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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第5章 褐色の王子
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5-15 休日

「ふわぁぁぁ」


 レイの口から大きな欠伸が出てしまう。澄んだ青のキャンパスに引き千切った雲が浮かんでいる。昨日のような快晴とは言えないが、少なくとも雨が降る気配はないのだが、エトネは尻尾を逆立てて、しきりに雨が降ると告げていた。もしかすると、獣人種ならではのセンサーが働いているのかもしれない。


「随分と眠そうでは無いか。昨夜は眠れなかったのか」


 ダリーシャスが顔を上げず、言葉だけを投げかけて来たので、慌てて、口元を手で押さえた。


「これはお恥ずかしい所を。少々、しょうもない喧嘩をしてまして」


 レイとシアラの無言の喧嘩は、結局のところ勝負がつかず、引き分けで終わった。すでに空の端に太陽が昇り始めていたのでそれほど長い時間、睡眠はとれなかった。


 一方でレイと入れ違いに見張り役をしていたダリーシャスは溌剌としている。村人が何処からか持ってきたベンチに足を組んで座り、これまた運んできた机の上にあるチェス盤に覆い被っている。


 このチェス盤はダリーシャスの私物だ。暇を持て余したダリーシャスが手の空いたレイを見つけ、無理やり付き合わせていた。


(弱ったな。チェスなんて駒の動かし方ぐらいしか知らないから、定跡なんて知らないんだよな)


 その心境に合わせたかのように戦況の天秤はダリーシャスに傾き、レイのキングは余命幾許もない。


 こうなると、ダリーシャスの勝利は揺るがないはずなのに、この男は最後の詰めを誤らないようにと長考している。かれこれ五分。レイは勝利を諦め、意識を盤上から離した。


 シアトラ村は昨日の静寂振りとは裏腹に、賑わいを見せていた。村人たちは固く締めた家から外へ出て、日常を過ごしている。男共は農耕に汗を流し、女たちは家事に勤しみ、子供たちは元気よく駆けまわっている。


 今も、レイ達に向けて会釈したり、差し入れとして菓子を置いていく。村長や自警団の青年たちからレイ達が村に滞在する理由を聞いているのか、彼らは好意的に接するので、レイはその好意に甘える事にした。


 胡桃が混じった少々固いクッキーを指でつまみながら、備蓄庫へと顔を向ける。


 朝になってから、もう一度室内に入り、迷宮の入り口を確認したが下からモンスターが出てくる様子はない。このまま明後日になればお役目は御免だ。


(アマツマラから来た人に、村の事を頼んで、さっさとオウリョウに向かうとしますか。それまではお付き合いしますよ、王子)


 チェスの盤を挟んで唸るダリーシャスの旋毛を見ながら、レイは内心で呟く。


 すると、視線を感じてレイは振り向いた。


 視線の主はシアラだった。


 レイと同じく寝不足気味の少女はどこか不機嫌そうな雰囲気を隠しもせずにレイを見下ろしていた。


「……どうかしたの」


 レイが問いかけると、彼女は鼻をならすだけでなく、少年の傍に掴んでいた籠を下ろした。危うく、置いていた手が踏みつぶされるところだった。


「危ないな! 何すんだよ」


「あら、ごめんなさい。遊んでばかりの主様にちょーっと物申したかったの」


 籠の中に入っているのは洗濯したばかりの衣服の類だった。水を擦った衣服は重く、さながら小槌で叩く様な物だ。数日間分の洗濯物を纏めて干すつもりなのだ。


 少し離れた場所では、エトネとレティが馬車と木の間を縄で結んで即席の物干竿を作っている最中だった。


「どうかしら。よかったら、主様も手伝ってくださらないかしら」


「おいおい。僕の分の仕事は終わっただろ」


 レイは顎で自分の済ませた仕事の山を指した。そこには御座が敷かれ、その上にレイやリザ、それにエトネたちの鎧や武器、それに食器や鍋を始めとした道具の数々が綺麗に磨かれ、置かれていた。昨日のクロッドウルフとの戦いを含めて、旅の間に使った物の手入れをリザと行ったのだ。その前にはキュイの手入れもした。もっとも、レイは近づくことはできなかったので、リザのサポートに専念していた。


 村から出る事が出来ないため、レイ達は今日を休日とした。考えてみれば、アマツマラを逃げるように飛び出し、その前もエルフの隠れ里で修業に励んでいたため、丸一日を休養に充てる事は無かった。


 それがこうして足を止める羽目になったので、折角だからと休みにしようとレイは提案した。


 手分けして、洗濯やら道具の手入れを行った後は各自、自由行動となる。


 レイは自分に割り振られた仕事を終えて、ある事を済ませようとしたのだが、暇を持て余したダリーシャスに捕まったのだ。同じく仕事を終えたリザは済まなそうにレイを見送る。


「自分の分が終わったからって、それでおしまいなの。この夜這い様」


 シアラがあからさまに蔑むような眼でレイを見下ろした。盤面を睨んでいたダリーシャスが「ん? 夜這いだと」と興味深そうに顔を上げたので、レイは慌てて、


「何でもないですよ! さあ、シアラ。ちょっとそこで話をしようじゃないか」


 と。無理やり彼女を引っ張る。


「あらー、主様。こんな早い時間からワタシをどこの茂みに連れ込むつもりなの?」


「そんなやましい事は一切しない!」


 レイはダリーシャスの興味深げな視線を振り切り、シアラを建物の陰に連れ込んだ。彼女を逃がすまいと仁王立ちする。


「だから、あれは誤解だ。僕はやましい気持ちなんか一切持っていない」


「どーだか。ワタシが見てなかったら、案外リザのベッドに潜りこんでいたんじゃないの。あーやだやだ。これだから、男ってのは」


「お前な。……そもそもさ。僕が女の子の寝込みを襲えるような度胸のある人間に見えるか?」


 シアラはきょとんとした顔で、レイの全身を金色黒色の瞳で上から下まで何度も往復した。


 そして、


「それもそうね」


 と、あっさりと肯定した。


「……なんだろう。納得してくれたのは良いけど、男としては非常に屈辱的だ」


 無罪が認められたというのに、レイは心の中で涙を流す羽目になった。


 二人は揃って、ダリーシャスの元へと戻る。その道中、シアラはレイを慰めるように背中を叩いた。


「まあまあ。気にしない事よ。ワタシは気にしないから」


「どの口が言うんだ!」


 レイは荒々しくベンチに座ると、ダリーシャスが橙色の瞳が好戦的に輝く。


「む、帰ったか。待ちかねたぞ。そしてこれが、俺の一手だ」


 ダリーシャスの男にしては細い指がクイーンを掴み、レイの陣中へと深く切り込んでいく。定跡も知らないレイだが、あと数手でキングが詰むぐらいは予想ができた。


「ふはは。シアラとやら。あと数手で其方の主は負ける。さすれば其方の手伝いにも行けるというもの。なに、礼など不要だぞ」


 ダリーシャスの勝利宣言はともかくとして、レイにはこの状況から生き延びる手立ては見つからない。いっその事降参しようかと思った矢先、横からシアラの細くて白い手が盤を覆った。


 彼女はレイのナイトを一つ掴むと、一気にダリーシャスの陣地にめがけて奇襲する。


「チェック」


 シアラの宣言にレイもダリーシャスもあっけに取られる。


 チェスに置いて、チェックとは次の手でキングを取れる事を指す。相手は自分の番でそれを回避するための手を打たなければならない。さもなければ、キングを取られて負けるからだ。


 ダリーシャスの顔色が変わった。勝利に緩んでいた頬はいまや引きつり、橙色の瞳は忙しなく、盤面を往復する。生き残る道筋を見つけようともがいているのだ。


「主様。後は頑張ってね。これ、勝てるかもしれないわよ」


 シアラはそれだけ言うと、籠を掴んでレティたちの所へ戻ろうとする。去りゆく背中に、


「手伝わなくていいの?」


 と、尋ねると、シアラは首だけ後ろに回して、


「大丈夫よ。……それと、邪推してごめんなさい」


 そのまま、小走りで去っていた。どうやら機嫌を直してくれたようだとレイは胸をなで下ろした。


 ふと、視線を感じて振り向けば、盤を挟んだ向う側に居るダリーシャスが自分とシアラを交互に見ていた。いや、正確にいえばシアラでは無く、洗濯物を干しているシアラ達を見ていた。


「随分と風変わりな仲間達だな。あの者は魔人種であろう」


 レイは肯定するように頷いた。金色の瞳はともかく、黒色の瞳と黒髪は魔人種の証として有名だ。誤魔化すには手遅れである。


「それにエルフと獣人種の血を引く少女。一つのパーティーに稀有な種族が二人も在籍しておる。それにエリザベートとレティシア。あの二人は姉妹なのだろ」


「……そうですけど、あの二人がどうかしましたか」


「なに、姉妹という割にはあまり似ておらんだろ。髪の色、瞳の色。顔立ちや雰囲気はどことなく似ているが、それとて同じ父母から生まれた姉妹とは言い難い」


 ダリーシャスの指摘はレイも不思議に思っていた事だった。二人は姉妹という割にはあまり似ていない。だけど、日頃の二人を見ていれば、あの二人が姉妹だと言う事に疑う余地はない。互いが互いを思い合っている姿は紛れも無く、固い絆で結ばれた姉妹だ。


「おそらく、父か母。どちらかが違うのだろう。俺の兄弟も母が違う、異母兄弟だ。会えばわかるが、あまり似ておらん」


 兄弟と口にしたダリーシャスの表情はどこか乾いていた。レイは昨晩、ナリンザから聞いた彼の境遇を思い出していた。敵対勢力以外にも、父や、兄弟からも命を狙われているという哀れな王子。それがダリーシャスだ。


「そういえば。其方の従者とナリンザ。まだ帰って来ないな」


 気まぐれにも話を切り替えたダリーシャスにレイは内心でほっとした。このまま、彼のおかれている境遇を考えているととんでもない事を言いそうになる自分が居た。これ幸いにと彼の振った話題に乗る。


「あれから、三十分も経っていません。まだ戦っている最中だと思いますよ。……ほら、いまも風に乗って聞こえてくるじゃないですか」


 二人は揃って耳を澄ますと、歓声に紛れて、木が木を打つような音を拾う。


 リザとナリンザの二人は此処から少し離れた空き地で、手合わせをしていた。


 暇を持て余していたナリンザにリザが申し込んだのだ。ダリーシャスの護衛を離れる事を最初は嫌がったナリンザだが、主が許可を出したことで申し出を受けた。


「二人の実力を見せれば、村人も安心するだろう。これだけ強い者が居てくれるのかと納得するはず。大いにやれ」


 との理由だ。もちろん、こんな事で怪我をされては困るため、自警団の特訓用の木製の武器を使用させる。


 リザの申し出を受けた以上、レイはダリーシャスの誘いを断れず、こうしてチェスの相手をしていた。ダリーシャスはキングを後ろに下げたので、レイはそれを追いかけるようにビショップを動かした。


「チェック」


「むむ。これは不味いな」


 呻いたダリーシャスは再び顎に手を当て、長考となってしまう。レイは退屈そうにしていると、一人の少年が自分を見ていることに気づいた。家の影から、首だけを出している。年の頃はエトネと同じぐらいだろ。レイが体を前後に揺らすと、合わせるように少年の首も揺れた。


 やはり、自分を見ている様だ。


「僕に何か用かな」


 レイが声を掛けると、少年は慌てたように首を引っ込め、しかし、意を決したように角から飛び出した。真っ直ぐレイの方へと駆け寄り、勢いそのままに頭を下げた。


「ねーちゃんとおっとうを助けてくれてありがとう!」


 少年の声は爆弾のようにレイの耳を突き刺した。ダリーシャスもたまらず耳を塞ぐ。


「―――っう。えっと……もしかしてステルマさんの息子かな」


「うん! マリオンって言うんだ!」


 顔を上げた少年は元気よく名乗る。顔に浮かんだそばかすが、コロコロと変わる表情に合わせて動くのが印象的な少年だった。


「おっとうから聞いたよ。冒険者の兄ちゃんが姉ちゃんを助けてくれるかもしれないって! それで、俺。何か手伝う事は無いかって思って来たんだ!」


「うーん。気持ちだけ頂戴するよ。いまは特に手伝ってもらう事なんて―――いや、待てよ」


 レイは言葉を区切ると、馬車の方を見た。ちょうどシアラ達は洗濯物を干し終え、風に洗濯物が靡いていた。レイはマリオンに、ちょっと待ってて、と言うと、馬車の方へと駆けだした。


 馬車の中ではシアラ教官によるエトネの文字講座が行われようとしていた。そばでレティは手持ちの薬草を乾燥させている。


「エトネ、ちょっといいかな」


 レイは馬車の外からエトネを呼んだ。


「なーに。おにいちゃん」


 呼ばれたエトネが馬車の外へと首を出すと、レイはチェス盤に唸るダリーシャスの傍で所在なさげに立つマリオンを指差した。


「あそこにいるのは村の子供なんだ。どうかな。一緒に遊んでみる気は無い?」


「え……でも……」


 エトネは躊躇うような声を出す。思いがけない申し出に期待半分、不安半分が入り混じった表情を浮かべている。山で育ったエトネにしてみると同年代の子供は未知の存在だ。どう接すればいいのか分からないのだろう。


 だからこそ、積極的に交流して経験を積んでみるべきなのだ。レイはマリオンを呼んだ。駆け足で馬車に辿りついた少年は、エトネの長い耳を見て好奇心を輝かせていた。


「マリオン。こっちはエトネだ。エトネ、こっちはマリオンだ」


「よろしくな!」「……こんにちは」


 マリオンは有り余る活力を使って手を振るも、エトネはどこかおっかなびっくりの様子で挨拶する。


「マリオン。君は村に友達はいるかな?」


「いっぱい、いるよ。今もほら!」


 マリオンは小さな指をあちこちに向ける。すると、木の影や、建物の影に隠れている子供たちの姿がいくつもあった。男の子もいるし、女の子もいた。いつの間にこれだけの子供が、身を隠していたのか、レイには分からなかった。


「……かくれんぼの最中だったのか」


「違うよ。冒険者の兄ちゃんたちに興味があったんだよ。おっとうから、俺と同じぐらいの子もいるって聞いてたから、みんな興味があったんだ」


「ああ、成程ね。……それで、どうかな。うちのエトネと一緒に遊んでくれないか」


「お安い御用さ!」


 いい返事である。マリオンはエトネに向かって手を伸ばした。


「エトネ、一緒に遊ぼうぜ!」


 エトネの萌黄色の瞳がレイとマリオンを不安そうに何度も往復した。レイは、穏やかに、安心させるように微笑んだ。


 そして、エトネはおずおずとマリオンの手を取った。少年は弾けるような笑顔を少女に向けて、そして友達の所へと彼女を引っ張る。すると砂糖に群がるアリのように子供たちはエトネの元に駆け寄った。


「ねえ、ねえ。名前は何て言うの?」「どこから来たの?」「すっげー。耳が長いぞ!」「この尻尾って事はおれと同じ、犬人族フントなのか。それとも狼人族ヴォルフなのか?」


 人付き合いの経験が乏しい少女は矢継ぎ早に繰り出される質問に溺れそうになりながらも、それでも律儀に答えていく。


「ちょっと性急すぎたんじゃないかしら」


 レイの隣に降りたシアラが心配そうにエトネを見ていた。まるで、公園デビューを心配するは母親のような言葉にレイは苦笑してしまう。


「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないだろ。……エトネの境遇を考えれば、人との付き合い方を学ぶ必要はある。僕らのように年上だけでなく、同い年ぐらいの子供とも触れ合う機会は与えるべきだろ」


「……まあね」


 どこか納得のいかない様子のシアラにレイはそっぽを向きつつ言う。


「それに。……少し寝てきたらどうだい」


 シアラが驚いたようにレイに振り返った。


「気丈に振る舞ってるけど、僕の目は誤魔化せないよ。さっきからため息が多いよ……今日だけじゃない。最近、眠れてないんだろ」


 アマツマラを出てから、シアラの様子は少しおかしかった。キュイを操縦している時も、食事作りの時も、どこか緩慢な様子を隠せないでいた。洗濯物を運ぶ足取りも、覚束ない様子だった。極めつけはクロッドウルフとの戦い。いくらニーナが暴れたからといって、田舎娘一人を拘束するのに手間取るとは思えなかった。


 リザの頭を撫でた時、シアラは寝付けていなかったのではないかとレイは睨んだのだ。


「……なんだ。気づいてたんだ」


「じゃあ、やっぱり」


「ええ。最近、ちょっと眠りが浅くてね。……そうね。お言葉に甘えるとするわ」


 シアラはそれだけ言うと、レイ達が借りている家へと戻っていく。すると、レティが馬車から顔だけを出して、シアラの背中を心配そうに見つめていた。


「シアラおねーちゃん。やっぱり調子が悪いんだ。洗濯物干してるときも、疲れたみたいにため息が多かったから気になったんだよね」


「レティも気づいていたんだ」


「当たり前だよ。だって、あたしはこのパーティーのヒーラー。仲間の体調は何時だって気にしてるもの」


 レティは胸を張ると、薬草などを掴んで馬車から降りた。


「後の作業は家の中でやるけど、その前にシアラお姉ちゃんに睡眠効果のある薬湯を飲ませてくるよ。精神が落ち着くから、ぐっすり眠れるはずだよ」


「ああ、それはいいね。頼むよ」


 シアラの後を追いかけるレティを見送ると、レイはダリーシャスの元に戻った。


「ふふふ。ようやく、勝ち筋を見出したぞ。これでどうだ!」


 自信満々に駒を動かしたダリーシャスにレイは苦笑した。


 レイはしばし考え込んでから、駒を動かし、高らかに宣言する。


「チェックメイト」


「ぬお!? …………ぬううう。……負けました」


 ダリーシャスは額に汗を滲ませて、絞り出すように負けを認めた。


「いえ、これは僕の負けですよ。シアラが手を出さなければ、あのまま負けていました」


「いや、それを含めて俺の負けだ」


 頑固な男だとレイは思う。ダリーシャスは盤に散らばる駒を元の位置に戻すと、


「だから、もう一番、付き合わないか」


「僕の実力じゃ、王子の相手は出来ません。申し訳ありませんが―――」


「―――それなら、其方が数手、先に打て。そうすれば、互いの実力差は埋まる。そうだな、三手、先に打つと良いだろう」


 断ろうとするレイにダリーシャスが提案を持ちかけた。どうあってもレイを離す気は無いようだ。


(しょうがないな。もう少しだけ、付き合うとしますか)


 レイはベンチに腰掛けると、ダリーシャスに付き合う事にした。それが泥沼の七番戦へと繋がるとはこの時まだ知らないでいた。






 こうして、レイ達の貴重な休日は過ぎていく。昼頃、炊煙がどの家庭からからも伸びる頃に、汗だくになったリザとナリンザが戻り。泥まみれになったエトネが戻って来る。


 眠っているシアラを置いてレイ達が昼食を済ませると、エトネは迎えに来たマリオンたちと共に外へ飛び出し、リザとナリンザに自警団の青年たちが教えを請いに来た。


 口では二人の手合わせに感心したと言っていたが、彼らの狙いはナリンザの美貌だろう。ベールの隙間から覗く涼しげな瞳や、扇情的な体つきは青年たちの目に毒だ。顔に欲望が浮かんでいる。彼女らに小声で、性根を叩きなおすようにと言うと、実にいい笑顔で彼女らは出て行った。その日の夕方まで、村には青年たちの叫び声が響いていた。


 レイとダリーシャスは菓子を摘まみつつ、チェスに興じる。基本的にはダリーシャスの方が強いのだが、妙な所で大きなミスをしてしまい、勝利を逃す場面が幾度も起きた。レイも数を重ねるごとにチェスのコツを掴んできたのか、ダリーシャスを追い詰める事が出来るようになり、二人そろって、熱中しだした。


 ようやく起きて来たシアラがレティと共に洗濯物を取り込み、まだチェスを打っている二人に呆れた。レイが顔を上げると空は夕暮れに染まっていた。チェスを切り上げ、干していた道具や装備品を取り込み、洗濯物を畳む頃、外に出ていた三人も戻ってきた。手には村人から貰った食材などで塞がっていた。


 夕食の席は、村人から貰った食料品のお蔭で大分豪勢になった。鶏肉のハーブ焼きや、採れたばかりの野菜のシチューなどを口に運びながら、エトネは年の近い子と遊べたのがよほど楽しかったのか、何度も何度も繰り返し話をする。レイやシアラはエトネが楽しめた事に胸をなで下ろし、目を細めて話に相槌を打つ。


 食事が終わる頃、雨が窓を打つ音がした。それはあっという間に激しくなり、大雨へと変わっていく。エトネの読みは正解だった。


 レイは雨に濡れる窓の傍に立ち、その向こう側にあるはずの備蓄庫を見ようとした。だけど、かがり火が消え、厚い雲に月の光が遮られた外は暗く、備蓄庫の姿は全く見えなかった。


 闇の中で何かが蠢いていても、気づくことは出来ないほど、闇は濃く、不安を掻きたてる。


 ふと、言いしれない悪寒がレイの背筋を撫でた。


 ―――その悪寒が正しかったことは翌朝、証明されることになった。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回更新は23日月曜日を予定しております。

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