閑話・戦奴隷たちの修業 リザ編 『中編・上』
盗賊や山賊の類や、モンスターの居ないとされているクライノートの森で、何故エルフたちが武を磨くのか。
それは単に、盗賊や山賊の類が居るからだ。
首都からさほど遠くないクライノートの森は大森林と呼ぶにふさわしい広大な森だ。起伏に富み、鬱蒼と生い茂った森の全てに目が届くとは限らない。
狡猾な盗賊たちは、兵士や冒険者の巡回路を事前に知り、遭遇しないように常に森の中を移動する。王国側でもギルド側でも大きな組織となれば、金品で情報を漏えいする者は出てきてしまう。
そうやってクライノートの森で息を殺して盗賊たちは姿を隠していた。
だが、それは森に住む人々にとって簡単に見破れる程度の偽装だ。どれだけ注意深く痕跡を消しても、盗賊たちがどのように行動するのか手に取るようにわかる。
林業に携わる木こりたちは、いつ自分たちに牙が向けられるか分からない恐怖におびえる事になる。
しかし、自衛の為に戦力を常駐させるほどの金銭的な余裕はない。冒険者を雇うのも難しく、国に申し出ても直ぐに兵士が送られてくるわけでは無い。おっとり刀で駆け付けた頃には、盗賊たちは姿をくらませている。
そこでエルフの出番だ。
森の一部に結界を掛け、人目を避けて暮らすエルフたちだが、閉じた環境だけで全てが賄えるわけでは無い。生活に必要な物資など、ある程度纏まった数が必要だ。そして何より、外の情勢は常に押さえておく必要がある。
特にシュウ王国の動向は、クライノートの隠れ里に住むエルフたちにも関係する。そのため、エルフたちは木こりたちの依頼を受けて、盗賊たちを排除し、代わりに物資や情報などを仕入れていた。
オヴィスはクライノートの隠れ里における警備部隊の中では若手に属する。実直な性格に、剣の腕前も達者な事から有望株として周りから注目されていた。難点を上げれば、実直すぎる性格の為か、掟に固執し、他人種や他族に対する偏見が強く、自分たちの鍛えた武を人族の為に使うという現状に強い不満を抱いている点だ。
稽古にかこつけて、リザを叩きのめそうと暗い考えを浮かべるのもその辺りに起因していた。剣先を合わせると、オヴィスから踏み込んだ。
互いに扱うのは刃引きされたロングソード。リザはそれを両手で握り、オヴィスは片手で握っていた。半身に構えたオヴィスの斬撃はリザの首筋や脇などを狙う。
エルフの剣術を一言で表すなら、最少の手数で相手を行動不能にする事に特化している。
武器の材料になりそうな鉱石を自前で用意できない以上、武器は貴重品。あまり痛まないように手数を減らすと相手の急所を狙うようになっていた。
リザは急所を狙った斬撃をはたき落すと、今度は自分から仕掛ける。
愚直ともいえる上段からの振り下ろしだ。フェイントも入れない、バレバレの攻撃。だが、リザにとってはそれで充分だった。
リザにとってこの稽古は自分という人間をエルフに知ってもらうための場であり、なおかつエルフの剣術を学ぶ場でもある。どんな攻撃をするのか。どんな防御をするのか。彼女はそれを知りたがっていた。
オヴィスは頭上にロングソードを掲げると、リザの振り下ろしを受け止め―――流した。まるで鋼の剣とは思えない程、滑らかな動きをして、リザの刃は絡めとられ、受け流された。そこには向きを変えるような強引な力は無く、自然と剣は矛先を逸らされた。
(な、なんて柔らかい動きなの!? 鋼に触れた感触じゃ無かったわ!)
リザは、表面上は冷静のまま、内心で驚愕を露わにした。そして心とは裏腹に体はすでに次の攻撃へと移る。下へと受け流された剣を振り上げ、それも受け流された。
振って、流され。振って、流され。振って、流され。
オヴィスは一歩も動かず、リザの斬撃を受け流し続ける。まさに鉄壁の守りだった。
リザが振るった斬撃が十を超える頃。遂にオヴィスが動く。
ぬるり、と。
リザの突きをロングソードで絡めとり、後方へと受け流すと同時に一歩前へと動いた。剣を受け流された時にリザは前のめりになってしまい、対応に遅れた。
そして、あっという間にリザの天地はひっくり返る。
オヴィスは空いた左手でリザの手首を掴むと、くるりと少女を投げたのだ。傍で見ている者ですら、何をしたのか分からない程、見事な投げ。技を受けているリザにしてみると余計に理解が追いつかなかった。
だけど。
幾つもの修羅場を潜り抜けた本能が、彼女に警告を発した。リザは殆ど反射的に剣を手放すと頭部を両腕で防御する。そこに間髪入れず、オヴィスの下段蹴りが飛び込んできた。
空中で逆さまに回るリザに向けて、オヴィスは追撃を放ったのだ。辛くも防ぐことに成功したリザだったが、少女の体は蹴りの衝撃に耐えきれず、吹き飛ばされた。
いや、そもそも人の体は地面に触れていることで攻撃を耐えているのだ。宙に浮かんだボールに力が加われば、その衝撃は全てボールへと注ぎ込まれる。
リザの体は訓練所の床を何度も転がってから、ようやく止まった。立ち上がると視界に掠めるような赤い物が加わった。途中で切ったのか、額から血が垂れていた。しかし、少女にそれを拭う余裕は無かった。
オヴィスは無言のまま、即座に距離を詰める。人体における急所、こめかみ、首、心臓、肝臓、膝を狙った五連撃を放った。
「くっ!」
無手のリザは無慈悲な五連撃を手甲で弾き返す。しかし、レイの炎鉄の手甲とは違い、リザの手甲は文字通り、甲の部分を薄い板で覆う程度の簡素な作り。五連撃の内、四連撃まではどうにか防ぐことが出来た。
しかし、右膝を狙った一撃だけは躱す事も、弾く事も出来なかった。刃引きされたロングソードが右ひざを殴打する。
「―――っ!」
悲鳴を上げるような無様な真似はしなかった。しかし、痛みは鋭く、深い。リザの体は自分の意志とは裏腹に後ろへと倒れてしまった。
オヴィスは倒れたリザを見て、剣を緩めるような事はしない。淡々と、倒れた少女に向けて剣を振り上げる。
痛みを発する右膝では動くこともままならない。倒れたリザに出来る事は腕を交差して重要な器官を損傷しないようにすることだけだった。目線は逸らさず、来るであろう痛みに歯を喰いしばる。
しかし。
その一撃は振り下ろされることは無かった。
「そこまでにしなさい、オヴィス!」「やり過ぎだ!」「これ以上は問題になるぞ!」
振り上げたままの姿勢でオヴィスは固まっていた。遠巻きで稽古を観戦していたエルフたちが武器をオヴィスへと突きつけていた。一歩でも踏み込めば穂先が肌を食い破りかねない。エルフたちの間に重たい緊張が立ち込めた。
しばらくの膠着状態の後、オヴィスは無言のまま、一歩後ろへと下がった。途端に張りつめていた空気は霧散した。
「まったく、もう! 大丈夫? ちょっと見せてね」
槍使いのエルフがリザのズボンをまくり上げると、白い肌がむき出しとなった。急に捲られたというのに、リザは動じる事は無かったが、礼節を守るエルフたちは視線をあらぬ方へと向けた。
「……うん。骨とかが折れている感じじゃ無さそうね。これならポーションを軽く塗る程度でいいわね」
リザの傷を診たエルフは壁際に置かれている棚から試験簡に入った緑色の液体を軽く手で伸ばした。そして、リザの傷へと当てた。
「んっ」
鼻から抜けるような声が上がった。ひんやりとした感触がむず痒かった。
「これで大丈夫かな?」
エルフの言葉通り、リザの傷はポーションによってあっという間に完治した。ズボンを元に戻して、リザは立ち上がってみる。その場でジャンプしても問題は無かった。
「うん、大丈夫そうね。……それで、オヴィス! 貴方、何を考えているの?」
「何とは何だ?」
槍使いの剣幕にオヴィスは動じる事は無かった。周りのエルフたちも彼に非難するような視線を送っているのに悪びれる様子は無かった。
「私が言いたいのは、動けなくなった者へと攻撃を加えようとしたことよ! これが決闘ならまだしも、稽古よ! それも、貴方から申し込んだこと。どういうつもりか説明して頂戴!」
「どうもこうも無い。今のも稽古の流れの中に過ぎない」
「はぁ!?」
オヴィスは仕方なさそうにため息を吐くと、説明を続けた。
「俺の目にはまだ、そこの女から戦意を感じたのでな。稽古は終わっていないと考えて、攻撃を仕掛けたに過ぎん。それなのに、貴様らが割り込んできたのだ」
その説明にオヴィスを取り囲むエルフたちは言葉に詰まった。確かに、リザは動けない状況に追い込まれていたが、降参とは言っていない。稽古が終わったのか、それとも続いていたのかは本人たちにしか判断できなかった。
「まったく。……まあ、どちらにしろ、我らに交じって修行するには力不足だ。それが分かったのなら、さっさと……女、何をしているのだ?」
オヴィスは周囲を黙らせると、リザに出て行くように告げた。しかし、彼女は話を最後まで聞かず、途中で手放したロングソードを拾っていた。何処も痛んでいないのを確認するように数回振るう。そして、その剣先をオヴィスへと向けた。
「……何の真似だ? まさか、稽古の続きをする気か?」
「いえ。先程のは私の負けです。助けに入ってもらったからとかでは無く、単にあの状況から脱出する術はありません。私の詰みでした」
「分かっているじゃないか。それなら―――」
「―――ええ。私の一敗です。……ですが、お忘れでしょうか? 私は貴方様の申し出を受けました。では、今度は貴方様が、私の申し出を受けて頂く番ではありませんか?」
リザとオヴィスの間に緊迫した空気が流れた。あからさまにリザはオヴィスを挑発していた。見えない手袋を投げつけたかのような行いだった。
挑発されたオヴィスはというと、顔を険しくし、口元を引きつらせていた。
「ほう……。いい度胸をしているじゃないか、女。……なら、受けてやろうじゃないか」
「オヴィス! いい加減にしなさ―――」
「―――引っ込んでいろ! 向こうが吹っ掛けて来たのを、俺が買ったに過ぎない。いいか貴様ら、手出し無用だ。……例え俺の前に立ちふさがったとしても、俺はそれごと切るぞ」
オヴィスの剣幕に当てられて、エルフたちは一斉に距離を取った。その隙を突くように、オヴィスは姿勢を低くする。
「それと、誰かアリテュスを呼んで来い。重傷者が出ます、と言ってな!」
叫ぶとオヴィスは低い姿勢のまま駆けだした。まるで獣か何かのような俊敏な動きにエルフたちは止めに入れなかった。あっという間にリザとの距離を縮めると、ロングソードを振るう。
先程までの受け身な戦い方とは違う、荒々しい斬撃。例え刃引きされたロングソードでも、丸太なら一刀で両断できそうな程苛烈な一撃だ。
しかし、リザはその一撃を躱した。半歩、体を動かすだけで難なく躱したのだ。
もっとも一撃を躱された程度でオヴィスは止まらない。一合、三合、五合と斬撃の数を増やしていく。唸りを上げて振るわれる斬撃はどれも鋭く、片手で振っているとは信じられない程だった。
だけど。
その斬撃を全てリザは見切る。オヴィスが先程まで披露していた受け流しの動作とは全く違い、最少の動きだけで斬撃を避ける。
これは単にオヴィスの動きが怒りのあまり単調になった訳でも、リザが未来を見通している訳でも無い。エルフの剣術が、正直すぎるのが原因だ。少ない手数で相手を戦闘不能に追い込むというのは、裏を返せばどこを狙っているのか分かりやすいのだ。一戦目でその本質を見抜いたリザは、オヴィスの攻撃を先読みしていた。
「ちぃ! ちょこまかと、逃げるな!」
挑発によって湧き上がっていた怒りは、苛立ちへと変化していった。そして次第に苛立ちも冷めてくると、冷静さを取り戻していった。
そして気づく。リザが、二戦目が始まってから一度も剣を振るっていないことを。
「貴様、何を、考えて、いるんだ!!」
オヴィスは斬撃を振るいながらリザに問いだした。しかし少女は集中しているのか、瞬き一つせず、晴れた青空を思わせる瞳でオヴィスを見つめていた。
ぞわり、と。
オヴィスは不気味さを感じて、剣を振るう。首筋を狙った突きを放ち―――これも躱された。半身の姿勢をとったリザは上体を後ろへと逸らすだけで躱す。
それどころか、一歩前へと踏み込んだのだ。態勢が前のめりになったオヴィスは懐に飛び込んだリザへの対応に遅れた。
そして、オヴィスの天地がひっくり返った。
「しまっ!」
オヴィスの顔は驚愕へと彩られた。
あっという間の出来事だった。リザは伸びたオヴィスの手首を掴むと、先程された投げを行ったのだ。教わった事も無い、一度味わっただけの投げ技を再現してみせた。
逆さまになった視界は数秒だった。オヴィスは訓練所の床に背中から落とされた。衝撃で酸素を吐き出したが、痛みで呻く暇は無かった。追撃を躱すべく、すぐに立ち上がり、防御の構えをとった。
その判断は正しかった。投げの直後にけり技を放つ事は出来なかったが、リザは次の行動へと移っていた。剣を振りかざし、オヴィスへと襲い掛かった。
オヴィスは向かってくる袈裟切りに対して呼吸を合わせて、受け流そうとする。だけど、次の瞬間、彼の顔は二度目の驚愕に彩られる。
絡みつくように受け止め、流すはずだったオヴィスのロングソードが、リザのロングソードに弾かれたのだ。
剣と剣が接触する瞬間、リザの剣は速度を増した。その分の誤差が失敗に繋がったのだ。
受け流しに失敗したとはいえ、リザの袈裟切りをオヴィスは防ぐことに成功した。だが、続けて振るわれる連撃にオヴィスは圧倒された。
(この女、速度が上がっているぞ! まさか、一戦目は手を抜いていたのか!?)
オヴィスの考えは、半分ほど当たっていた。一戦目のリザは全力だったかと問われれば、否である。
だが、手を抜いていたわけでは無い。彼女はオヴィスの使う受け流しの技術を盗めないかと試すため、全力で振っていなかっただけだった。そして、今は盗めないと判断した彼女は全力へと切り替えたのだ。
徐々に上がっていく剣速にオヴィスは手を焼いていた。何時もと違う戦闘スタイルが仇となり、リザの攻撃に遅れて行く。
そして、ついにその遅れは致命的となった。リザは僅かに生まれた隙に捻じ込む様に剣を突きだした。ロングソードの刃先がオヴィスの顎下へと向けられた。
「……私の、勝ちですね」
「…………ああ。…………そうだな」
心底悔しそうにオヴィスは呟いた。この状況から脱出する術は無く、誰が見ても、そして自分でも敗北だと認めたのだ。
訓練所にいたエルフたちは驚きのあまり、無言でいた。オヴィスに勝った事では無く、自分たちの投げ技を真似したことに驚いていた。それも傍で見ていたのではなく、受けた技を真似したのだ。まだ、オヴィスのような華麗な投げ方では無かったが、それでも驚異的な事だった。
オヴィスに向けていた剣先を下ろしたリザは汗と共に額の血を拭った。そして、口を開いた。
「これで互いに一勝一敗ですね。……では、今度こそ、本気でお願いします」
その言葉はエルフたちの間を戦慄と共に駆け巡った。とりわけ、オヴィスは落雷を受けたかのように呆然となった。
「な……なんで……分かった。……俺が本気じゃないと」
衝撃から立ち直ったオヴィスはその質問を絞り出すのが精一杯だった。リザは小首を傾げると簡単に言う。
「剣を合わせた時に、窮屈そうだなと思ったのです。推測ですが、貴方様のいつもの戦い方はそれじゃないと思うのですが……違いますか?」
オヴィスだけでなく、周囲のエルフたち全員がつばを飲み込んだ。リザの推測は正しかった。先の二戦はオヴィスの本来の戦闘スタイルとは大きく離れていた。
今までのはエルフの戦闘における基本の構えだった。これが稽古である以上、エルフの基本技術で相手をしなければ、周りが止めるだろうとオヴィスは懸念し、本来の戦闘スタイルを封印していた。
それをリザは見抜いたのだ。
ある程度の技量を身に着けた戦士なら、武器を打ち合うだけで、相手の力量などを推し量ることが出来る。しかし、リザはそこから一歩踏み込んで、相手の本質に触れたのだ。
「……その若さで、大した眼力だ。……里の外の戦士は皆、貴様のような者ばかりなのか?」
「私なんて未熟者です。私よりも強い方はごまんといます」
「そうか……少しばかり、外に興味が出て来たな。……女、名を何と言った?」
オヴィスは少し気恥ずかしそうに尋ねた。
「エリザベートと申します」
「そうか。エリザベート、済まなかったな。決して手を抜いていたわけではないし、貴様を舐めていたわけでは無い。……その詫びと言う訳ではないが、この三戦目、本来の戦い方で行かせてもらうぞ」
オヴィスは厳かな口調で告げると、周りのエルフに視線を向けた。意味を察したエルフは壁に掛けられていた刃引きされたロングソードをオヴィスへと放り投げた。
彼は受け取るなり鞘を捨て、それを空いた左手で握る。それも逆に。同じように右手のロングソードを逆手に握りしめた。
「逆手の二刀流。それが貴方様の本来の構えですか」
リザは応じるように構えを取り、刃先をオヴィスへと向けた。
「ああ。……それではエリザベート。三戦目を始めようか!」
逆手に握りしめたオヴィスは姿勢を低くするなり、リザに向けて駆けだした。
互いに一勝一敗。手加減無しの三戦目が幕を開ける。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回更新は火曜日頃を予定しております。




