5-8 新たな乗客
「我が名はダリーシャス・オードヴァーン。デゼルト国の王子である」
褐色の青年が曇りのない笑みと共に告げた内容に、レイは正直な反応をしてしまった。
「……うわぁ」
表情は引きつり、口からは苦悶めいた声が上がってしまう。取り繕う事すらできなかった。
「……珍しい反応だな。王子とあかして、そのような顔をされたのは初めてだぞ」
ダリーシャスはレイの失礼な態度に憤慨することなく、むしろ愉快そうに笑った。度量は広い男のようだ。
「すみません。……いま、王子と聞くと嫌な事を思い出してしまって。僕の名前はレイ。《ミクリヤ》所属のレイと申します」
フォローになっていない言葉を重ねるレイに、ダリーシャスは納得したように頷いた。
「なるほど。スヴェン殿下の事があったな。命を取られかねない目にあったのだ。その反応も無理ない」
「ご存じなのですか」
「ああ。あの決闘を見て、其方に目を付けたのだからな」
ダリーシャスの口ぶりに、レイは服の下で冷たい汗を流す。彼はエルドラドに来てから、一つの真理に辿りついた。
王族は無茶苦茶な人の確率が高い、と。
まだ出会った王族は三人しかいないが、どれも一癖も二癖もあった人物。その王族から目を付けたと聞けば、何かしらの騒動に巻き込まれるのではないかとある種予感めいたものを感じていた。
ダリーシャスはそんなレイの心を読み取ったかのように薄い、意味ありげな笑みを浮かべつつも、話を切り替えた。
「腰を据えて談笑したいところだが、いまはこちらが優先だ。ご老人、我らは何をしてやればいいのか、教えてくれないか」
ダリーシャスは頭を下げている槍の男に向けて尋ねた。すると、頭を上げた老人は、首が千切れんばかりに横に振る。その顔は何処か青ざめていた。
「い、一国の王子の手を煩わせるわけには行きません」
どうやら、レイに通じなかった王子の威光がこの男には通じたようだ。
「気にするな。国は違えど、困窮している民草を助ける事は貴人の務めだ」
「おおお! 何と優しき言葉。感謝の念に絶えません!」
感極まって泣き崩れた老人の背中をダリーシャスは優しく叩く。一見すると感動的なシーンである。だけど。
「ねえ。あの人、我らって言ったわよね。さりげなく、ワタシたちも頭数に入れてない」
「良かった。僕の聞き間違いじゃないよな。僕らの意思も聞かずに、巻き込む気満々だよね」
馬車から降りて囁いたシアラに対してレイはため息をついてしまう。確かに、馬車は壊れ、馬も死んで移動手段が無くなり、老人と怪我人と娘の三人だけでは危険すぎる。もちろん、レイは見捨てるつもりは無かった。せめて彼らの村まで送り届けようと決めていた。それぐらいの寄り道をする余裕はある。
だけど、老人のただならぬ様子から、何かしらの大きなもめ事が台風のようににじり寄って来るのをレイはひしひしと感じていた。王子と名乗る怪しげな主従に、困り果てた三人組。これも《トライ&エラー》の因果を重ねた結果、引きつけたトラブルなのかとレイはため息を吐く。
一通り咽び泣いた男はようやく、自己紹介を始めた。
彼の名はイヴァン。元冒険者だそうだ。
「ここから、西にある、街道沿いのコリスタスと言う村で自警団をやっています」
レイは御者台からこの辺りの地図を掴むとイヴァンの前に置いた。男は自分の村の位置を指した。今いる地点からはキュイの足で四、五時間程度走れば辿りつきそうだ。
「そこに貴方たちを送り届けましょうか」
レイが代表するように尋ねるとダリーシャスは「乗り気になったか」と楽しそうに呟いた。レイはじろりと睨んだが、ダリーシャスは全く意を介さない。鼻歌まじりに視線を逸らす。
すると、イヴァンは首を振って違いますと否定した。
「儂らは一刻も早く、アマツマラに向かいたい。出来る事なら、その馬車に乗せて貰いたいのだが……アマツマラに向かうか」
「いいえ。僕らはアマツマラからオウリョウに向けて進んでいます。ですから、行き先は違います」
「頼む。そこを曲げて、アマツマラに向かってほしいんだ!」
再び頭を下げたイヴァンに対してレイは弱り果ててしまう。物資も食料もまだ十分に残っている。ここからアマツマラへ戻る事は可能だ。しかし、いまからアマツマラに戻るのは心情的に抵抗があった。
あのような形で都市を出た手前、簡単に戻れないのだ。
いくら、テオドール王が御咎めなしと太鼓判を押してくれたからと言って、末端の兵士や市民までそのお触れが行き届いているかどうかは不明だ。下手に戻ってまたトラブルに巻き込まれるのは遠慮したい。
自分の手を取って縋りつくイヴァンを振り払う事もできずにレイは返答に窮した。すると、意外な所から助け舟が出港した。ダリーシャスが自分の馬を横目で見つつ尋ねた。
「ご老人。其方は馬に乗る事は可能か」
ダリーシャスの質問に困惑した顔を浮かべたイヴァンは、ぎこちない様子で首を縦に振った。
「はい。昔取った杵柄と申しますか。いまでも馬に乗って遠乗りをしています」
「ならば良し。俺の馬を其方に預けよう」
「良いのですか!?」「正気ですか、王子?」
イヴァンとナリンザが同時に反対の反応を示した。ダリーシャスはナリンザに対して、平然と言ってのけた。
「正気だとも。其方とて知っておろう。この者らはスヴェン殿と決闘してしまい、兵士から追われる形でアマツマラを離れた。そのような者がのこのこと戻ってくればどうなるか、考えるまでもない。ならば、我らが馬を提供するしかあるまい」
イヴァンが驚きのあまり掴んでいたレイの手を放り出した。自国の王子と決闘したと聞いて肝を冷やしたのだ。奇異を見る視線がレイの顔に突き刺さった。
ナリンザはダリーシャスの論に反論しなかった。実はもう、その件に関して御咎めなしと国王からもらっているのだとレイは言い出せない。一冒険者と一国の王との間に私的なつながりがあるとは説明しても信じてはもらえまい。
薄いベールの下でどんな表情を浮かべているか定かではないが、ナリンザは「仕方ないですね」と肩をすくめて、馬に括っていた荷物を下ろし始めた。
「ご老人。馬を貸すにあたって、いくつか取り決めをしたい」
「何なりと!」
ダリーシャスはイヴァンに幾つかの条件を突き付けた。一つ目は期限だ。六日間だけ西にある村で滞在するから、その間に戻ってくる事。それまでに戻れなかった場合、村にある別の馬を無条件で譲る事とする。また、村での滞在期間中、寝床などの提供をする事。その二つを書面に起こして、村の責任者に渡す形式を整える事を突きつけた。
「でしたら、もう一つお頼みしたいことがございます」
イヴァンは顔中に申し訳なさそうな雰囲気を放ちつつ、倒れている男へと視線を向けた。
「あの者を村まで連れ帰っては頂けませんか。あの者の名はステルマ。目が覚めれば、あの者の口から、何があったのか村長に説明がつくはずです」
「ふむ。相分かった。連れて帰ろう」
イヴァンは喜色を浮かべると全て頷いた。ダリーシャスは荷物から取り出した上質な羊皮紙に先程の条件を記していく。流麗な文字にレイとイヴァンは思わず感嘆の声を上げた。見てくれや言動は怪しいが、上流階級の教育を受けたのが紙の上に現れていた。書き終えた羊皮紙に付け足すようにイヴァンが自分の名前を記す。
そして、やおら立ち上がると、横転した馬車へと取って返すと、旅の荷物を発掘しに戻った。レイはその隙にダリーシャスに尋ねた。
「どうやって、あの人を村まで連れていくんですか」
質問したものの、実はレイはダリーシャスが返すだろう答えに思い当たっていたが、それを口に出す気にはなれないでいた。
ダリーシャスは意外そうな顔をレイに向けた。
「其方、おかしなことを聞くな。其方の馬車で運ぶに決まっておろう」
「……やっぱり、そのつもりでしたか」
もう何度目になるか分からない、深いため息が吐き出される。
「まさか、嫌とは言うまい。言えば、この丘陵地帯に足を失った哀れな旅人が残る事になるぞ。それも怪我人付きでな」
「……いいですよ。元から村までは連れていくつもりでしたよ。貴方たちも一緒に連れてきますよ」
どこか投げやりにレイは答えた。ダリーシャスは何故か笑いながらレイの肩を叩く。
「はっはっはっ! それでこそ、俺が見込んだ者だな!!」
上機嫌に笑うダリーシャスから離れて、レイは馬車へと戻る。散乱した中をリザらが手分けして整理している最中だった。エルフの技術で拡張された内部は、大人三人が入ってもまだ余裕はある。彼女らに目的地と同行者が増えた事を告げた。
「ね、おにいちゃん。あの人、ほんとうにおうじさまなの」
田舎娘が暴れた後始末を付けているレイにエトネが尋ねた。どういう意味かと聞き返すと、エトネは外を指差した。そこでは勝手に段取りを決めて、馬を提供したことをナリンザに詰られているダリーシャスが居た。静かに責める従者に、王子はどこか押され気味だった。とてもじゃないが、健全な主と従者の間柄とは思えない。力関係が逆転している。
「おうじさまって、もっとえらそうにしているとおもった」
「それに関してはあたしも同意かな。なんていうか、あんなところを見ていると、王子には思えないよ。……というか、ご主人さまは信じているの。あの人が王子だって」
レティの問いにレイは即座に返した。
「信じてるよ」
レイの断言するかのような言い方にレティとエトネは驚いた。二人に対してレイは言葉を重ねる。
「あの人の纏う空気。あれは間違いなく、人の上に立つ事を義務付けられた人間にしか持てない物だよ。生まれ持った資質なのが、過ごしてきた環境で磨かれてあんな空気を出せるようになるんだろうね」
王族には不思議な力が存在する。居るだけで人を従わせる、魔法のような威圧感が確かにある。あのスヴェンでさえ、それは持っていた。いまも、ナリンザからこき下ろされているダリーシャスの背中は恥じる事のない気高さに溢れていた。
レイは彼が王子である事を微塵も疑っていなかった。
問題は、そんな人物がどうして自分なんかに興味を持ったのかだ。
レイはそこで考えを打ち切ると、倒れた男を運ぶために馬車を降りた。男の傍にいた娘と思しき人はそこにはいなかった。イヴァンと共に馬車の中から荷物を取り出している。
(そういえば、あの子はどうするんだろ。このオッサンを父と呼んでいたから、親子なんだろうけど、彼女は村に戻るのか。あるいはイヴァンさんと一緒にアマツマラに向かうつもりなのか?)
首を傾げたが、答えは出ない。
リザと共に男を馬車の中に運び入れ、ダリーシャスたちの音の鳴る荷物を馬車に詰みこんだのと、イヴァンたちの準備が終わったのは同時だった。
「それでは皆さん。本当に世話になりました」
イヴァンはまたしても頭を下げた。何故かダリーシャスが「気にするな」と返すが、この男は特に何もやっていないはずだ。
「王子は特にこれと言った事はしていませんが」
ナリンザがレイの気持ちを代弁してくれた。
レイは気になった事をイヴァンに尋ねた。
「そちらの人は一緒にアマツマラへと連れていくんですか」
馬車の方を心配そうに見つめる娘の方に全員の視線が集中する。彼女はどうやら父親とはここで別れるつもりらしい。
「え、ええ。儂とこの者でアマツマラまで行くのです」
どういう訳か、動揺を示すイヴァン。彼は言葉を区切ると、ダリーシャスの手を取って何度も礼の言葉を送る。まるで、レイの質問から逃れるかのように。
そして、イヴァンが鞍にまたがり、田舎娘が老人の後ろに座る。
彼女の瞳は不安げに揺れ、馬車の中をのぞき込んでいた。
「おっとうをよろしくお願いします」
それだけ言うと、彼女はイヴァンの背中に顔をうずめる。そして、イヴァンはアマツマラに向けて馬を走らせた。
彼らの姿が丘を越えるまでレイ達はその場で見送っていた。その間、何度も田舎娘は父が眠る馬車へと振り返っていたのが印象的だった。
「さて。では、我らも行こうとするか」
「待ってください。そろそろ、説明して欲しいんですが」
勝手に馬車の中に入ろうとしたダリーシャスを制する。青年は悪戯めいた笑みを浮かべると、勿体付けて、
「道中で話すとしよう。急がねば、日が沈んでしまう。暗くなっては野宿となろう。さあ、其方も中に入ろうではないか」
と、それだけ言って中に消えた。その後をナリンザが続いた。
レイは主導権を取られていることを自覚しつつ、自分も中に入ろうとして、ある事に気づいた。リザの様子が変だ。
彼女はどこか塞ぎこんだ表情を浮かべて、イヴァンたちが消えた丘の方を見つめていた。
「リザ。どうかした?」
レイが尋ねると、リザはようやく主の方を向いた。レイの方を向いた瞳は暗くもやが掛かっている。
「もしかして、さっきの人達は知り合いだった」
「いえ。……少し、見覚えのある光景だったので、つい」
沈痛な表情を浮かべたまま、リザは馬車の中へと戻っていく。レイは首を傾げながら、自分も馬車の中へと入る。
手綱を握るレティが全員の搭乗を確認すると、キュイを走らせた。馬車はゆっくりと、地形が変わった丘陵地帯から離れていく。
「見た目とは裏腹に、随分と広い馬車では無いか。何か、特別な仕掛けがあると見た。違うか?」
動き出した馬車の中。眠れる男を後部へと追いやり、馬車の中央付近でレイとダリーシャスは正面向き合って座る。馬車のあちこちに無遠慮な視線を向けていたダリーシャスが得意げに尋ねるもレイは答えず、苛立ちを隠さないまま、逆に尋ねた。
「それで?」
「質問に質問を返すのは礼儀がなっていないぞ。……それで、とは一体なんだ」
「……一国の王子が僕に何の用なんですか」
レイは怒鳴りたい感情を押さえつけつつ、それだけを捻りだせた精神力を称賛したかった。ダリーシャスは思い出したかのように告げた。
「うむ。実は其方に俺の護衛を務めて欲しいのだ」
やはり、レイの感覚は当たっていた。面倒ごとに巻き込まれたと心の内で肩を落とした。
読んで下さって、ありがとうございます。




