4-46 手を伸ばした範囲
テオドールの工房を出たレイ達が次に向かったのはカザネ亭だ。レイやリザ達、それに『紅蓮の旅団』一行が宿泊していた宿だ。
本来なら、精霊祭の期間中はずっと借りられていたのだが、スタンピードの最中に避難所を失った一部の避難民の為に、レイ達は退去を余儀なくされた。その後、レイ達はアマツマラの迷宮に潜り、スタンピードが終わると、レイが収容された病室にパーティーは寝泊りしていた。
そのため、カザネ亭がどうなったか誰も知らなかった。だから宿屋のあった場所に足を運ぶと、レイ達は絶句してしまう。
「こりゃ……酷いな」
アマツマラの下層地区。正門とギルドを繋ぐ大通りから西に伸びた通りの一角にカザネ亭はあった。隣の平屋は亭主が切り盛りしている食堂があった。
あったと過去形になるのは、どちらの建物も様子が一変していたから。カザネ亭は上半分がまるで巨人に握りつぶされたかのように崩れ、下の階を押しつぶさんと瓦礫が積み上がっていた。建物全体にひびが走り、今にも崩れそうになっている。瓦礫はカザネ亭のみならず、さらに隣の建物、食堂を踏み潰している。平屋に瓦礫が突き刺さっている。
この惨事を引き起こした原因は、モンスターの牙でも、赤龍のブレスでも無かった。スタンピード終盤、街の運命を左右しかけた五基の投石機による投石が原因だ。緩やかな放物線を描き放たれた巨石は建物を半ばから吹き飛ばし、瓦礫の山へと変えていた。
幸いにして、レイ達は半壊した建物から荷物を運び出している集団の中にカザネとその夫を見つけた。二人とも、顔は汚れ、少しやつれてはいたが、五体満足の姿だった。
カザネはレイ達を見つけると、作業の手を止めて声を掛けた。
「アンタたち、無事だったんだね!」
カザネはもろ手を挙げてレイ達の無事を喜んだ。思っていたよりも大げさな喜び方に嬉しくなる半面、レイは困惑もしていた。そこまで喜ばれる付き合い方をするには日が浅かったはずだ。
その理由はカザネの亭主から説明される。長い長髪を後ろで纏めたロマンスグレー風の男性は静かに語る。
「いや、君が無事でホッとしたよ。何しろ、君の奴隷から、戦闘によって意識を失ったと聞かされていてね。幼い少女の居るパーティーだけに、どうなったのか二人で気にしていたんだよ」
「まったく! アンタも戦奴隷の主なら、奴隷に余計な心配を掛けさせるんじゃないよ!」
物静かな亭主とは裏腹にカザネはレイの背中を何度も叩いた。彼女らが言っているのはスタンピード三日目に起きた出来事だ。外城壁の更に外側に広がっていた土塊の防壁。モンスターの猛攻を最前線で受け止めていた壁がクリストフォロスによって崩壊され、戦線が後退を余儀なくされた時。
レイは近くに落ちていた魔法工学の兵器を使い、殿を受け持った。兵士や冒険者の逃げる時間を稼ぐため、幾多のモンスターを倒し、その結果得た大量の経験値によって一気にレベルが上昇してしまった。急激なレベルアップに体は付いて行けず、気を失って診療所に収容されたのだ。
三日目は他にも騒動は起きていた。空から攻めてきたモンスターの猛攻によって、いくつかの避難施設は使えなくなる。急遽、民間の宿泊施設に避難民を移すことになった。カザネ亭もその受け入れ先になった。夫婦は各客室に残っていた冒険者の荷物をロビーに運び入れ、疲れ切った冒険者たちに事情を話して別の宿を探すように頼んでいた。
その中にリザも居た。主の荷物を受け取りに来た、金髪の少女の顔から血の気が失せ、今にも倒れそうだったのが夫婦の印象に残っていた。その後、避難施設に逃げ込み、無事にスタンピードを生き残ったあとも、時折レイ達がどうなったか二人で気にしていた。
レイは二人から当時の話を聞き、改めてリザ達に申し訳ない気持ちを抱いた。あの時。二人はまだ、レイの特殊技能、《トライ&エラー》の事を知らないでいた。
故に、レイがこのまま目覚めなければ、あるいは容体が急変し死んでしまったらと不安な気持ちを抱いていたに違いない。ただでさえ、戦奴隷は主の死が自分の死に繋がるのだ。
(いつも、不安にさせてばかっりだな。もっと、しっかりとしないと)
レイは改めて、彼女たちの主として、そしてパーティーのリーダーとしての責任感を噛みしめていた。
「それで? 君たちは、今日はどうしてここに来たんだい?」
「実は、アマツマラを今日発とうと思いまして、お世話になった方々の安否などを確かめつつ、挨拶をして回っている最中なんです」
「それは、それは。ご丁寧に」
本来なら、レイとカザネたちの間に、それほど深い縁は無い。単なる客と女将の関係だ。だが、それでもほんの少しでも言葉を交わし、親切にしてもらった間柄を無関係な他人と断じる事はレイに出来なかった。
「…………あの、これを」
長い沈黙の後、レイはコートに入れていた巾着を取り出し、中身を全て吐き出した。テオドールの工房で支払った分で大分使ったが、それでも数千ガルスにはなる。
カザネはガルスを見ると、眦を吊り上げた。
「ちょっと、アンタ。これは何だい。まさか、施しのつもりじゃないでしょうね」
冒険者であるレイを恐れず、つかみ掛らんばかりの勢いだ。後ろで腕を掴む亭主がいなければ、実際につかみ掛っただろう。もっとも、亭主の方も、不愉快そうに眉を顰めていた。
「施しなんかじゃありません。……貴方たちに売ってほしい物があるんです」
「売ってほしい物? 悪いんだが、見ての通りの有様だ。君の欲しがるような物があるとは思えないのだが」
亭主が訝しげに後ろを振り向いて、半壊した建物たちを指差した。確かに、主だったものは壊れているだろう。しかし、レイはもしかしたらと思い、交渉を続ける。
「お店で飲ませて貰ったコーヒー。あれの豆があったら、売ってほしいんです」
「コーヒーの……豆?」
亭主のみならず、リザやレティ、それにカザネもあっけに取られた。シアラとエトネは事情が分からず、余計に首を捻った。
「ええ。ご主人から頂いたコーヒー。大変おいしかったです。できれば旅先でも飲みたいと思っているんですが……どうやら嗜好品の類はまだ闇市で並んで無いようなので、幾らか譲ってほしいんです」
これは偽りのないレイの素直な気持ちでもある。異世界の中にあってコーヒーの味だけは元の世界とよく似通っていた。クライノートの森で食べた和風料理に使われていた醤油よりも味は近い。元の世界を忘れないために、手元に置いておきたかったのだ。
だが、それが本心の全てでもない。コーヒーの豆を購入するにしても数千ガルスはいささか高額すぎる。相場を知らないとはいえ、持っているガルスを全て出すのは道理に合わない。
レイとしては申し訳ない気持ちがあったのだ。クロノスから知らされた《トライ&エラー》による副次効果。使えば使うほど、因果を重ね、トラブルを招きやすくなる性質。
もしかすると、スタンピードが起きた遠因が自分にあるのではないか。それのせいでカザネ亭が甚大な被害を被ったのではないかという罪悪感が建物を前にして湧いてきたのだ。
(これが自己満足に過ぎない行為なのは分かってる。ここ以外にも至る所で、こういった光景は広がっている。もし、本気で申し訳ないと思っているなら、自分の持っている小切手を全額寄付するべきなんだ。それをせずに知っている人だからという理由でカザネさんだけにこうして金を渡そうとしているのは、単に自分が罪悪感から助かりたいだけの卑怯な行動だ)
それでも、そうせずにはいられなかった。
胸の内で膨れ上がる罪悪感に押しつぶされそうになる。『黒い影』がケタケタと嘲笑うのが聞こえてくる。
亭主はしばらく差し出されたガルスを見つめた後、運び出された荷物へと戻った。そして、その中に置かれた瓶を掴むと戻ってきた。握り拳二つ分ぐらいの大きさの瓶の中は薄緑色のコーヒー豆が詰まっていた。
「焙煎前の豆だ。この状態で一年ほどは持つ」
亭主はレイの空いた手に瓶を置くと、数千ガルスの内、数百ガルス程度を受け取った。
「この量なら、これが適正金額だ」
「でもっ」
口を開こうとしたレイを亭主は穏やかな微笑みで押しとどめた。そして、男は言葉を続ける。
「どうやら君は、冒険者として今回の惨状を気に病み、責任を感じているようだね」
亭主の言葉はあながち間違っていない。冒険者としてでは無いが、今回の惨状に責任を感じているのは事実だ。
「いいかい、レイ君。それは大きな勘違いだ」
「……勘違い……ですか?」
亭主はレイを諭すように言葉を重ねる。
「ああ、そうだ。冒険者として他の人よりも強いからか、君は少し高い視点から今回の災害を見て、もっと上手いやり方があったんじゃないかと思っているんじゃないか? ああすればよかった、ああすればもっと人は救えたんじゃないかって」
レイは言葉に詰まった。まさに、レイが胸中で抱いていた想いを言い当てられた。冒険者を幾人も見て来た食堂の主人は、培われた観察力を遺憾なく発揮する。
「ハッキリ言おう。それは傲慢と言う奴だ。時に人はどうしようもない絶望にぶち当たる。今回のスタンピードはまさにそうだ。誰もが目まぐるしく状況が変わる惨劇の最中で、どうにか生き残ろうともがき、様々な選択をしたはずだ。その選択の積み重ねで得た結果は、君の中では最善では無かったのかもしれない。……だけど決して間違った選択では無かったはずだ」
亭主はレイの周りを囲む少女たちを見た。
「君は君の守るべき人達を守ったんじゃないかな? 私にとっての妻を、君は守った。……それで十分なのだよ。人はどれだけ力を持っていようと、ちっぽけな存在だ。自分の手を伸ばした範囲しか守れない」
言うなり、男は両腕を伸ばした。
「一人が守れるのはこれぐらいだ。しかし、皆が手を伸ばせば、それだけ多くの物を守れる。……それでも命や物は守れない時もある。だけど、全てを一人で背負込もうとするのは駄目だ。それは今の君の仕事じゃない。今の君の仕事は、君の守りたい人を守る事だ。……このお金は、そういった事の為に使うと良い」
亭主は穏やかに。しかし、毅然とした態度で言う。レイは自分の行いを恥じる一方で、少しだけ、胸の内に抱えていた罪悪感が軽くなったのを感じていた。
レイ達はカザネ亭を後にすると、本屋に向かった。目的はエトネに文字を教えるための本を購入する事だ。この先、しばらくは一緒に行動できるが、故郷につけば別れてしまう。彼女の長い人生を考えれば読み書きは出来た方が良い。
だが、空振りに終わってしまった。本屋のあった区域は赤龍のブレスに焼き払われていた。すでに建物の残骸は撤去され、仮設住宅が立ち並ぶ。そこの住人は本屋の店主ではなかった。
エトネの勉強道具は闇市で見繕う事にした。そのため、彼らは闇市へと足を進めていた。
「僕は……傲慢だったのか」
「そうね」
道すがら、レイがポツリと呟いた言葉にシアラが素早く切り返した。容赦のない一言はレイの胸を深くえぐった。リザがシアラを睨むも、彼女は全く取り合わずに言葉を続ける。
「あの人。良い事言ったわよ。人の守れる範囲は手を伸ばした範囲だけ。ワタシもそう思うわよ。例え、どれだけ優れた特殊技能を持っていても、一人の力はタカが知れているんだから」
少女は自分の金色の瞳を手で押さえる。シアラもレイと同様に特殊技能を持つ者だ。それだけに少女の言葉は重い。レイが押し黙っていると、今度はリザが口を開いた。
「ご主人様。……貴方は赤龍との戦いの時、一人では無く、全員の力を使おうとしましたよね」
「……まあね。どう考えても、僕一人じゃ勝てないと思ったから……皆を巻き込んでしまった」
レイの言葉には後悔が滲んでいた。赤龍という怪物にリザやファルナたちを巻き込んだことを後悔していた。しかし、リザは首を横に振った。
「私は……正直、嬉しかったんです」
唐突な告白に、レイは虚を突かれたように目を丸くした。その反応が面白かったのか、リザは唇を綻ばして続けた。
「いつも、一人で無茶をする貴方が初めて皆を頼ってくれた。……その前に起きた迷宮の変成時、避難民の退避する時間を稼ぐためにお一人で向かわれた時も、「一緒に来てほしい」、と言ってほしかったです」
「……リザ」
「まあ……私もご主人様に頼られた事で、少々暴走してしまいましたが。……ともかく、必要とされた事は嬉しかったです」
少女はレイの前に立つと、少年と眼を合わせた。慈愛に満ちた青い瞳に覗きこまれてレイはどきり、と胸が高鳴った。
「ご主人様。もっと私達を頼ってください。困難を全員で乗り越え、その結果が例え最善では無かったとしても、その責は全員で分かち合うものです。それがパーティーだと私は思います」
―――すとん、と。
レイの胸のど真ん中に、少女の言葉は突き刺さった。周りを見ればレティもシアラもエトネも、リザの言葉に同意するように頷いていた。
(困難を全員で乗り越え、その結果を全員で分かち合う……か)
リザの言葉はレイの中に巣食うわだかまりを綺麗に拭い去った。
「リザ。それにレティにもシアラにも、エトネ。聞いて欲しい事があるんだ」
彼は自らを待ち受ける困難を全員に話す覚悟を固めた。それは表情にハッキリと浮かぶほどの覚悟だった。少女たちは少年の変化に気づき、真剣な眼差しを返す。
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