&エラー》とて万能ではない。


 日を跨いでから効果を発揮するやり方や、騒動の最中に気絶してしまえば、時を巻き戻すことが出来ない可能性がある。


 その中でも毒は厄介だ。ダリーシャスだけじゃなく、護衛の排除としてレイ達の誰かに仕込まれていて、それに気が付かずに日を跨いだら目も当てられない。


(こう考えると、オウリョウでの食事をスヴェン王子の料理人に作ってもらえるってのは幸運だな。一々毒の心配をしなくて済む)


 シアトラ村からオウリョウまでの食事は全てレティが作っていたから、毒を入れられる心配はなかった。しかし、この大都市で適当に入った店に刺客が潜んでいないとはいえない。


 その点はスヴェンに感謝していた。


 レイは鉛筆を置くと、手帳のページをめくる。


 表題にミクリヤレポートと書かれたこの手帳、実は二代目なのだ。


 初代ミクリヤレポートはフィーニスが奪ったコートの中に入れたままだった。プレート同様に、フィーニスの手に渡ってしまっただろう。現在、レイの手元にある手帳はオウリョウで購入した羊皮紙の束を初代と同じように紐で括ったものだ。


 リザ達が訪れるまでの間、レイはこの二代目に初代に書いた事と同じ内容の物を書いていた。エルドラドの真実、13神、『招かれた者』、『七帝』の事を。


 一言一句、全て同じだと自信はないが、いくつか新しく手に入れた情報も追加されている。


『科学者』ノーザンの来歴。そして『魔王』フィーニスに関する考察だ。


(アイツは僕を日本人だと言った。だけど、その前にイタリカと呼んだ。……多分英語で言う所のジャパニーズと同じなんだろうな。アイツの国の言葉で日本人を表す言葉……のはずだ)


 推測が当たっていればフィーニスは日本人を日本人と発音する事を知っている人間。つまり、レイと同じ文明、文化のある世界から来た事になる。


 流石に時代までは近いとは言いきれないが、この際、そこはどうでもいい。重要なのは、アイツが日本語を読めるかどうかだった。


「読まれたら、やだなー。能力スキルについては何も書いてないけど、自分の本心を書いたもんな。……次会ったら、取り返してやる」


 気持ちを固めると、レイは開いたページに目を落とす。


 そのページは初代には無かった事が書いてある。


 エリザベート、レティシア、シアラ、エトネ。


 ファルナ、オルド、ロータス、カーティス、オイジン、ホラス、マクベ。


 ニコラス、テオドール、サファ、ロテュス。


 ダリーシャス、ナリンザ。


 クロノス、サートゥルヌス。


 ゲオルギウス、フィーニス。


 これらは全て人名だ。奇妙な事に、全てエルドラド共通言語で記されていた。他のページは日本語で記入してあるのに。


 これはレイなりに考えた《グレートディバイド》の支払う代償への対策といえた。


 此処に記された名前はエルドラドに来てから特に親交を深めたであろう人物たちの名前だ。つまり、認識の喪失の対象になりえる存在だ。


 コウエンと影法師の名前が無いのは、彼らが人間では無いからここでは割愛している。


 エルドラド共通言語で書かれているのは、このページをリザ達に読んでもらうためだ。この先、自分が《グレートディバイド》を使い、誰かを失った時。それがこの中にいる人物なら、レイにはその文字が黒く塗りつぶされて見える。認識の喪失はその名前をリザに読み上げてもらっても、音が潰れてしまう。


 レイにそれが誰なのか知る術はない。だけど、リザ達に誰を失ったのか伝える事は出来る。


 これは苦肉の策だ。


 抜本的な対策とは言えない、申し訳程度の小手先の策。それでも、伝える事は出来るのだ。自分が誰を失ったのか、周りに伝える事だけは出来る。


(それも、皆に重荷を背負わせる事なんだよな)


 自分の選択を苦々しく思っているレイの耳に、突如として笑い声が響く。まるで、明るい子供のようでいて、妖艶な遊女のような艶やかな笑い声だ。


『呵々、呵々、呵々! 相変わらず、悩んでおるようだなレイ。其方には苦悶の表情は良く似合う。これで手元に酒の一献でもあれば、それ、至福の時だと言うのに』


 周囲には誰も居ない。それなのに声は頭の中に直接響いていた。レイはその声の持ち主が誰なのか直ぐに分かった。


「この声はコウエンだな」


 ベッドの傍に立てかけてある日本刀に振り向くと、そこから再度声が上がる。


『然り。妾は龍刀コウエンに宿る意思。字はコウエン也』


 何処か時代がかった口調はコウエンのものだ。しかし、周りの風景はスヴェンの屋敷で、あの死に絶えた世界ではなかった。


『驚くな。妾の手に掛かれば、外で会話するのもこの通り造作も無い事。……しかし、随分とおかしな場所にいるようだな、其方。豪華絢爛とは無縁の男と思っていたが、いやはや恐れ入った。享楽にふけて浮世の垢でも落とす気になったか』


「どういう所に驚いてんだよ。そもそも、お前。葬式の後から一切、僕の呼びかけに答えなかったけど、何してたんだよ」


『寝てた』


 レイは思わず、握りしめていた鉛筆を折りそうになった。あっけらかんと、悪びれる様子も無い。それどころかコウエンはレイを責めた。


『全て、其方が悪いのだぞ。やっと言葉を交わせるようになったと思えば、床に臥しおって。来る日も来る日も眠るか呻くかしかせんから、退屈で眠り。ふと起きて様子を見れば、他のにばかりかまけおって妾を放置しよって』


「他って何の話だよ?」


『白々しい!! 魔短刀ダガーの事じゃ。あのような粗末なのに熱をあげよってからに。なんじゃい、四六時中持ち歩いて、雷の出し方を研究して。……じゃから、ずっとふて寝していたのじゃ』


 レイは頭が痛くなりそうだった。まさか、無機物への嫉妬で自分を無視していたとは想像すらしていなかった。もしかすると、精神世界に引きずり込まないのはまだ自分に対して腹を立てており、顔を合わせるつもりが無い事の表れかもしれない。


 レイは席を立つと、へそを曲げるコウエンの元へと赴く。流石に足が生えて逃げるような事はしないが、鞘から抜いても炎は出さず冷たい鋼が手に伝わった。


「コウエン。お前を忘れていたわけじゃない。ただ、あの村から遠出できない状態で炎を使うのは、周りに迷惑が掛かるだろう。だから、ダガーの方を優先していたんだ。別にお前をないがしろにするつもりは無いよ」


『……ふん。口では何とでも言えようぞ』


「口だけじゃないってば。……それにほら。御覧の通り、いまの僕は他の装備品を全て修理に出している。手元にあるのはお前だけだ。これがどういうことか分かるか?」


 沈黙するコウエンにレイは言う。


「お前が頼りなんだ。頼むよ、コウエン」


 すると、コウエンは上気したかのように熱を宿らせた。


『ふふん。そうかそうか。妾が頼りか。ならば、致し方ない。存分に妾を頼るがいい。何なら、妾の火を貸してやっても良いぞ』


(こいつ、ちょろすぎないか)


 あっさりと機嫌を良くしたコウエンに対してレイは辛辣な評価を下した。刀を鞘に仕舞ったレイはベッドの頭に立てかけると、踵を返す。流石にもう、夜も更けた。眠る前に燭台の火を消そうと席に戻ろうとしたレイをコウエンが呼び止めた。


『ああ、それとな。お主に言い忘れておったことがあるのじゃが』


「今度は何だよ」


 振り向きもせずに尋ねたレイに向けて、コウエンは爆弾を落とした。


を吸収したのでな。微量とはいえ、そこはやはり『七帝』。妾の糧としては十分だ。これでより強くなったぞ。……な、何なら妾を褒めるのを許可してやってもよいぞ?』


読んでくださって、ありがとうございます。

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