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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第4章 エルフの隠れ里
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4-51 スヴェン・ヴィーランド

「ほう、これは良い品だ。主人! これは幾らだ?」


 闇市の一角。誰が見ても首を捻る珍妙な置物を売る露店の前で、褐色の青年は端正な顔立ちを崩して、店主に値段を聞く。先程、レイとぶつかった青年だ。狡猾そうな店主は、身なりの良い青年を見て売値の四倍の値段を言う。


 店主としては高い値段を最初に提示し、徐々に落として売り値の倍の値段で手を打つつもりだった。


 ところが、青年は全く動じることは無かった。むしろ、不満顔だった。


「むう、安いな。しかし、それが売値であるなら仕方ない」


 隣に控えていたベールを頭から被っている従者に視線を向けると金額分のガルスを支払わせる。その際に見えた巾着の中は山のような千ガルス硬貨が詰まっていた。


 店主は置物を手にして去る青年に向けて、もっと吹っ掛ければよかったと呻いた。


「見ろ、この何とも言えない悲壮さが漂ってくる猿の顔を。まるで、子供の作りし拙作に見えるが、俺には分かる。これは名のある陶工の作りし物だ!」


 買ったばかりの置物を褒め称える青年だったが、実際の所、彼が購入した置物はまさに子供が土をこねて適当に作った物だった。


 いわゆるガラクタである。


 それを知らず、誰が見てもガラクタにしか見えない物をありがたがる青年に対して、従者は嘆息した。


「どうした? よもや人ごみに酔うた訳ではあるまいな」


「……はぁ。王子、これ以上、道楽に路銀を使う訳には行きません。早く旅の護衛を見つけなければ、国に戻る事すらできなくなります」


「む。其方は口やかましいの」


 王子と呼ばれた男が眉を顰めると、女の方は淡々と返した。


「当然です。私は王子の護衛兼教育係。苦言を呈すのが仕事のようなもの」


「元、教育係だろうに」


 男はため息を吐くと周囲を見回した。人でごった返す闇市。アマツマラに住む人々のみならず、兵士や冒険者風の者達も通りを歩いている。


「うーむ。俺の眼にかなう者は居ないな!」


「その眼は不良品ですね。さっさと捨てるのが宜しいかと存じます」


 一刀両断である。


 とても従者が主に向けてする口の利き方では無い。ところが、男の方は大して気にも留めていない。日頃から、慣れているかのように従者の無礼を流した。


 すると男は、周囲が騒がしくなったのに気づく。女の方も気づいており、ベールから覗く眼光が鋭く、周囲を警戒している。


「何だか随分と騒がしいな。あれか? 喧嘩か?」


「猿のように興奮なさらないでください。発情期ですか? ああ、失礼。王子は年中発情中であらせましたね。申し訳ありません」


「……其方は一度、謝罪の仕方を学び直すべきだと思うぞ」


 口の悪い従者に肩を落としつつも、男は人の流れに従い、騒ぎの中心へと近づいていった。人垣を掻き分けた男の視界に入ったのは―――決闘だった。


 ぽっかりと円形に空いた空間に二人の男が互いの武器を高らかに打ち鳴らしていた。


 片方は少年と青年になりかけの狭間の年頃。持っている武器は片刃の分厚い刀身が特徴的な、ファルシオンだ。


 片方は体格の良い青年。手にした大剣は見る物の背筋を凍らすような、曇り一つない刀身だ。誰の目にも、大剣が単なる武器でないと分かる代物である。


「ほうほう。男と男の決闘か! 善き哉、善き哉。益荒男同士の魂の打ち合いはいつ見ても、魂が震えるというものだ!」


 満足そうに頷く男だったが、ふと、両者の顔に見覚えがあり、首を傾げた。ややしてから、掌を打った。


「あの少年は……先程の露店でぶつかった少年では無いか」


「……ああ。言われてみればそうですね。流石王子。言葉を交わしたのも二言三言なのによく覚えていらっしゃる。稚児趣味のお蔭ですかな」


「はっはっはっ! 人聞きの悪い事を申すな。俺は正真正銘、女好きである」


 ざわり、と。周りの見物人はこの二人から距離を取り始めた。それに気づかずに男は、少年が戦っている相手の方を指差した。


「見ろ。あれはこの国の第二王子、スヴェン殿であろう」


「……そうなのですか? 王子の記憶力はよく、底の抜けた水瓶と言われています。よく思い出してください」


「ううむ。そう言われると、なんだか自信が無くなってきたな」


 男は顎に手を当てて悩みだした。必死になって記憶を辿っていると、周りの囁く声が聞こえた。


「なあ、おい。あっちの銀髪って……スヴェン様だよな」「そうだよな。いつも見回りをしてくれてる大将だよな」


 その言葉を聞くと、男は我が意を得たりと言わんばかりに笑みを浮かべて女を振り返った。


「其方も聞いたろう! やはり、あの御仁はスヴェン殿で間違い……其方、耳を塞いで何をしておるのだ?」


「……はっ! ……王子、何か聞こえましたか? 私には何も聞こえませんでした。それはもう、サッパリと」


 白々しい態度を見せる従者に王子は閉口してしまう。だが、これもいつもの事と思い、彼は諦めた。


「それにしても……なぜ、この国の第二王子ともあろう御方がこのような事を」


「やはり、聞こえていたではないか!」


「それにしても……なぜ、この国の第二王子ともあろう御方がこのような事を。うちの王子とは違って、真面そうな御方なのに」


「……そこまでして、聞こえていたことを認めんつもりか。……しかし、兄上も弟も、偏屈な所はあるが、そのような悪しき言い様は感心しないぞ」


 王子の言葉に従者は信じられない物を見たかのような視線を送った。本気で意味を理解していない王子は人垣の一角を指した。


「決闘の理由なら、おそらくあれだろう」


 そこには、年は若いが美しき少女たちが四人居た。どの者も年相応の幼さを残しているが、将来男の目を引きつけて止まない美女になるのは想像に難くない。


 少女らはスヴェンでは無く、少年の方を応援している。


「あの者らが一体?」


「なんだ、知らんのか?」


 王子はごくごく当たり前に、それこそ朝食の献立を説明するように爆弾を告げた。


「スヴェン殿はロリコンだ。大方、決闘の理由もそれだろう」






 スヴェン・ヴィーランドはロリコンである。ストライクゾーンは低く、狭い。具体的にいえば、下はエトネぐらい、上はレティぐらいまでである。それを隠しもしていないため、シュウ王国の上流階級の人間にとっては周知の事実である。


 王族に取り入る為に、成人前の娘をスヴェンに紹介しようとする貴族が後を絶たない。


 彼の名誉の為に明言しておくが、ただの一度も手を出したことは無い。冒険王の言葉を借りれば、彼は紳士である。紳士と書いてロリコンと呼ぶ漢である。


 彼がそうなったのには理由があった。


 一つ目が、その冒険王である。伝説の英雄に傾倒したスヴェンは、冒険王の記した書物を読みふけた。冒険の書なんかは彼にとって聖典バイブルに等しい。それゆえか、スヴェンは冒険王の趣味趣向に感化されてしまった。


 もう一つが、彼が愛されることを知らずに幼少期を過ごしたことにある。彼が生まれる前、父であるテオドールは幾人もの女性を抱き、跡継ぎを量産しようとした。その際に、出産した順に正室、側室を決めた。


 スヴェンの母は気位が高く、同時に身分の高い女性だった。傲慢な所もあった。それゆえ、出産が遅かったという理由で自分が側室になった事を不満に思い、その象徴ともいえる第二王子スヴェンにつらく当たった。


 母からの愛を受けられなかった少年は、ますます冒険王の存在に傾倒していく。その過程で、幼い子供が、庇護される対象が庇護する方に向ける無償の愛情を知ってしまった。愛されずに育った自分が、愛される術はこれしかないと思いこむようになった。


 以上の二つの理由から、スヴェンはロリコンとなった。暗い深淵を歩む男はいつの日か、至高の幼女に巡り合う事を夢見、冒険へと繰り出すのを楽しみにしていた。


 一方で、彼は日夜欲望とも戦っていた。


 何しろ彼は王子である。望めばいくらでも幼女を傍にはべらすことはできる。だが、スヴェンはそれを嫌った。権力や財力で物を言わせて幼女からの愛を受け取るのは自らの信念に反すると誓ったのだ。


 そのせいもあって、彼は幼女の奴隷を傍に置く者を嫌悪していた。憎悪していたといっても良い。―――同族嫌悪なのかもしれない。


 だから、奴隷幼女を二人も連れているレイは、彼にとっての最大の敵となった。エトネは奴隷では無いのだが、頭に血が上ったスヴェンには理解できない。


 こうして、エルドラドの歴史においても、一二を争う下らない決闘は始まってしまった。もっとも下らない決闘ではあるが、スヴェンの実力は生半可では無く、レイにとって十分な強敵である。


 彼は抜き放ったレムナントを振るう。剛腕から繰り出される大剣は剣風を生み出す。躱したと思ったレイの体を吹き飛ばしかねない威力だった。それが吹き荒れる嵐のように留まる事を知らない。


「いい加減、人の話を聞けって言ってんだよ!」


「問答無用! 貴様は死すべしである!」


「無茶苦茶だな、アンタ!!」


 レイはファルシオンを抜いて応戦するも、全く歯が立たない。レベルが倍近く違うのも理由の一つだが、一番は技量の差が大きい。


(この人、言動も出鱈目すぎるけど、マジで強い! 兵士を従えてたって事は、冒険者じゃないんだよな? 何者だ!?)


 スヴェンの繰り出す剣戟にレイは圧倒されていた。王子であるはずのスヴェンがこれほどまでの技量を身につけたのも、将来巡り合うだろう幼女の為だ。ありていに言えば、強い所を見せれば、モテルと考え、公務の合間にモンスター相手に特訓を繰り返していた。


 レイは刃の嵐を前にして、どうにか凌ぎ続けていたが、それも限界が近づいていた。足は震え、肺は軋み、心臓は早鐘を突く。レムナントの一撃は掠めただけで、体が吹き飛ぶように鋭く、重く、余計に恐怖心を引き起こす。


 四肢が訛りのように重たくなっていき、徐々に躱す速度が落ちてきているのをリザ達も理解していた。


「ねえねえ、ご主人さまがピンチだよ! 助けに行こうよ!」


 レティがリザとシアラの手を掴むも、二人は表情を暗くしていた。


「駄目よ、レティ。ワタシたちが介入したら、これが決闘じゃなくなっちゃう」


「それでも良いじゃない! ご主人さまが死ぬよりずっといいよ」


「そうじゃないの。見て、いつの間にか人垣の中に兵士たちが集まってきている」


 シアラの視線が二人の決闘では無く、その周囲に向けられていた。彼女の言う通り、人垣の中に兵士たちの姿が静かに、しかし、着実に増えて行く。


「周りの言葉通りなら、あの方は、信じ難いですが、この国の王子。今は兵士も決闘と言う事で手出ししませんが、私達がご主人様に加勢すれば、彼らも雪崩れこむ」


「で、でも!」


「乱戦になればどうなるか分からないわ。此方にはエトネも居るの。無茶は出来ないもの」


 リザとシアラが二の足を踏む理由はエトネが死んだ時の場合だ。エトネが死んだとして、《トライ&エラー》が発動するか不明である。仮に発動せず、彼女が死に、レイが乱戦の結果気を失えば、時が巻き戻せなくなる。


 それゆえ、彼女たちは主の元へ行けずにいた。


 姉たちが躊躇う理由は理解できたが、レティはそれでもと説得を続けようとする。まさにその時だった。


 きぃん、と。どこか澄んだ音と共に、レイのファルシオンが空高く舞い上がったのは。刹那の間、レイは迷った。


 どの武器を選ぶべきか。


 コウエンを抜くか。


 ダガーを抜くか。


(コウエンを抜いて、もし暴走させたら、闇市が火の海になる。だけど、ダガーの短い刀身じゃ、この大剣を受け止める事なんてできない!)


 焦るレイに対して、スヴェンはレムナントを振り下ろす。


「はぁ!!」


 裂帛の気合と共に振り下ろされた一撃は―――コウエンの刃に阻まれた。


「……抜いちゃったよ。ちくしょう」


 レイは掌に伝わる熱を感じて、歯噛みした。スヴェンがレムナントを抜いた時から、この刀は自分を抜けとアピールするかのように熱を上げていた。今も、抜かれたことを喜び紅色の炎を吐き出した。


 すると、スヴェンはレイの持つコウエンの波紋をしげしげと見つめ、ポツリと呟いた。


「やっと、父上の刀を抜いたな、レイ・・


「父上? それに何で僕の名前を、わっと!」


 レイが疑問の意味を考える時間は無かった。スヴェンの大剣はレイに休む暇を与えない。烈火の如く繰り出される斬撃を一つずつ対処するのに追われてしまう。


 先程のゴロツキの頭目とは比べられない程、苛烈な攻撃である。レイは石にかじりつくように懸命に耐えている。それでも、じわじわと地力の差が出始める。


「ぐぅううう!!」


 さらに追い打ちを掛けるように、掌に火傷が刻まれていく。戦いに興奮しているのかコウエンの放つ熱量が上昇していく。


 がきん、と。一際大きな音と共に、大剣と龍刀が鍔迫り合いを繰り広げる。


 レイは内心、しめたと思った。ゴロツキの頭目の大剣と同様に、スヴェンの大剣も切り裂くチャンスだと考えたのだ。上昇する熱を一点に集中させる。


 しかし。


 レムナントはビクともしなかった。まるで金剛石を削りだしたかのような刀身が、溶ける気配はない。


「お前の龍刀程じゃないが、俺のレムナントも特別製だ。だが、それ以前にてめぇの未熟な腕のせいだな。自分の刀を見てみな」


 スヴェンの指摘にレイがコウエンの刃を見ると、数カ所に刃こぼれがあった。


「兄弟剣でこれだけの差が出たのは、単にてめぇの技量不足だけじゃねえ。お前が、その魔剣の主になってねえから、剣にそんな無様な姿を晒させてんだよ!」


 スヴェンは言葉と共にレイの腹部目がけて蹴りを叩きこんだ。《耐久》の加護によりダメージは受けずに済んだが、レイは吹き飛ばされた。


「魔剣に振り回されてんじゃねぞ! 魔剣の主になっちまいな!」


「……剣の……主」


 レイは立ち上がりながらスヴェンの言葉をオウム返しに繰り返す。敵の言う事なのに、レイの琴線に触れた。いまだに掌を焼こうとするコウエンに向けてレイは言う。


「……コウエン。はしゃぐのも大概にしろよ」


 どこか凍てつく様な声色は続く。


「お前が僕の手に余る刀だというのは分かっている。だけど、お前の好き勝手を許したら、アイツには勝てない。今だけは、僕に従え」


 物言わぬ刀は、されど、レイの言葉に震えるかのように熱量を下げた。どうやら、一時的にではあるがレイの下に付くことを選んだ。


 レイはコウエンを構えると、告げた。


「炎を纏え、コウエン」


 轟ッ、と。紅色の炎が刀身を包む。だが、レイの両手は新しい火傷を作らないでいた。


 コウエンを支配下に置いたことを確認したスヴェンは獰猛に笑うと、レムナントの柄を始めて両手で握った。


 刃のような剣呑な視線がレイに突き刺さる。敵は本気になったとレイは実感した。


 両者の間に緊迫した空気が立ち込めていき、それが最高潮に達した時、二人は音も無く動いた。


 ―――瞬間。世界が速度を失う。


(ああ、くそ。これでも届かないのか)


 スローモーションの世界に飛び込んだレイは歯噛みする。すでにスヴェンはレイよりも早く大剣を振り下ろしている。その間合いに踏み込んでしまったレイに躱す事は出来ない。いまさらコウエンを振った所で追いつけやしない。


 何も打つ手がない状況に絶望しつつ、それでも世界は止まらない。次の瞬間、世界は速度を取り戻し―――。


「そこまでにしておきなさい。スヴェン」


 唐突に現れた男がスヴェンの首筋にレイピアを突きつけていた。あと数ミリ踏み込めば、剣先が男の肌を突き破る。


 レイを庇うように細身の男がそこには立っていた。スヴェンとは対照的な長髪の銀髪。柔和な顔立ちから一切の容赦がそぎ落とされ、酷薄ともとれる表情を浮かべていた。身にまとう衣服から上流階級の人間だと分かる。なにより、男の放つ雰囲気は、人に有無を言わせずに従わせる力がある。


 乱入した男に対して、誰も声を上げられないのが、その証明である。


 レイは男の出現に声も出ない程驚いていた。


(嘘だろ!? さっきまで周りにこんな奴は居なかった。《生死ノ境》が切れてから数秒も経っていない。なのに、この人は現れた。つまり、この人の移動速度はサファの見えない斬撃と同じくらい早いって事かよ!?)


 『七帝』のやる気のない攻撃とはいえ、サファの攻撃はレイの知覚範囲外の領域。そこに近い男の存在にレイは戦慄する。




読んで下さって、ありがとうございます。


次回、4章の最終話となります。

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