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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-58 精霊祭 七日目〈Ⅲ〉

 


 気が付けば煉獄の中に居た。


 一面に広がる炎がまるで手の様に伸びてくる。全身の皮膚を引きちぎり、筋肉を直接焼く。口を開けば酸素の代わりに炎が飛び込み、肺を突き破って体の内側を燃やす。すでに体で燃えていない箇所はどこにもなく、眼球は蒸発と再生を繰り返し灰になるまでの工程を見届けさせようとする。


 もっとも、灰になった所で終わりなんか来ない。巻き戻しのように瞬時に肉体は再生し、煉獄で焼かれて灰になるまでを何度も味合わせる。赤龍のブレスによって一瞬で死ねた分を取り戻そうとするかのように念入りに痛みを加え続ける。煉獄の炎は鎮まる事は無い。


 何処までも続く痛みによって意識の境界線が曖昧になっていく。それこそ、思考すら燃やそうとしている。


 あたし(・・・)は歯を喰いしばって終わりの来ない地獄が終わるのを待ち続けた。


 ★


「時間だよ」


 ファルナの声を聴いて、レティは煉獄から解放されていたことに気づく。同時に薄皮一枚下を、血管の中を、脳の中にも炎が入り込んだかのように熱かった。肉体と精神の両方を唐突に攻められ、喉の奥から掠れたような悲鳴が出そうになる。


 しかし、今が作戦開始直前だと気づいて自分の手で口を塞ごうとうする。だけど、同時に意識が遠ざかっていく。イタミの奔流に耐えきれないのだ。だから、塞ごうとする手をそのまま口の中に入れた。親指の付け根辺りに向かって歯を立てた。


 全身を駆け巡るイタミとは別種の痛みがあたしの意識を引き留めた。


 だが、両足に力が入らずに膝から崩れ落ちてしまった。


「――――っう。――――っひぃ。――――ふゅう」


 口枷のように加えた手の隙間から呼気がこぼれる。顔面からしたたり落ちる汗は地面に吸い込まれ、イタミで震える体を丸めるしかできない。どこかから自分を呼ぶ声が聞こえても返事をすることもできないでいた。


 すると、手の甲に刻まれた奴隷紋がじんわりと熱を発する。途端に、思考を掻き乱すイタミは続く中でも精神は平静さを取り戻し始めた。精神が落ち着けば、イタミの嵐の中でも周囲の状況を理解できるようになる。


 ここは迷宮出入り口の洞窟。ファルナが言った事を踏まえれば時間は午前零時ちょうどのはず。だけど、自分の最期の記憶と齟齬がある。レティの最期の記憶は鉄板を溶かす巨大ブレスを浴びて死んだ所だ。それはこれから起きる事のはず。


 つまり、時が巻き戻ったのだ。


 体の震えが収まらない中、レティは噛んでいた手を放した。


「これが……これがお姉ちゃんの言っていた時を巻き戻す力なんだ」


 言葉に出すと実感がより増す。半信半疑だったが実際に起きてみると事実だと理解できた。


 同時に……レイへの畏敬の念が生まれる。おそらく、時を戻す代償がこのイタミだとすれば、彼は人知れず、幾度も味わってきたはずだ。その度にこの魂を削るようなイタミに耐えていたのだ。


(いつまでも守られてばかりじゃいられないって、決めたんなら! こんなイタミに負けてちゃ話になんない!!)


 自分を奮い立たせて視線を変わり果てた姿の主に向けた。


「……ご主人さま。今度はあたしの提案を聞いてくれる?」


 ★


 リトライ二百五十七回目にて事件が起きた。


 リザに続いてレティまで《トライ&エラー》の死に戻りのイタミを味わった。よりにもよって、赤龍のブレスによって死んでしまったのだ。リザの例から考えれば僕と同様に煉獄に焼かれたのだろう。


 だけど、僕の予想に反してレティは意識をちゃんと保ったままだった。小柄な体のどこにこれほどまでの強靭な精神を隠していたのか、全く気付かなかった。強い意志を感じさせるエメラルドグリーンにいささかの怯みも無かった。


 しかし、その時に齎されたレティの提案を行えるようになるまで少なくない数の死を経験することになる。再び第二関門が道を塞いだ。どうしてリトライ二百五十六回目の時に突破出来たのか僕には分からなかった。分からない以上、再現をすることもできずに、再び試行錯誤の螺旋に落ちていく。付け足すと目覚めるたびにレティの苦しむ姿を見てしまい、その度に心が苦しくなった。


 そしてリトライ二百八十七回目にしてようやく、二度目の突破を果たした。レティたちが安全に城門まで来るまでの間、遠距離部隊の攻撃は止むことは無かった。


 三人と共に城門を越えて城の敷地に入るとレティは僕に止める時間をくれなかった。彼女はホラスからロープを受け取ると、僕とマクベ、そして自分をロープで巻き付ける。並びはしゃがむ僕の腹にマクベの背中があたり、僕の背中にレティの背中が当たる。ホラスが紐を固く結び付ければ僕は前後を二人に挟まれてしまう。


 レティの提案は単純だ。マクベの投擲が失敗した理由が、距離が遠かったから外したなら、距離を詰めようとすればいいと。


 彼女の盾の魔法の有効範囲は十メートル。赤龍の居る場所までは約二十メートル。地上から魔法を展開したのでは十メートル足りないのなら、自分が一緒に付いていって足りない分を埋めればいい。


 実に単純な理屈だった。もちろん、彼女を連れて行くメリットはもう一つある。


 赤龍からの反撃だ。首尾よく目を潰しても反撃を赤龍がしてこないとは限らない。そのためにもレティが傍に居れば盾の魔法で防いでくれるかもしれない。たとえ、一瞬しか持たなくても、その隙に地上へと落ちればいいのだから。


 空中でブレスを避ける術が無い以上、レティの盾の魔法は確かに必要だ。だからといって彼女も抱えて、いや、背負って赤龍の元に行くことになるとは。


 レティは僕とリザとシアラ、それにファルナに何を言われても自分の意見を曲げなかった。


「これでよし! いつでも行けるよ、ご主人さま」


 レティの声が背後から聞こえる。ロープの縛り具合を確認したのか満足そうに告げた。僕は顔の見えない少女に向かって語りかける。


「レティ、本気で赤龍の鼻先まで付き合う気なのか」


 彼女の説明するメリットは理解できた。だからといってレティを連れて赤龍の鼻先まで行くのは反対だった。僕の心配事は、レティの方が先に死んだ場合の事だ。いくら、彼女が見た目不相応なほど強靭な精神を持っていても、二度目の死に戻りも耐えられるとは思えなかった。なにより、あんな煉獄に彼女をもう一度味合わせたくなかった。


 如何にか説得が通じないかと悩んでいると、レティがマクベに声を掛けた。


「ねえねえ、マクベさま。うちのご主人さま、ちょっと困り顔してる?」


 尋ねられたマクベは頭を上に向けて下から僕の顔を覗きこむ。


「えっと、眉が下がってるッス」


 マクベの言葉を聞いたレティは背後で大きなため息を吐いた。そして、僕の服の裾を引っ張る。


「ねえ、ご主人さま。ご主人さまはいつだって私たちを守る為に危険な事をするよね。ハーピーの群れの時も、誘拐された時も、迷宮でもたった一人で足止めもした。……いつもあたしたちを置いて」


「……レティ」


 首を精一杯後ろに向けて幼い少女の顔を見ようとするも叶わない。いつもの愛嬌のある声は沈み、もしかすると、泣いているのかもしれない。


「ご主人さまが持っている力は確かに凄いよ。……でもね。その度にあんな苦しい思いをしてるんだって知った以上、黙ってなんかいられない。それに、あたしたちの命は契約で繋がった一つの命なんだよ。ご主人さまがあたしたちを守りたいように、あたしたちもご主人さまを守りたいの」


 聞こえてくる声色は毅然としていて、僕の説得では意志を曲げないだろう。きっと命令を下しても、限界まで逆らうだろう。それだけ固い意思を彼女から感じ取っていた。


 もう、何も言える事は無かった。僕は裾を握る小さな手に自分の手を重ねた。


「分かったよ。……僕の命とマクベの命。君に預ける」


「頼んます、レティさん!」


「―――うん! 任せて!」


 その時だった。夜空を切り裂く幾条の攻撃は止み、空への障害物が無くなった。ホラスが叫ぶ。


「いまだ、跳べ!!」


「レティ!」


 僕が背後の少女に声を掛けた。少女は背後で杖を振るい、魔法を唱えた。


「《超短文ショートカット低級ローシールド》!」


 レティの詠唱により、空へと駆けあがる足場が出現する。前回と違い、小柄な子供とはいえ、二人を抱えての跳躍だった。レティは展開する足場の数を増やして間隔を詰めている。


 一段一段、盾を蹴り飛ばして空を目指して進む。星空を背に翼を広げる赤龍は眼下から迫る僕らに気づいていない。先程まで続いていた遠距離攻撃を警戒して視線を遠くに置いている。


 地上から十メートル近くまでを一気に駆け上がると盾の足場に切れ目が出来ていた。同時にレティが再び魔法を詠唱した。


「《超短文ショートカット低級ローシールド》!」


 赤龍までの残りの距離を詰めるように盾の足場が展開される。レティに導かれるように盾を蹴り飛ばして赤龍の鼻先へと肉薄した。遂に赤龍との距離は一メートル以内にまで縮まった。


 赤龍は突如、視界に飛び込んできた僕らに対して固まったように動きを止めた。その黄ばんだ瞳は瞬きさえしていなかった。


「くらえぇぇぇぇ!!」


 マクベが赤龍の瞳に向けてバジリスクのダガーを投擲する。矢のように飛翔するダガーは狙吸い込まれるように赤龍の右目を突き破った。


「グオオオオオオオッッッ!!」


 眼球に食い込んだ異物に絶叫を上げる赤龍。僕ら三人は爆音じみた絶叫を受けながらくるりと回転していた。空中でマクベが強引に腕を振った影響だ。僕は一瞬視界に飛び込んでくる遠距離部隊の数が九人である事を確認しようとしたが、距離があったため断念する。


 どうせ、確かめる術はもう一つある。


 視界が三百六十度回ると、再び赤龍と向き合う。痛みで絶叫を上げる赤龍の口元から火の粉が舞ったのを確認すると、赤龍の爆音に負けない大音声でレティの名を再び呼んだ。


「レティ!」


 果たして、レティにこの声が届いたのか。もしかすると、背中に縛られた少女は爆音を浴びて気を失っているかもしれないと不安がよぎった。しかし、僕の不安が杞憂だと証明するように三度、盾の魔法が展開される。


「《超短文ショートカット中級ミディアム半球ノ盾ヘミスフィアシールド》!!」


 レティのありったけの精神力を込めた《半球ノ盾》。正方形の《盾》の魔法と違い、球体を半分に切った様な円形の盾は湾曲している。本来の使い方は自分や仲間を球体で囲い、全方位からの攻撃を防ぐ盾の魔法だ。


 その《半球ノ盾》が赤龍の前に展開された。それも龍の顔を覆うように湾曲部分の内側がら赤龍の方を向いている。赤龍は残った左目で顔を塞ぐように出現した盾に気づきつつも、口元を開けてブレスを吐き出した。


 レティの残った精神力をありったけ絞り出した《半球ノ盾》は通常の物よりも分厚いが、古代種のブレスを防ぐほどでは無い。数秒間、ブレスを押しとどめると、ガラスのように砕けた。―――だが、それで十分だった。


「ガァアアアア!!」


 赤龍が再度絶叫を上げた。


 城の先端にて君臨する怪物の頭部は今や燃え盛る炎に包まれていた。鼻先に展開された《半球ノ盾》はブレスを一瞬受け止めると、湾曲した内側に沿って、ブレスの余波が広がった。地面に落ちる最中に見た光景では魔法の内側は空間を焼き尽くすほどの炎で包まれていた。赤龍は自分の吐き出したブレスを味わったのだ。そして、魔法を突破したブレスは数秒前に僕らの居た場所を通過した。カウンターのブレスを回避しただけでなく、赤龍に一撃を与えた。


 しかし、喜んではいられない。高さ約二十メートル上空から落ちているのは変わらない。前回はレティが幾枚も展開した盾が落下速度を削った。だが、僕の背後の少女は力を抜いたようにぐったりとロープに凭れている。おそらく、精神力切れによって気絶したのだ。


 マクベにはこの状況で無事に着地する術は無い。つまり、僕が如何にかするしかなかった。


 足を必死に振って、体勢を空中で整える。前後を子供たちが括られている僕の体勢では、背中からでも腹からでも落ちては駄目だ。無論、頭で着地する訳にもいかない。幸い、互いの腹を中心に縄で括ったため、僕の足の方が先に地面に着くはずだ。両足に向けて精神力を回し、強化を図る。


 だが、両足に注がれる精神力の速度は遅く、量も少ない。あっという間に迫って来た地面が余計に焦りを引き起こす。


 そして―――ダッダン!! と、自分の両足から生まれたとは思えない破砕音が上がり、地面を砕いた。同時に、体の内側からぴしりと何かが砕ける音が聞こえてきた。遅れて襲い掛かる痛みがじんじんとした熱を同時に齎した。


(ちくしょう、よりによって両足とも折れたか!)


 文字通り、縦に走る痛みから両足の状態が瞬時に理解できた。もっとも、ここから先、僕の足が動けないのは大して重要な事では無い為、放置する。むしろ、折れた骨が肉を突き破り血管を切るような結果を引き起こさなかっただけ幸運だと思えた。


 だが、満足に動けず、立っているだけの僕はマクベがロープを切るのも、ホラスが鉄板を背負って駆け寄る間も何もできずにいた。それは致命的なまでの遅れとなってしまう。


 頭部を文字通り火達磨になったままの状態でも赤龍の戦う意思は衰えをみせない。火を割るように開かれた口から新しい火の粉が吐き出される。


「ホラス! 来るぞ!」


「―――マジかよ! あの状態でもかよ!!」


 僕の短い警告ですべて理解できたホラスは鉄板を振り回すと、赤龍に向けて技能スキルを発動させる。


「《盾に宿るは攻めの力》!」


 発動と同時に鉄板が輝く。そして、ブレスを受け止めると不可解な挙動を引き起こした。本来なら鉄板だろうと容赦なく溶かし尽くすブレスは向きを変えて来た道を戻る。


 ホラスの技能スキル、《後転ノ盾》Ⅰ。自分よりも大きくても、自分よりも強靭でも、自分よりも強敵でも関係なく相手を転ばせる。その効果は生物だけでなく、相手の攻撃その物を弾き飛ばす。前回は技能スキルが発動する前に後からやって来たブレスが融合して僕らは死んだ。だが、今回の赤龍は僕らに対してフルパワーのブレスを一発だけ吐き出した。自分の抱く怒りを一心に籠めた一撃は今までのブレスの中でも一際大きかった。それでもホラスの技能スキルが勝った。


 しかし、ホラスが短い舌打ちをした。マクベの肩に掴まって膝を折らないようにする僕はブレスの進む方を見て、舌打ちの意味を理解した。弾き返されたブレスは角度を下向きに変え、赤龍では無く、その足元を目指している。赤龍が踏みつぶしている城と特大ブレスがぶつかり、爆発した。


 爆発の影響で瓦礫が降る中、鉄板を捨てたホラスが動けない僕を引きずりながら撤退する。気絶したレティはマクベが引きずる。その最中、僕は見た。足元が爆発したことで崩れるのを嫌い、翼をはためかせた赤龍が突如動きを止めたのを。苦しそうに、喘ぐように火の粉が牙の隙間から涎のように落ちると、赤龍は崩れる足場ごと、下へと落下する。つまり、城の正面へと。


「龍が落ちるぞ!」


「はぁ、あああ!?」


 僕を引きずり一心不乱にこの場を離れようとするホラスは素っ頓狂な声をあげてしまう。なぜなら赤龍が落ちた衝撃で突風が巻き起こったのだ。僕ら四人は城の正門から吐き出されるように転がった。


 両足が地面に触れるたびに激痛が痛覚を揺らす。立ち上がる事さえできない足を恨めしく思いながら周囲を見回した。三人とも僕の近くで倒れている。吹き飛ばされた衝撃で頭を打ったのか、気絶しているが息はしているのが分かる。


 そして、舞い上がった粉塵を突き破って赤龍が顔を出した。


「グリュウウ! ガッハァ! グウウゥゥゥ」


 地面に落下した赤龍は立ち上がろうとする。しかし、腹這いのままの赤龍は立ち上がれずにいた。ブレスを放とうとして、口を開くも、呼吸が乱れて息を詰まらせる。少なめに見積もっても確実に弱体化していた。


 すると、砕けた瓦礫やタイルを押しのけて複数の影が僕らに近づいた。迷宮入口で控えていたファルナと冒険者二名。そして、鍛冶師のニコラスとマエリスさんだった。


 ファルナを含めた冒険者たちが遠距離部隊に加入できなかったのは習得している新式魔法の射程が短いからだ。


 彼らは地面に倒れ伏している赤龍に一瞬躊躇した素振りを見せたが目論見通り弱っているのを確認すると、倒れ伏す僕らに向かって駆けよった。意識を失っている三人はそれぞれマエリスさんと冒険者が回収していく。


 そしてファルナと女性恐怖症でおっかなびっくりなニコラスが奇妙な物体を引きずって僕の所に辿りついた。


 それは全く持って奇妙な意匠をしていた。底面に四つの車輪を備え、角錐台を逆さまにした胴体に薄い鉄板が無数に張り付けられていた。更に上方には開閉式の湾曲した蓋が付いている。見てくれこそ悪いが、これが秘密兵器だった。正体は迷宮でとれた鉱石や砂利を運ぶためのトロッコだ。セーフティーゾーンの片隅に置かれていたトロッコを迷宮に集まった鍛冶師総出で魔改造を施した装甲車もどきだ。


「レイ! アンタ、立てないのかい!?」


 赤龍を前にして意識があるのに動かない僕の様子から全てを察したファルナは驚きの声をあげる。すぐにホラスの方を振り向いたが、彼は気絶している。


「いいから、乗せてくれ! 足がなくても問題は無い!」


 ファルナはなにか言いたそうな顔を浮かべ、それを無理矢理飲み込んだ。僕をニコラスと共に持ち上げると装甲車の中に放り込んだ。何故か装甲車の内側は緑色の液体で満たされていた。体の至る所に蓄積していた疲労や、両足の痛みが和らいでいく。緑色の液体の正体はポーションだった。


「衝撃緩和用の水代わりにありったけの回復薬を注ぎ込んだ。ブレスの余熱対策にもなるはずだ!」


 装甲車を坂の手前まで運ぶ間にニコラスが説明を続ける。押す指には至る所に火傷の跡や青あざが出来ていた。この装甲車もどきを作るのにどれ程の労力を払ったのか伺える。


「手当たり次第に加護を付けた鉄板を張り付けた! 余熱程度なら耐えられるかもしれないが、直撃したら即死だぞ! 本気でこんなことをやるのかよ!!」


 信じられないといったふうにニコラスは叫ぶ。僕も回復薬のプールに浸かりながら叫び返した。


「ここまで来たんだ。あと一歩であいつを下まで引きずり下ろせる! 信じてるからなニコラス!」


「―――っ! 死んだら寝覚めが悪いから、生きて帰って来いよ!!」


 ニコラスは涙まじりの声で返した。そして坂道の入り口を通行止めするロープに向かって装甲車を預けた。ピンと張られたロープは今にも坂を下りそうな装甲車もどきを支えている。このロープが切れればジェットコースターよろしく、装甲車もどきは坂道を駆け降りる。


 このロープを張ったのはギャラクさんたち遠距離部隊だ。彼らの無事を祈りながら、僕はファルナを見た。彼女は背後で燻る赤龍の様子を見ていた。


「……レイ。こんな無茶な作戦で、死ぬんじゃないよ……生きて帰って、アタシにぶん殴られなさいよ」


「……お手柔らかにね」


 ファルナは他の面子が無事に撤退したのを確認すると、彼女も距離を取った。赤龍の進行方向に被らないように脇に隠れ、魔法を放てるように準備する。


 そして、その時が来た。


「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 赤龍は気力を振り絞って、立ち上がると自分の中の怒りをすべて吐き出すように絶叫する。それが合図だ。


 僕は無言でファルナに視線を送る。離れた位置に居た彼女の耳にも赤龍の怒りは聞こえたはずだ。ファルナの口元が動き、魔法が詠唱される。絶叫に掻き消されて聞こえないが、確かに魔法は発動された。装甲車を支えるロープは地を這う蛇の如き炎で焼き切れ、自然と装甲車は下へと向けて車輪を動かした。


 間髪入れずに僕は叫んだ。


「《留めよ、我が身に憎悪の視線を》!」


 理性を失った赤龍は絶叫を止め、坂道を落ちる僕へと視線を合わせた。物理的な圧力を感じながら僕の視界から、坂を滑り落ちる装甲車の中から赤龍の姿は消えた。―――はずだった。


 地響きが聞こえたと思ったら、赤龍は四つん這いのまま、坂道の頂上に姿を現すと、憎悪の視線を僕に向けながら一歩、踏み出した。


 坂道を滑り落ちる装甲車を追いかけて地に落ちた赤龍が這いつくばって追いかける。


「さあ、ここからが本番だ! 追いかけてこいよ、トカゲ野郎!!」


「グゴオオオオオオ!!」


 茶番劇のような、しかし、僕の命がけの『鬼ごっこ』が始まった。これが今回の作戦における第三関門だ。


 ゴールは無論、アマツマラの街並みを守る、南北に伸びた弓なりの城壁だ。


 積み上げた二百八十六体の屍の為にも、絶対に辿りついてみせる。


読んで下さって、ありがとうございます。

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