5-14 王家の闇
「えっと、ばれてましたか」
レイの問いかけにナリンザは薄く笑みを浮かべる。それだけで答えとしては十分だった。暗い室内の中、蝋燭の明かりが照らす美女の美貌は妖しさを伴っていた。
エキゾチックな美貌のナリンザを正面から見据えると、レイは若干気後れしてしまう。ナリンザはそこに居るだけで、圧倒する類の美人だ。ロータスと何処かに通った所があるなと半分現実逃避してしまう。
「あら? 質問がないのでしたら、受付を締めきりましょうか」
どこか、からかう様な口調でナリンザは数字をカウントする。五、四、三、と減っていく数字の前にレイは思いついたことを口走った。
「お二人の関係は何ですか?」
ナリンザの瞳があっけに取られたように丸く開かれた。レイ自身、何を聞いているんだと恥ずかしくなったが一度口に出したことを撤回は出来ない。
補足するように言葉を続けた。
「正直な話。貴女とダリーシャス……王子の間に真っ当な主従関係が結ばれているとは思えません。ですが、先程、気になる事を言いましたよね」
「主の意向に従っている、と。確かに言いました」
「それはどういった意味なんでしょうか? いえ、それ以前にダリーシャス王子はどういった人物なんですか。傍にいる貴女から聞きたいのです」
そうですね、とナリンザは呟くと、窓の外を眺めた。視線はどこか心ここにあらずと言った具合で、何を考えているのかはさっぱり読み取れない。
レイもまた窓の外を眺めた。暗闇の中、かがり火に囲われた備蓄庫の姿がくっきりと表れている。少なくとも外側から異変の気配はしない。
「質問を質問で返すのは恐縮ですが、貴方の目から見て、王子はどのように映っていますか」
急な質問にレイは戸惑いつつも、ダリーシャスの印象を口にする。
「失礼を承知で言わせてもらうと、腹が立つ人です。ずかずかと人の領域に入り込んで居座り、そのくせ真っ当な正論を振りかざしやがります」
「一国の王子に対して、ずけずけと言いますね」
「ここはシュウ王国。デゼルト国ではありませんから。……ただ、腹が立つ一方で、妙に人懐っこい笑みを向けるせいで、嫌いになれないのも事実です」
ダリーシャスが振りまく笑みは、人の懐にするりと入り込む狡猾さを併せ持った笑みといえた。それが天性の才なのかどうか不明だが、現実として、彼はレイ達の中に入り込んでしまった。今更、馬をイヴァン達に提供した以上、彼を追い出すこともできず、ズルズルと行動を共にしていた。
すると、ナリンザはくすりと笑う。
「あの方は、本国では他国との折衝役を任されています。相手の機微を読み、懐に飛び込み、掴んで離さないのは得意中の得意と言えます」
ある意味納得できる説明だ。あれだけ、レイに降りるように言われても、一向に引かない腰の強さは外交官として培われたもの。海千山千の強者を相手にしていれば、自分なんて赤子の手を捻るようなものかもしれない。
「あの方と私の関係は、昔は教育係。今は護衛です」
ナリンザはレイの質問に答える気になった。
「教育係……ですか。そんなに若いのに?」
ナリンザの見た目は上と見積もっても二十代後半。少なくともダリーシャスとは二つ、三つしか違わない様にレイには思えた。ところがナリンザが噴き出して否定する。
「あら。これでも王子とは一回り年齢が違いますよ」
(この見た目で三十代!? 嘘だろ、ぶっちゃけ二十代半ばでも通じるぞ!)
レイは動揺に蓋をして平静を保とうとするも、
「……確認ですけど。ダリーシャス王子が十代と言う事は……ありませんよね」
こんなバカな質問をしている時点で封じ込めに失敗したと言える。
「無論違います。王子とは長い付き合いです。あの方がまだ赤ん坊の時には、父からこの方に仕えるのだぞと命じられました。私の家はオードヴァーン家に恩があります。私の父は王子の父に。私の兄は王子の兄に。そして私の弟はいずれ王子の弟に生涯お仕えすることになります」
自分の人生を人に捧げるという重みをレイは理解できないでいた。しかし、目の前に居るナリンザには微塵の迷いは無く、躊躇いも無い。本当に身も心もダリーシャスに捧げて、それを誇りにしているのだと痛いほど理解できる。
それだけに昼との違いにレイは困惑した。あのように主を無碍に扱うのは今の姿と一致しないのだ。
「王子はああ見えて、思慮深い御方です」
「……とても信じられませんね」
レイの脳裏に昼間のダリーシャスの行動が走馬灯のように駆けまわる。
「能天気な考え無しの人物を他国との交渉役にさせるものですか。いくら友好国とはいえ、知恵足らずを使者として送れば、自国の不利益になります。むしろ、そのような難題を任せられるというのが優秀な証明と言えましょう」
ナリンザの論にも一理ある。なんだかんだ言って、ここに来るまで状況の主導権を握っていたのはダリーシャスだ。どういう形であれ、ダリーシャスはレイとこの村の人たちに恩を売っている。自分が無碍に扱われない様に振る舞っていると言っても過言では無い。
「私が王子に対して辛辣な態度を取るのは、自分に対する評価が必要以上に集まらないようにするための偽装です。自分は従者に辛辣な態度を取られる盆暗だと周りに思わせているのです」
「偽装と言うからには誰に対してでしょうか」
質問しつつも、レイの中にある程度の予測は立っていた。古今東西、権力争いで愚鈍な振りをするのは身近な存在から自分を守るためと相場は決まっている。
「王子の兄や、その母です。王子とその兄弟は母が異なる間柄です」
やはり骨肉の争いだった。
ナリンザの説明によると、デゼルト国の王族は一人の母に対して、子は一人しか認められないそうだ。ダリーシャスの父は他に三人の兄弟がいるが、どれも母は違い、同様にダリーシャスの兄弟姉妹も母は違うそうだ。王家に協力する十四氏族は、これはと見込んだ王族に自分たちの娘を差し出し、支援関係を結ぶのだ。いずれ、娘が王の妻になる事を夢見る。
ちなみに、娘が生まれた場合は王族としてでは無く、産んだ母の氏族に引き取られ、生涯を送る事になるそうだ。
「王子と王子の兄は同じ父を王にする同士。ですが、神前投票が終われば、次の王候補として敵同士の間柄です。次男である自分が兄より評価が高ければ、兄とその取り巻きに狙われる可能性が高いと考え、王子は私に命じたのです。冷淡な態度を取れと。従者に馬鹿にされていると周りに思わせれば兄の溜飲も下がると。事実、これまではそれで十分でした」
「ところが、今は状況が変わったんだね」
レイの問いかけにナリンザは軽い驚きを持った。一瞬、柳の様に細い眉が持ち上がったのをレイは逃さなかった。
「ダリーシャス王子を狙う暗殺者。それを送り込んでいるのは王子の叔父以外にも、未来に敵になるだろう、王子の兄も含まれるんじゃないんですか」
レイの推測も、ある意味古今東西における権力争いの一例に過ぎない。いくら、将来的に邪魔になるかもしれない存在とは言え、平時に暗殺を仕掛ければ成否にかかわらず大事になる。それこそ自分の身も危うくなる。だが、神前投票の前なら、その罪を敵対勢力に押し付けることが出来ると考える奴が出てもおかしくは無かった。
ナリンザ達が本国に救援を呼べない理由は、味方のはずの勢力にも王子を狙う存在が居るからではないかと踏んでいた。
「……恐れ入りました。……貴方の言う可能性もあり得ます」
ナリンザは言葉を濁しつつも、レイの口にした可能性を認めた。だが、続けて発せられた内容に、今度はレイが衝撃を受ける番となる。
「ですが、問題は兄だけではありません。王子の父上もまた王子の命を狙う可能性があるのです」
「……はぁ?」
レイが困惑するのも無理はない。道理に合わないのだ。
ダリーシャスの父にとって、ダリーシャスの持つ票は重要な票のはず。それを自分の手で無にするのはリスクが大きい。現在、立候補している二人の内、どちらが優勢なのかは不明だが、それでも二十一票しかない票の内の一つ。無駄に出来るはずがない。
「確かに、普通の感性なら、王子の持つ一票は重要だと思い、それを自分の手で無にするのはおかしな話です。ですが、これは神前投票。立候補した者は死に物狂いで相手の票を取り込もうとします」
「それは聞いたよ。金銀財宝のワイロや、女による誘惑。場合によっては洗脳したり、脅迫したり、それこそ暗殺も行うと。だけど―――」
「―――だからこそです。お父上にしてみれば、いつ、自分の側から敵対勢力へと寝返るのか、気が気でありません。その上、問題はもう一つあります」
レイがオウム返しに尋ねると、ナリンザは陰鬱な表情のまま、説明を続ける。
「神前投票は投票権を持つ者が一堂に会するのが条件。逆に言えば、国外に居る投票権を持つ者がすべて死ねば、即座に投票が始まると言う事です」
レイの背筋に冷たい汗が流れ落ちる。臓腑から吐き気を催す邪悪な想像がせり上がり、気分が悪くなる。
「……まさか」
「そのまさかです。本国では今頃、一人でも味方を取り込もうと様々な裏工作が横行しているはず。王子が国に戻るのが遅れるほど、状況は混迷を増します。王子の父上が直ぐにでも神前投票を行いたいがために子を殺そうと決断しても何ら不思議ではありません」
ダリーシャスの父親がいま対立候補よりもリードしているのかどうか不明だが、少なくとも勝機があるはずだ。さもなければダリーシャスの票をむざむざ捨てるはずはしない。
逆に言えば、圧倒的ともいえないのだ。ダリーシャスの票が対立候補に渡れば状況が不利になると言う接戦なのだろう。同様に、本国に居る他の投票権を持つ王族を取り込まれるのも状況が不利になってしまう。
だけど。
「だからといって、親が子を殺す為に暗殺者を派遣するのかよ」
レイが絞り出すように吐き捨てた。ナリンザは気落ちした様子のまま、言葉を重ねる。
「他にも、ダリーシャス王子を狙う勢力は幾らでもあります。神前投票に勝った後。王に投票した王族は、何かしらの要職に就くことが出来ます。ですが、席は限られており、味方が多ければ、少ない果実を取り合う敵同士。ならばいっその事、数を減らそうと思いきった事をする者もいるでしょう」
「それじゃ、あの王子にとって自国は安全な場所なんかじゃない。むしろ、敵地のような物じゃないか」
父からも、兄からも、そしてそれ以外の親族からも命を狙われている状況。誰かを頼る事もできず、ダリーシャスは異国の地で身動きが取れないでいる。
「はい。あの方はそれを全て承知の上で、国に戻る事を決意し、ここまで来ました。ここまで来るのに流した血を無駄にしないためにも、私はあの方を国に戻したいのです」
琥珀色の瞳が真剣な輝きを放つ。それは闇の中で輝く星の様だ。
「レイ殿。お願いです。どうか、あの方の護衛を務めては頂けませんか。どの勢力、どの人物があの方を狙っているのか分かりません。危険な旅となりましょう。それを承知の上でお願いいたします」
机に額を押し付けるかのようにナリンザは頭を下げた。背中から立ち昇る威圧感を前にレイは即答が出来なかった。
理性は断れと命じてくる。理由は言うまでもない。何処から狙ってくるか分からない暗殺者を相手になんかできない。その上、デゼルト国に入国したからといって、安心できるとも限らない。首都までの道中、常にダリーシャスの敵対勢力に狙われ続けるのだ。
リザやシアラはともかく、幼いレティやエトネを連れた《ミクリヤ》には荷が重い依頼である。
―――だけど、心情としては、受けたいとも思ってしまった。
ダリーシャスの境遇を不憫と思ったのではない。これから敵地に向かうというのに、ああも屈託なく笑える精神に敬意を抱いているのだ。人物的にも彼の事をどうしても嫌いになれないでいた。
理性と本心が綱引きの様に互いを引っ張りあう。
一分、二分と時間が過ぎていく中、レイは無言を貫いた。額の間に皺を作り、難しそうな顔を浮かべていた。
そして、口を開こうとした瞬間。先を制するようにナリンザが面を上げた。
「申し訳ありません。このようにこちらの事情ばかりを押し付けるように話しても、レイ殿の迷惑でしたね」
流麗な美女は伏し目がちに謝った。
「今宵はここまでとさせて頂きます。……どうか返答は明後日に頂けませんか? たとえ断られるとしても、せめてその時までは聞きたくはありません」
「……分かりました。……ですが、最後に一つ尋ねても良いですか」
レイの問いかけに、「なんなりと」とナリンザは返した。
「どうして、僕らなんかに助けを請うのですか」
「それは。昼間も申した通り―――」
「―――目くらましの事ですか。あれはダリーシャス王子の言葉でしょう」
不思議そうに首を傾げるナリンザにレイは説明を続ける。
「話を聞いて、貴女が王子を大切に思っているのは十分わかりました。そんな貴女が、どうして僕らみたいな弱いパーティーに王子の命を預けるような真似をしているんですか。むしろ、王子の目を覚まさせようとするんじゃないんですか」
ナリンザの行動は、むしろダリーシャスの意思を尊重している。それが単なる従者なら分からなくもないが、彼女は王子の護衛だ。王子の命を守るためなら、王子の意思を無視することも厭わないはずだ。
それなのにレイ達に助けを請うのがおかしかったのだ。
納得したように頷いたナリンザはしばし瞑想するかのように目をつぶると、ゆっくりと開いた。
「……私が王子に信頼を置く理由の一つは、あの方の持つ技能にあります」
「技能……ですか。それは一体?」
「あの方が王になると決意した日に手に入れた物。《王者ノ勘》。……私はあの方の勘によって命を救われ、そして信頼を置いているのです。……少なくとも、あの方の人を見る目は間違いありません。単にレイ殿を護衛として雇いたいだけなら、いくらでも偽りの仮面をかぶり、騙すことだってできます。それなのに素の自分を晒しているのは、おそらく貴方が将来、王子にとって重要な人物になるのです。昼間の行動の数々も言ってしまえば貴方がどのような事に苛立ち、どのような事に感情を見せるのか、貴方をより深く知ろうとする行為。そこに悪意は無く、貴方に対する興味からの行動です」
言い切ったナリンザの姿に一辺の迷いも無い。まるで敬虔な信者か何かの様にさえレイには写った。
そのナリンザの視線が壁に掛けてある時計へと移った。
「おや。もうこのような時間ですか」
レイも時計を見れば、最初に定めていた見張り番の交代の時間だった。話に熱が入り、時間が過ぎるのもあっという間だった。
「レイ殿はお休みください。後は私と王子が引き受けましょう」
「……分かりました。よろしくお願いします」
レイはナリンザの言葉に素直に従った。体の疲労だけでなく、頭の疲労もまた濃くなり、心底くたびれていたのだ。レイは立ち上がると、極力足音を立てない様に二階へと上がっていく。
二階は小さな廊下と、いくつかの小部屋で構成されていた。おそらく子供の寝室と思しき部屋に入る。
二段ベッドが部屋の左右の壁に沿って二つ。合計四人が同時に眠れるようになっている。レティとエトネが同じベッドに入り、リザとシアラがそれぞれ二段ベッドの上下に分かれて体を休めていた。窓から入って来る月明かりを頼りに、レイは空いたベッドに向かって進む。
ふと、視線を滑らせれば、リザの寝顔が飛び込んできた。鎧を外し、薄い寝間着に包まれた少女は殆ど倒れるように寝そべっていた。タオルケットを体に掛けていない。
(これじゃ、風邪をひいちゃうだろ。まったく)
レイは彼女の足元に置いてあるタオルケットを引っ張ると優しく少女の体に掛けてやった。すると、リザの寝顔に何かの痕が付いているのに気付いた。
よくよく見れば、それは涙の痕だと分かる。
リザは涙を流しながら眠りについたのだ。
おそらく、売られるかもしれない少女に対して涙を流していたのだ。売られなくてもいいはずなのに売られたら、それは自分の責任だと自罰的に考え、涙を流した。
レイは躊躇いがちにリザの頭を撫でた。優しい言葉を掛けるなんて器用な真似、自分に出来ないのは分かっていた。
それでも、心を痛める彼女を慰めたいと思ったのだ。
「お休み、リザ。……せめて良い夢を見てくれよ」
小さく祈るように呟くと、レイは彼女の反対側にある空いたベッドに向かって歩き出し―――背中に視線を感じて振り向いた。
そこには金色の瞳が闇の中で浮かんでいた。
シアラの瞳だ。二段ベッドの上からシアラは片眼だけを開けてレイを見ていた。
「……何だよ」
周りを起こさない様に口だけを動かしてレイは尋ねた。するとシアラも口だけを動かして声を出さないように話す。
「べーつに。眠れないでいたら、下から涙を流しているのが聞こえて気になっていたのよ。そしたら、今度は気障な台詞を聞いたわけ。この変態」
「変態だと!?」
おかしな光景である。身ぶり手ぶりと口の動きだけで、声も無く少年少女は言い争いをする。
「寝ている女の子の頭を撫でるのが変態のすることじゃなければ、何て言うのかしら?」
「あれは……その……」
「ほら。やっぱり自分でも変態だって思ってるじゃないの。やーい、変態」
「この、また言いやがったな! このデバガメ!」
「なんですって! この馬鹿主!」
声にならない言い争いは、月が沈むまで続いてしまった。その間、二人は眠っておらず、翌朝、二人そろって寝坊してしまった。
読んで下さって、ありがとうございます。




