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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第4章 エルフの隠れ里
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4-8 望まない遭遇

※人によっては不快に感じるシーンがあります。ご注意ください。

 クライノートの森は人の手が入った森である。何しろ林業のスパンは十年単位。親が植えた樹が子の手で切り倒され、子が植えた樹は孫に渡る。


 代を重ねても森が丸裸にならない様に計画的に植林と伐採が繰り返される森は見通しがよく、静かな空間だった。森の入り口から村まで伸びる街道を外れて薬草を探す為に森の中を歩くこと一時間。レイたちはクエストを順調にこなしていた。


「あ、また見っけ!」


 レティが声を上げて発見を報告する。これで何度目なのかレイは数えるのをとうに止めた。


 薬草に対する知識が豊富なレティが先導となって薬草摘みを行っている。彼女の手には深い緑色の葉が連なった草が握られている。クエストの依頼品だ。鞄に積めるのを眺めながらレイはたいしたもんだ、と感心していた。


 森と無縁の暮らしをしていたレイにとって草花の違いはぼんやりとしか分からない。森を隅々まで見渡してもレティよりも先に薬草を見つける事なんて出来ない。まるで大空を俯瞰するタカのような目を彼女は有していた。だが、一方で全く似つかない草花をも摘んでいるのだった。今も鮮やかな色の草を摘んで根っこの土を払う。


「ねえ、これも薬草なの?」


 柔らかな地面に生えている草とレティが革手袋で摘んでいる草が同じだと思って、レイはつい手を伸ばした。


「どっちかって言うと毒草かな。素手で触るとかぶれちゃうよ」


 レイは伸ばしかけた手を引っ込めた。鮮やかな色合いが途端に毒々しい色合いに見えてくる。思い返せばこの少女はアマツマラの旅の間に毒薬を調合していたし、アマツマラの本屋でも毒薬に関する本を購入もした。もっともその丸薬はレイが旅の間に捨てたのだが。


「あ、毒草って言っても強い毒を持っている訳じゃないよ。これの主な効能は眠りだよ」


「眠り?」


「そうそう。ご主人さまの技能スキルって、眠って起きたらそこが巻き戻りの地点になるんでしょ。だったら、自分から眠れるお薬とかあったら便利だと思ったの。買ってもらった本に丁度レシピが書いてあったから試してみようよ」


 提案するレティに対してレイは驚いていた。そんな発想は彼の中に無かった。確かに睡眠を利用してセーブポイントを作った事はあったが人為的に睡眠を導入するという考えには至らなかった。


 しかし、気になる点もある。革手袋を嵌めて毒草をしまったレティに対して尋ねる。


「……でも、その草には毒が入っているんだよね。体に害は無いの?」


「微量だからね。大量に摂取したり、長い間使用したら中毒死するかもね」


 あっけらかんと、レティは告げた。


 毒があると知りながら平然としている様子はコントロールする自信があるからなのか、子供の無邪気な残酷さなのかレイには判断が付かなかった。


 革手袋に着いた土を払ったレティが周囲を見渡して口を開いた。


「うん。この辺りはこのぐらいかな。次の場所に行こう」


「あれ? でもあそこにも薬草みたいなのが生えてるけど……採らなくてもいいの?」


 レイは近くの樹の根元に生えている草を指差した。遠目だが、レティが採取していた薬草と酷似していた。だが、レティは、それは採っちゃダメと制した。


「あれも薬草だけど、一つの場所からたくさん採っちゃダメなの。ある程度数を残しておかないとここに新しい薬草が生えて来なくなっちゃうの。そうなったら、この森に暮らす人が苦労しちゃうでしょ」


 不出来な生徒を窘めるような口調だった。しかし、説得力はあった。レイは肩に担いだバックパックの位置を調整してリザとシアラの方に振り返った。


 二人はレイたちの左右で警戒を続けていた。クライノートの森がモンスターの居ない森だとしても、危険な動物などはいる。熊や猪が飛び出してくる可能性もあり、二人は武器に手を伸ばして周囲を警戒していた。


「リザ、シアラ。場所を移動しようか」


「でしたら、川の方に向かってみますか? レティ、地図を」


 姉に促された妹は鞄の中から丸まった地図を引っ張る。リザは受け取るとレイの前で広げて見せた。地図にはクライノートの森の一部が描かれていた。これは市場で森の事に詳しい人から即興で書いてもらった地図だった。縮尺などは頼りにならないが、最低限の位置関係は分かる。レイたちが進入した森の入り口から伸びた街道の先に村が描かれている。その街道を外れて西の方に移動したレイたちの傍に、雪解け水が流れ込む湖を水源とした川が地図の上ではあるはずだった。


「日も大分高くなってきました。そろそろ食事にしましょう。川岸なら水も火の始末も簡単に済みます。運が良ければ魚も取れるかもしれません」


 食事と聞いてレイの腹がぐう、と鳴いた。朝飯を食べてから時間も経っている。レティとシアラも同意するようにレイへと視線を向けていた。


「そうだね。それじゃ、行こうか」


 太陽の位置などから方角を見出したリザの先導で森の中を進んでいく。時折、茂みを揺らして野生動物が姿を見せるが、レイたちの姿を見て直ぐに姿を消していく。


「素手だと捕まえるのは難しそうだね」


 素早く茂みに戻ったウサギを見て、レイはポツリと呟いた。本気で追いかければ地形次第ではあるが追いつくはず。しかし、手間が掛かる上に体力は消耗する。それに確実とはいえない。罠を仕掛けるという手もあるが、野営地を決めても居ないのに適当に罠は仕掛けられない。


「そうですね。弓などがあれば捕える事も出来るのですが……」


「あら。リザは弓も使えるの?」


「多少は。戦闘に役立つ程ではありませんが、狩猟程度なら。ですがそのためだけに弓はともかく矢も購入するのは」


「いいと思うよ。アマツマラに戻ったら持ち運びが簡単な弓と矢、それに矢筒を購入しようか」


 野生動物は肉以外にも皮などが金に代わる。レイが決めるとリザは振り向いて礼を言った。


 しばらく森の景色を楽しみながら進んでいくと、四人の耳にも水の流れる音が聞こえてきた。


 樹々を抜けると、川へと辿りついた。太陽の日差しが水面に反射し、宝石のように輝いている。川幅は狭く水深も浅い。何の準備もしなくても渡り歩けそうである。レイは川原に背負っていたバックパックを下ろした。


「ここで食事を取ろうか」


 提案に同意したリザがバックパックの口を開いて荷物を取り出した。鍋を始めとした調理道具と野菜を取り出した。


「何か手伝えることはある?」


 レイが問いかけると、リザは断ろうとする。だが、レイは自分の意見を翻さず、押し問答の末、リザが折れた。


「ご主人様は魚を獲る事は出来ますか? 素手か、もしくは剣で」


「無理です」


 即断である。


「そうですか。……でしたら近くで枝と葉を集めてください。焚火を起こします。レティとシアラは料理の下ごしらえを。魚は私が捕まえます」


「りょ―かい! この材料だと……野菜のスープ? なら野菜を切っておくよ。やろっか、シアラお姉さん」


 鍋に使う野菜を放り込んだレティはシアラを誘う。だが、シアラは躊躇いながら告白した。


「良いけど……ワタシ、料理したことないわよ」


「誰だって初めてはあるよー。そんなに難しくないから、ほらほら」


 レティに促されて大き目の石の上に腰かけたシアラは彼女から野菜の皮むきを教わる。リザはブーツを脱いでズボンの足首を持ち上げると川へと入っていた。すらり、と抜かれたロングソードの切っ先が水面に向いた。


 晴れた青空のような瞳が瞬きもせずに水面を睨み―――一閃。


 高速で振るわれるロングソードが水面を切る。遅れて、パシャンという音ともに川魚が落ちた。表面に傷などがないことから、剣で斬ったり突き刺して捕えたのではなく、剣で掬いあげたのだとレイは理解した。


「……金魚すくいのポイの代わりが剣かよ」


 どのように魚を捕えるのか興味があったレイは、リザのやり方に呻くように嘆息する。あれを真似するのは難しい。


「ご主人様。あまり川から離れないでください。危険を感じたら、《命令》を下してください。例え、声が聞こえなくとも何かが起きたぐらいは直ぐに伝わります。それと、果実を拾えたら、拾っておいてもらえると助かります」


「了解!」


 威勢よく返事をしたが、自分の立場がないなともレイは思ってしまう。


 焚火に使えそうな枝を持って帰り、レティの指導の元、焚火の準備を行う。川原に落ちている手頃な石で円を描く。中央や石の間に空間を作る事で通風性と延焼を防ぐ。中央に杉の葉を重ね、持ってきたばかりの枝を手ごろなサイズに折り、杉の葉を覆い隠すように重ねる。


 その間に魚の焼く準備を終えたリザがナイフを片手に木片を加工する。短冊形の木片に小さなくぼみを作り、加工の際に出た木の削りカスを詰める。次にレイの持ってきた枝の中から十分な長さで少し湾曲した枝を選び、両端に紐を結んだ。その際に別の木の枝に紐を撒いている。原始的な火おこしのやり方をレイは思い出した。


「これで火が起こせるの?」


 レイの問いかけにリザは薄く笑うだけだった。紐に巻かれている方の木の枝を木片の窪みに当てると、湾曲した枝を前後にスライドさせる。リザの手の中で木の枝が高速で回転しだした。


 ほんの数秒程度で焦げ臭いにおいをレイの鼻が拾う。リザが足で押さえている木片の窪み付近が黒ずんできた。手を止めた彼女は脇に置いておいた木の葉に火種を載せる。プスプスと音を立てる黒い塊は木の葉の上で燻っている。


 素早くレティが木の葉を拾い上げると火種を枯葉でくるみ、息を吹き掛けた。少しして火の手が上がった木の葉を、薪の中に放り込んだ。あとは空気を送り込めば焚火の完成となる。


「十分な厚さの木片と紐があればこうやって火は起こせます。……魔法を使えば手っ取り早いのですが」


 リザは野菜スープ作りに勤しむシアラに向けて視線を向けた。彼女は丁寧な手つきで野菜の形を揃えながら応じた。


「そんなの精神力の無駄遣いよ。……それに魔法は威力を上げたり、数を増やしたりすると精神力は増えていくのに、威力を押さえたりしても最低値を下回らない。むしろ繊細な動作を求められる分、面倒な作業になるの」


「……との事です。宜しければご主人様も試してみますか?」


 レイはちょっと迷ったが、レティがシアラを助手として調理を始めているのを見て、やってみると返した。


 リザの指導の元火種作りが始まった。―――結果は芳しくなかったが。


 幾度の失敗を経て、ようやく火種が出来上がった頃には昼食も出来上がったのだった。


「はい、お待たせ。焼き魚にクルミ入りの野菜スープだよ」


 焚火を囲うようにして全員が座る。焚火の傍には串に刺さって火に炙られた川魚。それに木のボウルには薄茶色の野菜スープが並々と入っていた。


 レイは自然な、染みついた習慣として「いただきます」と口にした。


 すると、それに習うように「「いただきます」」、とリザとレティが続いた。スプーンに手を伸ばしていたシアラは周りに合わせて、「い、いただきます」と戸惑いながら言う。


 皮がパリッと焼き上がった川魚を噛みしめると、レイの口の中に魚の白い身と油が充満する。洗い流すように野菜スープを掬うと、ゴロリと乱雑に切られた野菜?がスプーンに乗っている。


 おそらく、シアラが切った野菜だろうとレイは予想した。ともかく、少し大きめの野菜と共にスープを口に入れる。野菜特有の甘みと刻まれたクルミが疲れた体に活力を与える。


「今の言葉。『いただきます』って何なの?」


「僕の故郷での作法だよ。食事の前に、作り手や食べ物に対して感謝を告げるんだよ」


 シアラの疑問に食事をしながら返した。迷宮内では他人の目があった事もあり、意識して言わないでいた。納得した様に頷くと、シアラはレイに彼の故郷の、異世界の話をせがんだ。


 今更隠すようなこともないと思い、レイはシアラの質問に一つずつ答えていく。時折、リザやレティも新しい疑問が浮き出たのか口を挟む。穏やかな時間が過ぎていった。


 それは、あの精霊祭の七日間とは比べられないほど、穏やかで平和な時間だった。


 しばらくして、四人の前に空の器が置かれた。焼き魚と野菜スープは飲み干され、レイが薪と共に採取した木の実を食していた。赤黒く、少し酸味が強いが食用との事だった。全てが空になった時に、レイは手を合わせて締めの言葉を口に出した。


「ご馳走様です」


「「「ご馳走様です」」」


 後に続いたリザ達にレイは苦笑を浮かべた。レティとシアラが作った料理だからお粗末さまと、返すべきなのだろうが説明しにくい為訂正しない。


 すると、レイは立ち上がるとバックパックの中からスコップを取り出した。三人はそれだけで用向きを察したのか黙って森に入るレイを見送った。


 三人とある程度距離を取り、四方を茂みに覆われている場所を見つけたレイは用事を済ませる。


 手早く終わらせ、始末をつけた。スコップで開けた穴に土をかけ、身支度を整える。初めは抵抗があったが、随分と慣れたもんだと苦笑すら浮かべてしまう。


 ―――その時だった。


 背後でがさり、と。茂みを揺らす音が聞こえたのは。


 何気なしに振り返ったレイは、腰の高さまで生えている茂みを掻き分けてこちらに顔を出している生物と眼があった。醜悪な顔に黄色い濁った瞳にレイの姿が写っていた。どちらも予想外の存在に出くわしたことで、時が止まったかのように凍り付いてしまう。


 先に動けたのはレイだった。


 腰に挿したままのファルシオンを抜き去ると、一閃。相手よりも先んじて分厚い刃を振り下ろした。殺傷能力よりも、武器の耐久性に重きを傾いている刃は生物の頭部を斬るというより

も、砕いた。


 ぐるん、と。


 黄ばんだ瞳は白目を向き、口から泡が噴き出る。茂みから前のめりに倒れた生物の首に向かって刃を再度下ろした。鈍い手応えと共に首と胴が二つに分かれる。


「―――なんで、何でだ!」


 思わず、レイの口から言葉が吐き出された。心臓は突然の戦闘に対して高らかに打ち鳴らされる。


 ふと。視線を感じた。


 レイが茂みへと視線を向けると、同じような黄ばんだ瞳を複数見つけてしまう。彼らは同胞を倒したレイに向かって叫んだ。


「ゴブッ! ゴブブ、ゴブゴブッ!!」


 意味は理解できないが、感情だけは伝わった。彼らはレイに対して殺意を抱いている。正対したまま距離を取り始めたレイは反転すると一気に駆けだした。背後から聞こえてくるゴブリン・・・・たちの声を聞きながら呟いた。


「なんで、モンスターの居ない森にモンスターが居るんだよ!」


 迫りくる複数の足音を聞きながら、レイは仲間たちの元へと駆ける。


読んで下さって、ありがとうございます。

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