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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-53 精霊祭 六日目〈Ⅶ〉

 ★


 右腕を噛み砕こうとするホワイトタイガーの攻撃を躱し、カウンターのように足刀を頭部に叩き込む。通路の壁に激突したホワイトタイガーにバスタードソードを差し込んだ。固い筋肉を突き破る手応えを感じながら、首筋に差し込んだ剣先で傷口をワザと広げた。


 ごぼごぼ、と出血が激しくなり、引き抜いた勢いで通路のあちこちを赤く汚した。ホワイトタイガーの苦悶の声が反響し、途絶えたのは振り下ろした一撃で首を落とされたからだ。


「グルウウウ!」


 先頭の同胞が手ひどくやられたのを見て、ホワイトタイガーの群れは僕を敵と認識した。足を止め、僕に向けて殺気を滾らせる。彼らとの戦闘はこれで七回目だ。その間にわかった事が一つあった。


 このモンスターたちは何者かの手によって操られているが、完全に支配下に収まっていない。下された命令は出来る限り第一階層の広間を進む事。おそらく目的は避難民たちの恐怖を煽り、足を止めさせる事だろう。そのため僕を無視して通路を抜けようとする。しかし、その命令は感情で抗える。同胞が即座に殺されれば警戒し、死体を甚振られれば激昂する。命令を無視して僕と戦う事を選ぶ。


 技能スキルを使わなくても群れをコントロール出来るのは助かった。僕の《心ノ誘導》Ⅰは一度使えばその戦闘中は再度使えない。無暗に使う訳にはいかない。


 群れから飛び出したホワイトタイガーの眉間に左拳を叩きつける。炎鉄の手甲は打撃武器へと変化し、ごきり、と鈍い音を生み出す。しかし、この程度では致命傷にならないのは知っている。拳からずるりと落ちそうになっても黄ばんだ瞳に戦う意思を宿すモンスターに向かって足を振り下ろした。


 試したことは無いが、きっとスイカを足で踏みつぶしたら、こんな感触なのかもしれない。踵落としをくらい頭蓋が陥没したホワイトタイガーは通路に叩きつけられ、僕はそのまま右足に力を込めた。頭が弾けたホワイトタイガーから視線を切った。


 ここまでやれば僕を無視するなんて選択肢はホワイトタイガーたちから消えている。残った十体程度のモンスターたちは慎重な足取りで距離を詰めてくる。僕は頃合いを見計らって血に濡れたバスタードソードを横に振った。


 間合いの遥か外に居たホワイトタイガーたちは避けるそぶりも見せなかった。だけど、それは間違った判断だ。先頭の二頭に向けて剣に付着していた血液が目くらましのように付着する。ワザと傷口を広げさせたのは十分な血の量が欲しかったからでもある。


「ガウウ!?」「グガアア!?」


 視界を塞がれた二頭は咄嗟に腹這いになって小さくなった。頭を守り、致命傷だけは避けようとする自己防衛と、囮になって自分たちが狙われている間に他のホワイトタイガーが攻撃するチャンスを作ろうとする。その判断の速さには脱帽物だが、僕の狙いはその奥にある。


 頭を伏せた二頭を跨いで後続と距離を詰めた。面喰うホワイトタイガーが二頭。そのうちの一頭に向けてバスタードソードの柄を叩きつける。ごきり、と砕けた音と共に悶絶するホワイトタイガー。しかし、瞳に戦う意思は宿っている。崩れ落ちる中、僕の足を噛みつこうとするのを回避するため、左手側の壁に向かって跳躍した。そして壁を蹴って軌道を変えると反対側に壁にぶつかり着地する。


 頭蓋から血を流すホワイトタイガーが横合いから飛び込んできた同胞の爪を浴びていた。狙いは僕だったろうに、壁を使って回避したため狭い通路で接触事故が起きていた。床に着地した僕は同士討ちをしたホワイトタイガーたちを纏めて刃で貫いた。


 魔石を砕いた感触は手に残ったが同時に倒れる時の衝撃で刃が折れたのも分かる。わざわざ柄で殴ったのも脆い刀身だったからだ。僕はすぐさまバスタードソードを捨てると来た道を引き返す。道中で血を拭おうとする二頭のホワイトタイガーたちにバジリスクのダガーで首筋に切れ込みを入れるのを忘れない。これであとは勝手に死ぬはず。


 背中を見せて逃げ出す僕は格好のチャンスと捉えたホワイトタイガーが追ってくるのが背後を見なくても分かった。気配だけでなく、ここまではすでに通った道だからだ。


 僕は倒れこむふりをして床に向かって飛び込んだ。壁際に置いてあったものを掴むとくるりと反転する。同じように跳躍してきたホワイトタイガーに向けて、寝かしていた槍の穂先を向けた。


「グギャッア!」


 口から尻までを槍で貫かれたホワイトタイガーは苦悶の表情を浮かべてしばらく足掻いた後死亡した。あれは三回目の時だ。折れまくる粗悪品のバスタードソードのせいで死んだため、地上からの支援物資として広間に持ち込まれた武器をファルナから拝借することを思いついたのは。いまじゃ通路の入り口に使えそうな武器が立てかけたり、寝かされたりしている。


 槍を手放すと音を立ててホワイトタイガーが叩きつけられる。これで七体。生き残っているのはあと五体。


 ここから先は慎重に戦わないと厳しいのは重々承知している。僕は壁に立てかけている長物、ハルバードを掴んだ。長い棒の先端に斧のようなものを付けたこの武器は斬る、突く、引っかけると多彩な攻撃方法を持つ多種機能武器だ。この横幅の狭い空間で長物は不向きかと思ったが、これがなかなかどうして役に立つ。


 ゆったりと腰だめに握り、先端を残ったホワイトタイガーたちに向ける。それだけで彼らは威圧されたかのように動きを止める。爪と牙しか攻撃方法を持たない彼らにとってハルバードの長さの前に迂闊に攻めて来ない。時間を稼ぎたい僕にとってこれはありがたかった。


 しかし、その時間はさほど長くは続かない。


「グアアアア、ゴアアアアア!!」


 一番奥に控えているホワイトタイガーが唸り声をあげた。それは通路にて反響し、余計に音量を上げている。通路の奥の暗がりから闇を切り裂くように一回り大きなホワイトタイガーが姿を見せた。白い毛皮に赤い縞が入り、この群れの中でも格が違うのが一目で分かる。僕は心の中であれをボスだと仮称していた。


 ボスがハルバードに怯えているホワイトタイガーたちを睨むと配下たちは首を竦めた。ボスが恐ろしいのだろう。そして、覚悟を決めたかのように吠えると僕に向かって突進してくる。


 狭い通路は一度に三体しか通れない。体をぶつけながら三体は横一列に並び、少し遅れて一体が追いかける。もう、ハルバードのはったりは効果を失っている。だから僕は何の未練もなく、ハルバードを投げた。やり投げの選手のように振りかぶって投げた。競技のやり投げと違い、刺突武器のハルバードの先端は尖り、中央にいたホワイトタイガーを縫い付ける。そのため、後方から駆けるホワイトタイガーが突然現れた障害物を迂回する。これで時間の調節が出来た。


 そもそも僕の拙い技術ではこの狭い空間でハルバードを満足に使いこなすなんて出来ない。最初から牽制用の目的でここに運んでおいただけだ。


 僕は通路に立てかけていた切り札を握る。長さは七十センチ程度。片刃で刃の部分は湾曲しているのに峰は直線という不思議な形態をしている。そのため、一見すると鉈のような剣だった。名はファルシオン。片手剣の割に重い剣を握ってホワイトタイガーたちの間合いに飛び込んだ。


 左から迫るホワイトタイガーの爪をしゃがんで避ける。ついで右から飛びかかるホワイトタイガーの牙に向かってファルシオンを振り上げる。鈍い音がして怪物の牙は折れる。痛みに耐えかねている内に二体の隙間を通り、遅れてやって来たホワイトタイガーと対峙する。


 僕という敵を眼前にしたモンスターは勢いを加速する。だけど、僕はそのモンスターの額に向けて足を振り上げた。ホワイトタイガーの頭を踏み台に敵の攻撃を躱した。流石に三体に囲まれたら無事でいられる自信は無い。


 着地するなり振り返り、反転する最中のホワイトタイガーの脇腹にファルシオンをくい込ませた。重たい刃は自重だけで刃をくい込ませる。柔らかな肉が振り返る動作の最中に斬り広げられる。開いた傷口から腸がはみ出す。


 ずぶり、とファルシオンを抜いて身構えた。入り口に近づいた二体のホワイトタイガーは目的を忘れたかのようにこちらに向かってくる。だけど、片方は牙が折れた猫にすぎない。


 僕は牙の残る方にファルシオンを大上段から降りおろした。僕のSTRと相まってホワイトタイガーの頭蓋は綺麗に縦に割れた。そして振り下ろしたファルシオンを斜め上に切り上げた。牙の折れたホワイトタイガーの下顎に刃は食い込み、力任せに横に振った。中途半端に横に斬れた下顎はむき出しの歯を見せながら下に落ちた。上顎しか残らないホワイトタイガーは流れる血に構わず、爪を振るう。だが、動作はひどく緩慢で躱すのは容易い。そして頭蓋に向けて再度ファルシオンを振り下ろした。頭蓋を貫く鈍い手応えが刃を伝う。屍からファルシオンを抜いて刃に視線を向けた。


 驚くことに固い骨を砕いてもなお、ファルシオンの刃に刃こぼれもなかった。これを切り札と呼んだ理由はひとえにこの刃の頑強さにある。一気に上がってしまったSTRで支給品の武器を振れば、数回で武器が駄目になってしまう。その中でも樽に突き刺さっていたこのファルシオンだけは僕の全力についてきてくれた。


 付着した血液などを拭って、ホワイトタイガーのボスへと向けた。


「グルウウウ!」


 牙を向きだしにして唸るボスは全身の筋肉に力を込める。他のホワイトタイガーよりも一回り大きい躰がさらに大きくなったように思う。黄ばんだ瞳は同胞を倒した僕に殺意を向けていた。


 しかし、僕は視線をボスからその奥へと向けた。


「お前、いつまでもそこに居ると……死ぬよ」


 人の言葉を理解できないはずのモンスターは唸るのを止めて自分の背後を振り返ろうとした。だけど、振り下ろされたバトルアックスの前に胴体からずるりと斜めに切られてしまう。これで最後の一体が勝手に死んでくれた。


 そして、ここからが本番だ。


「メェェエエエエエ!!」


 新手は蹄の着いた足で両断されたばかりのホワイトタイガーを蹴り飛ばす。砲弾の如き勢いで吹き飛ぶ上半身を躱して新手―――レッサーデーモンと向き合った。僕の首を落とした羊頭の超級モンスターだ。そして、ここ三回連続で僕はアイツに殺されている。一回はあのバトルアックスで防御に掲げたバスタードソードごと頭のてっぺんから縦に切り分けられ、一回は蹄の着いた足に頭が踏みつぶされ、一回は毛むくじゃらな両腕に自分の腕を引きちぎられて出血多量で死亡した。


 厄介な相手だけど、一点だけこちらが助かっている点がある。それはレッサーデーモンの巨体だ。さして広くも高くも無い通路を塞ぐようにレッサーデーモンは立っている。ホワイトタイガーのように複数体が一度に襲い掛かる事も、僕を倒さないと広間には行けないから策を弄して気を引く必要も無い。そして、僕は先頭のレッサーデーモンを通路で足止めさえできれば、後続の足止めに成功したも同然だ。


 ファルシオンを片手に握り、鼻息の荒いレッサーデーモンと対峙する。今度はさっきの理屈を自分で味わう羽目になる。レッサーデーモンの体格にあうバトルアックスの間合いに迂闊に入れずにいた。なにせあれに斬られた時の感覚は今でも思い出せる。しかし、手にした武器が片手剣である以上、距離は詰めないといけない。意を決して一歩足を踏み出した。


 ―――閃光のような刺突をファルシオンの鎬で弾く。


 いや、狙って弾いたわけでは無い。たまたま、刺突の軌道上に分厚い刀身のファルシオンが道を塞ぐように存在し、バトルアックスの先端がぶつかったに過ぎない。剣を持っている右腕ごと抜けそうな衝撃を味わうが、初手を躱せたのは大きい。いつもはこの一撃を肩や足にくらってそのまま畳みかけられるように戦う流れだった。伸びたバトルアックスに沿うように走り出した。この狭い通路で振り回す事は簡単じゃない。実行する攻撃は二種類しかない。突くか、引くかだ。


 視線の片隅でバトルアックスの柄が動いた瞬間、頭を床に向かって下げる。横滑りのギロチンのようにバトルアックスの刃が頭上を通過した。だが、これで終わりでは無い。レッサーデーモンは柄の中央で片手をくるりと回した。短い軌道を描いてバトルアックスが通路の天井を掠めながら縦に振り下ろされる。咄嗟にファルシオンを横に薙いで軌道をずらした。しかし、レッサーデーモンは意に介した様子も無く両腕を引いて力を貯める。


 まずい、と。思った瞬間には刺突が再び繰り出された。ファルシオンの分厚い刃を盾のように構えていなければ体を貫かれていたはずだ。反面、僕の体は突きの勢いで後ろに吹き飛ばされた。二転三転ところがって止まる頃には通路の出口付近まで押し戻されてしまう。


 すぐさま立ち上がって通路を駆け抜ける。急いで間合いの内側に入らなければあの刺突が来てしまう。伸びたままのバトルアックスの横に到着すると、又しても柄がゆらりと動く。だが、今度は引き戻す動作では無かった。バトルアックスの先。斧の側面が僕の全身を強く叩いた。バトルアックスを横に払ったと理解したのは壁に全身を叩きつけられたときになってからだった。


「メェエエエ! メェエエエエエ!!」


 通路の片隅に倒れた僕を見てレッサーデーモンは得意げに鳴いた。そして勝利の凱旋といわんばかりに通路を進む。倒れている僕の事はもう意識の外にあるようだ。


 だから、倒れたふりをしていた僕が下からファルシオンの刃を振り上げたのに気づくのに遅れた。


 僕は迷宮の壁を足場に跳躍した。狙いはレッサーデーモンの首だ。振り上げた刃が山羊頭の首筋に刺さり、切った。しかし、手応えで分かる。―――浅い。モンスターの外皮は思っていた以上に固く傷口は浅い。


「メェエエエエエエエエエ!!」


 そして、急所を狙われ激昂したレッサーデーモンは腕を下から振りぬいた。拳は僕の腹部に突き刺さり、僕は軌道を変えて天井に激突した。そして落下する所を狙われた。短めに持って振り回されたバトルアックスの刃が頭部を狙う。


 ―――世界が遅くなる。


 《生死ノ境》Ⅰが発動した。僕はファルシオンに精神力を纏わせて振り下ろされるバトルアックスに叩きつける。そして世界は速度を取り戻す。


 金属が激しくぶつかる音がして、僕の体は床に叩きつけられる。《耐久》の加護が受け身のように発動してくれたおかげで痛みは無く、直ぐに立ち上がって距離をとった。息は乱れ、疲労が全身を襲っているのに、心中では炎を上げる。


 まがりなりにも、僕が超級モンスターと渡り合えているのは《トライ&エラー》による繰り返しで得た経験だけでは無い。この七回の戦い、生と死の境を行き交う戦いによってようやく僕は僕の体の扱いに慣れてきた。急上昇してしまった能力値パラメーターを制御できるようになった。人間死ぬ寸前まで追い詰められれば、そのまま死ぬか、成長するかの二択のようだ。


 ともかく自分の思い通りに動く体を駆使してレッサーデーモンの足止めに成功している。


 手応えを感じる僕に反してレッサーデーモンは静かだった。だけど、モンスター特有の濁った眼は怒りに震えている。僕程度にこれほど手間取らされているのに腹が立つのだろう。


 そして、バトルアックスを急に短く持ち替えた。それこそ、先端の斧の部分の根元を持つ。そして低い体勢を取った。僕は今までにない変化に対応するため意識を相手に集中させる。動きの起こりすら見逃すつもりは無かった。


 それでも、次の瞬間のレッサーデーモンを捉える事は叶わなかった。


「……消えっ! ぐわぁぁぁ!!」


 消えたと思った瞬間僕の体は後方へと引きずられる。レッサーデーモンの開いた手で頭を掴まれている。そのまま勢いよく床に叩きつけられた。気づけばそこは迷宮の広間だった。


「レイ! 逃げろ!!」


 ファルナの声が聞こえたがそれは無理だった。床への衝突の衝撃で鎧は砕け、背中に破片が突き刺さり、指先どころか首から下の感覚が無いのは背骨が折れたせいだろうか。


 動けない僕にレッサーデーモンは淡々と根元で握りしめたバトルアックスを振り下ろした。


 ★



読んで下さって、ありがとうございます。


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