4-45 旗印 『後編』
「先代の国王。つまり俺の父から申し送りされていた、エルドラドの崩壊。俺はそれを防ぐべく、行動を開始していた」
テオドールは机の上に丸まった羊皮紙の束を積み上げる。十以上はある羊皮紙にはどれも封代わりの蝋が付着しており、半分に割られているが、何かしらの家紋が刻まれている。
レイは知る由も無いが、どれもエルドラドでは有名な国の紋章だ。
「他国に警告を発し、法王庁に掛け合い、冒険者ギルドとも親密になり、これはと見込んだ冒険者には武器や防具、時には金銭による支援を行ってきた。これはその成果の一部だ」
「実際、オレも陛下からエルドラドの崩壊を聞かされ、陛下の名代として他国との交渉を行ってきた」
冒険者という立場は国々を渡り歩くのに非常に便利である。特に名前の知られているオルドなら、無碍に扱われることも無かった。テオドールはシュウ王国の王になった日から、今日に至るまでエルドラドの崩壊を回避しようと動いていた。
「それも崩壊を目前に実を結ぶことになる。数年前に法王庁における頂点、最高司祭が代替わりを果たしたのだが、彼女から提案があったのだ。『七帝』を排除するのは個人だと不可能に近い。そのため冒険者や各国の強者たちを集めた討伐軍を編制したいと」
「オレの所にも打診は来た。A級冒険者には全員お呼びがかかっていると思う」
「……そこまでは分かりました。『七帝』を倒す為に個人ではなく大きな力を持ってして挑むのは。ですが、どうして僕なんかに旗印になれと言うんですか」
レイの疑問にもっともだと返したテオドールは口を開いた。
「法王庁は今の無神時代においても、13神を信奉する集団。その影響力は凄まじい。彼らが呼びかければ、討伐軍は編制できよう。だが、それは寄せ集めの戦力に過ぎない。特に独立独歩の気風が強い冒険者が簡単に肩を並べるとは思えない」
今回のスタンピードに置いて冒険者がギルドのひいてはシュウ王国の指示に従ったのは、スタンピードという目に見える脅威とオルドの存在があったからだ。
姿形がハッキリとした脅威を目にすれば、人は纏まりやすくなる。だが、エルドラドの崩壊は人の知覚できる範囲の事象では無い。もっと上の次元でしか観測できない。普通の人が知覚できる段階になった時は手遅れだ。
目に見えない脅威に対して、一致団結するには大義名分が必要だとテオドールは言う。
「様々な強者が一致団結し、討伐軍として機能させる為に、自分たちが13神の意思を受け取ったという、掲げるべき旗印が必要なのだ。俺はそれを其方に頼みたい。最後の『招かれた者』として、我等を導いて欲しい」
テオドールはレイに向かって頭を下げた。レイは唐突に告げられた大役に狼狽する。
「……も、申し訳ありません。……僕には……そんな大役は務まりません」
「大役と身構える事は無い。我らが求めているのは、其方と言う存在。13神が遣わせた『招かれた者』という肩書だ。……他の『招かれた者』の行方が分からない以上、其方に頼みたいのだ」
テオドールの言葉は、ある意味非情である。
レイの強さに期待するのではなく、その存在を重視しているのだ。いうなれば、担がれるだけの神輿となれとテオドールは言っている。しかし、それも無理はない。崩壊まで残り五年を切った現在、世界を大局から眺める国王にはエルドラドの異変が情報として舞い込んでくる。
「我が国にスタンピードが発生したのと時を同じくして、他の大陸でも古代種の龍が出現したとの報告があった。それに其方も知っている通り、『勇者』との戦闘により死んだと思われていたゲオルギウスが姿を見せたのを皮切りに、六将軍の存在も報告されている」
「おそらく、『魔王』が動き出したのだと、オレたちは睨んでいる。それにお前さんは知らないだろうが、この国で行われた精霊祭。アレも本来ならもっと後に行われる予定だったんだ」
オルドが横から口を挟んでくる。
「だが、異常な魔力の流れによって、急速にアマツマラに魔力が集まってしまった。……もしかするとエルドラドの崩壊が近づいた影響かもしれん」
「いずれ、法王庁が全世界規模で討伐軍設立を呼び掛ける。俺はその時に、其方の事を法王庁に伝えようと思う」
テオドールの言葉にレイは眉を顰めて、声を荒げた。
「僕の意思を無視するんですか!?」
「当たり前だ。世界の命運が掛かっているのだ。……少しでも勝率を上げるために、必要な手はすべて打つつもりだ」
テオドールの全身から重苦しい威圧感が放たれた。それはブーリンと同じ威圧感だった。民を、国を背負う者だけが抱え込む、重たく苦しい重圧。テオドールもまた、その一人だった。
「……そんなの、勝手すぎます」
「ああ、分かっている。だからこそ、其方には強くなって欲しいのだ」
言うと、テオドールはレイの傍にある龍刀を指差す。
「その刀を打ったことも、魔水晶を渡すこともその一環だ。……其方に来るべき時が来るまでに少しでも強くなって欲しいから、渡したのだ」
レイは王の目を見る事は出来なかった。見た瞬間に取り込まれてしまう事を恐れたのだ。執務室に息が詰まりそうな沈黙が立ち込めた。
すると、その沈黙を破るようにテオドールが言う。
「……其方とて、考える時間が必要だろう。……どちらにせよ、討伐軍の結成にはまだ時間が掛かる。それまで、世界を廻るのがいいだろう。……そして、改めて、其方の選択が知りたい」
「……お気遣い、ありがとうございます」
それだけを言うのに、レイは魂を絞り出す。
「それで? 今日にもアマツマラを発つとは聞いたが、どこに向かうんだ?」
場の空気を変えようとオルドが尋ねて来たので、レイは新しく仲間になったエトネを故郷に送り届ける為に南回りで中央大陸を目指し、その後学術都市を目指すことを告げた。
「ほう。学術都市か。……『七帝』や『招かれた者』たちを調べるつもりか?」
「それもあります。聞くところによれば、様々な書物があるとか。探せば、彼らに関する情報もつかめると思って」
テオドールに向けて自分の考えを伝える内に、レイはあることを閃いた。
「……陛下は『七帝』に対抗するために行動していたのですよね?」
「うむ、そうだが―――」
「―――でしたら、僕に教えて下さい。『七帝』が今どこで何をしている奴なのか。それにかつてやって来た『招かれた者』たちについて教えて下さい」
テオドールはレイの懇願に対してふむ、と呟いた。
「……いや、済まんが俺も正確な情報は掴んでおらん。あやふやな情報を渡せば、それが其方の目を曇らせるかもしれん。其方の手で『七帝』や『招かれた者』を調べるべきだろう」
テオドールは言うなり、口を真一文字に閉じてしまった。いくら言葉を重ねても、目の前の男は意見を翻さないと考えたレイは荷物を持つと立ち上がった。これ以上、ここに居ても有益な情報は手に入らない。
「陛下。それにオルド。申し訳ありませんが、この後、街でお世話になった方に別れの挨拶をしたいので、この辺りでお暇させて頂きます」
「そうか。防具の修繕が終わっていないようなら、その挨拶が終わってからまた来ると良い」
レイはありがとうございます、と返すと次にオルドに向けて尋ねた。
「それで、ファルナやホラスにも挨拶したいんだけど、どこに居るか知っている?」
すると、オルドはぴしゃりと禿げあがった頭を叩いた。
「あー、ファルナならもうアマツマラには居ないぞ」
「え? そうなの?」
驚くレイに向けてオルドは事情を説明した。今回のスタンピードにおいて昇格したA級クラン『紅蓮の旅団』だが、損害も大きかった。十名を越す殉職者を出した事で、新しい団員の募集をした結果、班を新たに増設したのだ。
なんと、その班のリーダーに選ばれたのはファルナだった。
「若手主体のファルナ班を設立して、補佐にカーティスを付けさせた。オレはまだ早いと反対したんだが、色々とこっちも事情があってな」
出来たばかりのファルナ班は早速、ある組織からのクエストを受けてアマツマラを出発してしまった。それが三日前の話だ。
「ホラスもファルナと共に出発したぞ。……二人からの伝言だ。『生きて、世界のどこかでまた会おう』だそうだ」
「そうか……別れの挨拶ぐらいはちゃんと顔を合わせたかったのに」
レイは二人の戦友の顔を思い浮かべた。彼らの旅路が無事であることを祈るしかなかった。
そしてもう一度、テオドールに向けて頭を下げた。
「……陛下。龍刀、それに魔水晶。ありがたく頂戴いたします。そして、旗印の件ですが、考える時間を下さい。……いずれ、ちゃんと決断を下します」
「そうか……良き答えを期待するぞ」
立ち上がったレイとは反対に、テオドールとオルドはソファに座ったままだ。二人はそのまま扉を出ようとするレイを見送る。
「それじゃ、オルド。そして陛下。これにてお暇いたします」
「おう。この稼業を続けてりゃ、どっかで会うかもしれないからな。その時はよろしくな」
「旅の無事を祈っていよう。さらばだ、レイ」
レイは二人に向けて頭を下げた。そして開いていた扉は音を立てて閉まる。
足音が遠ざかるのを確認したオルドは隣に座るテオドールを横目で睨んだ。
「どうして、あの事を話さなかったんですかい?」
「……何のことだ?」
オルドの詰問に対してテオドールは表情を変えることなく応対した。
「恍けないでください! 『七帝』の内、アイツの行方は有名だ。どうして、話さなかったんですか?」
「有名だからだ。それこそ、エルドラドに住む殆どの人間が知っている事実だ。遠からず、あの少年もその事実に直面するだろう」
「だったら!」
激昂するオルドに対して、テオドールは机の上に置かれた羊皮紙を一枚掴んで渡す。受け取ったオルドの瞳が文面を追うごとに驚愕に開かれている。
「アイツの存在を知れば、あの少年は同時にこの真実に直面する。事と次第によっては、あの少年は国と敵対する羽目になる。……それを回避するために、少しでも外交による交渉が必要だ。……そのためには僅かでも時間が必要だ。……告げない事で僅かでも時計の針が止まる事を祈るしかない」
テオドールの顔に苦渋の色が浮かぶ。視線は壁に掛けられた、世界地図へと注がれる。五大陸が描かれた地図のある一点を憎々しげに見つめた。そこには西方大陸最強の国が記されていた。
レイがテオドールの執務室を出ると、外ではまたしても着せ替え人形が誕生していた。今回の人形はエトネだった。レイが近づくと、人に囲まれて緊張しているエトネが助けを請う様な視線をレイに送った。
エトネを囲む職人の一人が振り向くとレイに片手を上げた。マエリスだった。彼女は気さくな笑みを見せつつ、レイに声を掛けた。
「や、しばらく。今度はこの子の防具と武器を見繕うんだってね」
「はい。防具の方は元から持っている革製の防具があるんですけど……」
レイはちらり、と机に投げ出されているエトネの鎧を見た。これは本来、エトネの母親の防具だった。母の死後、自分なりに詰めて使い続けていたそうだ。
マエリスは首を横に振る。
「あれは大人の体格向けの防具さ。革とはいえ、子供の筋力じゃ重たく感じるよ。いま、うちに残っている皮製で軽いのを試着してもらっているよ」
「……そうですか。なら、防具はそれでお願いします。……あとは武器なんですが」
「そっちも聞いているよ。拳で殴る、超近接型の戦闘方なんだってね。ガントレットもうちじゃ作っているから、そっちを見てみるかい?」
マエリスの申し出にレイは頷いた。そして、工房の中をぐるりと見回した。エトネの傍に居るのはレティとロータスだけだった。リザとシアラが居ないのだ。
二人の行方をレティに尋ねると、あっちに行ったよ、と返事した。レティの言う通りに進んでみると、二人はすぐに見つかった。
二人は並んでロングソードを見つめていた。意匠や、剣の煌めきは様々で粗悪品とまでは行かないが三流から二流半といった代物だとレイは見当をつけた。
「剣が欲しいの、リザ?」
レイが声を掛けるとリザは振り返り、自分の持つロングソードを抜いて見せた。鞘から抜かれたロングソードは見るも無残な姿になっていた。刃は所々穿ったような傷を残し、輝きも鈍くなっている。レイのファルシオンとは違い、修復は不可能だろう。
「エルフの方々との特訓で、大分消耗してしまいました。ですので、武器の相場を知るべくこうやって見せてもらっていましたが……」
「良いのが無いの?」
レイは声を潜めて尋ねた。リザも近くに居る職人に気を使い控えめに頷いた。現在、テオドールの工房は数少ない正常に機能する工房だ。そのため、本来ならこの工房を使えない技量の低い職人が出入りしている。目敏いシアラが、技量の低い職人に声を掛けたのだ。
何もリザに嫌がらせをした訳では無い。単にリザが自分の武器に大金を使うべきではないと考えて、シアラに頼んだ。結果として、集まった剣はどれも微妙な出来ばかりとなった。
レイは頬を掻きながら窘める様に口を開いた。
「リザ。武器や防具ぐらい……というか、冒険者だからこそ、武器や防具に金をケチるべきじゃないと思う。そりゃ、分不相応な武器とかを持っていたら、目を付けられる危険もあるけど、分相応な武器を持つことは変な事じゃないよ」
そこでレイは声を一段低くした。
「だから、もっといい武器を探そうよ。幸い、馬車と馬代わりの鳥を手に入れたから、お金は十分余裕があるし」
「……ご主人様が仰るなら、仰せの通りに」
リザが納得すると、レイは職人に詫びを述べて武器を持って帰ってもらう。そして、改めてマエリスにロングソードの調達を追加で頼んだ。
彼女は気前よく受けると、職人に声を掛け、リザのレベルに相応しいロングソードを数点見繕った。リザはそれらを振り、その中で一番気に入った物を選んだ。
凝った意匠など無く、どこまでもシンプルな作り。言うなれば、戦闘に特化した美がある。値段もそれに見合った高額だったが、問題は無かった。
リザの新しいロングソードが決まるのと同時に、エトネの防具と武器が決まった。
「じゃーん! どう、ご主人さま!」
レティがエトネの背を押すと、一歩幼女が前に押し出された。子供の体格に合った皮鎧は胸から腹までを防御するシンプルな物だった。猪のモンスター、ボア系の皮を幾重にも重ねた鎧は駆け出しから熟練者まで愛用者が多いそうだ。
防具がシンプルな分、武器は思ったよりも目立つ。エトネの両拳に嵌っているガントレットは、手の甲だけでなく、前腕の途中までを覆っている。蛇腹式の構造の為か手首の動きを邪魔しないとマエリスは言う。
「本当なら、足にも何かしらの防具を着けた方がいいんだけど、本人が嫌がってね」
「そうなのかい、エトネ」
「おもたいの、やだ」
エトネは短く言った。レイもエトネの戦闘スタイルなら、足にも何かしらの防具を装備して欲しいと思う反面、童女の幼い躰にこれ以上の負荷は厳しいのではないかとも思っていた。エトネは手甲や鎧以外に、クロスボウを腕に装着している。軽量化されているとはいえ、重量はそれなりにある。
そんなエトネを心配したレティの説得に負け、彼女は足に防具を着けるのを妥協した。母の革製の防具から、足回りだけを拝借したのだ。痛みも少なく、エトネの手によって加工もされていなかったため、簡単にサイズ直しが出来た。
残った革鎧をどうするかと尋ねると、
「……だれかにつかってもらいたい。そうしないと、これもしんじゃうから」
と独特の価値観を告げた為、マエリスが預かり、分解して再利用されることになった。エトネとリザが新品の武器や防具を身に着けると、ニコラスと複数の職人が籠を持ってやってきた。
「待たせたな! 頼まれてた修復、完了したぜ!」
作業台に置かれた籠の中ではレイ達の武器や防具がキラキラと輝いて並んでいる。流石に新品同様とはいかないが、それでも状態はだいぶ良くなっている。
「ニコラス、それに職人の皆さん。無理を言ってしまって申し訳ありません」
彼らはレイの我儘に付き合う形で、自分たちの作業を止めて修復をしてもらったのだ。レイは頭を下げると、職人達は首を横に振った。
「俺らはアンタに世話になったからな」「そうそう。赤龍を大地に引きずり落とした英雄の頼みだ。断わるわけには行かないぜ」
伏した顔をレイは歪ませた。またしても、英雄と言われた事に心苦しさを抱いていた。しかし、顔を上げる時にはすでに元の表情を取り戻した。
「それでも、ありがとうございます」
続けてリザ達も礼を言った。
「「「「ありがとうございます」」」」
「本当に行っちまうんだな。もう少し、アマツマラでゆっくりして行けば良かったのに」
工房の入り口まで見送りに来たニコラスが、唇を尖らせて言う。レイは折角できた友人に申し訳なさそうに返した。
「ごめん。こっちにもいろいろと都合があってね」
「けど、よっ!!」
更に言葉を重ねようとしたニコラスに向けてマエリスが拳を下ろした。落ちた拳の痛みと女性が近づいたことのショックからニコラスは膝から崩れ落ちた。そしてそのまま地面を転がると距離を取った。
「芋虫か、お前は」
マエリスは呆れた様に言った。内心、レイも似たような感想を抱いた。
「何すんだよ!」
「何では無い。男なら、友との別れを湿っぽくするな」
男前な発言である。ニコラスも納得したのか、何も言い返さなかった。すると、同じく見送りに来たロータスが口を開いた。
「レイさんはこの後、旅支度を済ませたら直ぐに出るのですか?」
「はい。でも、その前にアマツマラでお世話になった方に礼を言おうと思っています」
「そうですか。……でしたら、時が悪かったですね」
ロータスの言う悪いが何を指すか分からなかった。しかし、レイは直ぐに思いついた。
「ファルナの事ですか?」
肯定するようにロータスは頷いた。リザとレティが不思議そうにレイを見るので、彼はファルナがアマツマラを離れた事を告げた。親しくしていた者の不在に、リザは少しショックを受けていた。
「ファルナの事もそうですが、他のメンバーも迷宮に潜っている最中です。私達は陛下に途中経過を報告するべく、一度地上に上がってきたのです」
「それじゃ、オイジンやカーミラさんは」
「不在です」
「そうだったんですか。……それじゃ、お世話になりましたとだけ伝えてください」
レイが言うと、リザとレティも続いた。ロータスは「承ります」、と短く言うと、視線を横に滑らした。そこには真新しい武器と防具を身に着けたエトネが居た。彼女は見られていることに気づくと視線を逸らした。だが、ロータスは逃がさないように膝をつける。
「短い間でしたが、この方達と一緒に旅をした者として断言します。彼らは決して貴女を見捨てるような真似をしません。ですから、貴女も彼らを信じて、付いていきなさい」
エトネはロータスとレイ達を交互に見ると、小さく頷いた。
それを見て満足したのか、ロータスは立ち上がり、今度はレイの方に向いた。
「レイさん。同胞とは縁を切られた身ですが……年若いこの子をよろしくお願いします」
ロータスは言うなり、深々と頭を下げた。レイは重たい責任を感じて、背筋を伸ばした。
「微力ながら、全力を尽くします。エトネを無事に、故郷まで送り届けます」
「私達も、未熟ながら力を尽くします」「頑張るよ!」「まあ、ほどほどにね」
リザ達もそれぞれロータスに向けて答えた。彼女は顔を上げると、少女たちの顔を順番に見て、もう一度頭を下げた。
「……それじゃ、皆さん、お世話になりました」
レイは下ろしていたバックパックを背負うと、最後に締めくくるように告げる。ロータスとマエリスは口々に別れの言葉を述べた。
「道中の無事を祈っています」「気を付けて行きなさいよ」
そして最後に、黙っていたニコラスが口を開いた。
「……またな! レイ! 次に会う時は、もっといい防具を仕立ててやるよ!!」
先程までの不満げな顔は微塵も無い、晴れやかな笑みを浮かべていた。つられてレイも笑みを浮かべた。
「それじゃ、僕はその防具に見合うだけの立派な冒険者になるよ。またな、ニコラス!!」
二人は握った拳をぶつけた。そして、離れた時が別れの時だった。レイ達は工房の敷地を出た。最後に一瞬、後ろを振り返ると、ニコラスが大きく手を振っていた。
それに全員で返した。互いの姿が見えなくなるまで手は振り続けていた。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は3月21日を予定しています。




