1-13 ネーデ散策Ⅱ 『前編』
※7/23 空行と一部訂正。
「とんでもない目に合いましたけど、生き返りましたよ。アイナさん」
「こっちは心臓が止まるかと思ったよ、レイ君」
公衆浴場を出て、ギルドに戻る途中で昼食に出かけようとしたアイナさんと出会い、話があるからとオルゴン食堂へ連れてかれた。昼の時間を微妙に過ぎた店内は疎らにしか客が居らず、テーブル席に向かい合うように座る。僕はAランチ。アイナさんはBランチを頼む。
「さて、お説教の時間です」
テーブル席の正面でにこやかな笑みを浮かべるアイナさんは、しかし眼だけは笑っていない。咄嗟に言い訳をしようと口を開こうとするが視線で止められる。結局振り絞ってはい、と掠れた声しか出ない。
「冒険者が冒険をするのはしょうがない事。それをギルドの一職員に過ぎない私が何か言える資格はありません」
丁寧な口調だが、手にしたコップに力が入り亀裂が走る。木で出来てるとはいえ、とんでもない握力だ。
「でもね、私達はいつも冒険者が帰ってくるのを祈って見送るの。やっぱり、この危険な生業。行ったまま帰ってこない人も居るの」
声のトーンが下がる。伏し目がちな彼女の瞳に涙が溜まっているのを見て、胸がちくりと痛む。
「……だからせめて、出発する時くらい顔を見せてほしいの」
目元を拭い、静かにアイナさんは言った。僕は彼女を見て、何に怒っているのかをようやく理解した。
「すいません、アイナさん。夜中に勝手に出ていって。次はちゃんと挨拶してから行きます」
「ん。その時は笑顔で送り出してあげるね」
機嫌が直ったアイナさんは笑顔で許してくれた。ほっとした僕は気持ちが楽になると共に、腹の音がぐう、と鳴る。
いささか大きい音にアイナさんは目を丸くして笑う。つられて僕も笑ってしまった。
「おやおや。随分上機嫌になったね。はいAランチとBランチ。お待ち」
女将さんがタイミング良く、料理を持ってきた。礼を言って、料金を払う。
「さて、とりあえず。レイ君の無事の帰還と上層ボス撃破を祝して」
アイナさんがコップを掲げて言う。突然の祝福に驚いた僕は遅れて自分のコップを同じように掲げてぶつける。
「カンパーイ!!」
「か、かんぱい」
周りの客の視線が気になりつつ食事を始めた。
Aランチを食べながら、あの後。つまり僕が魔石の換金をした後の話をアイナさんがしてくれた。
なんでもあの後、有名クランの次期リーダー候補が僕の事を根掘り葉掘り聞いて、思わず正直に話してしまったのだ。聞いた方は何やら思いつめた顔でギルドを後にしたそうだ。
「なので、ごめんね、レイ君。君の個人情報を話しちゃった」
「話しちゃったって……まあ、僕の事なんか聞いてどうするんですかねその人」
言いながら、あの時アイナさんと話をしていた女の子を思い出した。
「思い出しました。あの赤髪の女の子ですよね」
「そう。『紅蓮の旅団』、団長の一人娘。ファルナさんよ。なにかトラブルがあったって聞いてたけど知り合い?」
言われてみると確かに話をした覚えがある。ただ僕の体感時間であれはもう10日以上昔の事だ。何を話したのかどころか、名前をいまやっと思い出したような関係だ。
「名前に聞き覚えはありますけど……特に思い当たることは無いですね」
「そう? ならいいか」
美味しそうにBランチの魚介を口に運ぶアイナさんは、そういえばと前置きし僕のステータスについて口を開いた。
「よくあんな能力値でボスの所に辿りついたね。何か秘策とかあったの?」
「そんなものありませんよ。スライムとかを慎重に倒していたら、いつの間にか上がってくれたんですよ」
誤魔化すように答えたつもりだったが、アイナさんはなるほどと頷いた。
「レイ君も知っての通り、能力値は生きてるだけでも増加するし、レベルアップした時のボーナスとしても上昇するの。それに加えて、戦闘の結果でも上がるの」
「戦闘の結果ですか?」
「うん。例えば一撃でモンスターをやっつけたとか、ダメージをくらわずに集団を撃破とかね。だから、もしかすると低い能力値で倒したことが逆に評価されて通常よりも早く上昇したのかも」
出された水を飲みつつそう結論付けた。
たしかにそうかもしれない。リトライを重ねれば重ねるほどモンスターに対して先手を取れていた。なにせ出現ポイントやタイミング、弱点が知識として積み重なっていき攻略法を自分の中で作り上げていた。そのおかげで後半の方が能力値の数値が良かったのかもしれない。
出されたAランチを口に運びながら迷宮での疑惑が確信となる。ある意味これも《トライ&エラー》の恩恵と言えるかもしれない。
しかし、何の肉だこれ? すごく美味しいぞ。何の肉か確かめるのは少し怖いが。
「それで本当についてくるんですか?」
「あら。嫌かしら、レイ君?」
横で悪戯っぽく笑って歩くアイナさんをじっと見つめる。少し背の高い彼女は僕を見下ろすような関係になる。そんな笑顔の彼女から真意を読み取るのは難しい。
昼食を済ませた僕らは当然別れると思っていたがアイナさんは午後が丸々休みらしく、僕についてくると宣言した。
困惑しつつも彼女の勢いに押されて防具屋へと向かう。
「ああ、ここに向かっていたのね」
店先を見て、納得するように頷く彼女を置いて店に入る。前に来た時と同じく、客の姿は無く、店に金属を打つ音が響く。
「すいません!」
声をかけると音は止み、店の奥からドワーフの老人が煤まみれの顔を気にせずに現れた。僕を見ると眉毛で隠された片目を開く。
「ほう。男子三日会わざればなんとやらは冒険王の言葉だったな。なかなか面白くなりおって」
じろじろと上から下を見られて少し居心地が悪い。
「ここの店主は人の能力値を見るだけで分かる技能を持ってるの」
後ろから棚の商品を眺めながらアイナさんが言った。そんな彼女に気づき、店主の両目が開いた。
「こりゃ驚いた。アイナか久しぶりじゃな。息災にしておったか」
「年中暇なデスクワークですから平穏無事ですよ。……少し腕はなまりましたけど」
「ふむ。たしかに能力値が下がりおったな」
ドワーフは同じように上から下を眺めた。その視線から隠れるように棚の向こう側へと退避するアイナさん。
「すけべなお爺さんですねー。女性の体をじろじろ見るなんて、マナーがなってませんよ」
「バカを言うな。ワシに年上趣味は無いぞ」
「……はい?」
聞き逃せない発言があった。呆けたように口から疑問が飛び出す。思わずアイナさんを見た。
「なんじゃ坊主。知らんのか? アイナはこの街でも相当な年寄りじゃぞ。てぇこら商品を投げるな!」
「年寄とは失礼ですね! まだ200歳くらいですよ」
「200歳!?」
声に出してしまう。アイナさんを穴が開くくらい見つめる。とてもじゃないがそんな年齢のようには見えない。照れたように頬を赤らめる姿はどう見ても20才ぐらいにしか見えない。
「そんなに見つめないで下さい。単に私が魔人種だからです。人間種で言う所の20才ぐらいの若者です」
言われて、種族の事を聞かれた時にあった魔人種を思い出す。あの時は何のことか分からなかったがいまは何となく分かった。ゲームとかで言う所の長生きしている存在の事か。
「……レイ君は私が魔人種と聞いて怖くないんですか?」
恐る恐る、探るように聞かれた。何を聞かれたのか意味が分からない。たしかに200才は驚いたが、怖いと言う感情は無かった。
「初めて見たなぐらいしか、感想はありませんね」
「ふーん。……そっか。うん」
嬉しそうにアイナさんはつぶやいた。
「変わった小僧だな、お主。それで今日はどういう用件だ?」
ドワーフが焦れたように声をかけてきて、ようやく本題を思い出す。身に着けた胸当てを外しドワーフに渡した。
「これの修理をお願いしたいんです」
バジリスクの尾を防いだ代償に大きく歪み、留め具が壊れた胸当てを丹念にチェックする店主。なんどか頷くとこちらを見た。
「ふん。明日までに直せるな。ついでに他のも置いていけ。見といてやるぞ」
「あ、ありがとうございます」
言われて、鎧を外してドワーフに手渡した。店主は一度奥に一式を置きに行き、代わりに木の札を持って戻ってきた。
「全部で800ガルス。明日の朝一に終わる。これが預かり証だ」
木の板は表に文字が刻まれ、真ん中で割れる割符だった。金を払いつつ割符を受け取った。
「それと、この装備品を見てほしいんです」
今度は鞄から赤色の手甲を取り出す。ドワーフは受け取った手甲を机に置きエプロンからルーペを取り出すと1つ1つの部品を丹念に確認する。
「あれってボスの報酬?」
「はい。これと指輪を手に入れたんです」
「なるほど。炎鉄でできたガントレットじゃな。防具としては炎に耐性があるし、武器としても使えるぞ。もっとも素手で殴るよりもマシな程度じゃが。それで売るのか?」
「売りません。自分で使いたいです。だけどサイズが合わないので合わせてほしいんです」
「分かった。嵌めてみろ」
言われて、手甲を装着する。少しだけ大きい防具は隙間を作ってしまう。それを見てドワーフは手をかざす。
「《超短文・初級・寸法変更》」
輝きが防具を包むと、ガントレットはちょうどいいサイズへと縮む。
「これはサービスじゃ。そのかわり、さっきあった前腕部はこちらで引き取るぞ」
「それでお願いします。それじゃ明日取りに来ます」
礼を言って僕らは店を出た。
「次はどこに行くの?」
防具屋を出てすぐに聞かれた。僕は鞄から布にくるんだバジリスクの牙を慎重に取り出してアイナさんに見せる。
「へえ。バジリスクの牙か」
「こういうのってどうすればいいですか?」
元々ギルドで聞こうとしていたつもりだったのでアイナさんに質問する。
「んー、選択肢は3つ。1つは売っちゃう。牙ならギルドだけでなく武器屋でも道具屋でも買い取ってくれるよ。次がクエストの依頼品として提出しちゃう。大抵クエストを依頼する側は急いでいたり、事情があったりするから相場よりも高値になるよ。最後は素材として自分で使う」
細い指を折りつつ説明する。
「素材って武器の素材ですか?」
「うん。手間賃や他の材料費が追加でかかっちゃうけど自分に合った武器を1つぐらい持ってるのも悪くないよ」
「そうですか……とりあえず武器屋に持ち込んでみます」
「なら知り合いの武器屋があるわ。案内しようか?」
「是非、お願いします」
今度はアイナさん主導で人に賑わう通りを進む。
「そういえば、さっきのドワーフのおじいさんみたいな技能ってどうやったら手に入るんですか」
ふと、迷宮で気になったことをアイナさんに質問した。コートから更新されたステータスのプレートを取り出し、裏面を見るが《エルドラド共通言語》Ⅰと《トライ&エラー》しか無い。もちろんステータス画面にも今の所新しい技術の存在は無い。
「技能はねー。ちょっと難しいんだよね。冒険の書は読んでるよね? 大まかに分けて受動的と能動的の2種類があるの。簡単に言うと前者はいつでも発動中か条件が揃えば勝手に発動するの。後者は使いたいときを選べるけど、使ったら時間を置かないともう一度使えない」
「随分乱暴に分けますね」
苦笑しながら彼女は説明を続ける。
「それで困ったことに技能の入手方法は不明なの」
「……はい?」
「そんな目で見ないで。とにかく技能は人に言わせれば天からの贈り物と言われるぐらいレアなの。大抵迷宮に潜ってるうちに手に入りましたとか強くなったら手に入りましたとかいろいろ報告はあるの。それに技能は冒険者にとって、ううん。人にとっての切り札みたいな所があるの。だから軽々しく自分の切り札を明かしてくれないから研究も進んでないの。今の所、人為的に技能を手に入れるには新式魔法を手に入れるのがベストだけどすごく高いからレイ君にはまだ早いかな」
「なるほど……切り札ですか」
たしかに言われると納得する。《トライ&エラー》は切り札と言うにふさわしいチートスキルだ。
「ああでも。1つだけ分かってる……ていうか、言い伝えられているのがあってね」
思い出したようにアイナさんは言い、振り返り、僕の耳元に口を近づける。綺麗な顔が迫ってきて硬直する。彼女の吐息が肌を温める。
「生まれつき技能を持っている人も居るの。それは特殊技能って言う、正真正銘、神様からの贈り物って言われるの」
伝えられた内容にドキリとした。悪戯っぽく、神様が居ない時代に神からの贈り物って都合良すぎだよねと笑う彼女に動揺を悟られないようにする。
もしかすると、僕と同じように13神によってこの世界にやってきた人が居るんじゃないのか。そして僕は自分と同じ存在に心当たりがあった。
「と、ここよ。着いたわ」
アイナさんが足を止めたので、考え事を一度止める。というかだ。いま僕はどこをどう歩いたのだろうか? 何度か曲がり角を曲がったのは覚えているが、アイナさん無しでここにもう一度来れるだろうか。
いやな予感を感じつつ足を止めて店を見た僕の感想は、たった1つ。
「随分大きい店ですね」
ギルド程ではないが、ドワーフの防具屋よりも横はもちろんの事、特に縦に長い店だ。
「ここなら製作依頼も、買取りも受け付けてくれるわ。入りましょ」
慣れた様にアイナさんは店の中へ入ってく。僕もその後へ続く。
「ごめん下さい。店主はいらっしゃいますか?」
「へい。少々お待ちください。親方、ギルドの姉さんがきてまっせ」
品物の入った樽を床に置いた店員は奥へと店主を呼びに消えた。その間軽く店の中を見回した。種類分けされた武器たちが棚に並べられ、一部の高級品が壁に掛けられたり、ガラスのショーケースに入って展示されている。ちらりと見た値段は現在の所持金を軽く超えていた。
「……アイナさん。ここ、すっごい高い」
思わず棒読みで言ってしまう。
「でも、ほら。この樽の中にあるのとかは手頃でしょ」
言われて店員が置いていった樽の中に適当に詰め込まれた武器から剣を引き抜いた。他と比べるといかにも弟子が作ったという荒い作だが、腰に差しているバスタードソードと比べてもそん色はない。
「そいつはうちでも手頃な商品だ。その分性能は低いがな」
低くくぐもった声が天から降ってきた。見上げると2メートルを優に超える巨人が、のそりと現れた。高さもさることながら横にも大きい。そのせいか十分な幅を取ってある通路は彼にとって狭く、それなりに居る客の邪魔にならないように微動だにせず立ちすくむ。伸ばした前髪から覗かせる目は僕を見てからアイナさんを見た。
「久しぶりだな、古き友よ。最近は顔を見せなくて寂しかったぞ」
「お久しぶりね、フリオ。お店は繁盛しているようね」
巨人ことフリオはアイナさんにまあなと返すと、もう一度僕を見つめる。前髪で表情が読めないが何やら驚いているように見える。
「似ているな。……アハトに」
ぽつりとフリオが言うとアイナさんは傷ついたように表情を強張らせる。それに気づいたのか巨人も黙ってしまう。重苦しい雰囲気を晴らす為に牙を鞄から取り出した。
「この牙を見てください」
布から取り出した牙をフリオに見せた。僕の頭を握りつぶせそうな手の平を差し出したので乗せると、ルーペを取り出し鑑定を始めた。
「バジリスクの牙。幼生体か。おしいな。成体なら相当高値になったのだが。それでこれを如何したい?」
「武器にしてほしいです」
「ふむ。このサイズだと……ナイフ、ダガーが精一杯だろう。しばし、待て」
言うとフリオは巨体を人で賑わう店の中を滑るように動きダガーを掴んで戻ってきた。
「いまある商品で出来上がりが近いのはこれだ。持ってみろ」
渡された刃渡り15センチも無いナイフを手に握り、重さや感触を確かめる。
「いま使っているバスタードソードは片手で扱えるか?」
エプロンからメモを取り出して、フリオは質問してくる。
「いえ、両手です」
「とすると、剣を手放した時の緊急回避的な使い方だな。ちょっと回ってみろ」
指示された通り回る。
「腰のあたりに着けるとして、軽めの素材が良いのか。ダガーを振ってみろ」
言われた通りダガーを握り、モンスターをイメージする。目の前の空間に居ると仮定して一閃、振り下ろす。
「両刃より片刃がよさそうだな。次はこっちを握れ」
今度はエプロンから長方形の煉瓦のような物を取り出した。持っていたナイフと交換する形で受け取る。
「それを武器の柄だと思って握れ。型を取りたい」
「分かりました」
ぐっと力を込めると煉瓦のような見た目とちがい、形が崩れる。しかし、ある一点で急に固まり、鉄のような硬さに変化した。
「よし、これで手形も取れた。最後に予算は幾らだ?」
聞かれて、頭の中で今使える金額からいくら使えるかを計算する。
「えっと。8000ガルスぐらいです」
「分かった。鞘はサービスしてやろう。明日の朝にはできる。取りにこい」
それを聞くと、今まで黙っていたアイナさんが意外そうな顔で振り向く。
「あら、大分早いわね。手を抜く気かしら?」
フリオは鼻を鳴らし否定する。
「最近まで大口の依頼に集中していたんでな。他の依頼を断ってたんだがそれも終わって暇になってな」
フリオに手付金を払い、代わりに割符を受け取って店を出た。
アイナさんの横顔は晴れないままだった。
読んで下さり、ありがとうございます。




