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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-57 精霊祭 七日目〈Ⅱ〉

 

 ―――気が付くとどこか見知らぬ荒野に居た。

 ―――空は赤茶色に濁り、大地は乾きひび割れている。

 ―――動物や草木などの命は一つも存在しない、死んだ世界が広がっていた。

 ―――誰も居ない、何もない、死の世界だ。

 ―――見覚えのない場所だった。記憶のどこにも見たことはない世界だった。

 ―――なのに、何故だろう。心が酷く軋む。

 ―――ここは、どうしようもないくらい、寂しい場所だ。







「ご主人様ッ!! 目を覚ましてください!!」


 肩を揺すられて意識が覚醒した。ピントの合わない視界が徐々に定まって来ると泣きそうな顔を浮かべたリザの姿があった。リザだけでない、レティやシアラ、それにファルナたちも僕を囲うように集まっている。


 そこまで気づいてようやく、自分が倒れていることに気づいた。


「僕は……一体? リザ、何が起きたんだ」


 リザに引き上げられて立ち上がる間、必死に記憶の糸を辿る。だけど、思い出せるのは断片的な映像だった。赤龍のブレスを浴びて死んだところまでは一応、覚えている。だけど、今回に限ってどういう訳か死に戻りのイタミが違った物のように感じていた。


 僕の体についた砂を払うリザ達が口々に僕が倒れた時の状況を説明する。


「ファルナが時間、と言った瞬間に引きつけを起こしたように背中から倒れたんです」


「そうそう。本当に、すー、って止める間もないくらい自然に!」


「いくら声を掛けても意識は戻らないわ、息も浅くなって脈も薄くなってきたのよ。戦う前に死んじゃうつもりだったの?」


 全く身に覚えが無かった。そもそも、これ程の回数を死に戻る経験は初めてだった。だとすれば先程の光景は《トライ&エラー》のバグだったのかもしれない。だとしたら背筋が凍り付く。この難関を前にして《トライ&エラー》が壊れたら一巻の終わりだ。


 異常はこれだけでは無い。度重なる死に戻りにより最初の数回は遠い過去に消え、魂を削るイタミすら曖昧にしか感じない。


 その状態でも、足を止めるわけにはいかない。誰かの制止を振り切って死地へ飛び出した。赤龍と対峙するのもこれで二百五十七回目だ。


 ここまで失敗するのには理由がある。赤龍に対する作戦には関門が三つあった。


 一つ目が最初の囮。まるで隕石のように落ちてくるブレスを避けることだ。龍のブレスを躱すと言うのは容易くとも、行うのは難しい。なにせ、直撃はおろか、掠るだけでも大火傷を齎す火の弾を赤龍は無尽蔵に吐き出す。その上、火だけでなくブレスが大地に当たった時の衝撃波も厄介だ。


 人の体を簡単に吹き飛ばす衝撃波に何度も見舞われ、動けない所を赤龍は容赦なくブレスを放つ。適当に避けても駄目だ。考え無しに動けば着弾したブレスの炎に囲まれて逃げ場を無くしてしまう。


 唯一、幸運と言えたのが赤龍は城から動こうとしない点だ。固定砲台よろしく、あの場を動かないでずっとブレスだけを吐き続けていた。懸念されていた爪などの攻撃は無く、僕はひたすらブレスを躱す事だけに集中できた。


 何より、《生死ノ境》Ⅰが非常に役に立った。致死級の一撃に対して反応し、速度を失った世界に僕を導く技能スキル。逆に言いかえれば、この技能スキルが発動しない地点を探せば、死ぬことはないのだ。


 そのかいもあったのかリトライ回数が五十に達する頃には生きて作戦の第一段階を越えられるようになる。


 いまだって大気を震わすブレスの嵐を、時に大げさな動作で避け、時にワザとブレスの方に近づき、時に精神力を足に込めて、時に衝撃波を利用して大きく移動したりして無傷とは言えない状態だが生き残った。


 だけど、それは新たな地獄の始まりに過ぎない。


 赤龍の意識を完全に引きつければ、作戦は次の段階へと移る。迷宮入口から複数の影が飛び出す。ギャラクさんを中心とした九名の遠距離部隊とリザだ。


 彼らは赤龍の意識が自分たちに向いていないことを確認すると工房街の路地を通り、所定の位置に向かう。一方でリザは単独で城壁を目指す。


 彼女の役割はただ一つ、可及的速やかに城壁まで行き、救援を呼ぶことだ。伝声管が使えず、魔水晶も無い為、足の速い者が伝令を務める事になった。決死隊の中でスピードの特化しているリザに白羽の矢が立つのは当然といえた。彼女は赤龍のブレスで燃え盛る街並みへと飛び込んでいく。


 そして、遠距離部隊は全員が配置につくのを互いに確認すると一斉に姿を現した。ある者は工房の屋根から。ある者は二階の窓から。ある者は通りに直接出る。


「全員放て!!」


 何処かからギャラクさんの号令がかかると、返事の代わりに矢や旧式、新式魔法が赤龍目がけて幾条も伸びていく。


 だが所詮はD級以下の攻撃だ。龍の鋼の如き鱗に傷を負わせることもできない。そして、煩わしそうに目を細めると口元から火の粉を散してブレスが飛ぶ。


 ここが二つ目の関門だ。


 僕は心に決めていた。二十人全員を生かす、と。そのためなら何度でもやり直すと。


 だが、この部分だけは僕の手に負えない運の領域だった。ブレスが着弾するたびに誰も死なない様に祈る以外僕には何もできなかった。彼らの為に《心ノ誘導》Ⅰは使えない。これは最後の作戦に必要だった。そして遠距離部隊もまた、囮として必要なのだ。


 僕が彼らの配置が完了するまでの囮であるように彼らも次の作戦の囮だ。必要だと頭で分かっていても心は拒否反応を示す。作戦会議の時に何度も反対意見を述べても却下されてしまった。彼らを突き動かしていたのは冒険者としてのプライドなのだろうか。


 最低限の保険の為に、彼らの鎧そのものに耐火結界が刻まれている。流石に直撃しても防げるほどではないが掠る程度や余波程度を防ぐには十分役立つ。囮として身軽になる関係上、鎧を脱いだ僕に結界は刻めなかった。衣服では移動している間に歪み、結界が維持できないそうだ。


 でも保険は保険に過ぎない。赤龍の意識から外れた僕は精神力を使って瓦礫を飛び越えて、城を囲う城壁からブレスの軌道や遠距離部隊の避難経路を観測し、誰かしらの死亡や瀕死が聞こえてくるたびに、あえて《心ノ誘導》Ⅰを発動して龍のブレスを浴びてやり直した。


 そして死に戻る度に、街の見取り図から全員の配置と避難経路を見直す。更に赤龍の首の角度やブレスを吐く間隔、なにより、シアラの金色黒色の瞳が見抜く死の影の濃度を頼りに新しい配置を考えてギャラクさんに伝えて、全員が生き残れるかどうかを祈りながら確認する。失敗すれば、赤龍のブレスを浴びてやり直す。その繰り返しだった。これぐらいしか僕にはできなかった。


 第一関門を越えてからの死に戻りの回数が三桁を達する頃になって最初の異常が起き始めた。顔色は土気色を越えて紙のように白く、手足は震え、視界は点滅し、頭痛が襲い掛かる。


 これは初めての経験だった。だけど、歩みを止めるわけには行かない。体の出すエラーを無視して試行錯誤を続けた。


 その道程の果てで、遂に《トライ&エラー》はバグらしきものまで起こしていた。見たことの無い場所を幻視してしまった。ここまで連続して《トライ&エラー》を使った事は無かった。もしかすると、技能スキルの限界が近いのかもしれない。


 今回に至っては城門をよじ登る気力も無くなった。城壁に寄りかかって浅い呼吸を繰り返す。二百を超える回数の間、ずっと全員の無事を確認するために目を皿にして戦いを見続けていた。だから、夜空を切り裂くように飛ぶ攻撃の種類で、誰が放っているのか、誰が生きているのか地上からでも判断が付くようになった。


 たとえば、鋭い勢いで放たれる矢はギャラクさんだ。飄々としたキャラクターとは裏腹に、攻撃は鋭く、赤龍の目や口などの柔らかい部分をしたたかに狙う。


 風の弾を放つのはメーリアさんだ。迷宮でのレベリングにより、威力もコントロールも上がった魔法は赤龍の顔面を襲う。


 雷を走らせるのはムスタスだ。魔方陣を敷き終わった彼は残り少ない精神力を絞り出すように放つ。


 他にも、山なりの軌道を放つ矢や、光を収束させたビームのような魔法。変わった武器ではブーメランや魔法で生み出した岩の槍を素手で投げる人もいる。


 その攻撃の数が彼らの生存の証だった。彼らが赤龍に対して挑み続けている証だった。


 赤龍が幾度もブレスを吐き出しても攻撃は止むことなく、途切れる事も無かった。途切れることなく、悲鳴も上がらず、戦いは進んだ。


 酷く痛む頭で唯一分かった事は、ついに第二関門を突破したかもしれないという事だった。確証はまだ無い。だけど、一抹の希望はある。


 リトライ二百五十六回目にして、作戦は初めて次の段階に進む。







 リザは燃える街中を駆け下りる。月と星空の明かりしかない夜の街ならこんな速度では危険だが、赤龍のブレスで燃える街に明かりは不要である。その代り、メーリアから聞いていた路地などが燃え上がり、崩れ落ちていて迂回する羽目になっていた。


 そんな中彼女は胸中で止める事の出来なかった主人の事を考えていた。


 倒れて、目覚めるまでのわずか数秒の間に信じられない程消耗しきった様子の主人。彼女たちの目の前で少年の顔色どころか、頭髪の一部が白く、色が抜けていく様を見た時、戦慄と共に彼が何をしているのか理解できた。


 黒髪の少年、レイ。異世界からやって来たという不思議な少年は異端の力を持っているとリザは推測した。


 それは、時を巻き戻す力。


 言葉にするとあまりにも有りえないと一笑に付してしまうが、実際に体験すると何も言えない。自分の体が冷たくなり、命が消える感触。次いで襲いかかってきた魂を削るかのような責め苦は夢のようでいて、実際にこの身に起きた出来事だった。そして、同じ出来事が再び起きたのだ。


 もっとも、最初は何が起きているのかぼんやりとしか理解できなかった。レイがスタンピードの足止めに向かっている最中に、レティとシアラから何が起きたのか問い詰められて話したのは、一人では受け止めきれない出来事だったからだ。レティは半信半疑で聞いていたが、シアラは何か心当たりがあるように頷くと、レイの力の一端が時を巻き戻す力だと口にした。


 おそらくレイはこのエルドラドに来てからずっと、あの力を使って戦ってきたに違いない。でなければレベル1で迷宮を攻略し、六将軍を退けるなんて偉業は達成できない。一方で恐ろしくもあった。あのようなイタミを彼は幾度も味わってなお日常では平静を装っていたのだ。平凡であり続けたのだ。


 きっと、自分では理解できない程の回数を繰り返しているのだろう。その果てがあの変わり切った姿なのだ。たった一人で無茶な賭けに出てしまう主人の為に少女は街を駆け下りる。


 その時だった。無人に近い街の中腹部分で自分とは別の足音が聞こえたのだ。それも一人では無い、複数だった。火の爆ぜる音で掻き消える中、リザは声を張り上げた。


「誰か! 誰かいますか!」


 一瞬、モンスターが此処まで昇って来たのかと躊躇したが、彼女は賭けに出た。前線からでも赤龍の襲来は確認できるはず。精鋭ぞろいの城壁上で龍への対策を何もしていないはずが無いと彼女は踏んだのだ。


 果たして、リザの決断は正しかったのか。


 返事の代わりに燃え盛る建物の一部が吹き飛んだ。敵襲かと思い剣を抜くリザの前に金髪の麗人が飛び出した。煤で汚れているがその顔には見覚えがあった。『紅蓮の旅団』副団長、ロータスの母親にしてA級冒険者の『双姫』ロテュスだった。彼女が開けた穴を通って十数人の屈強な冒険者たちが姿を見せた。あまりにも出来過ぎな登場に自分の脳が生み出した都合のいい幻覚ではないかとリザは考えた。


「いま、呼んだのは貴女? 私たちは赤龍の対応を任された部隊よ。ここで貴女は何をしているの?」


 しかし、ロテュスの涼やかな声がリザの耳朶を震わした。間違いない。ここに現実として存在している。リザは自然と跪いてロテュスの手を握った。


「ちょ、ちょっと? どこか痛め―――」


「―――助けてください!」


 ロテュスの言葉を遮ってリザは叫んだ。そのただならぬ様子に集まった冒険者たちは表情を険しくした。


「私はアマツマラの迷宮にて避難民の警護をしていました。ですが、迷宮の変成が始まり、スタンピードが発生しています。地下から上級や超級モンスターが押し寄せてきています!!」


「あ、あの陰険野郎!! 確実にこっちの弱点を抉るわね!!」


 激昂するロテュスは口汚く、ここに居ないクリストフォロスを罵る。だが、それどころでは無いリザは彼女の剣幕に負けない声量で続けた。


「迷宮出入り口を塞ぐ赤龍を排除するために、決死隊が自らの命を賭けて誘導を開始しています。お願いします、私の主を……ご主人様を助けてください!」


 いつの間にかリザの頬を涙が伝っていた。ロテュスは口を噤むとしばし、思考を巡らすと背後に控えている冒険者に指示を飛ばした。


「ミカロスに連絡。アマツマラの迷宮でスタンピードが発生中。アタシらは赤龍を足止めじゃ無く、城壁まで誘導するって」


「……分かりました」


 冒険者は頷くと、すぐさま来た道を戻っていく。そしてロテュスは何時までも涙を流して懇願するリザに向かって目線を合わせる。


「それじゃ、案内して頂戴。貴女のご主人様の所まで」


 涙を拭うリザは頷くと、踵を返した。







 運否天賦の第二関門を突破した僕の元へ城壁沿いを伝って三人の影が近づいてくる。レティとホラス、そしてこの作戦の要たるマクベだ。


 三人とも、頭上でブレスを吐く赤龍を警戒している。だが赤龍は先程から続く弓や魔法の攻撃に意識が向いており、足元近い僕らへ注意を向けていないため、彼らは安全にたどり着いた。遠距離部隊が囮として機能してる結果だ。


 持ってきてもらったポーションとエーテルを飲んで体力と精神力を回復させる。そして僕らはひしゃげた城門を越えて城の敷地へと入り込む。城から人の気配は無く、避難した後があちこちに残っている。城の地下や後背の山脈をくり抜いた避難所に逃げたのだろう。都合は良かった。


 城の敷地を進み、赤龍の死角まで進むと、最後の打ち合わせを始めた。遠距離部隊からの合図がいつ来るか分からないため、手早く済ます。


「レティ、アイツの鼻先まで作れるか?」


 尋ねられたレティは目算だけど、と前置きしてから口にした。


「多分、あの龍の居る場所が二十メーチルぐらいの位置だと思う。あたしの魔法の射程は十メーチル。足場程度の面積なら何枚でも展開できるけど……」


「最後の部分が足りない……か。マクベ、十メーチルは君の技能スキルの射程範囲か?」


 マクベは上を向いて背中を反らしていた。赤龍に視線が釘付けになっている。僕がもう一度訪ねると、不安そうな表情で答えた。


「厳しいッス。五メーチルが最大射程範囲ッス。それも普通の平地って条件が付くッス。不安定な空中だともっと距離が短くなると思うッス」


 確かにと、心の中で同意する。幾らなんでも不安定な空中で試したことは無いだろう。練習する時間も無かったぶっつけ本番。確信が持てないのも無理はない。


 でも、やるしかない。あの赤龍の頑強な鱗に決死隊の攻撃は通じない。今だって放たれている遠距離部隊の攻撃を赤龍は煩わしそうにするだけで、効いている気配はない。だから針の穴を通すような正確な一撃が必要だった。そのためのマクベだ。


 僕はホラスの持ってきたロープでマクベと自分を巻き付ける。単独で赤龍の所まで行けない彼の為に、僕が空を跳んで連れて行く。


 そして合図が来るのを待った。


 ―――夜空を切り裂く幾条の攻撃が、突然、止んだ。


 それが合図だった。何の障害も無い空に向けて一歩高く飛んだ。


「やれ、レティ!」


「《超短文ショートカット低級ローシールド》!」


 レティの詠唱に合わせて人の足場分の面積の小さな盾が幾枚も出現する。まるで空に向かう階段のように。僕は跳ぶように階段を進む。大量に出現させるために、脆くなった盾は跳んだ衝撃で砕けていく。


 そして十メートル分昇りきった所で最後の一枚に到達する。今までの盾とは違い、幾らかの厚みを持つ盾の上で利き足に精神力を込めて高く飛ぶ。足元で衝撃に負けた盾が砕けた。これで帰り道も無くなった。


 僕とマクベの体は上へと持ち上がり、一瞬の停滞を得る。ここが最高到達地点だった。まだ、赤龍との距離は遠く、五メートルぐらいはありそうだ。真下から飛んでくる敵の気配を感じたのか、赤龍が下を向く。黄ばんだ瞳が上から僕らを覗きこんだ。


 そして、マクベが右手に握りしめた物を振りかぶった。


 それは刃渡り三十センチメートル程度のダガーだった。僕にとってはとてもなじみ深い武器。バジリスクのダガーだ。作戦前にマクベに渡してあった物だ。


 まるで鋭い矢のように放たれたダガーは赤龍の目に向かって飛び―――外れた。目元付近の鱗に弾かれてしまった。


「ああっ!」


 マクベが悲痛な声を出した。マクベの技能スキル、《絶対無比》Ⅰは目標との距離が近い程、狙った場所に正確に当てられる。例え、不安定な空中でも距離さえ近づければ成功する技能スキル。それが外したという事は距離が長いのだ。


 ここからどうやって距離を詰めるかという次の問題に頭を悩ませていると、マクベが腕を振った影響で体が回る最中に僕の視界は眼下の街並みを捉えた。作戦の行く末を、固唾を飲んで見つめている九人の人影が見えた。やはり、遠距離部隊は全員生きていた。


 しかし、喜んでいる暇は無い。浮遊が終わり、体が落下し始める寸前、赤龍が動いた。


「―――っう! レイさん!! 来ます!!」


 マクベの短い言葉に咄嗟に僕は彼を庇うように赤龍に向けて空中で背中を見せた。まるで生存を喜ぶ僕を否定するかのように赤龍からブレスが放たれたのだ。


 赤龍のブレスは僕らを直撃しなかった。落ちていく僕らを捕えられず、ブレスは街へと落ちて行った。しかし、直撃はしなくとも掠めてしまった。僕の背中をブレスは舐めるように炎を浴びせた。


「ぐああああ!!」


「レイさん!?」


 背中が焼け爛れ、激痛が襲い掛かる。しかし、意識を失う訳にはいかない。十五メートル上空から落下している最中だ。マクベを落とさないようにきつく抱きしめる事で意識を保つ。


 そして、僕らの落下速度を和らげるように光の盾が幾枚も展開する。一枚割れるたびに落下速度は落ちていく。最後の一枚の時には落下の衝撃は殆ど無く、僕らの体は地上へと帰還していた。でも、庇ったマクベと違い背中を大きく焼かれた僕は動けずにいた。


「くっそ! おい、レイ、動けないのか!?」


「ご主人さま! ……酷い火傷、早く治療しないと」


 レティが駆け寄り杖を向けた。ホラスからポーションを受け取ったマクベが緑色の液体を背中に掛ける。そしてホラスは三人を守るように赤龍に向けて歪な盾を構えていた。


 それは盾と言うにはあまりにも大きすぎた。シュウ王国で使われている方形の盾よりも一回り以上大きい。それなりに体格の良いホラスがすっぽりと隠れるほどの大きさだ。


 何故ならこれは盾では無い。ニコラス作のただの鉄板だ。適当な大きさで放置されていた複数枚の鉄板をニコラスが小槌で形成することで加護を与えた。ランダムの為、手当たり次第に加護を与えた結果、《耐火》の加護が付いた鉄板を急造の盾として使う。


 そして、試練の時が来た。


「―――来るぞ!!」


 ホラスが急ごしらえの取手を握りしめ鉄板を持ち上げた。同時に、ずがん、と激しい音が響く。龍のブレスが鉄板に直撃したのだ。


「うおおおおお!!」


「ホラスさん! 手が!!」


 うつ伏せの状態で視線をホラスの方に向けると、黒い色の鉄板が焼かれ、真っ赤に熱せられている。苦悶の声を上げているのは熱気を浴びているせいだろう。マクベの呼びかけに応じる余裕も無いホラスは技能スキルを発動しようとした。


 ―――だけど、一手遅かった。


 続けざまに放たれた二つ目のブレスが鉄板を焼き切ろうとしたブレスと混ざり合い、巨大な火の塊へと変貌した。瞬く間に融解した鉄板はマグマのようにホラスを飲み込む。苦悶の声を上げる暇は無かった。そしてマグマのような鉄塊を飲み込んで巨大なブレスがマクベを、そしてレティを包む。あっという間に僕も飲み込んた。おそらく灰も残らないだろう。


 ★


「時間だよ」


 ファルナの声が僕の意識を呼び起こす。


 リトライ二百五十七回目。午前零時。


 再びこの時間に巻き戻って来た。折角、奇跡のような確率で第二関門を突破出来たのにまた死んでしまった。第三関門の入り口も見えてこない。


 悔しい思いを抱いていると、傍らのレティの様子がおかしかった。


「――――っう。――――っひぃ。――――ふゅう」


 突然、地面に蹲ったと思ったら背中を丸め震え出した。こぼれ落ちる呼吸は乱れており、タダならない様子だった。


「レティ? どうかし、……何を……何をやっているんだ!!」


 迷宮入口の洞窟に僕の怒声が反響する。声を荒げてしまったのはレティが自分の手を噛んでいたからだ。歯は肉を裂き、血を流していた。それだけじゃ無い、顔色は土気色になっており、脂汗が流れ落ちている。瞳孔は開き、焦点が合っていない。いくら呼びかけてもレティは返事すらしない。


 まるで死に戻りのイタミを味わっているかのようだった。迷宮でのリザの姿と被った。


(そうか! 今回の死亡は僕よりも先にレティが死んでいる!)


 死ぬ前の光景を思い出せば、ブレスを僕よりも前にレティが浴びていた。おそらく、彼女が先に死に、次いで僕が死んだことで《トライ&エラー》による死に戻りがレティを巻き込んだのだ。僕の死因が対等契約によるものなのか、赤龍のブレスなのかは定かではないが、この考えは間違っていないはずだ。


 僕がリザの時と同じように命令を下してレティの精神の安定を図ると、体の震えが収まらないが彼女は噛んでいた手を放した。


「これが……これがお姉ちゃんの言っていた時を巻き戻す力なんだ」


 どこか夢心地のような声色で、しかし、ハッキリと時を巻き戻す、とレティは言った。


 衝撃を受けた僕はリザの方を見た。彼女は妹の異変に素早く反応し、膝をついて声を掛けていた。僕の視線に気づくと、何も言わずに視線を逸らした。青い瞳に映っていたのは若干の後ろめたさだろうか。


「リザを怒らないであげて。……主様が居ない間に、リザから何が起きたか無理やり聞いたのよ。一度モンスターの襲撃を受けて死んで、時を戻った事をね」


 シアラが周りを警戒して小声でフォローを入れる。だとしたら、レティが手を噛んだのは理由に見当がついた。悲鳴を上げて周りに迷惑をかけないためと、きつけの為だろう。この非常時に姉のように取り乱さない為に自分を噛むことの痛みで平静を取り戻そうとしたのだ。


 そんな意志の強い少女の翠色に輝く瞳が僕を見据えた。


「……ご主人さま。……あたしの提案を聞いてくれる?」


 僕は彼女の瞳に気圧されてしまい、何も言えないでいた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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