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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第1章 始まりの街
23/781

1-23 事後処理

※7/26 空行と一部訂正。

 どこからか、鳥の鳴き声が聞こえる。人々の行き交う音や声が聞こえてくる。

 ゆっくりと瞼を開けると見慣れた天井が目に入る。


(……えっと……ここは)


 思考が纏まらない。

 全身を泥のような疲労が覆い、脳にまで達しているようだ。

 痛む体を起こして周りを見渡す。


 どうやら、また、『紅蓮の旅団』の宿にいる。部屋の窓から明るい陽射しが差し込む。いまは朝方の様だ。

 ふと、あちこちを無作為に見ていた視界の端に黒い塊を捉える。


 視線を戻すと、ベッドの中腹に頭を乗せて、うつぶせで寝ている見覚えのある人がいた。

 僕の手を握りしめ、祈っているようにも見えた。


「……アイナさん」


「ひゃい!」


 気が付くと僕は彼女の名前を口にしていた。

 眠りこけていたアイナさんは弾かれたように頭を起こす。


「ね、寝てませんよ! 仕事してますよ!」


「いや、ここはギルドじゃありません」


 つい、突っ込んでしまう。

 瞬きを繰り返し、徐々にここが何処か理解してきたアイナさんは僕の顔を正面から見つめた。


「おはようございます。アイナさん」


 僕が挨拶すると彼女の大きな瞳からあっという間に大粒の涙が零れる。

 声も無く流れる大粒の涙を流すアイナさんに僕はどう声をかければいいか分からず、オロオロとするばかりだ。


「あれ? 変だな……貴方がやっと目を覚ましたのに……うれしいのに。涙が止まらないの」


 拭っても、拭っても、溢れていく涙。ぺたりと座り込んだアイナさんはいつまでも泣き止まない。

 そんな彼女の姿を見ていた僕は知らずに手を伸ばし、頭を撫でる。


 まるで小さな少女を慰めるように。


「心配かけて、ごめんなさい」


 僕は一体、何度この人に謝ってるのだろう。それなのに何度も心配をかける自分に嫌気がさしてくる。


「本当ですよ」


 涙を拭うアイナさんが口を開く。


「いつも、いつも。自分の事を顧みないで、無茶な事をして。少しは反省してください」


「はい」


「それに私の方が年上ですし、そう簡単に女性の頭を撫でるのは失礼ですよ」


「はい」


 注意されて、僕は右手・・を引っ込める。


「って、あれ? 右手が動く」


 自覚すると同時に、連鎖的に昨晩の戦いを思い出す。突如現れた、人の形をした死。トマトのように握りつぶされた右腕。三人の戦士。放たれた魔法。

 思い出すたびに汗が噴き出る。体が震えるのが止まらない。


「アイナさん! 皆は!? 街は!? 無事ですか!?」


「お、落ち着いて、レイ君!」


 彼女の手を握りしめて、焦る僕をなだめる様にアイナさんが言う。


 頭の中を壊れた街並みや、槍で刺されたオルドの姿を思い出す。

 アイナさんに背中を摩られて、ようやく落ち着いた頃、彼女は口を開いた。


「まず、死傷者についてだけど、重症が2人。1人はレイ君、貴方よ」


 ぴしりと、指された。


「街の回復魔法の使い手が総動員されて、治療にあたったの。レイ君の右腕、もう大丈夫だって言われたけど……どうかな」


 視線が注がれる右腕を持ち上げてみた。指先を軽く動かすが、痛みやひきつれなどは無い。皮一枚で繋がっていたようには思えない。元から傷ついていないように見えるが、袖口を捲ると若干皮膚の色が違う程度の傷跡が証拠のように残っていた。


「問題は無さそうね。ちなみにもう一人の重症患者はオルドさんで、あっちは内臓を槍で貫かれたっていうのにもう動き回って、事後処理を行っているわ」


 苦笑を浮かべるアイナさん。頭の中で、元気に動き回るオルドの姿が容易に想像できる。


「あの人も十分怪物ですね」


 僕が冗談めいて言うとアイナさんも頷いた。


「他の負傷者も居るけど、殆どが混乱中に起きた擦り傷とかで後遺症が残りそうな人はいません。一方、街の被害ですが、ギルド前の道路がクレーターを作り陥没したのが二点。通りに面していた建物が数棟破壊された程度です」


「つまり死者は」


「0です」


 僕は心の底から安堵した。

 誰も死なずに済んでよかった。


 《トライ&エラー》で戻ってまでアイツに挑んだかいはあったと胸をなで下ろす。


「貴方のおかげよ、レイ君」


 そんな僕を、目を細めて見ていたアイナさんが言う。

 僕は驚いて首を横に振った。


「違いますよ。僕はアイツの気を引くので精一杯でした。追い返したのはアイナさんや、オルド、ロータスさんのお蔭です」


「そんなことないよ、レイ君」


 首を横に振って否定される。彼女は真剣に僕の顔を見つめながら言う。


「貴方が居たから、こんな奇跡のような結果を手に入れたのよ。もし、貴方が居なかったら、この街は地図から消えていたわ。」


 間違いないと断言すると、枕元に立ち、彼女の柳のような綺麗な手が僕の頭を撫でる。さっきと立場が逆になる。彼女の細い指が僕の髪を梳くのを感じるたびにこそばゆい気持ちになる。


「がんばったね。レイ君。カッコよかったよ」


 僕は顔を赤くして黙ってるしかない。

 そんな時。救世主のように扉が開け放たれた。


「アイナさん。レイの奴は目が覚めましたあああ!? な……何やってんだよ、あんたら!?」 


 部屋に入ってきたファルナは瞬く間に髪の色と同じぐらい、顔を赤くして激昂する。


(怒り方は父親にそっくりだな)


 快活そうな彼女が一瞬にして般若のように変化したのを他人事のように眺める。


「あら、ファルナさん。どうかした?」


 不思議そうに首をかしげるアイナさん。その表情には照れや羞恥は感じられない。

 逆に気圧されそうになるファルナは何かを言いたげに口を動かしたが言葉にならずに地団駄をふんだ。


「だー!! もういい。レイ、目が覚めたんだな」


 何か踏ん切りがついたのか無理やりアイナさんと僕の間に割り込みファルナが声をかけてくる。

 自然と頭から手を放す格好になったアイナさんは一瞬寂しそうにしたが、黙って横にずれる


「お前、二日も目を覚まさなかったんだから」


「そんなに寝てたの、僕?」


 女性陣は黙って頷いた。


「まったく驚いたよ、あの晩。アンタがオルゴン亭を出た後に大通りが騒がしくなったと思ったら親父たちがおっかない顔で飛び出してさ。他の団員と宿まで戻ったら、血まみれのアンタを連れて帰ってくるんだから」


 思い出すようにファルナは続ける。


「しかも、戦った相手があの六将軍の第二席。伝説の魔人だって言うから二度驚いたよ。……ねえ。どうだった?」


「どうって……何が?」


「決まってるだろ! ゲオルギウスの事さ。親父たちは事後処理で忙しくしているし、アイナさんとは交代でアンタの面倒を見ていたから聞く暇が無かったんだよ。やっぱり強かったかい?」


 目をキラキラしながら聞いてくるファルナをアイナさんは苦笑いを浮かべて見ている。僕も同じ気持ちだった。


「……言葉に出来ないぐらい、強かったよ。アイツは」


 思い出すのは前回の時間軸での戦闘。いや、戦闘とは言えない。一方的な虐殺だ

 心臓を一つ潰されてなお、あれほどの戦闘力を発揮する怪物。正直思い出したくも無い。


 青ざめてく僕の表情を見て、ファルナも察したのか口をつぐむ。アイナさんが差し出してくれた水を飲んで、気持ちを落ち着かせた。


「そういえば、アイツが何でこの街に来たのか分かったの?」


 ふと、思い出した疑問を二人に聞いてみる。

 だが二人は揃って顔を見合わせると首を横に振るだけだった。


 その時、廊下から大きな足音が聞こえる。その足音はこの部屋の前で止まり、扉が開いた。

 顔を覗かせるのはオルドだった。


「おーい、ファルナ。レイの奴は―――目覚めたな」


 起き上がってる僕の姿を見て、オルドが部屋に入る。広くも無い部屋がさらに狭くなった。


「顔色もよさそうだな。どこか痛むところはあるか?」


 僕の全身に視線を飛ばす彼に首を横に振って返す。


「よし。起きて早々に悪いんだが、ちっと来てほしいんだが……大丈夫か?」


「そんな! オルドさん。レイ君はまだ起きたばかりで。もう少し休ませて上げてください」


「そうだぜ、親父。幾らなんでもこいつを歩かせるのはかわいそうだよ」


 女性陣からの予想外の非難を浴びて、タジタジになるオルド。

 しかし、彼の意思は固い。


「悪いとは思うが、今回の件について、情報のすり合わせを早急に行いたいんだ。ギルドまで来てほしい。……さすがにここでは出来ない内密の話になるから、向こうでしたいんだ」


 真剣な彼の姿に女性陣は押し黙り、僕へと気遣う様な視線を向ける。


「ありがとう、2人とも。でも、僕なら大丈夫」


 証明する様にベッドから立ち上がる。話ができる程度には回復している。


 諦めた様にため息を吐いたアイナさんが、コートと鞄を僕に渡した。

 受け取った僕は緑色のコートを羽織り、鞄を背負う。


「そういえば、僕の武器と防具の行方は知りませんか」


 立ち上がってから気づいたのだが、折れたバスタードソードはともかく、ダガーと鎧がどこにもない。身に着けてるのはいつものインナーだけだ。


「ああ、ダガーなら鞘ごとその鞄の中にあるよ」


「鎧はワルグの店で修理を依頼しました。特に右腕の手甲は損傷が激しいので、少し改良を施すとの事です」


 ファルナとアイナさんが口々に言う。それにしても、改良か。どんな風になるんだろう。少し楽しみだ。


「よし。準備ができたら行くぞ」


 オルドが先頭に立ち、僕らは宿屋を後にする。

 大通りに出ると、夜中の戦いが嘘のように当たり前の平穏が広がっている。


 人々の往来も、店の活気も普段と変わりないようだ。戦いがあったようには思えなかった。

 しかし、ギルドの前は空気が違う。まだ陥没しているクレーター。半壊した建物。それらを不安そうに見つめる人々の表情。


 爪跡はまだ残っている。


 ギルドに入ると、一斉に視線が僕らに向いた。

 職員だけでなく、冒険者の視線も感じる。


「あの子供が、ゲオルギウスの心臓を貫いたって?」「まじかよ。まだ卵の殻も取れてない雛の様じゃんか」「でもさ、アタシも見たよ。あの子がバジリスクの亜種を倒してボスの間から出てきた所を。まあ、気絶してたけど」「天才ってやつか……今のうちに唾をつけとくか」


 静かに交わされる会話を聞き流しながら、オルドの後をついていく。すると、カウンターの手前で振り向き、ファルナを見た。


「お前は二階で待ってろ」


「えー!? なんでよ!!」


 心の底から叫んでいるようだった。

 彼女の叫びがギルドに木霊する。うるさそうに耳を抑えたオルドは娘に言う。


「悪いな、ファルナ。だけど今回は事が事だけに、少数の人間での話し合いを希望してるんだ。とにかく今は二階に行っててくれ」


「……分かったよ。だけど、何か分かったら、こっそり教えてよね! レイもな!」


 全身から不満げなオーラを醸しながらファルナは二階に向かっていく。彼女の背中を見送ると、アイナさんが口を開いた。


「でしたら、私も仕事に戻らせていただきます」


「すまんな、嬢ちゃん」


 彼女は優雅に一礼すると、慣れた様にカウンターの中に入る。一瞬、僕の横を通り過ぎる時、小さく、体に気を付けて、と心配そうに言ってから机に向かった。


「よし。レイ。こっちだ」


 オルドはカウンターの中に入ると、机の間を進み、一階の隅にある部屋の前で止まった。

 小さく、ドアをノックしてから彼は部屋に入る。僕も続いた。


 部屋の中は、執務室兼応接室といった具合だ。

 一番奥には重厚そうな机と椅子が置かれ、壁には書類が乱雑に入れられた棚が置かれる。一方ではガラス張りの展示品を並べるショーケースのような棚も置かれている。


 中央にはソファーが四つ置かれ、真ん中には足の短いテーブルが設置されている。

 そのうちの二つはすでに人が向かい合う様に座っている。


 上座にて、深刻そうに座る老人が顔を上げた。

 艶の失った白髪を後ろで束ね、左目を隠す眼帯に豊かな口ひげが只者ではない雰囲気を漂わせる。他のギルド職員と同じ制服を着てはいるが、布の上からでもかつて鍛え上げた体の名残を伺える。


「来たかオルド。とすると……そちらがレイ君だな」


 賢者を思わすような静かな声色と共に、片方しかない目が僕を捉えた。


「そうだ、ギルド長。レイ、あの爺さんが、ネーデの街の長にしてここのギルド長でもあるハクシだ」


「よろしく。レイ君」


 立ち上がり、僕の手を握るハクシさん。彼の手は深い年輪のような皺が刻まれ、それでいて力強かった。


「街の長として、いや。この街に住む者の1人として君に礼を言わせてくれ。ありがとう!」


 深々と頭を下げられてしまう。


「本当に! ありがとう!!」


「えっと、その、頭を上げてください」


 困り果てた僕の前にもう一人が立ち上がる。赤みがかった金髪に力強い瞳。そして人を圧倒させるような雰囲気を携えた青年。

 見覚えのある人だった。


「たしか……聖騎士?」


 記憶の中では白銀の鎧に身を包んでいたが、いまはその鎧も所々砕かれ、包帯を至る所に巻いており、激闘を雄弁に物語る。


「ああ、そうだ。僕の名はローラン。法王庁に属する者であり、そして冒険者でもある」


 そう名乗った彼は僕に手を伸ばした。


「君のお蔭で僕は卑怯者と呼ばれずに済んだ。もしも、ゲオルギウスが街を焼き払っていたら、僕は自分を許せずに自害していただろう」


 訳も分からず、僕はのばされた手を掴む。


「えっと。自殺は凄く痛いですよ」


 我ながらおかしなことを口にしていた。

 ローランの痛いほど伝わる真剣さに思わず圧されていて思わず出た言葉だ。


 驚いたように目を見開いた彼はたしかに、と頷いた。


「さて、ここに今回の事件の関係者が揃った」


 宣言する様にハクシさんは上座につきながら机に紙の束を乗せると羽ペンをインクで湿らす。


「すまないが、時系列順に話してほしい。何を見て、何が起きたか、全てを」



 口火を切ったのはオルドからだった。


「事の発端は俺たち『紅蓮の旅団』がある仕事の為にこのネーデの街を中継地の1つとして訪れた所から話が始まる」


 上座に座るハクシの隣に座ったオルドは思い出すように続ける。


「本来、数日のうちにこの街を離れるつもりだった俺たちだったが、この街に来るはずだった荷物が一向に来ない。かといって無駄に時間を過ごすのも面白くなかったため、隊を二つに分けてネーデの迷宮で稼ぐことにした。娘の隊が上層を、俺たちが下層の攻略だった」


 僕らは黙ってオルドの話を聞く。


「攻略そのものは割と簡単だった。なにせ初心者向きと呼ばれるネーデの迷宮。消費したアイテムの分を考えると稼ぎもたいしたことにならない」


「お前さんほどの実力者にとってはそうじゃろうな」


 ハクシさんが羽ペンを動かす手を止めて、愚痴るように言う。


「拗ねるなよ、爺。……問題はその下層のボスの間だった。俺たちはそこで『深層』への道を見つけちまった」


「……『深層』ですか?」


 初めて聞く単語だったため思わず聞き返してしまう。すると、僕の隣に座るローランが口を開いた。


「この地上に数多ある迷宮。そのほとんどは下層までしかない。ところが世界にほんの僅か、下層よりも深い、深層と呼ばれる領域があるんだ」


「ギルドでさえ、深層を確認できたのは今回で七例目。正直、報告を受けた段階で我々の手に余ると判断した」


「結局、『紅蓮の旅団』の今いるメンバーでは深層の攻略は不可能と判断した俺は爺と相談して近隣のギルドにA級やS級の冒険者を探してもらった」


「そして、僕たち『神聖騎士団』にお鉢が回ってきたのさ」


 引き継ぐようにローランが語る。


「ハクシ殿に呼ばれた僕たちはオルド殿に連れられて深層に転移し、そこで彼と別れて下へ下へと潜っていった。強大なモンスターや、迷宮の悪意を具現化したようなトラップ。行けども、行けども終わりの見えない広大な階層」


 苦しい戦いを思い出すように固く目を閉じていた。男でも見とれる美しい顔には、くっきりと疲労が残り、形の良い眉の間に深い皺が刻まれる。


「だけど、それも終わりが見えた。セーフティーゾーンに足を踏み入れた時にそう思った」


 ローランは自分の手を握りつぶすのではないかと思うほど、固く、手を握る。まるで、怒りを自分にぶつけている様だ。室内に骨が軋む音が響く。


「最初、部屋の中央にはボロの布切れがあるとしか認識できなかった。しかし、刹那に生じた地獄を目の当たりにした時。セーフティーゾーンに二種類の合成魔法が放たれた時、否応なく戦いが始まった」


「合成魔法だと! あいつ、そんな奥の手があったのか」


 オルドが驚きながら叫ぶ。僕も、前回の時間軸で見た凄まじい威力の魔法を思い出していた。

 人が、建物が、灰も残らない様に燃えつくすさまを見た。


「やつは……ゲオルギウスは聞かれてもいないことを自ら語り始めました。自分の正体や、使用している技能スキルの効果。それに『勇者』との戦いで負った傷をこの地で癒しているなど。おそらく300年、誰とも接しておらずにいた反動でしょう。実によく喋る口でした」


「傷を癒すって……どうやってか、ゲオルギウスは語ったか?」


 ハクシさんがローランに尋ねた。彼は頷くと再び口を開く。


「奴は恐ろしいことに深層のボスから魔石を奪い、それを食して傷を癒していると言いました」


 僕ら三人はあまりの事に絶句していた。


 一番早く我に返ったのは僕だった。


「そんな。魔石を食う? 魔人種って人間種や獣人種と種族は違いますけど人ですよね。現にアイナさん……知り合いの魔人種の方は普通の食事をとっています。それなのに魔石を食べるなんて」


 この世界で得た拙い知識の中には魔石を食うなどどこにも書いていない。


 だけど、オルドとハクシさんは何か心当たりがあるようだった。


「伝説は本当だったか」


「……まいったな。本当の化け物に成っちまったってわけか」


 納得したように呟くオルドを見つめる。彼は僕の視線に気づき、説明してくれる。


「俺の師匠から聞いた話だが。もっとも師匠もそのまた師匠から聞いたんだが、魔人種は魔石を食べる事で中に含まれている高濃度の魔力を体に貯めれるんだと。その代り、目が金色になるわ、外見は人だが、中身がモンスターに近づいてく。最後には人の形をした人外になる、って話だ」


「そんな……」


 驚いて言葉が続かない。一方で、僕自身、納得がいった。

 両腕を無くし、心臓より下を削られてなお生きているのが、この異世界では普通と言われたら、とてもじゃないがこの先も旅を続ける自信は無かった。


「……ゲオルギウスは強敵でした」


 ポツリと、押し黙っていたローランが言う。


 彼の秀麗な顔に怒りと、悲しみの感情が入り混じったように見える。


「仲間が二人、死にました。そのおかげで僕は奴の心臓を1つ潰すことができたが、得難い友を犠牲にしました」


 僕ら三人はまたしても絶句する。肩を振るわすローランに何も言えなかった。


「……すいません。続けます」


 大きく深呼吸を繰り返した彼は深層で起きた事を続ける。


「僕らのパーティーは深層そのものを戦場として二日間もの時間を使い、ゲオルギウスの心臓を1つ潰すことに成功しました。しかし、全員疲れ果てて、アイテムも底を尽き、どう足掻いても死ぬしかないと思い始めました」


(あの怪物を相手に二日間も戦っていたのか!)


 それも三つの心臓を持っている、全開に近いゲオルギウスを相手に。想像を絶する光景に頭が痛くなる。


「そこでパーティーの全滅を防ぐために、聖女が転移魔法を発動してしまい、奴を地上へと解き放ってしまいました」


 言うと彼は立ち上がり、頭を大きく下げる。


「申し訳ない! 僕達が不甲斐ないばかりに、ゲオルギウスという残虐な怪物を世に解き放ってしまった」


 心の底からの謝罪を放つローランにハクシは座るように促す。


「座りなさい、高潔なる聖騎士よ。気にするな、といってもお前さんの事だ。気にしちまうだろうな」


 オルドも同じように諭すように言う。


「逆に考えてみろ。300年間誰にも気づかれずにいたアイツは本来なら全開のまま、外の世界に戻ってくる所だった。ところが、お前らが死力を尽くした結果、アイツはどうなった? せっかく治療した体にまた重傷を負った。これでアイツが完全復活するのはだいぶ先になったはずだ」


 僕も頭を下げるローランに声をかける。


「そうですよ。貴方が心臓を潰してくれたから、僕でもアイツの不意をつけたんです。だからそんなに自分を卑下しないでください」


「―――ありがとう。そう言ってもらえて御霊に向かうアイツらの魂も喜ぶだろう」


 顔を上げたローランは、少しばかり晴れやかな表情を浮かべて、席に座った。


「さて、レイ君。次は君の番だ」


 僕はハクシの視線にぎくり、と体が震える。遂に来たかと思う。


「君はなぜ、ゲオルギウスと戦ったのかね。例え君が新人冒険者でも、あの魔人の強さは想像できないと思えない。それに聖騎士でも1つ潰すのがやっとだった心臓をどうやって潰したのかね」


 ハクシの片方しかない目が蛇のように僕を捉えて離さない。一挙手一投足を見逃さない様にしている。


 この質問が来るのは想定の範囲だった。

 なにせ、僕のレベルでゲオルギウスに傷を負わすことがどれほどありえない異常事態か、僕にだって想像できる。


 だからこそ、一応、答えは用意してある。


「あの夜。僕は『紅蓮の旅団』のメンバーと打ち上げをしてから、屋上に上がりました。バジリスクの亜種という強敵を倒して血が昂っていました」


 三人の反応を確かめる様に一瞬間をあける。今の所、不審な点は一つも無い。


「体は疲れているくせに、心は高揚していました。目を瞑れば思い出すのは巨大な双頭の蛇。知らずに僕は剣を抜き、見えない敵を相手に剣を振っていました」


 自分にここが重要だと言い聞かせて、僕は偽りを口にする。


「剣を突く様に振っていたら、突然、僕の目の前の空間が揺らぎ。驚いた僕はそこに剣を突き刺したんです」


「―――ああ」


「―――なるほど」


「そいつは―――マジか」


 三人は異口同音に驚いていた。冒険者二人とギルド長は僕が何を言いたいのかわかってくれたようだ。


 代表する様にローランが口を開く。


「転移魔法の欠点を君の剣が文字通り突いたのか! はっはっはっ! これは傑作だ!」


 残る二人も同じように笑みを浮かべていた。


 僕はすかさず、質問した。


「あの、転移魔法の欠点て何ですか?」


 これは偽りである。何も知らない幸運な冒険者のふりをする。

 ローランが笑いながらしてくれる解説を聞き流す。彼の説明が終わった時に僕は大仰に頷いて納得したように見せた。


「それから、どうなったのかね?」


 先程までの蛇のような探る目を消したハクシさんが僕に先を促した。


「驚いた僕はアイツに蹴り飛ばされて、地上に落下して、あとは助けが来るまで防戦していました」


 納得した様に三人は頷いた。


 僕は心の中で安堵のため息をついた。

 何とも苦しい言い訳であったが通用したようだ。


 流石に《トライ&エラー》についてはまだ、誰にも語れないと思い、先程道すがらにこのようなカバーストーリーを作り上げていた。


 只の幸運な少年と思ったのか、僕への興味が薄れたハクシさんはその後のゲオルギウスを追い詰めるくだりをオルドから聞き、それらを紙に纏めていった。


「そしてアイツは体のほとんどを失いながらも、空を飛んで逃げやがった。……これで全部だ」


 淀みなく動いていた羽ペンが止まる。

 四人は一様に重苦しい空気を感じていた。


 こうやって時系列順に並べると、ゲオルギウスがいかに怪物だったかを再認する。


「……ともかく、これは他の地域にも流しておく。奴がどこに逃げ込んだか分からない以上、しばらくは戒厳令も出す必要があるな」


 深刻そうな表情でハクシさんが言うとオルドは渋い顔をする。だけど一瞬の事だったため向かいに座る僕しか見ていない。


「それと、迷宮自体に起きた異常事態についてだが……なにか意見は無いかね」


 オルドと僕は首を横に振った。


 だけどローランは1つ可能性があると切り出した。


「おそらくはゲオルギウスだろう。奴が言うにはこの300年間、ほとんど休まずに深層のボスを狩りつづけたそうだ。再生されればすぐに殺していたと」


 ローランは僕らの反応を確かめる様に一度止まる。僕には理解できないが、2人には心当たりがありそうだった。


「これは僕の考えだけど、迷宮の持つエネルギーの大部分は常に深層のボスを生成するのにつかわれていたのではないかと」


「ところが、お前と戦うことでボスを倒せずにいたため、そのぶんのエネルギーが他の階層に回された」


「つまり今回の事態は異常事態では無く、迷宮があるべき姿に、正常に戻ったということか」


 ハクシさんが驚きながらも納得したように頷いた。



「これで聞き取り調査はすべて終わった。三人には改めて礼を言わせてくれ。本当にありがとう」


 僕らは頭を下げるハクシさんと別れて執務室を出た。

 大剣を背負った傷だらけの聖騎士は同じように傷だらけの仲間たちとギルドの入り口で合流する。皆、疲れ果てているが、目に強い意志が光っている。


「お前はこれからどうするんだ、ローラン?」


 彼らの雰囲気から何かを察したようなオルドが聞く。振り返るローランは窓から漏れる日差しを浴びて、髪が黄金の輝きを放つ。まるで獅子を彷彿させるようだった。


「……奴を追いかけます。例え地の果てに逃げ込んでも、例え心臓を治していても、奪った代償はきっちりと支払わせます」


 人当たりの良さそうな笑みは消え、底冷えするような、ゾッとする表情を浮かべている。瞳はここに居ないゲオルギウスの姿を追っているのだろう。


「それではオルド殿、レイ殿。貴方たちの旅路に13神の御加護が有らんことを」


 そういって彼らはギルドから出ていった。


 遠ざかっていく背中を見送った僕にオルドが声をかけた。


「レイ、実はもう一つ話がある」


「……なんですか?」


「なーに、悪い話じゃない。とりあえずお前も腹が減ったろ。オルゴン亭から昼飯を頼んであるから二階で食いながら、話しようじゃねえか」


 僕はオルドに引きずられる形で二階へと上がった。


読んで下さって、ありがとうございます。

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