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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-42 精霊祭 四日目〈Ⅺ〉

 鍛冶王の工房に男たちが集まっていた。半裸の汗だくのテオドールを中心に酒の匂いをさせるオルドとミカロス、そしてルルスとヤルマルが集まっていた。夜も遅いため、アマツマラにおいての首脳陣のみが集まった。


 煌々と燃え上がる炉の傍で男たちの顔色は悪く、痛いほどの沈黙が降り経っていた。身じろぎさえ躊躇うほどの静けさだった。


 彼らの視線は囲んでいる机の上に置かれている三通の書簡に注がれている。どれも封が開けられ、中を検められている。内、二通は似たような内容である。沈黙に耐えかねた様にテオドールの指がそのうちの一通へと伸びた。


「……ったく。俺達が三日の間にバリスタを用意したのと同じように向うも仕込んでいたとはな」


「敵同士でありながら、考える事は似た者同士ですな」


「師よ。笑えません」


 テオドールの指先から書簡が落ちた。その書簡はウージアの女帝からの報告書だった。


 長々とした挨拶を省いて要点だけ纏めると、モンスターの孵化がダラズにて確認された事の報告書だった。


 ウージアに最初の一報が届いた直後、もう一通の報告書が魔水晶を通して送られた。先に来た報告は夜の闇に紛れてダラズの街に忍び込んだ偵察部隊が死ぬ前に送った報告だと補足する旨が二通目には書いてあった。


 生き残った偵察部隊はモンスターが囮に気を取られている間に詳しくダラズの街に起きていることを目視し、正確な情報をウージアに送った。仲間を囮にした偵察によって得た情報はまさに黄金のような価値がある。


 その報告書を女帝はテオドールに向けて送ったのだ。


「正確な数は不明なれど、廃墟の街の至る所に卵があり、多くが孵化した、と。外から隠れるように建物の中で孵化をしていたため気づくのに遅れたと書いておりますな」


「真実がどうか分からん。あの女の事だ、このタイミングまで黙っていた可能性もある」


 これは事実無根であるが神ならぬ身のテオドールには知る由も無い。彼は苛立ちを抑えきれないままヤルマルの方へと向いた。内容がモンスターに関する事だから彼もこの場に呼ばれた。


「確認だ、ヤルマル。迷宮で生まれたモンスターは生まれ落ちた瞬間から人間を襲える。まるで体の隅々まで戦闘本能を刻み込んで生まれてきているかのようにな。……一方で卵から孵化した場合の地上生まれはどうなる?」


 問われたヤルマルは一同の視線を受け、緊張しながら己の知識を開いた。


「まず、モンスターには幼生体と呼ばれる時期を持つ種と持たない種に分かれます。……ただ、この幼生体というのは巨大なモンスターの縮小版に対して付いているに過ぎません。つまり、幼生体がそのまま人間で言う所の幼少期とはなりません。多くのモンスターには幼少期はありません」


「だとすれば……やはり」


「過去の事例を紐解けば、モンスターの孵化が街中で発生し、討伐されるまでに少なくない被害を被った例もあります。孵化したてのモンスターでも十分脅威に含まれます。……これが代を重ねたモンスターなら内包する魔力の減少により弱体化も有りえます。ですが迷宮生まれの子供と考えると……殆ど迷宮生まれと変わらないでしょう」


 ヤルマルの答えに一同は厳しい表情を浮かべた。どれだけの数がこの先増えるのか分からないが少なくとも、向うは増援に成功したことになる。


「……どちらにしろ、敵の数が増える事は想定されていた状況の一つです。ダラズからの伝令が八万以上と伝えた時点で、もしかすると九万や十万だったかもしれないと想定して戦略は組んでいました。……厳しい事には代わりませんが破綻する程ではありません。……問題はこちらです」


 全員の視線がミカロスの指す、二通の書簡に向かった。差出人はシュウ王国第一王子、第二王子それぞれからだった。偽物では無い証として彼らの印章が蝋の留め具に付着していた。


 奇しくも同時に届いた書簡は同じ内容が告げてあった。


『援軍としてアマツマラに向かう最中、夜営中に奇襲に遭う』


 どちらも内容を要約すればこのように書いてあった。


 北から南進していた第一王子麾下四万の軍は数が多くなるため、分散して夜営を行っていた。いちいち、四万全てを囲う様な陣を形成せずに居たのが裏目に出た。二つに分けた陣の内、先頭二万の軍勢が夜の闇に乗じたモンスターたちの襲撃にあった。


 幸いにも第一王子自身は後方の陣にいた為、被害に遭わずに済んだ。


 しかし、移動ルートを完全に読まれたかのような完璧な奇襲により、死傷者は多く、態勢の立て直しに時間が掛かると書簡には書かれていた。


 また、南から北上していた第二王子麾下一万の部隊も敵によって夜襲を受けた。それも漆黒の空から敵は降ってきたのだった。


 この四日目において飛行系モンスターの姿を見なかった理由が同時に判明した。恐らく、こちらの増援に奇襲を仕掛ける為に最初から出番を控えていたのだ。空中から増援部隊の進行方向などを確認してから奇襲に移ったのだろう。テオドールの脳裏にクリストフォロスの不愉快な面構えが浮かぶ。


 第一、第二両王子を襲った夜襲部隊はどちらも数は三千程度。戦闘自体は一時間もかからずに終了した。もちろん敵を全滅させて終わった。


 だが、代償は大きかった。


 両王子の陣営は負傷者の治療や陣形の立て直しに追われることになる。どちらも送られてきた書簡に到着は一日ほどずれ込むと記載されていた。


 第二王子の到着が精霊祭五日目から六日目に。第一王子の到着が六日目から七日目に。


 また、モンスターの孵化を受けてウージアは増援を送るのに様子を見させてほしいと告げてきた。王の勅命であってものらりくらりと躱す相手だ。最初から期待してはいなかったが腹立たしくは思う。


 結局、五日目も残った戦力だけでどうにかしのぐ必要に迫られる。それも戦力を増強した恐れのあるモンスターの群れを相手に。


 緊急の招集によって集まった五人はこの難題を前にして方針を決めあぐねていた。


 オルドとヤルマルは今日と同じ戦法。つまり、遊撃部隊を編成し敵に対して足止めを行いつつ強敵の撃破を行う作戦を提案する。敵の規模が今日と同程度なら成功しうると判断した。


 一方で難色を示していたのはミカロスとルルスの二人だった。理由はその遊撃部隊の犯すリスクと成果が必ずしも釣り合わないことにある。四日目において遊撃部隊のもたらした戦果はひとえにキュクロプス亜種の暴走に有った。あの巨人が周囲の状況を顧みないで暴れたお蔭で同士討ちのようにモンスターを倒してくれたから結果として十一人で一万を撃破した構図になったに過ぎない。


 最終的にはB級冒険者を一人、失った事も加味すると軽軽に認められる作戦では無い。


「だとしたら、どうやって防衛するんだ?」


 真夜中の工房にオルドの声が響いた。簡易な戦略地図を前にして彼は言葉を続ける。


「防衛側の数は四千二百。仮に敵の数が三万だとしたらまた、七倍の敵を前に防衛戦を続けることになるぞ。城壁にこの全てが取りつけば、あっという間に突破される。例え生還率が厳しくても囮になるべき駒は必要なはずだ」


「ですが、それは貴方の感傷にすぎません。今日を生き延びられたのは偶々です! 明日も同じ奇跡が起きるとは限りません!」


「じゃあ、座して死を待てとお前は言うのか!? モンスターの群れが城壁を越えるのを、ただ指を咥えて見ていろと、そう言うのか?」


 オルドの剣幕にミカロスは何も言えなかった。確かに、戦略としてはある意味オルドの策は正しいといえた。少数の犠牲を持って相手の動きをコントロールする。非道なやり方かもしれないが歴とした手法だ。全軍を預かる指揮官として非情を持って決める選択肢かもしれない。


 問題なのはそれに名乗りを上げようとするのが防衛側の最強戦力の一つだという事だ。完全な捨て駒を送り込むならまだしも、オルドをこの作戦に送り込むのは理屈に合わない。元々、キュクロプスの出現を想定していたから認めてしまったのだ。流石に昨日の今日でキュクロプスが再び現れるとは思えないためオルドの出撃をミカロスは認められずにいた。


 だが、オルドの覚悟は固かった。自分以外にこの役目は譲らせないといわんばかりの態度だった。


 困り果てたミカロスはいまだ意見を言わずに戦略地図を睨みつけるテオドールを仰いだ。鋭い銀色の瞳が地図の上を撫でている。


「陛下、陛下からも何か仰ってください! オルド殿の蛮行を諫めてください」


「陛下、ただ一言、行けと仰ってください!」


 二人に詰め寄られたテオドールは瞼をきつく瞑った後、口を開いた。


「オルド。悪いがお前の作戦を認める訳にはいかない」


「陛下!」「陛下!」


 異口同音に二人はテオドールに向き合う。片方は喜色に、片方は渋面にそまった表情を向けて。


 テオドールはオルドを真剣な眼差しで向き直った。


「お前が、今回のスタンピードにおいて死んで逝った冒険者たちへの償いのように危険な場所を、危険な役目に自らを追い込もうとしているのは分からんでもない。だが、キュクロプス、それも亜種を討滅したのだ。お前が出張る必要性は無い。それにクリストフォロスはそれ程愚かじゃない、お前という強者が平地に降り立てば何かしらの手を打つだろう。……お前とて無為に死ぬのは本望ではあるまい」


「……」


「それに此度の騒動の責は全て俺にある。メスケネスト平野が未開の地であったのはシュウ王国王家の怠慢。そこをクリストフォロスに付け込まれたのだ。よってオルド。其方が苦しむ必要はない」


 テオドールの力強い言葉にオルドの顔から憑き物が落ちたかのように険しさが和らぐ。先程までの死に場所を求めるような男の姿は何処にもなかった。


「ふむ、ですがこのままの防衛作戦というのも不安には変わりありません。何か手を打つべきではありませんか?」


 ルルスが呟くとテオドールがそれなのだが、と前置きしつつく言葉を紡いだ。


「一つ思いついた手があるぞ」


 テオドールの言葉に全員の視線が王に集まる。だが、何処かその視線は不安げな色合いに染まっていた。何せこの男が思いついた策は何処か常軌を逸しているのだ。


 いくら戦力的に赤龍と戦えるのが己しか居なくとも嬉々として戦場に飛び出し、いくら避難民を受け入れる場所が足りないとはいえ迷宮に非戦闘民を送り込むなど常人の神経とは思えなかった。


 代表するようにルルスが聞き返した。


「陛下。……今度は何を思いつかれましたか」


「そんなに警戒するな。それほどおかしな策では無い。……兵を民から集める」


 王の言葉に困惑が広がる。以前の会議で飛び出した徴兵を一番反対していたのは事もあろうに王本人だった。なのに、今更そのような事を言い出すのかと視線で問いかける。受けた王は勘違いするな、と前置きしてから説明に入った。


「言っておくが一般の民を徴兵するわけでは無い。このリストに載っている戦奴隷を借り受けるのだ」


 テオドールが指したのはオリバーの作成した、シュウ王国における不要と思われる一万人のリストだった。このリストに載っている者は皆迷宮へと送られている。


 その中には自国他国問わず、アマツマラの街に居た全ての奴隷商人も含まれていた。つまり奴隷商人の商品たる奴隷もリストの中に入っていた。


「オリバーは細かい性格だな。奴隷の種類にまで正確に調べ上げている。迷宮に送り込まれた八百人近い奴隷の内二百五十人が戦奴隷として登録されている。この中の何人が実践経験者か分からないが……半分でも十分だ。迷宮にいる正規兵と入れ替わらせろ」


「その程度の数では焼き石に水ではありませんか?」


「何も策を用意できないよりもマシだろう。ヤルマル、奴隷商人たちに通達だ。戦奴隷を迷宮警備に使用したい。無論、報酬は出す。……これは強制では無い。それに死亡した場合の補償などは出せない。その辺りを念頭において希望者を募ってほしい」


 テオドールは暗に弱すぎる戦奴隷を出すなと奴隷商人に伝えているのだ。補償金目当てに弱者を差し出されても困るだけだ。


 次にテオドールはルルスに向いた。


「眠っている文官を叩き起こして早朝までに幾らの金銭を用意できるか算出して欲しい。金額は高くとも良い。出し惜しみするな」


「……老人を労わる気持ちを持って欲しいですのう」「了解いたしました、陛下」


 ルルスとヤルマルはそれぞれ頷くと足早に工房を飛び出した。テオドールは残ったミカロスとオルドたちと考えられる敵の戦法などを打ち合わせする。また、増援が遅れる事は明日の戦闘が終了するまでは秘匿事項となった。開戦前に明かせば士気が下がるのは明白だった。騎士団副団長のコンロンやA級冒険者のロテュス、ディモンドには伝えておくが他には秘匿することになった。


 議論が付きかけた頃、三人は苦しい現実と直面していた。ヤルマルの言う通りこの状況下で正規兵百人程度の増加は焼け石に水。戦局を大きく覆せる切り札が存在しないのだ。A級冒険者でも足りない。仮に『氷瀑』のウォントが生存していたら彼の旧式魔法が切り札となりえた。少なくとも近接戦闘型のA級では戦局をひっくり返すほどの爆発力は無い。かといってテオドールを投入する訳にもいかない。まだ、彼の武器は完成していないからだ。


 そんな時だった。


 オルドの視線が囲んでいる机とは別の作業机の一角に集中していた。テオドールがその視線に気づくと、そちらの方へと視線を向けた。作業机の一角に、青い液体を詰めた瓶が置いてある。それはオルドがテオドールに売った魔人ゲオルギウスの血だった。


「陛下、あれは俺が売った方の血ですよね」


「おう。刀の作成にもう半分ほど使わせてもらった。……楽しみにしてろよ、俺の打ってきた刀の中でも最高の物が誕生するぞ」


 少々場の空気にそぐわない明るい声で答えたテオドール。彼は炉の方に視線をずらしていまいオルドがいつの間にか席を立っていたことに気づいていなかった。ミカロスがオルドを呼びかけて初めてその事に気づいた。


 オルドは二人に背を向けるように作業机に近づいていた。


「オルド殿?」「……オルド?」


 呼びかけに応じないオルドに二人が不審そうな眼差しを向けた。すると、オルドは背を向けたまま言葉を発する。男の声はひどく固く、緊張した声だった。


「陛下。陛下という最強の戦力は赤龍とクリストフォロス用の新たな刀を打っているがゆえに動かせない。……そうですな」


「……ああ。皆に悪いとは思いつつも、これが完成するまではここを離れる事は出来ない」


 事実、これは仕方ない事だった。オルドを始めとしたA級冒険者三人でも、赤龍一体と互角程度にしか戦えなかった。仮にミカロスや他のB級冒険者全員が参加すれば、あるいはいけるかもしれない。だが、そのためには他の有象無象が邪魔である。結局、赤龍とクリストフォロスを倒す為にテオドールの新しい刀は必要なのだ。


「ええ。ですから、もう一つ、切り札を作ろう・・・かと思いました」


 一拍の空白の後―――何かを飲み干す音が二人に聞こえた。


「―――S級相当の戦力をもう一つ」


「オルド、お前!!」「……まさか、オルド殿!!」


 動揺する二人の前に振り返ったオルドは―――空の小瓶を手から滑らした。二つの鈍い音が工房の床を叩いた。


 空の小瓶と、意識を失ったオルドが床に倒れた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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