3-61 精霊祭 七日目〈Ⅵ〉
混迷する戦場に背を向けたクリストフォロスはオルドたちと距離を取る。すぐにでも赤龍の行動を止めたかったのだが、目の前の二人が阻もうとする。幾度と武器を交えていると、背後で轟音が起こる。三人が視線を向けると都市を守る城壁の中央、正門辺りが崩壊していた。
いつの間にか赤龍が城壁を突き破ってすそ野へと降りて来ていた。すると、赤龍の首元から何か人の影のような物が落ちた。黒髪の少年の姿に一瞬同族かと思ったが気配が違ったため、すぐに意識から消した。
しかし、オルドは違った。月夜の明かりでもはっきりとレイの姿を目視していた。
「レイ!!」
オルドは対峙していたクリストフォロスを無視して大地に蹲るレイに向けて駆けだした。いつ、赤龍が少年にブレスを吐き出すか分からないため、なりふり構わずに突進する。それはクリストフォロスに向けて背中を見せる行為でもあった。魔人は薄く笑うとオルドの背中に向けて攻撃を放とうとする。
「《剣よ、起これ》」
空中に展開される魔方陣から十を超える剣が、無防備な背中を晒すオルドに照準を向けた。だが、それはもう一人の男に対して致命的な隙を生むことになった。
いつの間にかクリストフォロスへ距離を詰めたテオドールは刀を振り下ろした。クリストフォロスがテオドールを意識から欠落してしまったのはオルドの行動が真剣だったからだ。真剣に倒れている少年に向けて走り出したため、唐突に生まれた隙に飛びついてしまった。苦戦を強いられ判断力が鈍ってしまった。
「くうッ!」
「ちぃっ!」
両者の武器は何度目か交差をする。だが、クリストフォロスの手にかかる圧力はこれまでに比較にならない程、軽かった。なんとテオドールは自らの武器である刀を手放したのだ。杖に身を預けるように置かれた刀は自重に従い下へと落ちて行った。一瞬、クリストフォロスはその行方を追いかけた。
すると、テオドールは落ちてくる刀の柄頭を足でけり上げたのだ。
「なにをっ!」
下から突き上げるように放たれた刀は刃先をクリストフォロスに向けている。狙いは頭部だった。懐に潜りこんだ刀をクリストフォロスは体を後ろにそらすことで躱そうとした。目論見通り、金色の瞳は自分の顔すれすれに刀が通過したのを確認する。
だが、ここからがテオドールの本当の狙いだった。彼は更に一歩踏み出すと、固く握った拳を仰け反るクリストフォロスの顔面に叩き込む。
「これが! 貴様のせいで苦しんだもの全ての怒りだ、六将軍!!」
精神力を纏わせた拳はまるで燃えるように紅く、クリストフォロスの顔面に深く入った。テオドールの拳に頭蓋を砕いたような感触が伝わる。しかし、まだこの一発で鎮まるほど、彼の怒りは温くは無い。続けざまにもう一撃与えようと拳を引くと、クリストフォロスの背面に闇よりも暗い影が現れる。
咄嗟にクリストフォロスから距離を取ると、地面へと倒れていく魔人は影に飲み込まれて消えてしまった。文字通り影も形も無くなってしまった。気配すらいなくなった。
「ちぃ! まだ殴り足りないのに……」
怨敵の居なくなった戦場にてテオドールは振り上げた拳の落とし所を無くしてしまう。だが、まだ倒す相手がいる事に思考を切り替える。刀を拾い上げると赤龍に向けて―――跳躍した。
地を這ったままの姿勢で赤龍はブレスを吐こうと口を開く。視力は無くなったはずなのに僕の居る方向に気づいたのは大地に落とされた時の音を頼りにしたのかもしれない。
もう、僕には何も残っていない。武器も、防具も、アイテムも、技能も、奇策も。何も残っていない。あるのはこの身一つだった。それと―――この体を駆け巡る灼熱の怒りに似た感情だ。
ブレスを放たれれば最後、僕は死んでしまう。
ここまでの奇跡の連続も全て無駄になる。
リザが懸命に救援を呼びに行き、あまつさえ赤龍の片目を奪った事も。
レティが僕と共に赤龍の鼻先まで付き合い、ブレスを防ぐ盾を展開してくれたことも。
シアラが己の生命力を削ってまで魔法を使ってくれたことも。
ファルナが僕の奇策を信じて、決死隊を率いた事も。
ホラスが身を張ってブレスを弾き飛ばしたことも。
マクベが勇気を出してダガーを投擲したことも。
ギャラクさんやメーリアさんが赤龍の前に立って、囮になってくれたことも。
ニコラスやマエリスさんなどの鍛冶師たちが総出で道具を揃えた事も。
ムスタスを始めとした魔術師が魔方陣を刻み込み、精神力を倒れるまで消費したことも。
全部、無くなってしまう。
それは―――嫌だった。
全身を駆け巡る精神力が行き場を求めて一気に動く。まるでもう一つ心臓があるかのように鳴動し、体に残っている全ての精神力が拳に集まる。知らずのうちに拳をきつく握っていた。
僕はブレスを吐こうとする赤龍に対して進んだ。両足に込めた精神力が折れた骨を無理やり固定している。一歩、踏み出すだけで脳に送り込まれる痛みも、自分の中に渦巻く熱く滾った感情も、全てが力へと収束していく。
どこからか聞こえてきた声に従って叫んだ。
「《砕拳》!!」
不条理を砕く拳を赤龍の顎に向かって突きあげた。
「ゴボッ!」
ブレスを放とうとしていた赤龍の顎は持ち上がり、半開きの口が閉じた。行き場を無くしたブレスが口内で暴れまわる。閉じた牙から噴き出した火の粉が大地を赤く染めた。
だけど、口内で暴発したブレスによってダメージを受けた様子は無い。レティの魔法によって顔に浴びたブレスも、傷跡なんて残っていなかった。考えてみれば、肉体を持った精霊と同じという事は、あの龍の本質は火の精霊と言う事だ。火の精霊が火によってダメージを受ける事は無いのだろう。
追い打ちを掛けるように持ち上がった頭が下りると、マクベやレティが身を賭して潰した両目が再生して、黄ばんだ瞳が僕を捉えていた。
「グゴオオオオ!! グリュウウウウウ!!」
閉じた顎が開き、絶叫と共に赤龍が立ち上がる。比翼を震わせると突風が巻き起こった。僕は風に煽られて吹き飛ばされる。温かい地面を転がると体に充満していた怒りに近い精神力も霧散していき、襲い来る痛みに意識を保っているのでやっとだ。
そんな僕に向けて後ろ足で仁王立ちする赤龍がブレスを吐こうと口を開いた。すでに麻痺毒の影響は消えている。視界も取り戻した以上、外すことは無いだろう。
折れた両足はもう動かない。どうにか無事の両腕を使って少しでも距離を取ろうとする。だけど、赤龍は僕の努力をあざ笑うかのようにブレスを吐き出した。
《生死ノ境》Ⅰが発動しなくても分かる。この一発は僕を炎で包み込む。どうあがいても絶望的な一発―――だった。
僕に着弾する直前、走り込んできた影がブレスを叩き切った。上段から力任せに振るわれた一振りはブレスを両断し、振った風圧が突風のように吹いた。二手に分かれたブレスはそれぞれ大地に激突し爆発した。
赤龍と対峙する大男の背中は僕にとって一番頼りになる背中だった。
そして―――千切れかけていた意識の糸がぷっつりと千切れる。
僕の意識は暗闇の中に落ちて行った。
オルドは首だけを後ろに向けてレイの無事を確認した。少年は意識を失っただけで重傷ではなさそうだが、相当過酷な目に遭ったのが伺える。ブレスを吐き出そうとする赤龍から腕だけで逃げようとしたことから、足に傷を負っているのか立つ事は出来なさそうだ。何より、黒い頭髪に走る一筋の白髪がレイの身に起きた異常さを物語る。
しかし、レイを抱えてこの場を離脱するわけには行かない。目の前に立つ赤龍が視線を自分に向けているのだ。物理的な圧力を感じ、その敵意に触れて、背中を見せる余裕は無い。ゲオルギウスの血を飲んだことでレベルアップしたオルドといえど、赤龍を相手取りながらレイを連れて離脱するのは難しい。だから、不退転の覚悟を決めて魔法を唱える。
「《超短文・超級・強硬鎧》!」
両足から形成されていく赤色の鎧はオルドの覚悟の表れの如き輝きを放つ。
それを察したかのように赤龍は立て続けにブレスを放つ。一つ一つがオルドを飲み込み、背後に倒れているレイをも飲み込もうとする威力を有している。オルドは愛用の大斧を上下左右に振り回して叩き切る。時には大斧の側面で掬い上げるという荒業を披露した。しかし、地面と融合している両足では赤龍に対して距離を詰める事は叶わず、その場を動けずにいた。
城壁上からでも、その戦いは目撃できた。突如として大通りを駆け下りた赤龍がオルドと対峙し、抑え込んでいるのを。
オルドが背後の少年を守る為に動けないでいたのを。
誰もが、視線を赤龍とオルドの対決に集中していた。ミカロスもディモンドもヨグトゥースもスヴェンもロータスも冒険者も正規兵も予備兵役も。赤龍でさえも目の前の強敵に集中していた。
―――だから、意識外から落ちて来たテオドールの存在に気づくのが遅れた。
上空から落下したテオドールは一瞬にして赤龍の間合いに入り込む。遅れて振るわれた爪を難なく躱すと、青白く光る刀を赤龍の腹部に突き刺した。
そして刀が生み出す魔力を全て引き出し。自分の精神力と練り合わせて最強の戦技を発動させる。
「《雷刀双戟》!!」
銘の無い魔刀が赤龍の体内で崩れ落ち、純粋な力の塊、雷へと姿を替えた。赤龍の体内で生まれた雷は瞬く間に赤龍の全身へと行き渡り、蹂躙する。
「ギャアアアアアアア!! ガァアアアア!! ギィィィイィィ!!」
暴れまわる雷は赤龍の体を内側から焼いていく。月と星の明かりしかないすそ野に青白い光で包まれ、身悶えする赤龍の姿がそこにあった。腕を振り回し、尾を大地に叩きつけ、口から泡を吹いて絶叫を上げる。少しでも雷の齎す激痛から逃れようとした。
すると、その思いに応えるかのように赤龍の体内で暴れる雷が上空へと駆けのぼった。夜空を下から切り裂く様な雷の柱が立ち上る。すそ野を青白い光が照らし、雷は夜空へと吸い込まれていった。
あとに残ったのはぷすぷすと、焼け焦げた匂いを放つ赤龍だけ。夜空を仰ぎ見、両腕をだらしなく下げ、尾は力なく大地に身を預ける。ピクリとも動かない姿に城壁上からどよめく声が広がり、それが歓声へと変わろうとした。
しかし、
「……グルルル。……ゴオオオオオオオオオオ!!」
湧き上がった歓声を掻き消す咆哮が赤龍から放たれた。歓声はピタリと止み、凍り付いたような沈黙が城壁上を支配する。
赤龍はまだ生きていた。全身を駆け巡った雷に耐え、テオドールに向けて威嚇するように翼を広げた。流石に雷のダメージが残っているのか、直ぐに攻撃に移る気配はない。しかし、いずれ回復するのは目に見えている。
一方でテオドールは戦技を使った結果、魔刀が柄だけを残して刀身を無くしていた。戦闘が始まれば、一気に不利になるのは誰もが理解していた。
だが、『銀狼』は不敵に笑うと指を一本立ててみせた。
星空の広がる夜空へと向けて。
「悪いな、赤龍。……俺の勝ちだ」
すると、城壁前のすそ野に変化が起きた。急に薄暗くなったのだ。
今夜は満月に近い。雲一つない夜空は明るく、城壁上に置かれたかがり火と合わせて戦場を照らしていた。背後で燃える街もそれを助長していた。
なのに、その戦場から明かりが一つ消えていた。誰もが空を見上げて、気づく。先程まで眩いほど輝いていた青白い月も、星空も分厚い雲に遮られている。アマツマラの街並みを覆うほどに雲は広範囲に広がっていた。
そして、黒い雲の中に青白い稲光が走った。
「俺の攻撃はまだ終わってない」
言葉と共に、雨雲から雷鼓を轟かせて稲妻が落ちた。遠目から見るともまるで青白い刀が振り下ろされたような一撃だった。
テオドールの生み出した雷は上空へと昇り、雨雲を引き寄せた。本来ならあり得ない現象だった。物理法則を捻じ曲げ、結果だけを無理やり引き出す戦技だからこそ起こしうる現象だ。
赤龍の頭頂部から一気に全身を貫いた稲妻は大地を通って拡散した。あとに残ったのはアマツマラを覆う雷雲と、稲妻を受けて微動だにしない赤龍だった。
誰もが息を潜めて、赤龍の様子を伺った。それはテオドールでさえも同じだった。余裕を見せているが、もう隠し玉は無い。これでもダメならオルドに任せるしかなかった。
がさり、と。音を立てて、赤龍の頭頂部に侵食するかのように生えていた角が崩れ落ちた。二度にわたる、雷を浴びて炭化した角はそよ風程度で形を崩した。
「……人の王よ」
石像のように微動だにしていなかった赤龍が言葉を発した。流暢なエルドラド共通言語でまるで隠棲する賢者を思わせる深く落ち着いた声だった。テオドールはその声こそが本来の赤龍だと気づく。
「お目覚めになられましたか、赤龍殿」
「うむ。……意思その物は、深い闇に囚われていたが、存在しておった。あの者に植えつけられた意思に体を奪われても、我の視界だけは盗み見る事は出来た」
赤龍はぎこちない動作で、城壁へと首を回した。視線が自分たちを向いたことで城壁上では慌てたような声が上がるが、赤龍の意識はそこに向いていない。燃え広がるアマツマラの街並みを見ていた。
「済まぬ。我の体が……このような惨事を引き起こした。……それでいて、我にこの責任を取る事は出来ぬ」
テオドールは赤龍の命が尽きようとしているのに気付いた。自分の持つ最強の戦技とゲオルギウスの血を用いた刀。この二つの力を前に古代種といえ耐えきる事は出来なかった。
「いえ。……いえ! 一つだけ、貴方にやってもらいたいことがあります!」
王として罵詈雑言をぶちまけたい欲求をこらえ、死者を厳粛に見送ろうとした時、テオドールの脳裏に閃きが舞い降りた。急き立てるようにテオドールは言葉を継ぐ。
「貴方なら、肉を持った精霊といえる貴方なら、精霊を選んで呼べるはずです!」
その言葉に赤龍は熟考してアマツマラの街の惨状を見つめて重々しく頷いた。
「なるほど。確かに、この地に溜まりし魔力を呼び水に呼ぶことは出来よう。……これで責任を取れたとは思えないが……やらせてもらう」
重苦しい口調で赤龍は告げると、大きく息を吸い、告げた。
「呼びかけに応えよ。13神が1柱。水の神オケアニスの眷属、ミヅハノメ」
瞬間、アマツマラの大地に走る魔力が吸い上げられ、一体の精霊へと収束していく。本来の精霊祭なら、最終日に精霊が自動的に召喚される。集まった人々の無意識を汲み取り、大地に集まった魔力を消費して13神の直属の眷属が現れる。
祭の最後を祝うかのように盛大に力を使い、大地に溜まった魔力を循環させる。
赤龍はそれを意図的に早めた。呼び出された精霊が魔力を得て体を成していく。始めは水滴のような形が宙に浮いていた。しかし、その水滴は徐々に膨らんでいくと瞬く間に成長し、女性のような姿を作り出す。流れるような長髪に均整の取れたプロポーション。すっと鼻筋の通った成人女性はとても美しく、男なら誰もが振り向くほどだ。もっとも、体を構成するのが全て水ではあるが。
「呼びかけに応じ参上いたしました。古代種が一つ、火を司る龍よ」
レイがこの場で目を覚ましたら驚いただろう。かつてファルナが呼んだ精霊とは違い、人の言葉を直接発する精霊の姿に。これこそがミヅハノメが最上位の精霊である証だった。
「ミヅハノメ。……すまないが……あの街の火を……其方の水で……流してほしい」
「……承知いたしました。幸い、空に雲があります。あれを使わせてもらいましょう」
燃える街並みから何かを察知したミヅハノメは手を雲へと伸ばすと、一言呟いた。
「《シュクフクノアメ》」
鈴のような響きを持った詠唱が広がると、雨雲に向けて大量の魔力が注ぎ込まれる。そして、ぽつり、ぽつりと雨が落ちた。燃え盛る街並みへと突き刺さる。
最初は微量の雨だった。しかし、時が経つにつれ、雨足は強まり、燃え盛る火へと注がれる。赤龍のブレスは並みの方法では消火されない。三日目の襲来時に燃えた建物の周囲を壊すことで延焼を防いでいた。しかし、今降り注ぐ雨は大火を鎮めていく―――だけでは無かった。城壁上にも降る雨は戦い疲れた戦士達の傷を洗い流す。雨を浴びた者は驚きを持って塞がっていく傷を見ていた。傷だけでは無く、生命力や精神力も回復していく。
それは街だけでなく、城壁前のすそ野へと広がった。テオドールも魔法を解いたオルドもレイも雨を浴び、傷口が塞がっていく。同時に雨はモンスターにも降り注いだ。
しかし、モンスターたちは雨を浴びて苦悶の声を上げた。雨を浴びた箇所から肉体が蒸発していくのだ。人間にとっての祝福はモンスターに取って呪詛と同等だった。
同じように赤龍の体にも雨が流れ落ちる。だが、傷を癒すことも、傷を生むことも無くただの雨として流れていく。すでに死に体の身に回復が受け付けないのか、それとも新たな傷を受け入れる箇所が無いのか、誰にも理解できなかった。
瞬く間に街で燃え盛る炎を鎮火した雨は唐突に切れる。
「これ以上の雨は水害へと変わるでしょう。……これで十分かと思われますが?」
「……うむ……世話を掛けた」
鷹揚に頷く赤龍に向けて頭を下げたミヅハノメの足元から形が崩れていく。役目を終えたと言わんばかりに姿を消そうとしていた。だが、消え去る直前、視線をオルドの背後へと投げかけた。
いまだに気絶したままのレイに向けて。ミヅハノメは何も言わずに、姿を消した。赤龍は消えたミヅハノメの視線を追うようにしてレイの方を一瞥した。
「人の……王よ……一つ……頼みがある」
「何なりと」
「あの……小さきものに。……弱小の……身で……勇敢に……立ち向かった……あの者に。我の体の一部を……。その……勇気は……称賛される、べきだ」
息も絶え絶えの状態でそれだけを告げると、赤龍は体を大地に投げだした。大地に四つん這いになるというよりも、大地に身を投げ出していた。
「分かりました。俺の名にかけて、誓います」
テオドールが胸を張って宣言すると、赤龍は嬉しそうに唇を歪ませた。黄ばんだ瞳に宿る光は消えつつあった。
「それと……やつらの……狙いは……我、を含めた……全ての……古代種の……討伐だ」
赤龍の言葉にテオドールとオルドは背筋に戦慄が走った。エルドラドに生きる者なら思いつかない発想だった。古代種は地域によっては13神が居なくなった後の無神時代における、神の代わりに信仰される対象といえた。つまりクリストフォロスは神殺しを企み、テオドールを使う事で達成したのだ。
「よく、喋る……者だった。奴らは……残りの……古代種を……狙う」
「そんな大それたことをして、奴らの狙いは一体? 古代種を殺して何の益が」
オルドが赤龍に問いかけると、死に瀕した赤龍は最期の力を振り絞って口を開いた。
「分からぬ……ただ……気を……つけよ。やつ……らは……もう……う……ご……いて……」
それだけ言うと、赤龍の体から何かが抜けたかのような揺らぎが立ち上り、眼が閉じた。もう二度開かれることは無い。
テオドールは一瞬、黙祷するかのように目を瞑り、そして開けた時に声高に宣言した。
「赤龍は倒れた!! クリストフォロスも姿を消した!! あとはここに居るモンスターを全て撃破しろ! 我らの勝利は目前だ!!」
「「「おおっっ!!」」」
テオドールの良く通る声は城壁上に集まる戦士たちの喝采を呼び起こした。誰もがこの祭りの終わりを予感し口々に歓声を上げる。体を溶かされたモンスターたちは人々の声に気圧されたかのように足を怯ませた。
それらを上空から眺めていた男が居た。
黒い長髪が風に揺れ広がる。片腕を無くしたクリストフォロスがアマツマラの上空で殲滅戦に移行しだした戦場を眺めていた。その体は濡れていなかった。頭上には闇よりも暗い影が円形に広がり、傘のようにクリストフォロスの体を守っていた。
その表情は平坦で、何の感情も浮かんでいない。彼は残った手で悪趣味な意匠の杖を翳して、停止した。
「……ここからでは何をしても蛇足に過ぎませんね」
どこかつまらなそうに呟くと上げた手を下ろした。そして、頭上に展開してあった影が音も無く降りて行く。クリストフォロスの頭頂部を飲み込むと、そのまま下へと向かう。
その最中。クリストフォロスの金色の瞳は戦場の一角に注がれていた。オルドに背負われて城壁の中へと運ばれようとする少年へと注がれていた。
そして、円形の影はクリストフォロスの全身を飲み込み、そのまま夜の闇に紛れるかのように、影も形も無くなった。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回で3章完結です。




