4-14 土の洞窟
土の壁に囲まれた洞窟の中は春らしからぬ冷たい空気が溜まっている。レイたち四人はすぐさま革製の鞄の中に入っているコートに袖を通す。
「ほら、買っといてよかっただろ」
得意げにレイは言った。
「うっさいわね」
シアラはそっぽを向いて、マントコートの襟を首元に寄せた。レイは彼女から目を離すと、洞窟の中を見回した。入り口から地下に向かって下る坂道を滑り落ちると、人が十人程度入れる空間が広がっていた。
上下左右、全てが土に囲まれており、地震が起きればあっという間に崩れそうな空間。しかし、それはありえないだろうとレイは思う。空間を支えるかのように大木の根が至る所に走り、土を支えていたのだ。
そこかしこの置かれた荷物はエトネと彼女の母親の荷物だろう。畳まれた毛布に、地面に置かれたランプ。洞窟の隅には長旅用のバックパックが口を開いている。
エトネはマントの前をちゃんと閉めると土壁に背を預けて座った。レイたちをじいと見つめて問いかける。
「それで。……おにいさんたちは何しに森に?」
探るような瞳を前にしてレイが代表して応じた。
「僕らが冒険者だという事はさっきも説明したよね。アマツマラのギルドが出したクエスト、薬草採集をしに森に来たんだ。そこでモンスターの集団と交戦して、森の奥へと逃げて来た」
モンスターの下りで、エトネの眉が動いた。
「それって。グリーンボア?」
首を振って否定したのはリザだった。彼女は一番出入り口に近い場所に陣取って、外の様子を警戒している。何しろここは洞窟の行き止まり。脱出路は一つしかない。
「いいえ。レッドゴブリンでした。数は十体以上いました」
エトネは驚いたように目を見開いた。小声で「そんなにいるの、この森に?」と小さく呟いた。どうやら彼女もクライノートの森が安全だと知っていたようだった。
「森で襲われた僕らは、情報収集と安全な野営地を求めて村を探していた。そしたら、君と出会ったんだ。てっきり、君が村の子供かと期待したんだけど」
「ちがう。エトネはこの森に住んでない。住んでいたのはおかあさん」
「そうそう。その事を聞きたいのよ。アンタの母親はどっちなの? エルフなのか、それとも獣人種なのか?」
横合いからシアラが口を挟むと少女は迷ったかのように口を噤む。ある意味核心を突く質問だったらしく、しばらくしてから、少女は重い口を開いた。
「おかあさんがエルフ。おとうさんは狼人族。エトネは狼人族のハーフエルフなの」
幼い少女のポツポツとした語りは、要領を得ず、レイは自分の中で彼女の言葉を整理する。
物語の始まりはエトネの両親が駆け落ち気味に結婚したところから始まった。どういう経緯で出会ったのか知らないがエトネの両親は周りの制止を振り切って結婚したそうだ。
シアラに言わせると他族同士、それもエルフが関わるとややこしい結果になるのは当たり前らしい。
その例に漏れず少女の両親はどちらの故郷からも拒絶されてしまい、夫婦二人山での生活を余儀なくされた。その内、エトネが生まれると親子三人の生活となった訳だ。
四方が山しか無い環境は幼いエトネにとって退屈では無かったようだ。エトネの父親は凄腕の狩人で、彼の狩猟に付き添う形で山々を駆け巡るのは日々の楽しみだったと彼女は楽しそうに話した。腕に嵌めているクロスボウはもともと父親の物をねだり、自分用に改良してもらった物だと説明した。
それがあっけなく終わったのは二か月ほど前のある日。
山に奴隷商人が入ってきた。それも少女の拙い説明からすると、正規の商人では無いようだ。つまり、闇ギルドの奴隷商人だ。手勢を引き連れ殺気立っていた。
「エルフは容姿端麗。頭脳明晰。長命の為、剣や弓、魔法なども人の何倍も時間をかけて習得できるため、商品としては非常に魅力的です。戦奴隷としても……性奴隷としても」
と小声で伝えたのはリザだった。彼女の前の主、クロトも過去に一度だけエルフを無理やり捕まえ、奴隷として裏の市場に流したことがあるそうだ。リザもクロトから自慢話としてしか聞いておらず、売られたエルフがどうなったかは知らなかった。
ともかく、彼女たちの山に訪れた奴隷商人とエトネの両親の間でどんなやり取りがあったのかエトネは幼いため理解できなかったが、奴隷商人たちは山を焼き払い家族の退路を断った。手勢を率いて母娘を捕まえようとしたのだ。そして、その混乱の最中にエトネの父親は死んでしまった。奴隷商人たちと刺し違えて。家族を守って死んだ。
「基本的にエルフは仲間意識と故郷への帰属意識が高いせいか、滅多な事で人目に出て来ない存在。それがコブ付とはいえ、孤立した場所にいれば色めき立つのも分かるけど……やり口が汚いわね」
シアラが人間の欲望に対して顔を顰める。レイ自身同様の気分だった。そして、彼女が奴隷商人をあれほど嫌っていたのか、ようやく理解できた。家を、故郷を、父を奪った憎悪の対象だ。頭に血が上っても当然である。
生き残ったエトネとその母親は途方に暮れた。何しろ、住む家が場所ごと無くなったのだ。子供を抱えて途方に暮れても無理はない。
山の洞窟でしばらく暮らしていたある日、母親から故郷に行こうと言われたのが一月前の事。
これまたどういう経緯かはエトネ自身知らないが、母親は故郷と連絡を取って帰る承諾を得たようだ。母娘は直ぐにクライノートの森に向けて出発した。
「そういえば、本屋の店主が言ってたな。森にはエルフの集落があるって」
レイは精霊祭が始まる前日に訪れた本屋を思い出した。老人は噂話だと言っていたが信憑性を増した。
「おかあさんが言うには、エルフは隠れてくらしてる。エルドラドにはエルフの隠れ里がいくつもあるの、って」
そして少女の旅行譚は続いた。
エトネにとって見る物、聞く物、触れる物。全てが新鮮な旅だった。山を下りて、国を出て、街を超え、港へ行き、海を渡る。少女は瞳を輝かせて、口早に自分の見た光景の凄さをレイたちに伝えようとした。
それも、ある場所に差し掛かると一気に萎んでしまった。
今から二週間前。彼女らはクライノートの森に西側から入った。
エトネ曰く、旅の間は街や人のある所はあまり通らないでいたそうだ。おそらくだが、エルフの親子連れが目立つと考えて人目を気にしたのだろうとレイは推測した。そのせいで彼女らはアマツマラで起きていたスタンピードについて何も知らないでいた。事実、レイが二週間前に起きたスタンピードについてエトネに尋ねても彼女は首を傾げるばかりだった。
街や村に寄らなかったことが裏目に出てしまった。
「おかあさん、言ってた。森のようすがおかしいって。でも、もうすぐ、里に着くからがんばろうって」
だけど、彼女は故郷に辿りつく前に死んでしまった。森の中を夜営していた時に、モンスターの襲撃にあった。眠っていたエトネが覚えていたのは、血を流しつつもモンスターの追跡を振り切ろうと走る母親の息遣いと、自分を痛いぐらい強く抱きしめた手だ。
彼女が大木に辿りついたのが偶然なのか、故意なのかは今となっては確かめる術はない。ただ、根元の隙間に娘と荷物を押し込んだ母親は朝が来るまで戦い抜き―――多数のモンスターを道連れに死んだ。
朝になって、静かになった外へ出てきたエトネが見たのは、モンスターを前に戦い抜いて、膝を屈しなかった母親の姿だった。
「それじゃ、あなたはそれからずっと一人で。この森で生きてきたの?」
レティが心底驚いたように言う。エトネは肯定するように頷いたが、レイたちには衝撃的といえた。レティよりも幼い幼女がたった一人で二週間近くもモンスターの潜む森の中を生きて来た事に驚いた。
エトネを仕込んだ父親の技術の高さに感服する。
その後、一人ぼっちになった少女は森を出る事も、隠れ里に向かう事もできずにいた。なにしろ隠れ里の場所は母親しか知っておらず、死んでしまった以上は知りようもない。その日その日の糧を手に入れるので精一杯だった。
ふと、誰かのお腹が鳴った。それはレイだったかもしれない。リザだったかもしれない。レティだったかもしれない。シアラだったかもしれない。エトネだったかもしれない。
ともかく、全員の気持ちは一緒だった。
「夜も遅くなったし、ご飯にしようか」
異論は出なかった。
本日の晩飯は燻製肉と葉野菜のソテーをビスキュイと呼ばれる日持ちが利くパンに挟んだものと、木の実盛り合わせとなった。燻製肉とパンはレイの物資。葉野菜と木の実はエトネの物資を出した。
流石に、火を扱うのに洞窟の中は酸素が心配になったため、外で調理が行われた。レティがフライパンに薄く刻んだ干し肉と茹でた葉野菜を炒めている間、レイは彼女の護衛として外に出ていた。といっても、大木と湖の周囲は穏やかで、静謐とさえしていた。モンスターの放つ邪気は微塵も感じられない。
「ここにはモンスターもあんまり近寄ってこない。だからあんぜん。でも、用心はだいじ」
完成した食事を中に運ぶ時にエトネは告げた。
出来上がった食事を前にレイが「いただきます」というと、リザ達も続いた。エトネは不思議そうに眼をぱちくりとしてから、同じように真似をした。
ビスキュイはパンではあるが見た目や形はクラッカーに近く、食感がパンに近い。一枚の量が少ない為、ついついもう一枚と手が伸びる。特にエトネの食欲は凄まじい。少女の小さな体のどこに入るのかというほどの勢いだった。
「お腹が空いてたんだね。あたしの分も食べる?」
レティが声を掛けると、エトネは長耳を真っ赤にしてこくり、と頷いた。レティの皿から一枚もらうと、リスのようにサクサクと勢いよく食べ進める。
「食料とかはもう無いの?」
「……うん。おかあさんの用意したのは全部なくなった。森も、モンスターがうろつくから動きにくい。罠にかかるのもモンスターばっかり。あとは小動物がたまに」
そもそも、彼女がグリーンボアに囲まれるようになったのも、今日の食料を確保するために森の未踏部分に近づいたからだった。そこで彼女を探していたグリーンボアと遭遇してしまった。
「へぇ。アンタ罠なんて仕掛けられるんだ。それも父親に教わったの?」
肯定するようにエトネは頷いた。
あっという間に皿は空になった。目の前の湖から汲んだ水を、外で平べったい石と共に熱する。素手では触れない程熱せられた石を下において、その上に熱湯の入ったやかんを置いた。石は保温プレートもどきだ。木のコップにアマツマラで購入した茶葉を入れてお湯を注ぐと、洞窟の中に瑞々しい香りが広がっていく。濃い飴色の液体から湯気が立ち上った。
「疲労回復に良い葉です。口に入れても問題ないので、そのままどうぞ」
リザに勧められるまま、茶に口をつけると、自然的な甘さを感じた。僅かにのこる苦みが余計に引き立たせる。何より、肌寒い洞窟の中で温かいものを胃に入れる事で、何とも形容しがたい幸福感をレイは味わっていた。
食後のお茶が終わるとレイは畏まった表情で口を開いた。
「それで、エトネ。君はこの先どうする気だ?」
いささか強い口調なだけにエトネは不安の色を浮かべる。
「どうって……何が?」
「エルフの隠れ里を探すのか。あるいは森の中で生活するのか、あるいは森を出るのか」
やや躊躇った後、少女は口を開いた。
「……エルフの隠れ里をさがす。おかあさんが死んだことを伝えなきゃいけない。……それにエトネの帰る場所、もうない」
悲痛そうな声にレティがレイに向けて縋るような視線を送る。受けたレイは困ったように、だけど、どこか覚悟を決めて口を開いた。
「なら。そのエルフの隠れ里を探すの、僕らにも手伝わせてくれないか?」
「ご主人様?」「本気なの?」
リザとシアラは困惑したように眉を顰めるが、ただ一人、レティは飛び上がらんばかりに喜び、レイに飛びついた。
「流石ご主人さま! 幼女が困ってたら、一も二も無く飛びつくんだから! この色男!」
「ははは。誤解を招くようなことを言うんじゃねえよ。エトネが引き攣ってんだろ」
レティを引きはがすと、エトネに向かって告げた。
「僕らの食料はあと二日分ある。明日一日を使って森の探索に時間を割くことはできる。そうだよね、リザ?」
「え? ……ええ。五人に増えましたが、あと二日程度、森に滞在することは可能です」
リザのお墨付きをもらったレイはエトネの方を見た。彼女は何が何だかわからないような不思議そうな顔をしていた。
「なんで……そんなにやさしくしてくれるの? 何かねらってるの?」
警戒心を鋭くしてエトネは斬り込んできた。レイが誤解を解こうとすると、先んじてシアラが口を開いた。
「そんなに難しく考える必要は無いわよ。単純に甘いのよ、この主様は。どーせ、見捨てるのがやだーとかそんな理由でしょ」
雑な物言いではあるが、事実なだけにレイは否定できない。リザとレティも顔を見合わせて頷いた。この主がこういう性格なのはよく知っていた。
「……単純にエルフの隠れ里に行ってみたいだけだよ」
「はいはい。言い訳は良いから。それで? おちびさん。アンタはどうしたいの? ひとりで探してみるの? それともワタシらと一緒に行くの?」
少女はしばしの間逡巡すると、ぺこりと頭を下げた。緑と灰色の混じった髪が揺れる。
「おねがいします」
一拍の後、言葉を継ぐ。
「おかあさんの故郷。エルフの隠れ里を探す手伝いをしてください」
「分かった。僕らに任せてくれよ」
新しいクエストを前にしてレイは力強く言った。
読んで下さって、ありがとうございます。
150話達成!




