4-40 エトネの選択
サファとの話し合いが終わったあと。どこを歩いたのかレイ自身、定かでは無かった。エルフの墓標を出ると、いつの間にか客人用の小屋の前までたどり着いていた。
その小屋の前で蹲るように座っている人影をレイは見つけた。近づくと、金色の長髪が揺れた。リザだった。コートを羽織り、扉の前でうたたねをしていた。
「リザ? こんな所で寝ていると風邪をひくよ」
レイが言いながら彼女の肩を揺らすと、薄らと瞳が開いた。青い瞳は瞬きを数度繰り返すと一気に覚醒した。ぴょんと、背筋を伸ばして立ち上がったリザはレイに向けて口を開いた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
四日ぶりの再会だ。レイの胸に言葉に出来ない安堵が広がった。
「……ご主人様? どうかなさいましたか?」
リザが不安そうにこくびを傾げた。その仕草、一つ一つが既にレイにとって日常といえた。日常に帰ってこれたと、心の底から喜んでいた。
―――それを失う事になるのが、とても怖かった。
レイは思わず泣きそうになるのを堪えつつ、心配を掛けまいと笑みを見せた。
「ただいま、リザ」
すると、小屋の扉が開き、闖入者が雪崩のように飛び込んできた。レティとシアラ、それにエトネだ。彼女らは外で聞こえた声に反応して飛び出してきた。
「ご主人さまだ! お帰り!!」
「遅かったわね。お帰りなさい」
「……おかえりなさい」
三人はそれぞれ口々にレイの帰りを喜んだ。レイはまたしても感傷の波に襲われる。七番目の魂が目覚める時、世界が滅べば彼女たちは消えてしまう。その遠くない未来を思うと胸を搔き毟りたくなった。
表面上はおくびも出さずにレイは三人に向けて告げた。
「ただいま。皆、元気にしてた?」
「してたよ! さ、ご主人さま。お腹空いてない? クリュネ様から差し入れを貰ったの。もう食堂は閉まっちゃったからそれを食べようよ」
「はやく、はやく」
「おいおい、急かすなよ。というかエトネは涎を拭いなさい!」
レティとエトネが頷くと、レイの腕を取り中へと連れて行く。後に残されたリザとシアラは揃って首を傾げた。青色と金色黒色の瞳はレイの方を向いたまま小声を交わす。
「なんか……様子がおかしくなった、主様?」
「貴女もそう思いますか。……またしても何かとんでもない事に、首を突っ込んでしまったのでしょうかね」
表面を取り繕ったレイの偽装は二人にはお見通しだった。少女たちは嘆息しつつ、主を追って中へと入る。
差し入れとは焼き鳥だった。
保温と虫よけを兼ねた蓋を外すと、皮、もも肉、レバーにつくねが大皿にこれでもかと乗っていた。飴色のタレが掛かった焼き鳥は夕食を取っていないレイだけじゃなく、リザ達の食欲もそそる。
五人が揃って食事を取るのは実に四日ぶりだった。食卓にて行われる会話の話題はもちろん、この五日間の修業の話題だった。
「じゃあ、リザの左腕はここのヒーラーにお願いして治してもらったんだ」
「はい。この通り完全回復しました」
証明のようにリザは軽く左腕を振った。一方で、小屋の外では気づかなかったが彼女の顔やむき出しの腕など青あざが点々と出来ていた。中には薬液を吸わせた布で傷口を押さえてもいる。
リザはレイの視線に気づいて軽く笑った。
「お互いボロボロですね」
「ああ、そうだね」
レイも彼女に負けず劣らずの出で立ちだ。服は細かい傷を残し、脱いで脇に置いた鎧も痛んでいる。顔や体には内出血の跡が残る。レティは後で治療して上げるとレイに言う。
リザはこの五日間の修業の内容を話した。
「この里の訓練所にて、稽古を付けてもらっていました。クリュネ様を始めとしたエルフの武芸者の方々と模擬戦を幾つもさせて頂きました」
すると、リザの青い瞳が何処か艶っぽい輝きを放つ。
「そして! あの『双姫』ロテュス様からも剣を教えて頂きました! 一見するとたおやかな両手から繰り出される剣技の数々。あの方を前にしたモンスターの気持ちがよく分かりました。心胆を寒からしめる技の冴え、あれはもう―――」
「―――始まったよ。これで何度目だっけ」
「七度目よ。レティ、アンタ止めなさいよ。妹でしょ」
レティは疲れ切った表情で首を横に振った。リザの暴走は止まらず、皆は彼女から視線をそらした。レイは話を変えるべく、レティに水を向けた。
「あたし? あたしはエルフの調薬術を学んでいたよ。普遍的な野草や薬草を用いた効率的な調合や、専門の器具が無くても行える抽出方法。それに、この森にしか生えていない特別な薬草も分けてもらったんだ」
小屋の隅に置かれた鞄を彼女は指した。パンパンに膨れ上がった鞄の中身が彼女の成果なのだ。リザとレティと来たら、次はシアラだ。彼女の方をレイが見ると、シアラは仕方なさそうに口を開いた。
「ワタシは主にエルフの魔法に対する考えを学んでいたわ。特に魔法陣をね。……もっとも、秘中の秘とかには触れる事すらできなくて、普通の魔法陣を幾つか覚えたわ」
どこか悔しそうにシアラは言う。どうやら彼女なりに不満な結果に終わったのだとレイは察した。あまり深く聞くと藪蛇になると考えると、エトネに視線を向ける。
ハーフエルフの少女は他の三人の話を聞いているのかどうか分からない程、焼き鳥に夢中になっていた。両手の指に串を挟むと、引き千切るように鶏肉を食べる。あっという間に片手の串は空になった。
実にワイルドだった。この小さな体のどこにこれだけの量が入るのかレイには見当もつかない。隣に座るレティが濡れ布巾でエトネの口の周りを拭くと、見られていることに気づいたエトネは顔を真っ赤にして俯いた。打って変わってちょぼちょぼと食べ始める。
「ご主人さま! 女の子の食事をまじまじと見つめない!」
レティに叱られてレイはごめんごめん、とエトネに謝った。童女は首を振るも、レイの方は見ようとはしなかった。
「―――という事なんです。……それで、ご主人様。修練所での特訓はどのような首尾に終わりましたか?」
リザがひとしきりロテュスの凄さを語り尽くすと、レイの修業話をせがむ。レティとシアラ、それにエトネも興味があるのかレイに視線を向けた。四人の少女に見られたレイは緑茶で焼き鳥を流し込むと、ポツポツと話した。
転移した先の修練所の光景。
コロシアムでのミラースライムとの戦い。
《トライ&エラー》同士の終わりが見えない螺旋。
それが唐突に終わり、死に戻りのイタミに耐えきれ無かった者の末路。
最初は話をのめり込むように聞いていたリザ達も、次第にミラースライムとのせめぎ合いを聞くにつれて表情を険しくしていく。そして死に戻りのイタミに屈した者の末路を聞いた時、ハッキリと青ざめた。
「ご主人様も死に戻りのイタミに屈すると……戻れなくて死んでしまうのでしょうか」
その点はクロノスから聞いていた。ミラースライムの末路と合わせてみても彼女の説明、死に戻りのイタミに屈する場合は死ぬということは正しいはずだ。
流石にクロノスと遭遇した事は説明できないでいるため、レイはその事を伏せたまま口を開いた。
「多分、僕もそうなると思う。そして、リザ達もだ。君らも死に戻りのイタミに屈したら、戻れずに死ぬと思ってくれ」
三人は表情を硬くしたまま頷いた。
気が付くと、大皿に乗っていた焼き鳥の山は消えていた。皿は明日に返せばいいとクリュネからの伝言だった。
「さて。それじゃ、今後の話をしようか」
レイが口を開くと全員の顔が引き締まる。そして自然とエトネに集まった。四人から見つめられたエトネは、それを最初から覚悟していたのか背筋を伸ばした。
「それで、エトネ。この五日間で君はどうしたいか、決めたかな?」
レイが務めて優しく聞くと、エトネはこくり、と首を縦に振った。そしてそのまま小さな唇を動かした。
「やまに……こきょうに帰りたいです」
父を亡くし、母を亡くし、行き場を無くして泣いていた子共とは思えない程、しっかりとした意思をレイは感じていた。この五日間がエトネにとっていい方向に作用したのは間違いなかった。
それでも、エトネの思い付きなのかどうか確かめるために、レイはわざと厳しい事を尋ねる。
「それでいいのか? 山は燃やされ、家も無いんだろ。そんなとこに帰っても暮らしていく当てはないだろ」
「ご主人さ、むぎゅ!」
レティがレイを叱責しようとするもリザが素早く制した。エトネはレイの厳しい視線に晒されても真っ直ぐに胸を張って答える。
「それでもいい。だって、そこがエトネのこきょうだもん」
「―――ああ、そうだね。その通りだ」
故郷だから帰りたい。その気持ちが痛いほどレイには突き刺さった。なぜなら、彼自身、同じ思いを抱いていた。故郷だから日本に帰りたい。エルドラドに来た当初の自分が目の前に居た。
「それで、どうやって帰るつもりなんだ。……エルフの人たちに連れてってもらう?」
「むー、むぅー!」
いまだにリザに口を塞がれているレティが、それでもレイに抗議の声を上げる。レイはその抗議を無視した。エトネは首を横に振り、何かを告げようと口を開いては閉じるを繰り返した。
伏してしまった萌黄色の瞳が机をなぞり、シアラへと向けられた。彼女はじいと無言でエトネを見つめていた。威圧させないように、童女の背中を押すような視線だった。
それに勇気づけられたエトネは意を決したように告げる。
「ぼうけんしゃのおにいちゃんをやといたいです。だからエトネを、こきょうまでつれてって下さい!」
エトネは勇気を振り絞って告げたのか、息を荒くしていた。そんな彼女にシアラが手を伸ばして頭を撫でてた。よくやったと褒めているようだった。そして、彼女は無言のまま金色黒色の瞳でレイに問う。
―――どうするの、と。
レイはエトネに対して居住まいを正して、返事をする。
「そのクエスト。冒険者レイとそのパーティーで引き受けさせて頂きます」
ぱあぁ、と。エトネとついでにレティの表情が明るくなった。しかし、エトネは直ぐに表情を暗くさせる。
「でも、エトネはお金もってない」
「そうだね……それじゃ、エトネの持つ技術を代金としてもらうよ」
エトネはレイの言葉に不思議そうに首を傾げた。レイは彼女にかみ砕いて説明する。
「エトネの持つ、その鼻や戦闘能力。それに狩人としての才能が君を故郷に連れて行く代金さ。それでいいですか、依頼主様?」
「うん! それなら、エトネにもできる!」
童女は喜びを全身で表した。何度も首を縦に振り、合わせるように尻尾も嬉しげに揺れた。レティが遂にリザの拘束から逃れ、エトネに飛びついた。幼女二人はもつれる様に喜び合った。
「良かったね! エトネ!」
「うん!」
喜び合う二人に癒されていたレイだが、突如として頭の中をけたたましいファンファーレに揺らされた。これで三度目である。目を閉じれば、ステータス画面に『エトネが仲間に加わった』、と追記されている。これで彼女の項目がステータス画面に表示されるようになった。すると、シアラがレイに顔を寄せて囁いた。
「本当は、何も言わなくても助けるつもりだったんでしょ」
どこか悪戯めいた口調だった。
「そんな事は無いよ。助けを請われていないのに、助けるつもりは無かった。……それで、エトネ。君の故郷はどこなんだい?」
もつれ合うように喜んでいたエトネはピタリと動きを止めるとそのままの態勢で答えた。
「カプリコルだよ」
「うん。まったく聞き覚えが無いな。何処だか分かる人」
レイがリザ達に呼びかけると、リザは知っていますと返した。だけど、その表情は喜びとも困惑とも取れない奇妙な物だった。レイが説明を求めると、リザは湯呑を机に並べた。
「この三つの湯飲みをそれぞれ大陸だとします。ご主人様の右手にあるのが東方大陸。手前にあるのが南方大陸。そして残った一つが中央大陸です」
その説明の仕方にレイは既視感を覚えた。あれは、レイの正体がリザ達に知られた日の夜。今後の旅の予定を決めた時の事だった。
「まず、カプリコルは中央大陸の南部に位置する国です」
「あれ? それってまさか」
リザの言い方にレイは更に引っかかるものを感じた。リザはレイの予想を肯定した。
「そうです。この国こそ、獣人種が暮らす国にして、部分的な鎖国を行っている国です」
レイの表情にも影が差した。中央大陸の西にある学術都市を向かうルートをレイ達は南回りを選んでいた。一度東方大陸の南西を目指し、海を渡って南方大陸に上陸。その後、中央大陸へと渡り、陸地からの入国を一切禁じている国を通って西に向かうというルートだ。
その途中の国こそ、エトネの故郷という奇妙な符号に寒気すら覚えていた。
(これも《トライ&エラー》が引き寄せた結果なのか)
エトネ以外がその奇妙な符号に言葉を無くしていると、エトネが不安そうに周りを見回した。レイは心配を掛けまいと、明るい声で今後の方針を決めた。
「よし! それじゃ、これから先の旅程を説明するよ。レティ、本屋で買った地図をここに」
「はーい」
レティは元気よく返事をすると、バックパックの中から複数枚の羊皮紙を取り出した。リザとシアラは机の上の荷物をどかして場所を開けた。ばさり、と羊皮紙が重なるように置かれ、アマツマラから南の港町トトスまでの街道が繋がった。
「確か本屋の老人の話だと、馬車でトトスの港までは最速で十日。長くても十五日って言ってたね」
確認するようにリザとレティを見ると、彼女らはレイに頷いてみせた。エトネとシアラが興味深そうに地図を覗きこむ。
「明日。ブーリンさんたちに謝罪と礼をしたら、森を抜けてアマツマラに戻る。そして、出来ればだけど馬車を調達しようと思う」
「そうね……この地図にもいくつか村落が書いてあるけど、スタンピードが南から来た以上、無事とは限らない。途中で補給が出来ない事を想定したら、馬車は必須よね」
「うん。だけど、馬車が手に入らなくてもアマツマラに長居するつもりは無い」
リザが不審そうにレイを見た。他の少女たちも馬車無しに旅立つ危険性を感じて、レイの顔を見た。
「エトネ。正直に答えて欲しい。……僕ら以外の人が沢山いる場所に長居できるか?」
その質問にエトネは呻く様な声を出した。それが答えだった。彼女はまだ人間への不信が残っている。そんな彼女を連れてアマツマラの街に長居するのは難しい。
「ダラズが無事ならそこで馬車を手に入れるという手もあったけど、ここはアマツマラ以上の被害を受けた。ウージアまで引き返せば、馬車の一つは手にはいるかもしれないけど―――」
「―――却下です」
「だね」
リザが間髪入れずにレイの案を却下した。レイも特に気にしたふうも無く、自分の意見を下げたことにシアラとエトネは首を傾げた。二人はこの街で起きた誘拐劇を知らない。
いまだスタンピードの被害から復興しきっていないアマツマラやダラズよりもウージアの方が治安は悪い。エトネが見つかったらどんな騒動になるのか想像できない。
「だから、荷物が多くなるけど、徒歩で向かうか、南に向かうキャラバンの護衛を受けようと思う。そのためにはエトネ。依頼人である君に一つお願いがある」
「……なに?」
レイは懐に仕舞ってあるプレートを机の上に置いた。冒険者である事とレイの身元を示す品だ。
「君にも冒険者になって欲しい。僕らと行動を共にするなら、その方が色々と都合が良さそうなんだ」
エトネはしばらく考え込んだが、特に抵抗なく頷いてくれた。
「それでトトスの港に着いたらどうするのよ、主様」
焦れた様にシアラが先を促した。レイは視線をトトスの先。地図が切れた場所を捉えている。そこにあるはずの大陸を。
「トトスの港から僕らは南方大陸に渡る。そして、そこから北に出て中央大陸のカプリコルを目指す。……これが当面の目標かな。その後は前からいっているように西にある学術都市を目指す」
すでに学術都市を目指す理由は変わった。始めは神と語らえる神域や元の世界への帰り方を調べるつもりだった。しかし、神域にてクロノスと会話を果たしたため、神域探しはしなくてよくなった。代わりに、『七帝』と『招かれた者』たちを調べるべく、学術都市を目指す。
「何か意見がある人は居る?」
レイの呼びかけに誰も意見を述べなかった。代わりにレティとエトネが大きな欠伸をした。
「もう、夜も遅い事ですし、寝ましょう」
リザの言葉に誰も反対はしなかった。机を脇に寄せ、レイの治療をした後、寝る前の身支度を済ませた。ちなみに用意された寝具は布団だった。
先にここで寝ていたリザ達に感想を聞いたところ、珍しい寝具だが、床の上に寝るのは珍しくは無いと返って来た。奴隷の境遇や洞窟暮らしで似たような経験をしていた。
燭台の火を消して各々布団へと潜りこんだ。
レイは暗い天井を見つめながら、クロノスとサファの話をリザ達にすべきかどうか悩んでいた。この先、レイが『招かれた者』である以上、『七帝』と遭遇する危険性はある。それを話さずに彼女たちと旅をするのは、彼女たちを無用な危険に晒すのと一緒だ。
サファを始めとする『七帝』。エルドラドの崩壊まであと五年。世界を救済するために集められた『招かれた者』。
(話して信じてもらえるかどうか。……それにもしも話をして、それでも付いていくと言ってきたら、僕は彼女たちを地獄に連れて行くのか)
レイは一人、巨大すぎる難問を前にして悩んでいた。いつしか夜は過ぎ、朝日が隠れ里に降り注ぐ頃になっていた。
旅立ちの朝が来た。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は3月14日を予定しています。




