1-21 命懸けの時間稼ぎ
※7/25 空行と一部訂正。
さて、謎解きの時間だ。
変わらずに、殺人事件の被害者が犯人について語るのは道理に反している気がするが、仕方ない事だ。
なにせこの事件を発生前から知っているのが僕しかいないから、僕が語るしかない。
前回の時間軸で僕は僕を殺した犯人を見つけた。
まるで人の形をした、死、そのものが僕を殺した。途方もない実力を持ち、見たことも無いような魔法で僕を殺した。それも二度も。
時刻はおそらく11時30分前後。もうじき真夜中へと差し掛かる頃合い。
場所はネーデの街。正門からまっすぐ伸びた大通りの終点。ギルドで起きる。
殺害方法は二通り。一つは二種類の魔法の合成。雷と風の魔法に火の魔法を組み合わせて巻き起こした火柱は、人も建物も容赦なく飲み込む。もう一つは両腕を切断したのちの心臓を足で踏みつぶされた。ほっといても失血死で死亡したろうに、きっちりと殺された。
目的は、結局わからなかった。
奴の口ぶりからすると八つ当たりなのかもしれない。
たまたま、人の居る街に転移し、目についた人間たちを八つ裂きにした。たったそれだけの気まぐれだ。
そんな怪物を僕は殺すと決めた。
僕自身の命を守り、街の人を守ると決めた。
理性はさっさと逃げればいいと叫ぶ。だけど、ここを逃げたら、僕という人間の『死』を意味する。そんな気がしてならない。
だからあいつを殺す方法を考えよう。
あの死の塊を殺す方法を。
夜のギルド。その屋上に再び上る。鞄は背負ったままだ。役に立つものは入っていないが何か使えるかもしれない。これが最後のチャンスだと覚悟しながら来た。
生ぬるい風が僕の頬を撫でる。これから起きる事を予感させるような嫌な風だ。
バスタードソードを引き抜いて構える。いつもの敵を斬るための構えでは無く、突くための構えをとる。切っ先を、まだ現れていない姿なき魔人に向ける。
手に汗が滲む。これから現れる怪物を思うと腹の中に石を詰められたような重苦しい気持ちになる。恐怖が全身に蔓延し、震えが収まらなくなる。
(ちくしょう! ああ、怖いよ! なんであんな怪物と戦うなんて選択肢を決めちまったんだよ)
心の中で毒づく。それでも決めたのだ。
アイツと戦うと。
そして、この方法しか思いつかなかった。
奇襲。
何とも単純で、頼りない戦法だろう。
だけど、これしか思いつかなかった。おそらくオルドを始めとする『紅蓮の旅団』に頼み、他の冒険者や兵士たちを含めたこの街のすべての戦力をアイツにぶつければ、勝てるだろう。その結果、大半は死に、街は壊滅。一般人の被害は計り知れないが。
僕はそれをよしとはしなかった。認めるわけにはいかない。甘いと思われても仕方ない。でも、アイツに、人の死を楽しむ怪物に誰かの命を摘み取らせたくなかった。
だから単騎での奇襲を選んだ。
一方で、これは成功する確率はあると思う。本当に僅かな確率だけど。
そもそもアイツはこの街を襲うつもりで転移したわけでは無い。いや、それどころか転移自体がアイツの意思ではないと思う。
アイツはここに現れた時に、ここに居ない『聖女』に怒りを抱いていた。それに、誰かと戦い傷だらけの甲冑を身に着けていた。特に大きな刺傷、あれは剣で刺された痕のように見えた。
おそらく、アイツと戦闘をしていた『聖女』が転移魔法を使い、この街に現れた、偶発的事故の可能性が高い。だからアイツにとってネーデの街は用があるわけでは無いし、ネーデの街に転移するとも思っていないだろう。
逆にいうと、自分がこれから転移する事すら、自分では知らない。どこかで起きた戦闘の結果、アイツの言う、『聖女』とやらに嵌められるまでは予測すらできないはず。
そこを狙う。
格上を相手にする以上、アイツの思考の範囲外から攻撃する。
転移直後のアイツに奇襲を仕掛ける。
絶対に失敗は許されない。
現在、11時20分。もうじき死を凝縮したような怪物が転移されてくる。
胃がひっくり返りそうだ。
頬を汗が流れる。
心臓が早鐘のように鼓動する。
ここで1つ、問題がある。
このまま奴を刺しても、確実に失敗する事だ。
理由は単純にして明確。
僕の能力値でアイツの甲冑を貫けるはずは無い。
アイナさんの能力値で背後から奇襲しても投げナイフは弾かれてしまった。あの時彼女の得物が投げナイフだったとはいえ、あの結果を見る限り、僕のバスタードソードでそのまま突いても未来は同じだろう。
では、どうするか?
むき出しの頭部を狙うか?
悪くは無い。
だが上か斬り下ろしても、首を薙ごうが、おそらくアイツの槍に阻まれる。それだけの技量の差が僕とアイツの間にある。
それはレベルや能力値といった数字上の差だけでなく、戦いの経験の差だ。僕の未熟な剣術もどきではアイツに一太刀を浴びせるのは至難の業だ。
なら、この奇襲は無駄なのか?
否。
発想を変えればいい。アイツを斬れないなら、斬らなければいい。
ヒントはアイツが転移した時の最初の行動にある。
アイツはなぜか、転移した直後に足を振り上げた。その風圧で足元の柵が壊れ。机や椅子が吹き飛んだ。ように思っていた。
だけどよく思い出してみると、僕は思い違いをしていた。
柵を壊したのは風圧では無く、アイツの足だった。足を振り上げて壊した。
理由はなぜか。
答えはアイツの足にある。前回、死ぬ直前に僕を踏みつぶす時、アイツの足に木片が食い込んでいた。あの固い甲冑を押しのけるように木片が食い込んでいたのだ。
僕は、この木片の存在に賭ける。
勝利を掴むために自分の命をチップに替える。
11時25分。
そろそろ、時間だ。
―――瞬間。
世界が静止した。
空気が凍る。
息をするのさえ躊躇った。
屋上を取り囲む柵の上の空間が蜃気楼のように歪む。アイツが転移してくる。
(いまだ!)
僕はそこに向けて走る。全部の力を両足に込めて、矢のように飛び出す。
徐々に蜃気楼から人の姿が現れる直前、飛んだ。
バスタードソードをその蜃気楼に突き刺した。
固く握りしめた手に、ぐちゃり、と肉に食い込んだ手ごたえを感じた。
「―――なに?」
呆然とした声が頭上から聞こえる。僕の視界を、ボロのマントと傷だらけの鎧が壁のように埋めていた。その胸のあたりから生えた様に、バスタードソードが貫いている。
いや、逆だった。蜃気楼のような空間を刺したバスタードソードの上にアイツの体が出現したのだ。
「よしっ!!」
十分な手応えに僕は歓喜を上げる。
斬る事が出来ないなら、現れる空間に罠を仕込めばいい。
それが僕の作戦だった。
実は転移の魔法とは対象を一度分解し別の空間で再構築する魔法だ。
そのため転移先に何もない空間を選ぶ必要がある。仮に転移先に壁があったりすれば対象は壁の中に埋め込まれてしまう。
前回、アイツは足の一部が転移したときに柵に巻き込まれたのだろう。木片は足の甲を貫いていたのではなく、柵のある所に足が構築された結果、柵を壊す必要があった。
ならば、剣を先にアイツの出現する空間に置いたらどうなるのだろうか。
結果は見ての通りだ。
自分が転移した先で奇襲されると露とも思わず、突然目の前に現れた人間に胸を貫かれた。
アイツでなくとも誰だって驚くだろう。
人の形をした死は僕の突撃を支えきれずに地上へと落ちる。僕も刺したバスタードソードにしがみ付きながら地面へと落ちた。
地面に落ちた衝撃でアイツの体が跳ねた。その衝撃から手が滑り、僕はアイツの体から離れてしまう。同時にバスタードソードから嫌な音が響く。
「くぅううう」
大通りを転がり、止まった。時刻は11時30分。真夜中に近いため、大通りに人の気配は少ないがそれでも通行人が足を止めて僕らを見ている。
「そいつは危険人物だ。みんな離れろ!」
立ち上がりダガーを抜きつつ、周りに警告する。だが通行人の思考はまだ固まったままだ。舌打ちをしながら、アイツの様子に目を向けた。
アイツは胸にバスタードソードを生やしたまま仰向けに倒れている。甲冑は固くても、中の肉体はそうでもないようだ。おそらく心臓の付近に刃は食い込んでいるはずだ。
(だけど、悠長に構えてられない)
肩に提げた鞄を下ろす。少しでも身軽になりたかった。
ピクリとも動かない男に向けて走った。
前回の時間軸でアイツは胸に大穴を開けても、平気な風だった。双頭のバジリスクのように回復手段を有しているのかもしれない。せめてもう一太刀浴びせておきたい。
倒れ伏しているアイツの上に飛びかかった。狙いはむき出しの頭部。
だけど狙いは失敗した。
額に刃先が食い込む瞬間、突然アイツの右腕が僕の頭部を狙い振るわれた。咄嗟に躱したが寝ながらの手打ちの癖に、耳に風切音が響く。刃先も肌を浅く傷をつける程度だ。
「もう一度!」
着地した僕はダガーを振り下ろした。
「させると思うか、人間」
アイツは言うと寝ながら、足を高く持ち上げ、下ろした反動で立ち上がった。その動きはとても刃を内臓から生やしている重症人の様には見えない。
怪物と向き合う僕の心に暗雲が立ち込める。
「くそっ! 心臓を外したのか」
「いや、狙いは良かったぞ。人間の童。どうやって私があの場に転移するのを知ったのか分からんが転移魔法の欠点を突いた策。見事だ」
心の底から感心したようにアイツは僕を褒めた。
「しかし、残念だったな。私の心臓は三つある。お前が潰したのと聖騎士が潰したのを合わせてもあと1つ残っている。これでは私を殺すには足りないのだよ」
バスタードソードを引き抜くと傷口から青みがかった血が噴き出す。アイツの体から引き抜かれたバスタードソードは半ばから折れていた。おそらく地面に落ちた時に折れたのだろう。半分に折れた刀身を青い血が染めていた。
「そら、返すぞ!」
柄を握り、矢のように投擲されたバスタードソードは僕の頭部を狙って放たれた。
だが、僕はその投擲を躱せた。
(遅い! ……もしかして)
アイツの方を見ると、どこからか黒い槍を呼び寄せて、悠然と構えている。だけど、前回ほどの威圧感を感じなかった。
(心臓を潰した結果、弱体化しているのか?)
僕はちらりと、集まりだしたギャラリーの中に最後の切り札が居ないか確認した。しかし、彼の姿はまだない。
「行くしかないってことかよ」
ダガーを握り突撃する。弱体化した敵はようやく構えた。
右足を後ろに下げて腰を落とす。突きを主体とした槍の構えだ。前回の時間軸ではこれを引き出すことも無く、僕は死んだ。
だとすると、少しは脅威と認められたのだろうか。
僕を近づけない様に刺突を繰り返す。点の攻撃は避けきれずに僕の体に刺傷を増やしていく。
しかし、どれも浅い。
(―――これなら)
行けると思った。
タイミングを見はからい、突く槍の先端にダガーを合わせる。ガキリ、という音が僕らの間に生まれた。
「―――ちぃ」
舌打ちをしたのは奴だった。ダガーの柄に槍の穂先が食い込む。僕は一歩、足を進めた。これで槍の間合いに入る。
当然、槍を押さえつけたダガーは穂先から外れる。間髪入れずに、奴は槍を横に薙ぐ。高速で振るわれた槍は、虚しく空を薙ぐ。
それは読めていた。例え自分の槍の間合いに踏み込まれても、人間を軽視してる奴の事だ。距離をとると言う選択肢は無いはず。
なら、槍を薙ぐか、振り下ろすしかないと思い、一歩踏み込んだ時点で態勢を犬のように低くし横に移動しながら距離を詰める。頭上を槍が通り過ぎる時、しめた、と思った。
通り過ぎる槍に手を伸ばした。
僕を高速で砕こうとした槍の柄を掴む。自然と体は地面を滑る。その勢いは手を放しても止まらない。僕は滑りながら奴の斜め後ろに移動した。
身を翻して足でブレーキをかける。無防備な背中を見せた奴に飛びかかる。
(とった!!)
僕は後頭部へと刃を振り下ろし、勝利を確信していた。
―――瞬間。
殺気が膨れ上がり、僕の確信は砂の城のように崩れ去る。
奴は後ろを向いたまま槍の石突きで僕の鳩尾を突く。これでは前回の焼き直しだ。
「ぐっふう」
酸素を口から吐き出す。だけど、止まるわけにはいかない。僕は最後の希望を込めてダガーを投擲した。後頭部に向けて放たれたダガーは、しかし、簡単に避けられた。
振り返りながら目の前に迫った刃を冷静に躱したのだ。やはり、弱体化していてもこいつは強すぎる。
「諦めの悪い、イノシシのような童だな」
呟く様に奴は言う。僕は跪いて動けずにいた。鳩尾に入った石突きのせいで呼吸を整えられない。迂闊だったと自戒する。
下を向いた視界に近づく両足が見えた時、僕は咄嗟に体を動かす。右拳を握りしめ手甲を打撃武器に変形させる。たとえダメージにならなくても意地の一撃に力を込めた。
だけど、あっさりと阻まれた。奴に右手首を掴まれる。
そして、ぐちゃり、と嫌な音が響く。
「ぐううう!!」
右手首を砕かれた。
前回と違い、握りつぶさなかったのは弱体化しているせいか、あるいは気まぐれなのかわからなかった。
奴は壊れたおもちゃを捨てるように僕を蹴り飛ばした。細い足から想像できない一撃だ。
大通りに沿って建てられた建物にぶつかる。ろっ骨を砕かれ、呼吸が苦しいが、まだ生きている。右手もかろうじて繋がっている。
即死でない所を見ると、やはり奴は弱体化しているようだ。
これなら、あの人たちなら勝てる。
ここに来て、凍ったようなギャラリーが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「やはり、人間どもは騒がしい。度し難いほど醜悪だ」
奴は心底嫌そうに口を開く。
「誰か、この者を助けようとする益荒男は居らぬか! 居らぬなら、この者は私に甚振られて死ぬだけだぞ!」
大声で観客に向けて叫んだ。しかし、冷静さを失った人々は聞く耳を持たない。
「……随分、余裕そうだな。手負いの……癖に」
僕は瓦礫の中から奴に声をかけた。奴の意識を僕に集中させて、時間を稼ぐ。
「何、300年ぶりの戦いに私の乾いた心は潤いを得る。だがな、先の聖騎士との戦いは中途半端に終わらせられたのだ」
「それって……聖女のせいで?」
「よく知っているな。さては貴様、あの女の回し者か。ならば私の転移を知っていても道理である」
奴は何やら納得したようだが、それは勘違いである。
(それにしても、聖騎士に聖女か……どっかで聞いた覚えはあるけど)
思い出そうとするが痛む体が邪魔をする。
「思い出すだけで忌々しい。よくも極上の戦いに泥を塗りおって! この傷ついた心を慰めるには貴様ら人間の血がいくらあっても足りんぞ」
死は狂ったように叫ぶ。つまるところ、この男は根っからの戦闘狂なのだ。
聖騎士とやらの間で行われていた極上の戦いが、決着を迎える前に水入りされたことに腹を立て、結果としてネーデの街を滅ぼそうと決めたのだ。
(どこまで迷惑な存在なんだ、こいつ!)
心の中で怒りの炎が燃える。傷ついた体を動かせと命じる。
僕は震える足で立ち上がる。武器は無く、回復手段も無い。傷ついた体しか残っていない。
それでも、目の前の敵を許すわけにはいかない。
「ふむ。立ち上がるか、人間の戦士よ。仕方あるまい。ここで討ち果たすのはいささか惜しいが向かってくるなら撃つまでだ」
槍を僕に向ける。殺気が膨れ上がり、一気に僕へと集中する。気をされそうだが無事な左拳を握り、打撃武器へと姿を変えた。
戦闘狂と睨みあう僕は一瞬、視線を横にずらしてしまう。あの人はまだ来ないのかと思ってしまう。
その視線の先に、見覚えのある少女を見つけてしまった。
逃げ惑う人に押されて、倒れこみ、奴の殺気に当てられ、腰が抜けたリラちゃんの姿があった。
おそらく、騒がしい大通りの様子を女将に言われて見に来たのだろう。制服の上からエプロンを着込んだ少女は青ざめた表情で震えている。
そして、僕の視線に気づいた奴が、少女を見た。
残忍そうに笑う。
僕は、その笑みを見たのを思い出す。前回、アイナさんを殺そうとした時と同じ笑みだ。
(―――こいつ!)
気がつくと僕は走り出していた。
同時に奴が槍を振りかぶるのを視線の端で捉えていた。
動けずにいるリラちゃんに対して飛び込む様に抱きかかえる。小柄な体格は僕の体にすっぽりと収まり、2人そろって地面を転がる。
一瞬遅れて、彼女の居た所を槍が吹き飛ばした。
大地に向かって投擲された槍は土煙を上げる。風によって土煙が晴れると小規模なクレータができていた。
「おまえ! 何を考えてんだよ! 狙いは僕じゃないのか!」
小柄なリラちゃんを守るように抱きしめる。彼女に怪我は無いがぐったりとして意識を失ったようだ。無理もない。正直、僕も気絶したい。
「いや、なに。手元が滑ったのだよ」
笑みを浮かべ言い訳のような戯言を述べる奴に、僕の直感は違うと叫ぶ。
あいつは単に人間が嫌いだ。嫌悪している。だから虫のように人を簡単に殺せる。一方で戦いは好きで自分に挑む人間に妙な敬意のようなものを抱いている。
この2つは矛盾しているようで、そうでは無い。多分、目の前の戦闘狂にとって自分に戦いを挑む人間が苦しみ傷つく姿こそ一番の喜びなのだ。
推測だが、こいつと戦った聖騎士は負けていたのだろう。心臓を1つ潰しても、圧倒的な戦闘力を持つこいつの事だ。
見ていなくても簡単に想像できる。
その聖騎士を助ける為に聖女はこいつを転移させたのだ。
自分たちが助かるために。
それを責める事はできない。気持ちはわかる。こいつと関わりは持ちたく無い。
結果、自分にとって楽しい戦いを邪魔されて、腹が立っていたこいつの八つ当たりで僕は二度も殺されたのだ。
リラちゃんが狙われたのは僕の視線と表情から僕の心を読み取ったのだろう。まったく厄介すぎる敵だ。
奴が右手を軽く動かすと、槍が手元に戻った。
僕は意識のないリラちゃんを抱える。彼女をここに置いたら、奴の前に御馳走を置くような物だ。嬉々として虫を潰すかのように簡単に少女を殺す。
危険だけど彼女を安全な場所に運ぶまでは抱えるしかない。
「荷物は捨てなくていいのか?」
「黙ってろ! このサディスト戦闘狂!!」
奴は笑みを深くして槍を振りかぶった。
僕は覚悟を決めて右に飛ぼうとした。
―――その時。
空気を裂く様に、矢がアイツを目がけて降り注いだ。咄嗟に投擲を止めて、襲いくる矢を槍で撃ち落した。
「……何者だ!」
奴が叫ぶ。返事は無く、代わりに無言の一撃が上から降り注いだ。
巨体が上空から斧を振りかざして落ちてくる。その体格に見合った斧は唸りを上げてアイツに襲い掛かる。
「ちぃ!」
アイツは槍で一撃を防御する。夜の大通りに火花が散った。
奇襲を防がれた大男はアイツから距離をとる。肩越しに僕に視線を向けた。
「よく、一人で頑張ったな、小僧!」
『紅蓮の旅団』、団長のオルドが斧を構えて立っていた。
僕は安心から腰が抜ける。今まで張りつめいていた糸が彼の背中を見て、切れたようだ。潰れた右手首が今頃痛みを発信する。
背後で誰かが着地する音がした。
振り返るとエルフの美女が弓を携えて着地をしていた。
『紅蓮の旅団』、副団長のロータスだ。
(やっと切り札が登場してくれた)
僕は心の底から、ほっとしていた。
これが僕の今回の賭けだ。アイツに深手を負わせて、時間を稼ぐ。最後は『紅蓮の旅団』に押し付ける。
策というには行き当たりばったり、最後の詰めは他人任せ。それに僕は彼らの実力を知らない。その上、アイツは深手を負ってはいるが、戦闘力は健在だ。僕の読みが甘かった。
狂ったように痛みを発信する体を根性で動かす。とにかくリラちゃんを安全な場所に置いて、僕も戦闘に参加しなくては。
たとえ壁役、いや囮役でもいい。弾除けでもいい。彼らを死なせたくはない。
そう思っている僕の肩に柔らかい手が触れた。
どこからか花のような香りがする。
「レイ君。動かないでください。その傷では死んじゃいますよ」
振り返るとそこに、アイナさんが居た。ギルドの制服に身を包み、見る人を安心させる穏やかな笑みを浮かべている。
なぜか手には僕の鞄にさしていた杖が握られていた。
その彼女の視線が僕から離れて、真っ直ぐアイツに向けられた。
(―――まさか、そんな)
形の定まらない不安が胸に宿る。それを裏付ける様にアイナさんが歩を進める。嫌な予感程よく当たる。彼女はアイツに戦いを挑むつもりだ。
「行っちゃだめだ、アイナさん!」
戦場に向かう彼女の背中に向かって叫ぶ。心は、掴みかかってでも止めたいと思うのに、満足に動かない体がもどかしい。
「大丈夫ですよ、レイ君」
足を止めて振り返る彼女の笑みは、人を安心させるいつもの微笑みだった。
「ここにいる3人は、全員がレベル100越えです」
と、何でも無い風に言った。
その内容に衝撃を受けている僕に彼女は続けた。
「それにね、レイ君。実は私、ちょっと腹が立っています。注意しても無茶な事をする冒険者君と」
一拍。
「そんな彼を痛めつける同族にね」
遠ざかる背中から底冷えするような殺気を感じて伸ばした手を引っ込める。
「あ、それとこの杖、少し借りますね」
そう言って、アイナさんはオルドとロータスの間に立つ。
戦闘狂は笑みを深くして迎え撃とうと槍を3人に向けた。
もう僕の出る幕は無い。あとはこの3人に任せるしかなかった。
読んで下さって、ありがとうございます。




