閑話:村長の危機
シアトラ村の村長は七十を超えた老人だ。
エルドラドにおいて、人間種の、それも普通の人間族で大過なく七十を迎えるのは珍しい。腰が曲がり、視界が狭まり、耳は遠くなったが、それ以外の所は健康そのもの。小さな村とはいえ、二百人以上の集団を纏める大任を過不足なくこなしていた。
その手腕は決して優れたものではないが、下手でも無かった。
村を貫く街道のお蔭で、冒険者や商人、旅人などの往来が盛んな事もあり、小さな宿場町でもあるシアトラ村。そのため、よそ者がトラブルを起こすこともよくある話だった。その度に、仲裁に入るのは村長の役目だった。
この老人は相手の善意や好意を突くのに長けていた。村での困りごとを解決するのに、通りすがりの赤の他人、特に冒険者などの力を借りるのが非常にうまい。それも狡猾な事に、自分から頼むでは無く、相手が自発的に行動するように誘導するのだ。
力無き無力な老人という、自分のキャラクターを最大限に発揮して、お人好しの冒険者などの力を借りていた。
その性格は日頃から表に出ている。
村の地下に迷宮が出来た時も、冒険者を他所から連れてくるには村の蓄えを全て出しても足りないと声高に叫び、誰かしらを身売りさせるしかないと議論を誘導していた。
実際、村の蓄えだけでは足りなかったのは事実だ。そもそも貧しい村の蓄えは有事の際の蓄え。冬越えの食料が無い時などの生命線である。下手に使い切るわけには行かない。
地下に迷宮が出来たのは非常事態だが、それがそのまま村人の命を脅かすことに繋がるとは限らない。蓄えに手を付けるのは最後の手段だった。
かといって、村長として村人に犠牲になれと命じるのも避けたかった。そのため、議論の合間に上手く根回しをして、くじを引く方向へと話を進めた。その結果、ステルマが文字通りの貧乏くじを引くことになった。
他の村人は村長のやり方を黙認していた。誰かを犠牲にする必要があったのは事実だし、それが自分の子でなかった事の方が彼らにとって大事だった。
紆余曲折はあったものの、シアトラ村に平穏が訪れる。
地の底が崩れるような振動が数度したと思ったら、備蓄庫の地下に出来ていた迷宮への穴は塞がった。迷宮から帰還した冒険者の話を纏めると、おそらくだが、迷宮自体が崩壊したのだろう。村を襲った地揺れはその影響だった。
その代り子供たちを助けに迷宮へと潜った冒険者のリーダー、レイと麗しの女性、ナリンザの二名が瀕死の状態で帰って来た。地揺れが収まると、金髪の少女らが何かの啓示を受け取ったかのように備蓄庫へと向かい、瀕死の少年と女を担いで戻ってきた。どちらも瀕死に近く、特に少年の方は火傷から蒸気が上がるほどの高温を宿していた。単なる村人である村長にはどんな化け物と戦えばこうなるのか見当もつかなかった。
夜を徹して、二人の治療は行われた。戦奴隷たちの回復魔法に、村の秘蔵の回復薬。夜だが近隣に自生されている薬草積みなどを行い、月が沈み、朝日が昇る頃まで治療は続けられた。
村人は感謝していた。子供たちが無傷で帰って来た事もそうだが、死んだと思っていた自警団の青年が二人帰って来た事に。それゆえ、村長も含めて誰もがレイとナリンザの回復を祈る。
その祈りが通じたのか、二人とも峠を越える事が出来た。
そんな頃だった。
太陽が中天へと昇ろうとしていた時刻になって、村に数台の馬車がやって来たのは。
「村長。戻ってまいりました!」
治療に掛かりきになって年甲斐もなく徹夜をしてしまった村長は眠気を吹き飛ばしかねない声量に晒されていた。
先頭の馬車から飛び降りたのは、髪を後ろで括った男、イヴァンだ。彼は元冒険者という事もあり、五十半ばだというのに、その肉体は頑強で重たげな鎧も着こなしている。村の自警団を指導している。
彼は集まった村人たちから村長を見つけると、真っ直ぐ近寄った。
「村長。アマツマラから、冒険者と兵士を連れて帰りました」
「あー、うむ。御苦労じゃったな」
村長はイヴァンに対して重々しく頷くが内心では冷汗をかいていた。なぜなら、今回の騒動の大本。村の地下に出来た迷宮は崩壊して無くなってしまったのだ。
影も形も残さず、綺麗さっぱり。
まるで最初から無かったかのように。
(こ、これはいかんぞ!!)
村長が慌てるのは理由がある。
アマツマラから送られてきた人員はシュウ王国の王。テオドール・ヴィーランドの口添えによってやって来たのだ。アマツマラのギルドや王政府に救援を頼むために村を離れたイヴァン達はモンスターの襲撃にあった。そこを助けたのがレイ達のパーティーだった。
彼らはどういう経緯なのか知らないが、この国の王と個人的なやり取りが出来る。シアトラ村の現状をわざわざ王に奏上し、王から救援を送るという確約を取り付けたのだ。村にやって来た十を超す馬車と、百を超える歩兵たちは正に王の采配だろう。
ちっぽけな村のために、王が自ら動いてくれたのだ。
それなのに、村に到着してみると迷宮が無いのだ。最初から、あったという証明が出来ない程、影も形も残さず綺麗さっぱり消えてしまった。
(これではわし等が王を謀ったように思われてしまうぞ!!)
これだけの人員を、復興で人手がいくらあっても足りないアマツマラから融通してもらったのだ。無理をさせたに違いない。だというのに、村は平穏を取り戻したとテオドール王に知られれば、どれ程の怒りを買う事になるのか。
杖を握る手は恐怖に震えていた。
自分の命だけで済めばいい。これが他の村人の命や、重い税収などの罰を課されれば、村の財政は困窮を極める。
続々と馬車から降りてくる兵士や冒険者を見ながら村長は顔を青ざめていた。
その中で一際目を引く冒険者が居た。
腰の曲がった村長の倍はあろうかと云う背丈。横幅は倍では済まない。馬車の中に良く収まったという巨体がぐるぐると肩を回す。呆然と村長が見上げていると、イヴァンが耳元で囁いた。
「村長。あの男が、アマツマラから送られた人員の取りまとめをしているA級冒険者です」
「A、A級冒険者じゃと!?」
平和な村で一生を終えようとしていても、A級冒険者がどのような存在なのかの知識はある。数多いる冒険者の中でほんの一握りにしか与えられない等級。今のエルドラドに二十人しかいない内の一人が、こんな片田舎の村に来てしまったのだ。あまりの出来事に、眩暈がしそうになった。
「そ、村長! どうかしたのですか?」
泡を吹き掛け、倒れそうになる村長。慌てて支えたイヴァン達に影が差した。
騒ぎを聞きつけたのか、巨大な男が村長に近づいたのだ。顔にはしる傷跡は、歴戦の証だ。その傷跡が歪む。
「村長殿じゃの。わの名はディモンド。この度、テオドール王の御下命ば受痒いて、この村サ派遣された者達の取りまどまなぐばしております。この『剛剣』が来たかきやサは、もう安心じゃぞ」
男―――《オルゴウス》所属、A級冒険者、『剛剣』のディモンドは力強く、分厚い胸板を叩いてみせた。しかし、村長はあんぐりと口を開けて首をかしげてしまった。
ディモンドが送られてきたのはれっきとした理由がある。
一つは、今回の迷宮騒動に大規模な人員を割けない点。スタンピードの被害から立ち直り切っていないアマツマラでは、まだ冒険者の手が必要だった。その上、未踏の迷宮という何が待ち構えているか分からない危険地帯から帰って来るためには凄腕の冒険者が必要だ。
重要なのは人数では無く、高い力量と熟練の連携。
最初に候補に挙がったのは当然の様にオルドだった。『紅蓮の旅団』の長にして、自身もA級冒険者のオルドは王からもギルドからも信頼が厚い。
だが、彼はアマツマラの復興に置いて外せない人材でもある。我の強い冒険者たちを黙らせるカリスマは、今のアマツマラに必要不可欠。そのため、オルドは候補から外れた。
逆に候補から直ぐに外れたのは、『双姫』ロテュスだった。
オルドと同じA級冒険者だが、冒険者の中では珍しく単独で行動するエルフ。そんな彼女の下に冒険者を付けた所で、上手く機能するかどうか不明だった。それに、ロテュスはアマツマラに戻りギルド長から酒を貰うと、アマツマラから姿を消してしまい頼むどころでは無かった。
結果として残ったのがディモンドとそのパーティー、『オルゴウス』のメンバーだった。
テオドールとアマツマラのギルド長は『オルゴウス』を中心とした人員を編制した。軍から、歩兵を百人とギルドから調査のために職員を数名、派遣することを決めて、シアトラ村からやって来たイヴァン達と共に送り出した。
そして、彼らはやって来たのだ。
迷宮が無くなってしまった村に。
「それで村長殿。迷宮はどさあべらんだ」
独特のなまりが強いエルドラド共通言語を村長は理解できなかった。またしても首を傾げた村長の耳に別の声が飛び込んできた。
「ニーナ! ニーナは無事なのか、イヴァン!!」
三人に割り込んできたのは村人のステルマだ。今回の騒動における、貧乏くじを言葉通りに引いた男だ。彼は自分の娘の名を繰り返し叫ぶ。
すると、その叫びに返事が返ってきたのだ。
「おっとう!!」
一台の馬車から顔を出したのは、ステルマが探している娘、ニーナその人だ。
二人は互いの名前を叫び合いながら駆け寄る。
「ああ、ニーナ。本当にお前なんだな!」
「おっとう。無事でよかったよぉ!」
ニーナからすると、これは単なる父との再会ではない。彼女たちはアマツマラに向かう道中、モンスターの群れに襲われた。その際に、乗っていた馬車は横転し、ステルマはその馬車の下敷きになった上、気絶していた。意識を取り戻さない父親を残して、ニーナはイヴァンと共にアマツマラへ向かった。そこで売られることになると覚悟しながら、気絶した父と別れたのだ。
それが、アマツマラに着くと、待ち構えていた兵士たちに保護され、何だか分からない内に村に引き返すことになった。状況に翻弄される少女だが、それでも父親と再会できたのは嬉しかった。
その時、もう一人、二人に駆け寄る者の姿があった。
「姉ちゃん、帰って来たんだ!」
幼い少年が村人の垣根を割って進み、抱き合う親子に飛び込んだ。少年の名はマリオン。ステルマの子で、ニーナの弟だ。
「マリオン! そうだよ、帰って来れたんだよ!」
もしかすると、二度と会えなくなるかもしれないと覚悟して村を出ただけに、弟との再会は父との再会に負けず劣らず喜ばしい物だった。
しかしながら、弟の方は違った。
彼は姉の手を掻い潜ると、村長たちの方へと走り寄った。
正確に言えば、村長の前で親子の感動的な再開に男泣きをする冒険者、ディモンドの方だ。
「あの、冒険者様! 冒険者様の中にヒーラーの人は居ますか!?」
「こ、これ、マリオン。冒険者様に何を」
村長とイヴァンが窘めようとするが、マリオンは構わずに続けた。
「ナリンザ姉ちゃんの様子がおかしいって。だから、ヒーラーの人を連れて来てくれって、レティ姉ちゃんが!」
その言葉に村長が動きを止めた。意味は分からずとも状況を察したディモンドは背後の馬車から荷物を下ろしているパーティーに声を掛けた。
「コウセン。何んぼも怪我人が居らみてだ。すまんが、治療しサ行ってこながぐれ」
コウセンと呼ばれた青年は了解と返すとマリオンの誘導に従って人垣を進んでいく。二人を見送ったディモンドは再度、村長に声を掛けた。
「それだば、改まなぐて村長殿。迷宮のでどまで案内してぐれねか」
辛うじて聞き取れた迷宮という単語から村長はディモンドが案内を頼んでいるのだと判断した。彼は唾を飲み込むと、覚悟を決めた。
「冒険者様、お許しください!!」
杖を放り投げて、村長は膝を着いた。イヴァンとディモンドがあっけに取られる中、村長は言葉を続ける。
「実は、昨日起きた何かしらの出来事のせいで、迷宮が……迷宮が無くなってしもうたんじゃ!」
「な……何ですと!?」
驚きの声を上げたのはイヴァンだった。額を地面にこすりつけた村長は顔を上げずに詫びの言葉を口にする。
「村の備蓄庫。そこの地下室にぽっかりと空いていた穴は綺麗さっぱりに無くなり、塞がっておる。じゃが、決して王と冒険者様を騙した訳じゃないのです。ですから、どうか、どうかご容赦を」
それこそ、涙を流して再開を喜び合う親子に負けない程の涙を出して懇願する村長。一方で、ディモンドは困った風に顎を撫でていた。
そして、彼は大きな体を屈めると、村長の方を叩いた。
「村長殿。顔ば上げてぐれ」
これは意味がすんなりと通じたので、村長は恐る恐る顔を上げた。間近になった強面の顔に怯えながらも、村長はディモンドの言葉を待つ。
「安心してぐれ……って言い方は変だが、迷宮は一度閉じたかきやど言って完全サ消えたどは限きやね。一度出来た場所サ再び出来ら事もあべらんだ。それサ、テオドール王も、わも空振りしたぐきやいでおごるほど器は小さぐね」
ディモンドの声色は決して強くなく、村長を詰ろうとはしていない。だけど、村長もイヴァンもディモンドが何を言っているのかさっぱり分からなかった。
ディモンドは誤魔化すように咳払いをすると、ゆっくりと口を開いた。
「迷宮は……閉じたから、すぐに無くなるとは限らない。……また、同じ場所に出来る事もある。……それに、王も、俺も、こんな事ぐらいで……怒るほど……器は小さくない」
まるでスポンジに水が染み込む様にディモンドの言葉は村長の耳に、心に染み渡った。九死に一生を得たかのように、村長は涙を流した。
だけど、次の言葉に涙はあっという間に途切れてしまう。
「ただ……様子を見るために……一月ぐらいは掛かる」
「へぇ? ……その間の滞在は……もしかして」
震えながら尋ねた村長にディモンドは申し訳なさそうに告げた。
「すまんが……全員……世話になるぞ」
―――こうして、シアトラ村の人口は一日にして五割増しとなった。
余談だが、ディモンドたちが訪れてから一週間後。備蓄庫の地下に再び迷宮の入り口が開いた。百人以上を世話した村長の苦労は報われることとなった。しかし、ディモンドたちが多くの時間を掛けていくら調べても、深層に降りる道は見つからず、上層部分しか存在しない小さな迷宮だと判明した。レイとナリンザが対峙した『魔王』はそれこそ影も残さなかった。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は日曜日頃を予定しております。




