1-16 紅蓮の旅団
今回は視点がいつものレイではありません。
※7/25 空行と一部訂正。
日光の差し込まない迷宮。頼りになるのはヒカリゴケの淡い光だけだ。
人生の多くを此処で過ごし、故郷を持たない根なし草の自分にとって、迷宮は切っても切れない影のような存在だ。
B級のクラン。『紅蓮の旅団』。構成員68名。内10人以上がB級以上の冒険者。団長を務める、『岩壁』のオルドは現存する冒険者の中で15人も居ないA級の冒険者だ。そんな偉大な親父だったが、最初から彼は偉大だったわけでは無い。
彼は大きな失敗を犯した。
迷宮下層部において当時の精鋭20名と共に挑み、結果ボスの間において大半を死なせた。その中にアタシの母も居た。当時2才の子供だったアタシには顔もぼんやりとしか覚えていない人だったが。
その失敗を機にクランは坂道を転がる様に失墜した。当時はまだC級クランになりたてで人数も今ほどいたわけではないが屋台骨と言える精鋭を失ったのだ。見限る奴も出てくる。一時はE級までランクを落としたそうだ。
『紅蓮の旅団』にとって不遇の時代へと入った。
まだ子供のアタシを抱えた親父は、なんと文字通り赤子のアタシを連れて迷宮へと潜りつづけた。まさしく自暴自棄。自殺行為。誰もが親父は頭がいかれたと陰口を叩いたそうだ。アタシだってそう思う。
だが親父はそんな状況でこそ一層奮起し、無謀な挑戦に挑み、繰り返すことで自らの強さを内外に示し、クランを盛り返そうとした。結果は成功だった。15人を切る程だった時から今の人数まで膨れ上がった。新しい参入者の多くは親父の強さに憧れを抱き、クランの旗印に集った。
オルドの背中に集った。
そんな光景を見ていたアタシが10になる頃に同じように冒険者を志し、親父の後に続くようになったのは自然と言えば自然。滝の水が下に落ちるほど自然だ。
目指すのは親父の頂。それを胸に抱き、剣を握った。
だがそれを快く思わない人物がいた。
事もあろうに親父だった。アタシが剣を取った事も、冒険者を志す事も、クランに入る事も許さなかった。父の気持ちも分からなくは無い。妻を迷宮で亡くし血の繋がった家族がアタシ1人。失うのが怖いのは分かる。
だから冒険者になりクランに入っても回される仕事も、任される役割も、どれも危険の少ないものばかりだ。常に親父の目の届く所に置かれ、そのおかげで危険度の高い中層や下層から生きて帰った事が評価されD級までランクは上がったが、レベルは上がっていない。これでは強くなんかなれない。
だけどアタシはふて腐れず、親父の管理から離れずに牙を研ぐ事に心を砕いていた。アタシにはもう1つ目標があった。この『紅蓮の旅団』を強くすることだ。
元々初代団長は死んだ母だった。母が作り、親父が引き継ぎ、アタシが高みへと引き上げる。夢はS級のクランだ。
そのためにもクランの中にいる事は重要だ。メンバーと交流し、時には優しく、時には厳しく、そしていつもは明るく振る舞い、誰かが死んだ時は誰よりも悲しく振る舞った。だれもが信頼する姉御肌の冒険者の仮面を被る。皆は自然とアタシを団長の娘としてではなく、次期団長候補として見るようになった。
次にしたことは目ぼしい新人冒険者を探す事だ。
クランは長いスパンをかけて大陸を移動しながら稼ぐ。自然と幾つもの街を渡り歩き、様々な冒険者と出会う。その中で、これはと思った冒険者に声をかけてはクランに誘っている。向うにしたら上級クランがわざわざ声をかけてきたと思い大抵は喜んで入ってくる。中には生まれ故郷を離れる気はないと断るのも居る。
こうしてゆっくりと集めた新入り達とパーティーを組んではクランとは関係ない所で迷宮に入ったり、クエストをこなしていく。狙いは彼らの成長とアタシへの信頼だ。将来背中を預けられる仲間をいまから探しているのだ。
着実に夢へと近づいてく。そんな気がしていた。
予想外の発見の為に長逗留となったネーデの街であいつを見た時、軽い衝撃を受けた。黒曜石のような黒髪に古臭いデザインの鎧を着こんだ小さな体格。男にしてはなよっとした顔つきで冒険の書を読んでいた。
ある程度冒険者を見る目を養ったアタシだったが、あいつの事はまったく分からなかった。あいつが弱いのか、強いのか。まともな奴なのか、危険な奴なのか。興味が湧いたのは否定出来ない。ちょっかいを出してステータスを見たが能力値は全て一桁。アタシの勘もまだまだだと思い、あいつとは別れた。それでもう二度と会うことも無いと思っていた。
だからあいつがネーデの迷宮をソロでクリアしたと知ってひどく心が揺れた。
あたしは現在レベル32。ランクもD級だ。なのに、親父の命令で、ソロでボスはおろか迷宮に潜ったことは無かった。冒険者にとってソロでの迷宮突破はリスクの高い愚かな行為ではあるが1つの名誉でもある。
その名誉をあのもやしは事もあろうにネーデの迷宮で達成したのだ。
揺れた心は次第に怒りの炎を燃やす。
ネーデの迷宮。中央大陸の東部。かつて冒険王が開拓した王国を祖とし、王の死後後継者がいなかったことが原因で都市ごとに行政が乱立し都市国家群となった地方。そのうちの1つネーデの領地にある迷宮。ギルドの打ち出した危険度は中の下。上層部12階層、中層部18階層下層部21階層の合計51階層と探索されきった迷宮だった。
だった。
過去形だ。
親父とアタシのパーティーは別行動中の部隊を待つためにこの街を中継地点として選び、待機をしていた。体を鈍らせない為に親父達が迷宮に挑んだのが10日前。帰還した親父は『深層』への入り口を発見した。
現在、世界中に探索済み、もしくは未探索の迷宮は山のようにある。その中でも『深層』がある迷宮を数えるのに両手の指は使い切らなくていい。それほど数が少ない、大発見だ。すぐさまギルドは独自の連絡網でこの発見を各支部に伝え、近隣に居るA級およびS級の冒険者やパーティー、クランを探した。
しばらくして近くにいたS級冒険者をリーダーにしている神聖騎士団が呼びかけに応じてこの地を訪れた。彼らが『深層』の探索をすることになった。
残念ながら親父の信頼する凄腕達は別部隊の指揮で出払っており、『深層』を潜れるのが団長と副団長の2人しかいない。そのため親父は探索を辞退したのだ。
それでも『深層』の発見はここ50年以内になかった大きな出来事で、もしかするとB級からのランクアップもあり得るほどの偉業だとみなが口に出すほどだ。
くやしいが親父は凄い。本当はアタシの手で叶えたいことではあったが、アタシはS級に押し上げるのを目標としていると自分に言い聞かせた。
なのにだ。
そんな重要な場所を、あんな弱っちい、もやしに汚された。もしかしたら『紅蓮の旅団』の歴史で後にかたられる場所を。
汚されたなら、雪ぐ必要がある。
熱に浮かされた様にアタシは街を走り回り、装備を整える。夜の内に宿を抜け出し、迷宮へと向かう。
アタシ―――『紅蓮の旅団』ファルナがネーデの迷宮上層部をソロで攻略する。
そうして穢れは雪げる。
そうでなくてはならない。
迷宮に潜りつづけると時間が分からなくなる。背負ったバックパックから時計と水筒を取り出す。水を口に含みながら時間を確認する。もうじき午前9時。迷宮に潜って12時間以上経過したことになる。アタシは一度攻略した迷宮を始めから順番に攻略していた。そうすることにこそ価値があると思えた。
途中8階のセーフティーゾーンで休憩した時間を除けば6時間ぐらい戦っていることになる。順調と言えなくもない。ソロにおいて仲間に頼れないつらさは想定していたが、しょせんは想像だった。実際に回復、探索、索敵、警戒、神経の休まる瞬間は少なかった。
しかし、アタシはすでにレベル30を超えた中級冒険者に足を突っ込んでいる。これぐらいの迷宮で弱音なんか吐けない。
だが、と思う。
何か変だ。
(やけにモンスターが活発だね。何かあったのかい?)
今も天井から襲ってきたアイアンゴリラを腰に差した双剣を振るい的確に倒
す。その際に手放した時計や水筒が部屋に積まれた死体の山に落ちた。積みあがった死体は20を超える。
多すぎる。
いくら迷宮がモンスターの孵卵器とは言え、このペースはおかしい。
自分の中の理性が警鐘を鳴らす。しかし、本能が、いや怒りがそれを抑える。
(これぐらいがなんだ。あいつはこの中を生きて帰ってきたんだぞ。同じことが
アタシにできないとは思えない!!)
思い出すのは血まみれの姿。誇らしげに魔石を置いた新人冒険者の横顔だった。
落とした荷物を拾い、足を進める。すでに上層部の11階まで踏破していた。だから目の前の階段を下りれば、そこはボスの間だ。
螺旋階段を降りたアタシの前に異様な光景が広がっていた。
人が多い。
さほど広くも無いボスの間手前のセーフティーゾーン。普通は3~4グループが順番を待って待機している部屋になぜか50人近くが詰めていた。
「なんだ、こりゃ?」
いくらなんでも異常だった。どの冒険者も顔は強張り、視線はボスの間を閉ざす門へと固定されている。2つあるランタンの内赤い方は灯っている。とすれば誰か戦っているのだろう。
部屋の中を見回すと、こちらに手を振る冒険者のグループを見つけた。ネーデの街で会った冒険者達だ。
「ファルナ、もしかしてソロで潜ってるの?」
同い年くらいの狐人族の少女が心配そうに声をかけてきた。たしか彼女はレベル15ぐらいで、他の冒険者も同じくらいだったと記憶している。
「そうだけど……なに、この人だかり? なんかあったの?」
周りの冒険者を指さしながら尋ねると彼らは表情を暗くした。
「それがね、ここのボスがおかしいの。1日以上、いろんな人たちが挑戦してるんだけど、みんな帰ってこないの」
「……上層部で?」
信じられない。いくらなんでもそれはおかしい。
ボスは生成された時に体力は完全回復しているが、戦いを重ねるごとに傷ついていく。そのため、先に挑んだパーティーのおかげで弱ったボスを倒すのはある意味賢いやり方として冒険者の常識だ。回復の術を持つボスには意味がないが、上層部のボスでそれはあり得ない。
「うん。だから手を出せず様子を見ている人が残ってるの。私達も帰ろうと思っているけど……」
気弱そうな狐人族がちらりと仲間の方を見た。
リーダーの犬人族の青年が代わりに心中を述べる。
「正直、欲もある。これだけ冒険者を退けるボスの報酬や名誉、いや、この異常事態に関する情報だけでも手に入れて帰還したい。おそらくここに残っている奴らも同じ狙いだろう」
「なるほどね。たしかに上層でそんなことが他でも起きているのなら、その原因に関して何か情報を持ち帰ればそれだけでランクアップも有りえるね」
それでこれだけの冒険者がここに集まったのかと納得した。しかし、まいったねと頭を掻いた。
ここに来て、ようやくアタシの理性の声に心が反応してきた。頭に上った血が引いていく。親父の後をつく形で中層や下層に潜った経験が言っている。
ここは引くべきだと。
手ぶらで帰るのは癪だがここは理性に従おうと思い、踵を返すところで、聞こえてしまった。
「それにしても、最後にここをクリアしたソロの奴って誰なんだろうな?」
瞬間。アイツの姿を思い出した。
「……その話。詳しく聞かせて」
「え、ああ。何でも一昨日の夜にソロでここをクリアした奴以降、誰もここをクリアしてないそうだ。もしかするとそいつが何かしたんじゃないかって噂もあって」
思い出すように犬人族が言う。全身に熱い感情が走る。これは怒りなのだろうか。
「どうしたの、ファルナ」
「そいつの特徴、知ってる?」
気遣う狐人族を無視して犬人族に尋ねる。
「えっと。たしか黒髪で古臭い鎧を着こんだ人間種の少年って聞いたよ」
「―――そう」
急速に心が固まる。もう理性の声は届かない。怒りの炎に焼かれ、意志が鋼鉄のように固まった。
ここを挑む。
そして異常事態をアタシの手で元に戻す。
あのインチキ野郎がこれを引き起こしたのなら、それを糾弾してやる。
アタシは人ごみを掻き分け、ボードへと近づき、名前を書きなぐる。周りのギャラリーはアタシがソロなのを見て騒めくが気にしている余裕は無い。興奮する体を落ち着かせるために部屋の隅に座り目をつむる。とても眠れそうに無い。だが体調を万全にする必要はある。
40分程時間が過ぎた。その間アタシに近づこうとするものは居なかった。ただ好奇の視線だけが集中し気が立っている体に刺さる。
あたしの番が来た。軽く体を動かし、門へと近づく。ランタンが消えた事により次の生贄を欲するように門がせりあがる。
後ろがうるさい。
興奮しているのが分かる。手に汗が浮き出す。緊張が全身を覆う。だが悪くない。
(大丈夫。アタシは『岩壁』のオルドを越える。あの強さの頂を越えて見せる)
眼をつぶると、瞼の裏に焼き付いた戦士の姿が見える。
怒号が響く。
(だから、あたしはこんな所で死ぬはずが無い……というか)
「いい加減静かにしないか! こっちは集中して―――っ」
騒がしさが頭にきた。後ろを振り返り、周りを一喝しようとして、何故だか人が飛んできた。そいつはアタシを突き飛ばすように転がり、一緒に門の奥へと進んでしまった。
「「「あーあ」」」
閉まる門の向こう。喜劇を見ていた冒険者達から呆れたようなため息が飛んだ。
ボスの間に入った時点で背後の門は閉まり、戦いが終わるまで開くことは無い。迷宮に生えたヒカリゴケはまばらに床だけを照らし、林のように天井まで伸びた石柱が死角を生み出す。
すでにここは死地だ。
なのにだ。あたしは今、男に押し倒されている。
それも、一番会いたくない奴に、だ。
「いい加減、離れろ! このもやし野郎」
上に圧し掛かる男の頭を掴み、門へと叩きつけた。黒髪のなよっとした顔つき、背丈はそう変わらない少年の体は軽く、簡単に投げ飛ばせた。
「うおっと」
門に叩きつけられる寸前、空中で器用に回り門に着地しやがった。手慣れた様な動きを披露して着地する仇敵に追撃を仕掛けた。
着地する瞬間、一気に距離を詰めて前蹴りを叩き込んだ。アタシのつま先が深々と腹に沈む。
「ぐおお、な、なにすんだ」
無防備の腹をけられ、悶えながら絞り出すような言葉にカチンときた。
「何すんだはこっちのセリフさ! あんたこそ何しにここに来たんだい」
即座に愛刀を抜いた。
銘を『連星』と刻まれた双剣は刀身がおおよそ50サンチ程の伝説の鉱石で作られた一級品だ。柄はアタシの手に合わせて作り直されているが元は死んだ母の持ち物。切れ味は鋭く、どんな敵をも切り倒した業物だ。それを目の前のもやしへと向ける。
「やっぱり、ここの異常事態を引き起こしたのはアンタかい」
「一応、言わせてもらうけど心当たりはない。だけど、僕が此処を突破した後から様子がおかしくなったようだ」
「はっ。それは自白のつもりか。そんなのはギルドの審判官にでもしな!」
立ち上がり弁明を続けるもやしに切っ先を突き付ける。痛みで顔をしかめながらも切っ先に怯える様子は無い。
「もし。ここの騒動が僕のせいなら、僕には責任を取る必要がある。そのためにここに来て、これ以上犠牲者が出ないうちにケリをつけようと思ったんだ」
「随分偉そうだね、ペーペーの新入りの分際で」
言いながらも、こいつが嘘を吐いているようには見えなかった。おそらくこいつに心当たりは無い。だがもし自分のせいで異常が起きているならどうにかしたいと思っている。それだけは痛いほど真剣だ。
「……っち。白けちまったね。いいかい、あんたは隅で見ていな。アタシがボスを倒すところを」
「はぁ?」
「アタシはここのボスをソロで倒す理由があるんだよ。あんたがここを穢した以上、あたしが雪ぐ必要がある」
切っ先を外し、ボスの間の奥へと視線を向けた。思考を切り替えろ。ここに居るはずのボスに集中しろ。全身の感覚器官で闇に隠れているボスの気配を捕えようとする。
「いやだから、君一人だと死んじゃう可能性っていうか、未来しか待ってないんだよ!」
後ろでもやしが喚いてるのを手で制す。それだけでもやしも気づいたようだ。闇の奥から巨体を這う音がこちらに近づいているのが。
黙るともやしもバスタードソードを抜いた。舌打ちをしつつも無視することに決めた。こいつの力は借りない。
視線を柱の林へと向けた。
ゆっくりと闇の中から巨体が姿を現した。
全長は20メーチル程の長さを持った。とても上層部のボスとは思えない威圧感を放つ、双頭の蛇が、闇色の体を這うように現れた。
読んで下さり、ありがとうございます。




