1-14 ネーデ散策Ⅱ 『後編』
※7/25 空行と一部訂正。
「……アハトって誰ですか?」
店を出たきり、いや、店を出る前から口数の減ったアイナさんに疑問をぶつける。彼女は流麗な眉を下げ、こまったなと唇を動かす。
「……私の弟の事だよ」
「弟さんですか?」
「うん、弟。もう死んで100年経つのにまだ吹っ切れなくてね。フリオも巨人族だから人間種でも長命の部類に入るから付き合いが長くて」
笑いながらも、まだ出会って数日しか彼女を知らない僕でも悲しんでいるのがよくわかる。自分が彼女の心を傷つけたと自覚してへこむ。
「気にしないでって、言っても気にするか。アハトはね100年前に起きたモンスターの大量発生、スタンピードに巻き込まれて死んだの」
そういえばと思い出す。ネーデの街は100年前にモンスターに攻められた過去を持つと。
「両親が居なかった私にとって弟が生きるための理由でね。そのために冒険者になってお金を稼いでいたの。まだ100歳の子供だったけど、その頃強かった冒険者のパーティーに入れてもらって。その中に鍛冶師修行中のフリオも居たんだ」
過去を懐かしそうに語る。しかし、その声色は核心に近づいたからか低く、暗くなっていく。
「……運悪く別の街まで遠征している時にスタンピードが起きたの。帰ったら、街は半壊。家も無くなって、必死に弟を探したの。見つけた時は魔物に食われた残りだった」
背中しか見えないが、彼女の表情を想像するのは難しくない。その背中も小刻みに震えている。手を伸ばしかけたが、僕に如何することもできないと思い躊躇う。
「レイ君はね、ちょっと弟に似てるんだ」
振り向くアイナさんは夕日に照らされ目は少し赤く、頬を涙がつたった跡が見えた。僕は視線をそらして、見ないふりをした。
「それで僕の心配してくれたんですか?」
「うん。本当はギルドの人間はあまり冒険者と業務以外で接するのはマナー違反なんだけど、ついね。迷惑だった?」
潤んだ瞳で伺うような視線が向けられる。
「いいえ」
首を横に振って否定する。
「門の兵士から聞きました。夜中に出ていった僕の行方を聞きに来たと。心配してくれてありがとうございます」
感謝の気持ちを表すように頭を深く下げる。照れくさそうに笑うアイナさんが誤魔化すように大きく言った。
「さーてと! 次はどこに行く?」
明るく聞かれ、鞄から指輪を取り出し彼女に見せた。
「これの鑑定を道具屋に頼みに行くんです」
「指輪か。確かに呪われたアイテムだと不味いしね。いきなり嵌めなかったのは正解だよ。じゃあ行こうか」
2人並んで通りを歩く。横目でちらりとアイナさんを盗み見る。どうやら、本当に切り替えたようで、先程までの悲しい表情を見事に隠している。
向かう道具屋は迷宮に潜る前に訪れた陰気な店。残念な事に防具屋からの道のりしか知らないので1度そこまで戻ってから目的地に向かう。
「着きました。ここです」
ボロボロの軒先につるされた干からびたカエルや蝙蝠の死体を見てアイナさんは眉をひそめる。
「ここらへんで一番安い店なんで、ここにしました」
あからさまに警戒している彼女に弁解するように説明する。事実、ポーション1つとってもこの店は安かった。ただし6本の内1本はタダの色水だと後で分かった時騙されたと思いつつ死んでいったのは内緒だ。
「ここなのね。たしかに昔からあるから、ある意味実績はあるお店だけど」
しぶるアイナさんを置いて店へと入ろうとしたら、急いで飛び出してきた人影とぶつかった。
「いてえな! どこに目つけてんだ! って、あんたは!!」
アイスブルーの瞳が僕をとらえると、途端に眦が吊り上がり、驚きの形相も怒りへと変化していく。赤い髪を短く刈った少女は手にしていたポーションを腰に下げたポーチに仕舞い足早に店から出て、雑踏に紛れていく。だが、睨む視線は最後まで僕を離さなかった。
「……なんだろう。あれ?」
視線に気後れし、謝る事もできずに彼女が居なくなるまで見る事しかできなかった。どこかで見た覚えはあったが、果たしてどこだ?
「さっき話した冒険者、覚えていない? 『紅蓮の旅団』の冒険者よ」
同じように雑踏に消えた彼女を目でおいかけていたアイナさんが言う。
(ああ。あの日僕に声をかけた女の子か。たしか名前は)
「ファルナって名乗ってたな」
「そう。その子。それにしてもどうしたんだろ。あんなにレイ君の事睨んで。何かした?」
「いえ、ちょっと心当たりはありません」
言いながらも確かに妙だと思った。あれは確実に僕を憎んでいるような視線だった。しかし思い当たる節は無い。変な人だと思いつつ店へと入る。
「とりあえずこれで回りたい所はすべて回りました。付き合ってくれてありがとうございました」
「ううん。こっちこそ無理やり押しかけてごめんね」
道具屋を出てアイナさんに礼を言う。なにせごうつくばりの店主を相手に舌戦を繰り広げて、相手の弱みを引き出して鑑定をタダにしてもらったのだ。あやうく所持金の半分を持っていかれそうなピンチだっただけに礼を言っても言い切れない。
いま、僕の右手中指には耐石化の指輪が嵌っている。残念ながらランクとしては初級だが、これでその辺のモンスターの石化攻撃をある程度無効にしてくれる。迷宮での目的に成功したと言える。
「それにこっちも良い気晴らしになったよ。だからこちらこそありがとうね」
笑顔を見せるアイナさんは背伸びをして楽しかったと言ってくれる。世話になった方としてはそう言ってもらえてありがたかった。
夕暮れの街を二人で歩く。行先はギルドだ。アイナさんはこれから夜勤が入っている為ギルドに戻る必要がある。実にタフな人だ。どうせ僕もギルド近くのオルゴン亭で食事をとる必要がある。一緒に戻ることにした。
ギルドへの道すがら、迷宮での話をせがまれた。《トライ&エラー》の部分を誤魔化しながら淡々とあったことだけを話す。彼女はその1つ1つに驚き、笑い、たまに無茶をした部分に怒ったり、目まぐるしく表情が変わる。正直、僕よりもハードな事をしていそうなステータスを持っている彼女の事だ。昔、冒険者をしていたなら僕の迷宮話は無茶ではあるが彼女からしたらレベルの低い冒険だろうに。
「そんなに楽しいですか? 正直、ものすごい冒険をしたようには自分では思えないんですけど」
バジリスクを倒す下りまで話したところで、気になったので聞いてみた。すると、彼女は、ううん、と否定した。
「そんな事ないよ。レイ君は歴とした冒険をした。それは間違いないよ」
断言された。実際の所、自分のした事はチートスキルの乱用による死のない冒険。リスクのないギャンブルと言える。他の冒険者に対して、後ろめたさが残っていた。その分アイナさんに認められたことは少しだけ罪悪感が減ったように思える。
「私はね、魔人種だから街の外に出るのはリスクがあるの」
「リスクですか?」
「そう。強い魔人の血には強い魔力が宿っているの。血の一滴を剣に混ぜれば魔剣に。血を小瓶程の量を飲めば魔法使いに。心の臓を食べれば魔王になれる、なんて言い伝えを信じている人が結構いるんだ」
悲しそうに笑うアイナさん。
「両親はそういう人に狙われて死んだの。冒険者になりたての頃はまだ私も弱かったし組んでいた冒険者も強かったから狙われてなかったの。スタンピードの後はしばらく大丈夫だったけど、ある時たちの悪い外の人に目をつけられてね。大きなトラブルに巻き込まれたの。それこそ街に死傷者が出るぐらいの」
「……そんな事が」
「皮肉だよね。弟を守るために冒険者になったのに、街を離れた時に弟を失って。今度は誰も失わせないと誓って強くなったら、そのせいで目をつけられて」
一拍の後、悔恨の表情を滲ませて彼女は言葉を継ぐ。
「そのトラブルのせいで仲間が死んじゃって、生き残ったのはフリオだけ。他の冒険者は私を怖がって組みたがらずに遠巻きで見るだけ。どこにも行くあての無かった私を迎えてくれたのがギルドだったの。それで冒険者を引退した後は職員として働いてるの。街を出なければ基本的に平和だからね。だからそんなに暗い顔しないでレイ君!」
肩をバシバシと叩かれる。自分では気づかなかったがそんなに表情に出ていたのか。というか今日だけで何度地雷に突っこんでいるんだ、僕。
思わず自分を殴りたくなる。
「お、ギルドに着いたね。それじゃ私は仕事が待っているからこれで。楽しかったよ、レイ君。またね」
軽い足取りでギルドに消えていくアイナさんを見送った。
(僕は……本当にこの世界を知らなすぎる。どこかでそういった知識を勉強したいな。じゃないとどこかでボロが出る)
今日出会った大男やアイナさんは僕の無知に気づかなかったが、どこかで鋭い人間に自分が異世界人だとばれる可能性がある。もっとも異世界人だと言うことを隠す必要があるのか疑問だが。
宙ぶらりになっていた今後の目標に、世界を知る事を追加しておく。決意を新たに燃えるような意志を胸に抱くものの、少しお腹がすいてきた。応える様にお腹が鳴いた。
歩き回ったせいか少し時間的には早いがオルゴン亭で食事を済ませよう。朝昼と世話になったが夕食はまだここでとっていない。朝昼共においしかったことを考えると、夕食にも期待できる。胸をときめかせながら店へと入った。
オルゴン亭は朝や昼とは比べられない程混んでいた。日中は女将1人できりもりしていたが、今の時間はウェイトレスが3人、客の間を忙しそうに飛び回る。
「いらっしゃい! ちょいと待ってな。お客さんここあけて、そう。ここ空いたよ」
カウンターの中からこちらを見た女将が客に頼んで場所を空けてもらった。本当はテーブル席が良かったが今回はカウンターに座る。
「今日は魚の良いのが入ったよ。近くの内陸湾の取れたてのサケだよ」
お勧めの商品を伝えながらメニューが渡された。ざっとメニューに目を通し決めた。
「それじゃ、そのサケの包み焼きとA定食」
「あいよ! 酒は……まだ早いか」
気風良く厨房に注文を通すと女将は別の客に呼ばれてそちらに向かう。代わりに客の間を飛び回っていたウェイトレスの少女が水差しとコップをもってくる。
お揃いの制服に身を包んだ年のころはまだ10にも満たない少女は危なっかしい手つきで水を注ぐ。茶色のボブヘアーが印象的な彼女は小さな声で、
「お水です」
それだけ言って、そそくさと逃げていった。
嫌われたのかな、僕?
ちょっと落ち込みつつ出された水で喉を潤す。目では逃げた少女が他の客に水を注ぐのを追っていた。ふと、少女の手の甲に痣のようなのが目に留まった。長袖で隠しているが、少しだけはみ出ているそれをよく見ようと目を凝らす。どこかで見た覚えがあった。
記憶を探るために見ていたが小さな少女は人の壁に阻まれて見えなくなった。
(あれ……どっかで見た覚えがあるのだけど。たしか、そうだ。浴場の子どもがつけてた)
しかし、思い出してからも違和感は残る。自分はその前にも同じものを見たような気がする。
だが幾ら頭を捻っても思い出せなかった。
代わりにそれとなく店の様子、いや周りの冒険者たちの様子を眺める。
店内は喧騒と言ってもいいほどの活気を放つ冒険者や逆に沈んだ雰囲気を放つ冒険者が入り混じる。例えばあるテーブルでは今日の稼ぎが良かったのか大声で笑いながら酒ビンを山のように積み上げ、別のテーブルではボロボロになった鎧に痛々しい包帯を巻いた冒険者たちが無言で酒を酌み交わしている。
多種多様な感情が店の中を満たしている。その中で一番大きなテーブルを占領し中央に陣取っている大男と目が合った。
(あれ? 公衆浴場で会った筋肉達磨だ)
さすがに浴場とは違い、素肌を見せつけてはいるが最低限の防御を固めた鎧に身を包み、背中にバカでかい斧を背負った大男はすでに全身にアルコールが回っているのか顔を赤らめていた。それでも意識はハッキリしているのか僕に対して空のグラスを持ち上げる。僕は目線だけ下げて会釈する。また、巻き込まれたらたまったもんじゃない。
視線を横に滑らすと、大男の隣に座る耳の長い女性と女将が話し込んでいた。こちらからは横顔しか見えないが妙齢の美人だと思う。流れるような金髪に、肌に張り付いたアオザイのような服を着た上に鎧を着こみ、使い込まれた大きな弓を背負う所を見ると冒険者なのだろう。
よくよく見るとその一団は皆アルコールを取り陽気に騒いでいるが全員が一様に使い込まれた武具を持ち、遠くから見ているだけでも威圧されそうな雰囲気を放つ。
注文を受け取った女将がカウンターを横切ろうとしたので呼び止めた。
「すいません、女将さん」
思わず声が小さくなる。訝しがる彼女に説明せずに一団をこっそり指さす。
「あの人たちって何者か知っています?」
一瞬何のことか分からず、ぽかんとした女将は理解した途端大笑いする。
「ハハハ! あんたあいつらが誰か知らないのか? 冒険者なのに」
「残念ながら、まだ新人なので。やっぱり有名人なんですか?」
「そりゃまあね。あの人たちは『紅蓮の旅団』。テーブルの上座に座る大男が団長のオルド。横のエルフが副団長のロータスさ。この店を気に入ってんのか毎晩飲みに来るのさ。……もしかして、あそこに入りたいのかい?」
「いえ。ただ強そうな人たちだなと思って。ありがとうございます」
意気地がないねとボヤキながら女将は厨房に入る。
しかし、『紅蓮の旅団』か。
グラスの水を飲みながら思い出すのは道具屋で出会ったファルナの目だ。
刃のような鋭い視線が印象的だった。いくら思い出してもあそこまで睨まれる理由は思いつかない。
(なんであそこまで睨まれたんだ。……どっかで恨みを買ったかな)
考え込む僕の前へ良い匂いを漂わせる料理の皿が置かれた。
「A定食とサケの包み焼きになります。80ガルスです」
先程の少女が小さな声で囁くように代金を言う。慌てて巾着を取り出して少女の手に代金を置いた。
ぺこりと少女は頭を下げてカウンターへと入り、硬貨をしまうと水差しをもって客の間をまわり始める。
「さて、いただきます」
手を合わせて食事を始める。A定食の中身は二種類のソーセージが二本ずつと潰したジャガイモとベーコンを焼いてハーブを細かく刻んだ物にチーズとパンといったコッテリした物だ。お勧めのサケは包み焼きを開ける。湯気と共に何かの野菜と茹ででいる。ここまでは日本にもあった。ただしサケの色は緑では無かったはずだ。
食欲を削ぐ色合いを前に恐る恐るサケの身を口に運ぶ。柑橘類のエキスが入ってるのか魚の甘さを引き立てて美味しい。見た目を除けばだが。とにかく機械的に口へと運ぶ作業に集中する。
食事を済ませて店を出た。
満腹な腹を抱えて、通りに出る。もう、日はとうに沈み、人も疎らだ。大抵の商店は閉まり、開いてるのはオルゴン亭を始めとする飲食店ぐらいだ。
日中にくらべても人の数が減った大通りを何人かの冒険者が忙しなく走り回ってる。誰も彼もが顔を青ざめ道の真ん中で息を切らす。また1人、通りの端かを全速力で駆ける。
「居たか!?」
「……ぜえぜえ。居ない。くっそ、向うのエリアには居ない」
「門番から何か聞いたか!!」
「いや。まだだ。でもこの時間に外に出るか?」
「分からんがとにかく聞いてこい。これだけ街の中を探したんだ。後は外だ」
「……分かった。行ってくる!」
大声を響かせながら再び冒険者の1人が正門へと駆けた。
(なにかあったのかな?)
悲痛そうな彼らの顔を横目で眺めながらギルドに入る。そろそろ、ここも引き払うべきかもしれない。ここの簡易ベッドでは体を休めている実感が無い。どこかで宿を取ろうと決める。
外の騒がしさとは無縁で、ギルドの中は静かに羽ペンの音が響く。
その中でアイナさんが書類に集中していた。声を掛けようと思ったが仕事の邪魔になると思い諦めた。3階の借りている部屋へと足を運んだ。1日ぶりのベッドへと体を投げ出した。大きく軋み、スプリングが鳴ったが幸い隣のベッドは空だった。
(なんだかんだ言って……ボス戦は疲れたな……)
鎧を着けたまま目をつむるとすぐに意識は落ち、眠りの世界へと足を踏み入れた。
読んで下さり、ありがとうございます。




