表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第4章 エルフの隠れ里
137/781

4-1 クライノートの森

 藪を掻き分けて数体のモンスターが鼻息荒く進む。手にはボロボロになった剣を固く握りしめ、胴体に巻き付いた革鎧は血で変色しどす黒い色と臭気を放っている。もっとも身に着けている猪の形をしたモンスターは意に介していない様子だった。


 グリーンボアと呼ばれる、二足歩行する猪はずんぐりし体型に見合った膂力を持ち、ギルドが打ち出した等級は中級である。


 彼らはこの森において新参者だった。生まれ故郷はメスケネスト火山の麓にある迷宮。


 彼らはスタンピードの敗残兵だった。


 二週間前。


 赤龍の敗北とアマツマラ迷宮最下層に設置された角が破壊されたことで、スタンピードは終わった。六将軍第四席クリストフォロスの悪意によって支配されていたモンスターたちは正気を取り戻した。


 体の自由が取り戻せたモンスターたちに選択肢は多くなかった。


 死か逃亡か。それだけだった。


 それも自分たちに選ぶ自由は無かった。赤龍の死により沸き立った人間たちは己の死力を出し尽くさんと猛攻を加え、モンスターたちを殲滅する勢いだった。


 多くの同胞たちは城壁から討って出た人間たちに倒され、大地に屍を晒した。


 運よく、アマツマラの北西に広がる森林に逃げ込めたのは数百程度だった。


 流石に明け方とはいえ、森の中。城壁から出てきた人間たちも何の準備も策も無しに飛び込むような真似をせずに引き下がってくれた。


 一度は窮地を脱した出来たモンスターたちにとって森は安息の地とはならなかった。


 東方大陸を東西に分けるバルボア山脈。冬になれば剣ヶ峰は雪化粧を纏い、白い角が連なったような光景が広がる。その雪解け水が流れて一つの湖を生み出す。アマツマラの北西に広がる美しい湖畔をクライノート湖という。その湖の北に、シュウ王国の林業を支える広大な森が広がっている。


 クライノートの森と呼ばれる場所こそ、モンスターたちが逃げ込んだ森だった。樹齢数十年の樹木が無数に生え、豊富な動植物が生息するこの森のあちこちには林業を生業とする村がいくつもある。


 木材の重要な産出場。そして首都近郊ということもあって、この森にモンスターが住み着かないように兵士たちや冒険者たちの巡回が頻繁に行われていた。


 そのため、この森に逃げ込んだモンスターたちにとって、対立する先住民が居なかったのは幸運だった。


 しかし、問題は別の所にあった。


 それは魔力不足だ。


 精霊祭、七日目。水の超級精霊ミヅハノメの召喚に大地に溜まる膨大な魔力が消費され、世界に広く還元された。


 一カ所に集中していた魔力が均等に配分されたのだ。


 アマツマラ周辺に集まっていた膨大な魔力も、精霊の登場と、訪れた人々の中に取り込まれることで正常な値へと下がっていった。


 クライノートの森の魔力量も低下し普通の状態となった。そこへ来て、多数のモンスターたちが押し寄せてきた。残念な事に森の魔力量では、すべての腹を満たす事は出来ない。


 そうなると、モンスターたちの取れる手段は限られる。大地の魔力その物が吸収できなければ、他者から奪うしかない。


 つい昨日まで、操られていたとはいえ、共に戦ったモンスター同士が生き残る為に争う事になった。何しろクライノートの森には先住モンスターが居らず、村人たちもスタンピードの発生を受けて避難してしまったのだ。他に目立った食料は無かった。


 最初の一週間は筆舌しがたい光景が続いた。森の至る所で種族の違うモンスター同士が出くわせば殺し合いになり、文字通り弱肉強食となった。


 もっとも活発に殺し合えたのも最初の一週間だけだ。森に逃げ込んだ時の半数近くが死ぬ頃には各種族はそれぞれのテリトリーを定め、他種族と関わろうとしなくなった。


 広大な森で出くわすには総数が減った、という事もあったが、あまりにも数を減らせばコロニーを維持することもできなくなると本能で気づいたのだ。


 かくして平穏を取り戻したクライノートの森は新しい住人を迎え入れた。


 だが、新しい住人たちの問題は解決しない。


 魔力不足からの飢え。


 そもそも。大地を走る魔力やモンスターの心臓、魔石に込められた魔力。そして人間が扱う精神力とは何か。


 一言で表すならこれら全ては『生命の雫』である。


 エルドラドに生きる全ての生物が生まれた時に持ち合わすエネルギーだ。ゆえに大地に海に空に、植物に動物、そしてモンスターや人間の中にも『生命の雫』は存在する。


 本来、無色透明な『生命の雫』はエルドラドにて形あるものに変化する際に属性を付与され、魔力となって生物の中に宿る。


 そして、死を迎える時に不純物を捨て去り、無色透明な『生命の雫』へと戻り、エルドラドに還る時を待つ。


 つまりモンスターは大きな循環システムの一部なのだ。


 一方で精神力とは循環システムから外れた人間たちの魂を魔力と混在しない様に変質された結果である。


 人は不完全だ。


 モンスターのように魔力だけで生きる事は出来ない。生まれた時から生きる為に他者を喰わなければならない。そんな不完全な人間は死を迎えた時の不純物は魔力を有した存在とは比較にならないほど澱んでおり、専用の濾過システムを通る必要がある。


 閑話休題。


 つまり、世界の一部であるモンスターは世界に満ちている魔力を摂取することで生きのびることが出来る。しかし、アマツマラ周辺の土地は魔力が減り、クライノートの森に住まう全てのモンスターの腹を満たす量は無い。そうなれば森は枯れ、大地が荒れ果ててしまう。


 それはモンスターたちにとって選べない選択肢だ。


 世界の一部が世界を壊すのは本能が赦さない。その観点で言えば世界エルドラドに住んでいるはずの人間が大地を汚す魔法工学の兵器を躊躇いも無く使っていたのは世界の一部では無いという感覚が無意識化に刻まれているのかもしれない。


 ともかく、森を枯らさないように、飢えを回避するにはモンスターたちも他者を喰らうしかない。


 グリーンボアたちは森に生えている植物や動物、木の実などを採取して糊口をしのいでいた。


「ブホホ。ブホ。ブホオオ」


 一頭が木の根元に生えていたキノコを摘まみ周りにアピールする。残りの二頭は食料を見つけた興奮から鼻を鳴らすも、その少なさから直ぐに探索に戻った。


 彼らの目は真剣で、殺気立ってさえいた。周囲の気配に敏感になり、木々に止まる小鳥すら掴まようと躍起になっている。


 それだけ追い詰められているのだ。このまま食料が見つからなかったら、コロニーを維持するために誰かが生贄となる必要がある。全滅を回避するために共食いという禁忌を犯すところまで追い詰められていた。


 それゆえ―――罠に簡単に嵌ってしまう。


 少し開けた場所に出た一頭が、動物の糞を見つけた。モンスターにもそれが何を意味するか理解する程度の知能がある。動物の糞があるということはこの辺りを縄張りにしている動物が居るということだ。


 瞬間、グリーンボアの聴覚は茂みが揺れる音を聞きとがめた。


 彼は仲間を呼ぼうとせず、直ぐに行動を開始した。下手に団体で近づくと気取られるのと、待っている間に逃げられる可能性から単独で探そうとする。


 慎重な足取りで、しかし、まだ見ぬご馳走に目がくらんだグリーンボアは殆ど無警戒に茂みの中に入っていき―――落ちた。


「ブボッ!!」


 短い悲鳴を上げたグリーンボアは刹那の間浮遊感を味わい、鋭くとがった木の杭に貫かれて、落とし穴の中で息絶えた。


 悲鳴は森を探索していた二頭にも聞こえていた。彼らは同胞の悲鳴に警戒する。そして同胞の声がした方へと慎重に近づいた。


 その時。一頭のすぐそばを何かが通り抜ける音がした。草むらを掻き分け、枝葉を揺らし、草を踏みしめる足音。


「ブボボボ!ブボッ!」


「ブボ!!」


 音のする方へと駆けだした一頭は、制止を呼びかけた同胞を置き去りにした。明るい日中。時折見える影からある程度の大きさを持つ獲物だと判断した。悲鳴を上げた同胞の無事を確認するよりも食料を確保しようと欲が動いた。


 だが、彼は気づけなかった。


 自分が追いかけている影の正体が――自分たちを狩ろうとする狩人だということに。


 ずさり、と。


 足元で音がしたと思った瞬間。追いかけていたグリーンボアの体は宙へと逆さに持ち上がっていた。足首にはいつの間にか輪のように結ばれたロープが括られていた。


 グリーンボアの混乱した頭ではどのような仕掛けになっているか分からなかったが、彼の体は宙高く舞い上がった。頭の上で急速に離れていく地面を見下ろしていたグリーンボアはどこか近くでぶつり、と何かが切れる音を聞いた。


 途端。


 足首に巻き付いたロープを引いていた強い力は掻き消え、宙高くから真っ逆さまに落ちてしまった。次々と目まぐるしく変わる状況についていけない頭部は柔らかな土に高速でぶつかった。湿った大地がまるで鉄板のような硬さを披露し、太い首は自重と落下エネルギーに耐え兼ねて折れてしまった。


 声も出せず、大地に倒れ伏したグリーンボアは動けないでいた。唯一満足に動かせたのは眼球だけで、暗くなりつつある視界は自分に向かって近づく何者かの姿を捉えていた。


 全身をすっぽりと覆うマントは森の色に合わせて緑と茶色にまだらに染まり、頭髪と素顔を隠すように撒いたターバンも相まって人のシルエットを潰していたがモンスターでは無い。間違いなく人だった。


 唯一露わになっている萌黄色の目はじい、と。グリーンボアの状態を観察していた。


 だが何より驚くべきなのは体格の小ささだ。人間種だとしたら、十にも満たないような小柄な子供が何故かこの森でグリーンボアと対峙している。死を間近に感じ始めたグリーンボアは驚いていた。おそらく、同胞に悲鳴を上げさせたのと、罠を作成したのは目の前の存在だろう。自分が懸命に追いかけたのもコイツのはずだ。


 なのに、中級モンスターに追いつかせない健脚を発揮し、姿を隠しながらも罠に嵌めたのだ。その事実にグリーンボアは戦慄していた。


 するり、と。マントが捲れ上がると細い右手が露わになった。中に着込んでいた衣服は何日も洗ってないかのように薄汚れ、所々ほつれていたり、修繕されている。何故か体格に合わない革鎧を身に着けていた。しかし、そんなことは些細な点だった。


 狩人の右手には小型のクロスボウが装着してあった。腕の平面に沿って弓床が当てられ、腕に巻き付くようにベルトを縛り固定。その上に小型のクロスボウが設置されている。


 森の中でも光などに反射しないよう極力木材で構築され、付随しているハンドルも木材で出来ているという徹底ぶりだ。


 狩人はクロスボウ用のボルトを番えると、渾身の力を込めてハンドルを回す。キリキリと音を立てて弦が引かれていき、クロスボウの先端がグリーンボアの首を狙う。中指に嵌めた指輪から伸びた糸がトリガーを引き絞り、ボルトは狙いを外さずに鈍い音を立てて貫いた。


 首深くに突き刺さったボルトは瀕死のグリーンボアを絶命させた。


 血走った目が虚空を睨み、呼吸音が無くなったのを確認すると、狩人は肩を下ろした。他者から見れば有利な立場に立っていたが、狩人本人からすると違ったように感じていたのかもしれない。


 ―――その背後に三頭目のグリーンボアが飛びかかった。


「―――ッ!」


 背筋に走った悪寒に従い、狩人は後ろを振り返ることなく前へと跳躍した。その判断は正しい。例え摩耗しきって刃こぼれしたような剣でも、グリーンボアが振るえば致命傷になりかねない。空間ごとなぎ倒すような一撃が何度も振るわれているのを狩人は巻き起こる剣風で理解した。


 そのまま前方に倒れ伏しているグリーンボアを足で踏みつけると手近な木に向かって跳躍した。まるで猿のような身軽さを披露して木の幹を駆け上がる。


「ブボボボ! 《■■■■■》!」


 剣の届かない間合いへと逃げた狩人に対して、グリーンボアは躊躇いなく魔法の詠唱を始めた。人に理解できない言語にて紡がれる詠唱は一つの現象を引き起こす。


「《■■■■■■》!」


 グリーンボアの空いた手から風の刃が巻き起こり、狩人が駆け上がる木を根元の幹ごと切り倒した。足元で斜めに切られた樹木はしがみ付いた狩人と共に地面へ落ちた。


 巻き起こる土埃の中、グリーンボアは周囲に対して最大限の警戒を向けていた。彼は狩人を追いかけた同胞の最期を遠目で確認していた。狩人が隠し武器のようにクロスボウを使うのを知っていた。


 そのため、急所を太い腕などで隠しながら土埃の向こうで動く気配を捉えようとしていた。そして、一拍の間を開けて、土埃を切り裂くようにボルトがグリーンボアの背中に向けて飛んだ。グリーンボアは背中に鋭く刺さったボルトを甘んじて受けると、ボルトが現れた方向に一気呵成に飛び込んだ。


 巨体に似つかわしくないスピードによって、土埃は掻き分けられ、矢を放ったままの態勢で固まる狩人と相対した。グリーンボアは勝利を確信して剣を縦に振り下ろした。しかし、済んでの所で身を捩った狩人の背中を軽く掠め、マントの紐を切り裂いた。逃がすまいともう一歩踏み込み、振り上げた刃はターバンの結び目を掠めた。


 はらり、と布が落ちる。


 二度の攻撃が失敗に終わったグリーンボアは仕切り直すべく距離を取って狩人と相対した。くるりと身を捩った狩人もその隙に解けたターバンとマントを払いのけ、身軽になった。


 ターバンで隠されていた素顔は体格に見合ったかのように幼く、野性味あふれる眼差しを持つ。身に纏う衣服と同じように薄汚れていたが愛らしさを備えた少女だった。しかし、特筆すべきなのはその容姿や幼さでは無く、緑と灰色の入り混じった頭髪からはみ出た長耳と腰のあたりから伸びている灰色の尾の存在だろう。


 一見すると種族の不明な少女は自分の倍以上はグリーンボアに向かって拳を構えた。


「ブボッブボッブボッ!」


 グリーンボアはその姿に嘲りの笑いを堪えられなかった。先程見せた敏捷性は確かに目の見張るものだった。腕に装着しているクロスボウでも、ある程度の威力を有している。しかし、それだけだ。敏捷が優れているからといって体格の差は歴然であり、クロスボウの威力も瀕死の状態ならともかく、今の万全の状態なら数発受けても致命傷には至らない。


 だが、狩人の少女が小さく呟くと状況は一変した。


「《願い奉る》」


 ぎくり、と。グリーンボアの体は音を立てて固まった。


 人の言葉を理解できないモンスターでも、狩人の少女が何をしようとしているのか本能で気づいた。大急ぎで森の柔らかな大地を蹴り飛ばし距離を詰める。両者の間にあった空間を僅か二歩でグリーンボアは詰めた。


 ―――狩人にとって、その二歩で十分だった。


「《この身に祝福を》、《出でよ、『カテギダ』》!」


 少女の体に莫大な魔力が宿ったのをグリーンボアは感じた。その正体が何かと気づく前に、まるで風そのものになったかのような少女はその場で一歩踏み出すとグリーンボアの背後に回る。姿を見失ったグリーンボアに向けて足刀を叩きこんだ。くるりと空中で何度も回転して威力を上げた踵落としはまさにギロチンのように正確に首の骨を砕く。飛びかかった態勢のまま地面へと崩れ落ちるグリーンボアに向かって更なる一撃が落ちた。


 踵落としの反動で飛び上がった少女は空中で軽業師のように態勢を整えると後頭部に向かって足を突き出した。その一撃に少女の全力が込められていたのか、骨が砕ける音が森に響いた。その上、大地にうつ伏せで動けなくなったグリーンボアに向かって地面に着地したばかりの少女はクロスボウを向けた。一射、二射、三射と手早く装填され、射出されたボルトがグリーンボアに当たる度に鈍い音が聞こえる。


 腰に提げた矢筒が空になるまで少女はボルトを放つのを止めなかった。装填する手が何もない空間を泳ぐ頃になって少女は弾切れを悟った。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 荒く息を吐く少女の顔に勝利した達成感なんて微塵も無かった。紙一重の所で生き残った安堵と恐怖が入り混じり、形容しがたい表情を浮かべている。


 流れる汗を手で拭い、他に敵がいないことを確認している内に少女の浅葱色の瞳から涙が溜まり始めた。それはあっという間に決壊すると少女は周りにはばかることなく涙を流した。


「あかあさん。……ぐすっ。あかあさん、怖いよ。……だれか……たすけてよぅ」


 両手で拭う端から涙はこぼれ落ち、少女の嗚咽がクライノートの森に響き渡った。


読んで下さってありがとうございます。


4章から投稿時にサブタイトルを付けていこうかと思います。自分のセンスが試されている感じがひしひしとします。なお、暇を見て1章と2章にも順次、付けていこうかと思います。


それと、4章も引き続き平日投稿を目指していきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ