4-28 守護者 『前編』
エルフの隠れ里の一角。里長の小屋の中でブーリンとロテュスは向かい合うように座っていた。それぞれの手にパイプが握られ、紫煙を上げている。
「此度の変事。よもや六将軍が関わっていたとは」
ブーリンは煙と共に嘆息する。一気に老けたかのように顔に皺が生まれていた。
「おそらく、他の所で起きた青龍、緑龍にも奴らが関わっていはずよ」
「となれば狙いは……アレの封印ですか」
「おそらくね。……もしもの時に備えて里の防衛の強化をお願い。それと今伝えた情報は他の里長たちにも回して頂戴」
「了解いたしましたが……ロテュス様はどう、動かれるおつもりですか?」
問われたロテュスはしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「とりあえず、六将軍の足跡を辿るつもりよ。聞けば第二席ゲオルギウスを『聖騎士』が追いかけてるみたいだから、そっちと連絡を取ってみるつもりよ」
ブーリンは肯定するように頷くと、口元を何故か緩めた。ロテュスは不思議そうに眉を上げる。
「何か、笑えることがあったかしら?」
「これは失礼を。……我等一同、御身がお一人で歩まれることを常に不安に思っていた故、『聖騎士』ほどの強者と共に居て下さるのなら安心かと胸をなで下ろした次第です」
ロテュスは心外とばかりに頬を膨らませた。この年下の頑固者はいつでも自分らの身の心配ばかりをしていた。それが王族に対する平民の責務と言わんばかりに。
すると、ブーリンがもう一つの心配事を呟いた。
「これでロータス様との確執も解ければ、申し上げる事も無いのですが」
ぺきり、と。ロテュスのパイプが半ばから折れてしまった。まるでそれが返事と言わんばかりの態度だった。その態度に、ブーリンは更に深いため息を煙と共に吐き出した。
「……だってしょうがないじゃない。あの娘、いくら言っても聞かないんだから。ほっとくしか無いわよ」
「お厳しい態度ですな」
からかう様な口ぶりのブーリンに口を尖らせたロテュスは、突然にんまりと笑い出した。その変貌にブーリンは面喰ってしまう。
「そうね。孫娘に甘々な貴方から見たら、厳しいかもね」
ブーリンは表情を強張らせるて押し黙った。するとロテュスは畳みかけるように言葉を続けた。
「だってそうでしょ。ダークエルフになっちゃうかもしれない危険分子を生かすなんて、里長らしくない判断。それに……あの坊やへの仕掛けもそうよ」
「……見破られていましたか」
ロテュスは勝ち誇ったように笑みを深くし、ブーリンは諦めた様に嘆息した。
「これは持論なのですが、人の本質を見極めるには、手ひどい失態を犯した後に注目するべきだと私は考えています」
そこで言葉を区切ると、ブーリンは勿体付けてパイプから煙を肺に取り込んだ。吐き出された紫煙を目で追いながら、言葉は続く。
「あの者が善意から孫娘を連れて、エルフの隠れ里に来たのか。あるいは悪意や下心を持ってこの里に来たのか。私はあの者の本質を見極めるつもりです」
異世界のエルフの隠れ里に着いたら、和風料理で持て成された。どの料理にも調味料として醤油が使われている。レイが知る醤油とは風味もまろやかさも違う、素朴な醤油ではあるが、紛れもなく醤油だ。
肉豆腐も、おひたしも、きんぴらも。どれも日本で食べた事のある味に近い。
惜しむらくは、主食が蕎麦粥だった点だ。これが白米だったら、異世界に来ている事なんてレイの頭からすっぽりと消え去っていただろう。もっともレイに味を楽しむ余裕は無い。頭の中は日本人の事と先程のブーリンへの非礼の事が手を取り合ってワルツを踊っていた。
リザ達は、始めて食べる味に満足そうにしている。食事の箸と共に会話も弾む。
「つまり、農地も洞窟内を加工して、環境を変化しているのね」
「そうそう。ここは縦に長く拡張しているけど、例えばこのレンコンを栽培している場所では、十分な面積と水が常に新鮮に保たれ、太陽光を再現した明かりを日照時間に合わせて点灯させているの」
「室内という事を考えると、暴風や水害、日照りなどの自然災害や、動物や泥棒などの被害も抑えることが出来ますね。素晴らしい技術です。……そういえば、先程部屋に置いていかれた、菓子以外の、香り付きの水。あれは一体?」
「あれは精油って言う、植物からとれる油を水に数滴混ぜてるの。ほら、洞窟の中って匂いとかが篭るでしょ。かといって香水だと匂いがきつくなるから、アレを使ってるの。里の入り口にはいろんな植物が生えていて、種類によって匂いの濃さは違うし、効果が色々と分かれるのよ。貴方たちの小屋に置いたのは心を和らげる効果があるの」
「洞窟という環境を逆手にとって、色々と技術や知恵を伸ばしてるのね」
シアラとリザが手放しでエルフの技術を褒めると、クリュネは自分の事のように喜んでいた。彼女はレイ達に対する偏見などは無く、聞かれた事を素直に答えてくれる。どうやら彼女にはレイの蛮行は伝わっていないようだった。
レイはどうするべきか、悩んでいた。
(この里に異世界人。それも日本人が関わっているのは明白なんだけど……どうやって調べるべきか。里のお偉いさんの前であんなことをした以上、直接聞くのは難しい、何より非礼を詫びてもいないんだよな。……クリュネさんに取り次いでもらうしかないのかな)
今の所、レイに好意的に接してくれている数少ないエルフ。頼りは彼女しかいない。だけど、それは彼女を巻き込む事にもなってしまう。決断を下さずにいた。
すると、そんなレイを助けるかのような質問がレティから投げ掛けられた。
「ねえねえ、クリュネ様」
「なにかしら、レティシアちゃん」
「さっきの話だけど、サファ様は何で千年も生きているの? 不死身なの?」
レイは内心、ガッツポーズをした。サファは異世界人絡みでも、ブーリンについても重要人物になりうる。そんな人の情報は僅かでも欲しかったのだ。
レティの翠色の瞳が意味ありげにレイを見て、クリュネに戻った。おそらく、レイの様子から彼が異世界人絡みの何かに気づいたことを察し行動に出たのだった。相変わらず、聡い子供だった。
レティから送られた絶妙なパスを受け、素知らぬ風を装いながら聞き耳を立てる。
「ああ、それは簡単よ。あの人、自分の寿命を斬ったのよ」
クリュネは何でもない風に、とんでもない事を告げた。
「寿命を……斬る?」
「そう。詳しくは知らないし、知った所で真似なんかできないけど、生きる人が必ず持つ寿命を斬る事で、寿命という枠組みを外れたそうよ。そのお蔭であの方はこの千年、エルフの『守護者』として身共を守り、次の千年も『守護者』であり続けるわ」
それは確信めいた断定的な口調。そうなると信じていて、疑念を挟む余地が無いと、言外に告げている。
「あの方の修業期間って単位が年は年でも十年単位なのよ。一世紀も剣を振りつづければ、そんな境地に達することもあるのかもしれないわね」
できてたまるかっ、という本音を堪えた。
「……それだけ長生きなさっていると、冒険王のような偉人ともお知り合い何でしょうか?」
レイは一足飛びに踏み込んだ。リザとシアラが同時に質問の意図に気づき、表情を硬くした。レイは顔面の筋肉を総動員して平穏を保っているが内心では自分の真意に気づかれるかどうか揺れていた。
クリュネ「うーん」と短く呟くと。
「知り合いって言うか、昔旅したことのある関係?」
と。
爆弾を落とした。
「「「「ええっ!?」」」」
食事に夢中になっているエトネ以外はあまりの爆弾発言に驚いて全員立ち上がった。食堂内の視線を一心に浴びる事になるが、気にする余裕は無い。
「そ、それは本当ですか?」
「え、ええ。冒険王ってエイリーク様の事よね。あの方とサファ殿は親友の間柄と聞いています。……外の世界ではあまり知られていない事なのでしょうか?」
不思議そうにクリュネが尋ねる。レイはリザ達を見たが、彼女らも知らなかったと首を横に振った。
「冒険王単体の功績などは詳しく残っていますが……仲間の記述は極端に少ないです。剣士と魔法使い。それにヒーラーが居たと。それぐらいしか歴史書や書物では載っていません。パーティーにエルフが居たなんて初めて聞きましたが……」
「その剣士がサファ殿ですよ」
すとん、と。腰が抜けた様にレイは着席した。予想以上の結果だった。まさかこの様な形で異世界人を知る人物と遭遇するとは思っていなかった。これはサファから話を聞かなければならないと固く誓った。
しかし懸念材料もあった。彼は魔人種の血をひくシアラにひどく敵愾心を抱いていた。彼女の主である自分にクリュネのように簡単に話をしてくれるかどうかが不安だった。
ふと、そこまで考えると新しい疑問が浮かぶ。レイはその事をクリュネに尋ねた。
「あの、ぶしつけな質問かもしれないですけど。……クリュネさんはシアラ。彼女の事をどう思っていますか?」
「どうって?」「……主様?」
クリュネとシアラが同時に首を傾げる。レイは質問の意味を説明した。
「その……エルフの方々の中に、サファさんを始めとして彼女に敵意を見せる人が居ます。貴女はどう思っていますか?」
「ああ、そういうことね。身共は暗黒期の後に生まれた世代だから、特に気にしないかな」
クリュネは軽く、話の暗さを和ますかのように明るく言う。
「上の世代から、魔人種が何をして大地を汚し、どうしてエルフと敵対したのかは耳にタコが出来るほど聞かされたけど、いまほら。地上に魔人種は数えるしか居らず、他は魔界に移住したでしょ?」
「魔界? それっていったっっい!」
突然出てきた知らない単語にレイは思わず聞き返そうとしたが、隣に座るシアラに腿を抓られた。彼女は耳元で素早く囁いた。
「後で説明するから。知っているふりをして」
どうやらエルドラドで暮らしていて、知らない方がおかしい知識の様だった。小首を傾げるクリュネに苦笑いを浮かべて話の続きを促した。
「もう地上に居ない人たちを、いつまでも怨むのは健全じゃないと身共は思うけど……やっぱりその時代を生き抜いた世代や、共感しちゃった者達も居てね。まあ、流石に客人にどうこうする程切羽詰まっていないはずだから大丈夫だと思うわ」
「そうですか」
途端。
レイの感覚が警報を鳴らした。鋭い視線を感じ取る。敵意とは違う、しかし、強烈な視線に辺りを見回した。しかし、レイ達を盗み見る者は居れど、睨みつけるような者は居なかった。
勘違いかと思って正面を向いて―――自分の感覚が正しかったことを知る。
萌黄色の瞳がぎらぎらと輝き、あまり箸が進んでいない肉豆腐とレイを交互に睨んでいた。視線の主はエトネだった。口の端から涎が出ているのは錯覚だとレイは願う。
「えっと……半分食べる?」
申し出ると、エトネは喜色満面の笑顔を浮かべた。腰部から生えている尻尾は喜びのあまりぶんぶんと振り回され、存在しないはずの犬耳がパタパタと動いているかのように見えた。
「―――ぷっ、くくく。いやー本当にそっくりだ」
すると、こらえきれないようにクリュネが噴き出した。エトネは途端に顔を真っ赤にさせた。それでもレイの皿から肉豆腐を移す作業は止めないが。
クリュネは目の端に浮かんだ涙を拭うと「ごめん、ごめん」と謝った。
「からかったんじゃなくてね。……貴女がホントにエスニアの娘なんだなと思ってね。……なんだか嬉しくなっちゃった」
その言い方がどこ懐かしさを含んでいることにレイは気が付いた。
「もしかして。エトネのお母さんを知っているのですか?」
「ええ、そうよ。年が近い事もあって、仲良くしていたわ」
彼女はお茶を飲むと、どこか遠くを見るような目をして思い出話を語る。
「あの子もエルフにしては大食いな子でね。よく里を抜け出しては森で狩りをしていたの。一番の大きな獲物は……そう、熊だったわ。人の背丈を遥かに超える巨体を一人で倒して持ち帰った時、里長のブーリン様はいつも以上に怒っていたわね。年頃の娘が何をしているんだ! ってね」
エトネは初めて聞く話だったのか、食事の手を止めて食い入るように聞いている。
「そんなある日。あの子が急に相談を持ち掛けてきたのよね。……好きな人が出来た。だけどそれは獣人種だって」
「それがエトネのお父さん……ですか?」
クリュネは肯定するように頷いた。
「エスニアと貴女のお父さんがどうやって出会ったのかはよく知らないけど、身共が相談を持ち掛けられたときは既に、あの子のお腹にあなたが居たの。……里長であるブーリン様に知られたら、確実に別れさせられた上に、子供が殺される。涙ながらにそう言われたから身共も里抜けを手伝ったの。……まあ、里抜けには成功したけど、その後に手伝ったことがばれて、今度は身共が里を追い出されそうになったけどね」
「そんなことが……ぜんぜんしらなかった」
エトネは両親の若かりし頃の話に驚いた。
「森を出る前に見たあの子の笑顔は瞼の裏に焼き付いているわ。……それが夫婦そろってこんなに早く死ぬなんて。……それもこんな幼い子供を置いて……本当、馬鹿」
クリュネは一度固く瞼を瞑り、悲しみをこらえているかのように押し黙った。そして瞼を開けると、少し充血した目でエトネを見た。
「だから。そんなエスニアの子供の顔をこの目で見たくて貴方たちの世話係を買って出たのよ。……里の掟で貴女をここには置いておけないけど、それまでの間は身共がちゃんと世話をするわ」
「……ありがとうございます」
エトネが深々と頭を下げた。それは様々な感情がこもった礼だった。
少し沈んだ空気の中、食事は終わった。クリュネは自分の話がそのような空気にさせてしまった事を悔いるかのように口を開いた。
「さて! 夕食まで時間もある事ですし、里の案内でもしましょうか? 里長からは大体の場所は案内しても良いと言われていますよ」
「どうするの、主様? ワタシは興味があるけど」
シアラの言葉にリザもレティも、そしてエトネも頷いた。しかりレイはしばし考えた後に口を開いた。
「僕は別行動をとらせてもらっても、よろしいでしょうか?」
「良いですけど……どちらに向かわれるのでしょうか?」
「サファさんに先程の非礼を詫びに。……それと里長への取次をお願いしたいのです。それと……いくつか伺ってみたいこともあります」
クリュネは非礼の部分に首を傾げつつも、頷いた。
「うーん。まあ、流石に武器を持ってない人を殺しにはかからないと思いませんから、大丈夫だと思います。あの方は里の入り口の警護に就いています。敵が居なければお話は出来ると思いますよ」
何とも物騒な評価だった。しかし、レイ自身、一度殺された経験があるため、そのアドバイスをありがたく受け取った。
「それではご主人様。お気をつけてください。……本当に気を付けてくださいね」
食堂を出て別れるとき、リザが念を押すように告げた。彼女も死んだことを経験しているせいか、サファに対する警戒心が高かった。
レイは五人と別れると来た道を引き返す。鉄製の扉を開けて、上へと伸びていく螺旋階段を昇って行く。
長い階段の間、彼はずっと集会所での突発的な行動への謝罪を如何すべきか悩んでいた。自分でも我を忘れるほどの行動に、どのような謝罪がいいのか考えていると長い階段もあっという間だった。
通路を戻り、木の根の入り口に辿りつくと、自然と根が動き、地上への入り口が開いた。
レイは地上へと戻ると、すぐさま気づいた。
充満する殺意と敵意の気配。鉄錆び臭い血の匂いに、モンスターの体臭。
(敵襲か!?)
咄嗟に腰元に手を伸ばしたが、そこにファルシオンは無かった。武器を持たず、防具も持たずにここまで来てしまった。
来た道を引き返そうとするが、厄介な事に木の根は直ぐに入口を潰した。レイがいくら力を込めて押してもビクともしない。
「これは、参ったな。……とりあえず、進むしかないのか」
退路が無い以上、進むしかない。
覚悟を決めてレイはサファが居るであろう方向に進む。その方角からモンスターの叫び声が聞こえてくるのを承知で進む。
一歩踏み出すごとに、絶叫が体を震わす。
一歩踏み出すごとに、鼻に突く匂いが濃くなる。
一歩踏み出すごとに、体が前に進むことに抵抗するようになる。
どうにか近づけたのは屍の絨毯の端。そこから先に踏み込む気力は湧かなかった。木々に身を隠しながら、レイは戦場を覗きこんだ。
―――静かな光景だった。
サファは反りのある刀を振り下ろした。
あれだけの惨劇を引き起こせる存在だ。レイは彼の戦い方をそれは惨たらしいやり方だと思っていた。自分の持ちうる力を全て解き放ち、獣のように食い散らかす強者のやり方。それこそゲオルギウスやテオドールのような、絶対強者にしか許されない傲慢な作法。
しかし。
目の前で繰り広げられている戦いは恐ろしいほど淡々と、静かに、穏やかに、美しくさえあった。
サファが相対するモンスターの総数は十を遥かに超える。どれもが屈強で闘気に溢れている。レッサーデーモンと同じく超級モンスターだろうと推測できる。
仁王立ちする四本腕のトラのようなモンスターが繰り出す打撃は、どれも計り知れない破壊力をほこる。
漫画から飛び出したかのような悪魔の姿をしたモンスターが唱える魔法の数々はレイの知る魔法の中で最上位に君臨してもおかしくない威力だ。
不安定な形をした粘液の生命体は斬られてもすぐさま体を結合し、果ては分裂などを繰り返して数を増やす。
どれもこれも、怪物と呼ばれるのに相応しい実力を有している。レイが立ち合えば三十秒もかからずに死んでしまう。
そんな相手にサファは―――同じことを繰り返した。
距離を詰めて、躱して、斬る。
たったそれだけを、愚直に繰り返す。
暴風のような拳の連打に対して、距離を詰めて、躱して、斬る。
轟音と共に繰り出された魔法に対して、距離を詰めて、躱して、斬る。
無限に再生と分裂を繰り返す生物に対して、距離を詰めて、躱して、斬る。
常に同じ行動を繰り返していた。相手が絶命するまで、何度も何度も何度も何度も何度も。
粘液生物は結合することも分裂することもできない程細かく切られて消滅した。
ゾクリ、と。
全身の毛が逆立ち。血管が沸騰する。そのくせ、背骨には氷柱を差し込まれたような冷たい恐怖を感じていた。
レイにはサファが何をしたのか一つも分からなかった。分からなかったが、分からないなりに気づいたこともあった。
―――この男は何一つ。技能も戦技も、特殊な装備も使っていない、と。
それはまさしく正解だった。この短期間にゲオルギウスを始めとした強者を幾人も見てきたことでレイの観察力は大きく進歩していた。
サファは十体を超えるモンスターを斬るのに、特別な事を一つもしていない。
彼はひたすらに自分の間合いまで距離を詰めて、相手の攻撃を躱して、それから斬っていたに過ぎない。
千年という膨大な戦闘経験が生み出した、シンプルな必勝法。武の極地に達した人間にしか許されない、静かな虐殺だった。
レイは此処に来るまでに頭の中にあった謝罪の言葉など完全に忘れていた。頭の中を別の感情が渦を巻いていた。
戦闘が終わり、息切れ一つしていないサファの元へとフラフラと近づいた。
「さっきから妙な視線を感じていたと思ったら、童。貴様、ここで何をしている?」
剣呑な視線がレイに突き刺さる。しかし当の本人は気にすることなく、地面に跪いた。借り物の服が血に染まるのもお構いなしだった。
彼は訝しげるサファに向けて頭を下げて告げた。
「僕を―――貴方の弟子にして下さい!」
放たれた言葉は謝罪でも質問でもなく―――痛切な懇願だった。
読んで下さって、ありがとうございます。




