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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第5章 褐色の王子
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5-29 つらぬく刃

※ 鬱展開注意

「終わった……ぞっ、とと」


 冷たくなったブレイブサラマンダーの背でレイは力が抜けたように膝から崩れると、そのまま転がるように落ちた。


「ちょ、主様!?」


 すり鉢状の広間。瓦礫の間から魔法を放ったシアラは慌てて駆け下りていく。同時に、頭の中では処理しないといけない事柄を並べた。


「ナリンザ様! 悪いけど、リザの方をお願いします。レティ、アンタもそっちに。おちびはこっちに来て」


「承りました」「りょーかい」「おちびってよばないでよ」


 三者三様に返事をし、それぞれ戦闘後の疲弊した体に鞭打つように動く。シアラより先にエトネはレイの元に辿りついていた。小柄な幼女がレイの足を引っ張る図は不謹慎ながら笑いを誘う。


 ブレイブサラマンダーの背中で揺れていた火は消えたが、瓦礫の間で燻っている火がまだ明かりとして燃えていた。ブレイブサラマンダーはシアラが近づいても動く様子はない。やはり死んだようだ。


 シアラはレイの傍で跪いた。エトネに引きずられているレイは意識を保っているようだった。虚ろな目は天井へと向けられている。


「調子はどうかしら、主様?」


 シアラが声を掛けると、レイは引きつった笑みを浮かべた。


「やあ。……少し、精神力を、使いすぎて、動けないや」


「他に外傷は? 痛い所はないかしら」


 エトネとシアラがレイの全身を隈なく確認するが、特に目立った外傷も火傷も無かった。単なる精神力切れ寸前と分かり、二人は胸をなで下ろした。


「ねえ、他の皆は。リザはどうなった」


 レイの脳裏にリザの最後の姿が蘇る。技能スキルと魔法の合わせ技はブレイブサラマンダーの固く湾曲した外皮に滑るように弾かれてしまい、瓦礫の山へと突っ込んでしまった。


 対等契約を結んでいるレイがこうして生きている以上、死んではいないはず。だけど、大怪我をしている可能性もあった。シアラが顔を上げて、ブレイブサラマンダーの向こう側に居るレティに状況を尋ねた。


「レティ。そっちはどうなの。リザは無事!?」


 数秒遅れて、レティの返事が届いた。


「お姉ちゃんは無事。足を捻ったけど、動けない程じゃないよ。ご主人さまは!?」


「似たようなところ。精神力切れを起こしかけて、立てなくなってるだけよ」


 これで全員の無事が確認された。ボスが死んだことで脅威が無くなり、広間に弛緩した空気が流れる。


「……って、誰か俺の無事を聞かないか!」


「ああ、そういえば、居たわね。一応、義理で聞いておくけど、王子様。怪我とかしてる?」


 全員から忘れられ、放置されていたダリーシャスが抗議の声を上げたが、シアラからのお座なりな対応に悲しみのあまり膝を突いた。


「……いま、俺は。其方の言葉に深く傷ついたぞ」


「死亡する可能性が一番低い役目を割り振られたのですから、その状況で怪我などをされたら、こちらの方が困ります。ありていに言えば、何やってるのこの人、と評価されますよ」


 リザを抱えたナリンザの容赦のない指摘に、ダリーシャスは床に突っ伏した。


 ナリンザに抱えられたリザが、青い瞳をレイに向けた。レイとリザは互いの無事を視線で確かめ合った。


「ま、まあ。全員の無事が確認できたんだし、ブレイブサラマンダーも無事に倒せました。これで上を目指せますよ。シアラ、悪いけど外の四人を呼んできて―――」


「―――うわぁ。なんだかすごい事になってるぞ!」


 欲しい、と続けようとしたレイの言葉は子供の声に遮られた。いつの間にか、広間の入り口からマリオンたちが入ってきていた。彼らは広間の惨状を目にし、ブレイブサラマンダーの死体に驚き、口をぽかんと開けていた。背にはレイ達が置いていった荷物がある。


「呼ぶ必要は無くなったね、ご主人さま」


「だね。……それじゃ、行くとしようか。僕もなんとか動けるぐらいまでは回復したよ」


 エトネの肩を借りつつ立ち上がった。握りしめたままのコウエンを鞘に仕舞う前に、突き刺した時に付着したブレイブサラマンダーの血を拭った。


 ブレイブサラマンダーと戦いにおいてもコウエンは死んだように反応を示さなかった。あの時、スヴェンとの決闘の時より、レイの呼びかけに応じようとはしない。沈黙は未だに破られていない。


(僕に不満があるのか、それとも振るう相手に相応しい敵が出てくるまで眠っているつもりなのか。だとしても上級モンスターのブレイブサラマンダーでも役不足とは……どんな怪物を求めているんだって話だ)


 コウエンを鞘に仕舞うレイ。すると、迷宮の方にも変化が起き始めた。


 ブレイブサラマンダーの炎によって破壊された広間の天井や壁が修復され始めたのだ。同時に、瓦礫の山も迷宮に吸い込まれていくように沈んでいく。


 代わりに出現されるものがある。一つはボスの魔石だ。二つの戦技を受けたブレイブサラマンダーの体は崩れていき、むき出しの内臓から一際大きな魔石が落ちた。色も高値の黒に近かった。レティが拾い上げるとバックパックに仕舞った。


 そして、広間の中央部に宝箱が出現した。


 ボスを倒した褒美と言わんばかりに鎮座されたそれは、全員の視線を集める。初めて宝箱を見るレティやエトネは興味津々だった。


 宝箱とレイを交互に見つめ、エトネの尻尾がはち切れんばかりに振り回された。


「いいよ、見ておいでよ」


 レイが許可を出すと、レティとエトネが駆けだした。ついでにマリオンとエドワードも飛び出していく。子供たちはお宝を前にして興奮していた。


「「「「うわぁぁ……あれ?」」」」


 上蓋が八本の手によって持ち上げられると、上がった歓声が尻すぼみに沈んだ。不思議に思ったレイ達が近づくと、宝箱の中はほとんど空洞だった。宝箱の隅にひっそりと指輪が身を寄せ合っていた。


 同じ意匠の五色の指輪をレティとエトネは摘まむ。宝石など嵌めてない指輪は炎を映す。


「なんか、期待していたのと違ってがっかり」


「がっかり」


「だなー」「ねー」


 どうやら子供たちは、宝箱一杯の金銀財宝を期待したようだが、現実は甘くなかった。


「それは残念だったね。今度に期待しようか。それで、その指輪は付けないで、袋に入れておいて。呪われてないかどうかを鑑定してもらうから」


 レイの言葉に二人は素直に従った。そして、空になった宝箱も瓦礫と同じように吸い込まれて消えた。


 残されたのは、ブレイブサラマンダーの崩れた死体だけだ。レイは迷宮に飲み込まれつつある死体を前にして、


「これ、何か素材を剥ぐことは出来ないかな」


 と、誰ともなく呟いた。すると、リザが名案を思い付いたかのように言う。


「でしたら、ブレイブサラマンダーの皮膚を回収しましょう」


「皮膚? この固い皮膚を」


 レイが拳で皮膚を叩くと、固い感触が返って来る。加工すれば上質な防具になるかもしれないが、剝がすのは時間と手間が掛かる。


「いえ、その下の柔らかい皮膚です。ブレイブサラマンダーの内皮は手袋などに加工でき、優れた耐熱装備になると聞きます。ご主人様のコウエンの熱もあるいは防ぐかもしれません」


 レイはリザの説明を聞くと、男手を集めてブレイブサラマンダーの内皮を剥がしにかかる。戦闘によって、砕けた岩盤のような外皮の下から、ダガーで内皮を削る。幾度かの失敗を経て、それなりの量を回収できた。


「ふふん。それにしても、中々大変な戦いだったが、これで一区切りついたな」


「そうですね。……ダリーシャス。危険を顧みずに戦ってくれて、ありがとうございました。貴方とナリンザさんの協力なしには全員生き残る事は出来なかったはずです。《ミクリヤ》を代表して、厚く御礼申し上げます」


 作業の手を止めたレイは頭を下げた。ダリーシャスは大仰な態度で、


「頭を上げよ。俺が好きでやったことに過ぎない。それよりも……護衛の件。引き受ける気になったか」


「はい。お断りさせていただきます」


 頭を上げたレイはきっぱりと言った。ダリーシャスは飛び上がらんばかりに驚いてしまう。


「其方には慈悲は無いのか!? ここまで死線を共にして、こう、友誼を深めたことによって、『このご恩、僕の命を持って返します』という展開じゃないのか!?」


 唾を飛ばして叫ぶダリーシャス。成程、確かにそのような展開もあり得るかもしれないとレイは思いつつも、毅然とした口調で。


「すいません。それは無いです」


「グハッァァァ」


 ダリーシャスが膝から崩れ落ちた。白目を剥き、気絶しているかもしれない男に対してレイは追い打ちを掛けた。


「そりゃ、恩は感じてます。ダンジョントラップに掛かったエトネを助けようと、魔法陣に飛び込んだり、一緒になってボスと戦ってくれました。でも、それはそれです。どう考えても、貴方を暗殺者から守りながらデゼルト国の首都に向かうのは僕らの手に余ります」


 意識を取り戻したダリーシャスの手を掴んで、立ち上がらせた。そして、固い握手を交わした。


「ですから、貴方の旅の無事を祈っています。何事も無く、首都に帰れるといいですね」


「良い笑顔で宣いおって」


 ダリーシャスは諦めたようにため息を吐くと、レイの手を力強く握り返した。


「ならば仕方ない。余と其方の道は此処で一時交わったに過ぎなかった、と思う事にして諦めよう。其方の旅路に、13神の加護が有らんことを。もっとも、その前にこの迷宮を無事に出ないとな」


「そうですね。それじゃ、作業を終らせましょうか」


 レイは血の付いた内皮を魔法で出した水で洗い、布などで水気をきってからバックパックに収めた。この辺りの手順はアマツマラまで向かう旅の間で仕込まれた経験が役に立った。


 その間、リザ達は体を休めるのに専念していた。傷を癒し、体力を少しでも回復させようとする。特にシアラは平気そうな素振りをしていたが、二発のアイスエイジによって生命力も精神力も枯渇寸前だった。


 レイ達が皮を剥ぐのに手間取っている間に、糸の切れた人形のように眠ってしまった。リザが揺らしても起きる気配はない。


「仕方ありませんね。私が背負いましょう」


「足の方は大丈夫なの、リザ」


 リザはレイの問いかけにジャンプする事で答えた。レティに治療してもらった事で問題はないようだ。レイもまた、歩くのに支障はない。荷物はレティとエトネに持ってもらい、彼らはボスの広間を後にする。


 次の広間へと続く扉を通り、ふと、レイは足を止めた。後ろを振り返ると、ブレイブサラマンダーの血も遺体も何もかもが無かったかのように消えていた。


 迷宮で死ねば、全てが迷宮に食べられてしまう。それは人であっても、モンスターであっても変わらない事を雄弁に物語っていた。レイは分厚い扉が視線を遮るまで、綺麗になってしまった広間を見ていた。


 一瞬、自分が同じように迷宮の養分となる所を想像してしまった。《トライ&エラー》の死に戻りで心が折れたら、ブレイブサラマンダーの代わりに自分が消えてしまうのだと考えると寒気がしていた。


 足を止めたレイを追い抜く様に皆が先に進む。ふと、前の方を歩いていたリザはレイが列から離れた事に気が付いた。振り返り、声を掛ける。


「ご主人様。どうかしましたか? 早く上に行きましょう」


「ああ、分かってる。今、行くから」


 レイはそう言い、先を進む一行に追いつこうとして一歩踏み出した。


 ―――瞬間、悪意が牙を剥いた。


「……あ、あれ? 動けない」


 レイの足が地面に張り付いたように動かなくなった。レイが原因を確かめようと下を向いて―――絶句した。


 そこには幾何学模様と魔法言語ヒエログリフで構成された魔法陣・・・が展開された。


 刹那の間。レイは様々な事を高速で思い描いた。どうしてこのタイミング。何故自分が掛かった。先を行く皆が掛からなかったのは、今生成されたばかりなのか。これは一体何の効果を持つ魔法陣なのか。


 まさに走馬灯のようにぐるぐると回る思考。レイはそれら全てを放棄した。


 考える事を止めたのだ。


 そして、彼は本能的に二つの決断を下した。


「《全員、動くな》!!」


 ピタリ、と。リザの体が不自然な態勢で止まる。彼女は後ろを振り返っていたから、レイに起きている異変にいち早く気が付いた。


 魔方陣に囚われたレイを見てリザはすぐさま行動を開始する。背負っていたシアラを降ろすと表現するにはいささか乱暴に降ろした。そのせいで、彼女は目を覚まし、抗議の声を上げたが、構っている余裕はない。荷物(シアラ)を無くしたリザは直ぐにレイの元へ駆け寄ろうとした。


 だけど、そこにレイの命令が飛んだのだ。戦奴隷に対する命令。それを破るのは不可能だ。


「ちょっと、主様!? アンタ何を―――っ嫌ァ!!」「ご主人さま、何が起きてるの!?」


 レイの戦奴隷であるレティとシアラは命令を受けてそのままの姿勢で固まってしまう。後ろを振り返られない彼女らはレイの置かれている状況が分からない。唯一分かるのは後ろを振り向いた態勢で固まるリザだけだ。


「ご主人様が魔法陣に!!」


 リザの短い、悲鳴じみた声に全員が反応した。足を止め、振り返り、レイの足元で輝く魔法陣を見て顔色を変えた。


 レイは自分の足元で光輝く魔法陣を見て、自分の決断が間違っていない事を確信した。これが先程の転移魔法陣なら、自分は昏倒させられる。目が覚めれば、《トライ&エラー》のセーブポイントが出来てしまう。


 だから、自分はこうするべきなのだ。


 レイは腰に差してあるダガーを抜き、躊躇うことなく首筋に向けて振り上げた。


 自殺。


 例え、ブレイブサラマンダー戦前に戻るとしても、《トライ&エラー》が『使用不可』になるとしても、仲間とはぐれて転移してしまうよりかずっとマシなはずだ。


 鉱石を起爆させるには時間が掛かる。それに恐ろしい想像だが、昏倒状態で鉱石が爆発したとして、それが死亡に繋がらず瀕死状態止まりで気絶から回復すれば、死に戻りのポイントは瀕死状態になってしまう。回復手段に乏しいこの状況で、それを試すのは危険すぎた。


 そう判断を下し、自殺を決断したレイの動きは素早かった。刃は真っ直ぐにレイの首筋に突き刺さる―――はずだった。


「貴方は何をしているのですか!!」


 凛とした声がレイの耳を揺るがす。レイは驚きのあまり、言葉を無くしてしまう。自分以外、誰も居ないと思っていた魔方陣の上にナリンザの姿があったのだ。


 先を進む一行の中に居たはずの美女はレイの腕を掴んで離さなかった。ダガーの切っ先は柔皮を裂くにとどまる。赤い鮮血が一滴、レイの肌を伝う。


「自分が死ねばどうなるか、分かっているはずでしょう!!」


 冷徹な印象しかなかったナリンザが激昂している。それは人として十分正しい事だ。だけど、この状況下では邪魔な行為でしかない。


 レイはダガーを持ち替えようとするも、両手をナリンザに止められてしまう。二人が揉み合ううちに、足元の魔法陣の輝きは増していく。遂には開けているのが難しいほど発光した。


「リザ、レティ、エトネ! 誰でもいいから、()()()!!」


 シアラの絶叫と共に、眩い光は収束した。リザが目を開けた時にはすでにレイとナリンザの姿は無かった。同時にレイの掛けた命令は効力を失い、動けるようになった。


 すぐさま魔法陣のあった場所に向かいたいリザだったが、それを止める者が居た。


 シアラだ。彼女は床に崩れ落ち、何度も地面を叩いていた。


「ああ、ああ! そんな、そんな! 何で、こんなことに!! 最悪よ、ふざけないで、どうしてこんな!!」


 髪を振り乱し、言葉は意味をなさず、気が狂ったかのように涙を流していた。狂乱と形容するに相応しい振る舞いに誰もが唖然としていた。《ミクリヤ》の中で、全体を見渡せるようにと一歩後ろに退いて感情を乱さないシアラが、そんな態度を見せた事にリザ達は言葉を失っていた。


「……シアラ、シアラ! どうしたというのですか、落ち着いてください。何が起きているのですか!?」


 放心状態から回復したリザはシアラの肩を揺すった。そして、涙を流すシアラの顔を見て、いや、目を見て絶句した。彼女の金色の瞳が禍々しく輝いているのだ。それを見て、リザはシアラのもう一つの能力スキルを思い出した。


 《ラプラス・オンブル》。人の死の確率を影で見る以外に、未来を視ることが出来る力。彼女は何かを視て、それに恐怖しているのだ。


 かつて、赤龍の襲来を予知した時と同じように。


 途轍もない何かを視たのだ。


「シアラ、何を見たの。ご主人様に何が起きるって言うの!?」


 リザが周りを気にすることなく、シアラに問いかける。だけど、金色黒色の瞳から涙を流す少女はリザの声に反応しない。ブツブツと何かを呟いていた。


「最悪よ。最悪の未来よ。これが因果を重ねた結果なの。それとも、()()()()()()なの。どうしよう、どうしよう、どうしよう。どうしてこんな、どうやって変えれば。……自殺? 駄目よ。それじゃ、戻れる保証はない。でも、早くしないと《トライ&エラー》でも戻れなくなる。早く考えろ、考えろ、考えろ」


 虚ろな表情で呟くシアラは何かに気が付くと、唇を閉じた。そして、危険な輝きを双眸に宿した。それはどこか敬虔な殉教者が死に赴く直前に浮かべる表情のようで、リザは背筋を凍らせる。


「リザ。お願いがあるの。アンタにしか頼めない事よ」


 シアラは一拍開けると、断固たる決意を籠めて、告げた。


「ワタシを―――殺して頂戴」


「……はぁ!? こんな時に、何を言っているんですか!!」


 リザだけでなく、全員がシアラの言葉に顔色を変えた。だが、シアラは淡々と続けた。


「こんな時だからよ。今ならまだ主様の意識が目覚めていないはず。奴隷の死によって、あの人も死ぬ。そうすれば《トライ&エラー》で戻れる場所はブレイブサラマンダー戦前のはずよ。そしたら、この状況を変えることが出来るわ」


 傍にダリーシャスやマリオンたちが居ると言うのに、シアラはレイの秘密について語っていた。正気とは思えないが、裏を返せば、それだけ状況が逼迫してシアラが追い詰められていることを表していた。


 殺してくれと頼んだ意味は理解できたが、納得は出来ないリザに追い打ちを掛けるようにシアラが口を開く。


「自殺じゃダメよ。《トライ&エラー》が使えなくなるし、そもそも戦奴隷の自殺がどう処理されるのか分からない。不確定要素には頼れないの」


「で、ですが。私が貴女を殺すなんて」


 リザはシアラの懇願を躊躇った。彼女の様子から、一分一秒を争う状況なのは分かるが、それでも仲間を殺すという決断は容易には下せなかった。シアラの金色黒色の瞳から逃れるかのように顔を背けたリザ。すると、シアラが、視線をリザからレティに移した。


「だったら、ワタシがレティを殺すわよ」


「―――っう!!」


 囁く様な声はリザの耳にしか届かなかった。だけど、シアラの目は本気だ。残酷な決意に彩られている。


「ワタシの魔法なら、レティぐらいすぐに殺せるわよ。アンタがワタシを殺さないならワタシがやるわよ。さあ、選びなさい。ワタシを殺すか。妹を見殺しにするか!」


 理不尽な恫喝だ。それはシアラとて理解していた。狂乱していた時とは違う種類の涙が頬を伝っていた。


「どうして、どうして私に頼むんですか」


 リザも涙を流していた。絞り出すように放たれた問いにシアラは逡巡した。


 問いを発したリザとて、どうして自分が選ばれたのか分かっていた。《ラプラス・オンブル》で未来を視たシアラがその記憶を持ち越さないと、何がこれからレイ達を待ち受けるのか不明のままだ。そのシアラを殺せる実力を持っているのはリザとダリーシャスの二人だ。


 《トライ&エラー》を知らないダリーシャスに殺してほしいとは頼めない。合理的に考えれば、リザがシアラを殺すという悲しい組み合わせのみが残る。


 しかし、そんなのは消極的な選択肢の排除によって残った結果に過ぎない。そんな理由でシアラを殺そうとは出来ない。すると、シアラは涙で汚れた顔をくしゃくしゃにして笑って、


「アンタの事を友だと思っているからよ。友のアンタ以外にこんな非道の事を頼むなんて出来やしないわ!」


 そのシアラの言葉がリザの覚悟を決めた。


「―――分かりました。……私が貴女を……友を殺します」


「ありがとう。それでいいわ、エリザベート」


 リザの口から、血を吐くような思いで苦しい決断が下された。シアラは満足そうに頷いた。


「ほ、本気なの、お姉ちゃん!?」


 傍で話を聞いていたレティはシアラの行動の意味を理解して、絶叫する。リザは妹を一瞥しただけで、何も答えなかった。ロングソードを鞘から抜き放つ。


「其方ら、何を考えているのだ!? 今はこのような事をしている場合ではなかろう!!」


 ダリーシャスが血相を変えて止めに入ろうとする。それをリザは剣を突きつけて押しとどめた。


「近寄らないでください。……邪魔するなら、貴方も斬ります。レティ、エトネ、ダリーシャス様を押しとどめて」


 本心ではそのつもりは全くないが、警告の意味を籠めて告げた。そして、リザはシアラの胸に向けて切っ先を向けた。


 左胸の先にある心臓を狙い、ろっ骨の隙間を縫うようにと剣を横に構えた。


 薄い胸だ。精神力で強化されたロングソードなら痛みを感じる前にシアラの心臓を貫く。


 だけど、一分経っても、二分経ってもリザの手は震えたまま動かなかった。最後の一歩が踏み出せないでいた。


「リザ、お願いよ。早くやって」


「出来ません! 出来るわけがないんです!! どうして、私が仲間を、友を殺さなくちゃいけないんですか!?」


「それが主様を救う唯一の道だからよ! いいから、早く……じゃなかったら、ワタシがレティを殺すわよ!! 本気よ、ワタシは本気でやるわよ!!」


 リザの目からも、シアラの目からも涙が溢れていた。どうしてこうなったと思いながら、リザは剣を押し込めた。


「お姉ちゃん、止めて!!」「リザおねいちゃん!! シアラおねいちゃん!!」


 すとん、と。リザの手にこれまで感じた事のないほど軽く、それでいて途方もない重さを感じた。友を殺した感触をリザは味わってしまった。


「これで、いいのよ、リザ」


 刃は根元まで押し込められ、背中から赤く染まった刃が突き出ていた。シアラは泣きじゃくるリザを抱き締めながら別れを告げた。


「この記憶は……ワタシだけが……引き継ぐ。アンタは……忘れ……て」


 シアラはそれだけを告げると、主を救うべく、自らの遺志を抱いて死へと飛び込んだ。


 ★


 気が付いたら、鉛の海に沈んでいた。それも、煮えたぎる鉛だ。人の体は溶けていき、全身が激痛をならし続けているが、この鉛の海のなかでまだ原形をとどめているのだろうか不思議に思ってしまう。


 腕や胸などは鉛に喰われてむき出しの骨となり、それもまたじゅうじゅうと音を立てて崩れていく。鉛の海は荒れ狂い、高波が頭から覆いかぶさる。髪が焼け、むき出しの頭蓋から雨漏りするように鉛が脳に落ちていく。


 頭の中で、地獄の演奏会が無限に繰り返される。


 喉に絡みついた鉛は肉を焼きながら、下へと潜っていく。それで中を食い破って外に出てくれるなら、それは幸運と言える。大抵は、再生したまっさらな体の中に取り残され、白地のキャンパスに絵の具をぶちまけるかのように痛みを浴びせていく。


 これは天罰だ。仲間に、友に、殺す事を強要したワタシに対する天罰。だけど、甘んじて受けよう。


 それこそが全員が生き延びる僅かな可能性だとワタシは信じている。このイタミを乗り切れば、きっと運命は変わると。


 ふと、溶けていく視界の中で人影を捉えた。同じようにボロボロと煮えたぎった鉛で体は原型をとどめず、腕や足が取れていくなか、懸命に鉛の荒波を泳ごうとしている人物。


 一人しかいない。


 レイだ。


 骨だけとなり、それも崩れて再生し、そしてまた肉は鉛に喰われて原型を留められなくなる、無限地獄の中でレイはこちらに向かって泳いでくる。


 ―――なんと優しい、主。だからこそ、見捨てることが出来ないのよ。


 自分に唯一残った指で、主の方に手を伸ばした。レイもまた、唯一残った指を伸ばした。けれど、互いの指先は触れ合う前に、溶けて消えた。


 ★


「ワタシを―――殺し……ッアアアア!!」


 シアラが自分の言葉を遮り、絶叫を上げた。金色黒色の瞳はこれでもかと開かれ、細い喉から魂を削りだしたかのような叫びが上がる。全身を貫くイタミが気絶すら許さない。


「シアラ……まさか、戻ったのですか?」


 痛みでもがく体を押さえつけるリザが、シアラの異常な姿から、すぐに真相に辿りついた。彼女は死に戻ってきたのだと。囁くように確認をとるリザに、脂汗を浮かべたシアラは何とか肯定を示すように頷いた。


「そうよ、戻ろうとしたの。あの最悪の未来を変える為に! なのに、なんで、ここなのよ。もっと前に戻るはずでしょう!」


 絶叫で喉を潰したシアラの声は掠れる。それでもそのために抱いた覚悟はリザに伝わる。彼女はシアラの声を聞き逃すまいと耳を近づけた。シアラの口から溢れるのはまるで呪詛のような禍々しさに満ちていた。運命を呪い、未来を呪い、全てを呪う。吐き出される呪いの奔流の中、リザは聞いた。


「最悪の未来よ。主様が、死体となって帰って来るわよ!!」


 それは確かに考えうる中で最悪の未来といえた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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