4-2 復興への道筋
モンスターの猛攻を耐え抜いたアマツマラ。街の半分以上が赤龍のブレスやモンスターの攻撃によって破壊された街は復興への道へと進んでいた。
街の至る所で兵士が崩壊した建物などから使えそうな物資や無事な物などを発掘し、瓦礫などを鍛え上げた能力値を存分に発揮して冒険者が撤去する。空いた土地に魔法使いたちが魔法を組み合わせて生み出した仮設住居が立ち並ぶ。
都市に住んでいた住民たちは、崩れた住居から自分の持ち物だけでなく、失くした家族や友達、恋人の思い出の品を探しだし、痛みと向き合いながらも一日も早く元通りの生活を取り戻そうと懸命に働いていた。
近隣の村や街、国境を超えた隣国からも支援物資などが順次到着し、人々が飢える事は無い。幸い、季節も春。餓死と凍死が無いのが一番の救いだった。
精霊祭目当てで訪れていた観光客たちは王国とギルドが手配した輸送団によって故郷への帰途に着き、アマツマラに住む民の多くは都市の残留を希望した。新天地を目指すだけの資金や伝手が無いのも理由の一つだが、故郷がこのような有様のままでいる事を見捨てなかった。
しかし、失った痛みに耐えかね、家族を引き連れて街を出て行った者も少なくなかった。王国はせめてもの足しになるように賠償金を支払い、彼らの旅立ちに幸せが待っているのを祈った。
ともかく、アマツマラの街は一丸となって復興への道筋を歩む。
そんな街並みの中で唯一、殆ど手つかずの場所があった。
扇形の街の頂点に位置する、王の居城。平時なら、一際高い位置にそびえ立つ城の威光が街のどこからでも見えたのだが、今は影も無かった。
スタンピード最終局面。主戦場の外城壁から一番遠い場所に降り立った赤龍は城の先端を踏みつぶした。その後、冒険者たちによる命がけの奇策の結果、城から滑り下りた結果、まるで雪崩に遭ったかのように城は半壊した。王の寝室を始めとした各広間、数多くの美術品や、外交の資料などが瓦礫と共に埋まっている。
流石に他者からの目があるため、大きめの瓦礫などは撤去されたが、高さが半分以下になった城内は戦いの後が深く刻まれ、荒れ果てていた。しかしながら城の主は城の外見を重視しなかった。重要なのは行政がこの非常時に正常に機能するかどうか。宰相が苦肉の策として天幕を繋ぎ合わせた布で外から姿を隠していた。
それも風が吹くたびに天幕はたなびき骨組みが軋む。もっとも、職人たちが太鼓判を押したこともあり、崩壊を恐れる者達は居なかった。
いまも慌ただしく動く文官たちは至る所で情報の交換や意見をぶつけ合う。スタンピードの最中が武官たちの戦場なら、この仮設会議場が文官たちの戦場である。彼らの前に問題は幾つも並んでいる。
今回の騒動において発生した被害に対する各種補償や賠償金。兵士や予備兵役、志願兵たちへの恩賞。他国からの批判。アマツマラ以上の被害を受けたダラズの復興。難題は幾つもあり、道程は重く険しい。
しかしながら文官たちは今こそ自分たちが職務を全うするのだと士気を上げた。
その熱に当てられたかのように文官の長たる宰相ルルスも議題を捌いていく。年を忘れたかのような師の姿にテオドールは苦笑を浮かべてしまう。
「まったく。……地下から引きずり出した時はあんなに青ざめていたのに、幾つになっても変わりない方だ」
宰相ルルスを始めとした、非戦闘員の文官たちは有事に備えた城の地下室に退避していた。このスタンピードの間、彼らは日中そこに籠って難を逃れていた。しかし、赤龍が城を半壊したことで地上への入り口ががれきに埋まり、二日ほど生き埋めにあっていた。
助け出された時は憔悴しきっていたが、半日も経たないうちに復活を遂げた彼らは勢いを切らさず、今日まで忙しなく動いていた。日を追うごとに顔はやつれていくのに、全身から活力が満ちていく。
「陛下、次はこちらに署名を」
テオドールは傍に控えていた上級文官のオリバーから差し出された書類に目を通した。それは城に備蓄されている財宝の放出に関する書類だった。
事前に宝物庫の中身を全て復興や補償に関する資金に回すと話は済んでいたため問題は無かった。テオドールは署名と王家の印章を書類に刻むとオリバーに渡した。
一礼してオリバーがその場を離れた後、テオドールは誰ともなしに呟いた。
「しかし、金が足りんな」
その呟きを、長机にて指示を飛ばしていた青年が耳ざとく拾った。テオドールと同じ銀髪を肩まで伸ばし、切れ長な瞳は清廉さを感じさえ、漂う気風は生まれつきの貴族か王族を感じさせている。
それは当然だった。この青年こそ、シュウ王国第一王子、スクリロ・ヴィーランド。第二王子、スヴェンの腹違いの兄である。
シュウ王国の北側。貿易都市ハイドラを中心とした北部一帯を治めている彼は、今回のスタンピードにおいて四万の兵士と支援物資をアマツマラに向けて運搬していた。しかし、その増援を読んでいたクリストフォロスの妨害に合い増援は停滞。全てが終わった七日目の朝方になってからようやく到着したのだった。
戦いが終わったら用済み、などという状況では無かった。そのまま、四万の兵士は復興の人材として割り当てられ、支援物資も物資が枯渇していたスタンピード終了直後においてはまさに黄金のような価値を放っていた。
そしてスクリロ本人はそのまま自らの居城に帰る事も無く、復興の陣頭指揮を執っていた。弟のスヴェンが幼い頃から武芸に秀でているのに対し、スクリロは行政の分野に才覚を発揮していた。
特に北方大陸や中央大陸、果ては西方大陸とも渡り合う貿易都市ハイドラは財政面で眠らない街ウージアに比肩し、シュウ王国の柱の一つだ。彼の存在は復興に関して欠かせない人材となっていた。
スクリロはじいと、王の表情を眺めるだけで大体の意味を理解した。
「宝物庫の財宝を全て放出しても……足りませんか?」
まるで穏やかな草原のような声色でスクリロは父親に問いかけた。テオドールは頷くと、息子に向き直った。
「払いきれないわけでは無い。しかし、当面の稼ぎが無い事を考えると宝物庫も国庫も空に近い状態は健全と言えない。なにせ迷宮があの状態だからな」
二人は揃ってアマツマラの迷宮入口へと視線を向けた。
六将軍第四席クリストフォロスの最大の置き土産。それはアマツマラの迷宮に大規模な変成を行った事だった。
かつて、シュウ王国が建国された時、アマツマラの迷宮は伝説の魔法によって幾つもの特色を追加された。
モンスターの出現頻度を押さえ、豊富な鉱脈が存在し、年に一度のペースでしか変成が起きないように設定してもらった。
腕利きの鉱夫たちと製鉄技術がシュウ王国の基盤を作り、アマツマラの迷宮はまさに王国の一大産業といえた。
その場所がクリストフォロスの手によって作り替えられてしまった。
今も、オルドを始めとした冒険者たちの手によって幾度も攻略が行われ、モンスターの出現頻度や危険度の調査が行われている。すでに一階部分の鉱脈などは確認されているが、まだ発掘作業に移れるほどの準備が整っていなかった。鉱夫達からの報告では少なくとも採掘態勢が整うのに一月以上は掛かるとの事。
鉄が取れなければ、鍛冶師を始めとした職人たちは仕事が出来ない。売る物が無ければ税収が滞る。一番危険なのは職人たちの流出だ。今は王国からの補償や街の復興などでの理由で街を出るという発想は無い。しかし、時が経つにつれ街の状況が鮮明になれば、出ていく者も増えていくだろう。腕を振るいたくても資材が無ければ意味が無い。彼らにも生活があり、養うべき家族がいれば、シビアな選択をするはず。それを無理に止めれば反発も大きくなる。
回避するためにも、一刻も早く迷宮の調査と採掘に関する準備を完了しなくてはならない。それには人手が足りない。ギルドを通じて冒険者に迷宮へと潜ってもらう必要がある『総動員令』が発動していた状況下ならいざ知らず、どの旗に着くか自分で決める独立独歩の気風を持つ冒険者たちに頭ごなしに命令は出来ない。クエストの形式を取るため報酬は必要となる。
ここでも金が問題となった。
「ここはハイドラやウージアから臨時の税収を取り立てるべきです。ハイドラの民の不満は私が押さえて見せます」
「それも案の一つだが……なるべくなら切りたくないカードだ」
ハイドラはともかくとしてウージアには頼りたくないのがテオドールの心情だった。これは何も険悪な間柄の女帝に借りを作りたくないという意固地な考えではない。
今回のスタンピードにおいてウージアはほとんど何もしていなかった。近隣の村落の住民を迎え入れ、ダラズの状況を偵察した程度しか功績は無い。再三の増援要請をはぐらかし、結局何もしてこなかった女帝はスタンピードの終息と同時に動いた。
考えうる最速の手段で支援物資や人材をアマツマラに送り込み、独自の軍団を編制しダラズへと進軍したのだ。目的はモンスターの残敵を排除する事だと嘯いていたが、本心は違うのだろう。彼女の手勢は今もダラズに残り、復興を独自に始めたのだ。
ダラズの被害は甚大といえた。八万近い軍勢に赤龍の襲来によって僅か一日で陥落。生き残りは無く、五万近い命が御霊へと昇った。
シュウ王国最大の穀物地域の損失は、来年の食料に響く。ある意味アマツマラの復興以上に重要な課題といえた。そしてアマツマラ以上の被害を被った場所だけに誰もが手を出しかねていたのだ。そんな場所に女帝はあえて着手した。それは民衆に対して絶大なアピールとなってしまう。
こうなるとテオドールは女帝を糾弾することが出来なくなった。その上、アマツマラの復興の為に金を出させれば、女帝に対する民衆の支持は上がるだろう。他国の出身や王室の確執は民衆に関係ない。彼らにとって今日を過ごすためのパンと安全が保障できる者が王に着くことが重要だった。その点ではテオドールは失格といえた。現にシュウ王国の各地で王家に対する不信の声が高まりつつある。
女帝の対処を間違えると、場合によっては王朝が変わる程の火種になりかねないのだ。
「ウージアを頼れない以上、ハイドラだけ復興のための徴税を要求するわけにはいかない。なぜ、自分たちにしか税を要求しないのだ、と反発が起こるのは明白だ」
かといって、ハイドラ以外に財政面で豊かな街は無い。残った手は満遍なく税率を上げるしか方法は無い。もっとも民の反発を考えると税率は厳しくできない。そうなると手に入る税収はたかが知れている・
それに下手に動けば女帝だけでなく、テオドールの従兄が王位を奪いに動くかもしれない。国が割れるのだけは断固として避けなければならない。復興へと進むアマツマラに反して、シュウ王国全体は新たな争いの火種を抱えていた。
「税収に期待できないのならば、やはりこの手以外は有りませんね」
スクリロは手元にあった一枚の報告に目を通して断言した。テオドールも同意するように頷いた。
「そういうことだ。そのためにお前に残ってもらったようなものだしな」
「この手って何のことだ、父上、兄上」
王と第一王子が言葉少なくとも通じ合っている中、それに割り込む様に第二王子のスヴェンが姿を現した。機能美を追求した重装は薄汚れており、所々には血痕が飛び散っていた。この男も領地に帰らず、アマツマラに滞在していた。スタンピードによって食い破られた防衛線の再構築はオウリョウに置いてきた代官に全て丸投げし、率いた近衛騎士達と共に日夜迷宮の探索を行っていた。
テオドールは早々にスヴェンに対する叱責を諦めた。兄と違い、行政面は幼馴染の代官に日頃から任しているため、役に立たないと自覚していた彼は迷宮の探索に自ら名乗り挙げた。確かに冒険者の多くが復興や、街を離れる輸送団の護衛などに付いたことにより、人手不足ではあった。その上、スヴェンは民衆や兵士たちからの人気が高かった。
精霊祭五日目。赤龍を除けば、この日が一番追い詰められていた。五基の投石機はアマツマラに滅びを告げる鐘のようにそびえ立ち、周囲を固めるモンスターたちの姿はまるで絶壁のようだった。
そんな窮地も手勢を率いて救ったスヴェンの逸話は人々の間で語られている。彼が街を練り歩けば歓声が上がる。民衆の士気を上げる事を理由にテオドールはスヴェンの滞在をやむなく認め、迷宮に潜るのも不承不承ながら黙認した。
「スヴェン。お前はまた迷宮に潜っていたのか」
「へへっ。兄上も一緒にどうだい?」
兄の呆れが混じった声色にスヴェンは短く刈り揃えた頭髪を掻き、バツの悪そうな表情を浮かべた。二人とも三十前後の年の頃だが、兄弟仲は悪くなかった。スヴェンが早々に王位を継がないと公言していたのも理由の一つかもしれない。
ともかく、スクリロはため息を吐いて、奔放な弟を窘めようと口を開いた。それを動物的感覚で察知したスヴェンは先回りして口を開いた。
「そ、それで、その手ってのは、一体何なんだよ?」
「まったく。……赤龍の事ですよ」
「……? 赤龍がどうかしたのか? あの遺体が」
スクリロの端的な答えではスヴェンは理解できない様子だった。テオドールは補足する様に言葉を継いだ。
「赤龍の遺体を売り払う事でこの窮地を乗り切るのだ」
その言葉にスヴェンはぽかんとした表情を浮かべた。
内心、無理もないとテオドールは同意した。なにせ古代種の龍といえば肉体を持った精霊。存在の格としてはとしては超級精霊よりも上位に位置する。そんな赤龍の遺体を売り払うという発想が罰当たりだ。
一方で赤龍の遺体は大変な貴重品でもあった。A級冒険者たちの攻撃を耐え抜いた鱗。振るえば人を肉片と変える牙や爪。高純度の魔力が詰まった血。肉にしても竜種の肉は神事において使われるほど高貴な物だった。それが丸々一頭分残ったのだ。有効利用するべきだと、復興会議で満場一致に決まった。
「幸い、他大陸で同時期に暴れていた緑龍と青龍の遺体はそれぞれ火山と氷河に沈められ、回収は不可能。古代種の龍という価値は赤龍だけのもの。希少価値は十分高い」
「スクリロの伝手で各国の貴族や冒険者、それに学術機関などが食いついてきた。法王庁も秘密裏に交渉を持ちかけて来た」
情報をちらつかせただけでこの反応だ。遠からず買い手がシュウ王国に殺到するだろう。しかし、これで全ての問題にケリがつくわけでは無い。何より、売買が成立するまでに時間を必要とする。
「試算では、アマツマラとダラズ両方の復興に回しても十分なほどの価値があります。……もっとも、それを実際の金銭に変えなければ意味がありません。当面は国庫と宝物庫を空にし、税率を上げて急場を凌ぐしかありません」
「それしかないか……」
スクリロの真っ当な意見にテオドールは同意した。最悪、民の反発が酷ければその憎悪を自分が引きうけて王から降りる事もテオドールは覚悟していた。
そうなると問題は次の王である。
実直な性格と魑魅魍魎の商会の強者たちを相手に鍛え上げた手腕。王族としての高い責任感と、明確な展望を持ち合わせているスクリロ以外に適任はいない。スヴェンに国を預ければ数日で崩壊してしまう。
しかし、スヴェンと比べると民衆の心を掴めていないのが現状である。分かりやすい逸話は民衆の中で伝播する。王家に対する不信感が強い中、スヴェンでは無くスクリロを玉座に付けるには分かりやすい功績を立てさせないといけない。
何やら考え込み始めた父親に対して兄弟は顔を見合わせた。ふと、スクリロが思い出したことを口にした。
「そういえば父上。報告によれば赤龍の背骨と牙を優先的に回収したようですが……なにかにお使いになるのですか?」
王位継承に関する問題に頭を悩ませていたテオドールは息子の疑問に意識を向けた。
「ん? ……ああ。赤龍殿との約束を果たす為にな」
要領を得ない回答に兄弟はまたしても顔を見合わせた。テオドールは腹違いでありながら兄弟間で争わずに育った二人から視線を逸らすと、真新しい火傷の跡が残る両手を眩しそうに見つめた。
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