4-29 守護者 『後編』 改訂版
※2/25 謝罪のシーンの追加と終盤のシーンの一部を変更。
他に言うべき事は幾らでもあった。
ブーリンへの謝罪。冒険王。六将軍。日本刀。隠れ里。
だけど、サファの戦う雄姿を見るとそれら全てが頭から抜け落ちて、唯一残った強烈な思いが言葉として放たれた。
「僕を―――貴方の弟子にして下さい!」
「断る」
即断である。サファはレイの方を見向きもせずに、刀を鞘に仕舞った。ちん、と。澄んだ音が響く。
「何を血迷ったか知らんが、俺は弟子を持たない主義だ。そもそも、貴様は里長に手を上げるような存在。あの場で仲間もろとも殺されてもおかしくなかった。そんな粗忽物を俺が鍛える道理はない」
真っ当な意見だった。自分の浅慮が招いた評価だけにレイは言い返す事すらできない。そもそも、ここに来た目的すら失念していた。
「あの時。集会所でブーリンさんを殴りかかろうとして申し訳ありませんでした! ……いまだに、どうしてあんなことをしたのか自分でも分かりません。ただ、エトネの……やっとの思いでここまで来た孫娘に対してむごい態度を取ったブーリンさんを見て、何故か怒りが抑えきれませんでした。……僕の未熟な心を理性が抑える事が出来ませんでした」
レイは頭を下げたまま謝罪の言葉と、自分の思いを続けた。
「だからこそ! ……こんな未熟な心と弱い体を鍛えたいんです。感情を抑える事すら出来なかった心を鍛えて、少しでも強くなりたいんです。……でも、どうやったらいいのか分からないんです」
レイの弱音にサファは嘆息すると同時に、小さく呟いた。
「怨むぞ、里長。貴方の仕掛けがこんがらがって俺に飛び火しやがったぞ」
「いま、何か?」
小さな呟きの為、レイには微かな音の響きにしか聞こえなかった。サファは誤魔化すように咳払いをしてから断固たる口調で告げる。
「貴様の事情なんぞ、知るか! それに、何故俺に弟子入りしたいのか、それが分からん。体を鍛えたければ他に師を探せ。心を鍛えたければ冷水に浸かれ。……俺なんぞに師事したところで、得る物は無いぞ。……早く、去ね」
「貴方が頷いてくれるまで、ここから動きません!」
レイは頭を下げたままの姿勢で告げた。サファは変わらずレイの方を見向きもせずに、面倒だと言わんばかりに深いため息を吐いた。
「だったら、勝手にすればいい。気が済むまでそこに居ろ。……ただ、この辺りは人払いの結界は張ってあるが、モンスターの血で汚れている。匂いにひかれた超級程度のモンスターなら結界を物ともせずにやって来るぞ。……言っておくが俺は童を助ける趣味は無い。勝手に死ね」
それだけ告げると、レイから距離をとるように、適当な木の根に腰かけて目を瞑った。
まるで、徳の高い僧侶が神仏に祈るかのような、厳かな雰囲気を放つ。もっとも、それも数秒の事でサファは幹に背中を預けるとすぐに眠り始めた。
不思議な光景だった。
辺り一面、血と屍と死臭で汚染されているのに、それを気にするそぶりも見せずに眠るエルフと。そんな彼に頭を下げたまま微動だにしない少年の姿は奇妙だった。
普通なら、一度態勢を立て直す意味も含めて、この場を離れるのだろう。
しかし、レイは愚直なまでに己の意思を貫こうとする。
この場所から動かないと告げた以上、彼は動くつもりは無かった。
超級モンスター、ホワイトキマイラは優れた嗅覚を持って、血の匂いを辿っていた。
白い鬣の生やしたライオンの頭部に山羊の下半身。尾には毒蛇が舌を伸ばしている。
獣型モンスターの中でも指折りの危険なモンスターだ。戦闘能力もさることながら、感覚器官がずば抜けて高い。獣の鼻と耳に、蛇の持つピット器官と呼ばれる特殊な感覚器官が厄介だ。
人や動物、それにモンスターの放つ熱を感知できるこの器官は、例え深く濃い霧でも、夜の闇に紛れようとも、容易く獲物を見つけ出す。
二つの頭部が前後を見張る事で、死角を出来る限り減らし。頭上からの攻撃は鋼鉄のような皮膚が弾く。強靭な四肢が一度動き出せば、例え地の果てまで獲物が逃げようとも追いかけることが出来る。
スタンピードの敗残兵たちの危険度をランキングするなら、ホワイトキマイラたちはかなり上位に位置する。
そんな彼らの弱点は、その巨体故に食料を多く必要とする点だろう。
クライノートの森の北東部分に仮のコロニーを築いた彼らは徐々に縄張りを広げるように、行動範囲を広げていた。
その過程で他の超級モンスターや一段落ちる上級モンスターともぶつかった。勝ったり負けたりを繰り返して、各々の踏み越えてはいけない境界線が出来始める。
そうなると、焦りを覚え始めた。境界線は、言ってみれば不可侵条約に近い。下手にこの線を超えれば、それこそコロニー同士の激突となりかねない。負ければ全滅。勝った所でコロニーを維持できない程の大打撃を被る。かといって境界線を譲るわけにもいかない。
ホワイトキマイラたちは境界線が確定して、新しい場所の探索が出来なくなる前に、少しでも自分たちの領域を広げようと分散して森を探索していた。
その内の一つが、咽かえるような血の匂いを遠くから嗅ぎ取っていた。
五頭のホワイトキマイラは慎重な足取りで森を進む。蛇の頭が油断なく、死角を潰すように頭を振る。
すると、先頭を歩いていたホワイトキマイラが足をあらぬ方向へと持って行こうとしたのだ。
すぐさま進行方向を修正しようとするも、前足はまっすぐ前を行こうとしない。
残りの四頭が焦れるように吠えると、先頭のホワイトキマイラは自分の身に起きている現象が分かった。
人払いの結界だ。
人、と銘打ってあるが、これにはモンスターも含まれている。というよりも、エルフ以外の存在の侵入を拒む結界だ。エルフ以外が里の入り口付近を目指して歩こうとしても、結界に阻まれてあらぬ方向へと進んでしまう。仮に羅針盤を持ってきて正確な位置を記した地図があったとしても辿りつくことはできない。突破するにはエルフかハーフエルフの同行が必要である。
だけど。
「グルゥゥゥゥ」
ホワイトキマイラは低く唸ると、結界を突き進んだ。進むのを嫌がるように、自分の意志に逆らう前足を強引に動かして力ずくで突き進む。
残りの四頭も同じようにして進んだ。往々にして、結界には限度がある。想定しているよりも高い負荷が一カ所で起きると、その負荷で結界そのものが壊されるよりも前に、負荷を受け入れてしまう。ならば、結界の強度を上げればいいのだが、それにはまた別の問題がある。
結界の規模と強度を上げれば、それに比例して土地の魔力を余計に消費してしまう。本来、モンスターの居ないクライノートの森に張られた結界の強度はそれほど高くないのが裏目に出た。
結界をすり抜けたホワイトキマイラは血の匂いを辿る。
彼らは興奮していた。
咽かえるような血の匂いは、食料がある証。
人払いの結界が張られているのは、何かがある証。
危険とはまるで思っていなかった。スタンピードの敗戦を受けても、彼らは何一つ学んでいない。それもある意味仕方がない。クリストフォロスに操られて、まるで夢遊病のように動かされていた彼らに、あの戦いの敗北は他人事に近かった。
むしろ、故郷から無理やり引き剥がされて、見知らぬ土地に放り出された。哀れな被害者とさえ自分たちの事を思っていた。
怒りの為、思考能力が鈍くなっている。そのため、不用意に死地へと踏み込んだ。
一面赤く染まった空間。深くまで染み込んだ血はホワイトキマイラにとっては芳醇な香りともいえた。
その赤い海の中で、四つん這いになって額を地面に擦りつけているレイを彼らは見つけた。
あれから二時間。少年はその場を動くことなく、頭を下げていた。
ホワイトキマイラたちはむき出しの牙から涎を垂らす。巨体に似つかわしくない俊敏な動きで足音を殺して、レイに近づいた。
モンスターには人間の力量をある程度理解する知能はある。なにしろ、人のように経験値を積むことでレベルが上がるようには生まれていない。勝てる敵には勝てて、負ける敵には負ける。死を避けるために、強者と弱者を見分ける術に長けていた。
ホワイトキマイラにとって、レイは弱者に当たる。無防備に背中を見せ、無警戒に膝をついて、無謀にも武器も防具も持たない哀れな獲物。
黄ばんだ瞳が絞られ、レイから逸らす事は出来なくなっていた。
そして、彼らは十分に距離を詰めると、一斉に飛びかかった。
獲物の足を引きちぎり逃げなくさせる。次に腸が温い内に啄み、血を啜り、肉を噛み千切る。彼らは悍ましいほど醜悪な考えを持って、レイに飛びかかり―――。
―――きぃん、と。
澄み切った音を先頭のホワイトキマイラは聞いた。
途端。
ずるり、と。彼の視界がずり落ちる。
前の時間軸で、レイ達を眠りながら殺した時の再現だ。そもそも、サファは何を持って殺害対象を見極めるのか。幾つかの要因があるが、一番過剰に反応しているのは匂いだった。森の香り、人の体臭、モンスター特有の獣臭。サファは眠る前に周囲の情報を匂いで記憶する。そして、その匂いに変化が起きた時に自動攻撃が動く。例えば、武器特有の金気や、モンスターが攻撃しようとする際、興奮して発せられる特有の臭いに反応する。
自動攻撃が働くと刀を僅かに抜き、神速を持って納めた。鞘が納まる際に排出される空気が刃となってホワイトキマイラたちを切り裂いた。
これは戦技でも、技でも何でもない、ただの動作だった。
千年という時をひたすら戦いと修練に費やした男にとって、単なる動作すら戦技の域に達していた。
理性よりも欲望に忠実となり、周囲の警戒を怠ったホワイトキマイラは哀れにも横に両断された。ただし、それは先頭の一体だけだった。
残りの四頭はそれぞれ痛手を負うも、まだ健在だった。
「グルゥゥウウ!」
同胞が殺された怒りか、あるいは目を傷つけられたせいか。どちらにしても四頭のうちの一頭が唸り声を上げると、弾かれたように残りの三頭も咆哮した。
彼らは戦闘を選ぶ。
勝てないのは理解している。枯れ木のように細い男が次元の違う強さを持っているのは気づいている。挑めば死ぬのも分かる。
それでも彼らに勝てない戦いを挑ませようとするのは、腹を空かせた仲間のため。無防備な姿を晒している獲物を持ち帰るため。そしてなにより、単に逃げる事さえ難しいのを肌で感じ取っていたからだ。
薄らと、萌黄色の瞳が開く。周囲を睨みつけると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ふん。……ホワイトキマイラが四頭か。……おい、童。いつまでそこに居る気だ? 巻き込まれて死ぬ気つもりか?」
尋ねられると、二時間ぶりにレイが動いた。顔を上げると後方にて殺気立つホワイトキマイラに目もくれず告げた。
「どきません。貴方が首を縦に振るまでは絶対に動きません」
「……言っておくが。俺は貴様が食われようがどうなろうが、知った事では無いぞ」
明らかに苛立ちを込めてサファは言うが、それでもレイは動かない。すると、焦れた様にホワイトキマイラたちが一斉に動いた。合わせるようにサファも刀を抜くと動き出した。
それは先程の戦いの焼き直しといえた。
地を蹴る戦車のようなホワイトキマイラに対しても、距離を詰めて、躱して、斬る。
サファが手にした刀はまるでバターを斬るかのように、滑らかにホワイトキマイラの四肢を切り分ける。時折、あまりにも鋭い切り口が自然にくっついてしまう。
ホワイトキマイラたちは恐怖した。自分たちの爪も牙も咆哮も、何一つ掠りもしない。そのくせサファの攻撃は何の抵抗も無く体に沈んでいく。
彼らにとってサファは、悪夢が人の形をしていたようなものだった。
あっという間に二頭が死亡した。最初の一頭を合わせれば、残ったのは二頭だけになった。どちらも深手を負い、戦う気力は無かった。
すると、片方のホワイトキマイラが意味ありげにレイに視線を送る。変わらずに地面に四つん這いになっているレイは彼らにとって無防備な餌そのものだった。
モンスター同士のアイコンタクトが終わると二頭は同時に動いた。片方はサファに。もう片方はレイに飛びかかる。
サファは動じることなく、一刀で切り伏せた。胴体を横に切断されたホワイトキマイラは絶命するまでの数瞬の間に目的を果たす。サファの体を押さえつけるように前足を広げた。彼の目的は単純だ。最後の一頭が逃げるまでの足止めだった。
残った一頭がレイを連れて離脱するまでの時間を稼ごうとした。
(……策は時間稼ぎか)
サファはホワイトキマイラの行動を一瞬で看過した。膨大な戦闘経験がまるで未来予知のようにこの先の展開を告げる。
戦闘の影響でレイとサファの距離はいささか広がっていた。それでもホワイトキマイラがレイを捕まえて、脱出しようとした瞬間には追いつける自信があった。
だけど、その結果。レイは死ぬ。獲物の生死はホワイトキマイラにとってそれほど重要じゃない。むしろ、余計な抵抗を受けないように即死させるだろう、とサファは予測した。
(それも致し方なし、だ)
サファは冷徹に判断を下した。冷たい判断だが、レイの自業自得ともいえる。逃げるように促していたし、守る理由も無かった。意地を貫こうとした結果に死ぬのだから、文句も言えまいと考えていた。
ホワイトキマイラの上半分が襲い掛かる寸前。サファはレイの顔を見た。
泣きわめくか、縋るような視線を自分に向けているのだろう。なぜ、助けてくれないのかと叫ぶかもしれない。
だけど。
彼の予想は裏切られた。
レイは迫りくるホワイトキマイラを見向きもせずに、拳を叩きつけていた。まるで邪魔な存在を払いのけるかのような雑な動作だ。拳に込められていた《砕拳》が発動していなかったら、拳ごと噛み砕かれていてもおかしくない。
ホワイトキマイラは額に叩きつけられた拳から伝わる力を、己が全魔力を総動員して堪えていた。毛細血管のように広がる力を皮膚一枚に押しとどめた。そして、ぶつかった勢いそのままにレイに圧し掛かった。哀れにも少年はホワイトキマイラに組み伏せられた。
それでもレイはサファの戦いを網膜に焼き付けるかのように見つめていた。
―――それが酷く気持ち悪かった。死が近づいているのに、死を見向きもしない。
サファは自分が両断したホワイトキマイラの傷口に手を伸ばした。腸を掴むと、それを紐のように引っ張ると、上半身をモーニングスターの見立てて振り回す。鉄球代わりの上半身が最後の一頭に襲い掛かった。
あと数秒もすれば鋭い牙はレイの体に深く突き刺さっていた。しかし、サファの攻撃によってホワイトキマイラは吹き飛ばされた。同時に腸は千切れ、上半身も森のどこかへと吹き飛ぶ。
「……俺は何をしているんだ!!」
八つ当たり気味に叫ぶと最後のホワイトキマイラへ駆け、首と胴体を切り離した。神速の一撃は刀身に一滴の血も油も付着させずにホワイトキマイラ五頭は死に絶えた。
サファは刀を仕舞わず、荒々しい足取りでレイの方へと近づいた。戦闘の余波で血を浴びても視線を逸らさないレイに対して苛立ったように舌打ちした。
手に握った刀を振り上げ―――一度思いとどまると、振り上げた刀をそのまま下ろした。代わりと言わんばかりに、レイの腹部に向けて蹴りを放った。
「ぐぅうううっ! がっはっ!!」
ふわり、と。
体が持ち上がる程の衝撃に体内の空気がすべて吐き出される。上がった体は重量にしたがって落ちた。サファにとって手加減された一撃は、レイにとっては強烈な一撃だった。昼に食べたものを吐き出しそうになるのを堪えた。
「貴様は馬鹿か!!」
サファの怒号が森を揺らした。
「貴様はパーティーの、いや、戦奴隷たちの主だろうに。貴様が死ねば、あの者達も死ぬのだぞ!! 大方、動かずに意思を貫けば俺の気持ちが動くだろうという、あさましい考えの暴挙だろうが、その程度で俺が動くと思うか!!」
「……それは違います」
まるで稲妻のような怒号に対して、レイは静かに口を開いた。
「あそこで逃げるよりも、貴方の戦いを見ている方が百倍勉強になると思いました」
「勉強だと。……貴様程度が俺の動きを見て何を学べるというんだ」
サファは侮蔑まじりの嘲笑を浮かべた。すると、レイは肯定するように頷いた。
「はい。貴方の戦いは、特別な技能や戦技。精神力による強化もしていません。単純なまでの基本的な動作の繰り返しです……ただし、膨大な戦闘経験の積み重ねによる動作ですから、僕にとっては真似をするなんて事は出来ません。……でも、それだから僕は貴方を目指したいんです」
レイが何故、テオドールやオルドのような超人に惹かれず、サファに惹かれたのか。答えはそこにあった。テオドールを始めとした、エルドラドの冒険者は皆、自分の技能や戦技に合わせた戦い方を極めようとしている。リザはスピード。ファルナは炎魔法との併用。ホラスは盾。彼らは彼らなりの自分の核を見極め、強くなっていく。テオドールやオルドたちはその道の極地に達した怪物達だ。
(でも、本質が未だ見えてこない僕にとって彼らのあり方は参考に出来ない)
《トライ&エラー》、《心ノ誘導》、《生死ノ境》。どれも平凡な技能とは言えないが、戦闘の核にはなりにくい。特に基本的な技術が欠落しているレイにとってはどれも手に余る。
そんな風に悩んでいる時に、降ってわいたように基本的な技術を極限まで鍛えた実例が現れた。その衝撃は計り知れず、レイは飛びつくように弟子入りを志願していた。……例えここで死んだとしても、後悔は無かった。
レイの言葉にサファは内心で驚いていた。見た所十四、五の少年が的確な分析をしたことに、感心すらしていた。もっともそれを表面上には出さずにいたが。
「……中々、見る目はあるようだな。……そもそも、貴様は。俺から戦い方を教えてもらうと言ったが、見た所レベルは五十前半。その年と種族でたいしたものだ。何を学びたいのだ?」
いつの間にか溜飲が下がったサファはレイと目線を合わせるように座り込んでいた。レイにも座るように促すとひざを突き合わせる形となった。
レイはスタンピードの時に、魔法工学の兵器によって自分のレベルが急上昇したことを告げた。
「大した戦闘経験も無く、能力値だけが急上昇した、と。……それに浮かれることなく、地に足が着いた考え方をしたのは褒めてやらんでもない。しかし、貴様は五日しか里にはいられない」
「五日でもいいんです! 少しでも強くなりっ!」
最後まで言えなかった。サファは猛るレイの額を指ではじいた。まるで砲弾が傍で着弾したかのような衝撃を味わう。
「戯け。修練に近道無し。たった五日で強くなる、なんて甘い考えをするな。吐き気がする。……弱い事は恥では無い。それを自覚し、身の丈に合った敵と生き方を選べ」
諭すように告げるとサファは、話は終わりだと言わんばかりに立ち上がろうとした。
だけど。
「……手を離さんか、童」
レイが行かせまいと掴んだ。
「それじゃ、ダメなんです」
「……何がだ?」
「少しでも強くなりたいんです!」
子供の駄々かと思ったサファは掴まれた手を振りほどこうとして、レイの瞳の奥にある揺るがない意志を見抜いてしまう。脳裏に同類たちの瞳が浮かんだ。この手の強い意志を持つ奴らはいつもそうだった。一度言い出せば言葉を翻さなかった。
「先程からそればかりだな。小僧の駄々に付き合う気は無いぞ。……どうしてそれほど強くなりたい? 先の失態が原因では無いだろ。訳ぐらい言わんか」
「……僕は弱いです。レベルだけが上がって、仲間の中では一番です。……でも、戦闘経験どころか碌な基本的な技術すらちゃんと身に着けていません。……年下のエトネにすら負けました」
一拍開けた後、言葉を継げる。
「僕が死ねば、みんな死にます。それが戦奴隷の主のルールです。……みんなは僕を守ろうとしてくれています。それは僕が主だからということに加えて、僕が弱いからです」
言葉として吐き出すたびに、レイの腹の奥から熱い何かが噴き出してくる。思い返せば、いつでも自分の弱さを嘆いていた。ゲオルギウス、頭領、赤龍。どいつもこいつもどうしようもないほど強い。
いつだって、自分は誰かの助けを借りていた。オルドを、ロータスを、アイナを、テオドールを。
この先いつでも本当の強者が居るとは限らない。むしろ、今までが都合が良すぎたのだ。そのためにも強くなることに貪欲でありたい。形振り構っている暇は無かった。
そして。もう一つ理由があった。
「……それにエトネと約束しました。彼女を守る、と。……この五日間で彼女がどんな選択を決めるか分かりません。僕自身、彼女にどうこう言うつもりもありません。でも、もしも彼女が助けを求めたら、僕はそれに応じたいんです。応じられるだけの強さが欲しいんです。……僕が見てきた中で、貴方が一番強くて、僕の目指すべき道の先に居ます。だから貴方から教えを受ければ、強くなれるんじゃないかと思いました!」
「……気持ちはわかった。だがな、それは貴様の事情だ。仮に俺が貴様に稽古を付けたとして、どんな得が俺にあるんだ?」
レイは思わず口を噤んでしまう。それを好機と思ったのか、サファは止めを刺すように言葉を重ねる。
「言っておくが、金の類で俺は靡かん。ましてや稚児趣味も無いからな」
先手を打たれたレイは頭の中でサファが得する条件を懸命に考えた。しばらくして、彼は言う。
「もし……もしも、僕を強くしてくれたら」
「強くしてくれたら?」
一度言葉を区切ってから、覚悟を決めたようにレイは告げた。
「僕を強くしてくれたら、貴方を助けることが出来ます!」
―――「俺を強くしてくれたら、アンタを助けてやれるぞ!」
遠い昔。エルフの『守護者』と呼ばれるよりも前の若かりし頃の自分が、当時の最強のエルフに弟子入りを志願した、懐かしい光景が蘇った。
「……ぷっ、はっはっはっはっはっ! あっはっはっはっ!!」
急に噴き出したサファにレイは驚いた。目の前に居る少年の事を忘れたかのようにサファは笑ってしまう。奇しくも、千年前に自分が口に出した言葉が巡り巡って戻ってきたのだ。笑わずにはいられなかった。
ひとしきり笑うと、彼は息を整えてから告げた。
「笑わせてもらった礼だ。お前を強くしてやるよ」
「それじゃ―――」
「―――ただし! 俺自ら教える気は無い。弟子にしてやるつもりも無い」
喜ぶレイに対して、サファは水を差すように制した。その内容に少年は困惑した。
「たった五日で強くなるなんて都合のいい考え方に虫唾がはしるのは変わらないからな。その代り、童が今一番必要とする相手と戦わせてやる」
サファは不敵な笑みを浮かべて告げた。
「そいつと一対一で戦えば、きっと強くなるはずだ。……もしくは死ぬかもしれないがな。それでも。やってみるか?」
レイの答えは決まっていた。
読んで下さって、ありがとうございます。




