4-39 エルフの英雄
世界を滅ぼす存在、『七帝』。自らをその一体と告げたサファは己が首に手を当てる。
「どうする? この首、狙ってみるか?」
唇の端を僅かに持ち上げて、冗談めかせているが、男から放たれる威圧感に諧謔さは微塵も無い。レイがファルシオンに手を伸ばした瞬間、胴を両断されるのは目に見えていた。
レイは嘆息すると手を上に持ち上げた。
「やりませんよ。降参です」
すると、サファは意外そうに眉を持ち上げた。同時にレイを押しつぶそうとしていた威圧感も霧散していく。肩透かしをくらったサファは困ったように頭を掻いた。
「その判断自体は間違ってはおらんが、諦めるのが早すぎないか、童」
「敵を選べって僕に言ったのは貴方でしょ」
レイが指摘するとサファはそう言えばそうだと薄く笑った。つられてレイもニヤリと笑った。すでにサファが世界を滅ぼす『七帝』と告げられた時の衝撃からレイは回復していた。
むしろ、納得できる。テオドールやオルドよりも強い存在が、世界を滅ぼすという御大層な代物の一角に収まっている方が自然である。
サファはひとしきり笑うと、表情を引き締めた。レイも同じく引き締めた。サファがレイを揶揄うためだけに『七帝』であると明かしたとはとても思えなかった。この後にこそ彼の真意があると、レイは踏んでいた。
それは正しい読みだった。
「場所を移動するぞ。ここでは腰を据えて話が出来ん」
サファはレイの返事を待たずに、坂道を上り始めた。慌ててレイは先に行く彼の背を追いかける。すると、隠れ里の絶壁に松明が掲げられているのに気付いた。
上を見上げると、大地の切れ目から降り注ぐように落ちていた光の雨は無く、黒い闇が覆っていた。
「まさか、もう夜なんですか?」
サファは振り返ることなく、うむ、と一言返した。
レイが修練所を出たのが正確な時間は不明だが昼頃のはず。確かにクロノスの話が壮大すぎて、神域で呆けていたが、それでも夜空が広がる時刻になるとは信じられなかった。
その疑問にサファが答えた。
「貴様の居た神域は時の流れ方が違う。なにしろ、神の観測所とエルドラドの狭間の空間。時の流れ方は常に一定とならず、加速したり減速したりと不安定だ。その点からすると、童は運が良かった」
「運が良かった? それって一体?」
「下手をすれば、出るまでに月を跨ぐどころか、年が明けていたかもしれんという事だ」
サファはとんでもない事を軽く言う。
「あ……貴方はそんな所に僕を放り込んだんですか」
外に出たら年単位で時間が過ぎるなんて、どこの浦島太郎だとレイは内心で毒づいた。サファは全く悪びれない。
「それも運命だろう。……なにより、貴様のような『招かれた者』を神域に導くのはタクマとの約束だったのでな」
レイと同じ日本人である『安城琢磨』の名前をどこか懐かしそうにサファは呟いた。そして、彼の足はある洞窟の前で止まった。
「ここだ。ここなら余人を交えず話が出来るだろう」
サファが暗がりに一歩踏み込もうとする前にレイが呼び止めた。
「あの。里長との約束の刻限を大幅に過ぎてしまったんですけど……」
ブーリンは五日間だけ、レイ達がエルフの隠れ里にいる事を許可していた。すでに五日目の夕刻は過ぎており、約束を破った事になる。
リザ達の安否がレイには気にかかった。それを察したサファは言う。
「案ずるな。里長には俺から掛け合い、貴様との話が終わるまでは貴様の供や娘御を追い出さないようにと確約した。……それ、行くぞ」
洞窟の中を進むサファは、話が終わるまではリザ達とは会わせないと言わんばかりの態度だった。彼女たちの安否が気にはなりつつも、レイも彼の話に興味があるためおとなしく洞窟の奥へと進む。
その洞窟はこれまでの隠れ里の洞窟の中では一番原始的な場所だった。むき出しの土肌に、木材で補強がされている。中もさほど広くなく、すぐに辿りついてしまった。
洞窟の中は無数の蝋燭が並んでいた。長短さまざまな蝋燭がオレンジ色の火を揺らめかしている。サファはその蝋燭に背を向けて座った。
レイに向けて顎で座るように促した。少年は地べたに直接座る。
「ここは、一体どういう場所なんですか?」
レイが視線を彼方此方に向けて尋ねた。洞窟内は清潔に保たれている反面、人を寄せ付けない厳粛な空気が漂っている。サファの言う通り、人が滅多に訪れない場所かもしれない。
背を向けた蝋燭を親指で指したサファは端的に告げた。
「ここはエルフの墓だ」
「エルフの……お墓ですか」
「そうだ。本来のエルフは土葬の習いなのだが、千年前に国を失くし、大移動の際にも多くの仲間の骸を捨て置いてきた。この蝋燭の大半はその時の同胞のための墓だ。……騒がしいと、死者が起きる。静かに話すぞ」
一拍開けた後、サファは付け足すように呟いた。
「もっとも。馬鹿話にはならん話題だろうしな」
レイは胸中で頷いた。
「……俺には師匠が居た」
レイとサファがエルフの墓標の前で顔を見合わせてからしばらくの時間が経ってしまった。レイは自分の正体や、エルドラドに来た経緯などをサファに対して包み隠さず話した。もっとも《トライ&エラー》に関してだけは隠した。この先、『七帝』であるサファと戦う時が来るかもしれないという漠然とした未来を感じ取り、切り札を隠した
話を聞き終えたサファはポツポツとした口調で己の過去を語りだした。彼の語り口は重く、表情の険しさから苦痛に満ちた記憶なのかと察したレイは黙って話を聞く。
「当時の最強のエルフ。エルフの『英雄』と呼ばれた女傑だ。豪快奔放にして晶瑩玲瓏。俺のような紛い者では無い、本当のエルフの守護者にして『英雄』と呼ばれた方だ」
サファの語りとは裏腹に彼の目にはここに居ない師匠と呼ばれた者への、熱っぽい憧憬が浮かんでいた。
「無神時代が始まって三百年。どこの国も種族も部族も、最初の混乱が収まった頃だった。神という指針が無くなったことでエルドラドに生きる者達の欲は膨れ上がり、あちこちで戦乱が産声を上げた。それは他所と国交を断絶していた……いや、断絶していたからだったのか、エルフの国にも迫った」
千年前に滅んだという幻想的な空間が何処までも続くと言うエルフの国。そこに暮らしていたエルフたちにとって『英雄』は防衛の要であり、不敗の象徴だったとサファは言う。
「あの人専用に生み出された剣。あれが一度振るわれれば、万に近い軍勢も吹き飛んだ。当時百少しの若造だった俺にとっては憧れの存在であり……少しばかり惚れてもいた」
未熟だった自分の事を口にするのは照れくさいのか、サファは一度頬を掻いた。しかし、すぐに表情は固く、沈んだものとなる。
「だが、ある日。エルフの国は滅んだ。『英雄』も討死し、残された民は国を捨て、海を渡り新天地へとあてどなく彷徨う。一人、また一人と同胞は死に。幾つもの諍いの果てに分裂を繰り返した。……『英雄』の唯一の弟子だった俺は最期に託された種族を守る過程で、多くの命を切り殺した。襲い掛かる人間やモンスターだけじゃない。エルフが暮らすに相応しい地に住んでいる先住者をも、この手に掛けた」
サファはまるで女性のような白い手を掲げて見せた。その時、蝋燭の明かりに照らされ、その手から溢れんばかりの血が流れているかのようにレイは見えた。
「エルフの大移動が終わり、いつしか俺は忌み名が纏わりついた。エルフという種族を生かすために何でもする梟雄。エルフだけを守る、『守護者』と皮肉られるようになる。そして、エルフの国が無くなってから百年ばかし時間が過ぎた頃、俺はある男と出会った。……お前にはどちらの名前の方が通りは良いのか。タクマか、あるいはエイリークと呼ぶべきか」
エイリークとは『招かれた者』である『安城琢磨』のエルドラドでの名前だ。レイがどちらでも構わないと言うと、サファはタクマと続けた。
「タクマは……一言でいえば馬鹿だ。もう少し言葉を重ねていえば、頭の良い馬鹿だ」
「どちらにしろ、馬鹿には変わりないんですね」
「ああ、そうだ。あの男がエルドラドに来た理由なんて、あまりにも単純だぞ。初めて会った俺に向かって『ハーレム要員にエルフ娘が欲しいんで、紹介してくれ!』、だぞ。流石の俺も頭に来て殺し合いに発展した」
レイは会った事も無い冒険王に対して、ひどい頭痛を覚えてしまう。『冒険の書』にもちらほら書いてあったが、彼は本気でハーレムを作ろうとしていたようだった。サファは憤慨仕方ないと言った様子だが、一方で師匠であるエルフの『英雄』を語る時と同じく、どこか嬉しげな様子であった。
「殺し合いが終わり、しばらく行動を共にしていたある日。アイツと旧『七帝』の一角を討伐する羽目になった。そこで俺は初めて自分が『七帝』の一角に名前を連ねてしまった事を知った。同時に……俺の師匠。エルフの『英雄』も『招かれた者』だった事を知った」
「―――っ!」
レイは言葉を失うほど驚いてしまった。サファはその驚きに対してどこか勝ち誇った様な笑みを浮かべて告げた。
「俺は『七帝』でありながら、『招かれた者』を師として仰ぎ、友として旅をしたのだ。……結局、タクマの奴が俺を殺さないでいたのは……俺を友として扱ったからなのか、それとも奴に別の思惑があったのか。それを知る術はもうない」
サファは言葉を区切ると、レイの反応を待った。レイはレイで唐突に増えた『招かれた者』の一人について何を尋ねるべきなのか考えあぐねてしまう。
しばらく奇妙な沈黙が二人の間に降り立つが、破ったのはレイだった。彼は意を決して問いかける。
「貴方が『七帝』に加わったのは、冒険王、安城琢磨と『七帝』を倒したからですか」
その質問に対してサファは首を振った。
「俺が『七帝』に加わったのはタクマがエルドラドに転生する前の話だ。アイツが転生する際にその時の『七帝』の二つ名を聞いていたが、その中に俺のがあった。エルフの大移動によって俺が他の命を刈り取り過ぎた事で、魂が増幅して『七帝』に加わったのだろうと、タクマは推測していた」
「……人を殺すことが『七帝』に加わる条件なのか?」
レイが零した呟きにサファはさてな、と返した。
「『七帝』に加わったからと言って体に変化がある訳でもない。……まあ、他の『七帝』も似たような実力を持つことから、それも魂の増幅と何らかの関係があるやもしれんな」
サファの言い方にレイは引っ掛かりを覚えた。彼はまさかと思い、恐る恐る尋ねた。
「もしかして、他の『七帝』とあった事があるんですか?」
「ん? ああ、あった事はあるし、刃を交わしたこともある。何しろ、一度は現存する『七帝』同士が全員ぶつかり合った事もあるからな」
衝撃的な発言にレイは度肝を抜かれた。レイの知る限り、最強クラスの戦士であるサファと同格の怪物たちが一堂に会したのだ。戦闘の余波で国の一つや二つ消し飛んでもおかしくはなさそうだ。
「あれは……暗黒期の最初の方。人龍戦役の頃だな。七番目の魂を除く、六体の『七帝』が一堂に集まり、殺し合った」
「それって。『龍王』、『勇者』、『魔王』、『機械乙女』、『魔術師』、そして『守護者』の六人ですか?」
「ああ。『七帝』はこの四、五百年はこの六体に七番目の魂で全部だ。……もっとも、行方をくらましたままの奴もいるがな」
サファは言うと指を折り始めた。
「『龍王』と『魔王』は暗黒期の戦役に負けた事で姿を消し、『魔術師』もここ二百年は話を聞かん。『勇者』や『機械乙女』が十数年単位で名前を聞く程度。……まあ、もっとも、姿を消した奴らが死んだとは思えん」
サファの話はクロノスの語った現存する『七帝』と一致した。その中で特にレイはある存在について気になっていた。彼の行く先々でその影をチラつかせる存在。
「……『魔王』って六将軍の主にして、魔人種の親玉の魔王ですよね?」
レイの要領を得ない質問にサファは若干の不審を抱きつつも肯定した。その返事にレイは心の底から嘆息してしまう。エルドラドに来てから起きる騒動の裏で暗躍している六将軍。その頂点に位置する存在が『七帝』の一角であるという事があまりにも作為的過ぎた。
これも《トライ&エラー》を使った報いなのかもしれないとレイは思う。
そんな風に落ち込むレイに対してサファの萌黄色の瞳が突き刺さる。レイは仕方なく、かつて相対したゲオルギウスやスタンピードの裏に暗躍した六将軍について話をした。
「ゲオルギウスにクリストフォロスか。随分と久しい名だな。……それにしても、童。お前は随分と大した者だな」
急に機嫌よくレイを褒めだしたサファに少年は困惑してしまう。楽しくてしょうがないと、唇の端を緩めたサファは理由を説明する。
「ゲオルギウスは六将軍の席次は第二席だが、本来の実力は『魔王』と比肩しても劣らない、六将軍最強。俺とて正面からぶつかれば、死を覚悟しなければならん強者だ。そんな男の心臓を潰すとは……くっくっくっ」
笑みを押さえきれないと言わんばかりにサファは笑った。レイはゲオルギウスの怪物ぶりを改めて思い知り、戦慄してしまう。よくぞ生き残れたと胸をなで下ろした。
「くっくっくっ。付け加えると、手負いのゲオルギウスといまの『魔王』なら確実にゲオルギウスの方が強いだろうな」
「え? ……それって一体どういうことですか?」
レイは聞き捨てならない事を聞いたといわんばかりに詰め寄った。サファはレイの態度に意外そうな表情を浮かべる。
「なんだ、知らんのか? いまの『魔王』は弱体化している……ああ、そう言えばお前は転移か。ならば知らんでも仕方あるまいな。魔界という言葉に聞き覚えは?」
その単語は五日前に聞いたばかりだった。レイはクリュネの話に出てきた単語に頷いてみせた。
「魔界というのはこちら側に残った俺達が勝手に呼び始めた言葉だ。向う側に移住した魔人種たちが何と呼んでるかは知らん。……人魔戦役最終局面。同じ『七帝』の『勇者』と対峙した『魔王』は中央大陸を吹き飛ばすほどの激戦を繰り広げ、負けた」
そこまではレイも知っていた。中央大陸の中心部分に出来た湾は『魔王』と『勇者』の戦いの余波だと。
「だが奴はタダでは負けなかった。敗北を受け入れる代わりに、エルドラドの大地を奪い、自分の持つ特殊技能によって結界を作った。その結果、魔人種以外は立ち入る事が出来ない世界、魔界が誕生したのだ。もっともその代償は凄まじかったらしく、俺が魔界に逃げ込む『魔王』と会った時は、奴は見違えるほど弱くなっていたな。あれなら『七帝』最弱と呼ぶにふさわしい。童、まず狩るならアイツを狙え」
「……どうせ、それでも僕より強いんでしょ」
どこかやけっぱちなレイの言葉にサファはニヤリと笑って見せた。ふと、レイは先程サファの言っていた、『七帝』が一堂に会した戦役について思い出した。
「貴方は『七帝』の中じゃどのぐらい強いんですか? まだ生まれていない七番目の魂以外が一堂に会したんですよね」
すると、サファは笑みを消して少し困った顔を浮かべた。
「むう。『七帝』に明確な強弱はない。基本的に相性の問題だ。俺は見ての通り接近型。『勇者』や『魔王』相手なら問題は無いが、『龍王』や『魔術師』相手にすれば長期戦は避けられん。その『魔術師』は『機械乙女』との相性が最悪だ。何しろ魔法の類をすべて無効にされるからな。……まあ、もちろん。俺が最強であるのには変わりないがな」
座る前に抜いておいた刀をレイの前でどん、と地面を叩きつけ、サファは何処か自慢げに締めくくる。
「童はこれを日本刀と呼んでいたな。あれで貴様がタクマと同じ日本人ではないかと睨んでいた。というのもだ。この日本刀はタクマの打ちし一振りだ」
「冒険王の手製の刀ですか!」
レイは呻くように呟いた。脳裏にテオドールが見せてくれた冒険王のレポートが蘇る。
「名をマサムネ。タクマ曰く、過去の名刀にあやかって付けたそうだ」
誇らしげにサファは日本刀を地面に置きなおした。ふと、レイは冒険王のレポートにかかれた不吉な一文について思い出してしまう。まるで書きなぐった様な一文。無視するにはあまりにも不気味だった。
「サファさんは冒険王の残したレポートって知っていますか?」
「んー。ああ、あの紙束か。知っているとも」
レイは一瞬、尋ねるべきかどうか迷ってしまう。この瞬間も13神に見られている可能性がある。その上でこのことを聞くことは大きなリスクを背負う事になるのではないか、と。しかし、一方ですでにこれまでも監視されていたのなら、すでに知られてもいると考えていた。意を決してレイは尋ねた。
「僕が見たのは刀の製造方法が記されたレポートです。その最後のページに、神を信じるな、と書いてありました」
途端。
サファの萌黄色の瞳が鋭くなる。じんわりと皮膚を突き刺すような闘気が洞窟を侵食しだした。
「……どういう意味だ。それは?」
「それこそ、僕が知りたいことです。日本語で、そう書いてあったんです」
サファはレイの態度から偽りでは無いと察知した。彼は顎に手を当て、心当たりを思い出そうとしたが、失敗に終わった。
「タクマからそのような話を聞いた覚えは無い。……かといって、日本語で書かれた以上、誰かの偽造とも考えにくい……タクマの直筆か、あるいは他の日本人の『招かれた者』による警告かもしれんな」
残念ながら、冒険王のレポートの一文に関する情報はサファから手には入らなかった。だが、サファは別に気になる事があるようでレイにそのレポートをどこで見たのかと尋ねた。
「テオドール王、いえ、シュウ王国の国王陛下から見せてもらいました」
サファは国王と呟くと、いきなり膝を手で打つ。小気味よい音が洞窟に反響した。
「なるほど。あの時の若者が王になったと言うのか」
何やら感慨深そうにサファは頷く。さっぱりと話が見えてこないレイは置き去りだった。
「なに。貴様の読んだレポート。元を正せば俺がタクマから預かっていた代物で、俺がそ奴に渡した代物だ」
「ええ!? ……それじゃ、サファさんはテオドール王と」
「あった事になるな。あの時は確か冒険者と名乗っていたが、まさか一国の王となるべきものが冒険者という風来坊を気取るとは。……いや、我らの王族も同じか」
どこか楽しげに呟いたサファは、話は終わりといわんばかりに立ち上がってしまう。
「貴様の人となりがよく分かった。『招かれた者』としては未熟である以上、俺と敵対する事すらまだ出来ぬ。ここで殺すのは見逃してやろう。今宵は仲間の元へ帰れ。明日の朝、里を出ろ」
サファは冷淡なまでに残酷な真意を明かした。どうやらレイは知らずのうちに生死の瀬戸際に立たされていた。洞窟を出ようとするサファに対してレイは二つの疑問のうち一つをぶつけた。
「貴方は! ……貴方は自殺する気はあるんですか?」
その質問を想定していたのかサファは動じることなく返した。
「あるわけ無かろう、戯け。俺がいる事で世界が滅びる? 下らん。俺がヒトの摂理に反してまで生きのびてきたのは偏にエルフの為だ。同胞の為だ。種の存続の為だ。それがどうして自害をせねばならない」
「でも、貴方が生きているせいで世界が滅ぶかもしれないんですよ!?」
「ふん。だったら―――」
千年を生きる怪物は断固たる決意を滾らせて告げた。
「―――俺が残る『七帝』を殺すまでだ。現存する、俺を除く『七帝』達を。ついでにこれから生まれると言われている七番目の魂も潰せばよかろう」
当然のように彼は告げた。そこに微塵の恐れも無く、虚勢すらない。
そしてそのまま歩みを進めるサファに最後の質問を投げかけた。
「最後に聞きたいです。貴方の師匠、エルフの『英雄』が何処の世界から来た、どんな人なんですか?」
すると、サファは振り返りレイを見つめた。その視線は確実にレイを小ばかにしていた。
「童。話を聞いていなかったのか。俺があの方が『招かれた者』だと知ったのはタクマにあってからだ。あの方が死んだ後に全てを知ったのだ。あの方がエルドラドに来る前に何処で何をしていたかなんて知るわけもなかろう」
レイは思わず、耳まで赤くなってしまった。確かにサファはその事を明言してはいなかったが、話の筋道を立てれば容易に想像がついた。クロノスとサファの話の衝撃にどこか思考が低下していた。
サファは鼻を不機嫌そうに鳴らすと、出口に向けて足を運ぶ。だが、洞窟の出口に差し掛かる頃、急に足を止めた。背中を見せたまま彼は告げた。
「……イーフェ」
「え?」
「あの方の名だ。エルフの『英雄』、イーフェ。美しく、だが戦いに狂った女性だった。……それが俺の知る全てだ」
そう告げてサファは今度こそ洞窟を出た。その背中は何処か寂しげであった。
読んで下さって、ありがとうございます。




