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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-44 精霊祭 五日目〈Ⅱ〉

「あれは……何だ?」


 アマツマラの城壁を崩そうとする五基の投石機。そのはるか後方の草原に動く影をミカロスの双眸が捉えた。それは―――予想外の光景だった。


 彼は最初、自分の願いを脳が汲み取り有りえざる幻影を網膜に投影しているのかと思ったほど、都合が良すぎた。だが、ミカロスが気づいたのと時を同じくして敵味方双方がその存在に気づいた。彼らの視線は戦場に新たに現れた存在へと向けられる。


 そのお蔭で、頭上から降りそそぐ巨石の群れも今は止み、城壁から飛び降りようとしていた兵士や冒険者も動きを止めて、目を凝らした。


 はじめは草原に黒点が姿を現した。その黒点は徐々に一塊になり、群体となって草原の丘に集まっていた。城壁から八百メーチル程の地点で動かずに止まっている。


「騎馬の群れ……です」


 兵士の一人が双眼鏡を取り出して信じられないような震える声で呟いた。兵士の驚愕が伝播したのか拘束が緩まるとミカロスは脱出した。そして兵士から双眼鏡を奪いとった。二つのガラス越しに見えたのは確かに騎馬の群れだった。


 シュウ王国で正規採用されている種の軍馬が三千程。馬上にはシュウ王国の正規装備を身に着けた騎士が長槍を手に携えていた。長槍はまるで雑木林のように直立している。その姿はまさに威風堂々としており夢のような光景だった。しかし、確かに現実として存在していた。だが、ミカロスにとっては得体のしれない存在でもあった。


「本当に……我が国の騎兵だ……しかし……一体……どこの部隊だ?」


 ミカロスの脳裏にウージアの女帝の姿が思い浮かべた。ウージアはダラズの次に近く、冒険者や兵士が常駐している。夜を徹して走れば確かにこの時間につくかもしれない。


しかし、有りえないとすぐさま却下した。王との関係を省みればあの女帝はこのような窮地を救うために兵は出さない。むしろ、窮地と分かればアマツマラが陥落するまで兵を動かさない。城壁を乗り越えて街に押し入るスタンピードの群れを街ごと燃やすような女だ。きっと眉ひとつ動かすことなく実行するだろう。


 だが、ウージアの街が候補から消えるとミカロスには他の答えは無かった。いや、一つだけ存在したが、その答えは昨夜のうちに砕かれてしまっている。


 すると、自分と同じように双眼鏡を覗いていた者が叫んだ。


「団長殿! 旗が上がりました! 部隊の中央付近です!」


 その声に従い、ミカロスは視界を中央付近に向けた。雑木林のように直立する槍よりもひときわ高い位置にて旗が風にたなびいて揺れていた。


 シュウ王国、それも王家にしか許されない赤地の布は黄金の糸で縁取られ、中央に交差した三本の剣。己の武骨さを表すかのような紋章が男の名を雄弁に語っていた。


「あれは、第二王子の旗印です!!」


 兵士の言葉に城壁上、いや、戦線全てから歓声が上がる。遂に増援が着いたと喜び合い、涙を流す者も出た。戦闘中でありながら、劣勢でありながら、まるで勝ったかのような騒ぎぶりだ。


 人々の熱を肌で感じると逆にミカロスの胸中は驚くほど冷静になった。彼を始めとしたロテュスとディモンドなどの指揮官は事前に知っていた。昨晩、第二王子の部隊は夜襲を受け、到着が一日遅れると魔水晶からの連絡が来たのだ。それに数が合わない。何故、一万の兵が三千の騎兵隊まで減っているのだ。


(まさか、あれもクリストフォロスの罠か!? 顔まで隠したモンスターたちをさも第二王子の部隊かの様に振る舞わせて城壁を越えさせる。一度中に入れば後は好き放題暴れられる。いや、中に入らずとも兜を脱ぐだけでも士気は著しく下がってしまう、なんて狡猾な作戦なのだ!?)


 ありえない、と断じるにはミカロスには確証は無かった。なにせ、クリストフォロスの繰り出す作戦はミカロスの常識の範疇を軽々しく超えてきた。むしろ、不可解な増援の出現に対する答えとしては真っ当にすら思えた。


 投石機を前にして下がっていた士気が増援の出現により盛り上がる。それなのに、あれが敵の罠だと判明すれば一気に兵士たちの士気は下がる。それどころか、壊滅するかも知れない。かといってあの部隊を追い返せば投石機の前に敗北する。


 せめて、オルドがここに居れば。歴戦の戦士の意見を聞きたいと切に願った。しかし、頼りになる男は戦場には居なかった。


 混乱から動けないミカロスを急き立てるかのように丘に集結した部隊が動き出した。彼らは三千の騎兵を五つに分けると各部隊がそれぞれ投石機に向かって駆けだした。槍を水平に構え、騎馬の勢いも合わさってさながら一つの巨大な槍の如き進軍を始める。


 瞬間、ミカロスは決断した。


「全域に通達!! 第二王子麾下、騎兵部隊が投石機を破壊しに動いた。我らは城壁上から可能な限りの支援を行う! バリスタは彼らの進軍を妨げないように狙え! ヨグトゥース殿に城壁の破損個所の修復と彼らを迎え入れる『道』の形成を! ディモンド殿に遊撃部隊を結成して道の防衛を! 指揮所に通達! 私はここで指示を出す。コンロンが死亡したため指揮所の責任者は次席の者に任すと!」


「「「りょ、了解しました」」」


 先程までミカロスを掴んで離さなかった兵士たちが命令を伝えに各地に散らばっていく。代わりに現れたのは『双姫』のロテュスだった。彼女の見る者を引きつける美貌も、返り血に染まっている。もっともそれさえも彼女にとっては美しさを際立たせる戦化粧のような物だ。


「ちょっと! あれはどういう事なの!? 第二王子の増援部隊が到着するのは明日と聞いているわよ。まさかあれはクリストフォロスの罠か何か?」


周囲を慮って声量は押さえているが矢継ぎ早に質問が飛ぶ。彼女も肌で感じているのだ。ここの選択肢を間違えればアマツマラは敗北する。そんな瀬戸際まで追い詰められていることに。


「……申したいことは分かります。……ですが、私には判断が付きかねます」


「なら―――」


「―――ですから、もう信じるしかありません」


 己が不安を押し殺しながらミカロスは賭けに出た。もし、あれが敵の罠だとしても、投石機の存在は防衛側にとって最大の脅威だ。放置しておけばじきに詰んでしまうだけだ。だとしたら、あれが敵だろうが何だろうがミカロスにとってはそれほど大した問題では無い。


 仮に、あの部隊が投石機を無視して動いたなら、直ぐに中層区域まで撤退しつつ、敵を下層部に集めたうえで爆薬・・を発動させる。文字通り最後の手に出るつもりだった。昨晩のテオドールとオルドとの打ち合わせで決めた、最終手段だ。城壁と中層部に新たに作る防壁との間。アマツマラ下層部分の建物にありったけの火薬を仕込み、集まったモンスターごと下層部分を燃やしてしまう作戦だ。


 少なくとも、正気の沙汰とは思えない策だ。自らの手で守ってきた街を破壊するのだ。おそらくアマツマラの復興は年単位となるだろう。それゆえの奥の手。だが、それをせざるを得ない覚悟をミカロスはすでに固めていた。


 彼の血走った目が投石機に向かって大地を駆け抜ける、五つの群れに集中する。一番槍を受け持った騎士が先駆けとなって投石機に吶喊し―――道を塞ぐモンスターを串刺しにした。


それは、ミカロスの賭けが成功した証だった。


「よっし!!」


 ミカロスの叫びに応えるよかのように騎馬の群れは勢いそのままに投石機の周りに集まるモンスターたちを駆逐する。槍を振るえばモンスターたちは血と叫びを流して距離を取る。


部隊の先頭は脚を止めずに隊を更に二つに分けた。それぞれ反対の方向へと回り、投石機の周囲を旋回する。まるで二匹の蛇が別回りで得物を囲うかのように駆け続ける。外側の騎兵隊の壁が外側のモンスターを弾き飛ばし。内側の壁が投石機周辺のモンスターを排除する。三千の騎兵は一糸乱れぬ動きでモンスターの大海原に浮かぶ灯台のような投石機を包囲してしまった。


 あれは一夕一朝では成せない連携だ。血の滲むような訓練の賜物である。つまり、モンスターが鎧を着込み増援部隊の振りをしているのではなく、正真正銘、本物の第二王子の部隊である証だ。


 騎馬の有利な点は速度がそのまま突進力として使える点だ。逆にいえば足の止まった騎馬は、たんなる的になってしまう。こうして脚を止めずに回転しているだけでもモンスターは迂闊に近づけない。


 すると、いつの間にか馬から降りた複数の騎士が投石機に殺到した。手にはたいまつを掲げている。城壁上から見つめていると、小瓶を投石機にぶつける。中に入っていた液体の所に今度はたいまつを放り投げた。兵士はすぐさまその場を離脱し、仲間の手を借りて馬に乗る。


 おそらく、小瓶の中は油だったのだろう。松明から燃え移った火はあっという間に投石機を包む。火柱が立ち合計五つのかがり火・・・・がすそ野に生まれた。投石機は主要な部分は金具ではあるが、戦場への運搬を考えて大部分が木で出来ている。火が着くのが早ければ、火の手が回るのも早かった。オレンジ色の炎の中で黒い影が形を保てずに崩れていく。


 火の勢いから消火は不可能と判断すると、騎馬隊は号令も無く包囲を解いた。駄賃代わりにとモンスターの群れを削りながらその場を離脱しようとした。


 その内の一人とミカロスは目が合ったように思えた。


 他の騎兵は全員兜を下ろしている中で、唯一、銀色・・の髪を白日の下に晒している男と。


「右翼に向かってください! そちらに道が出来ます!!」


 ミカロスは喉がはち切れんばかりの絶叫を上げた。隣に居たロテュスが煩そうに耳を塞ぐが、気にしている場合では無い。声が届いたのかその男は首を縦に振ると、傍に仕えていた旗持ちの男に向かって身振りで右翼の方を差した。


 朱色の旗が力任せに数度振るわれ、最後に北。つまり城壁の右翼部分を指した。それは声なき命令だった。五つに分かれた部隊は進路を北に向けて切り替えた。


 そして同時に、右翼の方でも異変が起きていた。






 ディモンドが選出した遊撃部隊は総勢二十名。どれも屈強な重戦士といった者達だった。


 選考基準は、作戦の目的で判断した。オルドが率いた遊撃部隊は敵の本陣まで突破できる破壊力と離脱を可能とする速度を重視したが、今回の遊撃部隊はどれ程の攻撃を受けても耐えられる耐久力を重視した。目的が騎馬を城壁の向こうへと受け入れるまでの時間稼ぎだから重戦士が主体となる。


 ディモンドは昨日の戦いで落とした武器の代わりを握りしめてヨグトゥースに向けて合図を送った。


 ヨグトゥースと弟子の魔法使い数人が魔方陣に魔力を送った。


「《クレイロード》!」


 すると、右翼の城壁から土で出来た幅広の道が出現する。騎馬が並んで走れるように道は広く、なだらかな角度の坂道。ご丁寧に等間隔に柱まで地面に伸びていく。これなら大量の騎兵でも一度に受け入れられる。城壁に集まる敵兵の前で城門を開ける余裕は今の防衛側には無い。下手をすればそこが突破口になるかもしれない。だから、苦肉の策として横道を作った。


 言いかえればモンスター達にとっても絶好の進入路でもあった。ホワイトキマイラが出来たばかりの坂道を躊躇する様に一歩踏み出し、罠でないと気づくと一気に駆け上がろうとする。だが、すかさず次の魔方陣が展開された。


「《クローズドサークル》!」


 魔石を弾く結界の直径は、道幅分はあった。坂道を上ろうとしたホワイトキマイラは突然現れた結界に阻まれて激突した部位に電流が奔った。苦悶するホワイトキマイラの頭部をディモンドは結界の内側から切り落とした。彼の全力に耐えられる剣を所望したら幅広の鉈と剣の中間のような武器が渡された。グラディウス程では無いが振りやすいためこれで我慢する。


「超級相手では一分も持ちません。結界は足止め程度だと思ってください!」


 連続で魔法を放ったヨグトゥースはそれだけ言うと、弟子を引き連れて城壁上を走る。投石機が壊れたといえど、その爪跡は残り、モンスターの侵攻も再開している。急いで城壁の修復に向かった。


 ディモンドは背後に集まった遊撃部隊を一瞥すると、たった一言。


「行くぞ!!」


 と、号令を掛けた。


 決して多くは語らず。だけど、その一言は冒険者の胸中に燃え盛る炎を呼び起こした。


 彼らは、彼らを救いに来た味方を迎え入れるために坂道を駆け下りる。邪魔するモンスターを倒し、柱を崩そうとする奴は頭上目がけて落下する。増援部隊を一兵たりとも損なわせずに迎え入れるのが自分たちの役目だと彼らは認識していた。


 そして、モンスターの大海原を掻き分けるように最初の一団が土の坂道に到着した。


「行痒い、後は任せろ!」


「忝い! 後から続く同胞を頼む!」


 先頭の騎士はディモンドたちの役割を理解して土塊の坂道に向けて馬を奔らせた。土の道だというのに躊躇いすら見せない、迅速な決断だった。それに続くように後続の騎兵たちも土塊の坂道を上る。馬と人が同時に上っても坂道に変化はない。これなら残りも大丈夫だろうとディモンドは判断した。


 まず、六百の騎兵を都市内に送り込めた。高い城壁の上から救援に喜ぶ者達の歓声が聞こえる。たった六百でも残存兵力からすると十分な数だった。それに加えて絶望の象徴といえた投石機を壊した英雄達だ。士気も上がる。


 ディモンドがそう考えているうちに次の部隊が坂道に到達した。モンスターを蹴散らす騎馬の群れは大海をゆく大型船の如き突進力だった。進路を塞ごうとするモンスターは即座に弾き飛ばされる。


 勢いそのままに彼らも坂道を上る。これで二つ目の部隊が突破した。残りは三つ。だが、その頃になると敵も馬鹿では無かった。三番目の部隊を阻もうと全力を尽くす。分厚い防壁のように展開したモンスターの群れは騎馬に蹴散らされながらも、その身を持って速度を落とさせようとする。


 ディモンドたちは咄嗟に持ち場を離れてでも助けに行こうかと逡巡した。だが、城壁に続く道の入り口付近も、それを支える柱の付近も既にモンスターの群れが向かっている。離脱すれば、一気に坂道ごと破壊されてしまう。彼らにできるのは坂道を守る事だけだった。


 歯噛みするディモンドは、モンスターで出来た分厚い壁を突き進む内に勢いを無くしていく騎馬隊を目で追うしかできない。破竹の勢いも徐々に治まり、槍のように敵陣を切り裂いていた陣形がモンスターに圧迫されそうになる。


「《ここに集いしは全て精鋭なり》!」


 しかし、先頭に立つ男の放った技能スキルが全てをひっくり返す。勢いが弱まっていたはずの騎兵隊が突如として敵を押し返し始める。ごく狭いスペースをひとたび駆け抜けると、その勢いは加速度的に増し、一気に壁を突破したのだ。


 ディモンドはモンスターの壁を越えた騎兵たちの先頭に立つ銀髪の男に注視していた。


 年の頃は二十代の終わり。短く刈りこんだ銀髪に屈強な体格。それに粗野だが気品のある顔立ちはある男を想起させた。彼とはまた違う王者の気風を漂わせた男はよく通る声で告げた。


「城壁に連なる道の警護、御苦労! されど、俺は指揮官ゆえ、後続の部隊が通過するまでそこは渡れぬ。彼らの支援の為に今一度、来た道を戻る。それまで耐えていてほしい!」


 言うなり男は馬の首を後方へと引っ張る。釣られて馬の進路も切り替わり、来た道を引き返そうとする。咄嗟にディモンドは叫んだ。


「お名前は!?」


 銀髪の青年は首だけ振り返り叫び返した。


「俺はシュウ王国第二王子、スヴェン・ヴィーランド! アマツマラ救援の為に参った!!」


読んで下さって、ありがとうございます。

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