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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第1章 始まりの街
17/781

1-17 双頭の蛇

※7/25 空行と一部訂正。

 双頭の蛇は4つの瞳で侵入者を睨む。人を簡単に噛み砕くであろう牙を覗かせ、先の割れた舌を伸ばし、涎を垂らす。大きさは20メートルを越し、胴体の半ばで2つに分かれている。一見すると違いが分からないが、明確に違う点は瞳の色が違う。片方は両目とも青色で、もう片方は赤色だ。


「僕の見間違いかな? 頭が2つある様に見えるんだけど」


 バスタードソードを握るレイは前に立つファルナに声をかけた。だがファルナはレイの軽口に付き合う余裕は無かった。


 眼を見開き、目の前に居るボスの姿に驚いていた。彼女は一度ここのボスを倒している。だから上層部のボスがバジリスクの幼生体だと知っていた。だが目の前に居るのは彼女の知っている物とは違う種類だった。


「……亜種だ」


 ポツリと、震える声でつぶやいた。後ろで聞こえたレイはバジリスクから視線を外しファルナの背中を見る。恐怖から彼女の肩が震えているように見えた。


「モンスターが生成される時に通常とは違う形態で生まれる時もある。あれはバジリスク幼生体の亜種だ」


「強いの?」


「ああ。少なくとも討伐可能レベルが20上がると思いな」


 警戒する2人を見下ろすバジリスクの内、赤い瞳の方が吠えた。まるで戦いの鐘を鳴らすかのように。


「グギュギュギュ!!」


 弾かれるようにレイとファルナは背負った鞄を放り出し別方向へと走る。追いかけるように青い瞳の頭の口から針が飛ばされた、狙いはファルナだ。


「そんなのくらうか!」


 針は褐色の少女に掠りもせずに床に刺さる。ファルナの速度に追いつかないのだ。彼女はスピードをつけて石柱を利用し一気に高く飛んだ。狙いはバジリスクの目。まず、相手の視力を奪おうとした。


 だが、空中で待ち構えていたのは蛇の頭部では無かった。


「―――あっ」


「―――邪魔だ! もやし」


 同じようにバジリスクの目を狙い、高く飛んだ、レイと空中で激突する。もつれる様に地面へと落下する。


 そこをバジリスクはそれぞれの口から針を飛ばす。


「危ない、ファルナ!」


 先に起き上がったレイがファルナを突き飛ばした。少女は危険地帯から抜け出したが残った少年に雨のように針が降り注ぐ。


「ぐううっ」


 剣を盾のように構え、くらう面積を減らそうと小さくなるが、鎧の無い部分に針が深々と刺さっていく。だが、痛みはそれ程でもない。雨のような攻撃が終わった時にはレイは行動を開始した。


 腰のポーチから丸薬を取り出し、口に放り込む。針の毒は体験済みだ。一気に駆け寄り、バスタードソードを大上段から振り下ろした。


 一方、レイに突き飛ばされたファルナは床を転がりながら、バジリスクの背後へと移動していた。突き飛ばされた事を利用して背中から、バジリスクの体を駆けあがる。ちょうどボスの意識がレイに向いている。チャンスだった。


 双剣を構え、顎を狙う。どんな生物でも顎は急所だ。たとえ鱗に覆われていてもダメージを与える自信があった。


 しかし、2人の攻撃は失敗した。

 金属が打ち合うような音が響く。鱗によって剣戟が弾かれた。


「うそだろ」


 レイは呆然としながら、剣を振るう。幾らやっても届かない。生物とは思えない鋼鉄のような鱗に弾かれるだけだった。


「くそ、固い!」


 ファルナは空中を落ちながら、切った箇所を睨む。薄い筋のような跡は残るが、とても肉を裂けるようには思えない。


 剣を弾く音が響く中、2人の耳に歌が聞こえた。


「《■■■、■■■■■■》」


 赤い瞳の頭から人の耳では理解できない歌詞が奏でられる。その正体に気づいたファルナがレイの首根っこを掴んだ。


「もやし、逃げるぞ!」


「な、何が起きてんの」


 尋常じゃないファルナの様子に抵抗せずに引っ張られるレイ、その間にも歌は続く。


「《■■■■■■、■■。■■■■■》」


 後ろを振り返りバジリスクがどこを狙っているかを確認したファルナが叫んだ。


「あいつ、詠唱・・をはじめやがったんだよ!」


「詠唱って……まさか」


「旧式魔法を放とうとしてんだよ! あの蛇は!」


 瞬間、レイはバジリスクが笑ったように感じた。


 そして歌が止んだ。


「《■■■■》!」


 赤い瞳の前方に魔方陣が展開されると、そこから岩のような大きさの風の砲弾・・・・が放たれた。一直線にレイ達を追いかけてくる。途中にある石柱を削るのを見て、レイは首を掴むファルナの手を振りほどかせ、逆にファルナの首を掴んだ。


「お前、何を!」


「喋るな。舌を噛むぞ」


 そのまま全力を籠めて彼女を横へ放り投げた。とにかく遠くへと投げた。


 結果。自分を追いかけていた風の砲弾を受けることになっても、このまま2人がくらうよりもマシだと判断した。


「うあああっ」


 回転する風の塊はレイを削りながら突き進む。その間、剣で全身を斬るような痛みにレイは苦しむ。


 少年を壁に叩きつけた砲弾は最後に追撃と言わんばかりに弾けた。弾けた風に乗ってレイの体から血の花が咲いた。


「―――こりゃ―――まずいな」


 膝から崩れ落ちながら、傷ついた体を見下ろした。震える指でポーションを取り出そうとしたが、ポーチから緑色の液体が零れていく。どうやら壁に叩きつけられたときに割れたようだった。


(ああ、不味い。いまは死ねる場合じゃないのに)


 必死に漏れたポーションを手ですくい、傷口に刷り込む。傷口に染みるが効果はあったようだ。細かい傷口は塞がっていくが、一番深い胴の傷は治りが遅い。


 レイがバスタードソードを杖の代わりに使い立ち上がろうとした時、バジリスクは口を開けて針を飛ばそうとしていた。


 四つの目は手負いの敵を捉えて離さなかった。

 それこそが彼女が待っていた隙だった。


「《両の手に宿るは焔の翼》!」


 迷宮にファルナの詠唱が響く。


 バジリスクが見失った少女の姿を探しそうとした時にはもう手遅れだった。


 薄暗いボスの間に焔が降り立った。オレンジ色の火種は2つに分かれたと思うと、双剣に触れた瞬間、一気に膨れ上がり翼の形を作り上げる。小柄な少女の体格と比較しても大きい翼の形をした剣だ。


 文字通り、焔の翼を握りしめたファルナがバジリスクの背後から現れた。


 ようやく、脅威の居場所に気が付いたバジリスクは尾を振り上げて迎撃する。


「そんなもの!」


 唸りを上げて振るわれた尾をファルナは片翼を構えるだけで迎えた。それだけで十分だった。


 尾は翼にふれ、焼き切れた。その上、切り落とされた尾や切断面から火が上がる。だが犠牲にしたかいはあった。防御に使った片翼は翼が散るようにほどけていき、双剣の片割れへと戻っていた。


 舌打ちしつつも、ファルナは残った片翼を振る。


「グギャアアア!!」


 狂ったように痛みに叫ぶバジリスクは傍まで迫る脅威から逃げようとしたがファルナの剣先の方が早かった。


「遅い」


 空間を焼き切るような一撃はバジリスクの双頭を一度に切り落とした。それだけでなく剣の軌道にあった石柱を溶かしていく。


 あっけなく巨体が崩れ落ちた。同時に焔の翼も羽が抜け落ちていき、火の粉を散して消えた。


「ふう。どーだ、新人! これがあたしの実力さ。ちゃんと見たか」


 双剣を鞘に仕舞い、ファルナは自慢するように言った。レイは息も絶え絶えになりながらも律儀に返事をする。


「ああ……本当に、凄いよ」


 本心からの言葉だった。

 あのボスの防御を一撃で切り伏せた彼女の実力にレイは素直に感心していた。それを感じたのか顔赤らめながらファルナはレイに近づいていく。腰のポーチから、上級ポーションを取り出した。


「あーなんだ。とりあえず、これ。飲めるか」


 座り込んだレイを起こしつつ、口元に上級ポーションを当てる。ゆっくりとビンを傾けていき、飲んでいくのを確認していく。効果はすぐに表れた。胴にくらった深手が見る見るうちに塞がっていく。


「なんで、あんた。あたしを庇ったんだよ」


 傷口の状態を確認し、危険な状態を脱出したのを確認するとファルナは咎めるような口調で尋ねた。


「手出しすんな、って言ったろ」


「庇ったんじゃないよ。ああして君が自由に動ければボスに一撃くらわしてくれると信じたんだ。僕の手持ちじゃとてもアイツを倒せそうにないからね」


 自力で立てるようになったレイは自分の体の状態を確認する。大きな傷は他にはないようだ。


「信じたとおりになったろ」


「……あんた、変な奴だね」


 ファルナは呆れたような笑みを浮かべた。つられてレイも笑う。


「さっきの焔の翼は魔法なの? すごい威力だね」


「いや、あれは技能スキルだけど……って、待って」


 己の切り札について口を滑らそうとするファルナは、レイを手で制す。異変に気付いたレイもバジリスクの死体を見た。


 頭の無い死体が起き上がりつつある。

 それだけじゃない。切断面から泡が弾けたと思うと、一気に肉が伸び、双頭が復元した。


「まさか《自己修復》! ふざけんな、そんなの中層のボスじゃないか!」


 復活したバジリスクを見てファルナの口から悲鳴のような叫びが出る。すると、赤い瞳の口から再び旋律が奏で始める。


「《■■■、■■■■■■》」


 2人は弾かれたように別方向に走った。


「ファルナ! 僕が囮になる。その間にさっきの一撃をもう一度撃って!」


「分かった! 無茶すんなよ、新人!」


 大声で打ち合わせを済ますとファルナは無事な石柱を使い、バジリスクの死角へと移動していく。


 一方でレイはバジリスクの意識を自分に向かせるためにワザとバジリスクの方へ走った。


「《■■■■■■、■■。■■■■■》」


 もう次の手は読めていた。

 青い瞳の頭の口が開くのを確認すると、横に飛び石柱の陰に隠れた。飛んできた針は石柱を貫くほどの威力は持っていない。すぐさま石柱から姿を現す。ボスの意識を自分に集中させつつ、尾の攻撃範囲に入らない様に移動し続ける。ファルナの為に時間を稼いでいく。だが先に詠唱が終わった。


「《■■■■》!」


 再び魔方陣から風の砲弾が射出された。視界の端で確認したレイはくるりと反転すると横に飛ぶ。床に飛び込む様に倒れて回避する。レイが居た場所を削りながら砲弾は通り過ぎ、壁にぶつかり弾け飛んだ。余波だけで体が飛びそうになる。


(まだなのかよ、ファルナ)


 立ち上がりながら、闇に隠れた、ファルナの姿を目で探した。


 再び迷宮にファルナの詠唱が響く。


「《両の手に宿るは焔の翼》! 待たせたな、新人!」


 迷宮に生まれた焔が双剣に巻き付き翼を作る。バジリスクの背後から奇襲をかけた。レイを追いかけていた蛇の目はファルナの方を見ていない。絶好のチャンスだった。


 ファルナが交差するように翼を振るった。狙いは胴体。阻むものは何もなかった。


 ―――ガキン。


 ありえない音を響かせて、翼は霧散する。


「……え?」


 呆然と火の粉が舞い散る光景を見つめる少女。それをあざ笑うかのよう2つの口から笑い声が漏れる。


「「ググ、ギャギャギャ」」


 瞬間。


 遠くから翼が散るのを見ていたレイはバジリスクに異変が起きたのに気付いた。鱗が逆立っている。鋭い切っ先を周りに向けているのを見て背筋に悪寒が走る。


「下がれ、ファルナ! 何か仕掛けてくるぞ!」


「「ギャギャギャ」」


 レイの警告は遅かった。


 バジリスクが爆ぜた・・・


 そう表現するに相応しかった。全身の鱗を逆立て周りに飛ばしたのだ。まるで爆弾に釘を詰め込み、殺傷力を上げるかの如く全方位にまき散らした。


 遠くにいたレイにも衝撃波と共に鱗が小さな矢のように飛んできた。


「ぐううう!」


 剣を床に刺して吹き飛ばされない様に耐える。


 ものの数秒でボスの間はバジリスクを中心に半壊した。


 衝撃波と鱗の弾丸は石柱を破壊しつくす。


(まさか、自爆したのか? いや、それよりもファルナは!)


 当然、近距離に居たファルナもその影響を受けていた。


 嵐が過ぎたレイは鱗を無くし、素肌を晒すバジリスクが倒れ伏すファルナに牙を向けたのを見た。


「やらせるか!!」


 すぐさま剣を引き抜き、それを投げた。槍のように一直線に飛んだバスタードソードはむき出しの肉に深々と刺さった。


「「グギャアアア」」


 突然の痛みに驚くバジリスクは叫ぶ。だがレイの追撃は止まらなかった。


 バジリスクに走りよると、自分の刺したバスタードソードを足場に高く飛んだ。頭部を飛び越えて、空中でダガーを引き抜く。自然と落下する勢いを利用してバジリスクの瞳を狙い、刺した。


「「ギャアアアア!!」」


 耐えがたい激痛に身を捩らせながら頭部にしがみ付く敵を振りほどこうとする。だが刺したダガーにしがみ付きながらレイは右手を強く握りしめる。蛇腹構造となっている手甲は、彼の動きに反応して打撃武器と姿を変える。その右手で残った片目を殴りつける。


 水っぽい膜を潰す不快感がレイを襲う。


「「ギィィィヤアアア!!」」


 赤の瞳を両方潰されたバジリスクはとうとう痛みで我を忘れた。青い瞳の頭部が牙を向き、レイを噛み砕こうと襲った。だが、それを待っていたレイはダガーを抜き去り床へと降りていく。頭上では双頭の蛇が自分の相棒と言える頭を噛み砕いている。


 床に着地する前に、バジリスクの腹に刺さったバスタードソードを掴む。落ちる勢いが一度止まるが、一気にその剣を振り下ろした。柔らかな素肌に傷がつく。


 自分の頭を噛み砕いてしまったバジリスクは叫ぶ暇も無く、痛みで悶えながら床を転げまわる。


(これで、時間は稼げたはずだ)


 床に降り立ったレイは倒れ伏すファルナに駆け寄る。彼女は爆心地近くにいたため、全身に鱗の刃を浴び、衝撃波の影響で意識が無いように見えた。


「くそ! 頼むから生きててくれよ!」


 脳裏をよぎるのは、ギルドで見た光景。悲しみに暮れる『紅蓮の旅団』の姿。軽くレイが頬を叩くとファルナはうめき声を上げながら薄らと眼を開けた。


「よし、生きてるな。ちょっと我慢してくれよ」


「……あたしは……置いていけ。もう……足手まといさ」


 弱弱しく呟くファルナをレイは引きずる。とにかくバジリスクから距離を取ってから治療する必要がある。痛みで絶叫し、悶える振動で迷宮を揺らしているのを見る限り、もうしばらくは時間を稼げるだろうとレイは考えていた。


 バジリスクから十分距離を取り、無事な石柱の陰にファルナを引きずり込むと、鱗を抜く。出血を始めた傷口を見て彼女の腰に手を伸ばす。すでに自分の回復手段は底をついている。ファルナの持っている上級ポーションを振りかけた。効果は実証済みだ。瞬く間に傷口が塞がっていく。


 そこでようやく彼女の瞳に光が戻ってきた。しかし、その光は弱弱しい。


「もう、無理だよ。あんな《自己進化》を持っているボスなんて。それこそ下層のボスだよ」


 レイは驚いた。

 男のような言葉使いの少女から出た弱気の言葉に。


 それに気づいたファルナは自虐的な笑みを浮かべる。

 それも彼女らしくない。


「これがホントのアタシさ。いつだって夢の為に自分が他人からどう見られるかを気にして、仮面をかぶって男勝りの冒険者を気取ってる。それが『紅蓮の旅団』のファルナさ」


 薄らと少女の瞳に涙が溜まる。


「アタシもアンタもここであいつに殺されんだ。死ぬ時まで演じてる必要はないだろ」


 溢れた涙が迷宮の床を濡らす。


「……あんな怪物。アタシらだけじゃ無理だよ」


 俯き肩を震わす少女を黙って見つめていたレイはダガーを抜き、ファルナへと向けた。

 真っ直ぐ首を狙った一撃に、熟練された冒険者は考えるよりも前に反応して捌く。振るわれた右手首を左手で止めて、右拳でレイの腹を殴る。肉を打つくぐもった音と共にレイは膝をついた。


「アンタ、何してんだい」


「ごっほ……この、嘘つき」


「……何だって?」


 息が上手く吸えなく咽るレイは、少女を糾弾する。


「何が無理だよ、だ。君の体は生きようとしてるじゃないか」


「いや……これは」


 ファルナは自分の握りしめた拳を見つめる。咄嗟の反射だったが、確かに自分は生きようとしていた。


「生きようと思っているなら、最後まで足掻こうよ。たとえ見っともない死に方でも。最後の一瞬まで」


 それに、とレイは続けた。


「君も僕も一人じゃない。二人であいつを倒そう」


「―――っは。大きく出たね、冒険者に成り立てのひよっこの癖に」


「レイだよ。ひよっこじゃない」


 目元を拭い、笑顔を取り戻したファルナとレイは拳を突き合わせる。まだバジリスクは傷を治し切っていないようだった。


「それで、レイ。あんた何か策はあんの?」


「ない」


 きっぱりと断言したレイをファルナはレイを睨む。


「言っちゃなんだが技能(スキル)も持たないG級の冒険者に状況を打開する術はない」


「偉そうに情けない事言うな! って、この前のボス戦でランクアップしなかったのか」


「ん? ああ、そうなんだよな」


 曖昧に返事をしつつもレイには理由が何となく分かっていた。


(《トライ&エラー》の力技でのクリアだから評価されていないんだろうな)


 上がらなかった事に疑問を抱いていたアイナにも言えなかった事だ。


「それで、そっちは何かある? 切り札」


 話を変えるようにファルナに問いかける。石柱の陰からバジリスクを観察していたファルナは視線を外さずに考えを述べる。


「1つだけある」


 絞り出すように彼女は続ける。


「普通、モンスターは首を切られたり、全身傷だらけになったりして一定以上のダメージを受けたら死亡する。だけど《自己修復》をもつボスとかはそのやり方では倒せない。魔石を直接破壊するんだ」


「魔石? なんで」


「魔石こそモンスターを動かす動力源なんだ。どんな技能スキルを持っていようが魔石を砕かれたら死亡する」


 レイも石柱の陰から顔を出してバジリスクを観察する。暴れまわった蛇はここにきて、動きを止めつつある。だが死に向かっているのではなく、体を癒す為に無駄な動きをせずにじっと力を貯めている野生動物のようだった。


 すでに鋼鉄の鱗は生えかわっている。


「どこらへんに魔石があると思う?」


「基本、モンスターの体の中央。あいつなら首が分かれた根元の下の方だと思う」


 思い出すとファルナが2度目に振るった翼の狙いはまさにそこだった。


「問題はあの鱗を突破する火力か……何かある?」


 レイが訪ねると、ファルナは覚悟を決めた様な表情を浮かべた。


「精霊魔法を使う」


 重苦しく宣言したファルナに、レイは首をかしげるしかなかった。


「つまり……どういう事?」


「この、バカ! ここは、『何だって!? 君はそんな伝説の技を使えるのか。ファルナ様万歳!!』ってなる所だよ」


「ちょっと待ってほしい。そのバカっぽいセリフは誰のだ?」


「アンタ」


 深くため息を吐きながらレイは頭痛を堪える。彼女が立ち直り、軽口を叩けるようになったと前向きにとらえる事にした。


「それで、何でそれを使わないでいたの」


「詠唱が長い。それに魔方陣を描いてその場を動かずに詠唱する必要がある」


「長いって、どれくらい」


「魔方陣を描いて、精神を集中させて……合計すると、5分」


 2人の間に沈黙が降りる。あのバジリスクを相手に1人で相手しろとファルナはレイに言ったのだ。


「やっぱり、この案は止めにするよ。アンタが危険だ」


「いや、それで行こう」


 頭を振って、自分の出した意見を翻すファルナをレイは止めた。


(これは可能性のある方法だ)


 先の時間軸でファルナは1人で挑んで死んだ。おそらく翼の剣で一撃を与える所までは行ったが、復活したバジリスクに殺されたのだろう。1人では精霊魔法を使う暇も無かったはずだ。


 だからこそとレイは思う。


 精霊魔法は試す価値がある。


「僕が5分、時間を稼ぐ。ファルナはその間に精霊魔法の詠唱を頼む」


「無茶だ! たしかに精霊魔法ぐらいしか手段は無いけどあいつを相手に1人で挑むなんて!」


 立ち上がり、石柱から飛び出そうとするレイを引き留めるファルナ。だがレイの意思は固かった。掴んでくる少女の手をはがすと、ファルナの目を見ていった。


「この命を君に預ける。頼んだよ!」


 言って、少年は走り出した。残された少女は遠ざかる背中に手を伸ばそうとして、止めた。伸ばした手を、頬を叩くために使う。


「よっし! やるか!」


 気合を入れたファルナは迷宮の床に魔方陣を描き始めた。


(死ぬんじゃないよ、レイ!)


 一方、無策でボスへとかけていくレイはまずいなと、ぼやく。


(カッコつけて飛び出したはいいけど。鱗を突破する武器は無いし、回復薬も無くなった。おまけに)


 眼をつぶり、ステータス画面を開く。いつものように技能スキルの項目を開いた。だがそこはいつものような画面では無かった。


 特殊ユニーク技能スキルの項目が赤く点滅している。


 変化のない異変・・にため息を吐きながら赤く点滅している項目を開いた。


 そこには唯一所持している《トライ&エラー》があった。


 だがその上に大きくバッテンが張り付いている。


 さらにその上に一文が張り付いている。


使用不可・・・・


 レイは特殊ユニーク技能スキル無しで双頭のバジリスクに挑む。


読んで下さり、ありがとうございます。


次回の更新は月曜日、7月13日を予定しております。

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