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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第5章 褐色の王子
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5-5 クロッドウルフ

 最初に敵の正体に気づいたのはシアラだった。


 音を立てて、駆け下りる馬車。目標までの距離が五十メートルを切り、戦闘の姿形がハッキリと見える距離。御者台から前方を睨んでいたシアラは敵の姿を目視して、叫んだ。


「まずい。主様、敵はクロッドウルフ! 数が増えるわよ!!」


 どういうことだとレイが聞き返す前に、シアラの警告の意味が具現化した。


 大きさは、二メートルはあるだろうか、四本の太い脚で大地を押さえつけるかのように立つ狼型のモンスターは急接近するキュイを見て吼えた。


「ワォォオンンン!!」


 威嚇の遠吠えかとレイが身構えていると違った。それが合図だったかのように一つの現象が起きたのだ。


 ゴポリ、と。地面が気泡を吐き出したかのように小さく弾けたかと思うと、急速に形を作り上げる。まず、鋭い目と牙を持った頭部が地面からレイ達を睨みつける。続いて、その頭を胴体とつなげる首。柔らかな見た目とは裏腹に硬質な皮膚を持つであろう胴体。横長な体からは腿からつま先までが一気に生み出された。最後に、太い尾が天に向かって指を立てるように伸びた。あっという間にクロッドウルフが誕生したのだ。


 とても土塊から生まれたとは思えないほど、姿形、色まで酷似していた。すでにどちらが本物なのかレイには判別が出来なかった。


 ―――いや、そもそも、隣に立っていたクロッドウルフも本物だったのか?


 レイの背筋が不吉な予感で泡立つ。


 それはまさしく、正しい予感だった。


 接近するレイ達に気づき、遠吠えを上げてから数秒も経たないうちに、クロッドウルフの群れは倍以上に膨れ上がった。どれが土塊のクロッドウルフなのか判断は付かない。


「どうするの!? このままだと際限なく増えていくわよ!!」


 焦るシアラに突き動かされるようにレイは叫んだ。


「突っ込め! 作戦は変更! 救助を最優先としてこの場を離脱する!!」


「りょーかいだよ、ご主人さま!!」


 レイの熱が移ったのか、レティも馬車の揺れに負けない大声で返した。そして、手綱を握って、キュイに向けて命じた。


「キュイ。あんたのかっこいい所がみたいな。見せてくれたら、あとでご褒美をあげるよ」


「キュ、キュ、キュ、キュイイイイイ!!」


 囁く様な、甘い声色にキュイは鳥にあるまじき興奮をする。レイが唖然としていると、レティが振り返って茶目っ気たっぷりに笑いかけた。


(鳥が阿保なだけなのか、レティが恐ろしいのか。……この場合はどっちもだな)


 ともかく、レティの言葉によって、キュイは恐ろしいほど加速する。それこそ、坂道を転がる巨石のように加速したキュイは、坂を上がってきたクロッドウルフを弾き飛ばしていく。瞬く間に土塊に戻っていくクロッドウルフたちは馬車を汚した。


 そして、ついにレイ達は丘を降りきり、平地へと辿りついた。横転した馬車までもうすぐである。レティがキュイに減速を命じ、シアラが道を切り開く様に魔法を放つ。その間、レイとリザは手早く段取りを決める。


「リザは馬車の傍で待機していて。モンスターが近づいたら、追い払ってほしい。僕が外に出て、あっちの馬車の人達と渡りを付ける。向うが、ここを離れるのに納得して、人手が必要なら呼ぶから来てほしい」


「分かりました。エトネたちはどうします?」


「彼女らにも、馬車を守る為に残っていてもらって」


 リザが作戦に頷いたのと、馬車が止まったのはほぼ同時だった。


「ご主人さま! これ以上、近づくと、群れの中に止まっちゃうよ!」


「分かった! いつでも出れるように準備していてくれ!」


 レイはそれだけ伝えると外へと飛び出した。


 同時に、クロッドウルフが刃のように鋭い爪を振りかざして、レイに襲い掛かった。


「ちぃ!」


 レイは舌打ちと共に、腰に手を回した。刀身の短いバジリスクのダガーなら素早く抜けると判断したのだ。


 逆手に握られたダガーで爪を受け止めると、レイは半歩退いて距離を取る。それはすでにダガーの間合いでは無い。


 しかし。


 バジリスクの魔短刀ダガーの間合いではある。


「雷撃よ、出ろ!」


 レイの言葉通り、紫色の雷撃が剣先からクロッドウルフめがけて繰り出された。バジリスクのダガーは幾つかの偶然が重なり、雷を放つ魔短刀へと進化していた。


 自由自在とはいかないが、レイの意思に従って、ある程度の威力を有した雷撃を放つようになった。間合いは二メートル弱と短いが、いまはそれで十分だ。


 紫電が真っ直ぐにクロッドウルフを貫いた。同時に狼の全身を雷が奔流となって駆け巡る。旅の間の実験で、シカを相手にした時は一撃で絶命した。


 しかし。


「グルウウ」


「くそったれ。無傷かよ。……威力が弱かったか」


 唸り声を上げて、レイから距離を取ったクロッドウルフはダメージを受けた様子は無い。黄色く濁った瞳に殺意を滾らせている。


 すると、レイの耳に聞き慣れない男の声が飛び込んだ。


「無駄だ! クロッドウルフは属性として土。雷は全く効果が無い!」


「そいつを先に聞きたかったな!」


 レイは聞こえた声に向けて怒鳴り返すと同時に、ファルシオンを引き抜いてクロッドウルフに飛びかかった。分厚い刃はクロッドウルフの頭蓋を叩き割り―――不気味な手応えを伝えた。


 これまでの戦闘でレイはモンスターを切る感触を学んだ。動物系のモンスターは筋肉が非常に高密度で、肌も金属と間違うほど固い。人型の生物は柔らかく、臓器を守るための骨に刃が引っ掛かりやすい。不定形のスライムなどは、海や湖のような水を叩くかのように絡みつく手ごたえが特徴的だ。


 なのに。目の前のクロッドウルフはあまりにも脆かった。


 それは当然だ。


 頭を縦に両断されたクロッドウルフは、瞬く間に土塊へと姿を戻した。皮膚や、毛色も全て土に変わり、草原に落ちれば、どれがクロッドウルフを構成していた土か見分けがつかない。


「属性が土っていうか、中身自体が土なのか。見た目だけはそれらしくしているけど、切ればなんてことはない、土の塊か。それじゃ、電気は通じない訳だ」


「言っておくが、爪や牙は本物と同じだ。土の中の固い物を集めてるから、切れ味は鋭いぞ!」


 ファルシオンに付いた土を払ったレイは、そこでようやく声を掛けた方向を見た。


 一人の男がクロッドウルフの群れを追い払うように戦っていた。年の頃は五十か六十ぐらい。後ろで縛っている髪は白いのが混じり、顔に浮かんだ深い皺が男の刻んだ時を示しているかのようだ。


 手にした槍も、着込んでいる鎧も、全て年季が入っている。振るう槍術にも、若々しさは無いが、熟練の冴えが乗っている。十数体に膨れ上がったクロッドウルフたちを相手に一歩も引いていない。


「おい、坊主。こっちに来て、手伝え! 動けない奴が居るんだ!!」


 迫るクロッドウルフを槍で薙ぎ払った男はレイに向けて手招きした。レイはファルシオンを構えたまま、男の元へ駆け寄る。


 道を塞ぐクロッドウルフを刃で蹴散らした。


 そのどれもが、切られた端から土塊へと変わっていく。レイはその土の中にある物が無い事に気が付いた。


「魔石がない……まさか、こいつ等、偽物か!?」


 槍の男の元に辿りついたレイは事情を知っていそうな男に尋ねた。男は顔の皺を一層深くすると、深刻そうに告げた。


「お前の思っている通りだ。この群れの中で本物のクロッドウルフはたった一体。それ以外は土で出来た紛い物だ!」


 クロッドウルフ。


 単体での実力はギルドが打ち出した等級で言えば、初級よりの低級モンスターである。しかし、このモンスターはある条件が揃うと、その危険度を一気に中級まで引き上げる。


 その条件とは土である。クロッドウルフは《土人形》の魔法を使う稀有なモンスターである。自分と全く同じ能力値パラメーターのクロッドウルフを際限なく生み出し、操れる。そのどれもが、本体の指示に従うため、規律の取れた軍隊といえる。先程のキュイに向かって突撃したクロッドウルフたちはまさに死を恐れない兵隊のようだった。


 この恐るべき魔法が『単体で群体』と呼ばれる所以だ。


 レイは地を蹴って迫りくるクロッドウルフを一体、またしても土に帰した。


 しかし、その間に三体。新しいクロッドウルフが土から起き上がりだした。双眼鏡で覗いた時に五体しかいなかったクロッドウルフたちは、すでに二十に届きそうになっている。


「こりゃ、キリが無い。どいつが本物なんですか」


「それが分かれば、苦労はしない。見ろ、新しいのを召喚するぞ」


 男の言う通り、クロッドウルフの群れは一斉に吼えた。すると、地面が泡立ち、あっという間に新たなクロッドウルフが誕生した。先程聞こえた威嚇するような咆哮は、クロッドウルフの詠唱だった。


「複数で一斉に吼えるから、どれが詠唱した個体か分からん上、一度詠唱すれば、しばらくの間勝手に増えていく」


「付き合っていられないな。うちの馬車で逃げましょう」


 幸い、クロッドウルフは新たに現れたレイ達を警戒して陣形を保てなくなっている。逃がすまいと包囲はしているが、突っ切る事は可能だ。エトネやリザが馬車の中から石を投げているのも地味に効いている。取り囲もうとするクロッドウルフの行動を制限している。


 逃げるなら今しかない。ところが、レイの提案に男は首を振った。


「そいつは無理だ。後ろを見てみろ」


 男が指差したのは、横転している馬車の方だ。レイは後ろを振り返り、状況を理解すると舌打ちした。


 丘を転げ落ちたのか、馬車は骨組みも車軸も何もかも全て砕け散り、単なる残骸となっていた。くの字に折れ曲がっていた馬車に隠れるように人が二人いる。


 一人は女だ。年齢はレイよりも少し上ぐらい。容姿は素朴な印象を与える、田舎娘だ。その女は必死の形相でもう一人の男を助けようともがいていた。


 なぜなら、もう一人の男は残骸と化した馬車の下敷きになっていた。体の下半身が噛みつかれたかのように埋まっていて、少なくとも女の細腕で引きずりだす事は出来ない。


「厄介な事に、頭を打ったらしく意識も無い。破片をどかして引きずり出しても、馬車の振動で余計な負担を掛けるかもしれない。一度、ヒーラーに診せるまでは安静にしておきたい。なにより、破片を持ち上げている間、こいつらが大人しくしてくれるとは思えん」


 槍の男の見立ては正しいだろう。頭が内出血を起こしているのなら、そちらの治療を優先させるべきだ。しかし、このままでは数の差で後ろに敵を行かせてしまうのも事実だ。


 レイは頭の中で如何するべきか思案した。


 誰を確実に生かすべきか。何を救い、何を見捨てるのか。


 そして、一つの結論に達した。


「リザ! 技能スキルを使って、こっちに来てくれ!!」


「了解です」


 今か今かと待ち構えていたリザは馬車を飛び出し着地するなり、技能スキルを発動する。


「《この身は一陣の風と為る》!」


 両足に纏った風を爆発させると、クロッドウルフの群れを弾き飛ばしてリザは一気にレイの元へと辿りついた。直ぐにレイは作戦を伝える。


「後ろの女の子を馬車に乗せたら、発車するように伝えてくれ」


「おいおい、ちょっと待て!」


 レイの言葉に激昂する槍の男だが、レイとリザは取り合わない。リザはちらり、と馬車の影に隠れていた二人を見て状況を理解した。馬車と地面に挟まれている男の方を指差す。


「あちらの男性はどうするのですか。見捨てるのですか」


 咎めるような言い方では無いが、落胆が混じっているのにレイは気づいた。無論、彼はそんな事はしない。


「あの人は動かせない。かと言って、うちの馬車まで壊されちゃたまんない。まず、確実にあの女の子だけは助けるために馬車に乗せたら、この辺りをぐるりと回って他に敵がいないかどうか、確認して欲しい。そして、大丈夫だと判断したらこっちに戻って、魔法で助けてほしいとシアラに伝えて。それまで僕とリザはここで、アイツらをくいとめる。それと、回復薬。あの人に掛けてくれ」


「了解です。それでは」


 リザは納得したように頷くと、男を引きずり出そうとする女の子へと近づいた。涙を流す女の手を退けて、血を流す傷口へ回復薬を垂らした。あっという間に傷口は塞がり、心なしか顔色もよくなった。


「失礼。舌を噛まないようにしてください」


「え、ちょっ!」


 少女の返事を待たずに、リザは担ぐと、《風ノ義足》による高速移動を行った。レイの傍を暴風が吹き荒れ、二人の姿はキュイの近くにあった。レイは内心、あの技能スキルはあそこまでの威力があったのか首を捻っていた。すると、説明を求めるように槍の男が肩を叩いた。


「おい! 一体どういうつもりなんだ? あの娘を攫う気なのか!!」


 目が飛び出るほど怒りを滲ませる男に、レイは逆に確かめるように尋ねた。


「おじさん。あの人、一人を守るぐらいはできますよね」


「……一人なら、まあ、そこまでは難しくない。だが、それでもこの数はどうにもできないぞ」


「それなら、大丈夫です。アイツらの相手をするのは僕らですから。貴方はあちらの人を守る事に集中してください」


 槍の男が不思議そうに首を傾げるのと、リザが嫌がる少女を無理やり馬車に押し込み、走らせたのは同時だった。そして、ついに均衡が崩れた。


「グルウ。バッウ、バウ!!」


 クロッドウルフは一斉に吼えると、キュイめがけて突撃を仕掛ける。


「させるか! 《留めよ、我が身に憎悪の視線を》!」


 すかさず、レイが《心ノ誘導》を発動した。二十体近くのクロッドウルフの大半が、体ごと向きを変えて、レイへと駆けだした。それでも、数体はキュイの方へと走り出す。


「主様! こっちを片付けたら、そっちに行くから、待ってなさいよ!!」


 遠ざかる馬車の中からシアラの声が響いた。レイは叫び返すことなく、腹を据えた。


「おじさんはあの人の前に。アイツらの狙いは僕だ。離れてて!」


「う、うむ。すまん!」


 謝罪を口にすると槍の男は身を翻すと動けない男の前で壁のように立つ。あれなら、易々と突破されることは無い。レイは槍の男の実力なら、クロッドウルフ相手に苦戦するはずがないと睨んでいた。それなのにこうも苦戦していたのは守らないといけない相手がいたからだと判断した。


 誰かを庇いながら戦うのは非常に難しい。常に敵の意識を自分に向けさせ、守るべき者の方に行かせまいと注意を払い続けるのは根気がいる作業だ。その上、クロッドウルフは増殖するモンスター。常に一カ所で陣取っていれば、数の暴力でいつかは突破されるかもしれない。そのため、槍の男はあえて敵陣へと攻め込み、数を減らしていったのだろう。ワザと注目を浴びるように戦いを続け、クロッドウルフ相手に一歩も引かなかったのだ。


 その役目を今度はレイとリザで引き継ぐのが、レイの立てた計画だ。


 少女を馬車に押し込めたのは、ある意味ついでに近い。どちらにしても、キュイをあのまま放置していれば、乱戦となった時に巻き込まれる可能性があったから一度離脱してもらう必要があった。どうせ戦闘から一度離脱するなら、あの少女もついでに遠ざけようと考えたのだ。


 それが功を奏したようだ。一人だけを守ればいいと言われた槍の男は、心が軽くなったのか、意気軒昂に槍を構える。腰を落とし、槍の先端を揺らしている男の姿はまさに鉄壁だ。あそこは放置していいとレイは判断した。


 問題は、


「こっちだよな!」


 レイは大地を蹴るクロッドウルフの群れにあえて突撃した。横転した馬車から距離を取ったのだ。


 先頭を走るクロッドウルフの首にファルシオンを突きたて、横合いから飛びかかってきた敵をダガーで撃ち落し、両手が塞がった所を見はからって襲ってきた奴を脚甲で蹴り飛ばす。


 あっという間に三体のクロッドウルフが土になって消えた。一瞬だけ空いた隙間に身を捻じ込ませるようにリザが戻ってきた。


「これは、何とも不思議なモンスターですね」


 リザとレイが背中合わせに立つ。すでにクロッドウルフの包囲網は形成され、レイたちを逃がすまいと取り囲む。もっともレイの策略通り、意識はレイ達に向いている。


「土で出来ているのですか? だとしても、魔石がありませんが。もしかして、このモンスターは偽物なのでしょうか」


「どうやら正解だ。こいつらの殆どが、土で出来た偽物だとさ。本体を倒さなきゃ、いつまでも数は減らないんだって」


 レイの説明している間に、《土人形》は失った数を取り戻す勢いで、新たなクロッドウルフのコピーを生み出した。


 すでにレイ達を取り囲む数は二十を超えていた。


「なるほど。その本物を見分けるコツはありますか」


「それが分かれば、苦労はしないよ」


「それもそうでした。でしたら、やる事は一つですね」


 預けた背中から、リザが苦笑を浮かべているのをレイは見るまでも無く感じていた。そして、その苦笑が獰猛な野獣のようなものに変わったのも手に取るようにわかる。


「全部倒せば、それでお終い。簡単な話です」


「……脳筋の理屈だよ、それは」


 レイはため息を吐きつつも、ファルシオンを握る手に力を込めた。


「だけど、まあ。分かりやすい方がいいかな!」


 二人の背中は離れ、別方向に駆けだした。






 レイとリザがクロッドウルフの群れに自ら挑みかかっていく中、離れた丘から全てを見ていたダリーシャスは唸るような声を上げた。


「ううむ。見事、見事。女子を助け、怪我人を助け、自ら囮となって敵を引きつける。傍に居るのは見目麗しき従者。実に結構な姿ではないか」


 上機嫌な主に対し、ナリンザはつまらなそうに呟いた。


「どう考えても、行き当たりばったりでしょうに。怪我人の可能性を考慮してないから、主自ら囮をする羽目になっているのではないですか」


「ん? 何か言ったか」


「いえ。空耳でしょう」


 素知らぬ顔で、主に対して嘘を吐いたナリンザは返すように質問を投げかけた。


「それで、私達はどうするのですか。ここで見守っているのですか。面倒ですからそうしましょう」


 流れるように面倒だと告げたナリンザだが、ダリーシャスは大仰な仕草で首を振る。それどころか、どこか憐れみの目でナリンザを見た。


「お主は、機微が分かっておらんの」


「……機微、ですか」


「うむ。物語のお約束と言うやつだ。多数の敵に囲まれ、絶体絶命の危機。そこに現れるのは、謎の男女。くぅー! まるで冒険王の伝記のようではないか!」


 陽気なダリーシャスは自分の口にした内容に自分で陶酔したかのように愉悦を上げた。しかし、ナリンザはひたすらに冷静で冷徹だった。


「どう見ても、私達が手を出さなくても勝てそうですよ」


 彼女の言う通り、レイ達は十倍以上の敵を打ち倒していく。無限に増えていくとは言え、敵の実力は結局のところ初級よりの低級。群れられると厄介なだけで、複数人で挑めればさしたる強敵では無い。


 すでに中級モンスターとの交戦経験があり、なおかつ手負いとはいえ超級モンスターのレッサーデーモンを倒しているレイ達だ。遅れをとる事は万に一つもない。


 その辺りを踏まえて、レイはリザと二人で挑んでいたのだ。


 しかし、ダリーシャスは泡を喰ったかのように声を荒げた。


「いかん! 俺の見せ場が無くなる!! 行くぞ、ナリンザ。我等も参加するぞ」


「……はぁー。御意のままに、我が主」


 こうなった主は梃子でも動かない。ナリンザは全てを諦めたかのように、深刻な溜息を吐くと、馬に鞭を振るう。


 馬は一度嘶くと、猛然と坂を下る。ダリーシャスは頬を切る風の感触に笑みをこぼした。まるで太陽のような笑みだった。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回更新は九日月曜日を予定してます。

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