4-5 スタンピードの報酬
ギルドは三つの部門に分かれている。冒険者、商人、職人とそれぞれの部門で登録制を行い、職を得る事になる。迷宮が近くにある都市に冒険者ギルドの支部は置かれ、村落しか無ければ出張所が置かれる。
商業都市や、大規模な都市には大抵商人ギルドと職人ギルドが両方揃って置かれている場合が多い。特に一国の首都となれば三つの部門すべてが揃っているのは当たり前といえる。
アマツマラのギルドもその例に漏れず、三つの部門が一つの建物に収まっていた。そのためギルドの建物は大きく、また首都ということもあってか堅牢なれど、武骨さを感じさせない優雅さを備えた格式高い建築物―――だった。
今では横長な建造物の一階部分は完璧に瓦礫となり、その上に崩れ落ちた二階以上が重なっている。特に中央部分は巨大なナニカが通ったかのようにすっぽりと空間が空いており、控えめに表現しても半壊している。
「というか、原型を留めてないでしょ。あれ」
「うるさいな。現実逃避中なんだから、ほっといてくれよ」
レイたちはアマツマラの大通りにある建造物の影に隠れていた。首を伸ばせば瓦礫の城とかしたギルドの建物が見える位置である。怪しい人影たちに声を掛けようとする者は居なかった。なにしろ道行く人から顔を背けられるほどレイは鬼気迫る表情を浮かべていた。
ギルドの崩壊―――というよりも、大通りの崩壊の原因は誰あろう、レイだった。
赤龍を外城壁まで引き寄せる奇策の最中、ギルドの建物が障害物のように立ちふさがった。レイ自身はシアラの魔法によって回避したのだが、思考能力と視力を潰された赤龍は建物に激突し、何事もなかったように建物を吹き飛ばした。ついでに、ギルドの前に設置されていた噴水も踏みつぶされ、撤去されている。
赤龍の壊した建造物は他に正門があるが、そちらは支援物資の運搬などの関係上、真っ先に復旧したが、ギルドはほとんど手付かずのままだった。
「ギルドは入れ物では無く、そこで働く人である。この火急の折に何を優先するべきか考えるまでも無い」
と、復旧を断ったのはギルド長のヤルマルだった。職員たちは瓦礫を退けて空いた元噴水広場に、崩れた建物の中から引っ張り出した机と椅子を置いて、平時と変わらないギルド業務を行っていた。青空教室ならぬ青空役場だ。
「ああ。一体どれくらいの金額を要求されるんだ」
この世の終わりのようにレイは膝をついて地面と顔を合わせていた。レティから呼び出されたと聞いた瞬間、彼はギルドの惨状を思い出した。
片棒を担いだ赤龍はテオドールの手で死んだ。残った責任者はレイしか居なかった。
「……さすがに、あの状況下での賠償金などを請求されるとは思えませんが」
困惑気味にリザが私見を述べるも、絶望しきっているレイには届かない。しばらくしてから、ゆらりと、幽鬼の如く立ち上がった主を訝しげに見つめる。
「ここは……プランBで行く」
「何を仰っているのか、分かりません」「……ご主人さまが遂に壊れた」「というかBという事はAがあるのかしら」
三人が呆れた様に口々に言い放つが暗い笑みを浮かべているレイには聞こえなかった。
「やる事は簡単だ。請求されたら即座に街を出る。なーに物資は最悪ウージアまで逃げ切ればいくらでも手に入るはずだ。こんな所で借金を抱えるわけには行かない」
ブツブツと呟き始めたレイをレティが手を引き、リザとシアラが背中から押した。思わず物陰から姿を晒す羽目になったレイは慌てた。
「ちょっと! まだ心の準備が―――」
「―――はいはい。馬鹿なこと言ってないでさっさと行くよ、ご主人さま! おーい、おねーさん。連れてきたよ」
抗議の声を軽く流したレティは広間を突っ切り、青空ギルドにて仕事中の一人に手を振った。ギルド職員の制服に身を包んだ女性は呼びかけに応じて顔を上げ、レティを見てからレイへと視線を向けた。
誰の目にも彼女の驚く様子が分かり、レティに声を掛けられた職員はすぐさまギルドの跡地に向けて小走りに移動した。そこでは、瓦礫の中から書類や破損の少ない事務用品を発掘している最中だった。職員はその陣頭指揮を執っている白髪の老人に声を掛けた。
声を掛けられ、振り返った老人の顔にレイは見覚えがあった。まだ、ギルドの建物があった頃に顔を合わせた事がある。アマツマラのギルド長、ヤルマルだった。
職員と二言三言、言葉を交わすと、ヤルマルはレイたち目がけて駆けだした。すでに高齢の域に達し、杖をついても不思議では無い老人なのに、足取りは速い。鬼気迫る表情と相まってレイの中の不安をより掻きたてた。
(レティを抱えてシアラに攪乱を頼んで、立ちふさがる人はリザに排除してもらって)
レイの脳内で高速にプランBが組み立てられていく中、レイの前に立ち止まったヤルマルは勢いそのままに、レイの両手を掴んだ。
―――いや、自分の両手で包み込むように握りしめたのだ。決して、逃がさないためでも悪意から来るような行動では無い。
身構えていたレイの前で老人は深々と頭を下げた。
「冒険者レイ! そしてその仲間にギルド長として、いや、アマツマラに住む者の一人として深い感謝を! 本当にありがとう!!」
レイの両手を包む皺くちゃな手は老人とは思えない程力強く、そして震えていた。恐怖でも怒りでもない。彼の体から溢れんばかりに漏れだしている感謝がレイに伝わる。
呆気に取られているレイの周囲でパチパチ、と。誰かの拍手が起きた。それは瞬く間に集まった人々に伝播し、拍手の嵐へと変わっていった。
「本当にありがとう!」「君たちのお蔭で街は救われた」「あれが龍に挑んだ子か。まだ若いのに大したもんだ」「戦場で見たよ。あの赤龍に一撃を食らわしてたぞ、アイツ」「それに、外城壁の撤退戦でも殿を務めてたやつだろ。俺、アイツに助けられたようなもんだぜ」
いつの間にか、ギルド職員だけでなく冒険者や兵士、それにアマツマラに住まう多種多様な人種が集まっていた。どの人もレイたちに向けて惜しみない拍手と感謝の言葉を送っていた。
ヤルマルに掴まっているレイは気恥ずかしくても逃げる事も隠れる事もできずに慌てた様に周囲を見回していた。その背後でリザ達は顔を見合わせて苦笑を浮かべていた。
「ま、当然の結果よね。どう考えても街そのものが灰となりかねない状況を救ったのは二十人の戦士達。その中でも主様のやった役割は感謝されど、非難されるいわれは無いもの」
「それなのに、あんな風に賠償金を気にするとは……戦う時はあれほど豪胆になれるのに」
「でもさ。ご主人さまらしいといえば、ご主人さまらしいよね」
レティの言葉にリザとシアラは首肯した。
「賠償金? とんでもない! むしろ君には特別功労賞として恩賞が出るとも!!」
拍手の嵐が終わり、レイはヤルマルに勧められるままに椅子に座った。
座るなり、レイはギルド会館の破壊について謝った。急に頭を下げたレイに対してぽかんと口を開けたヤルマルに賠償金は分割して欲しいと頼み込んだ。すると、白髪の老人は開いた口をさらに広げ、腹の底から笑い声を上げた。今度はレイが皺くちゃな顔を呆気に取られてみる番だった。
しばし笑ったヤルマルは居住まいを正して賠償金が要らないと告げた。
その言葉にレイは深い安堵を味わった。背もたれに寄りかかり、大きなため息をついた。
「ギルドの立て直しはギルドがする。流石に今回の『総動員令』に参加した冒険者たちに対しての恩賞やそれ以外の経費で直ぐには取り掛かれないが、各支部から資金の調達は出来る。君が心配する事ではない。安心してくれ」
ハッキリと宣言した。レイも居住まいを正すとヤルマルに向かって、特別功労賞とは、と聞き返した。
「『総動員令』発令中は、ランクと参加した戦場の種類で一日当たりの報酬が決まっている。しかし、大きな功績を残した冒険者にはそれ以外の報酬が支払われるのだ。レイ君の場合は二つ。三日目の外城壁の撤退戦において殿を務めた事。それと最終日の赤龍戦だ。……後ろの戦奴隷たちもそちらに参加した分が支払われるぞ」
言うとヤルマルは幾つかの珠が付いた長方形の器具を取り出した。指ではじく動作からそれがそろばんだとレイは気づいた。おそらくこれも異世界からの来訪者、冒険王の持ち込んだものだろうと当りを付けた。
「ふむ、ふむ、ふむ。黒髪のお嬢さんは『総動員令』の時点で冒険者でないのじゃな」
レイは頷いた。冒険者になったばかりなのはギルドとて知っている。下手に嘘を吐くメリットは無いと考えた。
「では三人合わせて百八十万ガルスじゃな」
その金額にレイは軽く驚いた。
かつてゲオルギウスの血をテオドールに売りつけた時の金額は五百五十万ガルスだった。ゲオルギウスと赤龍の何方が危険だったかと問われると、レイにとってどちらも等しく危険だった。
その点を考えると一人頭六十万ガルスは少ないようにレイは感じていた。
しかし、赤龍戦に参加した戦士たちの数は二十人。レイたちを除いた冒険者だけで十三人は要る。
単純に六十万に十三を掛ければ七百八十万。ゲオルギウスの血の売値を上回る。なによりギルドの支払う金額はこれで終わりでは無い。どれだけの冒険者が生き残り、一人当たりにいくら払われるか分からないが、決して安い金額では無いはずとレイは推測した。それだけの金額を払いきれるのかと考えて驚いたのだ。
「全額を小切手にするか、それとも現金にするか?」
問われたレイはしばし考え込んだ。
(もしも、ギルドが潰れれば小切手はただの紙切れだ。しかし、貨幣の最大額が一枚千ガルスの大金貨までしかないとなれば千八百枚。荷物だな……だとすれば)
しばらく思案した後、レイは小切手を選んだ。それを予期していたようにヤルマルは小切手を懐から取り出すと金額を書き込んだ。
「ギルドのある街ならどこでも使える。お納めください」
差し出された小切手を懐に仕舞った。レイの所持金はこれで二枚の小切手が合計で五百十万ガルス程度。現金で五万ガルス程持っていた。
思いがけない収入に喜ぶ半面、ヤルマルが、というよりギルドがわざわざレイを呼んだ理由は不明のままだった。まさか礼を直接言うためだけに呼んだのではあるまい。
「あの、ヤルマルさん。ギルドから来るように言われ、来たのですが……用件は以上なのでしょうか」
その言葉にヤルマルは首を横に振って否定した。
「ここまではギルドとしての職務と、私個人の感謝を伝えたに過ぎん。わざわざ呼んだのは伝言があるからじゃ」
「伝言ですか?」
「うむ。シュウ王国国王、テオドール・ヴィーランド陛下よりお言葉を賜っている」
レイの体が無意識に硬直する。相対するヤルマルにも分からない程度のごくわずかな変化に気づいたのはリザ達だけだった。そのため、気づかなかったヤルマルは伝言を口にした。
「『此度の戦いにおける恩賞を下賜する。が、しばしの時を要する。直ぐにとはいかないためシュウ王国内の滞在を求む』との事じゃ。なお、その間の宿泊費用などは陛下が出すとの事じゃ」
ヤルマルの伝言にレイの硬直が解けた。少年はヤルマルから視線を外すと後ろを振り返り、仲間に対して意見を求めた。しかし、三人は揃って主人に判断を委ねると告げた。
「……伝言、了承しました。目的地はありますが急ぐ旅でもありません。アマツマラ付近にしばらくいると思います。何しろ街がこのような有様ですし、微力ながらお手伝いしたいと思っています」
「そうか、そうか! いや、陛下に喜ばしい報告が出来る。……復興を手伝うというのなら、あそこを見てくれんか」
大任を果たした喜びで溢れているヤルマルは広場のある場所を指差した。全員がそちらを向くと、人だかりの向こうに机を重ねて作った台のような物が見えた。遠目からでは曖昧だが、何かしらの紙片が張り付いている。
「あそこに張ってあるのは復興関係のクエストじゃ。闇雲に手伝うよりも、あそこから人手を集めているクエストを探すのが良いじゃろう」
そこまで説明すると、ヤルマルの元に職員が駆け寄った。彼はレイに対して断りを入れると、ヤルマルに何かを耳打ちした。
「済まんが陛下に呼ばれてしまった。まあ、丁度良い。お主の返事を伝える事にしよう。他にギルドに用事は有るかのう?」
「それでしたら、ステータスの更新をお願いしたいのですが」
ヤルマルはレイの申し出を聞くと、耳打ちした職員に向かって視線を向けた。受け取った職員はヤルマルから離れてレイを誘導する様に立ち位置を変えた。
「その者に後は任せた。……改めて、レイ君。そして君たちも。君らの勇気が無ければ被害はもっと甚大なものとなっていた。本当にありがとう」
そう告げて、ヤルマルは供を連れて城へと続く坂道へと向かった。レイらはそれを見送ると、職員の誘導に従って別の窓口へと連れてかれる。そこに居たのはレティが声を掛けた女性職員だった。
引き継いだ女性職員が水晶を机の上に置くと、プレートの提出を求めた。作ったばかりのシアラと、シアラに同行して更新したレティはプレートを取り出さなかった。レイとリザは懐からプレートを取り出し、順番に更新した。
「おめでとうございます! お二人ともランクアップしています」
作り物めいた笑みを浮かべて女性職員は告げた。レイはF級からE級へ。そしてリザとレティはG級からF級へと上がった。
しかし、レイの注目していた場所は違った。彼はプレートに更新された能力値を凝視していた。そしてその数字が、ステータス画面で確認していたのと違っていないのを確認して、誰にも聞こえない声量で呟いた。
「やっぱり、下がっているな」
レイが《トライ&エラー》を短期間で大量に使ったのは今回が初めてだった。それは今までになかった変化を齎した。頭髪の一部変色と能力値の減少だ。
無言でプレートを凝視するレイに声を掛けようとした職員に逆に尋ねた。
「能力値が下がるような場合はあるんですか?」
「え? ええ。ありますよ」
唐突な質問内容に面喰った職員は説明を続けた。
「例えば弱体化の呪いなどを受けた場合ですね。魔術師系のモンスターが使う呪いの魔法は能力値を下げたり、技能の封印を施したりします。対策として耐性付の装備や技能などです。また、魔法やアイテムに解除できる物もあります」
レイは説明を聞きながら、違うと判断した。もし、赤龍が呪いを持っていたら、レイ以外の人間にも同様の現象が起きているはず。少なくともそのような話は見舞いに来たファルナなどから聞いていない。
「次は肉体の欠損の場合です」
「肉体の……欠損」
おどろおどろしい響きにレイはオウム返しに繰り返した。
「はい。冒険者にとって大怪我し、肉体に回復不能な傷を負う場合は珍しくありません。例えば腕や足に深手を負った、あるいは無くした場合、STRやDEXの値は大幅に下がります。頭部に傷を負えばMAGやINTに影響があります」
レイはまたしても違うと判断した。医者に退院の許可が下りるほど、彼の体は健康体である。肉体の欠損といえるのは髪の変色以外は目立った箇所は無い。
職員の持つ知識では自分の身に起きた現象の説明はつかないと思ったレイは話を切り上げようとして口を開き、しかし、遮るように告げられた。
「あとは……そうですね。熟練度の低下ですね」
聞き慣れない単語にレイは首を傾げた。口内で、熟練度と呟いた。
「はい。これは隠しステータスと呼ばれている物です。あると提言したのは冒険王だけで誰も証明できずにいます。冒険王曰く、技能や能力値がレベルと無関係に上昇するのはモンスターを倒したことで得る経験値と別のナニカを獲得している。それが積み上がる事で成長すると。だとすれば逆にそのナニカが減れば数値が下がるのではないか。これが年月の経過による能力値の低下の原因といわれています」
新情報を前にレイは考えを巡らしたが明確な答えを得たという確信は無かった。
(さて、この後はどうやって過ごすか。《トライ&エラー》について調べる為にも学術都市に早く行きたい。けど、大陸を一つ経由する長旅。準備は必要だし、王様にもしばらく街に居るようにと言われたしな。とりあえず復興のクエストにどんなのがあるのか調べてみるか)
今後の方針を簡単に纏めると、レイは職員に向けて礼を言って席を立とうとする。だが、職員によって止められた。
「お待ちください、レイ様。もしよろしければ、パーティー申請などはしていかれませんか?」
再びレイは首を傾げた。後ろでリザ達も同じように首を傾げていた。
読んで下さってありがとうございます。
次回更新は1月25日を予定しています。
なお、前回の4-4ですが、あるシーンを追加しました。宜しければ、改訂版を読んで頂けると幸いです。




