1-24 街を離れる時
※7/26 空行と一部訂正。
ギルドの二階に上がると、ファルナが椅子に座っている。彼女は待ちくたびれた様子で頬杖をつき足を組んでいた。
一目見て分かる。機嫌が悪そうだ。
その横になぜかリラちゃんが所在無げに立っていた。
オルゴン亭の制服を着こみ、手にはバスケットを下げている。俯いていた少女は階段を上る足音に反応して顔を上げた。
「あ、冒険者様」
少女は小走りに僕の方へとやって来る。目の前に立つと、リラちゃんは頭を下げた。
「助けていただいてありがとうございました」
舌っ足らずの口調で、僕に言った。
(なんだか今日はお礼を言われてばかりだな)
人がまばらとはいえそれなりに賑わっている二階で少女に頭を下げられている姿は注目の的だ。あちこちから奇異の視線が向けられる。
少し困りつつ、膝をついて少女の目線に合わせる。
「気にしなくていいよ。どこも怪我していない?」
「はい。おかげさまで大丈夫です」
俯いていた顔を上ると、頬を染めて元気そうに振舞う少女の姿は確かに健康そうだ。あんな怖い目に合ってトラウマにはなっていないようだ。
ふと、リラちゃんは手にしたバスケットに目線を落とすと、思い出したようにオルドへと差し出した。
「オルド様。御注文のランチです。お受け取り下さい」
「おう。ありがとうな、お嬢ちゃん」
「バスケットはお店にもどしてください。それでは今後もオルゴン亭を御贔屓にしてください」
リラちゃんはぺこりとお辞儀をすると、階段を下りて行った。
「モテモテだな、小僧」
「はあ?」
思わず何を言われたのか分からずにいた。
オルドは顎に手を当てて、面白そうだと言わんばかりに頬を緩ませる。僕はそんな彼の視線から逃れようと振り返り、ファルナと視線が合った。
頬杖をつきながら、じっと見つめる彼女の視線に僕は怯んでしまう。何も悪いことをしていないのに妙な罪悪感を感じる。
「……なんだよ」
「べーつに」
そっぽを向くファルナに少々苛立ってしまう。
「あんたが冒険王と同じ病気にかかっているとは知らなかったよ」
「病気って何のさ?」
僕と目線を合わせようとしない彼女に妙な苛立ちを抱きつつ、僕は椅子に座る。オルドもバスケットを机に置いて席に着いた。
「おら、お前ら。喧嘩するなら他所でしな! 美味そうなサンドイッチだぞ」
バスケットを開けると、細長く焼成された黒パンの真ん中に切れ込みが入り、そこに野菜や肉を挟んだサンドイッチが何本も入っていた。
確かに美味しそうだ。
オルドとファルナはそのまま手掴みで食べ始める。
僕は手を合わせて、いただきます、と呟いてから取り出す。
葉野菜の上に魚のフライらしきものを挟み、赤いタレをかけたサンドイッチにかぶりつく。
赤いタレは日本でいうケチャップのような見た目だが、より鋭い辛さをもつ。どちらかというとチリソースに近い。
甘辛いソースが魚介の味を引き立てる。
「それで、話って何ですか」
サンドイッチを喉に押し込みながら、僕はオルドに尋ねた。薄い肉を何枚も重ねて巻いた肉巻きのサンドイッチを噛み千切っていたオルドは、懐から小瓶を取り出した。
注意深く、そして何よりも周りを警戒している風だ。
掌に簡単に隠せるほどの大きさの小瓶の中に、青白い液体が詰められている。
「なにこれ? スライムの液体?」
鶏肉の詰まったサンドイッチを口から離したファルナが不思議そうに机に置かれた小瓶を見つめる。
「これって……もしかして」
僕はその中身に見覚えがあった。
青白い月光を受けて輝いてすら見えた血を。
「魔人の血だ」
オルドが神妙な顔で、正体を告げる。僕の記憶通り、ゲオルギウスの血だった。
横に座るファルナは大きく口を開けて、呆然と小瓶を凝視する。ぱくぱくと、声も無く口を動かすさまは酸欠の金魚のようだった。
「―――まじぐほっ!!」
驚きから復活して、何かを叫びそうになったファルナの口に、エビや貝などを焼いた海鮮サンドイッチが突っ込まれる。
オルドは娘の口にサンドイッチを詰め込んで、真剣な表情で語り始める。
「いいか、お前ら。こいつについて、いまから大きな声を出したり、叫んだり、注目を集めるようなことをするなよ。こいつは余計なトラブルを招きかねない爆弾だと思え」
その真剣な気迫に負けて、僕らは壊れた様に首を何度も縦に振った。
「よし……見ての通りこいつは魔人の血だ。それも心臓から出た血だ」
オルドは小瓶を僕の方に押し付ける。
「この血の所有権はお前だ、レイ」
「―――ええ?」
「親父っ」
叫ぼうとするファルナをオルドは視線で押しとどめる。そして困惑する僕に小瓶を押し付けようとする。
「この血はな。お前の折れたバスタードソードに付着していた物だ」
周囲を警戒して、声を小さくする。必然的に僕らは顔を寄せるようになる。
「だから、これの所有権はレイにある。受け取りな」
そう言われたら、断る事もできない。僕は小瓶を受け取り、布にくるんで鞄へとしまった。
オルドは一仕事終わったように汗を拭った。
傍から見ても、異常なほど緊張していたのが分かる。
「さて、ここからが本題なんだが……レイ。お前、いまの小瓶を如何するつもりだ?」
改まって、食事を再開しようとすると、オルドから問いかけられた。
口元に運んだサンドイッチを下ろす。
「……使い道ですか」
「そうだ。この場合、二つある。一つは自分で使う。飲んでもいいし、何処かの武器屋や防具屋で素材として使っちまうのも悪くない」
「たしか、鉄と混ぜれば魔剣に。飲めば魔法使いになれるっていうんですよね」
僕はアイナさんが言っていた事を思い出していた。
「そーいう事だ。実際、心臓付近の血なら、飲むだけで魔法関連の能力値が軒並み上がるだろうし、剣を作れば最上級の魔剣を作れるはずだ」
「はー。そいつは凄いな」
感心した様にファルナが言った。
「それでもう一つが売るって方法だ。ギルドなり、道具屋を始めとする商店に持ち込んでも、低く見積もっても七桁は行くだろう」
「「七っふごお!」」
ファルナと共に叫びそうになった僕らに二つ千切られた、スクランブルエッグを挟み込んだサンドイッチが突っ込まれる。これでバスケットの中のサンドイッチは空になった。
残ったのは水筒とグラスが四つだ。
「まったくお前らは。……それでな、レイ。実はもう一つ桁を上げる方法がある」
頭の中で八桁の数字が踊りだす。ちょっと想像できない領域だなと、他人事のように感じる。
「……もしかして、親父。『祭り』の事を言ってるのか」
心当たりがあるのか、卵のサンドイッチを飲み込んだファルナが口を挟む。オルドは頷いて返事をした。
「つまりだな―――おっと。いらしたか。こっちだ、ジェロニモ!」
オルドは僕から視線を外すと階段付近に向かい手を振った。
彼の視線を辿ると、頭にターバンを巻いた一人の男性が階段を上り二階へと上がってきた。
年のころは30を超えているのだろう。人当たりの良さそうな柔和な表情に細身の体は冒険者の様には見えない。身に着けている衣服も清潔かつ整っている。
見た目から商人だと推測する。
「オルドさん。こちらでしたか。宿に伺ったらいらっしゃらなかったので」
「すまんな、ギルド長に呼ばれてちょっと」
オルドは誰も座っていない椅子を掴むと男性に座るよう促した。
「こんにちわ、ジェロニモさん」
席に着いたファルナがバスケットに入っている水筒とグラスを取り出すと中に入っている紅茶を注ぐ。どうやら二人にとってこの男性はぞんざいに扱えない人物だという事だ。
「ありがとう、ファルナちゃん。うーん、いい香りだ」
グラスを持ち上げた時、袖口から金の腕輪が顔を覗かせる。
そんな僕の視線に気づいたのか、男性がオルドに視線を向けた。
「……彼は誰でしょうか? 『紅蓮の旅団』では見かけない黒髪ですね」
「紹介しよう。ジェロニモ、こいつはレイだ。レイ、こちらはフェスティオ商会のジェロニモ・フェスティオだ」
オルドがとりなすように互いの名前を教える。僕は立ち上がり、頭を下げた。
「レイと言います、フェスティオさん」
「ジェロニモで良い。……そうか、君がいま噂の『小さな英雄』か。よろしく」
育ちの良さそうな彼は興味深そうに僕を見つつ手を差し出す。差し出された手を握りながら、首を傾げた。
「あの……噂って何でしょうか?」
ジェロニモさんは驚いたように肩を竦めた。
「この街では君の噂がそこかしこで交わされているよ。曰く、迷宮上層部を低レベルソロでクリアしたとか、大勢の冒険者の血を啜った亜種を倒したとか、伝説の六将軍を打ち倒したと」
どうやら僕が眠っている間に僕に関する話が広まったようだ。
先程から時折感じている視線はこの噂のせいか。僕は居心地の悪さを感じている。
「それで、ジェロニモ。荷物の方はどうなりそうだ」
オルドが紅茶を飲みながら、口を開く。同じく紅茶に手を着けていたジェロニモさんは重苦しい表情を浮かべた。
「芳しくありません。まだ、半分も届いていない。先程届いた分を合わせても三台分です」
「むうう。とするとやはり……」
「仕方ありません。ともかく届いた分だけ運びましょう」
2人の大人が深刻そうに話を始める。その雰囲気に僕は恐縮しつつ、口を開いた。
「あの……深刻な話なら、席を外しましょうか?」
「いや、レイ。お前さんにもちょっと関係する話だ。悪いがもう少し付き合ってくれ」
立ち上がりかけた僕をオルドが手で制する。ジェロニモさんが意外そうな表情を浮かべて、オルドを見た。
「すまんな、ジェロニモ。時間をくれないか」
「……お任せします」
承服しかねるような態度ではあるが、彼は腕組みをして、オルドの行動を容認した。
「順を追って説明しよう。まず『紅蓮の旅団』は現在、フェスティオ商会の依頼を受けている。内容は東方大陸のシュウ王国の首都までの護衛だ」
聞きなれない単語に頭の中で疑問符が浮かぶ。そんな僕を見かねたのか、ジェロニモさんが懐から地図を取り出した。
日に焼けて、黄ばんだ地図が机に広がる。
「ここが今いるネーデの街だ。ここから東に伸びる街道を馬車で五日」
彼の指が街から伸びる一本の道を滑るようになぞる。その指が陸地の終わりまでを指した。
「港町にて船に乗る事三日」
今度は道なき海を指が動く。地図の中央にて再び陸地とぶつかる。
「シュウ王国の港町に着いてから馬車で移動すること四日」
港町から伸びる街道は、大陸の中央へと動き、縦に走る山脈とぶつかった。
「豊富な資源が埋蔵されるバルボア山脈のすそ野にある首都。アマツマラが僕らの目的地だ」
ジェロニモさんの指が地図から離れた。
「実は2週間後。この地で祭りが行われる。精霊祭という祭りだ。聞いたことないか?」
僕は首を横に振る。
「あんた、本当になんも知らないのね」
「仕方ありませんよ。商人や冒険者でなければ別大陸の祭りなど知らないでしょうに。まだ冒険者になりたての彼では特にね」
呆れたように言うファルナに対して、ジェロニモさんが地図を畳み、懐にしまう。
「祭りの間、首都には世界中から様々な商人が集まり、巨大な市場を開く」
「僕の商会では主に香辛料や塩、果物の種などを取り扱っております。そして、それらの商品は東方大陸では貴重品として取り扱われます。逆にシュウ王国の鉱石や宝飾品は他国でも大人気となります。いえ、それだけではありません。各国の商人が同じ事を考えて自国の選りすぐりの品を持ってくるでしょう」
熱っぽく雄弁に語るジェロニモさん。
「つまり……商人にとって、大きく儲けるチャンスなんですね」
僕がそう言うと、ジェロニモさんは大きく頷く。しかし、その後、表情が暗くなった。
「ところが少々問題がありまして。運ぶ品がまだすべて揃ってないのです」
「え? 二週間後に始まる祭りなんですよね」
「そうだ。この街を今日出発しても首都に着くのは十二日後。何かトラブルが起きた場合を考えるとこれ以上残りの物を待つ余裕はねえ」
「祭り自体は七日間行われます。最悪、最終日までに品が届けばよしと考えます」
諦めた様にジェロニモさんは言う。
「それに、一番高価な品は既に届いております。それだけでも十分な利益になりますからね」
「なるほど……それで僕にとって関係のある話って?」
「おう、それなんだけどよ。お前さん。この仕事を手伝わないか?」
そう、オルドは言った。
意外な誘いに軽く驚いた僕は手にしたグラスを机に置く。話しを黙って聞いていたファルナも驚いてグラスを取り落しそうになる。
「もちろん十二日分の護衛料金を出すぜ」
僕は横に座るジェロニモさんに視線を向ける。彼は紅茶を飲みながら状況を傍観する構えだ
「……メリットが少ないと思います」
というよりも、オルド側にデメリットの方が多いと思えた。
向こうにしたら連携の取れない新人冒険者を一人加えるリスク。その分の報酬の減額。さらに言うと外部の人間を雇うという事はそれだけ情報の流失を警戒することになる。僕が退席を申し出た時にオルドが僕を押しとどめたのを見たジェロニモさんの態度を見れば一目瞭然だ。
一方、僕にとっては十二日間もの間を拘束されるぐらいしかデメリットは存在しない。むしろ口ではメリットが少ないと言ったが僕にとってはメリットの方が多い。そのため、つい警戒するように反対の心情を口に出す。
そんな、僕の心情を読んだのかオルドは不敵に笑う。
「メリットはある。実はその精霊祭で大規模なオークションが開かれる。そこにお前の小瓶を出してみないか。というかだ。このあたりでその瓶を買い取れる大店は無い。ギルドも大きい街のギルドでなければ大抵分割になるしな」
それにと、彼は続ける。
「お前さんには娘も世話になった。恩人だと思っている。そんな奴とここで分かれてそれっきりに会わなくなる。何てことは俺の気が済まない。旅の間、お前に冒険者としての旅のコツや心構えぐらいなら仕込んでやってもいいと思ってる」
確かに、魅力的な提案だ。
いくら周りに知られない様に瓶を取り扱っても何時かはばれる。そうなったら僕を殺してでも瓶を奪おうとする輩は必ずいるはず。そうなる前に瓶を手放す意味ではオークションは有り難いし、道中、オルドからいろいろ教わるのも悪くない。
それにこの街でこれ以上の情報収集は難しいかもしれない。
「ジェロニモさん。その精霊祭では本を扱う商人などは訪れますか?」
「来るだろう。僕も前回開かれた祭りで、それこそ、学術都市の文殿を彷彿させる本の山を見たよ」
「そういえば、アンタ。前にここで冒険の書を読んでいたね。本が好きなのかい?」
ファルナが思い出したように言う。僕はとりあえず頷いておいた。
学術都市が何か分からないが、それだけの本があれば世界の歴史や、神様たちの事、そして『聖域』について調べる事ができる。
僕はオルドとジェロニモさんに向かい頭を下げる。
「その仕事。僕にも受けさせてください。まだ新米の冒険者ですが、全力を尽くさせてもらいます」
オルドは頭を下げた僕を見てからジェロニモさんの方を伺った。
「護衛に必要な人材はオルドさんに任せてあります。貴方が必要だと思ったら雇ってください」
ジェロニモさんが言うと、オルドは膝を叩く。
「よし。雇い主の許可も下りた! レイ、旅の間はよろしくな」
「仕事の指示はオルドさんに従って下さいね。それじゃあオルドさん、僕は馬車を正門に回します。後をお願いします」
ジェロニモさんは言うと、椅子から立ち上がり、二階を降りていった。
「それじゃあ急で悪いが一時間後に出発だ。ファルナ、ロータスに言って出発するメンバーを連れて正門に集合」
ファルナは頷くと、空になったバスケットを手にしてギルドを飛び出す。
「レイ、食料に関してこっちで準備するから、自分の装備品や回復アイテムを用意しときな。それと、この街で世話になった奴に挨拶ぐらいはしておけよ」
オルドも立ち上がりながら、僕に声をかけると階段を下りていく。
挨拶をするべき相手と言われて真っ先に思いついたのはアイナさんの顔だった。
僕はオルドと共に一階に降りた。
「それじゃ、準備を終えたら一時間後に街の正門で集合だ。遅刻するなよ!」
ギルドを出ていくオルドを見送ると、僕はカウンターの中にアイナさんの姿を探した。
しかし、何時もの席は空で、カウンターの内側を見回したが彼女の姿はどこにもない。
(まいったな。帰っちゃたかな?)
心の中でため息を吐きつつ、アイナさんの机の隣の女性に声をかけた。
「すいませーん!」
書類に取り掛かっていた茶髪の女性は僕の声に反応して振り返った。
「あれ? 新入り君じゃん。どうかしたの」
彼女は立ち上がると軽快な足取りでカウンターの前に立つ。
僕はコートの内ポケットからプレートを取り出し、カウンターに置く。
「ステータスの更新をお願いします」
「りょーかい。ちょっと待ってね」
彼女はカウンターの下から水晶玉を置くと、更新の作業を始めつつ、僕を上から下へと鑑定する様に見た。
その視線から軽く身を引く様に下がった。
「……どこか変ですか?」
「ああ、ごめんね。いま、街で噂の『小さな英雄』に興味があってねー。君でしょ、アイナのお気に入り」
「……僕は英雄なんかじゃありませんし、お気に入り……かどうか分かりません」
本当の英雄なら、綱渡りのような危ないことはせずに自分一人の力で皆を助けている。ここに居るのは自分の力で守る事もできずに、人の力を当てにした卑怯者だ。
僕は小声で返すが、彼女に聞こえなかったようだ。
水晶玉から放たれた光がプレートの文字を替える。その光も、10秒足らずで終わると、職員は僕にプレートを見せた。
「はい、ランクアップおめでとー」
言われて視線をプレートに落とす。
右上の冒険者のランクがGからFへと上がっていた。
ゲオルギウスとの戦いが評価されたみたいだ。
もっとも、あれは戦いと呼べるような代物ではないが。プレートをしまいつつ僕は口を開く。
「あの、アイナさんはもう帰ったんですか?」
「ん? ああ、そうだよ。魔人の襲撃からこっち……ううん。迷宮の異常が発覚した時点からここも戦場のように忙しくなってね。一応交代で休んでいたけど、あの子、君の看病もしてたから休めてなかったの」
彼女は空いた席を見ながら話す。
「それで今日はもう帰したんだけど……何か用があったの?」
「実は急なんですけど、この街を離れる事が決まりました」
「え!? いつ?」
目の前の女性は飛び上がらんばかりに驚く。
「いまから一時間後。正門から出発することになっています」
「……そうなんだ」
何かを考えるような表情を浮かべる彼女に僕は続けた。
「本当はアイナさんに会って別れの挨拶をしたかったんですけど、僕もこの後いくつか回らないといけないんです。それなのでお世話になりました、と伝えてください」
「うーん。そういう事なら了解」
頷いた彼女に頭を下げて、僕はギルドを出た。
次に向かったのはワルグの防具屋だ。
預かってもらっている鎧などを回収するために向かった。
「何じゃ、お主。もう旅立つのか」
「急に決まってしまって。それで鎧なんですが直っていなかったら別の物を見立ててもらえますか?」
「いや、それには及ばん」
相変わらず僕以外の客が居ない店内で掃除をしていたドワーフの店主はいそいそと店の奥へと向かい、奥から籠に入った僕の鎧を持ち帰る。
「細かな傷や、へこみ等を修復しておいた」
「本当に早いですね」
ゲオルギウスとの戦いだけでなく、双頭のバジリスクと戦いで付いた傷も無くなっている。
ワルグに手伝ってもらいながら鎧を着こむ。新品同様とはいかないが、体に馴染む。
「それと、手甲なんですけど」
「おお、おお。そうじゃったな。少しばかし手を加えたぞ」
籠の中に、布でくるまれた物をワルグは取り出す。はらりと布が剥がれ、改良された手甲が姿を現した。
今までの手甲にもう一枚手甲を重ねた様な姿。全体的に大きくなっている。
持ってみると、変化した見た目の分重い。
「というか。なんで左しかないんですか?」
そう、僕の目の前にあるのは左腕用しかなかった。
「むう? 聞いておらんのか。お主の右腕の手甲。ありゃ完全に砕かれておった。修復なんぞできん。そこで右腕を補強用の素材として溶かしなおして、左腕の改良に当てたのじゃよ」
「……そうだったんですか」
言われてみると、確かにと納得した。
ゲオルギウスの強靭な力で、右腕ごと潰されたのだ。あそこまで破壊された手甲の修復は難しいだろう。
僕は左腕だけになった手甲を装着する。
「やっぱり、少しだけ重いですね」
感想を述べると、ワルグはにやりと笑った。
「初めてここに来た時のお主のステータスでは重いどころでは無かったぞ」
「……それじゃ、少しは成長できたんですね、僕」
少しだけ嬉しくなった。
「左腕に纏めたのは防御を厚くする意味と、打撃武器としての攻撃力を高めるためじゃ。そうそう、こいつは残った材料で打ち直した物じゃ」
籠の底に置かれていた、手の甲しか守れないサイズの手甲を右腕に着ける。
ワルグは魔法を唱えて、サイズを直してくれる。僕は礼を言って、代金を支払った。
「それにしてもシュウ王国か。鍛冶師にとっては聖地のような場所じゃ。ワシの作よりも良き防具もあるだろう。お主の感性に引っかかるものが有ったらそれを選ぶのじゃ」
僕が首を傾げているとドワーフの老人は満面の笑みを浮かべて告げる。
「ワシの目には、お主は駆け出し冒険者を卒業した様に映るぞ」
最高の餞別を受け取り、僕は店を出る。
次は武器屋を目指す。
「随分と、急に出発することになったんだな」
フリオの武器屋にて折れたバスタードソードの代わりになる剣を探していたら、フリオに声をかけられた。
「ええ。ちょうどいい話が回ってきたので逃すのはもったいないと思って。ちょっと急ではありましたけど引き受ける事にしたんです」
「冒険者にとってそういう縁は大事にしろ。人生のどこで役に立つかわからんぞ」
かつて冒険者として旅をした男の言葉は説教臭いが、僕の胸にすとんと飛び込む。
たしかにと納得できる。僕は頷いて同意した。
「……所でアイナとは別れの挨拶は済ませたのか」
「それが、アイナさん、ギルドに居なかったんですよ。だから挨拶を済ませていないんです」
「む、そうなのか。……アイツの家はこのあたりとは反対な上、入り組んでいるから時間がかかるな」
顎に手を当てながら考え込むフリオに僕は首を横に振る。
「正直、会わないでホッとしています」
「……どういう意味だ?」
フリオは固い声で僕に問いかける。微かに殺気すら放っている。勘違いさせたと分かった僕は慌てて手を振りながら答えた。
「会いたくないって意味じゃないですよ。ただ……別れを言うのが……寂しくて」
まだ会って一週間も経っていないのにアイナさんとの別れを考えると僕の心の内には寂寥感で満たされる。
異世界エルドラド。
右も左もわからずに、真っ暗な森を何度も死んで、やっとの思いで抜け出したどり着いた夜の街。灯台のように輝きを放つギルドで人を安心させるような笑みを浮かべたアイナさんに、繰り返す死の恐怖で凍てついた心が溶けていった。
僕が無茶をするたびに心配し、看病までしてくれた人とこんなに早く別れを言うのが苦しかった。
そんな僕の心情を察したのかフリオは気遣わしそうな瞳を向ける。
「そんなに僕とアハトって人は似ていましたか?」
ふと、アイナさんの弟の名前を口に出していた。
フリオもその名前が出てきたのに驚いた表情を浮かべる。彼は考え込む様に顎に手を当てて、徐に口を開く。
「年や背丈、格好はそこまで似ておらんが……目がよく似ている」
「……目ですか?」
僕が聞き返すと、フリオは窓の外を眺める。視線の先には中の良さそうな姉弟が通りを歩いていく。
「……アイツが死んだのは70才を過ぎた頃。魔人種としては少年と呼ぶに相応しい頃だ。当然、いまのお前よりも幼かった」
当時を思い出すような遠い目を浮かべながらフリオは語る。
「アハトが赤ん坊だった時にアイツらの両親は死に、2人は孤児院に入った。貧しい孤児院で他の種族よりも成長が遅いアハトを育てるためにアイナは幼いころからある魔法使いの助手として働き始めた。そんなあるとき魔法を放てるようになった。まだアイナは70を超えたばかり。魔人種とはいえ子供だった」
「天才ってやつですか?」
フリオは黙って頷く。
「初級とはいえ旧式魔法を撃てると分かると多くの冒険者たちがアイツを誘った。それだけ旧式魔法は魅力的だった。結果、アイナは当時この辺りで一番強い冒険者の仲間入りを果たす。危険ではあるが、一番実入りが良かったパーティーだ」
「聞きました。その中には貴方も居たと」
「そうだ。……ああ、懐かしいな。……話が脱線したな。冒険者として生計を立てるようになると、アイナはアハトと過ごす時間がどんどん減っていく。その上、孤児院の子どもは大部分が普通に年を取る。アハトが10年過ごせば、普通の人間なら働きに出ている」
一拍。
「孤児院で浮いていたアハトはいつも寂しそうな眼をしていた。自分の居場所を求めるような、そんな目を……そこがお前と似ていると思う」
僕はガラスに映る自分の目を覗きこむ。
(寂しいか……自分では気づかなかったけど、アイナさんと別れるのを寂しいと思うのは僕の本心は誰かと共に居たいと思っているからかな)
かつて、アイナさんに聞かれたことを思い出す。
僕の冒険者としての目的は何か。
僕はそれを聞いた時、一人は寂しいと思ってしまった。
そんな自分ですら気づかなかった深層心理を彼女は読み取ってくれたのだろうか。
(なんだかんだ言って、やっぱり年上の女性なんだな)
敵わないなと思った。
そんな風に物思いにふけっていると、フリオが一振りのバスタードソードを樽か抜いて僕に渡す。
「こいつを片手で持ってみろ」
「え?」
「いいから」
目の前にある両手剣を言われた通り、片手で握る。
(あれ? 軽いな)
「軽く感じるだろう」
少しだけ振り回しても、剣の重さに振り回されることは無い。これも能力値が上がった事の恩恵だろうか。
「両手で握るのもいいが、片手を攻撃用の剣。片手に防御用の手甲というスタイルも悪くないぞ」
棚に乱雑に積まれている中から鞘を取り出すと僕の左腰につけてくれた。ついでに鞄の中に仕舞ってあるダガーを彼に渡すと腰に着けてもらう。
「そういえばこれなんですけど。鑑定をお願いします」
ダガーを取り出す時に見つけた杖を彼に差し出した。
フリオはエプロンのポケットに入れてあるルーペを取り出すと様々な角度から鑑定を始めた。
しばらくすると顔を上げた彼が口を開く。
「ターコイズブルーの輝きを放つ宝石……『氷の涙』か」
驚いたように言う彼に僕は首を傾げた。
「なんですか『氷の涙』って?」
「北の方の大陸でしか取れない宝石の別名だ。組成はターコイズに近いとされているが、こいつらは透明度が全く違う」
宝石を太陽の光に透かせて、輝きを見ている。
たしかに、記憶にあるターコイズとは別物だ。
「氷系の魔法をこの杖で放てば、威力が増す。売れば10万はする代物だ」
「そんなにですか!」
僕は予想外の値段に驚いてしまう。これはファルナに返すべきなのではないかと思い始めた。
「うちでこれを買取するとなると分割支払いになる。だからすまんが、これから旅に出るお前から、買うことはできん」
言いながらフリオは僕に杖を返した。
僕は杖を大事に鞄の中に仕舞い、コートのポケットから巾着を取り出し、バスタードソードの代金を支払った。
「それじゃあ、僕はこれで。アイナさんによろしくと伝えといてください」
店を出る時に言うとフリオは黙って頷いた。
いつも読んで下さって、ありがとうございます。
次回で、第一章の最終話となります。




