4-10 リーダーの役割
敗走だった。
森の中を警戒しながら進むレイたちの表情には焦燥が滲む。モンスターの居ない森での突然の戦闘で動揺などもあるが、何より自分たちの驕りと未熟さを痛感していた。
個々人の技量は決して低くない。
レッドゴブリン程度なら、それが同数より上でも問題なく駆逐できる。しかし、今回のように相手の方に数の利があると単純な力任せの戦い方は通用しない。刻々と変わる戦闘の流れに合わせて指揮を執るべき人間が必要だった。
「追ってくる気配は有りませんね。どうやら撒いたようです」
時折、後方を警戒しつつ足跡を消していたリザが告げると、パーティーに安堵の空気が流れる。レイは額に玉のように浮き出た汗を手で拭った。
戦闘の終了後から休まずに移動していたため、皆息を切らしていた。レイがバックパックを下ろしたのに合わせて木の根や切り株に腰かけ休息を取る。
「ご主人さま。怪我しているの?」
レティがふと、レイの体から落ちる赤い血に気づいた。問われてようやくレイは傷を負っていたことを思い出した。戦いの高揚が痛覚を鈍くさせていた。軽傷と言うのもおこがましいかすり傷。放置しても問題ないと判断したレイに対してレティが動く。
バックパックから水筒と布を取ると水を含ませると斬れた周囲の肌を拭った。ひんやりとした冷たい感触にレイはくすぐったそうにした。
「大丈夫だよ、これぐらいのかすり傷」
「ダメ! 悪い物が傷口から入ったら肉が腐っちゃうよ」
レティの剣幕に負けたレイは抵抗せずに治療を受ける。少女は鞄の中からクエストの依頼品である薬草を何枚か千切ると患部に当てる。その上を別の布で巻いて固定した。
「これでよし。あんまりかすり傷ぐらいで魔法を使っちゃうと、いざという時に精神力切れを起こすかもしれないからね。ポーションとかが有ったら、傷口に塗るだけで治るんだけど」
「いや、これでいいよ。ありがとう」
礼を受け取ると、レティは他の二人に怪我の有無を聞いた。幸い、二人は傷を負っていなかった。
ただ、苦渋に耐えるように押し黙っていた。
圧迫感を感じる沈黙を破ったのはレイだった。頭を下げると、謝罪を口にした。
「ごめん。……僕が指示を出しそびれた」
「それは……その」「まあ、そうね」
リザは口籠り、一度は否定しかけたが、何も言えないでいた。しかし、シアラはバッサリと肯定した。ある意味清々しいほど断定的だった。
「ワタシらにも非はあるけど、普通に考えて敵を前にして指示を出さないのは意味不明。なに? 寝てたの?」
レイは項垂れながらもシアラの言葉を真剣に聞いていた。同時に自分の内面と向き合っていた。
咄嗟に指揮が出せなかった原因は分かっている。自分の経験不足だ。
いままで集団戦において一つの駒としてしか動いていなかった。目の前に居る敵を排除していればよかった。オルドやギャラクの飛ばす指示は常に味方を孤立させず、囲ませないように出していた。味方の立ち位置、仲間との距離、敵のバランス。勝つのは当たり前で、彼らが気にしていたのは勝ち方にあった。目的と状況に合わせて戦闘を進めようとしていた。余力を残し、味方の被害を最小限に抑えようとしていた。
常に戦闘の流れを掌握していた。
そして、もう一つ問題があった。それは―――驕りだ。
赤龍という強敵を退け、英雄と祭り上げられ気が緩んでいたのは事実。森が安全地帯といわれ、碌な打ち合わせもせずに入ってきたのがその証拠だ。もしかしたら、モンスターが森に潜んでいるかもしれないという可能性を最初から考慮していない。レッドゴブリンを相手に誰かが、もしくは全滅していたかもしれなかった。
何が起きるか分からないからこそ、万全の態勢を事前に整えるのがリーダーの役目だったのに。それを怠ったのは紛れも無くレイだった。
「……リーダー失格だな」
「そうね」
再びシアラは断言した。あまりにも切れ味のいい口撃にレイは笑みすら浮かびそうになる。だが、シアラは言葉を続けた。
「でも、生きているじゃない」
「え?」
「全員無事で、損害は軽微。まだ森の中だけど、今のところ命の危険があるわけじゃない。ということはまだ次があるじゃない」
「……そうですね」
黙って聞いていたリザが口を開いた。穏やかな口調でレイに向かって続けた。
「私達は……ご主人様を含めてまだ未熟。だからこそ、失敗を肥やしに成長すればいいんです」
「そうそう。あたしだって、もっと色んな魔法を覚えてこれから強くなっていくんだからね!」
レティも両手を力強く握ってレイを励ました。レイは三人に向けて素直に頷いた。
「……そうだね。……うん、そうだよな」
失敗した過去は変えられないし、誤魔化すこともできない。だからこそ、失敗に向き合い成長するしかないと、レイは改めて自覚した。
「それにしても……どうしてあれ程の数のレッドゴブリンが森に居たのでしょうか」
切り株に腰かけたリザが武器に付着した血を水で拭いながら疑問を発した。レイもファルシオンにべったりと着いた血を拭いながら応じた。
「確かに、不思議だよね。ギルドも街の人々もクライノートの森にモンスターは居ないって断言していたよね」
「ええ。まさか街ぐるみで私達を謀っている……ということは無いですね」
レイも有りえないと同意した。アマツマラの住民たちが赤龍の破壊した建物の責任を取らせるために仕組んだ計画とは思えなかった。責任を取らせようとするなら、持っている小切手を奪いに来れば済む話だ。そもそも、クエストを選んだのはレイの意思だ。そこに作為的な仕掛けは無い。
だとしたら、モンスターがクライノートの森にいる事を、彼らは知らないということになる。
「ギルドも街でも把握していない状況という事かよ。……そうなると、モンスターは何時、どうやってこの森に来たことになるんだ」
「そんなの簡単じゃない」
頭を悩ませるレイとリザに向かってシアラはあっさりと言いのけた。
「モンスターがこの世に生まれるには迷宮が必要。だったら答えは簡単。森に迷宮が出来たか、スタンピードの生き残りのどちらかよ」
「スタンピードの生き残り……確かに有りえそうだけど。それよりも迷宮ってそう簡単に生まれるの?」
『冒険の書』には迷宮での生き残る術は幾らでも書いてあった。しかし、迷宮が生まれる条件などは書いてなかった。しかし、シアラはレイに向かって知識を披露する。
「迷宮が出来る条件はただ一つ。大地よ。エルドラドの大地のどこにでも入り口は生まれる。たったそれだけ。平地に、荒野に、森に、海底に、谷に。どうして生まれるのは分からないけど、クライノートの森に突然迷宮が生まれないなんて可能性は無いわよ。ただ」
一拍開けた後、言葉を継ぐ。
「迷宮があるからといってモンスターが直ぐに地上に出てくるわけじゃない。主様もその辺りは知っているでしょ」
この精霊祭の間で骨身にしみて理解している。
「迷宮内でのモンスターの増加によって魔力不足によって、腹を空かしたモンスターが地上を目指す。……つまりスタンピードが起きないとモンスターは地上に出てこない」
「その通り。日ごろ、冒険者や兵士が巡回をしている森だから今回のスタンピードの前に迷宮が生まれた可能性は低い。そしてスタンピードの最中に生まれた迷宮がもうスタンピードを起こしたという可能性は無い訳じゃないけど限りなく低い」
二つあった可能性の内、一つはゼロに近い確率だった。だとすれば残ったのは一つしかない。
「スタンピードの生き残りか」
「恐らくね。アイツらの持っていた武器や防具のくたびれ具合からしても、間違いないと思うわよ」
納得できる可能性の話だった。スタンピードの群れはアマツマラの南側から進軍してきた。それが赤龍の敗北によって敗走したとしたら、北を目指すことになる。当然近隣に被害を出さないように追撃部隊も出撃したはずで幾らか打ち倒せたが、森に逃げ込んだ個体もいたのだろう。それがあのレッドゴブリンたちだったとシアラは推測した。
「でもさあ。街のすぐ近くの森にモンスターが潜んでいるのを何で誰も知らなかったんだろう?」
「だからじゃない。目と鼻の先にモンスターが潜んでいて、森は広くて追いきれませんでしたって言えば混乱が広がる。森にモンスターが居ると知られれば避難物資の運搬に関わって来るし。ほら、森の傍に北に抜ける街道があったでしょ。あそこを行き来しないと北に行けない以上、秘密にするしかない」
レティの疑問にシアラは推測で返したがレイは事実だろうと確信していた。表面上、アマツマラの街は平穏そうに見えたが、裏ではいまだに情報の混乱が起きているのかもしれない。王国の上層部と親しいはずのギルドでさえ、森の現状を知らずに低ランク向けのクエストとして発注していたのがその証拠だ。
「もしくは誰も森の状況を全く知らないという可能性もありますね」
リザの言葉に、レイは嫌な予感を抱いた。彼はレティに向かって地図を出すように頼んだ。レティが広げた地図にリザ達も顔を寄せた。
「今はどの辺りだと思う?」
レイの疑問にリザが大よその範囲を示した。レイたちは東西に長く伸びる森の南東部分から入った。途中までは北にある村に続く街道を進んでいたが、薬草採りの為に道を外れ、西へと進路を変えた。そして湖を水源とする川へと辿りつき、そこでゴブリンの襲撃を受けた。そしてさらに西に向けて敗走した。
リザは森の中央から東寄りの地点に指で円を描いた。この辺りでしょう、と言った。自然と全員の目はリザの描いた円―――ではなくそこから北の方角にあるという村に動いた。
「仮に。仮にだよ。森のこの状況を国が知らず、知っていても手を打っていなかったとしたら、この村は……」
そこから先をレイは告げられなかった。リザ達もレイのいう事を察して何も言えず、ただ顔色を青ざめさせる。
モンスターの居ない森。日ごろから兵士や冒険者が巡回する森に盗賊だって近づかない。村落に恒常的な戦力が置いてあるとは思えなかった。
「……それで。それでどうするつもりなの?」
シアラの問いかけにレイは訝しげる。彼女はどこか冷たい響きを持った声色で続けた。
「主様はそんな村に対してナニをしてあげるつもりなの?」
「村の様子を見たい」
「……まさかとは思うけど、助けたいとかいう程度の理由で―――」
「―――それだけじゃ無いよ」
シアラを窘めるようにレイは告げる。呼吸を何度か繰り返して理論を立てて彼女を説得しにかかった。
「いまから森を抜けるのは難しい。あと数時間もすれば日が暮れ辺りは暗くなる。今から森の入り口まで戻るのは難しい。モンスターの襲撃もありうる森の中で夜営するのと村の一角を借りるのとならどっちが安全だと思う?」
「……仮に村がモンスターで落とされていたら」
リザとレティがその可能性に眉を顰めた。確かに有りえる可能性だが、それを口に出すと実現しそうな不吉さを放っていた。
レイは刹那の間押し黙ると、再度口を開いた。
「それならそれでいい。村がモンスターによって蹂躙されたのなら、黙って見捨てる。むしろ、この森のどこにモンスターがコロニーを形成しているのか分からないままでいる方が危険だ。村がそうなっているのだと知らないでいる方が場合によっては危険かもしれない」
ここまでのレイの冷徹ともとれる発言は本心から出ている。だが、その根底は単純だ。
―――もしかしたら、生き残りがいるかもしれない。
スタンピードの最中、何度も見た無残に死んで逝った人達。救えなかった命。《トライ&エラー》を使わずに見捨てた命。
今度はもしかしたら、間に合うかもしれない。
レイが口にした理論は心の底の幼稚な感情を隠す偽計に過ぎなかった。おそらく、シアラはそれを看破しているはず。これではシアラを説得できないと半分諦めてしまった。
ところが。
「分かったわ」
と。
シアラはあっさりと言った。
「それじゃ、すぐに行きましょ。方針は北の方にある村へ行くこと。隊列は……リザを先導にして私とレティを中央。殿は主様でいいかしら?」
「そうですね。索敵は私が。迎撃は二人が。その二人を防衛するためにご主人様が傍にいるという布陣で」
「何時でも戦えるように杖は抜いておくね。あ、でも道中で薬草を見つけたら、摘んでも良い? クエストの依頼品って事もあるし、なにより薬草があれば精神力の消費を抑えられるし」
三人は即座に打ち合わせを済ませると出発の準備を進める。レイは呆然として見つめるしかなかった。あまりにも簡単に願いが通ってしまった。
「……ちょ、ちょっと! ……いいの?」
「いいの……とは?」
思わず出た言葉にリザ達は不思議そうに首を傾げた。レイは「皆は村に行く、でいいの?」と聞いてしまう。すると、シアラが呆れた様に口を開いた。
「良いも何も、主様が考えて決めた事よ。不用意に動く危険性をちゃんと考えて、それでも行くと決心したのでしょ? それなら、ワタシたちは付いていくに決まっているわよ」
シアラが何を馬鹿な事を聞くのかしらと、続け。リザとレティも当然とばかりに頷いた。
三人から寄せられる信頼は重く、しかし、信頼されているという事実がレイにはたまらなく嬉しかった。
「ほら、急がないと本格的に暗くなっちゃうわよ。明るい内に村に行くわよ!」
「わ、分かったよ。ちょっと待てって!」
レイは慌ててバックパックを担ぐと先に行こうとする三人を追いかけ、森の奥へと歩き出した。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は2月1日月曜日を予定しています。




