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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-45 精霊祭 五日目〈Ⅲ〉

「え? 増援が来たの?」


 僕の声と同時に集まった人々から安堵のため息が溢れた。横目でみんなの顔を眺めると、心底喜んでいる表情を浮かべていた。リザやレティも同様にほっとしたように笑い合い、メーリアさんは喜びのあまりマエリスさんにしがみ付いていた。女傑の豊満な胸に飛びつく少女をギャラクさんが羨ましそうに見ている。


「はい。今日の昼前に第二王子スヴェン殿下の騎馬隊が到着しました」


 精霊祭、五日目の夜。といっても迷宮の中に夜空は無く、漆黒の闇が広間の四隅に陣取っている光景しかない。置き時計だけが今の時刻を教えてくれる。今晩の食事を作る最中に兵士に護衛されて結界の様子を見に来た魔術師のムスタスが吉報を持ってきた。年若の少年は味のしない乾パンを摘まみながら説明を続けた。


「ここだけの話にして下さいね。実は昨日の夜の時点で両殿下の増援部隊は夜襲にあっていました。特に数の少なかった第二王子の部隊は被害が大きく、半数が戦闘不能で動けなくなったそうです」


「それじゃあ、増援どころの話じゃないだろ」


 ニコラスの指摘が飛ぶと、他のメンバーも同意する様に頷く。結界の防衛班は全員起きて天幕の群れから少し離れた炊事場に集まった。ムスタスが結界の修繕を行ってから、地上の情報を伝えたいと頼まれたので全員を叩き起こした。本来なら結界の傍を巡回する前衛組も炊事場に集まってムスタスの話に集中する。


 この一日の間に防衛班の顔触れに変化があった。


 ハジャクさんを始めとした正規兵はこの場に居ない。正規兵四人は招集が掛かり、全員地上へと戻った。その際に聞いたのだが、この広間以外でも同じように正規兵の招集が掛かったそうだ。冒険者では無く正規兵を招集したのはバリスタという兵器を使う訓練を受けているのが正規兵のみだからだそうだ。


 その代り、足りなくなった兵の補充に、何と戦奴隷が投入されることになった。戦闘経験のあるレベル20以上の戦奴隷に限定されたが、地上に帰った者達の代わりに防衛班に四人加わる。その中にはシアラの姿もあった。


 彼女はギャラクさんと同じ遠距離部隊に配属された。今日の防衛でも非常に活躍した。同じ魔法使いとして技量の高いシアラをメーリアさんなんかは尊敬の眼差しで見つめていた。


 そんなシアラの手にはターコイズブルーの輝きを放つ宝石、『氷の涙』を付けた杖が握られている。杖を持たない彼女に貸した僕の持ち物だ。本人は杖が無くてもどうにでもなると言っていたが、メーリアさん曰く、杖が無ければ狙いがぶれるし、杖の属性次第では威力の増加も見込めるとのこと。嫌がる彼女に押し付ける様に渡した。どうせ、使い道が無かった物だ。壊されても構わない。


 ともかく、戦奴隷の加入で防衛班の戦力は若干の低下はあったが問題なく機能していた。だけど正規兵が居なくなったことで避難民からの圧力が増した。やはり、彼らにとって、揃いの鎧は権威の証に近いのだろう。迷宮という僻地に追いやられても、正規兵が居る事で国から見捨てられていないと思えていた。それなのに彼らの姿が無くなったのだ。


 もうじき、迷宮に潜って丸二日に突入する。避難民たちの精神も緩やかに、そして確実に追い詰められていく。正規兵の撤退も加わって精彩を欠く彼らの横顔に言葉が出てこない。


 逆に、覚悟を決めたような男もいた。ホラスだった。ボヤキ屋だった彼は正規兵の撤退と、戦奴隷の加入について何も言わなかった。今も、静かに何かを考え込むそぶりを見せる。


「そう! 上も増援部隊の到着が一日ずれ込むと考えていたし、実際そのような報告を受けていた。でも、第二王子、スヴェン殿下は直ぐに決断した。半数近い傷兵を見捨てて・・・・騎馬のみの部隊を編成して夜中の内に出発したのです」


 第二王子の部隊は当初、騎馬と歩兵の混合部隊だった。元々、メスケネスト平野から北上したスタンピードの群れが道中襲った村や砦と連絡が取れなくなり、それらを見て回るための偵察部隊の為、さほど大所帯では無かった。それが魔水晶の通信により、アマツマラの危機を知り、後を追うように北上して行った。


 その最中に飛行系モンスターによって夜襲を受けた。このスタンピードにおいて散々空を奪われた事で不利な状況に追い詰められたのがまた繰り返された。


 だが、第二王子はタダでは転ばなかった。相手が一度の襲撃で満足しただろうと考え、これ以上の襲撃は無いと判断。直ぐに部隊を再編し、無事だった馬と騎士だけで騎兵部隊を作ると夜も明けないうちに出発したのだ。歩兵の足に合わせる必要が無くなったため、夜を徹した行軍によって昼前には到着した。


 負傷者にはあぶれたものが付くことになったが、ハッキリ言えば仲間を見捨てアマツマラに来たのだ。それもアマツマラの上層部には秘密にして。第二王子は、自分たちの動きが監視されている可能性を考えて夜の闇に紛れるように行動した。念には念を入れて、情報を他に漏らさずに。


 結果的にはそれが功を奏した。


 負傷したオルド不在の中始まった地上の戦いは五基の投石機の登場で一気に城壁を崩されるところだった。あわやという所に現れた第二王子の部隊がモンスターの後背を突き、投石機を破壊しなければ確実に負けていたらしい。その後、味方の援護を受けて三千の騎兵は無事に城壁内に迎え入れられた。


「とまあ、地上はこんな感じですね。今日も避難区域に被害は出なかったお蔭で、迷宮へ避難する人はいません。ですが、第一王子の方も夜襲を受け、陣容も歩兵が多数です。到着が遅れ、攻勢に出るのは七日目になります。それが七日目の何時に到着するか分からない以上、いつまで迷宮に潜る事になるか地上でも分かっていません。ですからもうしばらく耐えて下さいとのことです」


「分かった。伝令は確かに受け取った。ありがとうな」


 ギャラクさんが一同を代表して礼を言った。乾パンを食べ終えたムスタスは手についた粉をはたき落してから護衛の兵士を連れて次の広間へと向かった。彼の小さな後姿が闇に消えるのを見届けると、ギャラクさんが防衛班に向かって声を掛けた。


「よし! それじゃ、現状の再確認だ。俺達はすでに迷宮に潜って40時間近く経過している。……ちなみに大分きつくなってる奴、正直に手を上げてくれ」


 その言葉に数人が手を挙げた。戦闘を専門にしていない予備兵役と共にリザとレティも手を挙げていた。意外だと思う反面、考えてみれば、初迷宮でこんな変則的な事をしているのだ。疲労の蓄積度も違うだろう。


 僕の初迷宮の場合、《トライ&エラー》を使用した力技で何度もやり直した結果、潜った時間はトータルで考えると一日所では無い。そのせいか、迷宮で疲弊した記憶よりも、何度も同じことを繰り返す事の方がしんどかった。


「分かった。リザ班は迷宮に不慣れな奴も多い。レイとホラスの班の担当時間を伸ばしてもいいか?」


「僕は構いませんよ」


「……俺もだ」


 ギャラクさんと僕はホラスの答えに少々驚いた。アマツマラの迷宮に入ったばかりの彼だったら確実にひと悶着は起きていたはずだ。昨日の一件が少しはいい方に作用しているのだとしたらいいのだが。ともかく、この変化を好意的に捉えよう。


「よし。地上の言葉を信じれば、あと二日。奇しくも精霊祭最終日、七日目には全部が終わるんだ。それまでは頑張ろうぜ!」


「「「応っ!!」」」


 僕らは小さく、それでいてハッキリと返事をすると散開した。リザとレティは僕に挨拶をしてから寝袋の方へと向かう。元々ホラスの班が防衛の番だったから彼らは結界の方へと散っていく。


 その最中にホラスが僕の傍を通り過ぎようとした。僕は小声で、


「ありがとう」


 と、感謝を伝えた。ホラスが何を考えているのか分からないけど、リザとレティの為に無理をしてもらうのだ。感謝を示すべきだ。ホラスは鼻を鳴らすだけ何も言わずにそのまま通り過ぎた。まだ、わだかまりはあるが少しは距離が縮まったと思いたい。


 すると、人の波をすり抜けてシアラが僕の方へと近づいた。彼女は小声で耳打ちする。


「もう二人、登場人物が増えたわよ」


 登場人物。その言い回しに心当たりがあった。それは予知に関する事だ。


「―――っ! ……もしかしてムスタス?」


「そう。もう一人はあの鍛冶師の女性よ」


 僕らの視線はリザ班の一人、マエリスさんを指さしていた。彼女は眠たそうに目を擦りながら寝袋の方へと消えていく。


「……でもあの人に関しては、ちょっと確信じゃないわ。ただ、燃え盛る火で浮かび上がったシルエットが彼女に良く似ていたの。……特に胸が」


 シアラの声の響きが冷たいものに切り替わった。確かにマエリスさんの胸は中々の物だった。シルエットからでも判断できそうなほど特徴的だ。


「……そうか。分かった。……これで十人か」


 頭の中で判明している人で陣形を組み立てる。前衛は僕、リザ、ホラス、マエリス、ニコラス。後衛はシアラ、メーリア、ギャラク、レティ、ムスタス。レベルは10~50までの混成部隊だ。もちろん、連携なんて取った事は無い。


 残りの十人がどんな人物なのか分からないけど、レベルで突出した者は出ないと考えるべきだ。だとすれば、戦力はあまり変わらない。だとすれば、どうやって赤龍と戦うべきか。


 昨日、覚悟を決めた時からずっとそればかりを考えていた。何せ、自分にできるのは頭の中で策を考える事ぐらいだ。思考を止めた時が負ける時だ。


 とはいえ赤龍の情報が少ない以上、ある程度は出たとこ勝負なのは変わらない。判明している攻撃方法はブレスと高速移動からの爪。そして丸太の如き太さの尾だ。どれも脅威だがA級冒険者や鍛冶王との戦いを見ていて気付いたことがある。


 それはあの状態の赤い龍の攻撃は大雑把だという事だ。もちろん、上級冒険者たちのスタミナや反射、スピードなどは僕らの能力値(パラメーター)とは比較にならないから参考になるとは思えない。それでもA級冒険者たちに対してまともな戦い方をしていなかった、と思う。なんというか、戦いながら別の事をしているような、極端な話、戦いに集中していなかったと思う。


 食われて飲み込まれて溶かされた時は、恐怖のあまり動けなかっただけで、もしかするとあの時も避けようと思えば避けられたかもしれない。


 だとすれば、戦い方は一つだ。


 相手の間合いに入らず遠距離から攻撃する。僕ら前衛組は遠距離組の露払いだ。それなら切り札は彼女になる。


 僕は傍に立つシアラへと視線を送った。彼女は金色黒色の瞳に不審そうな色を覗かせて僕を睨み返した。


「何よ? いじけていた時よりも気合の入った、そのくせ不穏な目は」


「……そんなに心の内が出ているか?」


 心境を当てられて思わず自分の目に手を当てた。彼女は唇を吊り上げて少しだけ笑うと、遠距離部隊として配置に着いた。僕は夕食の準備を班員と手すきのメンバーで始める。今日のメニューはジャガイモと卵のオムレツだ。卵も水もムスタスが来た時に支給された。


 彼女が防衛に参戦してから半日。ある程度の数のモンスターが出現したが、シアラの魔法によって悉く撃ち落された。低級モンスターのリトルクロウという、烏のような飛行系モンスターが現れた時には十数匹を一片に凍らせて片付けた。


 息切れ一つせずに、涼しげな表情で魔法を放っていた様子から、レベルに関して相当強いと思う。単純な考えだが、火を放つ龍には氷は効いてくれるはず。この二つの理由から赤い龍との戦いにおいて彼女を主体とすべきだ。


 だけど、やはり決め手に欠ける。予知のシーンで鍛冶王はともかくオルドが居ないのは今回の負傷のせいかもしれない。いつになったら戦線に復帰するか知らないけど、あまり当てにするべきでは無い。やはりシアラの魔法などを駆使して鍛冶王の所まで赤い龍を誘導する。


 これが一番の戦い方かもしれない。


 ジャガイモの皮を剥きながら結論付けていると、背後に人の気配を感じた。首だけ向けると、そこには意外な人が立っていた。


「ハインツさん?」


「よお。息災そうで何よりだな」


 眼鏡の奥の細い目が薄らと僕を見つめている。手にしたパイプから紫煙が漂っていた。シアラの所有権を持つ、奴隷商人。ゴルゴン商会の跡継ぎが立っていた。シアラや子供の奴隷たちがいた事から彼もこの広間に居るとは思っていたが、こうやって顔を合わせるのは初日以来だった。彼もこのスタンピードに翻弄されて少しやつれた表情を浮かべていた。


「隣、座ってもいいか?」


「駄目です。料理中なのでパイプを止めてくれたらいいですよ」


 彼はしまったと呟いてからパイプの火を消した。素直にいう事を聞いたのに驚いていると、彼は僕に構わずに隣に座った。


「……それで? 僕に何か用ですか?」


「おう。一つ商談・・をしに来たんだが、……その前に確認だ。お前さん。金は幾らかあるか?」


 ハインツさんはいきなりぶしつけな質問を放つ。思わず商人の横顔を見つめたが、そこは腹芸の出来る商人。僕の観察力では彼の表情から何もわからない。


 不審に思いながら言葉を選ぶ。


「……唐突ですね。一体全体どういう事なんですか?」


 すると、大きなため息を吐いてからハインツさんは非常に言い難そうに語りだした。


「実はな、割と切実に金が無い」


 随分とヘビーな話になりそうだ。


「精霊祭の初日。つまり、スタンピードが起きた日。ワシは取る物とってお前らと共に城壁の内側に逃げ込んだ。だけど、それ以外の荷物は全部おいてきたうえ、聞けばあの辺り戦場になっちまったんだろ?」


「まあ、そうですね」


 曖昧にしか返せなかったが、天幕や檻などは戦闘の邪魔になるため城壁の内側に運ばれ撤去されている。その中にハインツさんの荷物があったとしても見つかるかどうか。なにせ、赤い龍のブレスで街には火が着いた。どれ程の規模で燃えたか分からないが、もしかすると特別地域にあった荷物も全焼しているかもしれない。


「だとしたら、荷物なんか全部粉微塵になっているだろうな。ワシの商会に残った資産は現金とギルドに預けてある金。そして奴隷だ。奴隷を入れる檻も、旅をするための荷物も、その他一切を一から揃えないといけない、なにせ奴隷はほったらかしにすれば死んじまうからな」


 話を聞いていると随分と悲惨な感じがしてきた。きっとハインツさんに限らず、今回のスタンピードで儲けをフイにされ、赤字どころか破産した人もいるかもしれない。だけど、それを僕に言ってどうするつもりなのだろう? 疑問は晴れないまま話は続く。


 その時、思い出したのは僕がリザとレティを購入した時の代金だ。正確には彼女たちを合法の奴隷だと証明する代金だったが。あれはどうなったのだろうか。


「僕が支払った小切手の代金は」


「あれはギルドに全額支払う義務がある。ワシには儲けなんか出ない」


 一刀両断で断ち切るとハインツさんはそのまま言葉を継いだ。


「今回、王政府の方から戦奴隷を防衛に回すという話が出た時、同業者の中で報奨金の話になった。無論、王国にも威信があるだろう支払いはきっちり出るはずと全員の意見は一致した。問題はその時に同業者の口から出た言葉だ」


 ハインツさんは自分の心境を表すかのようにトーンを低くする。


「ギルドが一連のスタンピードを受けて王国に金を支援するかもしれん。もし、しないとしてもアマツマラのギルドはしばらくの間、引き出せる金額に制限を付けるはずだ。おそらく、少額しか引き出せん。それで済む奴は問題ないが、ワシのように済ませられない奴は商売が立ちいかなくなる。そこでだ、ワシはこの騒動が終わったら単身でウージアまで行こうと思う」


 眠らない街、ウージア。苦い思い出しかないが、ハインツさんの話ではこの近辺で商会ギルドがあるのはダラズかウージアしかないそうだ。


「その前に売れる資産を少しでも売って身軽にしときたいんだ」


 遂にハインツさんの話が本題に到着した。彼は僕に告げた。


「お前、シアラを買ってみる気は無いか?」


読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は11月30日を予定しております。

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