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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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閑話・祭りの後 『後編』

「まったく。見舞客を足蹴にする患者がどこに居るんだ。非常識な奴め」


「病人に飛びかかる見舞客の方が非常識だろ!」


 ホラスは頬に魔法で出してもらった小さな氷の塊を当てて冷やしていた。レイは乱れた衣服を整えながら睨み、マクベは二人を取り成すように間に割って入る。


 元が宿屋なだけはあり、置かれた調度品や部屋の内装は高級感と清潔感を兼ね備えている。しかし、一度に十人近い人数を受け入れるにはいささか狭い。特に女性恐怖症のニコラスは直立不動を貫いたまま部屋の片隅で動けなくなっていた。


「そもそも、お前が悪い!」


「急になんだよ、こいつ。責任転嫁しやがったぞ」


 呆れたような口調でレイが言うが、ホラスは意に介さず、不満を口にした。


「さっきの羨ましい光景は何だ! 見目麗しい美人に体を拭いてもらうって! しかも、幼い少女とか、お前はロリコンの趣味があるのか!!」


「……前々から疑問に思っていたんだけど。……このせか、……この辺りのロリコンは何を持ってロリコンというの?」


「急に哲学的な質問が出て来たな」


「いや、一応確認のためというか後学のためというか。とりあえず知っている事を教えてくれよ」


 糾弾しようとしたホラスの意気込みを削ぐようにレイは真剣な口調で問いかける。つられてホラスも怒りを前面に出せず、レイのペースに引きずり込まれてしまった。


 ホラスは壁際に並ぶ女性陣の強烈な視線を浴びつつも、レイの質問に答える。ついでに二コラスの負担を減らす為に抱えている大皿の一つをベッドサイドに置かれたテーブルの上に置いた。中身はモンスターの肉の串焼きだ。筋肉だけでなく、毒の無い部分だけを集めた内臓なども甘辛いタレに搦めて焼いてある。手近にあった椅子を引き寄せて座ると知っている知識を話し出した。


「ロリコンやショタコンとかは……概念っていうか、暗黙の掟? みたいなやつだろ。昔は成人、十五を越えた男女は即結婚が当たり前。それどころか相手が不足していたら成人してなくても前倒しで結婚、即子作りの風潮だったんだ。それこそ、男も女も兆しが出てりゃ問題なしって考えだった」


「……そりゃ、また極端な。子供が出来ても母親の体が持たないだろ。……なによりなんかムカつくな」


 ハッキリと眉をひそめたレイに向かって同意するようにホラスは頷いた。


「まだギルドも無くて、村々がモンスターの脅威に怯えていた時代だからな。近親婚を避けるためにも隣村の適当な者同士をくっつけて、村同士の絆を強めるって意味もあったんだ。それが当たり前の常識で生きる術だった時代にそれがおかしいって言いだしたのが冒険王だ」


 ガクリ、とレイは唐突に首を下に向けた。室内に集まった者達は容体が急変したのかと焦ったが、直ぐに顔を上げて「大丈夫だから、続けて」との言葉に安心した。ホラスも胸をなで下ろして言葉を続けた。


「曰く、『生物がつがいに若く健康なのを求める気持ちは分かる。だが、まだ体の出来ていない年少の子は硝子のように繊細なのだ。触れれば脆く砕ける。だから、我々は彼らの成長を待つべきだ。ロリコンやショタコンの修羅道に堕ちてはいけない!!』と」


 ホラスが諳んじると感銘を受けた様にファルナやマクベが頷いた。レイはぽかんとした表情を浮かべながら話を聞いていた。


「この言葉に感化された人たちが数を増やしていき、人々の結婚観念も変わっていったんだ。いまだと、成人して職に着いたり金の稼ぎ方を覚えてしばらくしてから結婚って感じだ。そして、成人した奴が成人してない子共に手を出そうとすればロリコン、もしくはショタコンとして社会的に弾圧されるようになった。まあ、貴族には闇ギルドから性奴隷を買って楽しむ奴もいるらしいがな。これが俺の故郷での話だが、お前んとこは違うのか?」


「あー、うん。概ね間違っていないし、倫理的にも正しいよ」


 どこか疲れたような様子でレイは答えた。誰にも聞かれないような声量で「異世界に来て何を声高に叫んでんだよ、『安城琢磨』」と呟いていた。


 ホラスが不思議そうに首を傾げると誤魔化すように話題を変えた。


「それで……何しに来たの。見舞いに飯を持ってくるなんて」


 レイがベッドサイドに置かれた肉の串焼きを見つめた。すでに部屋中、複数の食欲をそそる香りが充満していた。


「ん? お前が目覚めたのと赤龍とスタンピードとかの騒動にもけりがついたことを祝して宴会を開こうと思ってな。普通の飯は食えんだろ?」


 レイは問われると、横目でリザの顔色を窺った。先程までレイを脱がそうとしていた三人とファルナとメーリア、それにマエリスは女性恐怖症のニコラスを気遣って反対側の壁にずらりと並んでいた。


 視線を向けられたリザの表情から何の感情も読み取れない。ホラスには無表情を貫いているようにしか映らないが、レイの目には違って写っているのだろうか。


「……医師の話では軽い量なら通常の食事で問題ないとの事です」


 レイの視線に根負けしたかのようにリザは告げた。レティは小声で「お肉、お肉」と呟き、シアラは「お酒、お酒」と呟いた。


 すると、ファルナが室内を眺めて困ったように口を開く。


「そしたら問題はどこでやるかだよね。この人数でこの部屋だと手狭だね」


「え? 姐さんも参加するっすか?」


「何よ。アタシが居ちゃ迷惑なのかい?」


途端にファルナが不機嫌そうに顔を歪めた。マクベは慌てて首を横に振る。


「め、滅相もありません!!」


 不用意な発言をしたマクベを放置してホラスも部屋の中を見た。確かにファルナの言う通り、部屋の大部分をベッドが占領し、レイを除く全員が立つ事でやっと収容できる程度のスペースしかない。これでは宴会を開くには難しい。


 それに、人数はこの後も増える予定だった。


「そういえば……なあ、マクベ。お前、誰に声を掛けたんだ?」


 ふと、思い出したことを尋ねた。城門で合流した時は人ごみに逆らわない様に歩を進めていた為、細かい所を聞き逃していた。大皿を抱えたままのマクベは「二人ッス」と言った後に続けた。


「ギャラクって人とカーティスさんです」


「そうかギャラクにカーティス……カーティスさん!?」


 ホラスは聞き捨てならない言葉を聞いたかのように大げさなリアクションを放つ。同様にファルナも目を見開いて驚いていた。他の面子はマクベも含めてきょとんとしてしまう。


「お、お前。カーティスさんに声かけたって事はだ、クランにも伝わるって事だろ!」


「てことは何かい? 『紅蓮の旅団』全員がやって来るって事かい!?」


 二人の慌てぶりを遅まきに理解したレイたちは思わずぎょっとした。『紅蓮の旅団』の構成人数は六十人を超える大所帯。そんな人数はとてもこの部屋の中には入り切れない。


「……まさかB級クランが総出でやって来るって事は無いだろ……無いよね、ファルナ」


「……」


 震える声でレイが尋ねると、ファルナは形の良い眉の間に皺を作ったまま言葉を噤んだ。その態度は暗に認めているのと同義だ。


「いや、黙ってないで答えてよ! ホラスも何か言えよ!」


「うちの……『紅蓮の旅団』のモットーに『宴会は大人数で』という不文律がある。……これは言ってしまえば飲み食いがしたいだけの口実だが……嫌な予感がするぜ」


 室内に居る全員に暗雲が立ち込めると同時に、どこか遠くから地響きの如き足音が轟いてくる。それは真っ直ぐにレイの病室へと近づいてく。


 何事かと思い、出入り口付近にいた者は廊下を覗きこみ―――直ぐに首を引っ込めた。


「な、なんだか沢山の人がこっちに向かって来てますよ!」


 メーリアが代表するように外の状況を伝える。不吉な予感が現実として起きてしまった。


「マズイ!! 宴会をするといって場所を確保できてないとばれたら、俺達殺されちまう」


「俺もっすか!?」


「どんなクランなのだ。お前らのクランは?」


 どこか他人事のようにマエリスがぼやくが『紅蓮の旅団』所属の冒険者は聞いている余裕は無い。三人とも顔に焦りを浮かべている。


「アンタらだけで済めばいいけど。下手に祭り好きが暴れたらこの病院が崩壊しちまうよ!」


「野盗か山賊なのか、君らのクランメンバーは!?」


「ご主人様。すぐに脱出しましょう。幸いここは一階。窓から逃げられます!」


 絶叫するレイに対してリザ達は退避の準備を始める。しかし、間に合わなかった。


「此処」


「ちょっとオイジン。一人で先に行かないで……ヤッホー、レイ君。元気にしていたかな?」


「……治療が必要な患者に元気と尋ねるのは正しい事とは言えないような気がするわ」


 ただでさえ手狭な病室に三人の闖入者が加わった。


 寡黙な猪人族エーバーとヒーラーに索敵を担う犬人族フント。オイジンとカーミラとハイジストの三人だった。『紅蓮の旅団』の中でもレイやリザらと親しくしていた者達だ。


 三人中二人が女性ということもあり、室内の女性率が増した。片隅で石柱の如く動かないでいたニコラスは更に縮こまった。


 彼らの背後には双子の冒険者やカーティスといった他の『紅蓮の旅団』冒険者、それにギャラクや彼のパーティー、決死隊に参加した人達もいた。その中で一際くたびれた様子を見せる魔法使いがいた。王宮魔術師のムスタスだ。王宮に努める魔法使いたちはほぼ一日中瓦礫の処分や仮設施設の建築などに追われており、寝る暇も無いとホラスは聞いていた。


「よう、レイ! 見舞いに来る途中でぶっ倒れていたこいつを拾ったんだが、医師に診せた方がいいのか?」


 ギャラクが今にも倒れそうなムスタスを強引に立たせる。青白い顔で「精神力切れなのでほっといて下さい」と繰り返すが誰にもか細い声は拾われない。なにせ口々に部屋の狭さや場所、宴会の事を尋ねてくるからだ。皆一様に食べ物か飲み物らしきものを持っている。


 代表するようにカーティスがホラスに尋ねた。


「おい、ホラス。マクベから聞いたが、レイの見舞いがてらに宴会するんだろ。まさか、ここでやるんじゃないよな」


 ぎくり、と二人はニコラスと同じように固まってしまう。頬を大粒の汗が我先にと流れ落ち、床を湿らせた。酸欠の金魚のごとくホラスは口を開いては閉じる。


 二人の態度に不穏な空気を感じ取った闖入者達は徐々に殺気めいた空気を放つ。それが弾けようとする寸前―――ごんごん、と窓を叩く音が機先を制す。


 音の発生源は廊下の窓からだった。人垣が割れ、室内から廊下の窓が見えるようになると、ホラスは更に追い詰められた気分を味わった。


 外に居たのはオルドだった。手にはどこかから持ってきたのか酒樽を抱えている。ホラスは窓に飛びつくと勢いよく開け放った。外に向けて開く窓は危うくオルドにぶつかりそうになった。


「だ、団長もいらしたんですか?」


「何だ。俺は来ちゃ悪いのか?」


 むっすりと聞き返されてホラスは首が抜けるぐらいの勢いで横に振った。


「まあ、良い。ほれ、ホラスにお前らも。そんな所にいないで早くこっちに来いよ」


「「「こっち?」」」


 ホラスだけでなく窓に集まった人々が尋ねる。ふと、オルドの背後に視線を向けると、不思議な光景が広がっていた。宿屋の中庭。申し訳程度の芝生が敷き詰められた地面に色とりどりの絨毯がひかれ、空に張られたロープにランプが等間隔で明かりを放つ。その下で王宮の兵士や商人たちが料理や酒を運んでいる。まるで何かしらの宴席でも行われそうな場所へと変化していく。


「……あの……団長。何をやってるんすか?」


 恐る恐る尋ねるホラスにオルドは不思議そうな顔をして返した。


「何って祝勝会だろ? ロータス経由でお前が『祝勝会を開くのに場所がまだ決まってない』って話が伝わってよ。何故か知らんが集合場所が此処らしいから、ここの責任者と陛下に話を通したんだよ。幸い、ここは比較的軽傷な奴らばっか集まってるから騒いでも問題ないって、おい! ホラス、しっかりしろ!!」


 思わずホラスの膝から力が抜けそうになる。まるで生まれたての小鹿のように震える足だったが彼の胸中は生き延びた事の奇跡で充足していた。部屋の中で話を聞いていたマクベも同様だった。


『伝言』という、人の口から口へと伝わる方式の弊害、内容の変質によって二人の命は救われた。







 日が沈み、夜の闇が空を覆い星々が懸命に抗う頃。アマツマラの街の一角は煌々と輝いていた。どこからか話を聞きつけた人々が明かりに吸い寄せられるように姿を見せ、機を見るに敏な商人たちが臨時で屋台や出店を開きく。


中庭に入りきれなくなると宴の輪は外の通りまで広がっていく。宴を盛り上げるために誰かが弦の足りない楽器で音楽を奏でると自然と合唱が生まれ、それに合わせて人々は踊る。規模だけで言えば宴というよりも祭りに近かった。


 すでに参加者は街に残った冒険者たちだけでなく、鍛冶師や鉱夫、商人や兵士たちなどのアマツマラの住人達も加わっていた。誰の顔にも辛い現実を忘れたかのような笑顔が浮かぶ。やはり、誰もが心の奥底で陰鬱な空気から抜けたいと願っていた。この賑わいはその現れといえる。


「なんだか、随分と規模の大きな催しになったな」


「だな。……俺の想像じゃ、もうちょいこぢんまりとした物をと思ったのに」


 そんな祭りを一歩引いたところからレイとホラスは参加していた。一時は冒険者たちで埋め尽くされた廊下に椅子と机を並べ、開け放たれた窓越しに祭りを見物する。食事の許可は出たが、本調子では無いことから医師に夜風に長い事当たらない方がいいと釘を刺されたのだ。今も室内なのにコートを着込んでいた。


 傍に付いていたリザ達の姿は無かった。賑やかな光景を前にしてうずうずとしたレティを引き留めるなんて残酷な事はレイにできなかった。幾らかの金銭を三人に渡すと、ファルナとメーリアも巻き込んで飛び出した。マクベも年の近いニコラスと共に外に飛び出した。残された二人はホラスが購入した料理や見舞い品の酒を机に並べて摘まんでいた。


「ホラスも行けばよかったのに。一応、発起人にとしては顔を出すべきなんじゃない?」


 からかうような口ぶりにホラスは苦笑で返した。


「名目上の発起人だ。それに名目上の主賓が独りぼっちだと寂しいだろ」


「そいつは……礼を言うべきなのかな?」


「要らねぇよ」


 二人はニヤリ、と笑うと薄紅色の酒に満たされたグラスを傾ける。オルドの好みそうな強い火酒では無い。口当たりが柔らかく、果物のような甘さがする、女子供が好む味と酒好きから敬遠される一品だ。しかし、飲みなれない二人にはこれで十分だった。


 うっすらと頬に赤色が浮かぶレイは窓の外に広がる光景を眩しそうに眺めていた。集まった人々はみな笑顔を浮かべ、食事を味わい、酒に酔い、思い出を語り、歌を歌い、踊りを楽しみ、未来を思い、生きていることを満喫していた。


「今更だけど……生き残ったって実感が湧いてきたよ」


 ぽつり、と。レイが口にした。ホラスは黙って酒を舐める。


「死と隣り合わせの戦場や、日の当たらない迷宮。それに圧倒的な存在感を放つ赤龍と対峙していたから、目が覚めても生きているって実感が湧かなかったよ」


 レイは言うと、一気に酒を流し込んだ。勢いよくグラスを机に置くと、酒の勢いを借りたかのようにホラスの方を向いた。


「あんな無茶苦茶な作戦に付き合わせて、すま―――」


「―――そこまでだ」


 頭を下げようとするレイをホラスは手で制した。レイの黒色の瞳が不安そうに揺れた。


「謝罪も礼も言う必要はねえよ。俺達は冒険者だ。命の使い方は自分で決めるし、賭け時も決める。俺達は自分の意志でお前の作戦に乗ったんだ。それは他の奴らも一緒だ」


 ホラスは一度乾いた喉を潤すように酒を煽った。


「だから、そんな言葉は要らねえ。……生き残った者同士で黙って酒を交わせば十分だ」


「……ホラス……耳が真っ赤だぞ」


「うるせえ! 酒に酔ったんだよ!」


 はたして本人の言う通りなのか。既に耳だけでなく顔も赤くしたホラスは誤魔化すように咳払いをした。


「それに、礼を言うなら俺の方だ。お前のお蔭では俺は壁を―――」


「―――ストップ」


 今度はレイがホラスの言葉を止めた。彼は唇の端に笑みを浮かべて続けた。


「言葉は不要。……黙って酒を交わせばいいんだろ?」


「―――ああ、違いない」


 二人は互いの空いたグラスに酒を注ぎ交わすと、グラスを合わせた。厚手のガラスで出来たグラスはどこか澄み切った音を奏でる。


「「乾杯」」


 そしてレイとホラスは酒を流し込んだ。


 いつしか窓から差し込む明かりによって生まれた二人の影は動きを止めていた。名目上の主賓と主催者が酔いつぶれてしまっても、人々の明日への活力を生み出すかのように、祭りは続いた。


読んで下さって、ありがとうございます。

本年の投稿はこれで以上です。次回の更新はちょっと遅く、1月7日辺りを目安にしています。また、閑話となります。主役は1章に登場したあの人です。

楽しみに待って頂けたら幸いです。

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