5-44 シアラの告白 『後編』
シアラの告白は衝撃的だった。レイの頭は鈍器で殴られたかのような衝撃を受けて、バラバラに砕けた思考回路は彼方此方へと散逸していき、思考が纏まらない。
その代り、視界だけはシアラの顔を穴が開くほど見つめており、そこからフィーニスとの相似点を見出した。
(戦闘中はそれどころじゃなかったから気にならなかったけど……言われてみれば、似ているかもしれない)
細長いスッキリとした目元や、薄くて小ぶりな唇。顔のパーツの中にフィーニスを想起させる、似通った部分がいくつもあった。何より、彼女の右目。禍々しくも美しい金色の瞳は、フィーニスの金色の瞳とそっくりだった。
似ているのは容姿だけじゃない。『招かれた者』でもないシアラが特殊技能を持っている事も遺伝が関係しているのかもしれない。
感情はともかくとして、理性はシアラとフィーニスの間に血縁関係がある事に納得はしていた。
しかし、疑問は尽きない。
「アイツ、あの年で孫までいるのかよ」
レイの口から出たのは、この場に相応しくない内容に思えたが、それも仕方なかった。シアトラの迷宮、深層部にて遭遇したフィーニスの姿は十代中頃。それこそレイと同い年と言われても不思議では無いほど若々しかった。
純粋の魔人種は人間種よりも老化が遅い。人間種の十年が、彼らの一年と同じだと言われている。十代中頃の容姿なら、実年齢はおおよそ百五十歳前後となる。人間種ならとうの昔に死んでいるが、長命の魔人種ならまだまだ若者。孫は愚か、伴侶を持っていたら珍しいぐらいだ。
「お爺……祖父は早くに魔人に至り、以後、若々しさを保っているの。本当の年齢はそれこそとんでもない物のはずよ」
「……精神年齢も低そうに見えたんだけどな」
悍ましさしか感じられない、あの無邪気な振る舞いをしていたフィーニスの姿が脳裏に蘇った。少なくとも、ゲオルギウスやサファのように長い時間を生きて来た存在の持つ重みのような物は一切感じられなかった。
それが逆に恐ろしい。
一国の、それも種族を率いる王であり、長い時を生きて得た経験や背負ってきた重圧はレイの想像をはるかに超えるはず。それなのにあのような振る舞いが出来るのは、壊れた振りをしているのか、それとも本当に壊れてしまったのか。
前者で、それも周りに不気味さを与える計算ならともかく、後者だった場合。相手の行動も目的も読めない。壊れているのだから、筋道立った考えなんて無い。何をしてくるのか、何をしたいのか見当もつかない。行動が読めない相手には先手を許すしかないのだ。
「人魔戦役、最終局面。『勇者』に敗北したおじい……祖父は配下の者達と共に魔界へと消えたそうよ。……それなのに、こんな場所に出現した迷宮に居たなんて。……未来を視た瞬間、絶望したわ」
今にも泣きそうな表情をシアラは浮かべた。口にするのも辛そうに、金色の瞳で何を視たのか語り出す。
「主様が転移する直前。ワタシの目に写った光景は……主様とナリンザ様が死体となって帰って来る場面よ。……地上に二人の死体を連れてきたのは……お、祖父よ」
「ちょっと待て。君の《ラプラス・オンブル》は君のこれから見る光景を見せているのだろう。なのに、僕の死体を見るって言うのは変じゃないか」
《ラプラス・オンブル》は二つの機能を持つ。人の死の確率を影の濃さで見る事と、シアラがこれから遭遇する場面を先払いで見る予知夢。
予知夢の方は赤龍戦の時、レイが介入することで、ある程度の変化を起こせるということが確認された。しかし、対等契約を結んでいるレイとシアラはどちらかが死ねばもう片方も死んでしまう。レイだけが死んで、それをシアラが見るというのは矛盾した未来のはず。
ところが、指摘を受けたシアラは目を細めると、レイをきつく見下ろした。切れ長の瞳に睨まれて、レイは言葉を失った。
「その件だけどね、主様。死に戻りの途中で戦奴隷の契約破棄をしてないかしら。もしくはしようとしたか」
「な、何でその事を!?」
シアラの指摘は正しい。レイは全てを―――己の生存も―――諦め、道連れを避けるために対等契約を破棄しようとした。奴隷契約書を取り出し、破棄の詠唱すらしていた。しかし、影法師が介入したことによって寸前で止められたのだ。
あの地下に居たナリンザすらも知らなかった真実。その事は誰にも話していない秘密を指摘されたレイは動揺した。あたふたと混乱しているレイを見下ろすシアラはため息を吐いて、自分の推理を語る。
「ワタシが視た未来の光景は、おそらくこうよ。『奴隷契約を破棄した主様は《トライ&エラー》で死に戻る事も放棄して、『魔王』に殺されてしまいました。そして、何かしらの理由でワタシの存在に気が付いた『魔王』は死体と共に地上にやって来た』。……まあ、そんな所かしらね」
一息で語ったシアラは自分の推測を補強するために、床に集められていた皆の装備品の山からバジリスクのダガーを取り出した。鞘から抜かれた刀身が青い月光を浴びて鈍色に輝く。
「ワタシに気が付いた材料は、きっとこの魔短刀ね。これにはゲオルギウスとワタシの血が付着している」
シアラの言葉に、レイはフィーニスがダガーから二人の名前を口にしていたことを思い出した。
「君の言う通りだ。アイツはダガーを調べて、君たちの名前を口にしていた」
「やっぱりね。お爺……祖父ならそれぐらい、手に取るようにわかるはず」
これまで、シアラは何度もフィーニスの事をお爺様と呼びかけていた。しかし、その度に口籠り、祖父と言い直していた。お爺様と呼ぶ自分を律するかのように。
「シアラ。お爺様って呼びたければ、それでも構わないよ」
レイに言われるとシアラは呆れたように肩を竦めた。
「そこは構いなさい。……昔は尊敬に値した人だったの。魔人種に希望を与えてくれる英雄。偉大な指導者。そう思っていた。それなのに、人魔戦役を引き起こしてからは魔人種以外の滅亡を掲げるようになった」
シアラの瞳がどこか遠くを見つめるように、寂しげな色合いに染まった。
「戦争反対派の父は何度も止まるように祖父に掛け合ったけど駄目だった。結局、ワタシは亡くなった父と志を同じにする者達と一緒に戦争の届かない孤島に逃げたの。戦争のない平和の島。おとぎ話みたいね」
ダガーを装備品の山に戻したシアラは、レイのベッドに凭れかかる。脱力しきった彼女は何か縋らなくては立っていられない程憔悴していた。
「海の向こうでは祖父のせいで沢山の人が死んでいく。それでもワタシは信じていたの。……いつか、優しい祖父に戻ってくれると。母と共に迎えに来てくれるんじゃないかって。だけど、ワタシの前に現れたのは主を裏切った同輩に殺意を抱き、血縁者を狙う魔人が一体」
そして、その魔人によってシアラは氷漬けにされてしまう。意識だけは残されたまま、時間の流れが違う檻の中に入れられた。
「……氷から出た後も、少しだけ祖父に対する感情は残っていたわ。尊敬……とは違う。肉親の情みたいなものかしら。……母が裏切った事で憎まれているかもしれないけど、それでも血の繋がった肉親。会えば何かが変わるかとも思っていたの。……でも、今回の事ではっきりしたわ」
一度言葉を区切ったシアラは、金色黒色の瞳に強い輝きを宿して告げた。
「主様に手を出した以上、フィーニスは敵よ。……倒すべき敵なの」
「……シアラ」
自分に言い聞かせるように繰り返すシアラ。彼女の細い肩は震え、自分が口にした内容に怯えているようでもあった。レイは満足に動かない腕を無理やりに動かして、シアラの手を握った。
一瞬、驚くシアラだったが、手を解こうとはしなかった。むしろ、自分の手でレイの手を挟んだ。
「手、震えているよ」
レイが指摘すると、シアラは自嘲めいた笑みを唇に張り付けた。
「当然でしょ。恐ろしい事を口にしているもの。『魔王』を倒すなんて、とんでもないって理性が叫んでいるの。……震えが止まらないの。そんな自分が情けなくて嫌いよ。それなのに、感情は叫ぶの。フィーニスが主様を傷つけ、ナリンザ様を殺したことを許せない、と」
涙が雫となって落ちていく。
「でもね。それ以上に感情は、ううん。理性も一緒になって叫んでいるの。今回の事が起きたのはきっとワタシの所為なのよ。ワタシが居たからこんなことになったって。胸を搔き毟りたいぐらい、苦しいの」
「それは違う。君は悪くないんだ」
「悪いわよ! 祖父の罪は私の罪よ!」
「違う! 親の罪が君の罪になるわけないだろ! それに……悪と断じるべき存在が居るとしたら、それは運命だ。『招かれた者』としての運命が悪かった」
持って回ったような回りくどい言い方にシアラは首を傾げた。レイはいくらか逡巡した後、真実を打ち明ける決心をする。
「シアラ。……それに皆」
レイが全員に呼びかけるとシアラが驚いた表情を浮かべた。眠っているリザ達を起こすのかと思ったが、実際は違っていた。
「皆、もう起きてるよね」
「……ええっ!」
後ろを振り返ったシアラは、バツの悪そうに起き上がるリザ達と顔を合わせた。
「え、ちょっと、いつから?」
混乱するシアラに対して起き上がったリザは済まなそうに告げた。
「その、私はご主人様が迷宮で助けた方々の事を尋ねた頃には」
「同じだよ」「エトネもおんなじ」
つまり、割と最初の方から起きていたのだ。
涙が途切れ、顔を真っ赤にしたシアラが酸欠の魚の様に口を開けたり閉じたりを繰り返した。
「それじゃ……全部……聞いていたのね」
「えっと。……はい。そう言う事になります」
自分の告白が周りに聞かれていたと知り、シアラは顔を突っ伏してしまう。しかし、紫がかった黒髪の隙間からレイを睨んでいた。どうして起きていることを言わなかったのかと責めていた。
「僕が気づいたのは今さっき。聞こえてくる寝息が規則正しくなったんだよ。ああ、こりゃ、起きてるなって分かった。いつから起きているかなんてのは知らなかった」
弁明するも、シアラは耳まで真っ赤にしていた。その間にリザ達がベッドから降りてレイの傍に集まった。各々、レイに体調の事や必要な事は無いかと尋ねた。
数分後。
ようやく顔の赤みが引いたシアラが咳払いと共に帰って来た。
「ゴホンッ! ……それで。主様。何を言おうとしていたのかしら」
澄ました顔で取り繕うが、耳の赤さはまだ残っている。そこを指摘すれば話が中断されてしまうため、レイは無視して話を続けた。
「『魔王』フィーニスと遭遇したのは、シアラの所為なんかじゃない。……どちらかといえば運命だった。……『魔王』フィーニスは僕と同じ異世界人。『招かれた者』であり……『七帝』の一人なんだ」
「「「「―――ッ!?」」」」
四人の顔が暗闇でもはっきりと分かるほど引きつっていた。一番衝撃が大きいのはもしかするとリザかもしれなかった。何しろ、彼女には『招かれた者』という存在には別の心当たりが居た。
「そ、それじゃ『勇者』と同じ『招かれた者』でありながら、『七帝』でもあるって言うの!?」
衝撃を受けている姉に変わって、レティが質問してくる。レイは一瞬、答えに逡巡してしまった。彼女たちに『勇者』もまた『招かれた者』でありながら『七帝』でもあるという事実を伝えていなかった。その事をリザに伝えれば、彼女は喜んでテオドール王が編制しようとする対『七帝』用の連合軍に参加しようとする。
レイとしては連合軍に参加するのは避けたかった。『魔王』と同じ『七帝』のサファに殺された時に思い知り、改めて『七帝』の一人と戦い、痛感したことがある。
それは怪物との実力差だ。
善戦したとはお世辞にも言えなかった。《トライ&エラー》では全く歯が立たず、《トライ&エラー・グレートディバイド》を駆使してもかすり傷を付けるのがやっと。倒すなんて到底不可能な話だ。
それも弱体化している『魔王』相手でこれなのだ。『勇者』なんてもっての外だ。
少なくとも、今の実力で連合軍に参加するのだけは避けるべきだと考えて、『勇者』の秘密については語らないようにしていた。
「……そうなんだよ。異世界からやって来た救世主候補でありながら、あの男は世界を滅ぼす『七帝』でもあるんだ」
「そう……ですか。それなら色々と納得できなくもありません。『勇者』が『魔王』に固執していたのも、『招かれた者』として世界を救済するべく戦っていたという訳ですか」
衝撃から立ち直ったリザが納得したように呟いた。
「そして、ご主人様の前に『魔王』が現れたのも、シアラの所為といよりも……『招かれた者』と『七帝』との因縁があるからなのか」
「あるいは、僕の《トライ&エラー》が積み重ねた因果の所為か。……ともかくシアラ。君の所為なんかじゃない。どちらにしても、『魔王』とはどこかでぶつかるのが宿命。遅いか早いかの違いしかない。……そして、僕は敗北して、ナリンザさんを死なせてしまった」
「結果的にはそうかもしれないけど、ナリンザ様が帰って来た時は息があった。二人とも、『魔王』を相手に生きて帰って来れたんだよ。……悪いのは、ヒーラーとして未熟なあたしだよ」
「レティおねいちゃんは悪くないよ。エトネがダンジョントラップにつかまったのがいちばん悪い。あそこで下にとばされてなかったら、こんなことにはならなかった。エトネがあのわなにきがついていたら……ナリンザおねいちゃんは死ななかった」
レティとエトネが自分を責め、涙を流す。その二人の頭を優しくなでるのはリザだった。
「二人とも自分を責めないでください。今回の件は私に責任があります。……シアラ。貴女は黙っていますが、貴女がご主人様の転移直後に死に戻ってきた件。あれは恐らく、私に殺されたのでしょう」
「――――っ!! ど、どうしてその事を」
シアラが凍り付いたように固まった。リザが語るのは、レイの主観で言えば深層に落ちた直後の死亡の事だ。対等契約の鎖に心臓を貫かれた、あの時。レイは死に戻った直後に別行動するリザ達に何があったかを推理した。ボスの広間を抜けたセーフティーゾーン。直接殺される類の罠を除けば、死ぬ可能性は二つ。自殺か他殺。仲間の自殺が《トライ&エラー》にどのような影響を与えるかは不明なため、自殺は考慮しなければ残ったのは他殺の可能性だ。
あの状況下で『誰が』、『誰に』殺されたのか。『誰が』は既に分かっていた。死に戻りのイメージの中で出会ったのはシアラだった。そうなると問題は『誰に』だ。シアラを殺せる人物といえば、消去法で残るのはリザだ。
シアラの死に戻りを目の当たりにし、その後口にした未来視の内容。そしてシアラの性格などを考慮して、レイと似たような推理をして同じ結論に達していた。レイの意識が戻る前に、自分が死ぬことで死に戻りを発動させようとし、それが失敗したのだと。
「貴女の様子から、ダンジョントラップに捕まる前に戻ろうとして、失敗したのでしょう。賢い貴女が、あの状況下で死を選んだという事は、勝算があったはず。なのに失敗したのは……私が躊躇ったから。違うかしら」
リザにはその時の記憶はない。記憶が引き継げるのは、死に戻ったレイとシアラのみ。そしてその場に居なかったレイにその記憶はない。
「それは! ……そうだけど……でも」
確かにリザはシアラを殺すのを躊躇った。あの時、三十秒でもいい。リザが決断を速めてくれれば、もしかしたらという可能性もあった。だけど、それは恐怖でしかない。友と呼べる相手を躊躇せず殺せる存在はどこかが壊れている。例え、それがレイを助ける術だとしても、《トライ&エラー》で巻き戻るとしても。人としては間違っている。
「ですが、私は貴女を殺した。この手にはその感触は残っていません。それでも殺した記憶は貴女の中にあり、事実として残っています。……私がもっと早く決断を下せれば、ご主人様が『魔王』と戦うなんて事は起こらなかったはずです。私の弱さが招いた事です」
「違うわよ! アンタは正しい。友を殺すのに、躊躇わないような奴をワタシは友だとは思えない! アンタはね、泣きながらワタシを殺した。アンタは最後まで後悔していたんだ。それなのに、ワタシが卑怯にもレティの命を盾にとってアンタに殺すように迫った。アンタは悪くない。それにレティ、エトネ。アンタたちも悪くないわよ!!」
シアラの顔は涙で崩れていた。それを笑う者は居なかった。リザもレティもエトネも似たような物だった。
「だったらシアラ。貴女が悪いなんてこともありません。誰一人、悪くなんて無いんです。……ただ弱かったんです、私達は」
リザの放った言葉が、レイの胸に空いた空洞を埋めた。誰が悪い。運命が悪いなんてのは真実から目を吸向ける方便に過ぎない。
真実は一つしかなかった。
「……弱かった。ああ、そうだ。僕らは弱かったんだ。『魔王』よりも弱くて、迷宮よりも弱くて、心も弱かった。だから、ナリンザさんを失った。死なせてしまったんだ」
レイは自分の中で荒れ狂う感情を拳にため込む。包帯が破けそうなほど、固く握られた拳を持ち上げて誓う。
「強くなりたい。今度こそ、誰も死なせないようにするだけの強さを手に入れたい。皆はどうだ?」
問いかけに少女たちは頷いた。リザが真っ先に手を伸ばし、レイの拳を包む。
「私は元からそれしかありません。強くなり、『勇者』を殺す。……それはこのパーティーを守る事に繋がると信じています」
次いで、レティの手が姉の手の上に重なった。
「あたしは、誰も死なせないぐらいのヒーラーになりたい。ご主人さまの火傷や、ナリンザ様の命を救える。そんなヒーラーに」
横から新たな手が伸ばされた。エトネの小さな手が重なる。
「エトネは……みんなをたすけられるぐらいつよくなりたい。めいきゅうのわなや、モンスターをかんじられて、せんとうでもやくにたつ。ナリンザおねいちゃんみたいになりたい」
そして、最後にシアラの手がそっと、しかし、力強く重なる。
「ワタシは……ワタシの血に負けたくない。母にも祖父にも屈しないぐらい強く、強くなりたい」
言葉と共にシアラの覚悟が熱となってレイの拳に触れている。シアラだけじゃない。リザやレティやエトネの覚悟もまたレイの拳へと注がれていた。
「みんなで強くなろう。強くなければ……何も救えないんだ」
レイの言葉に少女たちは静かに頷いた。此処にいる五人は確かに弱い。だけど、その覚悟は夜空に輝く青の月や星々よりもはるかに輝いていた。
読んで下さって、ありがとうございます。




