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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第4章 エルフの隠れ里
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閑話・戦奴隷たちの修業 リザ編 『前編』

時間軸としては4-32の直後です。

 消毒液特有の臭いが鼻孔を突き刺す室内に、旧式魔法の詠唱が朗々と歌われる。


「《傷つき倒れる者に、今一度立ち上がる力を与えたまえ》」


 歌うのは白衣を着込んだエルフ。眼鏡を掛け、エルフ特有の緑髪を三つ編みに結び、白衣を押し上げる胸が特徴的な女性だ。


 杖を片手に詠唱は最終節へと進む。


「《ゴスペル・ヒール》!」


 練り上げられた精神力は魔法へと昇華され、癒しの光となってリザの左腕に注がれる。穏やかな春の日差しのような光は彼女の負傷箇所を癒していく。


 手負いのレッサーデーモンとの戦闘により、リザは左腕の前腕と上腕、合わせて二か所を骨折した。加えて、骨折した部位の周囲も重度のダメージを負っていた。レティの《回復ヒール》で血管や筋肉などの損傷は治療されていたが、それでも完治には程遠かった。


 そんな重傷が、瞬く間に治療されていく。


 《ゴスペル・ヒール》。旧式魔法の治療系において最上位に位置する魔法だ。対象は一人しかとれないが、その一人をそれこそ死の淵から引き上げるほどの高位の魔法である。


「これでいいかな。左腕、動かしてみて」


 まるで鈴を転がした様な明るい声色がエルフの口からこぼれる。リザは半信半疑ながらも左腕を折り曲げてみせた。滑らかな動きは、ついさきほどまで骨折していた事が夢だった可能ようだった。エルフはリザの左腕を触り最終確認をする。


「大丈夫そうだね。これならどれだけ暴れても問題ないよ」


「凄いです。骨が折れる前と同等、いえ、それどころか、それ以上に滑らかに動きます。治療していない右腕と比べると違和感を抱くほどです」


「んー? なんなら、右腕も掛けとく?」


 最高位の旧式魔法を使ったばかりなのに、息も切らさず、再度の行使をしようとする点でも、このエルフが見た目の緩さに反して凄腕のヒーラーだと証明している。


「いえ、それには及びません。……突然押しかけたのに、治療をして下さって本当にありがとうございます」


「ありがとうございます!」


 後ろで見学をしていたレティが姉に習って頭を下げた。姉妹に頭を下げられたエルフは照れたように頬を掻きつつ口を開く。


「気にしないでよ。里長からよろしくしって言われてたんだから。……それでクリュネ。あたしはどうすればいいのかな」


「アリテュス。里一番のヒーラーにして、薬師の貴女にはこの子の相手をしてほしいの」


 クリュネは言うと、レティの肩を押した。眼鏡越しにエルフ特有の萌黄色の瞳に見つめられたレティは身を固くするも、脳裏をよぎったある光景を思い出した。


 転移魔方陣の上で消えたレイの姿。


 今のままの自分に満足せず、少しでも強くなろうとする主の姿を。


 レティはその背中を追いかけるように一歩、前を踏み出した。


「あたしに、エルフの薬の調合法を教えて下さい!」


 声高に叫んだ勢いのまま、少女は頭を下げた。アリテュスは栗毛色の頭髪から覗く旋毛を見つめると、うん、と返した。


「別にいいわよ。どうせ、それほど特殊な事はしてないと思うし」


「あ、ありがとうございます!」


「良かったわね、レティ」


 喜ぶ妹に合わせて、リザも自分の事のように喜んだ。これでレティの希望は通った。次はリザとシアラの番だ。


「それじゃ、アリテュス。レティシアちゃんのことはお願いしてもいいかしら? 身共たちは次の場所に向かいたいの」


「構わないわよ。それじゃ、レティシアちゃん。こっちが調合室よ。入る前に、手袋と手拭いを付けてね」


 アリテュスはレティに対して、薄手の手袋と手拭いを渡した。それを身に着けたのを確認すると、彼女は診療スペースの奥へとレティを誘った。


「それでは、次はエリザベートさんの希望する訓練所に向かいましょう」


「分かりました。……レティ、頑張ってね」


「お姉ちゃんもね!」


 姉妹は互いを励ますと、笑って別れた。






 レイが修練所へと向かってから、すでに二時間以上が経過していた。いつ帰って来るか分からない主人をただ待つのではなく、主不在の間に自分たちもスキルアップしようとリザ達は考えた。


 レティは薬師、シアラは図書館。そしてリザは訓練所の見学を希望した。レイ達が滞在中の世話役であるクリュネは彼女らの希望を請け負うと、里長へと直談判し、彼女らの希望を叶える許可をもぎ取ってきた。


 訓練所や薬師はまだしも、図書館はエルフの知の結晶。そこの見学を申し出れば、それこそ烈火のごとく怒り狂うかもしれないと覚悟していたクリュネにすると、拍子抜けするほどあっさりとブーリンは許可を出した。


 これにはある事情が関わってくるのだが、それはまた別の話である。


 ともかく、レティは望み通りクライノートの隠れ里随一のヒーラーにして薬師のアリテュスの所へと見学することになった。次はリザの番である。


 診療所を出て、坂道を戻り、訓練所へと一行は足を踏み入れた。


 リザ達の鼻を、人の体臭と流された汗が気化した物が混じり合った臭いが突き刺さる。優れた嗅覚を持つエトネはそれだけで眉の間に皺を作った。そして中に入ると余計に臭いは濃くなる。


 天井に吊るされた光源によって室内は明るく、エルフたちの影が床で踊る。手には剣や槍、弓に無手と多様にわかれ、人に見立てた木人を相手にしたり、模擬戦を行っているエルフたちも居た。


「うわぁ。ここも空間拡張しているのね」


 室内へと入るなり、シアラが呆れたように呟いた。彼女の言う通り、縦横高さ、四方全てに広い空間は部屋の隅に刻まれた魔方陣によって拡張されている。切り立った崖の横穴で暮らしているエルフにとって、中の空間を拡張するのは暮らしくていく上で必要不可欠な措置だ。


「その通りです。加えて固定化も掛けているので、ちょっとやそっとの振動ではビクともしませんよ」


 彼女の言葉を証明するかのように、訓練所の一角では爆音と共に戦技が放たれた。武骨なロングソードから放たれた斬撃が、訓練相手のエルフを巻き込んで爆発したのだ。エトネは驚きのあまり、目を丸くしてしまう。


 ところが、訓練所にて汗を流すエルフたちの誰も、騒ぎの方を見ようとはしない。黙々と、自己の鍛錬に勤しんでいる。爆炎を齎した当事者たちもケロッとした顔で模擬戦を続けていた。


「……サファ様のような武器を持った方はいらっしゃいませんね」


 リザはエルフたちの武器を見て拍子抜けした様に呟いた。訓練所に居るエルフの内、半数近くは剣を持つが、どれもロングソードやバスタードソード。ダガーにレイピアなどの一般的な形状の剣ばかり。サファの持つような片刃の剣は無かった。


「ああ、日本刀の事ですか。あれは確かに身共たちの中で使い手は居ませんね。強いてあげるとすれば、王子殿ですが、あの方はこの隠れ里には居りませんし」


 クリュネの説明に少々残念がるリザだった。彼女はサファの持つ日本刀にエルフの強さの根幹があるのではないかと睨んでいたが、当てが外れてしまう。


「クリュネ! 何故、その者らが此処に居る!?」


 すると、訓練所に怒声が響いた。全員の視線が怒声を発したエルフへと集まった。サファと似通った和装を身に着け、エルフにしては珍しく髪を短くそろえた青年。見た目からでは年齢の判別がつかないエルフたちだが、青年の声色にリザ達は聞き覚えがあった。青年は大股でリザ達に近づくと、ぎろり、と睨む。


「魔人種め……さっさと里から出ていけ!」


 まるで錆びついた歯車を無理やり動かした様な声。青年は里に来たばかりのレイ達の前に立ちふさがったエルフだった。その時と同様に、魔人種であるシアラへ暗い憎悪をぶつけている。


 その憎悪の視線を断ち切ろうとクリュネが青年の前に立ちふさがった。


「オヴィス! 彼女らは里の客人。無礼な態度は身共が許しません!」


「……む。ならば、小屋にでも押し込めておけばいいだろうに。此処はエルフたちの訓練所。貴様らの来るべきところでは無いぞ」


 クリュネの剣幕に当てられて返って冷静になったオヴィスは、声色だけは平坦に告げた。だが、彼の顔から嫌悪感は拭いきれていなかった。その青年に対して今度はリザが言葉を発する番だった。リザとシアラは片膝をつくと説明を始める。


「初めまして、オヴィス様。私はレイ様の戦奴隷、エリザベートと申します。此度はエルフの隠れ座の長、ブーリン殿のご厚意によって里の滞在を許されることになりました」


「……ああ。そこまでは聞いている。その先を説明しろ」


 オヴィスもある程度の礼儀を弁えているのか、礼節を守ろうとするリザに高圧的には出られないでいた。


「五日間の滞在を許された我らですが、我らの主、レイ様はついさきほど、この里の転移魔法陣を使い修練所なる場所へと向かいました」


「おいおい! 誰がそんな事を許可したんだ!?」


 オヴィスだけでなく、訓練所のエルフたち全員が驚き、囁き合う。転移魔法陣はエルフたちの生命線。いくら客人だからといって、軽々しく使っていい物では無い。里長のブーリンといえど、勝手に許可を出していい訳では無い。


 全員の視線が事情を知っていそうなクリュネに集まった。


「彼女の言っていることは偽りでは無いわ。それに許可を出したのは、サファ殿よ。あの方が許可を出したの」


「……そいつは……驚いたな」


 オヴィスはそう絞り出すのが限界だった。エルフの『守護者』は王族と並んでエルフの象徴といえた。故郷を無くし、流浪の民と成り果てて、分裂してしまったエルフたちをそれでも繋ぎとめていたのは他でもない、サファだ。


 そんな偉大な存在が許可を出した以上、彼らに抗議する理由は無かった。すかさずリザが畳みかける。


「ついてはその間。私達も少しでも強くなろうと決意しました。そこでブーリン様に掛け合い、ここの見学許可を頂きました。……厚かましいお願いと存じますが、エルフの修業を横で見せてください。お願いします!」


「……お願いします」「おねがいします」


 三人の少女が揃って頭を下げた光景に、オヴィスは言葉を詰まらせた。里長やサファの許可が出ている以上、彼にそれを覆す権限は無い。


「……見学だけだからな!」


 吐き捨てるように言うと、オヴィスは自分の稽古へと戻っていた。他のエルフたちもそれぞれ自分の稽古へと戻る。


「それではエリザベートさん。ここはお一人で大丈夫ですか? 身共はシアラさんを図書館へとご案内しようと思うのですが」


「大丈夫です。案内、ありがとうございます」


 リザが太鼓判を押すものの、シアラは一抹の不安を感じていた。とりあえず矛を収めたオヴィスを始めとして、エルフたちの無言の圧力は重たく、苦しい。下手にリザ一人をここに置いておくのは憚られた。


「本当に大丈夫なの? なんなら、ワタシも残る?」


「大丈夫です。私にはちゃんと秘策があります」


 薄い胸を張ったリザに対して余計にシアラは不安を感じていた。しかし、クリュネを待たしているため、これ以上の説得を諦め、エトネと共に訓練所を後にした。残されたリザは気合を入れ直すように自分の頬を叩いた。


「さて! ご主人様もお一人で頑張っているのです。私もやれるだけの事をやりましょう!!」


 気合を入れ直すと、彼女は訓練所奥へと足を踏み入れた。






 リザが訓練所へと姿を現してから三十分。オヴィスの堪忍袋の緒は切れる寸前であった。


 なぜ、彼がこれほどまでに怒りを堪えているのか。それはリザの行動にあった。少女は最初の数分は壁際にておとなしくしていたが、すぐに動いた。


 手近なエルフを捕まえると、


「今の動きはどのような意味があるのですか?」「今の歩法はどのようにやるのですか?」「今の虚の突き方はこうやるのですか?」


 と、手当たり次第に質問攻めをするのだ。


 最初は鬱陶しげにリザを追い払おうとしていたエルフたちだが、リザのひたむきさに徐々に胸襟を開いていった。エルフにしてみると、日頃同じ相手ばかりと顔を突き合わせていた分、人族ではあるが新顔を歓迎していた。いつの間にかリザを取り囲むようにエルフの輪が出来上がっていた。


「つまり、右手に視線を誘導させておいて、左手を振るう。それが本命と見せかけて、実はそれも陽動の一つ。本当の本命は二手前に投げておいたナイフが頭上から落ちてくるまでの時間稼ぎなのさ」


 今も、複数のダガーを同時に扱うエルフの戦士が、曲芸じみた自分の戦闘方法を得意げに語る。リザはそれに一つずつ大仰に頷いていた。


「なるほど。虚と見せて実。しかし、それも虚に過ぎず、止めの一撃はすでに放たれていた。見事な手法です」


「はっはっはっ。そう言ってくれると照れるな」


 一人が褒められれば、次は別のエルフが自らの槍捌きを見せつける。女性でありながら豪胆といわれる女戦士が、鋼鉄製の槍を軽々と振り回してみた。


 リザはその姿も褒め称えた。


 エルフにとって武とは里に捧げる物である。里を守る為に自らを鍛え上げ、いつか来るその時を待って日々の鍛錬を行う終わりのない道程。そのため、彼らにとって武を褒められるという経験は少なかった。その上、熱心に質問をし、感心し、自分たちと交流を図ろうとするリザの姿は新鮮で眩しく映っていた。里長が客人と認めていこともあり、リザを邪険に扱う空気は払拭されつつある。


 そんな中、一人で剣を振るうオヴィスは面白くなかった。


 同胞に受け入れらかけていくリザが気にくわなかった。ゆえに、彼は我慢の限界を迎えた。


「おい、人族の女!」


 大音声が訓練所に響く。同時に、輪の中心にいたリザへと一本の剣が投げ込まれた。彼女はそれを難なく受け止めた。投げ込まれた物は自分が使っているのと同じロングソードだ。鞘から抜くと刃が潰されていることから、訓練用の剣だと分かる。


「いつまでも見学じゃ、物足りないだろ。稽古を付けてやる。こっちに来な!」


 自らも訓練用の剣を抜き放ち、オヴィスは手招きした。しかし、その顔は残忍な笑みを浮かべていた。


 誰が見ても、オヴィスの態度は稽古をつけようとする人間の態度では無い。稽古にかこつけて何かをしようとする企みが透けて見えていた。


「ちょっとオヴィス! この子は里長の認めた客人よ。いくら貴方といえど―――」


「―――待ってください」


 槍使いが抗議するのをリザは止めた。全員の視線が自分に向く中、リザは内心で上手く行ったと笑う。


 この展開こそ、リザの狙いだった。相手を苛立たせて、自分を無視できない状況に追いやり、排除するために敵意を向けてくる瞬間を。もちろん、普通に追い払われる可能性もあったが、他のエルフからの印象をある程度良くしておくことで、力ずくで追い払う以外の選択肢を排除させた。


(あとは、剣を交わす事で信頼関係が結べればいいのですが……この秘策、最大の山場ですね)


 輪の中から抜け出すと、リザは刃が潰れたロングソードを抜いて、オヴィスに向けた。


「一手、ご指南お願いします、オヴィス様」


「……いい覚悟しているじゃないか、女!」


 周りが止める隙も与えず、戦いを告げる鐘も無く、両者は動き出し鋼を高らかに打ち鳴らした。


 戦闘系女子の秘策が山場を迎える。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は土曜日を予定しております。

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