5-18 シアトラの迷宮Ⅰ
シアトラ村の地下に広がる迷宮は今までレイが潜ったネーデやアマツマラの迷宮とは様子が違っていた。
広間が存在せず、細長い通路が延々と続く。まるで迷宮では無く迷路のようだ。光源は壁から顔を覗かせている光る鉱石だ。青白い結晶体が呼吸するかのように点滅している。
「ふむ、これが迷宮か。成程、確かに魑魅魍魎が跋扈する異空間と評されるだけはある。地上とは全く別の空気が流れておるな」
列の後方、ダリーシャスが興味深そうに言う。レイは不思議に思い、尋ねた。
「デゼルト国には迷宮は無いんですか」
「いや、あるにはあるが、これでも王族。おいそれと入らせてはもらえないのだ。お蔭でレベルもそれほど高くないぞ」
情けない事を胸張って言う王子である。だが、それが謙遜であるのは既に証明済みだった。迷宮の曲がり角で遭遇した数体のゴブリンの内、二体を倒したのはダリーシャスのチャクラムだった。
この狭い空間で、王子はモンスターの頸骨をチャクラムで切り裂いてみせた。その技量は高くはないが、それでも決して低くもない。五人しかいないパーティーにおいてダリーシャスの存在は助けになっていた。
だが、それ以上にナリンザの存在がレイ達にとってありがたかった。
ダリーシャスが打ち漏らしたゴブリンの懐に飛び込んだかと思うと、あっという間にゴブリンを細切れにした。まるで台風かなにかのような暴れ振りだった。
「ナリンザは俺と違い、兵士訓練用の迷宮に通い詰めてレベルも百を超えている。前衛として十分役に立つだろう」
「恐縮です」
暗い洞窟の中でもベールを被っている女傑は粛粛と頭を下げた。戦力として二人の加入は十分助かっていた。問題は子供たちの探索が遅々として進んでいない事だ。
姿を見せないモンスターの鳴き声や呼吸がオーケストラのように地下から響く。先頭を歩く偵察に言わせると、四方八方から音が反響しているため、耳は役に立たないとの事だ。
迷宮を進む隊列はエトネを先頭に二番目にリザ。次いでレティ、シアラ、レイと続き、後方をダリーシャスとナリンザが務めている。
ナリンザの瞬発力なら、先頭にたどり着くまでに一秒ともかからない。万全の布陣といえた。
だけど迷宮に潜ってから三十分。
子供たちの痕跡はまだ見つかっていなかった。その上、不可解な状況でもあった。シアラが杖を手でもてあそびながら、レイに尋ねた。
「ねえ、他の迷宮をよく知らないけどこんなにモンスターと出くわさないものなの」
あちこちからモンスターの気配はするのだが、まったくと言っていいほど遭遇しないのだ。迷宮に潜ってから戦闘になったのは僅か一回だ。
「うーん。僕もまだ三つしか知らないけど、確かに頻度は低いと思うよ。……ナリンザさんはどう思いますか?」
最後尾を歩くナリンザは同意するように、
「確かに少ないですね。ですが、迷宮の性質は迷宮によって様々です」
と、口にした。
「モンスターの出現頻度は迷宮の規模などに関係します。馬鹿の様に大量に出現する迷宮もある一方で、ここの迷宮の様に少ない事もあります。今回の場合は幸運に感謝しましょう」
「つまり俺の日頃の行いが良かったという事だな」
ダリーシャスの発言をナリンザは黙殺した。
レイは青く光る鉱石の明かりを頼りに、手製の地図を作っている。迷路のように入り組んだ通路を一つずつ線で表していく。
地図を作るレイの表情は真剣そのものだ。何しろ、子供たちがこの迷宮のどこに居るのか、それすら分からない。未探索の場所はあってはならないのだ。二度手間を避けるためにも、正確な地図が必要だ。空白地帯を埋めていくように地図は浮かびあがり、未探索の場所を一目で分かるようにと印が添えられていく。
迷宮の方にもここを通った事を示す証を残していく。
そして遂に、通路は循環し、空白地帯が無くなってしまう。レイは足を止めて、困ったように頭を掻いた。
「これで仕舞いだけど、厄介だな。……皆、ちょっと聞いてくれ」
レイが全員に呼びかけると、地図を見せた。黒い糸が幾筋にも伸びているかのような地図は複雑な模様にしか見えない。
「これで一層目の探索は完了した。全部の通路を調べ、全部の曲がり角を通り過ぎだ。次は二層目にいくんだけど……問題がある。ここを見てくれ」
レイは地図上のある箇所を指差す。
「これってもしかして、途中で見つけた階段の所?」
レティの質問にレイは頷いた。子供たちを探す過程で、下に降りる螺旋階段は既に発見していた。だけど、その時点ではまだ一階層目の探索が終わっていないため後回しにしたのだ。
「仮に子供たちが一カ所にとどまらず逃げ回っているとしたら、その声は同じ階層にいる僕らにも聞こえてもおかしくはない。だけど、エトネの耳にも鼻にも子供たちの気配が引っ掛からない以上、この階層にはいないと思う」
「……そうね。子供たちは二階層に降りたと思うのが妥当だと思うわ」
エトネを除く他の者はとある可能性を思いついてはいたが、口に出すのを躊躇われた。その可能性を考慮しないまま、話し合いは進む。
「だから、僕らは二階に降りようと思う。問題はどっちの階段を使うのかだ」
「どういういみなの、おにいちゃん」
迷宮初心者のエトネが不安そうに首を傾げた。
「迷宮は同じ階層に降りる階段だとしても、降りた先が繋がっていない場合もあるんだ」
迷宮は横に広がるだけじゃない。下に続く階段が複数ある場合、降りた先がどちらも別個の階層の可能性もあるのだ。その場合、隣同士の空間は横では繋がっていないので、階段を使って迂回しなければ隣の空間に行けない。
もっとも、迷宮はどれだけ道が分かれようが、ボスの広間の直前などで合流するようになっている。どのルートを選んでもゴールへと収束させれるため、どちらのルートを選んでもデメリットは無い。
通常の迷宮探索だったら、問題はないのだ。しかし、これは人探し。仮に次の階層が二つに分かれていて、子供たちの居ない方を選択すれば、探索にかかる時間のロスが大きい。
「それじゃ、如何するって言うのよ。まさか、パーティーを二つに分けるつもりじゃないでしょうね」
シアラが語調をきつくして尋ねた。
「そのつもりだ」
「反対よ」「反対です」「得策とは言えません」
シアラ、リザ、そしてナリンザからも却下されてしまう。
もしパーティーを二つに分けたとして、どのような編制になるのか。まず、ナリンザとダリーシャスの組み合わせを二つに分ける事は出来ない。この二人は一組として数えなければならない。
残りの五人の内、前衛で戦えるのは三名。後衛は二人、うち一人は支援向きのレティだ。加えてエトネは迷宮初心者の上、レイとは奴隷契約を結んでいない。つまり、彼女が死んでもレイが死ぬことは無いので《トライ&エラー》が発動しない。レイとエトネも別行動は出来ないのだ。
とすれば、レイとエトネの班とナリンザとダリーシャスの班にそれぞれ人を加える事になる。バランスとしてはシアラかレティをダリーシャスの班に加えたいが、それだと、ナリンザの負担が大きくなる。何しろ彼女はダリーシャスの護衛。一番に守らなければならないのはダリーシャスだ。
つまり、ダリーシャスの班に入れるのは自分で自分を守れるリザと言う事になる。だが、それはバランスを欠いてしまう。魔法使いも回復役もどちらも居ないとなれば戦力的に厳しい。
それはレイ達の班でも同様だ。
だから、この人数を二つに分けるのは自殺行為だと三人は言うのだ。それはレイにも理解できた。
「分かったよ。それじゃ、どちらかに絞って探索しよう」
レイが方針を決めると、再び隊列を組もうと皆が動き出した。その隙を狙ってレイはシアラとリザを掴んだ。突然引き留められた二人は驚いているが、レイは構わず一方的に告げた。
「《トライ&エラー》による総当たりをする。片方を調べて見つからなかったら、死に戻って、もう片方を探す」
「待ってください、ご主人様」「ちょ、ちょっと、主様」
二人は驚きのあまり、逆にレイの手を掴んだ。離すまいと力を込めた。
「子供たちを救うのに、使うつもりなの」
シアラは他の者に聞こえないように気を使って、声を潜めて会話する。
「……その方が合理的だ。探索をして、空振りしたとしても死に戻れば次に探索をするべき場所が限定されていく。この網のような迷路だって正解のルートが分かれば攻略の時間も短縮されていくだろ」
《トライ&エラー》の真骨頂は、死に戻る事で情報が蓄積されていく事だ。初回よりも二回目。二回目よりも三回目と情報は洗練され研ぎ澄まされていく。だけど、その合理的な選択はリザとシアラにとっては感情では認められない。
「ですが、そのために死ぬのは合理的ではありません。ご主人様が仰っていたではありませんか。使えば使うほど、よくない事を引き起こすと」
リザは因果を重ねる事を懸念していた。だけど、
「……今は一刻も早く子供たちを助けたい。だから、この先手ごろなモンスターが居たら僕は死ぬつもりだ。……中途半端に止めないでくれよ。痛いのは嫌だ」
レイの意思は固い。リザ達はレイを説得するのを諦めるしかなかった。
そしてレイ達は最寄りの階段から、上層部二階層に降り立った。
ところが、レイの目論見は外れる事になる。
もちろん、子供たちを無事に保護してめでたしめでたしと言った終わりを迎えた訳ではない。
二階の探索の間、数回程偶発的な戦闘が起きた。だけど死ぬことが出来なかったのだ。理由は二つ。レイと出現するモンスターのレベル差が大きいため、簡単には死ににくくなったことと、《トライ&エラー》を知らないナリンザがあっという間にモンスターを倒してしまうからだ。
これでは死に戻ることなどできない。
残された死に戻り方は自殺か誰かに殺されるしかなかった。
自殺は論外である。いまだに『使用不可』の解き方が不明なため、下手に使えば死ぬことが出来るという安全策が使えなくなってしまう。
誰かに殺してもらうと事も難しい。リザを始めとした戦奴隷たちは契約に基づき、レイに手を出せば罰を与えられ動きを止めてしまう。殺すことまで至らないようになっている。
エトネに殺してもらうという選択肢は初めから存在していない。エトネとのレベル差もあるが、それ以上に幼い少女に殺しを強要できない。
最後に残ったのはナリンザだ。彼女に殺してもらうにはダリーシャスに武器を向ければ一発だろうが、反面、自分とのレベル差を考えると殺されずに拘束される可能性の方が高い。賭けとしては分が悪かった。
二階層目の探索を終え、子供たちの手がかりらしいものを見つけられないまま、更に下の階層、三階層目に降りてしまう。
「上の階層と様子が違いますね」
先に降りたリザが不審そうに言う。彼女の言葉通り、三階層目は上の階層と作りがまるで違っていた。レイ達が辿りついたのは円形の広間だった。壁際には別ルートに繋がっていると思しき階段がある。どうやら、三階層目はこの広間だけしかないようだ。
「これだけ広いのに、モンスターが居ないな。もしかしてセーフティーゾーンかな」
身を隠す事も出来な開けた場所のため、モンスターが居れば一目で分かる。少なくとも、視界にはモンスターの姿は無かった。
「可能性はありますね。どうしますか、ここで休憩を―――」
「―――いた!」
リザの言葉を遮ったのはエトネの声だった。彼女は全身を使って、広間の端を指差した。天井に氷柱の様に下がっている鉱石が隅々まで明るく照らしていなければ蹲っている人影に気づかなかったかもしれない。
エトネの指さした所に数人の子供たちが固まっていた。彼らはエトネの大声にびくりと震えている。
「いまいくから!」
「ちょっと待って、エトネ。一人で行くな!」
エトネが叫ぶと、そのままパーティーから離れて子供たちの方に向かって駆けだした。慌ててレイが少女の後を追いかけた。
リザ達も周囲を警戒しつつ、二人の後を追いかけようとするが、そのリザ達の中からある人物が飛び出してしまった。
あろうことかダリーシャスだった。彼はいつにない真剣な顔で二人を追いかけた。
「いかん! 二人とも止まれ、嫌な予感がするぞ!! それ以上は――――」
ダリーシャスの言葉は先頭を走るエトネの足元に巨大な魔法陣が展開された事で、遮られてしまう。
レイの首筋を冷たい刃が撫でたような悪寒が通り過ぎた。驚き足を竦めたエトネを助けるべく、レイも魔法陣の中に飛び込んだ。
「おにいちゃん、足がうごかないよ!」
エトネが青ざめた表情で告げた。
「エトネ、大丈夫だ。心配するな。今出してやるからな」
しかし、レイがエトネの体を持ち上げようとするも、幼女の両足は魔法陣から離れようとはしない。まるで強力な磁石でくっついたかのように張り付いて取れない。しだいに魔法陣は起動するかのように発光しだす。比例するようにレイの中の不安が膨らんでいく。
「くそっ、どうして離れないんだ!?」
苛立つレイを煽るように魔法陣の発光は増していく。すでに目を開けるのも困難なほど明るくなっていた。
そして。
「ご主人様、それはダンジョントラップ! 逃げてください!」
リザの焦る声を最後に、レイの意識は漆黒の闇へと落ちた。
読んで下さって、ありがとうございます。




