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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第1章 始まりの街
15/781

1-15 刃の矛先

※7/25 空行と一部訂正。

「レイ君。はい、これ」


 なじみの店に為りつつあるオルゴン亭で朝食を済ませようと思っていた僕をカウンターの中から呼び止めたアイナさん。近づいていくと彼女はなぜだかタライと洗濯板を差し出した。


「なんですか。これ?」


「タライと洗濯板だよ。見た事ない?」


 可愛らしく小首を傾けるアイナさんは無理やり僕の手にタライと洗濯板を握らせる。


「いや、知ってますよ。それでこれで何をすればいいんですか」


「ここの規則でね。3日以上、3階のベッドを使う時と退室時はシーツとブランケットを洗濯してもらうの。水場はギルドの裏手に共同の井戸があるからそこで洗って。干すのは屋上」


「屋上ですか?」


 言われて上を見上げる。そういえば3階より上に続く階段があったのを思い出す。


「そう、屋上。1日干せば乾くから。それとこれは洗剤ね」


 タライの中に放り込まれた洗剤は大きさがサイコロぐらいの緑色の立方体だ。粉を固めた物に見える。これだと逆に緑色に染まりそうなぐらい毒々しい色を放つ。


「洗濯物を水に入れてこれを溶かすと汚れが落ちるから。それと自分の私物も洗濯していいから。終わったら道具を返してね」


 カウンターの中へと戻るアイナさんを見送った。


(お腹が空いてたから食事を先に済ませたかったけど、先に洗濯をするか)


 タライと洗濯板を抱えて3階に戻りシーツなどをはがすと、言われた通り1階へと降りて外に出る。ギルドの裏手へと向かった。空を見上げると綺麗な晴れだ。洗濯日和と言っていい。


 1度水筒の水を取りに行ったから知っていたが木々の間に古めかしい井戸がある。このあたりの住人の共同施設なのか先客がいた。昨晩オルゴン亭で見たウェイトレスの少女だ。店の格好では無く、すり切れたぼろを纏い、僕と同じように洗濯物を持ってきている。


「おはようございます、冒険者様」


 背中を見せていた少女は音で気づいたのか振り返り、蚊の鳴くような小声で挨拶をした。


「おはよう。朝から洗濯? 偉いね」


 優しく言ったつもりだったが少女は反応を示さず井戸に振り向き、ロープを必死に手繰り寄せようとする。しかし少女の力では中々進まないようだ。息も絶え絶えになっている。


 見かねた僕は後ろから井戸をのぞき込む。水の入った桶はまだ中ごろまでしか来ていない。


「お……お待たせ……して。申し訳……ありません」


 大粒の汗を浮かべながら小さな手でロープを引っ張る少女。見かねた僕は彼女の後ろからロープを掴んだ。


「ちょっと代わるよ」


「え?」


 少女の返事を待たずにロープを引く。上昇した能力値パラメーターの前では水の入った桶は軽い。


「この水を、そっちのタライに入れればいい?」


「あ、はい」


 簡単に持ち上げた桶を驚きの表情で見つめる少女に手順を確認する。彼女の足元にある深いタライにはウェイトレスの制服やエプロンがたくさん入っている。水を入れたがまだ足りないようだ。同じことをもう1度繰り返し、水を貯めてあげる。


「これぐらいで足りるかな?」


「あ、ありがとうございます。冒険者様の手を煩わせてしまい、申し訳ありません」


 舌足らずな喋り方で丁寧に謝られた。何度も頭を下げる少女に手を振る。


「そんなに気にしないでよ。それより聞きたいことがあるんだ」


 僕は頭を上げた少女に緑色の洗剤を見せた。


「洗濯のやり方を教えてほしい」


 ぱちりと眼を見開いた少女は頷いて返事をした。

 少女の指示のもと自分のタライにも水をはり、洗剤を溶かした。少女も同じ洗剤を使っている。どうやら一般に流通している物らしい。


「それで洗濯板を立てて、洗うものを伸ばします。そしたらこの木の実で汚れを擦っていきます」


 小さな手を器用に動かしながら少女は洗濯のやり方を教えてくれる。僕も洗剤の溶けた緑色の水を前にして覚悟を決めた。


 意を決してシーツを洗濯し始める。予想に反して緑色に染まる事は無く、木の実で擦ると汚れが落ちていく。シーツとブランケットを終らして血と汗にまみれた布を取り出す。同じように水につけて木の実で擦ると汚れが落ちていく。


「おお。やるな、こいつ!」


 思わず声に出していた。劇的に綺麗になっていくのを見て楽しくなった僕は自然と鼻歌まじりで作業を続ける。隣で同じように洗濯をしていた少女がクスクスと笑った。


 少し恥ずかしくなり咳払いで誤魔化す。


「えっと。お店で会ったの、覚えている? 冒険者のレイです」


「はい。オルゴン亭のリラと申します。冒険者様」


 ぺこりとお辞儀をされる。


「そのさ、様って外せないかな。なんだか慣れなくて」


 言うとリラは慌てて両手を振る。洗剤まみれの手を振れば泡が飛ぶのだがそれにも気づかない程必死に振った。


「それはだめです! わたしとは身分が違います」


 最後の方は尻すぼみになったがきちんと聞こえていた。しかし、言われた内容が分からなかった。


 身分が違う? それってまさか。

 僕はそっと腕まくりをしているリラの手の甲に目を落とした。


「あ……見ての通り私は労働奴隷です」


 視線に気づき濡れた手で袖口を伸ばした。顔を背けて何かを堪えるような表情を見せる。とっさに傷つけてしまったと理解した。


「申し訳ありません。このような穢れたものを見せてしまい」


「こっちこそ。ぶしつけに見てごめん」


 謝るとリラは驚いたようにこちらを見た。まるで自分が謝られたのが信じられないといった表情だった。すぐに唇を真一文字に結ぶとタライから水を流して持ち上げた。10才位の少女の細腕には濡れた洗濯物は重い。ふらつき倒れそうになるが両足で大地を踏みしめた。


「それでは失礼します、レイ様。これからもオルゴン亭を御贔屓してください」


 早口で言うと、頭を下げて小道を危なっかしい足取りで消えていく。小さな背中を黙って見送った。


「なんだか悪い事しちゃったかな」


 ボヤキながら洗濯を再開する。しかし、胸中は複雑だった。平穏そうな世界に奴隷制度があったことや人の良さそうな女将さんが奴隷としてあの子を扱っていることがショックだった。


 リラが去った井戸で洗濯を終えると、足取り重くギルドの屋上へと向かった。


 3階から伸びる階段を上がり、ドアを開けるとそこが屋上だった。

 ビアガーデンのような開けた場所に机や椅子が置かれて解放されている。いまはその上を均等に紐が張られ洗濯物が風に揺れているが、普段は冒険者の憩いの場所だと予想できる。空が近く、心地よい風が吹く。


 先客の猫耳を生やした冒険者が洗濯ばさみでシーツなど留めていく。入り口に洗濯ばさみが山のように積まれた籠がある。


「すいません! ここの洗濯ばさみは使ってもいいんですか?」


「良いニャー!」


 2重の意味で期待通りの返事を受けた。やはり語尾にニャーは付くのか。

 妙な感動を抱きつつ、洗濯ばさみを幾つか掴み、洗濯物を伸ばしながら干していく。


 大した量も無いのでものの数分で終わる。屋上を取り囲む落下防止用の柵にもたれながら空を見上げた。雲も無い晴れた空を見る限り雨は振りそうもない。屋根がない以上、今日は空模様に気を付けておこうと思う。


 下を眺めると人がゴミのよう、とはいかない。目の前の通りを様々な人種の人がそれぞれの目的に従い歩いていく。ふと視線をずらすとオルゴン亭の看板が目に入った。


(流石に今すぐリラちゃんや女将さんの顔を見るのは気まずいな。朝食は別の所でとるか)


 ぼんやりと傷つけてしまった少女の顔を思い出す。


 洗濯物を干し終えた僕はカウンターにて仕事中のアイナさんにタライと洗濯板を返してギルドを出た。



 オルゴン亭以外の食事処で朝食をすませた僕はギルドに戻らず街を歩いていた。残念な事にオルゴン亭より味は下で値段は上だった。


 向かう先はドワーフの防具屋。鎧の修理が終わったのか確認のために向かう。


「じいさん居る?」


 相変わらず僕以外の客の姿が見えない店の中で奥にいるだろう店主に声をかけた。返事は無いがむっつりと口をへの字にしたワルグがエプロンを着けて現れた。


「なんじゃ。お主か小僧」


 鼻を鳴らしながら踵を返して奥へと戻る店主。今度は籠を持って現れた。


「預かってた防具なら、この通りだ」


 どんと足元に置かれた籠を覗くと、確かに歪んでいた胸当てを含む、預けていた防具一式があった。新品同様の輝きを放つ防具を手に取る。歪みも無く、完璧に修理されているようだ。


「もうできたの。早いですね」


「冒険者が朝っぱらから出発することも良くある。簡単な修理だった事もあって早くにすんだのじゃ」


 肩を回しながら自分の腕を振り回すワルグに礼を言いながら割符を渡し胸当てを着けた。しっくりくる。


 再度礼を言い、店を出る。


 次は武器屋だ。


 通りを迷いながら進む。前回はアイナさんについていったので迷わず来れたが、地元民ではない僕は細い路地などに疎く少し遠回りをして武器屋へと入った。


「おや。いらっしゃい」


 背丈の大きな巨人が昨日と同じような響く声で迎えた。フリオは僕の顔を見るなり店の奥へと消えていき、戻った時に鞘に入った武器を手にしていた。しかし、彼のサイズでダガーを持たすと爪楊枝のように見える。


「ここも、もう出来上がったんですか」


 驚く僕と対照的に店主は満足そうに笑う。


「あったりめえだ。もちろん手は抜いてないぞ。追加効果として、バジリスクの牙に含まれている麻痺毒を宿している。効き目は大したことは無いが、耐性を持っていない奴には効くぞ」


 ダガーの柄をつまみ、鞘から抜いた。露わになった刃が明かりを反射する。30センチも無いぐらいの短い刀身だが厚みがあり片刃。鍔が反り返ってるのが特徴的だ。


「鍔の部分が気になるか?」


 僕の視線に気づきフリオが質問する。黙ってうなずいて返事をする。


「その鍔の反り返しは相手の刃物を受け止めれるように分厚く拵えた」


「……つまり、対人用ですか」


 口に出すと、うすら寒い思いがした。目の前の武器で人を傷つけるのを想像すると気分が重くなる。


 だが巨人は頭を振る。


「たしかに対人用でもあるが、一番は防御用だからだ。この先剣や槍を持ったモンスターが行く手を阻む。その時に咄嗟に防御のできる武器は意外と役に立つぞ」


 それは鍛冶師としてではなく冒険者の先輩としての意見のように思えた。実際迷宮で遭遇した弓を持つゴブリンの姿を思い出した。


 フリオはダガーを鞘にしまうと僕の後ろに回り、腰に着けてくれた。大きい体を窮屈そうに屈めながら四苦八苦するので代わろうかと提案したが断られた。


「これは鍛冶師の仕事だ。やらしてくれ」


 そう言われると何も言えない。


「これでよし。男前が上がったな」


 腰につけたダガーを右手で抜く。なるほど、手形を取っただけの事はある。手に吸い付くようだ。


 コートから割符を渡してフリオに礼を言いながら店を出た。


 用も済んだから1度ギルドの方へと歩く。しかし、相変わらず土地勘がないためなぜか正門とギルドの間の大通りに出た。


 その時、大通りを冒険者の一団が矢のように駆けてきた。通りの人を突き飛ばしながら駆けていく一団に見覚えのある大男が居た。『紅蓮の旅団』の団長だ。横にはエルフの女性も居る。彼らは人波を掻き分けて正門へと向かってくる。

 すれ違う彼らの顔が青ざめているように見えた。


「なんだ、ありゃ? もう昼になるのにあんなに急いで」


 嵐のように去っていく『紅蓮の旅団』を他の人と同じように見送る。


 すると腹が鳴った。余計に歩き回ったせいでお腹が空いたギルドに戻る前にオルゴン亭以外の食事処を探そうと通りを歩いていく。



 残念な事にネーデの街で一番美味しいのはオルゴン亭と結論が出たかもしれない。残念な昼食をすましてギルドの資料室にこもる。前から気になっていた神の事と奴隷制について調べようとした。


 常々感じていた事だがこの世界に対する知識が足りない。今日はそのあたりを調べようと決めたのだがそろそろ挫折しかかった。


 3時間以上かけて分かったことは迷宮と冒険とモンスターの事ばかり。当然だ。ギルドの資料室で何を調べようとしているんだ。


 バカか僕は。


 落ち込みながら棚から引っ張り出した本をしまっていく。どの本も冒険者にとって必要な事が書いてはある。だが歴史書や神話、風俗については特に記した本は無かった。


「これだけの本があるってことは活版印刷があるってことだよな」


 目の前の棚だけでも100冊近い本が詰まっている。それと同じ規模の棚が3つもある。小さな図書館といった所だ。


 だとすると紙が高級品ではない。一般の人でも本を気軽に読めるとしたら本屋が街にあるかもしれない。『ネーデ交易ルート』と書かれた本を戻し大きく背伸びをする。困ったときはアイナさんだ。下ろしていた鞄を掴み資料室を出た。


「うおおおおお!! なぜだ!! なぜなんだ!! うおおおおおお!!」


 防音だった資料室を出ると号泣が響く。咄嗟に耳を塞いだ。

 発生源は2階のホールの中央。大男・・が涙を滝のように流し床を叩く。一撃ごとにギルドを揺らすかのごとく、実際少し揺れている。それを隣のエルフが必死に慰めている。だが彼女もまた涙で綺麗な顔を濡らしていた。周りを取り囲んでいる冒険者も嗚咽を漏らしていた。


 大男は『紅蓮の旅団』の団長、オルドだった。


「すいません。何があったんですか」


 その一団を遠巻きで見ている二人組の冒険者に声をかけた。そのうちの一人がバツの悪そうに口元に手を当てて声をひそめて言った。


「どうも、クランのメンバーが死んだらしいんだ」


 ―――どくん、と心臓が鳴った。

 何かざらついた思いが心に宿る。

 何故だか鋭い視線を放つ少女を思い出す。


「……それって、だれだか……知っていますか?」


 震える体を押さえつけて言葉を振り絞る。冒険者は隣の仲間に視線を向けた。受けた男が同じように口元に手を当てる。


「『紅蓮の旅団』。団長の一人娘だよ」


 瞬間。


 全身から血の気が引くのを感じた。足元が揺れたのは振動以外の理由だ。


 あの赤い髪の子が……死んだ?


「なんでもソロでネーデの迷宮に挑んでボスにやられたそうだ」


「そうそう。ネーデの迷宮自体が変になったらしくてギルドが異常事態宣言をだしたぐらいだ。なんでも上層のボスが倒せなくて困ってるそうだ」


 冒険者達の会話は耳を素通りする。


 あのキツイ目をした女の子が死んだ。見知った人の死に動揺している。落ち着くために椅子に座り大きく息を吸った。


 冒険者が迷宮で死んだ。


 言葉にすると、なんでもない当たり前の出来事に聞こえる。考えてみたら、ボスの間で死んでいった冒険者だって居た

 そうだ、冒険者ならこういう事もある。そう、自分に言い聞かせる。


 そこまで詳しく話した事も無い人の死に動揺する自分がむしろ不思議だった。


 呼吸を繰り返していくと自然と、心も落ち着く。彼女は冒険者として戦い死んだんだと納得する。


 そんな僕をほっといて冒険者たちの噂話は続いていた。


「どうも、普通のモンスターも強化され始めて、上層の必須レベルも30越えになり始めてるそうだ」


「30!! そいつはやべえな。いつからそうなったんだ?」


「少なくとも最後に上層のボスを倒せたのはソロの新入り・・・・・・だそうだ」


 ―――え。


 言葉が出ない程驚く僕は冒険者の顔を見た。視線に気づかない彼はさらに、と続けた。


「その嬢ちゃん。どうやらその新入りに触発されてソロで潜ったらしいぜ」


 ―――。


 今度こそ頭が空っぽになった。

 異変が起きたのも彼女の挑んだ理由も全部……僕なのか。


「まあ、B級のクランの後継者。大切に育てられていたんだろうな。偉大な親への反発心とか混じって行動しちまったのかもな」


「ありえるな、それ。まあなんだ。タイミングが悪かったな」


 ふらりと立ち上がり人の波を避けるように下へと向かう。ここには居られない。居たくない。


 ふと、視界がオルド達をとらえてしまった。


 瞬間、僕は走り出した。


 人にぶつかり、物を壊し、転んでも立ち止まらず、走る。


 途中、門番に呼び止められたが振り切って走る。


 真っ直ぐに逃げ出した。


 街道を、丘を、森を走る。


 どのように走ったのか覚えていない。ただ無我夢中で走った。


 気が付くと森の中でぽっかりと空いた場所に辿りついていた。ここは始まりの場所だ。ここから始まった。


 荒い息を吐きながらあの夜と同じように寝ころび、空を見上げた。


「はあ、はあ、はあ。何やっているんだ、僕は!」


 拳を握り大地を叩く。体の内に溜まったやり場のない怒りを外に出す。


「何をしようとしてるんだ!」


 苛立ちが口からこぼれる。自分が動揺していることにいら立っている。


 そもそも動揺していること自体が間違っているのだ。片手で数えれるぐらいしか会話していない相手が死んだだけだ。アイナさんも言っていたではないか。身の丈に合わない冒険に挑むのは自業自得だと。


 たしかに僕の後に迷宮に異変が起きたのかもしれない。だがそれは可能性だ。僕が気に病むことでは無い。僕が責任を感じることは無いはずだ。


 彼女の死に責任なんか無い。


 なのに。


 僕の手はダガーへと伸びている。


「僕はこの世界の誰の命も背負えないんじゃないのか!」


 矛盾している。誰の命も背負う覚悟が無いから迷宮をソロで潜ったのに、たまたますれ違ったような人の為にこれ・・をする理由は無い。


 それこそ傲慢だ。彼女の前に死んだ命を救いに行かないのは理屈に合わない。


 賢い選択ではない。


 ―――だけど。どれだけ言葉を重ねても自分の中に生まれた本心を否定できない。


 彼女の死を嘆く、彼らの姿を見た時。


(助けたい)


 そう思ってしまった。その思いは決して無視できない。無視をすれば、御厨玲ぼくという人間の『死』と言える。


 恵まれた力の、正しい使い方をすべきだと、そう思ってしまった。


 だから死に場所を求めてここまで来てしまった。


 始まりの場所で、始めよう。


 ダガーを抜き、切っ先を自分に向けた。鋭い刃が光る。


「まったく。このダガーが最初に殺すのが自分・・だなんて。なんて皮肉」


 ずぶりと刃が沈んだ。



 ×



 全身の神経が鋸で刻まれる。束に纏められ一本一本が刃に触れていくたび引きちぎられる。骨の関節をすべて外される。細かい部品と成り果てたそれを二枚の歯車が噛みあい粉へと変えていく。肉は灼熱と極寒の世界を行き来し、灰となろうと、氷になろうと無限に再生し、終わりの見えない罰を繰り返し執行し続ける。


 これは罰だ。

 自殺という罪を犯した、お前への罰だ。

 誰かが、言った。



 ×



 ゆっくりと眼を開ける。


 波のように全身を繰り返しイタミが襲う。いままでにない種類のイタミに指一本動かせないでいた。


 だけど。


「戻って来れた」


読んで下さり、ありがとうございます。

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