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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第4章 エルフの隠れ里
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4-43 龍刀コウエン

 テオドールの呼び出しを受けたレイ達は彼の主宰する工房へと足を進めた。道中でニコラスから工房の様子などが説明された。


 アマツマラとダラズの復興はどちらも順調ではあるが先は長い、とニコラスは語った。各地からの物資が届き、工房もようやく再開のめどが立ったが、武器防具専門では無く、鋼と火に関する物なら仕事を選ばず、夜も火が落ちる事はない程忙しいとの事。そんな中でもテオドールは一心にある物を打っていた、と。


 それが何かをレイが尋ねる前に、一行はテオドールの工房へと辿りついた。


 アマツマラの上層部の一角にある職人たちの工房街。一際大きい鍛冶王の工房はさほど被害を被ってはいない。広い間口は人の往来で賑わっていた。すると、その人ごみをすり抜けるように一人のエルフが姿を現した。


 流れるような金髪に、流麗なスタイルを最大限に引き出すアオザイを着込んだ女性、ロータスだ。初めて会うエトネが不思議そうに首を傾げた。


「ロテュス……さま?」


「違うよ。あの方はロテュス様の娘、ロータス様だよ」


 エトネの疑問をレティが訂正した。ロテュスとロータスは一見するとよく似ている母娘だ。見分ける点は眼鏡の有無や、武器の違いなどあるが、一番は両者の持つ雰囲気だろうとレイは考える。片方は成熟された女性にしか出せない色気のある雰囲気。片方は清純さと共に、芯の入った凛とし佇まいを持つ。人によっては固いとも取られかねないが、実直な人柄が出ている。


 そのロータスが工房の入り口ですれ違うレイ達に気づいて声を掛けた。


「あら、レイさん。それに他の方々も。こんにちは」


「こんにちは、ロータスさん」


 レイが挨拶すると、リザ達も主に習った。それはエトネも同じだった。彼女は頭を上げると、上目遣いにロータスを見た。その視線に気づいたロータスはフードに一部隠れた萌黄色の瞳を食い入るように見た。


 素早くしゃがむと、彼女はエトネの顔を正面からとらえた。


「あなた……雑種ね」


 エトネはロータスの指摘に黙って頷いた。すると、ロータスは横目でレイを見た。鋭利な瞳を持つ彼女が横目で見るとそれだけで睨まれているようにレイは感じてしまった。いつの間にかニコラスは消えていた。彼は遂に女性の比率に耐えきれなくなり、この場を離れてしまったのだ。遠くで、「師匠のとこで待ってるから!」と、捨て台詞を吐いた。


「レイさん。少し、お話をしたいのですが、お時間は有りますか?」


「え、えっと。テオドール王に呼ばれているんですけど」


「でしたら、王に会うまでご一緒しましょう。色々と聞きたいので」


 レイに断わる胆力は無い。


 案内人はニコラスからロータスへと変わった。レイは道すがら、エトネとの出会いからエルフの隠れ里に辿りつき、しばらく里で過ごさせてもらった後、彼女を故郷に送り返す依頼を受けたことをかいつまんで説明した。


 ロータスは納得したように頷いた。


「そう言う事情でしたか。てっきり、この子が奴隷として売られていたのをレイさんが購入したのかと思いました」


「もし、そうだったら、如何したのでしょうか?」


 リザがロータスに尋ねると、眼鏡のツルを押し上げて彼女は答えた。


「レイさんに売った奴隷商人をとっちめて、他に買われた同胞が居ないか全力で探します。例え地の果てまで逃げたとしても、追いかけて取り戻しますとも」


 過激な意見だ。しかし、エルフの同胞を思う熱い気持ちの表れといえる。ふと、レイはあることに気づいてしまった。プライベートな事だけに聞いても良いのかどうか悩んでしまうと、それを察知したロータスが尋ねて来た。


「なにか、気になる事でもありますか?」


「あー。いえ。……ぶしつけな質問になるんですけど、良いですか?」


「構いませんよ。どうぞ」


 レイは意を決して尋ねた。


「どうしてロータスさんはロテュスさんから絶縁されているんですか」


「……ご主人様!」「ちょっと!」


 背後でリザやシアラが咎めるように主の名前を呼んだ。やはり、プライベートに土足で踏み入るような行為だと判断したレイは、質問を撤回しようと再度口を開く。しかし、当の本人は何でもない風に答えた。


「私が人間族の殿方に恋をして……叶う事ならその方との子を成したいと思っているからです」


「わぁぁ! 素敵です!」


 コイバナに反応したレティが歓声を上げた。ロータスはすまし顔を崩さず、しかし、頬を赤らめている。


「母と会い、里長とも会ったのならエルフが純血主義を掲げているのは知っていますよね」


 レイ達は肯定するように頷いた。


「私の想いはエルフの掟に反します。母からは王族が主義を捨てるのは、種族の存亡に関わる事! と、までも言われました。何しろ王族の役目は血を絶やさない事ですから」


 一転してつまらなそうに母親、いやエルフを批判するロータス。だが、レイはあれ、と疑問を口に出した。


「あれ? 子を成すなら、人族でも構わないのでは? 半分の確率ですけどエルフの子供が生まれますよね」


 同じ種同士で他族の父母から生まれる子供は、どちらかの親の種族になる。エルフ族のロータスと人間族のオルドなら、二分の一の確率でエルフが生まれるはずだ。他種と交わる雑種が認められなくても、血を絶やさないという意味では問題が無いようにレイは感じた。


 だが、それをロータスは否定した。


「残念ながら、そうは上手く行きません。純潔以外で生まれた子供の血は、後の世代で先祖返りを起こす危険性が生まれます」


 その言葉にレイは聞き覚えがあった。彼は後ろを歩くシアラを盗み見た。彼女の金色の瞳は先祖返りによって現れた、と彼女自身が言っていた。


「私が人間族と交わり、結果としてエルフの子供が生まれても、その次に生まれてくる子供が人間族の場合があるのです。その時に生まれた子供以外に、王族の血が居なければエルフという種は滅びます。ゆえに、私の相手もエルフが望ましいのです。……そんなの願い下げなので、出奔したら縁を切られました」


 ロータスは務めて明るい声で言う。重い話を払拭させようとした。すると、それまで黙っていたエトネが顔を上げて尋ねた。


「こうかい、してませんか?」


 里と、親と、エルフという種との縁が切れたというのは、世界に独りぼっちになったのと同じことだ。それはエトネやエトネの母親のエスリンと同じという事だ。彼女たちが一体何を支えにして外の世界で生きてきたのか。それをエトネは知りたかった。


「……後悔。……うん、してないわよ」


 ロータスは一度言い切ると、すぐに言葉を続けた。幼子を相手にしているからか、言葉遣いが柔らかくなっている。


「最初は先の事が分からなくて後悔したわ。何しろ、その時の『紅蓮の旅団』は先代の団長を失って、戦力がガタ落ち。子連れ団長は娘を連れて迷宮に突撃するという、色々と瀬戸際に立たされたクランだったもの」


 B級クラン、『紅蓮の旅団』にそんな過去があったのかとレイ達は驚いていた。当時を懐かしむロータスは言葉を重ねる。


「本当にこの選択肢で良かったのか、自問自答の毎日。……でもね、それもやっぱり好きという気持ちを裏切る気にだけは為れなかったの」


「すきという……きもち?」


「そうよ。エルフは生きる時間が他の人よりも長い分、感情とか感動が希薄になりやすい。普段ならそれでもいいんだけど、時々とんでもない感情や感動に出会うと、それに囚われちゃうのよ。私や、きっとあなたのお母さんにもあったのよ」


 ロータスはフード越しにエトネの頭を撫でた。


「あなたもそう……なんてことは言わないわ。まだ幼いものね。……でもね、覚えておいてね。エルフの女が誰かに恋をしたら、それに囚われちゃうの。生きるという意思をその人に捧げたくなる。……だから、男を見る目を養う事」


「……いや、子供になんて助言を送ってんですか。エトネがきょとんとした顔で固まってるじゃないですか」


「ふふふ。まだ早かったかしら。……一人で生きると言う決断をしたあなたはとっても偉いと思うわ。でもね、誰かと一緒に暮らすのもありだと思うわよ。それを旅の間に、時々でいいから考えてみなさい」


 エトネはロータスのいう事の半分も理解できていなかった。肯定も否定もできないまま歩いていると、彼らは鍛冶王の居る、工房の最奥へと辿りついた。






「よう。よく来たな、冒険者レイ。それにその仲間達よ。……なんだか増えてないか?」


 むき出しの上半身から滝のような汗を流しているテオドールは開口一番、シアラとエトネを見て首を傾げた。テオドールとレイがあった時、彼女たちはまだレイの仲間では無かったため初めて会うのだ。


 レイは片膝をつくと、口上を告げようとする。


「陛下におかれましてはご健勝―――」


「―――堅苦しい挨拶など要らん。ここは城では無く、俺の工房だ。楽に振る舞え」


 テオドールは膝を付いたレイに向かって立つように促した。すると、便乗する形で野太い声が工房に響く。


「そうだぞ、レイ。ここじゃ、この方も単なる鍛冶師だ。……頭に超凄腕が付くがな」


「オルド。貴方もここに居たんですか」


 テオドールの巨体の向こう側から、これまた巨体なオルドが手を振っている。その後ろでは、先程逃げ出したニコラスも立っている。ロータスが居るのだから、団長であるオルドが居ても何ら不思議は無かった。リザとレティも二人に向けて挨拶を述べた。遅れてシアラとエトネも挨拶を述べた。


 すると、テオドールの灰色の瞳が、シアラの紫がかった黒髪と、金色の瞳を射抜いた。


「そなた。何者だ?」


 端的ではあるが核心を突く、鋭い質問だった。加えて虚偽を許さぬ力強さもある。レイはシアラを庇おうとしたが、彼女はそのレイを留めた。彼女は工房の床に正座すると、背筋を伸ばして頭を下げた。


「お初にお目にかかります。シュウ王国、テオドール王。下賤の身で拝謁を賜る無礼、お許しください。名をシアラ。今はレイ様に買われた奴隷です。……御覧の通り、魔人種の血が混じっております」


 見事な口上だった。レイの付け焼き刃な物とは一線を画く。血肉となった品格が滲み出る作法と言葉遣い。頭を下げているシアラから、テオドールに負けない威圧感が放たれ、両者の間で拮抗していた。


「ふむ。……シアラとやら。其方の目。俺はある男を思い浮かべてしまう。この地に降り立ったクリストフォロスと同種の目だ。……よもや、六将軍ではあるまいな」


「それは違います。ワタシの金色の眼は母方の血筋の先祖返り。ワタシ自身、彼らと関係などありません」


 潔白を主張するシアラにレイは続いた。


「陛下。彼女も赤龍討伐に一役買った功労者です。六将軍と関係しているなら、そんな事はしないはずです」


 リザとレティも口には出さないが頷くことで援護射撃をした。だが、テオドールは眉ひとつ動かすことなく、押し黙ってしまう。


 痛いほどの沈黙が流れた。


 均衡を破ったのはオルドだった。


「茶番はそれぐらいにしたらどうなんですか、陛下」


 背もたれに背を預けると、巨体に耐えかねて椅子が軋んだ。彼はそのままの姿勢でテオドールに言う。


「今日までの間に、そのお嬢ちゃんが無害だって調べは付いているのでしょ。お嬢ちゃんを取り扱った商会と連絡を付けて、どういう経緯でアマツマラまで来たのか。それにレイが寝ている間にも人をやって行動を監視して、その結果白だって分かったんですから」


 レイ達はオルドの言葉に目を見開いた。何時の間に調べられていたのか全く分からなかった。テオドールはオルドを睨むと苦い口調で言う。


「まったく、お前と言う奴は。……いくら調べても分からんことが一つある。氷漬けになる前の其方の足跡だ。暗黒期の半ば。魔人戦役の終わりごろに氷漬けになった事は分かったが、それ以前がさっぱりわからん。……説明する気は無いか」


「……それに関してはご容赦ください」


 シアラはテオドールの鋭い眼光を前にしても、態度を崩さず頭を伏したままだ。その姿勢のまま言葉を続ける。


「陛下がワタシに疑念を抱くのも無理ありません。……ですが、これだけは信じてくださいませ。ワタシは主であるレイ様と、仲間を裏切る真似はしません」


「……シアラ」


 レイは彼女の言葉に深い感銘を受けていた。気まぐれな猫のような存在だと思っていたシアラがこんなことを言うとは思っていなかった。それはリザ達も同様で、胸に期するものがあった。


「……ふぅ。ならば、仕方ない。……その言を信じるとしよう」


 テオドールは嘆息すると、机に置かれた物を手に取った。麻布にくるまれた細長いソレを無造作にレイに渡した。慌てて受け取ったレイは―――両の手に突き刺さる熱に呻いた。


「ぐっぅうう!」


 布一枚隔てているのに、まるで熱せられた火かき棒を握っているかのようだった。布が燃えていないのが不思議なほどだった。周囲はレイの大仰な反応に首を傾げた。


「布をとってみな」


 テオドールに促されると、レイは麻布の端の折り返し部分を結ぶ紐をほどく。そして折り返し部分を開くと、一気に熱気があふれた。


「きゃぁああ!」


 傍で好奇心を抑えきれなかったレティが熱気に当てられ転んでしまった。すでにその場に居た全員がレイの持つ布の中身の危険性に気づき始めた。レイは覚悟を決めて袋の中へと手を伸ばした。


「ぐぅうううう!!」


 うめき声がさらに増した。額には大粒の汗が浮かび、首筋にも鱗のような汗が皮膚を覆っている。レイはどうにかして袋の中身を掴み、取り出した。


 ―――炎がそこにはあった。


 誰もがそう錯覚してしまうほどの熱気と質量がレイの手の中にあった。布袋から取り出されたのは火柱を固めたような鮮やかな赤色の鉄鞘に納められた刀だった。


「まったく。持ち主に会えずに不満を吐き出していたと思ったら、今度は随分とまあ、嬉しそうじゃないか」


 誰もが言葉を飲む中、テオドールだけは口元をほころばせていた。刀を見る灰色の眼は、まるで子供を見る父のようだ。


 工房の中を蹂躙した熱風はぱたり、と治まった。同時に、レイの手を焼き尽くすような熱も止まる。レイの手にはずっしりとした重さの日本刀が握られていた。


 朱よりも赤々しい鞘に収まってはいるが、抜かなくても分かる。これはとんでもない逸品だと。


「やっと、持ち主を見つけて治まったか。防火性の高い糸で織った布も、ほれ。裏は完璧に焦げている」


 テオドールは床に落ちた布の裏地を周囲に見せつけた。彼の言う通り、刀を収納していた布は黒く焦げていた。というよりも、布が熱気を遮断してもなお、あれだけの熱を放っていたことにレイは驚嘆した。


 いまは凪の海のように静かになった刀だが、いつまた火山の噴火の如き熱気が放たれるか分からなかった。


 だが、テオドールは短く告げた。


「抜いてみな」


「……僕……ですか」


 レイは固い表情のまま聞き返した。テオドールは馬鹿げたことを申すな、と返すと言葉を続けた。


「それは正真正銘、其方の刀だ」


「「「ええっ!?」」」


 テオドールの言葉に複数の驚きが返る。事情を知っていたらしいオルドとロータス、それにニコラスを除いた全員が驚いてレイと刀を交互に見る。レイは言葉を無くして刀を穴が開くほど見つめていた。


「赤龍の遺体から切り分けた背骨と牙。そして鋼はアダマンタイン。伝説級の素材を惜しげも無く使って生み出された刀は持ち主を選ぶ。見てみろ、この掌を」


 言うなり、テオドールは分厚い手袋を脱いで、掌を外気に晒した。誰かの息を呑む声がした。彼の両の掌は焼け爛れ、疎らに治療の跡が残る。治療を受けながら、新しい火傷を拵えたのを何度も繰り返せば、このような手になるのだろう。エトネの鼻が薬液の臭いを捉えた。


「刀を打っている最中でも、背骨と牙は熱を上げていた。刀として出来上がれば、今度は持ち主を求めて啼いていたんだ。さあ、レイよ。そいつの為にも抜いて見せてくれ」


 テオドールに再度促されると、レイは覚悟を決めて刀の柄を握る。


 瞬間。


 刀が喜んだ。


 刀身から発せられる熱は鞘や柄にも行き渡る。まるで素手で火を掴んでいるかのように熱い。呼吸を繰り返すように、徐々に熱量が上がっていく。


 レイは力を込めて刀を抜いて―――驚愕した。


 鮮やかな波紋を光らせ、魂すら取り込むような刀身が炎に包まれているのを。


「な、なんですか、これは!?」


「レイ、刃先を上にしろ!!」


 驚きのあまり、刃先を横に振ろうとしたレイはオルドの絶叫に反射的に従った。刀身の根元から吹き上がる焔は瞬く間に上昇して工房の天井へとぶつかり、突き破った。


 分厚いレンガの天井は、炎に飲み込まれるように溶けた。アマツマラの空へと火柱が昇る。レイは両手で刀を握った。そうでもしないと、炎の奔流に負けて刀を取りこぼしそうになるのだ。


 だが。


「ぐぅうううう!」


 彼の顔は痛みに歪んだ。額に大粒の汗がまたしても浮かび、顔が赤く染まる。火柱と共に、柄が焼けた鉄のように熱くなってきたのだ。


 誰もがレイに近づくことすら叶わなかった。熱気の台風はレイを中心としており、工房内を荒れ狂う。オルドやテオドールでさえ、近づくことすらできなかった。


 次第に火柱の勢いは弱まってきて、数十秒ほど経つと、ふっと炎は掻き消えた。熱風もまた治まり、工房内は平静を取り戻した。


「一体、何が起きたって言うのよ」


 物陰に隠れて熱風をやり過ごしたシアラが様子を伺い、息を呑んだ。膝を屈したレイの持つ日本刀の輝きに言葉を失ったのだ。


 本当に材料に骨や牙を使ったのかと疑ってしまうほど一点の曇りも無い白刃。波打つ波紋は炎のごとく、光の当たり方では紅く煌めいている。熱気のなごりか、刀の存在感がそうさせるのか、周囲の空気が歪んで見える。


 シアラと同じように物陰に隠れて熱風をやりすごしたリザ達も同様に言葉を無くして、ひたすらに刀を見つめていた。先程までの暴虐ぶりを忘れ、武具でありながら一級の芸術品のような刀に見惚れていた。


 しかし。その刀が滑るように落ちた。工房の床に刃先がくい込んだ。


 顔を歪め、膝を屈したレイが取りこぼしたのだ。彼は自分の右手を左手で押さえていた。苦悶の声は低く、血を吐くようだった。慌ててレティとシアラが主の傍に駆け寄り、絶句した。


「……っ!」


 遅れてやって来たリザもレイの右手の有様を見て衝撃を受けた。彼の右手はテオドールの掌と同じ、いや、それ以上に焼け爛れていた。指の根元では隙間がひっつき、癒着している。レティの《回復ヒール》でもシアラの《アイスウィンド》でも回復できない重傷だ。


「ヒーラー! 直ぐに来い!」


 テオドールが絶叫と共に呆然と立ちすくむシアラたちを突き飛ばした。持っていた瓶から緑色の薬液をレイの手に浴びせると、じゅう、と音を立てた。


「っうう」


「染みるだろうが、我慢してろ!」


 瓶が空になるまで中身を掛けた頃に、テオドールが呼んだヒーラーが到着した。彼らはレイの傷を見て直ぐに回復魔法を発動した。数分の後にレイの右手は多少の火傷の痕を残しつつも復元した。


 指が動くことを確認するとヒーラーは立ち去った。


「……何なんですか、あの刀は?」


 レイは動くようになった手から床に刺さったままの刀に目を向けた。誰も怖がって近づこうとはしていない。テオドールは困った風に頬を掻くと自分の推測を告げた。


「赤龍は肉体を持つ精霊。その遺体から生み出された刀は魔剣に近い。いうなれば、精霊剣だ」


「だからといって、あれ程の威力が出るのはおかしいでしょう。あれは超級……いや、それ以上の威力でしたよ」


 オルドがテオドールに尋ねた。彼とて長い冒険者人生で魔剣を見た事は一度や二度では無いが、先程のような威力を発揮したところを見たことは無かった。


「先にも言った通り、持ち主を待っていたからな。抜かれたことに喜んだのかもしれん。いままでため込んでいた苛立ちをすべて吐き出して……スッキリしたんじゃないか」


(((そんな、馬鹿な事があるかっ!!)))


 全員がテオドールの言葉に内心で突っ込みを入れた。だが、彼にしても先程の火柱は規格外すぎる威力だった。それこそまさに赤龍のブレスと遜色ない威力。他に説明のしようがないのだ。


 レイは恐る恐る手を伸ばして刀を掴んだ。すると、刀身の根元から炎がちろり、と吐き出された。これまでの中で一番小さく弱々しい炎だ。床に落ちる前に火の粉となって散った。


 まるで刀が謝っているかのようで、レイは思わず苦笑した。


 落ちていた鞘を拾い刀身を滑らして、納刀した。ようやく工房内に張りつめていた緊張が途切れた。工房の職人は刀の力を警戒して、遠巻きから見ていた。


「陛下。もしかして、これが赤龍討伐の報酬ですか?」


「そのつもりだが……不満か?」


「不満ではありませんが……どう考えても僕の手に余ります」


 工房に空いた天井を見上げたレイはその威力の凄まじさに戦慄していた。ぽっかりと空いた穴の縁から溶けたレンガが冷えて固まっていた。炎の勢いによって砕かれたのではなく、飲み込む様に溶かした。


「これはお返しします」


 レイは鞘ごと刀をテオドールに突きだした。だが、彼は受け取ろうとはしない。


「断わる! ……それは既にお前を主として見做している」


「……使いこなせない未熟者の僕をですか」


 信じられないレイに対して鍛冶王は嘆息した。そして、レイから刀を受け取ろうと手を伸ばした。しかし、掴むことはできない。鞘に収まった刀から熱風が吹きだされたのだ。テオドールが手を引っ込めると、熱風は治まった。


「見ての通りだ。そいつはお前の物だ」


「でも―――」


「―――いいから、受け取っときな」


 食い下がるレイに対してオルドが口を挟んだ。彼はそのまま言葉を続けた。


「使いこなせないと思うなら、使いこなせるまで修行すればいい。むしろ、明確な目標が出来れば成長は早いぞ」


「……そうですね。それに、先程の火柱の威力はまさに一撃必殺。この先、レイさんがどのような冒険をするにしても、切り札を持つのは悪い事ではありません。げんに、今はおとなしくしているでしょう。問題は無いと思いますよ」


 オルドの意見にロータスが付け足すように意見を述べる。レイがリザ達を見ると、彼女らは口々にレイに任せると告げた。


 レイは手の中に納まった刀を見つめた。どう考えても自分の手に余る代物だが、それ故に強敵たちに一太刀浴びせる事ができる。頭領や、ゲオルギウス、そして『七帝』にさえも届くかもしれない。


 彼はしばし、刀を見つめていると、もう一度刀を抜いた。今度は刀身から炎は起こらなかった。レイは押し黙ったままの刀に向けて問いかけた。


「お前は……僕と一緒に行きたいか?」


 応じるように、炎が刀身を舐めるように現れ、消えた。それが回答だった。


「付いてきたがっているようなんで、連れていく事にします」


 テオドールに言うと、レイは刀を鞘に戻し、腰ひもに刀を突き刺した。ファルシオンを差している左腰とは反対の右腰に刀を吊るした。


「コイツには名前は無いんですか?」


「もちろん、あるぞ。龍刀コウエンだ」


「龍刀コウエン……よろしくな、コウエン」


 レイが柄を撫でると、じんわりとした熱が返事のように返った。


読んで下さって、ありがとうございます。

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