5-20 シアトラの迷宮Ⅲ
魔法陣が放つ眩い光が消えると、そこには誰も居なかった。
「―――っ! ご主人様! エトネ! ダリーシャス様!」
リザが消えた者の名を叫び、彼らが居た場所へと駆けだそうとする。だが、
「待ちなさい、エリザベート」「待って、リザ!」
駆けだすリザの両腕をナリンザとシアラが掴む。二人を引き剥がそうと、リザは腕を振る。
「離してください!」
「慌てないで。何が起きてるのかぐらい、アンタでも分かってるでしょ」
「でもっ!」
「でもじゃない! アンタまで罠に引っかかるつもりなの!?」
シアラの叱責を受けて、リザの波打つ湖面のような感情の動揺は、ようやく収まった。
「……そう、ですね。申し訳ありません」
ようやく二人を引き剥がすのを諦めたリザは、力なく項垂れてしまう。やっと落ち着いたリザから手を離すとシアラは金色黒色の瞳を鋭くさせて、レイ達が消えた場所の向こう側に居る子供たちを睨んだ。少年三人は暗がりの中でも輝く鋭い視線を浴びてびくりと、体を震わせた。
「アンタたち、そこから動くんじゃないわよ! 返事は!?」
「「「は、はい!」」」
怯え切った返事だ。
シアラはリザをナリンザに任せると、慎重な足取りでレイ達が消えた場所の傍まで歩む。そこにはすでに魔力を放出しきった役目を果たした魔法陣だけが残されていた。
魔法陣を形成する幾何学模様と書かれている魔法言語を解読したシアラは悔しさを滲ませて告げた。
「やられたわ。これ、《拘束》と《昏倒》と《転移》の三重魔法を仕込まれているわ。一人目が魔法陣を起動させると拘束。動けない仲間を囮にして、助けに来た奴らの意識を奪い、何処かへ転移させるのが狙いよ。なんて、意地の悪い仕掛け!」
シアラは床に形成された魔法陣をブーツで何度も蹴り飛ばした。
「再発の可能性は無いのですか?」
「無いわ。これに込められた魔力は霧散している。少なくとも、これがもう一度起動することだけは無いわよ。逆に言えば、ワタシらがこれを使って主様の後を追う事は出来ないって事よ。……まあ、これがもう一度起動しても、同じ場所に飛ばされるとは限らないわ」
ナリンザの質問に答える間も、魔法陣を蹴るのを止めない。それはまるで自分の無力さを悔いて、憂さを晴らしているようだった。地面を蹴る音が虚しく響く。
「これが……ダンジョントラップ。迷宮が人を殺すための知恵」
レティは不安そうに周囲を見回した。途端に、無機質な岩肌に過ぎない壁が、何かの生物の内臓のように見えてくる。自分が怪物の腹の中に居るような錯覚を引き起こす。
「それで、シアラ。ご主人様たちが何処に飛ばされたのかは分からないんですか」
「残念ながら、そこが分かんないわよ。上に飛ばされたのか、あるいはもっと下に飛ばされたのか。唯一分かっているのはこの階層じゃない事だけは確かよ」
シアラの発現の根拠は、この広間に繋がる二つの階段の存在だ。二階層から下へと伸びる階段は二つともこの広間に繋がり、その下の四階層に降りる階段は一つしかない。つまり、この三階層はこの円形の広間しかないと推測できる。
「ああ、もう。せめて上か下かのどっちに居るのが分かれば、方針も決められるのに」
イラつきながら爪を噛むシアラ。すると、ナリンザが彼女に向かい、
「それでしたら、私が」
「ナリンザ様。何か手段がおありなのですか」
リザの問いに答えず、ナリンザは新式魔法の詠唱に入る。
「《超短文・中級・人探し!》」
ナリンザの詠唱が終わると、彼女の指先から光の玉が一つ、宙を舞った。光の玉は何かを探すように漂うと、動きを止めた。そして身震いをすると、光の玉は光の矢印へと変形した。
矢印は斜め下を指す。そこは床だ。リザが矢印の指す床を見つめながらナリンザに尋ねた。
「一体、何の魔法ですか。床を指しているようですが」
「これは《人探し》の魔法です。距離は分かりませんが、登録してある人物の方向を示してくれます。フラフラと、糸の切れた凧のように居なくなる主がこの矢印の先に居ます。どうやら、我が主は下の階層に居るようですね。……もっとも他二人と行動を共にしているかは不明ですが」
不安そうになるリザとレティにシアラが安心させるように、
「大丈夫よ。この転移魔法陣は発動時に魔法陣の上に居る人物を、全員同じ場所に転移させるように式が構築されているわ。王子が居れば、そこには主様もエトネも居るはずよ」
「そうですか。それなら、多少は安心できます」
ナリンザは手を振り、光の矢印を消した。そして、判断を仰ぐように、三人に尋ねた。
「では、これから先、どのように行動しますか。貴女方のパーティーに置いて、主不在の時は誰が指揮を執る事になっていますか」
問いかけにリザとレティが真っ直ぐシアラを見た。エルフの隠れ里で、レイ不在の時のリーダーを任せられたのはシアラだった。二人分の視線を受けたシアラは数秒、考え込むと毅然とした態度で指示を出す。
「まずはあそこの子らと合流しましょう。何か情報を持っているかもしれないわ。ワタシが先頭を歩いて、魔法陣を警戒する。二人にはワタシとレティの背中を任せます」
リザとナリンザは了承したように頷いた。そして、シアラは壁際で固まっている子供らに、そっちに行くから動くなと伝えた。
距離にして十メートルはしない距離を、四人はゆっくりと時間を掛けて進む。シアラはそれこそ、犬の様に地面に顔を近づけて魔法陣を警戒する。レティはシアラの後ろで杖を抜き、いつでも魔法が発動できるように準備をし、二人を左右で挟む様にリザとナリンザが警護する。
二十分近い時間を掛けてリザ達は壁際まで辿りついた。シアラが顔を上げるのと子供たちが泣きついてきたのは殆ど同時といえた。
「ちょ、ちょっと。鬱陶しいわよ、ちび共!」
シアラはしがみ付く子供らを引き剥がそうとするも、子供たちは聞く耳を持たず、涙を幾筋も流し、嗚咽を上げていた。落ち着くまで、しばらく時間が必要だ。
「それで、次はどうしようか、シアラお姉さん」
早々に、子供たちを慰めるのを諦めたレティはシアラに尋ねた。彼女はしがみ付く子供たちを振りほどけず、そのままの態勢で、
「どうもこうも無いわよ。このちび共を連れて下には行けないでしょ。こいつらを上に送り届けたら、トンボ返しで戻るわよ。それでいいでしょ、リザ」
「……はい。妥当な考えだと思います。帰路の順路は頭に入っています。いまなら最速で戻り、また、ここまで戻ってくることもできます」
力強く肯定するも、リザは納得できない気持ちと折り合いがつかなかった。それは表情にも浮かんでお、レティとシアラにも容易に伝わる。いまも、視線を下に降りる階段から離さないでいた。きっと、内心ではいますぐレイ達の元へと走りたいのだろう。葛藤する心情がありありと表に出ている。
それでも理性は残っているのか、子供たちを連れて下に行くのが危険だと納得してくれた。
問題は、リザでは無い。
シアラは薄いベールで隠されたナリンザの真意を探るように話しかけた。
「ナリンザ様。貴女はどうされますか。貴女とは、単なる協力関係にすぎません。仮に、貴女が王子を助けに下に向かったとしても、ワタシたちに止める権利はありません」
ナリンザは「そうですね」と返すと、しばし熟考するように押し黙り、それから口を開いた。
「私も貴女方と共に上まで子供たちを連れ帰ります。その後、貴女方と共に下へ向かいましょう」
「宜しいのですか。その、王子を置き去りにしても」
「ああ見えて、あの方もそれなりの修羅場を潜り抜けてきました。生き残る程度の実力を持っています。レイ殿も傍にいるから、しばらくは大丈夫かと。それに、この状況で貴女達だけを上に行かせたと知られれば、私が怒られてしまいます」
レティが驚いたように口を挟んだ。
「それって、どういう意味なの?」
「あの方にとって、自分の命よりも子供たちの、民の命の方が重要だとお考えなのです。というよりも、自分の命に……いえ、これは関係ない話ですね。……さあ、だからと言って、時間は無限ではありません。素早く上まで戻り、すぐさま引き返しましょう」
ナリンザの言葉にシアラ達は頷いた。各自、荷物を持ち、泣く子供の手を引いて、上へと目指す階段を昇り始めた。
これが消えた主たちを助ける最善の方法だと信じて、迷宮の出口を目指す。
ずるり、と。
鱗と尾が、地面を擦れる音が窮屈な抜け道に響く。息を潜めて、身じろぎもせずにレイとエトネは互いの体を掴んでいた。
ずるり、と。再び擦れた音が響く。
「■■■。■■■■」
「■■。■■■■■■、■■■■■」
すり抜ける壁越しに、人には理解できない言語が交わされる。その度にエトネの肩が震えた。レイは少女を勇気づけるように手に力を込めた。
そして、幾度目かの擦れた音と共に巨大なナニカが離れていく音が聞こえる。レイは這いつくばったままの姿勢で、すり抜ける壁へと近づいた。
「おにいちゃん。あぶないよ」
エトネが止めに入るが、レイは彼女の制止を振り切って、壁から頭を出した。目を凝らし、音の正体を見極めようとした。
すり抜ける壁の向こうに居たのは、体長が二メートルはある巨大なモンスターだった。
いや、本当にモンスターなのか。青白く発光する鉱石に照らされ、湾曲する通路を進むモンスターの横顔はまるで人間に近かった。上半身は正に女性のような形をしている。だが、下半身は人間のような足では無い。蛇のような尾を引きずり移動していた。それが音の正体だ。
「あれはラミアだな」
レイと同じように頭だけを出したダリーシャスが正体を看破した。彼にラミアとは、と聞くと、
「中級モンスターだ。人の女のような上半身に下半身は蛇の尾を持つ。厄介なのは目から放つ石化の術と聞くぞ」
「よくご存じで。……石化か。参ったな」
頭を引っ込めたレイは困ったと言わんばかりに頬を掻いた。石化はレイが一番警戒している状態異常だ。何しろ、《トライ&エラー》は死ななければ発動しない能力。石化では発動しない。
そのためにネーデの迷宮に潜り、耐石の効果を持つ装備品を求めた。指に嵌めている宝石の付いた指輪はその時に手に入れた装備品だ。
「其方の腕輪は初級の石化は防げるだろう。だが、ラミアの術は中級だ。一瞬で石化はしないだろうが、それでも徐々に石化してしまうかもしれん。用心するべきだな」
「本当に詳しいですね。どこでそんな知識を得たんですか」
「モンスターの知識はナリンザに叩き込まれたのだ。腕輪に関しては、それ。付いている宝石を見れば一目で分かる」
宝石が特産品であるデゼルト国の王子らしい観察眼だ。レイは「教えてくれて、ありがとうございます」と返すと、何処に続いているか分からない抜け道を四つん這いで引き返した。
迷宮の通路と違い、レイはともかくダリーシャスには窮屈な場所である。幸い、発光する鉱石は抜け道にもあるため、明かりに困ることは無い。
二人は抜け道を少し進み、エトネの場所まで戻った。そこには他に二人、子供が居た。
子供二人は衣服に擦り切れや汚れはある物、の目立った外傷は無く、顔色も良かった。勝気そうな顔つきの少年はステルマの息子、マリオンだ。
「あのモンスターはこの場所を知らないから、しばらくは大丈夫だよ、冒険者の兄ちゃん」
マリオンは大丈夫だと言わんばかりに言葉を続ける。
「アイツら体がデカいだろ。だから、ここを見つけたとしても、入ってこれないしね」
「確かにこんだけ狭けりゃね。アイツらじゃ、骨を全部抜いても入って来ることも出来ないな」
胡坐をかいても頭が擦れてしまい天井を睨むレイ。レイ達三人とマリオンともう一人の子供は抜け道の中で顔を突き合わせて話し合いを始める。
「それで、冒険者の―――」
「―――レイだ」
「分かった。レイの兄ちゃんは何しにここに来たんだ?」
マリオンの質問にレイは肩の力が抜けてしまう。不審がる少年に対して、ちょいちょいと手招きする。素直に近づいたマリオンの頭に拳を落とした。間髪入れず、もう一人の子供にも拳を落とした。
「いってっぇぇええ! な、何すんだよ!」
「何じゃないだろ! 子供たちだけで迷宮に入って怒られないと思ったのか、バカたれ!」
レイとマリオンの声が抜け道に響く。慌ててエトネとダリーシャスが二人の口を塞いだ。反響はしばらく続いたが、ラミアたちが反応した様子は無い。
「まったく。いくらここがラミアに知られてないとはいえ、他のモンスターが来ないとも限らんだろ。静かに話すべきだ」
ダリーシャスの指摘に頷き、レイはマリオンたちに眉を吊り上げた。
「それで? 何で子供たちだけで迷宮に潜ろうとしたんだ」
レイの質問にマリオンとその友人は顔を見合わせて、ポツポツと語りだした。
子供たちが迷宮に潜った理由は概ねレイの予測と同じだった。自分と同い年くらいのエトネが冒険者だと知り、自分たちでも迷宮に潜れるんじゃないかと思ってしまったのだ。そしてもう一つ、彼らには潜る理由があった。
マリオンと共に居たもう一人の少年。名をエドワードと言う。
エドワードの兄が迷宮に潜った自警団の一人なのだ。迷宮に潜り、そのまま帰って来ない兄を心配し、エドワードは迷宮に探しに行きたいとマリオンたちに相談していたのだ。
流石にマリオンたちも子供で迷宮に向かう危険性にしり込みしていたのだが、エトネの存在を知り、火が付いてしまった。
「……そっか。エトネのせいなんだ」
エトネが項垂れて、ポツリと呟いた。
「そんな事無い。エトネは何も悪くないよ。エトネはちゃんと戦う訓練を積んでいるだろ。でも、こいつらはそんな事をしてない。それなのに迷宮に入ったんだ。だから、こいつらが悪い」
落ち込むエトネをレイは励ました。代わりにマリオンとエドワードが落ち込むが知った事では無い。
「それで、其方らはなぜこのような場に居るのだ。其方らの友は三階層目にて見つけたぞ」
「本当? あいつら無事だった?」
「ああ。怯えていたし、ちゃんと話はしていないけど、無事の様に見えたよ」
レイの説明にほっとするマリオンたちは迷宮で何があったかを説明しだした。
マリオンを含めた五人の少年たちは、幼い体に収まり切れない冒険心を宿らせて迷宮を潜る。無謀な冒険心は子供たちの目を曇らせ、正常な判断を奪ってしまう。普通に考えれば、子供だけの集団、一階層目でモンスターに食い殺されてもおかしくは無いのだ。
ところが、彼らが迷宮に潜った時、どういうわけだか、一階にモンスターの姿は無かった。代わりに地の底から響いてくるモンスターの声が充満していたという。それでも熱に浮かされた子供たちは二階に降りてしまい、そこで困った出来事に遭遇してしまった。
迷宮の変成だ。
地響きと共に通路が切り替わる迷路。気が付いたら通った道は壁に変わり、進もうとする道は三叉に分かれている。どこを通れば戻れるのか分からなくなってしまったのだ。
帰り道が無くなった少年たちは不安に体を包まれながらも足を進める。徘徊するモンスターをやり過ごし、どうにか階段を見つけるも、そこは下に繋がる階段だった。
後ろから近づいてくるモンスターの足音に急き立てられたマリオンたちは階段を転がるように降りて、三階層。つまりレイ達も降りた円形の広間に辿りついた。
どうにかモンスターの追っ手から逃れたマリオンたちに追い打ちを掛けるように、転移魔法陣が起動した。足が張り付いたように動けなくなってしまうエドワード。彼を助けるためにマリオンは魔法陣に飛び込み、そして気が付いたら全く別の場所に転移したのだ。
「どうしようか二人で悩んでいたら、前からあのモンスターが体を引きずる音が聞こえたんだ。一本道だから、隠れる場所を探して壁に沿って逃げていたら、この秘密の抜け道を見つけたんだ」
「そいつは幸運だな。……この抜け道はどこに続いているか知っているか」
「どこって言われてもなー。とりあえず、この抜け道は此処から先に二つに分かれているんだ」
「ちょっと待て。この抜け道? もしかして、ここ以外にも、抜け道はあるのか」
レイの質問にマリオンは頷いた。
「兄ちゃんたちが来るまでの間、何度か外を探検したんだ。上のと同じで、外も曲がりくねった迷路みたいな通路。そこを近道するみたいに抜け道がいくつもあるんだ」
「まったく。危険なことをしやがって」
得意げに自慢するマリオンにレイは呆れながら、懐から羊皮紙の束と鉛筆を取り出した。手製の地図を作る準備だ。
「それで、この後はどうするつもりなんだ」
ダリーシャスの問いかけにレイは白紙の地図を前にして、方針を決めた。
「とにかく、外の状況が知りたい。ここがどの階層で、上や下に繋がる階段はどこにあるのか。モンスターはラミアだけなのか、そのラミアも何体居るのか。情報が無ければ、ここでズルズルと時間を過ごすことになっちまう。だから、エトネ。この抜け道にマリオンたちと残っていてほしい」
エトネは自分も行くと言うが、マリオンたちを置いて行けないというレイの説得に納得した。
「それじゃ、外に出て情報を集めてくるよ。ダリーシャス。アンタは―――」
「―――俺も行こう」
残れと言おうとしたレイをダリーシャスは遮った。
「……危険だと分かっているよね」
「無論な。だが、外の状況が分からなければここに籠るしかあるまい。だが残念ながら、この場所は俺にとっては狭すぎる」
おどけたような言い方にレイは思わず笑みを浮かべてしまった。
「それじゃ、行くとしますか」
レイの呼びかけにダリーシャスは応と返した。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回更新は30日月曜日頃を予定しております。




