4-31 修練所
永遠に続くかと思ってしまう浮遊感は唐突に終わった。レイの体は軽い衝撃と共に、魔方陣の上に出現した。ただし、周囲の景色は一変した。
「まぶしい……まぶしい?」
眩いほどの光量がレイの顔を照らしていた。目を眇めてから、ここが何処なのか思い出して驚いた。サファから転移する先が迷宮もどきと聞かされていたため、陰鬱な暗所を想像していた。
これまでに訪れたネーデやアマツマラの迷宮がそうだった。地の底へ伸びていき、四方を壁に囲まれ、曲がり角を通る度に敵に備えなくてはいけない危険な場所。ところが、レイが魔方陣で転移した先はこれまでの迷宮観を打ち砕く。
暗い洞窟から明るい場所へと移動したため、目が慣れるのに時間が掛かった。何度か瞬きを繰り返すと視界がハッキリして、息を呑んだ。湾曲した天井から燦々と降り注がれる光を浴びて、湖がキラキラと反射している。反対側を見れば、穏やかな森林が広がっている。
「おいおい。本当にここは迷宮なのかよ……って。そう言えば、もどきって言ってたな」
レイは修練所の端に位置する小高い丘の上に転移していた。なだらかな斜面を降りたら、森へと続いている。状況の確認の為に視線を彼方此方に向けた。
エルフの修練所はとにかく広大だった。アマツマラの迷宮の広間が五つか六つ以上合わせたぐらいの面積が広がっている。円形の空間の左半分は湖に。右半分は森が占めている。天井に目を向けると、広大な空間にあらん限りの光量が降り注ぐ理由が分かった。
湾曲した天井には無数の水晶が隙間なく突き出るように生えていた。距離が遠すぎるため、大きさは不明だが、そのどれもが発光していた。
迷宮特有の濁った空気は無い。森が広がっているせいか、暖かい光が降り注いでいるせいなのかレイには分からないが、思わず気が緩みそうになる。
「こんな場所があるのに、あんな壁にしがみ付いて暮らさないといけないなんて。それほどここに居るモンスターは危険なのか?」
呟いたところで返事は無い。レイは改めて一人だと言う事を思い知った。
振り返れば、エルドラドに来てから本当の意味で一人になるのは久々だった。来た当初は一人で過ごしていたが、ファルナを助けてからは誰かしらと行動を共にしていた。アマツマラの迷宮で殿を買って出た時も一人といえば一人だが、あの時は背中にリザやファルナの存在を感じていた。
本当の意味で一人ぼっちだ。
「皆にちゃんと相談もせずに勝手に修行だって言って単独行動するんだ。少しでも強くならないとな」
自分の頬を叩いてレイは気合を入れ直した。そして、この空間のどこかに居るであろう、モンスターを高台から探そうとする。といってもモンスターの平均的なサイズを考慮すれば、双眼鏡のような物が無ければ見つける事は不可能。そこで怪しそうな場所に目星をつける事にした。
湖は後回しだ。高台から見た所で湖の中は見当もつかない。何より、これでもかと怪しい場所が直ぐに見つかっていた。
空間の右半分を閉める森の中心。ぽっかりと乳白色の小山が広がっている。高台から見ると森は緑色のドーナッツのようだ。
遠目では判断が付きにくいが、小山の正体が建物か遺跡のようにレイには見えていた。
「あからさまに怪しい場所だけど、他に当ても無い。行ってみるとするか」
レイは決めると高台を降りる。身は一つ。武器と防具とコートしかない。
足早に森の中へ入る。警戒の為にファルシオンを抜き、異変を感じたらすぐに動けるように身構えていた。
しかし、彼の準備を裏切るように森の中では何も起きない。
修練所の森の中は、クライノートの森とは違い、至る所に果樹が植えられている。レイが日本で見た事のあるような果物がなっているのもあれば、見たことも無い物もなっている。
農業に関する知識はレイに無いが、それでも無造作に生えているのか人の手が入っているのかの違い程度は分かる。
ここの森は間違いなく後者だ。
人の手が入っていなければ、足元は熟れて落ちた果物だらけのはず。しかし、果樹の足元にそれらしい形跡は無い。修練所と同時にここは果樹園なのかもしれない。同時に、狩猟場かもしれなかった。
森を進むレイを遠巻きから警戒して眺めているシカなどと遭遇する。
「修練所として使いつつ、果樹園とも狩猟場としても使っているのか? 効率を優先しているから、この森にエルフは住まないのか、あるいはこの出鱈目さが理由なのか」
レイは育っている果樹を見上げて頬をひきつらせた。一本の木にリンゴやアンズ、オリーブなどが出鱈目になっている。果てはマンゴーまであった。
農業の知識が無くても、果物が一本の木から複数種なるのはあり得ない事や、マンゴーが熱帯の地域で取れる事は知っている。
これもエルフ特有の魔方陣が関係しているのかもしれないと頭に叩き込んで森を歩き、ついに抜けた。
レイが高台から見た通り、乳白色の小山は建物でもあり遺跡でもある。レンガを重ねて、正方形や長方形の形をしたシンプルな建造物が墓標のように乱立している。都市計画も何も考えてない、出鱈目な配置だった。それらが密集しているせいで遠目からは小山のように見えたのだ。
「海外のニュースとかで見た中東の遺跡とかに似ているな」
建物に触れてみると、意外な事にしっかりとした硬度を保っている。だが、木の扉を開けて中に入ると口を塞いだ。
中は埃まみれだった。十年や二十年もの間放置したとしても、これほどの埃は溜まらない。それ以上の年月の間放置されているとレイは推測した。一歩足を踏み入れた衝撃で床に層のように積もった埃が舞い上がる。レイは即座に引き返した。
隣の建物を窓のような大きさの四角い穴から覗くと、そちらも同様だった。これでは中の探索など出来やしない。仕方なく、出鱈目に乱立されている建物の隙間道を進む。目指すのは石の街の中心部だった。
石の街は無作為に建物が配置されているのか、行き止まりが多い。そのくせ、建物の高低差が酷く、外壁をよじ登って屋上に着いてもそこからでは大した情報は得られなかった。
レイは進むにつれて、ここが街では無く迷路のように思えて仕方なかった。
「だったら、この先に待っているのはミノタウロスかって話だよ」
石の街に入って、いや、修練所に来てから体感時間では一時間近くになろうとしていた。見た目が同じような建造物に、目印らしいものが無い為、現在位置すら怪しくなってくる。
此処は一度街の外に出て、湖の方を探索するべきかと思い始めた時。
奇妙な物を見つけた。
「あれは……剣……なのか?」
さして広くない道にロングソードが刺さっている。まるで道を塞ぐように突き刺さっている。それも辻の中央なのが余計に奇妙だった。
レイは慎重に近づき、刺さっているロングソードを抜いた。先端は土で汚れているが、刀身は光沢を放っている。放置されている建物と比べるとちゃんと手入れがされている。だけど、それだけだ。レイの目から見ても、このロングソードが良質な武器じゃないことは明白だった。
良いとこ、リザが振るうロングソードよりもマシといった程度だ。
他に何かないかと視線を向けると、それほど遠くない場所に今度は槍が突き刺さっていた。レイは名前を知らないが、パルチザンと呼ばれる一般的な槍だった。
ロングソードを突き刺しなおすと、槍の方へと向かう。今度はご丁寧に三叉路の中心だった。自然と視線を残った道に向ければ、そこにも武器が突き刺さっていた。まるで、いや、確実にこの地に来た誰かを誘導するように置かれていた。
「確実に何かいるよな、この展開。……でも、行かないわけにもな」
レイは困った風に頭を掻くと、誘いに乗る。武器による誘導に従い道を曲がっていく。最初は一つしかなかった目印は、歩けば歩くほど量が増していく。
剣、弓、槍などメジャーな物から、斧、棍棒、戦斧、矛、杖、投げナイフ、ブーメラン、寸鉄、鎌とバリエーションが増していく。
ゲームや漫画などで見た事のあるような造形から、どのように使うのか首をひねるようなものまで幅広く、道や壁に突き刺さる。まるで武器の博覧会だった。
「しかも気持ちの悪い事に……どれもこれも平凡なくせに手入れは完璧だ」
フランキスカという、投げ斧の一種を壁から抜くと、レイは適当な場所に向かって放り投げた。がつん、と。斧は壁に食い込んだ。
「切れ味は万全。つまり、今すぐに戦うことが出来る、と」
気味の悪さだけが胸中に広がる。武器は進めば進むほど道を圧迫する程の量となる。
「まるで武器の茨だ。触れば血が出る分には間違っていないかな?」
ふざけた物言いで自分の胸中に広がる不安を払いとばそうとするも、失敗に終わった。なにしろ、遂に茨道に終わりが見えたのだ。
道を抜けると、レイは円形の広場へと出た。周囲は壁のように建造物がぐるりと立ち並んでいる。よくよく見ればその建物の隙間にはレイが来た道と同じように武器の茨が生えていた。おそらく、最初にレイが目にしたロングソードのような目印が他にもあり、それを辿れば此処に行きつくようになっているのだろう。
つまり。
「此処が目的地か」
レイは周囲をぐるりと見回した。
円形の広場を囲うように建造物は立ち並ぶ。そして、その建造物の奥には一段高い建造物が立っていた。そして、その奥にはこれまた高い建造物が立っているではないか。
「円形の広場に……段々と高くなっていく建物。これじゃ、まるでコロシアムじゃないか!」
レイは疑念と共に口に出していたが、正解だった。彼が武器の茨道に導かれて辿りついた場所は石の街の中心部。そこを俯瞰で眺めることが出来れば、まさに決闘場だと分かる。円形の広場はリング。段々と高くなっている建造物は観客席と外壁を兼ね備えている。
そして、コロシアムなら重要な者が足りていなかった。
ずるり、と。
耳に不快な音が聞こえた。自分以外誰も居ないと思っていたコロシアムに突如として起きた音にレイは反応した。音源は壁のように立っている建造物の一つからだった。
窓枠すらない窓から銀色の粘液生物が這うように出てきたのだ。四肢が無く、まるでカタツムリのように進む生き物に、レイは見覚えがあった。
「あれは……もしかして? ……スライムか?」
銀色の粘液生物。それはまさにスライムだった。
レイはファルシオンをスライムの方に向けて構える。距離にして十メートル以上は離れているが油断はしていない。すでに彼は、サファが言っていた今自分が戦うのに相応しい相手というのがこの銀色のスライムだと見定めていた。
ゆえに、どんな行動をとられても良いように身構えていた。
すると、不透明な水銀のようなスライムは身動きを止めた。体の一部を触手のように伸ばし出した。レイはいつでも迎撃できるように精神力をファルシオンに纏わせた。
しかし。
彼の予想とは違った攻撃が放たれた。
「《■■■■、■■■■■■》!」
果たして。粘液のどこに声帯があるのかは不明のまま、スライムは詠唱した。言葉に合わせてスライムの触手から光が輪のように放たれた。その輪は円形のリングを埋め尽くすように広がった。
つまり、レイも巻き込まれた。
「―――っう! ……んん?」
レイは衝撃に身構えたが、光の輪は何の変化もレイに齎さずに消えた。
変化が起きたのはレイでは無く、スライムの方だった。
スライムは体を激しく振るわせたかと思うと、姿形を大きく変えたのだ。
まずは足が生えた。次に腕が生えた。次に胴が形を成して、頭部が出っ張りのようにむき出しとなる。見てくれだけは人の形だ。
変化は、いや変身はまだ続く。のっぺらぼうの水銀人間の表面に陰影が生まれると、あっという間に人間の顔になる。合わせて表面を揺らすと、服の形や防具、果ては剣をも生み出した。
体に張り付く様なインナーにズボンにブーツと特色のない格好。
身に着けた防具は友が作りし駆け出しの品。左右非対称の手甲が目をひく。その上から羽織っているコートの色は銀だが、形はそっくりだ。
まるで人の顔を正確に再現したお面を張り付けた頭部には、ご丁寧に髪の毛まで生えていた。
―――その姿はまさに自分に酷似していた。余りにも似ている姿にレイは言葉を失った。
観客の居ないコロシアムにてレイは銀色の自分と対峙していた。
「ミラースライム……ですか?」
「そうだ。修練所・第一階層に居るモンスターはそれだけだ」
レイが居なくなったばかりの転移魔方陣の傍でリザはサファから、彼の修業相手の情報を聞きだしていた。しかし、リザの知識にはそんなモンスターの名前は無かった。
だけど。
「……本当に、最悪の相手を!」
シアラは違った。彼女は金色黒色の瞳に苛立ちの色を強くさせて、サファを睨んだ。手元に杖があれば容赦なく抜いていた気迫だった。
レティが慌ててサファとの間に立つ様に移動してからシアラに尋ねた。
「その、ミラースライムを知っているの?」
「……ええ。モンスター自体のレベルはたいしたことの無い奴よ。それこそ遠くから弓の一発、もしくは低級魔法でも食らわせれば倒せる雑魚よ」
その言い方にレティは安堵と同時に首をひねった。そんな雑魚モンスターに何故シアラは苛立っているのか?
「遠距離ならね。……ミラースライムの間合いに入れば、モンスターの難易度は格段に上がるわよ。それこそ、戦う相手次第で超級まで跳ね上がるわ。……物騒な二つ名だけど、言い得て妙ね。知らなかったわ、『ソロ殺し』って呼ばれ方をしていたなんて」
「低級から超級ですか!? 一体、どんなモンスターなの?」
リザの焦りを受けて、シアラは自分の気持ちを落ち着かせるように深呼吸してから答えた。
「ミラースライムは自分の間合いに入った敵に対して最初に、技能を発動するの。効果はとんでもないわよ。間合いに入った敵の姿形だけじゃなく、レベルや能力値、それに技能を取り込み、再現するの」
「……つまり自分が敵になると言う事ですか。……それは確かに強敵ですが」
クリュネが『ソロ殺し』と呼ぶにはいささか物足りない。自分がもう一人いた所で、勝負が付きにくいだけのように思えた。
しかし、続くシアラの言葉に戦慄が走った。
「問題は真似された自分よりも、技量という点でミラースライムの方が必ず上回るのよ。レベルも能力値も(パラメーター)も技能も同じなら、勝敗を分けるのは―――」
「―――ステータスに現れない部分!」
自分と全く同じ存在が、自分よりも技量で上回れば、勝ち目なぞ無い。悪夢のような光景にリザは背筋が泡立った。
「それで『ソロ殺し』。……自分では勝てない相手も二人一組なら勝ち目がある。……これはご主人様といえど……」
言葉は最後まで続かなかった。仮に《トライ&エラー》で繰り返した所で、勝ちの目があるとはリザには思えない。どれだけ繰り返しても、常に自分の上を行かれるのだ。
自分の左腕が万全なら、何が何でも救援に向かいたかった。しかし、転移魔方陣の前には門番のようにサファが仁王立ちしている。
すると、レティがどうしよう、と震える声で呟いた。
「どうかしたの、レティ?」
落ち着きのない妹に尋ねると、レティは全身で戸惑いを表している。常にないほど動揺していた。
彼女は囁く様な、掠れた声で―――とんでもない事を告げた。
「技能を真似するなら……《トライ&エラー》も?」
その言葉の意味をリザとシアラが理解するまでに数秒を要した。
そして二人は勢いよく転移魔方陣の方を振り向いた。揃って焦燥を浮かべていた。
「《トライ&エラー》同士がぶつかるって言うの!?」
シアラの小さくも苦渋に満ちた声が転移魔方陣に乗ってレイに届くことは無い。すでに状況はリザ達の手に届かない所まで進行していた。
それがどのような結末を生むのか、誰にも分からない。
読んで下さって、ありがとうございます。




